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1907年(明治40年)の土地利用


 では、その間、赤城山では何が起こっていたのでしょうか。土地利用の変遷から考察してみます。
 これは
1907年の赤城山周辺の土地利用の様子です。落葉広葉樹林が山頂部分と、麓の部分に分かれその間にカヤ原が広がっていました。麓の部分の落葉広葉樹林の下には畑が広がってきているものの、まだ広く繋がった林が残されていました。この林の中を多くのヒメギフチョウが飛び回っていたことでしょう。川の近くには水車がたくさんあり、のどかな田園風景が思い起こされます。
 1947
年9月、キャサリン台風が県内全域を襲い、赤城村深山地区の一部の生息地は壊滅的な打撃を受けました。このキャサリン台風による被害が大きかった原因は、急峻な山地における過度の伐採によるものともいわれています。幸い生息地では台風以降もヒメギフチョウの発生が確認されていました。