天地真理唯一のミュージカル出演となった同名ミュージカルのダイジェスト盤。原作はゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』で、演劇やオペラなどさまざまに取り上げられてきた作品。このミュージカルも宮川泰の作曲だがテーマ曲のメロディーはトーマ作曲のオペラ『ミニヨン』から採られている。日劇世界名作シリーズの第2回として、1975年5月末から、有楽町の日劇で1ヶ月間上演された。当時の彼女の状況は、前年秋の『思い出のセレナーデ』でやや下降していた人気を回復し、それまでのイメージからの脱皮に成功したように思われたが、その後、『木枯らしの舗道』『愛のアルバム』が大きくヒットせず、新たな方向を模索していた頃である。もしこのミュージカルが大ヒットしていればその後の彼女の人生も大きく変わっていたかもしれない。しかし残念ながら、大ヒットとはいかなかったようだ。私自身も見に行ったが、決してつまらない作品ではなかったが、古典的な作品だけに、思い切り泣かせるなどの“感動的”な場面はなく、地味な印象だった。小山田宗徳や加茂さくらなど俳優もベテランで演技は立派だったし、宮川泰の音楽も悪くはなかった。彼女自身も、演技はうまいとまでは言えないが悪くはなかったし、歌唱はこのアルバムを聞けばわかるようにしっかりと歌っていた。彼女は「誰もほめてくれない」とこぼしていたという記事をどこかで見たが、朝日新聞の批評では「天地真理は健闘でファンの声援が飛んでいる。もう少し肩の力が抜ければ…というところ」(6/20夕刊)と書かれていてミュージカル初出演としては好演という評価ではないだろうか。ただ大衆受けはしなかったのだろう。
しかし、このアルバムの彼女の「うた」は本当にすばらしい。ドラマの展開にともなって歌われるだけに、表情も大きく劇的に歌っていて、普段の彼女のうたでは聴けない多彩な技巧が見られる。声もかなり地声を使っている場面もあり、さまざまな工夫が見られて彼女の才能を証明するアルバムとなっている。
 (このアルバムには器楽だけの曲も入っているが、ここでは歌だけを取り上げる)

1 君よ知るや南の国
  このミュージカルのテーマ曲。ミュージカルの冒頭に歌われ、幸せ薄い少女が、太陽の光が降り注ぐ南の国に、自分自身の希望を重ねて歌う曲である。ここでの彼女のうたはそういう曲の本質を見事に表現して憧れに満ちているのだが、このアルバムの最後に歌われる同じ曲やシングル盤と比べると、ほの暗いところから遠くの光を見ているような印象がある。たとえば「青い空よ光あふれて」「白い雲に手を振りながら」など切ない憧れがあふれてくるようだ。シングル盤の場合にはそれ自体完結した歌になるが、ドラマの中ではその先へつながる歌でなければならないという表現の違いをはっきりと歌い分けていると言える。

2 気が合う同志
  ちょっとおどけた楽しい曲である。彼女のうたは、地声を使い、ちょっとはずれたような歌い方で、少女というより少年のようなミニヨンを表現している。彼女の表現の幅を知ることができる曲といえる。

3 初めての涙
  シングル盤としても発売されたが、それとはだいぶ違った歌い方になっている。やはりドラマの展開の中でそれに沿った表現になっていて、なにより熱い“想い”がこめられている。「うれしい でも違う」というところの表現も見事だが、それにつづく「この気持ち わかってくれない」というところなど熱い想いがぐっと抑えられ、身震いするような見事な表現だ。

4 大人への憧れ
  彼女の技巧的な「うまさ」にびっくりさせられる曲である。冒頭、「大人に成るってどうして成れるの」と地声で少年っぽく歌いだしたと思ったら、すぐに「お化粧 髪型」とちょっとコケティッシュな歌い方になり、さらにファルセットに切り替えて「しぐさも」で「大人」の女性の洗練された声になり最後の「覚え」はさらに洗練された表情になる。ほんの4小節の中で、一言一言表情を変えて、いわば四変化しているのだ。その後の部分でも、ちょっといたずらっぽい感じをたくみに出しながら、“憧れ”を見事に表現している。普段の彼女のうたは淡々としているようでよく聴くと多彩で微妙な表情の変化がうたに命を与えているのだが、それを支える技巧が主役になって出ている曲と言ってもいい。

5 恋のすれちがい
  オペラのアリアを思わせるようなダイナミックで劇的な歌である。最初の戸惑いと悲しみの部分は淡々としているのだが、「きらいよ」からの高揚部分はスケールが大きく激しい情念があふれ、圧倒されるような迫力がある。しかし「もしもできれば」の部分は、高音を出すためでもあるだろうが、パワーをセーブしてやや細い声に切り替え、それが悲しさ、せつなさを見事に表現している。特にくず折れるようにディミネンドして泣き声になるところなど唖然とするような巧みさだ。そのあと最初の部分が戻って終わる部分も深い情感があり、短い曲でありながら大きなドラマになっている。

6 天使の約束
  題名のとおり天使の扮装をしたミニヨンが子供たちと歌う歌。文字通り天使のような至純なうたを聴かせる。他の曲と違ってできるだけ表情を抑え起伏を小さく淡々と歌っており、曲自体が単純なメロディーの繰り返しなのだが、彼女の声は次第に白銀のような輝きを増していく。
   
7 明日へのワルツ
  お互いの愛を確かめたミニヨンとウィルヘルムが幸せを歌う曲。『大人への憧れ』とメロディーは同じなのだが、まったく違う歌い方をしている。「悲しいことなら」と歌いだす最初のフレーズは淡々と過去の悲しみを振り返るように、そして「今では」と歌いだす次のフレーズでは幸せな思いがひそやかに歌われ、「ラ、ラ」から後では幸福感が陶酔的なワルツのリズムに乗って一気にあふれだす。この部分の多彩な表現は実に魅力的だ。あるところはささやくように、あるところは深く強い声で。彼女の歌うワルツは実に粋で心を躍らせてくれる。

8 君よ知るや南の国(フィナーレ)
  ハッピーエンドのフィナーレで歌われるだけに、冒頭の同じ曲と比較すると幸福感に満ちている。満ち足りて幸せをかみしめるような歌い出しから、美しい間奏(チェロがすばらしい)を経て、ウィルヘルム(峰岸徹)とのデュエット、さらにコーラスも加わるなか、彼女の輝かしい声が喜びを晴れやかに歌ってフィナーレとなる。









君よ知るや南の国