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十二章 〜赤陽 星天 そして暁光〜

 

 

 海賊たちが立ててくれた仮住まいは、掘っ立て小屋というのは失礼なくらい立派なつくりだ。

力強い足取りで砂浜を踏みしめ、近づいてくる小屋と、それに連れて大きくなってくる空を裂く音。

「お! サフィじゃねーか!」

聞きなれた音に、その場にいる者の正体を知ったサフィの足取りはさらにスピードを増す。

案の定、そこにはキュレックを振り込むゲイルの姿があり、

汗を飛び散らせながら無心に振る彼は視界の端に映った幼馴染にキュレックを掲げて手を振ってくる。

「相変わらずあなたは元気ね、ホント。」

人の苦労も知らないで暢気に武術の稽古に励む幼馴染が何だか恨めしい。

無知は恐ろしいもので、サフィの元気のないため息に怪訝そうな顔をしながら鼻で笑い飛ばすゲイル。

「何だよ、年寄りみたいな・・・あっ、いててて!」

はっとしたときにはもう遅かった。 あっという間に背後に回られると羽交い絞めにされ

見事に腕へ関節技を決められてしまう。 屈強な男が目を白黒させて悲鳴を上げるさまは実に情けない。

「言葉には気をつけなさい! シャニーに嫌われるわよ!」

どれだけ力任せに抜け出そうとしてもまるで無駄といわんばかりにギリギリと締め上げられていく。

いつもこうやって無思慮な言葉をシャニーに浴びせているのかと思うと怒りが篭る。

一方の彼女が、どれだけ気持ちを言葉に篭めているかなど、今の彼のマヌケ面を見る限りきっと知らないに違いなかった。

「分かった分かった! 悪かった!」

とりあえず自分が悪かったかなどどうでもいい。 このままでは腕をへし折られてしまいそうだ。

必死になって懇願し、幼馴染に許しを乞う。 どうも彼女には頭が上がらない。

息も出来ないぐらいに締め上げられて顔が真っ赤になって顎が上がったところでようやくに開放される。

「はぁ・・・助かった。」

開放されるとそのままよろめいて砂浜へとうつぶせに倒れこむ。

しばらく起き上がれそうには無く、そのまま温かい砂のベッドにしがみついた。

だが、サフィはそれを許してはくれず、無防備に晒した尻を彼女に蹴飛ばされて飛び起きた。

「どうだ? ちょっと稽古でもしねーか?」

「珍しいわね。 あなたがそんなことを言ってくるなんて。」

だが、やっぱり反省しているのか分からない。 もう慣れっこだからなのだろうか

先ほどまであんなに悲鳴を上げていたのにもうけろっとしている。

それどころか叱られたことも忘れてキュレックを拾い上げると、稽古に誘ってきたではないか。

「そうか? まぁ久しぶりかもしれねーけど、昔は毎日だったじゃねーか。」

サラセンで修行していたころは、朝から晩まで稽古の付き合いをすることだって珍しいことではなかった。

あのころが何だかすごく遠い記憶のように感じてしまうが、まだ1年経つか経たないかだ。

彼女を誘うように小屋から少し離れると、準備運動をし始めるゲイル。

「でも、最近はいつもシャニーとしてたじゃない。」

ヴァンの世話に急がしくてあまり構ってやらなかったと言うこともあるが

いつ見てもゲイルはシャニーと一緒にいた。 すぐふらふらする彼女を探している姿をよく見たものだ。

もちろん二人で切磋琢磨し、勝敗を競い合っていたことだって知っている。

その集計が互いに違ってケンカすることなど茶飯事だったのだから。

「彼女、ひとりで寂しそうだったわよ。」

さっきのシャニーの様子を思い出して、ゲイルに傍に行ってあげるように暗に促す。

彼が傍にいけない理由は分かっている。 今シャニーはルケシオンの復興のその中心人物として引っ張りだこの状態。

とはいえ、さっきみたいに彼女にだって僅かな空き時間はある。

ゲイルの性格なら、あの僅かな時間でも話をしようと思えば、傍にいようと思えば出来るはずなのに。

「そうか・・・。 ・・・。」

脳裏にサフィが伝えた相棒の寂しそうな顔が浮かんでくる。

疲れて帰ってきた相棒が寂しがっていると聞けば、少しでも労ってやりたいと飛んで行くはず。

だが、彼は相槌を打っただけ。予想外の反応にサフィは怪訝そうに彼を覗き込んでいた。

「ま、たまにはいいじゃねーか。 久々に組み手でもやろうぜ。」

その中には、自分のよく知る幼馴染、脳筋ゲイルの威勢のいい表情は影を潜めていた。

どうも何か考え事をしているようなのだが、自分の視線に気づいたゲイルはぱっと元通りの顔をこちらにむけてきて

手招きしながら柔軟を繰り返す。 シャニーの悲しみ、ゲイルの俯き、すれ違う二人がどうしても見ていられず

サフィはゲイルの内心を聞き出すべく拳を鳴らしてゲイルのほうへと歩いていった。

 

