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十二章 〜赤陽 星天 そして暁光〜

 

「・・・。」

「・・・。」

感動の再開から数時間後、すでに二人の間には険悪な雰囲気が流れていた。

じりじりとした怒りが心の中に見える存在から伝わってきて、

目線を合わせようとすると彼女はぷいっと視線を逸らしてしまった。

「なぁ、そろそろ機嫌直せよ。」

相変わらずの痴話喧嘩か、いつも通りゲイルが先に詫びを入れる。

だが、どうにも今回はいつもとは違うらしく、シャニーは顔を逸らしたまま彼のほうを横目で見るだけだ。

何とか許してもらおうと見つめてくる彼に、そっけない言葉で仕返しする。

「別に。 怒ってなんかないよ。」

そうは言うものの、彼女はますますつんと口を尖らせて目を閉じてしまった。

烈火のごとく怒られたほうがまだどれだけマシだろうか。

こんな風に冷たくあしらわれると居ても立っても居られない。

「だったらそんな顔するの止めてくれよ。」

彼女の態度に怒るに怒れないゲイルは、弱い口調で機嫌を取り戻そうと必死だ。

今回だってゲイルにとっては、自分は被害者であった。

だけど、それが通用しない相手である。 彼の言葉にそれが表れたのか、彼女はきっと目を開くと柳眉を釣り上げる。

「だって・・・もう少し配慮したっていいじゃん!」

牙をむき出しにしてつりあがった目でにらみつけられると、巨体がどうしてこんなにも小さくなるのか。

火の玉のような怒りを浴びせられて、ゲイルもすぐには反論が出来なかった。

爆発した怒りを吐き出し終えると、彼女はまたそっぽを向いて口元を歪め始める。

「あたしは動けないのにさ・・・。」

ぶつぶつと文句を言い続けられて、さすがにゲイルも参ってしまった。

被害者意識はあるとは言え、さすがに今回はゲイルでも彼女が怒るのは仕方がないと諦めている部分もある。

「あら、どうしたの?」

朝の稽古から返ってきたサフィが彼に気付いて寄ってくる。 昨日までの近寄りがたい空気もなくなり

朝一番に風呂に入りに行ったゲイルの突然の変化に、サフィは何があったのか知りたくていっぱいだ。

「!! な、なんでもねえよ!」

だが、ゲイルにとっては堪ったものではない。 跳ね上がって平素を装うと、追っ払うかのように彼女の背を押す。

今一番に遭遇してはならない人物であることに間違いはない。

不可解な言動に眉間にしわを寄せるサフィと、ジト目で睨んでくるシャニーに板ばさみだ。

「あーあー、ゲイル以外に声が届かないって不便だなぁー!」

さもがっかりしたかのように声を張り上げるシャニー。

彼女の大声が本当に外に届いていないのか、ゲイルはサフィの顔をうかがいながら恐々としていた。

「お、お前なぁ・・・。」

呆れながらも内心ほっとしていた。 もしサフィに知れたら、骨まで砕かれて再起不能になるところだ。

「だからちゃんと言ったじゃねーか。 外しといたほうがいいよなって。」

怖い怖いアネキに声が聞こえていないならこちらのものである。

今までの分もお返しするべく、ゲイルはシャニーに鼻を押し付けるようにして事実を突き向ける。

「お前傍にいたいって言うもんだから!」

突き付けられた免罪の言葉に、シャニーはうっとして目を見開くと反論に窮して口がへの字に結ばれる。

したり顔のゲイルがどうにも許せなくて、彼女は堪らず地団駄を踏んで猛抗議だ。

「タオルくらい巻けばいいじゃん!!」

牙をむき出しにして怒るシャニーは、あのときを思い出して顔をトマトのように真っ赤にしてしまう。

あの時見下ろしさえしなければこんなことにはならなかったのに・・・そんな後悔ばかりが湧き上がる。

「・・・まともに見ちゃったじゃない・・・。」

本当にゲイルにはウンザリだった。 かつてはこちらの見せてはいけないものを見られ

今度は見てはいけないものを見せられてしまった。 思い出すだけで、また魂が抜け出していってしまいそうだ。

「すまん・・・今度から気をつける。」

彼女の反応にさすがにゲイルもそれ以上強くは言えなかった。

自分だって目から火が出るほどに恥ずかしかった。 相手だってそれは同じだということぐらいは分かる。

