Fly Up! 330

モドル | モクジ
 審判の言葉と共にコートから出て、小島はラケットバッグを手に取った。
 仲間達が声をかけてくることにも軽く頷いて笑みを返すだけ。
 親指を立てて心配するなというアピールをしてから逆サイドに向かう。
 それでも心の中は波が高くなり、荒れていた。

(くそ。全部あいつの掌の上ってことかよ!)

 これまでにない屈辱感に頭の中が煮えたぎる。
 淺川は小島が自分の細かな癖まで感じ取り、ショットを読むところまでを計算に入れて試合を続けてきた。そして終盤の「いける!」と判断するタイミングで土台をひっくり返してとどめを刺した。
 追い上げたところで明かされたことによる焦燥感で心に動揺を生み出させ、立て直す時間がない土壇場での種明かしによってあっという間にファーストゲームを取られたのだ。
 せっかく見つけた突破口が消えたことで、小島の前には暗い闇が広がってしまう。

(どうする。また仕切り直して、あいつに勝てるのか。隙が隙じゃないんなら……次に見つけた隙も、実は掌の上ってことになるのか?)

 現時点で淺川亮が日本で最も強い中学生だということは疑いようがない。
 自分の強さを信じているからこそ、相手との実力差は明確に意識する。そして、実力が劣る者は相手のプレイから弱点を見つけてそこを突くしか突破口はない。
 だが、淺川はファーストゲーム全てを使って小島の行為を全否定したのだ。小島が見つけられるような隙は、自分が用意した餌なのだと見せつけた。
 見せつけるタイミングも完璧であり、次に同じことをされれば間違いなく息の根を止められる。

(どうする……すぐにセカンドゲームが始まる……)

 悩んでいても思考は回り、体はコートへと入っていく。淺川が置かれていたシャトルを取って羽を整える。もうすぐセカンドゲームが開始という時点になっても、小島は目の前が真っ暗になっていた。
 しかし、小さな光が飛び込んでくる。

「小島! まずはストップ!!」

 その声は小島の心臓を一突きにするほど鋭く。しかし、じんわりと温かさが広がっていった。これまで真っ暗だった視界が少しだけ晴れて、光と共に女子の姿が浮かび上がる。
 早坂由紀子。初めて見た時から惹かれて、試合を通して更に心を引きつけられた少女。
 高みにいる自分に対して以前は不安が見えていたが、ある時から消え去って、より魅力的になっていた。どうして不安が消えたかはうすうす気づいていたが、小島は自分の中にある恋心を自覚していた。

(早坂。そうだ、な。まずはストップだな)

 あたり前のこと。しかし、今の自分には先を考えても何も見えない。ならば、今を全力で食い止めるしかない。

「セカンドゲーム。ラブオールプレイ」
『お願いします!』

 審判がセカンドゲームの開始を告げ、同時に淺川の声をかき消すように叫ぶ。自分から相手へと叩きつけるように闘志を飛ばすと、淺川は笑みを浮かべた。侮辱している笑みではない。ファーストゲームを取られても闘志を失わずにむしろ増幅させて挑んでくる小島に対して、嬉しさを隠せないような、そんな笑み。

(余裕なのか何か分からないが……絶対倒す!)

 淺川のロングサーブでシャトルがコート奥へと飛ぶ。真下へと移動して小島はラケットを振りかぶった。

「はっ!」

 打ったのはドリブンクリア。弾道が少しだけ低めのクリアでシャトルをストレートにコート奥へと運ぶ。自分の打ったシャトルの軌道を想像して、小島は淺川の選択肢を頭に浮かべながらコート中央へと腰を落とす。
 ファーストゲームから少し時間を空けても、精神的なダメージを突きつけられても集中力は途切れずに、これまでと同じように全身の毛穴を開けて相手の動作を読み取る。それまでと同じようにノイズが走り、小島はとっさに前に出ようとした。
 だが、淺川からきたのはストレートのスマッシュだった。

「くっ!?」

 前に出たところに最速のスマッシュが叩きこまれて小島はラケットを出してかろうじて返す。
 ネット前にふわりと浮かんだシャトルへと淺川が飛び込んできて、シャトルをコートへと打ち込んでいた。

「ポイント。ワンラブ(1対0)」

 ファーストゲームのラスト付近と同じように北北海道側に歓声が上がる。
 観客席からも淺川のプレイに拍手がまばらに起きて、相手の背中を後押しするように小島には思えた。自分には仲間達が支えてくれることは分かっていたが、彼ら以外の範囲が徐々に淺川の勝利を望むような空気に変わっていくと小島は思える。

(もともと俺が格下で、挑む立場だもんな。あたり前か)

 全国的には無名だったが、その評価を全て覆してきたと小島は自信を持って答えられる。
 この大会がなかったら、自分の活躍は中学三年生最後の中体連までお預けということになっていただろう。
 その意味で、新設されたこの大会に感謝している。
 そして、この大会で最も倒したい相手と戦えた幸運にも。

(でも、俺には善戦した、なんてことはいらない。俺は、このチームのエースなんだ)

