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十二章 〜赤陽 星天 そして暁光〜

 

「ハハハ! 慄け! 劣悪種共!」

向こうの空が次第に暗くなり始めた。 フェンネルのまとう闇のマナが空を包み込み日差しを跳ね飛ばす。

悠々と防衛ラインを突破するフェンネルは、もはやレジスタンスの相手など片手間だ。

目標はたった一人、彼女にむけて一直線の狂風、その刃に触れた者は全てがその場に倒れこんでいく。

「前線の者が交戦中! 突破されそうです!」

耳につけた通信機が刻々と最前線の状況を伝えてくる。

すでにポイントに向かっているゲイル達の耳に飛び込んでくる最前線から通信の中には、

フェンネルの憎き声と断末魔の叫びが入ってシャニーの顔は悔しさに潰れていた。

「貴様らなど取るに足りぬ! 消えうせろ!」

立ちはだからなければ殺されずに済むものを、レジスタンスたちは徒党を組んでフェンネルへ突撃していく。

群れる弱者は大嫌いであった。 舌なめずりをするとダガーを握り壁に一直線。

狂気の風が吹きぬけたその後には、為すすべなくその場に倒れる無残な姿だけが残る。

「どうだ! 狩られる感覚は!」

圧倒的な力を見せ付けるかのように、縦横無尽に吹き荒れては人々を巻き上げて粉々に砕いていく。

たった一人に大軍が壊滅させられていく様は、とても信じがたい。

それでも諦めずに突っ込んでくる彼らに、彼は目を細めるばかり。

「ハデス神の御名の下! 善を騙る醜の全てを滅ぼしてくれる!」

またひとつ、目の前に立ちはだかり突っ込んできた者達を部隊ごと巻き上げて切り刻み地に伏させる。

善、善と口うるさい者達は、結局自分の都合を押し付けているに過ぎないことを証明するべく、フェンネルの疾風怒濤の進撃は勢いを増していく。

「せめて美しい死に際で私を楽しませろ!」

だが、やはり彼にとってレジスタンスの相手というのはつまらないだけで

死を与えるその瞬間だけを求めて狂気の目が獲物を求めて先へ先へと突き進む牙は渇望にぎらついた。

 

 

第三拠点

 

ルケシオン町 西方

 

 

 

レジスタンス軍

V.S

エズダー・シア南方軍

 

 

 

90

兵数

1

 

 

 

士気

 

 

 

死守

作戦

撃破

 

