Fly Up! 115

モドル | ススム | モクジ
 試合は第二ゲームに入り、杉田が優位に試合を進めていた。第一ゲームは刈田のドロップを打ち込んだ後、そのままの勢いで杉田が取っている。鉄板と思われたシード選手が一ゲームを落とし、今なお押されているという報は各中学の注目を集めていた。いつしかどの試合よりも杉田と刈田の試合に選手達が視線を送っている。

「はっ!」

 杉田のスマッシュが刈田の隣を抜けていく。けして速くはないが、刈田の動く方向が切り替わる瞬間を狙って打たれるスマッシュは、シャトルを床へと届ける。

「ポイント。エイトシックス(8対6)」

 あと七点。刈田という山を越えるまで後それだけの点数。
 しかし、杉田は点を取るたびに勝利への予感ではなく敗北への陰鬱な気持ちを重ねていく。

(刈田からのプレッシャーが、重い)

 ロングサーブを放ち、中央に陣取る。だが、構えが一瞬遅れたところで刈田のスマッシュが床を打ち抜いた。

(少しでも甘くしたらこれだ……)

 一ゲーム目を取った時から杉田について回っているプレッシャー。刈田が杉田のタイミングを外していたテクニックを見抜き、そのまま勢いで一ゲームを取った。だが、攻略法が見つかったわけではない。実際、点数はリードしているが刈田がフェイントを用いた時、取れる率は低くなっている。

「一本!」

 刈田は吼え、力強いサーブを放つ。それさえもスマッシュのような威力を持って空を舞い、杉田を襲う。ただ落ちてくるだけなのに、体感速度が違うように思える。

(そんなの、空気にのまれてるだけだ!)

 杉田は迷いを振り払ってスマッシュを放つ。しかし、すでに刈田が待ち構えていて、カウンターが杉田がいる場所から逆方向へと飛んでいく。
 威力を倍返しされた形となり、伸ばされたラケットは空を切った。

「ポイント。セブンエイト(7対8)」

 一点差に詰め寄られ、杉田は天井を仰ぐ。何度も繰り返したことをまたしても。二点差をつけるたびに一点差に詰め寄られ、何とかサーブ権をもぎ取ってから点を取るとまた打ち込まれ、とまるで壊れたビデオのように繰り返される。

(まさか……刈田のやろう)

 疑問は確信へと変わる。視線を向けた先にある刈田の顔には「ようやく気づいたか」と言わんばかりに自信に満ちた笑みが浮かんでいた。
 真綿で締め上げるように杉田の精神を追い詰めていく。リードしていても勝てる気が全くしないというのは辛い。杉田はしかし、自分を鼓舞し続ける。頭の奥では迫る影に怯えていても、表に出すわけには行かなかった。弱気に支配されればすぐに負ける。それが刈田という相手。
 しかし、それでもプレイには精彩が欠けてしまった。

「ポイント。イレブンナイン(11対9)」

 遂に逆転され、離されるポイント。鈍くなる杉田の動きに比べて、刈田のスマッシュはいよいよ威力を発揮してきた。武以上に伸びてくるスマッシュは軌道を見切ったと思ってラケットを振っても、フレームに当たって後ろに飛ぶ。前や上にいかないということはそれだけ威力を保っているということ。

「ストップだ!」

 刈田に飲まれそうになるのに耐えようと、杉田は叫んで対抗する。シャトルを返すときは優しく。追い詰められているということを伝えないように。

「一本!」

 刈田の咆哮とショートサーブ。腕の振りを大振りにして、実際は軽く弾くだけ。正確にショートサーブの軌道上に乗ったシャトルに杉田は体を硬直させて手を出せなかった。

(体が、うごかねぇ!)

 思考の死角への一撃というよりも、体の動きの死角。これまでの試合に慣れてきたからこそ対応できない。より速くなっていくスマッシュや、力強いサーブとハイクリアに慣れさせられた後で、実に効果的な一撃だった。

(強い)

 杉田の中で膨れ上がる刈田の姿。一ゲーム目を取るまでは超えられると感じていた相手の底力は、想像を超えていたと今更知る。自らの強打を生かすためのドロップやヘアピンの扱い。絶妙なタイミングにショートサーブを打つ試合勘。どの能力も杉田の持っているものを明らかに超えている。

(だからって、諦めるわけにはいかないだろ)

 強いことは分かっていた。それでも勝とうとするならば、考えるしかない。真っ向から勝負して勝てないのならば搦め手を使って隙を作り出し、少ないチャンスを物にするしかない。

(俺の武器を把握しろ。相手の武器は分かってる。なら、そこから導き出せ!)