釈然としないところはあるが、今回ばかりは謝るしかなかった。

「もういいよ。 あたしもガマンする・・・。」

もう一度見てしまったら、それからどれだけ気にしていたって意味などない。

身動きが取れないというのは本当に不便なものだと改めて思い知っていた。

片時も離れ離れにはなりたくないが、それはまた彼の見てはいけないものをあれこれ見ることになる。 妙な覚悟が必要でため息が出る。

「さっきから何をぼーっとしているの?」

だが、二人にとっては大事件であっても、

外から見ればただゲイルがぼけっと惚けたように立ち尽くしているようにしか見えない。

元気になったと思ったらまたこうして魂が抜けたかのようにぽかんと口を開けるゲイルに、

サフィが怪訝そうな眼差しで見上げてきた。

「え、いやっ! ・・・って。」

まさかシャニーに男の証明を見せてしまったなんて、そんな命を投げ出すようなことを言えるはずもなく、

誤魔化そうと必死になりかけてその手が止まる。 ますますサフィの顔は懐疑に歪むばかりだ。

「そう言えば皆に話してなかったな! あはは。」

ぼけっとしていたと思ったら突然に慌てだし、そして今度はヘラヘラと笑い始めている。

あまりに情緒不安定な幼馴染に、ついにサフィは後ろ足を引き始めた。

「な、何よ、朝から急に元気になったと思ったら・・・。」

どうにもゲイルの様子が変だ。 こんなに不安定な男ではなかったのに、妙にふわふわしてまるで別人のようだ。

だが、相手が相手なだけに、疑念が不安よりも先に飛び出して眉が釣り上がる。

「変なものでも拾い食いしたんじゃないでしょうね!」

本気で睨み付けられて、ゲイルはうっとしてその直後にずるっと肩が滑り落ちる。

一体幼馴染はどんな色眼鏡で自分をいつも見ているというのだろうか。

思わずため息と怒りが同時に飛び出した。

「俺はそこらの野良犬か!」

口を開けば腹減ったしか言わない彼のことだ。 鎖を付けておかなければ何をしたっておかしくはない。

日ごろの行いがものをいうらしく、サフィは怪訝そうな眼差しを向けることを止めてはくれない。

「あまり変らないと思うけど・・・。」

本気で泣き出したくなった瞬間だった。 野良犬と同レベルだと思われていたなんてあんまりではないか。

嘘だと言って欲しくて懇願の眼差しを向けてくるゲイルに、サフィはどうしてやることも出来ずに後ずさりをしだす始末。

「ゲイルならやりそう。 アハハ!」

おまけに内側からまでも挑発的な笑い声が聞こえてきて、まさに外から内から滅多打ちだ。

だが、外の相手には敵わなくても、内の相手にはゲイルも目を吊り上げて耳を引っ張ってやった。

「てめーは黙ってろ!」

耳だけでは足らずに頬まで摘んでやってようやくに癪に障る甲高い笑い声を封じ込めた。

だが、やられたほうがそのままで黙っているわけもなく、彼女は頬を摘む手を払い除けると鼻を押し付けてきた。

「何さ! やる気?! このエルピス様に!」

何が一体売り言葉になったのか分からないぐらいに、ごくごく自然にいつの間にか始まるケンカ。

鼻を押し付けられたゲイルも、目を吊り上げて押し付けられた以上の力で押し返し額までぶつけ合いだした。

「なーにがエルピス様だ! このヤロ!」

どうにも彼女だけには負けたくなくて、ついつい過剰反応をしてしまう。

向こうも負けず嫌いなものだから、押し付け合いはヒートアップするばかり。

しまいには心の中だけではなく口にして叫んでしまったゲイルをサフィはぎょっとして見つめ、後ずさりはエスカレート。

「・・・やっぱゲイル・・・シャニーを失ったショックでおかしくなってるわ・・・。」

レイといいシャニーといい、悪友共に関わると本当にろくなことがない。

びっくりして反論しにかかろうとするゲイル。 だが、小悪魔はそれを許してはくれず、彼を心の中に引き戻す。

「元からおかしいじゃん。」

ぴきっと怒りの四つ角が額に浮かぶ。 どうにも相手は自分の急所を知っているらしく的確に攻めてくる。

恐々とするサフィから視線を逸らし、やむなく心の中へと振り返ってみれば感情を逆撫でるあっかんべーがそこにはある。

「てめ・・・手を出せないからって好き放題言いやがって!」