「くそっ・・・やっぱり歯が立たない!」

防衛線は大分後方まで下がってきてしまった。 もはや後がなくなったレジスタンスたちだが

それでも食い止めるしか自分達には作戦がなく、風に乗って地を滑るようにかけてくるフェンネル目掛けて突撃していく。

「このままでは最終防衛ラインを抜かれるのも時間の問題だ!」

徒党を組んで挑んでも、フェンネルの足止めをすることすら叶わなくてそのまま倒れていく。

やむを得ず彼らは一度体勢を整えるべく防衛ラインを下げ、集結して最後の守りを固める作戦に出る。

だが、集まってみると恐ろしく兵数が激減していることに気付かされて絶望感が広がった。

「それで守っているつもりかな? くっくっく。」

もう当初の1割程度しかない兵力で挑む彼らは、ついに訪れた悪魔へ一斉に突撃しにかかる。

だが、どれだけ数を揃えても、やはりフェンネルにとっては一も千も変らない。 舌打しながら彼らの愚かさを嘲る。

「貴様らなど、我が影で十分だ!」

突然に進撃を止めるフェンネルだが、大軍を前に怖気づいたわけではないのは間違いない。

彼は高く跳躍して自らのマナが暗雲に自らの身を溶かし、次の瞬間レジスタンスたちは驚愕に目を震わせた。

「な?! フェンネルが増えた?!」

暗雲と重なって見えなくなったフェンネルが次に姿を現したとき、まるで降り注ぐ雨のように

雲からフェンネルが無数に飛び降りてきたのである。

どの顔も不敵に獲物を狙って舌なめずりをし、ダガーを握り締めると一直線に突っ込んで来る。

「幻術だ! 本人は一人だ! 惑わされ・・・ぐわ?!」

盗賊の得意分野である幻術だと分かって一人が警告を発するが、

幻術が切り上げてきたダガーは風に消えることはなくそのまま彼を吹き飛ばした。

あちこちで全ての幻術が猛威を振るい、防衛線が散り散りとなっていく。

その様子を、フェンネルは後方から眺めおろし、恍惚なる表情を浮かべる。

「ハハハ、ただの幻術だと思うなよ?」

とんだ勘違いをして壊滅していく弱者達。 所詮弱者はどれだけ群がろうと弱者には変わらない証明となっている。

追い掛け回され、逃げ惑い、背を引裂かれて倒れていく者達。

その阿鼻叫喚がもたらすカスタトロフがフェンネルにとってはどんな楽曲よりも美しく聞こえてその表情はますます狂気的に釣り上がる。

「全て私の意志で動くドッペルゲンガーだ!」

闇のマナで作り上げられた影たちは、主の命を忠実に守り獲物を求めて目をぎらつかせる。

その全てがただのフェイクなどではなく、実体を有する殺戮兵器。

そしてついに、彼自身も宴に興じるべく組んでいた腕を解くとダガーを握り締める。

「フフフ、全てを切り裂け! ハハハ!」

まるで怪鳥のように飛び交って離す術なく逃げ惑う者達を襲い掛かる黒い風たち。

またひとり、逃げ場を失って転倒したレジスタンスへ凶器が降り注がれようとしていた。

「う、うわああああ!」

幻術を跳ね除け、突っ込んできたのはフェンネル本人。

主を差し置いて最高の瞬間にありつこうとした愚か者を自らで切り裂くと、その先で悲鳴を上げる弱々しい命に向けて

闇のマナ燃え上がる短剣をつき向けにかかった。

「死ね! ん・・・!!」

だが、彼は何かの気配を感じて視線をレジスタンスから外し、その刹那真横から猛烈な気弾が視界に入る。

猛進していたところへの奇襲に彼は堪らずダガーを引っ込めると無理やり体をねじる。

だがさすがに盗賊らしい柔軟な体術で、バランスを崩しても手を突いて数回勢いよく前転すると背後を睨む。

「そうは行かねーぞ! このゲス野郎!」

何発も飛んでくる気弾を、まるで舞い飛ぶかのように宙を駈って避けていく。

まるで時間稼ぎかのように執拗に飛んでくる気弾。 その間にもレジスタンスたちは体勢を整えていく。

気弾の出所はひとつではなく、舌打しながら獲物達が逃げていくのを恨めしそうに眺める。

「・・・何ですか? 人の楽しみを邪魔するとは・・・。」

レジスタンスが後方へ退避するのを待っていたかのように、

それまでの気弾とは段違いの強烈なマナの塊が空から無数に突き刺さる。

自分も避けるので精一杯の中、聖なる光の矢に串刺しにされたドッペルゲンガー達は為す術なく掻き消されて、フェンネルの苛立ちは頂点に達した。

「覚悟は出来ているんでしょうね!」

もちろん、それだけの巨大なマナを扱えばその居場所の特定は目を使わずとも容易い。

宴を台無しにされた苛立ちの全てを聖槍を放った本人へと突きこむべく、

砂煙を上げてその場を発つと地を滑空しながら獲物目掛けて一直線。

「おっと! そうは行かねーぜ!!」

だが、またしても飛び込んできた聞き覚えのある声。

