第三話『誰カガトナリニイタキガスルケド、モウオモイダセナインダ』







「・・・それじゃあ俺・・・最低男じゃないか・・・。」
「そうだ、最低だ。自分のした浮気が、最愛の相手を自殺に追い込んだのだからな。」







まったくその通りだが、どうしてこの天使は気遣いというものを知らないのだろう。本当に天使か?







「とにかく、ヤヨイの呪いはユウカを殺し、そしてもっと悪いことに、それはその先のユウカの魂をも蝕んでいった。つまり、来世にまでその呪いは及んだんだ。」
「・・・・・・」
「そして、さらに二度、ユウカを死に追いやった。明るく澄み切っていたユウカの魂は、ヤヨイの呪いによってくすんだ輝きのないものになってしまった。生きることに感動を見出せない、憂鬱感が常に付き纏って消えない人生。絶望して、自殺してしまっても不思議ではない。」
「・・・その二度とも、俺はユウカと出会うことはなかったのか?」















カイはバサリ、と翼をはばたかせた。















「お前はヤヨイの呪いから、ユウカを守りきることができなかった。いいか、最初に生まれ出た場所が近ければ近いほど、二人の魂は近いのだ。逆に遠ければ遠いほど、二人の魂は遠い。つまり、誕生の場所の距離は、生まれ出た直後の二人の魂の距離を意味している。これは大抵、そのひとつ前の転生の時の結果によって決まるのだが・・・」















嫌な予感がする。















「浮気騒動の前はほぼ隣近所の幼馴染として育っていたお前とユウカだったが、その後の転生では全く別の場所でそれぞれ誕生した。」















・・・やっぱり。















「それでも、もともと絆は深い二人だ。それなりの年齢になったら、運命の力によって必ず出会っていたはずだ。しかし・・・結局二人が出会う前に、またもやユウカは命を落とした。」







・・・もう聞きたくない。







「後は、悪循環だ。二人の魂の距離はどんどん離れていき、出会うことなく今世を迎えた。以前はかろうじて同じ国内に生まれていた二人が、今回はどうだ。日本とアメリカじゃないか。とうとう国境を越えてしまったぞ。このまま放っておけば、来世ではどちらかが火星に生まれていてもおかしくはない。」







・・・もう人間ですらないじゃないか。







「だが、やはり絆の強さだけは健在だな。今世になってようやく、ユウカは自殺することなくサクヤの前に現れる。遠い異国の地に生まれたにもかかわらず、だ。」







・・・なんか、俺・・・







「だからこそ、今世では必ずお前に頑張ってもらわなければならない。頑張って、ユウカに生きる希望を見出させ、忌まわしい呪いから彼女を解き放つんだ。」







「・・・できない。」















カイの翼が、大きく開かれて静止する。















「・・・なんだと?」
「・・・できない。だって俺・・・俺が浮気したせいで、彼女はずっと苦しめられてきたんだろう?だったら、俺なんかじゃなくて、もっと誠実な男と結ばれた方が、彼女・・・ユウカも幸せになれるんじゃないか?その方がきっと呪いだって解ける。逆に、俺がそばにいたら、また同じ目に合わせてしまうかもしれない。・・・それに・・・運命とか、転生とか・・・・そんなのよく分からない。」
「・・・ふん。」















バサリ、と翼が下ろされた。
カイの纏う空気が少し変わったような気がして、俺は少し緊張する。















少し何かを考えるようにして、カイがゆっくりと口を開いた。















「・・・お前、全然変わってないな。その性格。」

「・・・え?」







思わず顔を上げる。
そこには、真っ直ぐに俺を見下ろすカイの瞳があった。







「お前はただ、自信の無い自分から逃げたいだけじゃないか。自分に自信がないから、何か重大なことを目の前にすると、必ず逃げ出そうとする。さっきのお前の発言は、ユウカのためなどではない。彼女を救う自信がなくて、それに加えて運命などという大きなことまで背負わされてしまったような気がして、必死で逃げ出したいがための言い訳だ。」

「・・・・・・」







どうして会ったばかりの天使に、俺は説教されているのだろう。







「お前のその弱さが、三度もユウカを死に追いやったのだ。実際、お前がヤヨイに手を出した理由も、自分に自信が無いがためにユウカに他に男がいると思いこんだ末のことだった。ユウカを殺したのは、ヤヨイの呪いなどではない。お前のその、醜い劣等感だ。」

「・・・黙れよ。」















頭の端っこで、何かが切れる音がした。















「なんだ、図星をつかれて逆ギレか。本当にお前は、どうしようもない男だな。」

「黙れって!!」







心の奥底が、フツフツと煮えたぎってくる。
身に覚えなど、ない。確かに、そのはずだった。
けれど・・・知っている。
頭の奥の方、今だかつて意識したことのない隅っこの方に・・・・誰かをひどく、嘆かせた記憶がある。















そしてそれが、自分の弱さのせいだったということも。















「なんなんだよ一体・・・モテないだの最低男だの、さんざん人のこと罵っておいて・・・お前何様だよ!!・・・あぁ・・・俺は最低の男だろうよ・・・愛した女の一人も守りきれない、最ッ低の男だ!!だから、彼女のためにも、俺なんかが関わらない方がって・・・そう言ってるんじゃないか!!」















砂場で遊んでいた子供達が、驚いて一斉にこちらを見ているのが分かった。
だが、止まらない・・・止められなかった。
カイの言ったことが本当かどうかとか、そんなレベルの話ではもうない。















多分・・・全て本当だ。







酷い喪失感と、果てのない虚無感・・・それから、自分をひどく呪った記憶。
頭の隅から流れ出してきては、どんどん感情を揺さぶっていく。
そして、それらから逃れたくて、全てのことに目をつぶってきたのだということ。
自分には無理だ、自分には無理だと、繰り返し唱えることによって、大切なことから逃げてきたのだということ。















そんな自分に、今、また絶望している。















カイの言ったことは、図星だった。
だから、八つ当たりせずにはいられなかった。
何か、自分には見えない大きな存在に泳がされて、笑われているような錯覚がした。















みじめだった・・・。















黙って俺を見下ろしていたカイが、ふわりとベンチを降りた。そして、真正面から俺を見据えた。















今度はハッキリと、カイの雰囲気が変わったのが分かった。















「・・・それでも」















さっきまでのふてぶてしかった声は、なぜか優しく耳に届いた。















「それでも彼女は、お前を愛したんだ。」















優しい、柔らかい声だった。

















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