 団体戦を戦ったのは初めてということはなかったが、自分の中学では自分しか勝てず、仲間が自分の信頼に応えることはなかった。それを恨むなどということはなく、ある種の諦めに心は落ち着いていた。
 だが、傍で応援してくれている仲間達は自分の期待に応えてくれる。そして、仲間達が醸し出す力が自分を押してくれる。
 たとえ、この試合が終われば解散するのだとしても、このチームでは自分に負けは許されない。

「ストップ!」

 シャトルを拾って、羽を整えてから吼えるとシャトルを軽く返す。小島の声に試合が再開したと錯覚したのか、淺川はきたシャトルを打ち返そうとして慌てて止める。シャトルを手に取った淺川は照れ臭そうに笑ってサーブ位置に立ち、構えた。そこからは一瞬前の苦笑いの形跡などなく、真剣な表情で小島へ視線を向けてくる。

「一本!」
「ストップ!」

 シャトルが中空を飛び、小島は追いついてからストレートにスマッシュを放つ。鋭く落ちていくシャトルも淺川には取りやすいのか、あっさりとラケットを振って打ち返してくる。飛距離は十分でクロスでもコート奥に小島を縫い付ける。
 今度はクロスのハイクリアで淺川をコート奥へと向かわせてコート中央に陣取る。淺川の動きをしっかりと見極めて、体重移動とラケットの振りからストレートのスマッシュと判断し、バックハンドに持ち替えて左サイドに一歩踏み出そうとした。だが、シャトルはクロスカットドロップで右側前方へと落ちていく。小島は逆を突かれ、強引にシャトル側へと切り返してラケットを伸ばしてヘアピンを打つ。すでに淺川もやってきていたが、ネットすれすれを越えたヘアピンを強打することもできず、静かにロブを上げるだけ。
 小島の頭上を小さく飛んで落ちようとするシャトルに視線を向けることはできたが、崩れた体勢から体を反転することもできずにシャトルが落ちるのを見送った。

「ポイント。ツーラブ(2対0)」

 小島は悔しさを口にすることも押えて淺川へと背を向ける。自分が苦しいのは外から見ても分かるだろうが、目に見えるように表現してしまえば、勝手に周囲からのプレッシャーを脳が作り出して苦しくしてしまう。
 シャトルの羽を整えてから振り返ると、淺川は笑って小島を見ていた。その表情に返すように小島も頬を緩める。まだまだ勝負はこれからだという意思を織り込んで。
 小島はシャトルを打ち返してレシーブ位置に立ってから、これまでの二点を振り返ってみる。

(最初はノイズが走ってドロップと思ったけれど、スマッシュ。今はスマッシュと思ったらクロスカットドロップだった……予測するのは厳しいかもしれないな。むしろ、捨てるか)

 ラケットのシャフトを持って回転させながら思考をまとめていく。
 ファーストゲームで手に入れた経験と知識は相手の知るところ。あえて情報を与えてかく乱させるのが目的ならば縛られないほうがいい。これまでの自分の経験を否定することになるが、小島はすぐに決断する。

「よし!」

 自然と声が出る。その言葉に淺川は驚いた表情をして見てきた。呟いた小島もまた自分に対して驚く。淺川が数回発した言葉と同じだからだ。

(あいつも、こんな感じで発言してたんだとしたら……まだ許せるけどな)

 すべて計算に見えるが、実は偶然の産物。
 小島に攻めあげられるうちに自分の弱点を理解したという意味で言葉を紡ぎ、次から生かしてきたのなら、それは自分となんら変わらない。試合の間に成長しているということだけ。

(そう思って少しは気が楽になるなら、そう思わせてもらおうか!)

 シャトルが打ち上がり、小島が落下点に入る。クロスのハイクリアで淺川の左サイドへと打ち上げる。コート中央に腰を落として迎えうつまでは、ついさっきクロスカットドロップを打たれた時と同じ状況。

(さあ、どこに来る?)

 集中力を予測から相手の打ってくるシャトルの視認へと変更する。予測が覆されるならば、来たシャトルに抵抗するしかない。最初は、スマッシュとドロップの速度の差にできずにフォームの違いから予測することで対抗してきた。それでも、今ならば出来るはず。そう自分を信じていくしかない。

「はっ!」

 飛び上がった淺川のジャンピングスマッシュがストレートに突き刺さる。
 シャトルにラケットは伸びていたが、ほんのわずかスイートスポットに届かずに打ち返したシャトルは淺川のコート側の外へと飛んで行った。
 三点目を献上しても笑顔は崩さない。ファーストゲームでできなかったことへと再び挑戦しているのだから、ミスは当然だ。すべて予測の上で成り立っていたプレイを完全に崩すのはこのまま押し切られる可能性もある。それでも、道がそこにあるなら突き進む。
 自分が「よし!」と吼えたのは、その覚悟からだと今、納得する。

(淺川……絶対勝つ)