もう少しでその無防備な魔術師の胸を突き抜けそうだったダガーの前に立ちはだかって二本の剣で跳ね飛ばした。

そのままの体制で強烈な一撃を繰り出す男から後方へ跳躍して距離を取り、後ろ目で睨みつける。

「おや・・・あなたでしたか。」

視界に入った身覚えのある阿修羅。 彼は振り向くと正面で相手を睨み付けて苛立ちを顕にする。

また一人無力なものが命知らずに突っ込んできた。 デルクタワーで散々痛めつけてやったというのに。

「ふふ、どうでしたか? 大事に守ってきたものに刃を突き刺す感触は?」

見渡せば、ゲイル以外にもあの時共にいたアビトレイトたちは全てがそこに揃っていた。

向こうでは既にレイがせっせと死者たちへ蘇生術を始めているが、フェンネルの視線はそれを放置して見渡す限り。

確かにマナは感じるが、やはり・・・目当ての女はいない。

「黙れ! その話をするな!」

彼女がいないのであれば、アビトレイトといえども用はなかった。

だが、ゲイルのほうは思い出したくないことをさも楽しそうに語られて、目を怒らせてキュレックで空を裂く。

その怒りようがフェンネルにとっては滑稽で仕方ない。 偽善の成れの果て、それが今また過去を忘れて多大な犠牲を出しているのだから。

「いやぁ、残念でしたねえ。」

眼光鋭く睨み付けていた眼差しは突然に閉ざされて、鼻から嘲笑を抜きながら両手を広げだした。

まるで敵を前にしているとは思えない余裕の態度が、圧倒的な力の差を見せ付けるかのようだ。

「私も彼女を刺してやりたかったんですよ。 どうせ死ぬなら、私も一刺しくらいよかったですねえ。」

耳に障る侮蔑を含んだ語り口調とともに漏れ出す冷笑は、いつか高笑いに変っていく。

今でも手に残るあの感触は思い出したくないものなのに、彼はまるであの記憶を引っ張り出すかのようだ。

心の中では、シャニーがじっとフェンネルを睨み付けて牙を顕にしている。

「もっとも・・・私に愛情などという感情はありませんから、あなたほどに悦を感じられないでしょうがねえ。」

破壊する悦、それはそれまで大事にしていればいる程に大きい。

大事にするということは同時に自らに枷を施すことでもある。

その枷からの開放感が伴う悦を恨めしそうに語るフェンネルに、誰もが歯を噛締めて怒りに身を震わせる。

「・・・愛する者を傷つけて嬉しいわけねえだろ!!」

怒りに身を任せ突っ込んでくるゲイルを、細い目を少しずつ嬉しそうに見開きながら口元を釣り上げて迎え入れるフェンネル。

シャニーもまた相棒を愚弄された怒りにマナを奮わせて相棒を包み

彼は相棒のマナと融合させた己の気をキュレックの刀身に宿して、渾身のカムルソーマを繰り出した。

「でも、あなたは実際に刺し貫いたのでしょう? たっぷりと返り血を浴びて。」

鼓膜が破れそうなほどの衝撃音と共にあたりへ駆け抜けた衝撃波がレジスタンスたちを押し倒した。

彼らがどよめきながらも起き上がって様子を伺えば、向こうではキュレックを受け止めるフェンネルの姿があった。

彼は舌なめずりしながら抑えこむキュレックへ手刀から己のマナを流し込んでやる。

「くっ?!」

途端にゲイルの体に浮かび上がったのは鮮血だった。 傷つけられたわけではなく

それはあの時、エルピスにキュレックを衝きこんだ時に浴びた返り血そのままだったのである。

悪しき記憶を幻術で再現され、堪らず彼はキュレックをはらって悪魔から距離を開ける。

「建前は必要ないのです。 楽になれますよ。」

手刀に宿した闇のマナを払い、パチンとひとつ指を鳴らすと相手の体に植えつけた闇のマナを燃え上がらせる。

紫紺に包まれたゲイルはそのまま燃え尽きてしまうかと思ったが、

その闇を彼が跳ね除けたところをフェンネルは見逃してはいなかった。

「ゲイルはシャニーを救うために彼女の意志を尊重したのよ!」

蘇生術に駆け回るレイにマナリクシャを投げつけてやりながら、サフィは幼馴染への愚弄を跳ね飛ばす。

だが、跳ね飛ばされた愚弄はますますの高笑いを伴って跳ね返ってきてまるで動じない。

「言い方次第で何とでも言えます。 言葉遊びとは実に偽善者らしい発想ですよ。」

悪魔の言い草にカチンと来たサフィの渾身はやはり手刀で弾かれる。

得意の連続拳に持ち込んでも、柳が揺れるように躱される続ける。

本人は必死だろうが、フェンネルにとってはつまらない時間。

「刺し殺したことには変らないでしょう。 結果だけが全てですよ。」

何度挑んでこようと結果は同じ。 宴に水を刺してきた愚か者としてしか映らず、両手を広げて呆れるばかりだ。

それでも物分りの悪い彼女が打ちつけてきた拳へ一撃手刀を振り下ろしてやると、

途端にまた衝撃波が迸ってサフィは後方へ吹き飛ばされ、拳を手で抑え顔をしかめる。