戻ってきたら戻ってきたでこれである。 まるで壊れた蓄音機のように喧しい。

何とかこの塞がらない口を縫い付けてやろうと手を伸ばすが、彼女はあいかわずの身のこなしで避けると

妙に澄まして見下ろすようにツンとして見せた。

「フフ・・・私を怒らせたら容赦しないわよ?」

まるで熾天使の威厳なんて欠片もない。

口調やら格好やらですぐにエルピスの真似をしているのだと悟ったが、

こんな能天気には、どれだけ器用でも彼女が放っていた高飛車な態度など表現しきれるはずもなかった。

「・・・似てねえから。」

ばっさりと切り捨ててため息をつくゲイルに、頬を膨らせて地団駄を踏む。

相変わらずの子供っぽさには怒る気さえうせてくる。 どうしてこうも朝から彼女はハイなのだろうか。

付き合わされるほうにとっては堪ったものではない。

「ああ・・・ちょっとレイを呼んでこないと・・・。」

心痛で倒れそうになりながら、サフィは額に手をやってふらつきながらも医者のもとへと救いを求めに歩き出す。

相棒のイタズラのせいで、またしても妙なイメージを皆に植え付けられるのはもうごめんだ。

ただでさえ、皆には既に人の水浴びを覗くスケベというイメージが焼き付けられているのだから。

「だーっ! ちょっと待った! 待った! 誤解だ!」

「いい加減認めればいいのに。」

思わず駆け出して彷徨うように歩き出したサフィの肩を後ろから掴んで体重をかける。

相変わらず内から聞こえてくる悪魔のささやきを無視しつつ、彼は必死になってサフィを説得しようと振り向かせたが

彼女と目を合わせてみて、そこで何かを閃く。

「・・・って待てよ、そうだレイのところへ行こう。」

ぽんと手を叩いて歩き出すゲイルに、サフィの目がますます恐々とし始めた。

壊れてしまった幼馴染をどうやったら助けてあげられるのか途方にくれてついに膝を突いてしまう。

「ああ・・・自覚まであるわ・・・。」

後ろから聞こえてきた弱々しい絶望に振り向いて見て時が止まる。

さすがにヘラヘラと笑い続けていたシャニーも姉貴分の様子にはゲイルと同じように顔を引きつらせていた。

やっぱり自分の存在が気づかれていないことを思い知らされてそのまましょ気てしまう。

「違うっつーの! 俺は正気だ!」

さっきまで笑っていたと思ったらもう俯いている喜怒哀楽の激しい相棒を慰める。

内に気を遣い、そして外へは己の健全をアピールして膝から崩れたサフィを立ち上がらせる。

「レイもいるなら皆いるだろ? 皆に伝えたいことがあるんだ。」

じっとゲイルの目を見つめて、その奥にいつも通りの強い覚悟が燃えていることに気づくサフィ。

あの時はすっかりくすぶっていた弱い炎が、今轟々と滾っているのだ。

彼の瞳を信じて、サフィはゲイルを皆に元へと案内するべく立ち上がる。

「分かったわ、じゃあ行きましょ。」

「おう!」

未だに半信半疑だが、彼女はゲイルの手を取って皆がいるであろう食堂を目指す。

ちょうど朝の瞑想が終って皆が食事を作る修行に移り始めたころのようだ。

漂ってくる温かく脳天がとろけそうなにおいたちに、ゲイルはひくついてヨダレを垂らす。

「あー、腹減ったぜ・・・。」

大きな心配事が消えると、突然に腹が息を吹き返したように跳ねて鳴って空腹を訴える。

意識とは無関係に腹の虫が泣き叫ぶ音が聞こえて、はっとする。 またしても相棒のご機嫌を損ねかねない音だ。

「みんなあたしの事気付いてくれるかな・・・。」

うんざりするかと思いきや、それ以上の不安が彼女を襲っていてしょ気ていた。

サフィもどうやら自分のことにはまるで気付いていない様子だ。

大好きな人たちがもう自分はいないものだと思いこんでいる事がとても悲しくて辛抱できず、

小さくなったただでさえ華奢な肩をしっかりと包む腕が、とても温かく感じる。

「大丈夫だって! 俺に任せておけ!」

瞳を潤ませるシャニーの肩をしっかりと抱き包みながら、

ゲイルはサフィの後をついて仲間達の元へと戻っていく。 大分心配を掛けたその詫びをまず最初にしようと心に決めて。

 

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