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十二章 〜赤陽 星天 そして暁光〜

 

 歓喜は一日中収まることを知らず、結局皆が勝利宣言をしてアジトへと戻ってきたのは夜のことだった。

1年ぶりに明かりが灯されるデムピアス海賊団の根城は、もはや種族を超えてルケシオンじゅうの者達が集まっていた。

「今回の勝利は皆の力があってこそ。」

用意された出来合いのお立ち台に立ったシャニーは、群集へ想いを語っていた。

ようやくに戻ってきた大好きな場所、大好きな人たちの顔の前で語るその顔は、かつてのお転婆姫ではない。

「この場を借りてお礼を言わせてください。 ありがとう。 そして、これからもお願いしたい!」

これからはルケシオンを理想郷へと育て上げる旗手としてあらゆるを守り、そして育てていかねばならない。

彼女の覚悟は既に遥か先を見つめていた。 ルケシオンに生きる全てと手を取り合う、

これからの根幹となっていくことがルケシオンの奪還に繋がったことを彼女は皆にしっかりと伝えた。

「しめっぽいことはやめようぜ! 姫!」

だが、途端にあちこちから飛んでくる野次。 どういう場か分かってはいるものの

やはり自分達の知る姫がいつもと違うとどうも調子が狂うというものだ。

「私らしくないかな? えへへ。」

もちろん、シャニーにとっても仲間達の元気な声が嬉しくて堪らず、

本当ならこの場でも飛んで跳ねて喜びたい気持ちがないわけではない。

ちょっぴり舌を出して笑って見せたもの、すぐに希望の松明を掲げた者としての先覚先駆の眼差しを皆へと送る。

「でも・・・まだ戦いは終わったわけじゃない。 むしろこれからなんだ。」

松明に映える大空色の眼差しのなんと透き通っていることか。

その瞳に見つめられると、それまで騒いでいた野郎共も急に静まり返る。 悟った、姫は変ったのだと。

あの翼が証明している。 姫はルケシオンの守り手として大きく成長して帰ってきたのだと。

「これからも・・・力を貸してほしい! ルケシオンのために!」

強く突き上げられた拳、短い言葉に篭めて放たれたありったけの想い。

今、この狭い場所に集まったルケシオンの全ての魂が、希望の光の下に所属を超えて団結を誓い、空を貫いた。

「ゲイル! 本当にただいま!」

お立ち台から飛び降りてきて、ようやくの公の顔から開放されたシャニーのまず向かう場所はやはり相棒のところだった。

撥ねるように駆け寄ってきたシャニーの嬉しそうな顔といったらどんな言葉でも表現しきれない。

夜でもお構いなしに輝き続ける太陽に、ゲイルも満面の笑みで返してやる。

「おう、おかえり! はぁー。 なぁ、顔見せてくれよ。」

二度と会えないと思っていた最愛の人が、目の前で自分に微笑みかけている。

そう想うだけで湧き上がるこの幸福感は何物にも代え難い。 シャニーの肩を抱き寄せると、ゲイルはじっとシャニーの顔を見下ろす。

「私にもゲイルの顔見せて!」

彼女もゲイルと思いは同じだった。 彼に抱き背寄せられて、もっとを求めるように見上げてゲイルの顔をじっと見つめる。

やはりある、もう二度と一緒に居られないと思った大事な人の顔が目の前に、

そして温もりを伝えてくる腕ががっしりと自分の肩を包んでいる。 二度と離さない、そう言われているようで幸福感に蕩けそうだ。

「ゲイルが、みんなが呼んでくれたから・・・みんなの祈りが私に体を創造してくれたんだ。」

人間に許された創造の権能、それは夢を描き未来を創りだす力。

彼らの持つ力、祈り、それらが希望と一つ一つ融合し、不可能を可能に変えたのである。

今でも体中を流れるマナは、自分だけのものではないと強く感じるシャニーは、自身の胸に手を当てながらゲイルに身を寄せる。

「お前、本当に天使になっちまったんだな。」

自分を求めて頬を胸に添えてくる少女。 抱き包んでやろうと背に伸ばした手に触る慣れぬ感触。

そこにあった温かく柔らかい感触に目をやって、ゲイルは思わず驚いてポツリと漏らした。

そっと翼を辿っていけば、辿り着くのは相棒の背中。 幻術でもなんでもない。

「・・・うん。」

だが、胸元から返ってくる言葉には、それまでの喜びに満ちた撥ねるような勢いは失われていた。

一体どうしたのかと俯いた彼女を心配そうに覗き込むようにして見下ろすゲイルに、

シャニーは突然見上げてきたものだから顎と額が激突しそうになり、彼はびっくりして顔を上げる。

「ね! ちょっと向こうで話しようよ!」

言い終わりもしないうちに、ゲイルの胸から飛び出すとあっけにとられたままの彼の手を握り締める。

体にマナを乗せて、風に乗って飛んでいくかのように駆け出す彼女に連れられるゲイルはびっくりして足をばたつかせた。

またゲイルウイクに引きずられるのはゴメンである。

「イカルス以来だな。 こうして二人で空を見上げるの。」

危険な散歩も無事終わり、二人は静かな浜辺で隣同士座って一緒に空を見上げる。

遠くには今なお覚めやらぬ勝利と奪還の興奮に酔いしれる者達の歓喜の声が響き渡って、

ぼんやりと浮かび上がる火の灯に乗ってくる祭囃子が平和の到来を知らせてゲイルの顔に柔らかな笑みを浮かべさせた。