「自身も平気で人を殺そうとする人間風情がこの私に説教? ハハハハ!」

それだけで吹き飛ばされてしまいそうに実が震える高笑いがあたりに響き渡る。

耳を劈き、神経を逆撫でする、聞くに堪えない笑い声を止めにかかろうとも、足元が固まって動けない。

彼から溢れ出す闇のマナがあたりに溜まって、まるで無数の手が掴んでくるような錯覚すら起こす。

「片腹痛いにも程がある! 己の立場をわきまえもせず! 愚かですねえ!」

吹き上がる闇のマナに推し飛ばされないようにするだけで必死の中、一人高笑いで天を引裂くフェンネル。

自分の都合で守り、都合で殺し、また向こうでは己の都合で死者に蘇生を施し、何度でも死を与える。

偽善を植え付けられた人間達の愚かさを笑い飛ばす声もようやく小さくなっていき、彼は上がってきた息を整え、ゲイルを横目で睨む。

「まぁもっとも・・・あなたはシャニーを殺してはいないようですがね。」

「な・・・くっ。」

シグナルレッドの目がぎらつき、今でも彼がシャニーを狙っていることを改めて思い知らされたゲイルは

目が飛び出すほどに仰天すると半身になって少しでも彼女を悪魔から引き離しつつ、両手に握り締めたキュレックを構えて低く構える。

「やはり図星のようですね。」

ゲイルの目から、そして咄嗟の反応から、フェンネルは疑念を確信へと変えて口角を釣り上げる。

彼を内から燃え上がらせてやろうと闇のマナを送り込んでやったのに、それを跳ね除ける内からの光。

そんなことが出来るのはたった一人でしかない。

「アリアンを誤魔化せて安心していたのですか? フフフ・・・。」

反論できずにキュレックを構えながら睨みつけてくるだけのゲイルの眼差しが痛いほどに伝えてくる、彼の焦りを。

おおかた、自分にもシャニーの存在は気づかれていないとでも思っていたのだろう。

僅かな希望さえも残す気は無く、彼はぎらつく赤光をほころばせる。

「残念でしたねえ。 この憎しみが教えてくれましたよ。 まだチャンスはあると。」

恐ろしいまでの執念。 ひたすらに自分を侮辱した女を消すべく

そして自らに加護を与える悪神にあだなす熾天使の血をこの世から抹殺するべく、

ただそれだけの念が決して手繰り寄せられるはずの無いマナを引き寄せたのである。

「くっ・・・シャニーは渡さない!」

もはや隠し通すことは出来ないと悟ったゲイルは、ますますキュレックを強く握り締め

そして心の中では今にも魂だけでも飛び掛って言ってしまいそうなほどに柳眉を釣り上げるシャニーを引止めつつ抱き寄せる。

だが、外からはますますにシャニーの感情を噴きあがらせる高笑いが響いてあたりを震撼させている。

「あなたの意志など関係ありませんよ。 人間は須く神に従うべきなのです。」

ダガーをまっすぐにゲイルへとむけて見下したように目を細めて顎高く見下ろしてくるハデスの化身。

神の道具に過ぎない人間の意見など耳を傾ける必要などあるはずもない。

所詮使い捨ての命たちへ優劣をはっきりと示すように彼はダガーにマナを宿すと強く握り締めて構えを作っていく。

「つまり私が裁きを与えると言えば、あなたたちの辿る道は一つ!」

突然に爆ぜるように燃え上がった紫紺のマナがダガーの刃をすっかり飲み込んで溢れかえったかと思うと

まるで獲物を見定めた虎のように低く構え、刹那飛び出した狂気の風がゲイルめがけて突っ込んだ。

「なっ!!」

「ゲイル! 危ない!!」

サフィが勘付いて叫んだ時にはもうゲイルとはほぼ零距離にまで悪魔は達していた。

ぐっと腰をひねってカータルシックルで応戦しようとするが、途中でフェンネルは3人に分裂し

一斉に宙から襲い掛かってきたではないか。 互いの隙を埋めるフォーメーションにゲイルは目をむく。

「フェンネル! そうは・・・させん!」

高い金属音と共に狂風が姿をその場に現す。 後方では幻術の闇をカータルシックルで葬るゲイルの姿。

突然入った横槍にむっとして見下ろし、目の前に姿を現した巨体と目が合うと思わずフェンネルは舌打ちしてみせた。

「・・・ここにも死に損ないがいましたか。」

渾身で突撃を押さえ込んだ剛の剣、その後ろから睨みつけて見覚えのある眼差しに口角は上を向く。

あの時カリンと共に死んでいれば、今こんな生き地獄を味わわなくて済んだものを。

最期すら決める権利が無い哀れな生き物の精一杯の抵抗に敬意を表して一度後方へと跳躍する。

「ゲイル君! 気をつけろ! こいつのマナ・・・今までと違う!」

大方死者を蘇生し終わり、避難を終わらせたレイが駆けつけながらにリカバリを唱え、

そしてあたりに漂う異様なマナが足元に絡みつく様にすぐさま前線への警告を叫ぶ。

 

⇒⇒⇒NextPage