 放たれるロングサーブ。ハイクリアで時間を稼ぎ、コート中央で待ち構える。刈田はスマッシュではなくドロップで、杉田の左前に狙いを定めた。足を踏み出して、ラケットをバックハンドで立てる杉田。

(俺の武器は……この柔らかさ、だ!)

 シャトルに向けて刈田が向かってきているのが見えていた。第一ゲームを取った時の感覚が蘇る。力強さはいらない。相手の力の動きを読み、逆方向にシャトルを軽く押すだけ。それだけでシャトルはコートとキスをする。

(い、け!)

 シャトルに思いを込めて、前に飛び込む刈田の頭上を越えるようにシャトルを打つ。第一ゲームを取った時そのままの感触。刈田の動きの裏をかくように放ったシャトルは杉田に希望を見せる。

(よっし――)
「らぁ!」

 刈田のラケットがシャトルの軌跡を阻み、杉田のコートに叩きつけたのは杉田が打ったタイミングとほぼ同じだった。
 水鳥の羽がはらりと中空を舞う。
 羽ばたこうとした鳥の羽根が、力技で折られた瞬間だった。

「……シャトル交換、お願いします」

 それだけ言うのがやっとという体で、杉田は審判へとシャトルを運んでいった。ぼろぼろになった羽根部分が今までの試合の凄まじさ、というよりも刈田の強打を物語る。
 打ちのめされた杉田の姿も。

(完ッ全に読まれたか)

 審判から直接刈田へとシャトルが渡される。今の攻防はポイント以上に、杉田の心に「敗北」の二文字が刻み込まれた。杉田は自分の最良のショットを放ち、刈田は完璧に合わせた。一ゲームの間に体を慣れさせて対応する、そのバドミントンセンスに杉田は苦笑いしかできない。

(かわすのも止められるとなると、真っ向からしか、ないのかね)

 先ほどまでとは変わり、頬が緩む。
 ロングサーブに追いつこうとする動きが鈍くなり、ラケットの振りが甘くなる。結果、中途半端に上がったシャトルはスマッシュで叩き込まれ、ヘアピンで返そうとしても威力に負けてネットに届かなかった。
 結局は、最後までその繰り返し。
 二ゲーム目は刈田の手に落ちていた。

「ふぅ」

 短くため息をついてじゃら、ふと客席を見上げると見に来ていたプレイヤーの数がまばらになっていた。自分の試合に向かったのかもう刈田の勝利は決まったと思って去ったのか。どちらにせよ。この試合の注目度は一気に平均以下へと落ちたということだ。
 いつもならここでやる気がなくなる。そのまま三ゲーム目はラブゲームで負けるだろう。
 しかし、杉田の心内は落ち着いていた。

(不思議だ。勝ちとか負けとか、どうでも良くなってくる)

 闘志が萎えたわけではない。試合へ望むテンション自体は第一ゲームよりも強くなっている。勝敗への執着ではないのなら、一体何が自分を支えているのか。

(そういえば、これだけ長く試合で打ってるのって初めてじゃないか?)

 自分のこれまでの試合を思い返してみる。学年別でデビューして、中体連。そして今回。どの試合もそれなりに勝つことは出来たが、負ける時はあっさり負けていた。歴然とした差が相手とあったこともある。杉田自身が試合中に「もういい」と感じてしまったことも原因だろう。
 しかし今回は一ゲームを取り、二ゲーム目も取られたとはいえ試合時間は長かった。三ゲーム目に入ればすぐ一時間は越えるだろう。
 体力はまだまだある。
 腕は振れる。足も動く。
 試合が続けられる。
 部活での練習成果が自分のうちに宿っていることに、今更ながら杉田は気づいていた。

「楽しいな、ははっ」

 耐え切れず、杉田は顔を俯かせて笑った。刈田に気づかれたかは知らない。気づかれても関係ない。自分の中に生まれた気持ちは止められなかった。

(もっと、試合続けてぇ!)