「ああ・・・私・・・本当に帰って来れたんだ・・・うれしいなぁ。」

真っ黒な夜空、そこに無数に煌く星たちと明るく輝く満々の月。

その下にはどこまでも続く大海原が夜の静けさを湛えて月明かりを映し出す。

周りを見渡せば、かつては当たり前だった光景が広がって心は例えようもない開放感に包まれて翼広がる。

「この夜風・・・波の音・・・全て・・・昔のまんまだ。」

まだ1年しか経っていないのに、もうずっと空けていたような懐かしい感覚。

それこそ・・・エルピスが数千年の時を経て愛する世界に目覚めたような・・・。

大げさかもしれないがそんな興奮は未だ冷めることは無く、自然とシャニーの顔には笑顔が満ちて夜空に輝いていた。

「よかったぜ。 お前が戻ればルケシオンは大丈夫だな。」

今まで見たことのないくらいに自然で、それでいて柔らかく温かい笑顔。

それを見ていると自然とゲイルも力が湧いてくるようで、新たな世界への夢の続き、それを歩もうとする希望が溢れてくる。

きっと、ルケシオンの民も同じなのだろう。 あの熱狂の仕方は凄まじかった。

まるで、神を見るかのような目たちが一斉に彼女へと注がれていた。 あれはきっと一生忘れられないだろう。

「ううん・・・、これから変えていかなくちゃダメなんだ。 みんなと。」

だが、当の本人は不安で仕方が無かった。

自分にどこまで出来るかの、帰ってきたと実感するとわきあがってくる多くの問題。

今はルケシオン奪還のために一つとなれた。 これからも所属を超えて力をどう合わせていくか、

旗手の眼差しは空を見上げて遠き未来を想う。

「フェンネルに付け入られたのも、ルケシオンの弱さゆえ。 強い自治区へ変えるんだ。」

皆が向いている方向がバラバラだった。 だが、今回の件でルケシオンはひとつの方向へと向き始めた。

この想いを大事にしなければならない。 変えていかなければならないところは山ほどある。

どれから手をつけて良いか、分からないほどに。 それでも、描いた夢、その先に思う未来は今も変わらず、彼女の瞳に宿る志は燃え上がり続ける。

「そうだな、ピルゲンとも約束しているしな。」

彼女が頭領の代である限り、ピルゲンはルケシオンに一切手を出さないと約束してくれた。

そして彼女の宣言どおり、ルケシオンが生まれ変わればそれは永遠のものとなる。

属国のような扱いから自ら意思決定していける強い自治区へ。 相棒の強い眼差しにゲイルも励ます。

「ねぇ、ゲイル。」

しばらく静寂が包み込んだ。 二人ともただ、今二人でいられる静かな時間を大切にするかのように。

何も語ることもなくこうして共に空を見上げるだけでなんだか楽しい。 そんな雰囲気を自ら壊したのはシャニーだった。

「私・・・変かな?」

眉間にしわを寄せ、見上げていた空から視線を外すと振り向いて相棒を見下ろす。

やはり何か悩んでいるようで、俯いた顔は勝利の後の喜びをそっと隠した複雑な心境が浮かび上がっている。

「あん? いきなり何を言い出すんだ?」

せめて今日一日ぐらいは勝利の余韻に浸っても良いだろうに。

彼は相棒の肩に手を回して抱き寄せてやりながら、彼女の心を聞き始める。

改めて思う。 皆の前では気丈に振舞うルケシオンの若きリーダーも、やはりその中は少女のまま。 支えてやらねばならないと。

「だって・・・耳こんなんだし、羽生えて・・・皆と違うじゃない。」

ゲイルに包まれたまま、羽をばたつかせたり、耳を見せ付けたりして見せる。

エルピスとして転生した今、もはや彼女は人間ではなくなっているということはこうした外見からもうかがえる。

高く伸びる長い耳を触りながらどこか元気のないシャニーの鼻をゲイルは突いてやった。

「何言ってんだよ、バーカ。 お前はお前だろ?」

そんなことない、相棒にさえそうやって言ってもらえるだけで十分心は軽くなった。

まるで翼にくくりつけられていた鉄球が外れたかのように。

怖かったのだ、変わってしまった外見、明らかに人ではない翼、皆がどういう目で自分を見ているのかが。

「それに見た目で判断できないって分かったから、デルクと手を取ろうとしたんだろ?」

デルクレビスの住人達も、決してマイソシア人と同じ容姿をしたものばかりではなかった。

それでも皆それぞれ心を持っており、願いはひとつだった。 平和への叫び。

「・・・そうだったね・・・。」

姿はモンスターのような恐ろしさがあっても、その心に宿す思いは何もマイソシアと変わらないと知ったとき

決して見ただけ聞いただけで判断してはならないと悟ったのだった。

必ず話を聞く・・・調和の光は修羅の長、ミュジンの心さえをも動かした。 それを思い出し、シャニーも己を言い聞かせる。

「自分がそうなって見て・・・初めて分かるよ。 この疎外感。」

それでもシャニーの表情は今だ沈んだままだった。 周りと違う、それだけで感じる悲しみ。

もう自分が人間ではなくなってしまったと思うだけで湧き上がるこの悲しみ、そして集団の中で孤立する恐怖。

決してそんな事はないと信じていても、幻は消え去ってくれない。

 

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