 相手がサーブ位置に立つことに合わせて自分もレシーブ位置で構える。淺川の表情は笑みが浮かんだまま。それはジュニア全道大会では見せていなかった顔だ。過去に対戦した時は淡々と相手の隙を突き、あるいは威力あるスマッシュ一発で終わらせるといった戦法を取っていた。その中でも小島は何とかセティングに持ち込んでいたものの、最後は力で負けていたのだ。

(これがこいつの本当のプレイスタイル、なのかな)

 シャトルを打つたびに笑顔がこぼれる。シャトル一つ一つに淺川の感情が詰まっているような気がしていた。スコア的には前回よりも負けているが、内容は明らかに今回のほうがいい。そして、淺川は小島に対して笑顔を見せるに足るライバルだと認めたのかもしれない。

「おらあ!」

 淺川が打ってきたハイクリアを、小島は全力のスマッシュで叩き込む。ストレートかつジャンプすることで角度をつけてコートの前方へと。
 それを淺川は難なく拾ってクロスヘアピンで打ち返す。小島はコートを斜めに突っ切ってラケットを下から上へと振り上げ、淺川をコート奥へと動かす。踏み込んだ右足の反動を逆転させてネット前から離れるとコート中央で次の手を見極める。

(そんな上から目線。突き破る!)

 過去の自分も吉田や刈田達にしていたとは自覚しているが、それを他人がするのは許さない。
 自分のプライドもシャトルに込めて打ち返し、淺川へと叩き返す。

「はあ!」

 ノイズが走ろうとも気にせずに小島はバックハンド側へとラケットを出す。淺川は後ろへと飛びながらのジャンピングスマッシュで、クロスに打ち込んできた。
 小島はシャトルをとらえてストレートヘアピンで打ち返した。今度は淺川がコートを斜めに移動してくるとラケットを伸ばす。そこからロブを上げると踏んで後方に移動しようとした小島だったが思いとどまってその場でこらえる。その判断は功を奏して、クロスヘアピンを打たれたことに反応出来た。

「くおっ!」

 急激な速度の変化に体がきしむ。それでもラケットを伸ばしてシャトルをとらえた小島は、淺川の動きを視界に入れた上で、ヘアピンを打つ。
 しかしシャトルは白帯にぶつかって、自分の側へと落ちてしまった。
 四点目が入り、審判の声を聞いても小島の耳は右から左へと聞き流した。
 シャトルを拾って淺川へと放り、ゆっくりとレシーブ位置へと戻っていく。リセットしたとしても、様子見は五点まで。これまで淺川は小島を観察できただろうが、小島が淺川を分析できたかというとそうでもない。来たシャトルを打ち返していたものの、決定的なショットは作れずに、ただ得点を重ねられている。一発で決められるということはなくなってきたが、それでもサービスオーバーをもぎ取るにはいたらない。試合が普通にできているのに、最後に決められる。
 この感覚に小島は覚えがあった。

(そうだ。基本に忠実に攻めているから、この連続得点は純粋な力の差なんだ)

 ファーストゲームでも体験したこと。淺川は大した駆け引きを行っているわけではない。一回前と同じ軌道にシャトルを打っても同じように打ち返してはこない。じゃんけんでいえば、続けて同じ手を出さないタイプなのだろう。それさえも嘘という可能性はあったが、小島はなぜかその部分だけは疑わなかった。
 試合を通して本当かどうかは別として、相手の性格が透けて見えてきている。

(徐々に食らいついていけてるなら、やるしかない。さっき、少しだけ光明が見えたしな)

 四点目を取られたラリーの中で一つ、小島は自分がやるべきことが見えた気がした。それを確信に変えるためにラケットを掲げてレシーブ体勢をとる。
 淺川は笑みを絶やさないままラケットを振り、ショートサーブを打った。
 これまで後ろに飛んでいたシャトルが前へと来たことにも、小島は反応してロブを上げようとする。しかし、そこで小島はヘアピンを打っていた。
 右足を踏み込んでラケットは少し押しだすだけ。放物線を描いたシャトルは白帯を越えて落ちようとするが、淺川はラケット面を水平にして前に突き出し、同様にヘアピンを返す。落ちていくシャトルにラケットを滑らせて、さらに小島はクロスヘアピンを打った。目の前にいる淺川から離れるようにシャトルが飛んでいくものの、それを読んで淺川はラケットを立てて、プッシュを打った。

「はあ!」

 角度がつかなかったためにコート中央付近に飛んだシャトルを、小島は即座に追いついてロブをあげていた。
 淺川が追っていく姿を見ながら小島は今のラリーの中で得た感覚に歯を食いしばる。
 今までの試合展開も苦しかったが、これから自分が踏み入れようとする道はさらに茨の道。それには高い集中力を最後まで切らさないことが重要になる。すでに一ゲーム取られているために、ファイナルゲームまで続けられるかどうか。ファーストゲームを終えてセカンドゲームに入ってからこれまでの攻防で、浮かぶ不安を闘志でかき消す。

(やらなきゃ負ける。やれたら、勝つ可能性がある。それだけだ!)

 淺川からのスマッシュをバックハンドで取ってヘアピンを打ちつつ、小島は覚悟を決めた。
 これから全力で消耗戦を仕掛ける覚悟を。
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