 勝ち負けや周りからどう見えるかなどの見た目は関係ない。一分でも一秒でも長くシャトルを打ち、試合を続けたい。
 ただ楽しくやりたかっただけの一年次。
 自分達の代が中心となって、伸び悩んだ中で練習を選んだこと。
 いくつも考えたことが頭の中に混ざり合い、結果固まる。
 試合をしたい。
 それが杉田が手に入れた一つの答え。

「しゃあ! ストップだ!」

 今までとは全く質が違う声。刈田の気迫を受けてなお、かわしてしまうような、聞く者が皆心地よくなるような声だった。


 ◇ ◆ ◇


「杉田、凄く楽しそうだな」
「そうだな」

 武と吉田は客席から杉田に賛辞を送る。試合は三ゲーム目に入り、刈田がパワーで押し切るかと思われた。しかし蓋を開けてみれば互いにフィニッシュショットを打ち合って点数は五分のままで進んでいく。
 杉田のまとう雰囲気が変わったと見ていた選手達も分かったのか、特に異性の視線が再び集っていくのを武は感じる。
 今の杉田はバドミントンを楽しんでいた。まるで初めて試合に出たような、生き生きとした動きで刈田に立ち向かっている。

「あいつ、化けるかもな」

 隣で吉田が呟くのを聞いて武も嬉しく思う。
 何でもある程度できてしまうからこそ、挫折に弱いという隙があった。それよりも、純粋にバドミントンを楽しめていないと武は感じていた。
 だが、もう初期の頃の不安は杉田から感じない。
 時折浮かぶ笑顔と共にシャトルを打つ杉田からは。

「一本!」

 杉田のサーブはショートクロスに落ちていく。刈田のヘアピンに合わせて、杉田はネットぎりぎりのシャトルを叩いていた。
 吉田でさえ手を出すのが難しいネット際のシャトルを杉田は難なく決めているように見える。練習から共にいる武達にはそれがまぐれに近いことは分かっていた。しかし、運をも味方につけるのが強者ならば、杉田は間違いなく刈田に接近してきている。

(超えられるか……?)

 武の前をシャトルが飛ぶ。ハイクリアで奥に飛ばされたシャトルに刈田が追いつき、スマッシュを放った。音だけで渾身の力と分かるほどに、激しく耳を叩く。迫ったシャトルに対してラケット面を当てるだけで返した杉田は、前に詰めて次の手を打つ。ネットを越えてきたシャトルをヘアピンで落とそうとしていたらしく、刈田は一瞬だけ動きを止めた後でロブを打ち上げていた。腕の力、正確にはリストの力だけで相手のコート奥に届くほどの力。それが刈田の真の力だと武は思う。

(あのリストの強さが、腕の振りとはまた違った場所に打てる秘密なんだよな)

 シャトルはラケットの軌道が描く先に向かう。プレイヤーは自然とその動きを予測することで、初速が百キロを超えるようなシャトルについて行く。
 序盤、杉田がいい様に点を取られたのは正にそこを逆手に取った刈田の罠だった。腕の振りよりも早く手首を動かしてシャトルを打つ。普通のプレイヤーならば手打ちになって弱々しいショットとなるが、刈田の場合はそれでも引けをとらない。結果、予測と結果が食い違ってシャトルに追いつけなくなる。それを杉田は強く打ち返さないことで克服した。相手の動きの隙を見つけて、そこにそっと押し出す。
 杉田の中で培われたスキルが蓋が開き、外に出るのを武は感じた。刈田が実力を見せるとそこから杉田が成長する。
 綿が水を吸うように、急速に成長していく様子に刈田も本気を出したのだろう。第二ゲームを奪われた時は、もう杉田は駄目だろうと武は思った。
 それが――

「ポイント。ナインテン(9対10)」
「しゃ!」

 審判の言葉に被せるように、拳を掲げて叫ぶ杉田。汗を手の甲で拭き、ユニフォームに擦り付ける。息は荒く、明らかに体力が低下してきていた。
 それでも果敢に攻め続ける。ロングサーブをドロップで落とされればヘアピンで返す。クロスヘアピンで更に返されれば体から右手を発射するかのごとくラケットを伸ばす。
 互いに譲らない試合。一進一退の攻防。

(ずっと見ていたいよな、こういう試合)

 そう武が思っても、いつかは終わるのが試合だ。
 その時が、来ていた。
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