「そんな鈍拳じゃ俺にかすりもしないぜ!」

型を確かめるように、力を抜いて構えの確認をしながらゆっくり双拳を繰り出していく。

昔に比べたら大分自分でも構えが固まってきたことが分かる。 やはり実戦で得られる経験というものは大きい。

炎の拳に続いて、大地の怒りの構えをチェックしようとしたその時だった。 軽い身のこなしで拳を避けたゲイルが妙に得意げに叫ぶ。

「喰らえ! カウンターのカルムソーマだ!」

「!? きゃあ!」

繰り出した大地の怒りをキュレックで跳ね飛ばす。 攻撃する気などまるでない拳は渾身のキュレックに弾き飛ばされてしまう。

拳が痺れるほどの渾身を奮われてびっくりしたサフィを襲った一閃。 受け止めきれずに吹き飛ばされてしまった。

「あ、危ないじゃない! 何考えてるの!」

今の一撃はどう考えても本気で切りかかってきていた。 もう少し自分の反応が鈍かったら直撃して大怪我をしているところだ。

おふざけにも程度があるというもので、サフィは堪らず怒鳴りかかるが

ゲイルのほうもなにやら驚いた様子で見下ろしてきていて、怒鳴られると口元を歪めだした。

「何言ってんだよ、稽古だろーが?」

ゲイルにとってもサフィが一体何をやっているのかといいたい気持ちは同じだった。

稽古なのだから気を抜いていたらケガをするのは当然だ。 なぜ自分が責められなければならないのかと困惑した表情を浮かべている。

「何言ってるの、はこっちのセリフよ!」

もちろん稽古で真剣を渾身で奮われてそのまま黙っていられるわけなどない。

一歩間違えれば大惨事に繋がるところだ。 なんの悪びれる様子もないゲイルに、怒鳴る口調も少しずつ早くなる。

「稽古なのにそんな全力で真剣を振り回すなんてどうかしてるわ!」

サフィにとっては“稽古なのに”であった。 稽古なのだから木刀でいいはずだし、そんな渾身を振るう必要だってない。

実戦に向けて型の調整と間合いの確認をするのが稽古である。 そのつもりでやっていたのにゲイルときたら。

こんなことをしていたら、そのうち殺されてしまう。

「えー、何ぬるいこと言ってんだよ。」

ところがゲイルは反省するどころか、サフィの怒鳴りにつまらなそうに両手を広げて空を仰いでいるではないか。

どうもサフィの言っているような稽古はお遊びにしか思えず、退屈で堪らないのだ。

これではウォーミングアップにもなりそうにはなく、頭の裏を掻いて眉間にしわを寄せる。

「調子狂うなぁ。 いっつも俺達こんな感じだぜ?」

稽古を再開してみるが、やっぱりサフィはシャニーのように全力で突っ込んでくるようなことはしない。

やっぱりなんだか退屈になってきて、今度はゲイルから距離を開けてしまった。

稽古とは言え勝負。 相手を負かすためにどうしたらよいかいつでも考えるあの緊張感がないと、どうしても続かない。

「本気でやらなきゃ稽古にならねーじゃねーかよ。」

もちろんサフィが仰天したのは言うまでもない。 いつも彼はシャニーに渾身を振り下ろしていたというのである。

愛しているはずの女性に真剣を本気で向けられる神経を疑った。 もちろん、その逆も。

「・・・よくあなた達今まで大怪我しないで来れたわね。」

恐ろしい話である。 それでよく勝敗数をカウントしては一喜一憂していたのかと思うとまさに奇跡ではないかとすら思えてしまう。

二人とも実戦の中でかなり強くなっていたから、全力でぶつかり合っていたというならもう稽古の範疇など軽く越えていたのは優に想像できる。

ゲイルのキュレックの直撃なんか受けたら自分でも危ないというのに、あの華奢なシャニーなら骨折ではすまないはずなのに。

「ははは、まーな、」

ところがそんなところまで思慮をめぐらせて生きているはずなどまるでないことを証明するように

ゲイルの顔は自然に緩んで笑っているではないか。 どうしてこんな風にしていられるのかまるで理解できない。

「お互いやばいって思ったらそこで稽古を止めてたからな。」

互いに自分がどこまでやれるかを分かっていた。 そしてもちろん、相手の力量や技術も。

だからこそ引き際をしっかりとわきまえることが出来たし、相棒の戦い方が分かるから実戦でのフォローも隙がないものとできた。

もちろん、なかなか互いに降参などしないが。 少しでも高みを目指す為、そして何より負けたくないから。

「ふぅ、なんだか気疲れしちゃったわ。 休みましょ。」

そんな慕情で結ばれたツーカーの仲だからこそできるようなことを要求されてはいくら命があっても足りるわけがない。

結局その後もまともに稽古という稽古はできずじまいで、サフィは両手を広げると一方的に稽古を打ち切って小屋の方へと戻っていってしまう。

「スタミナなくなったなー。 やっぱ・・・。」

ところがゲイルにはサフィの気持ちはまるで分かっていないらしく、単純にスタミナ切れを起こしたと思っているようだ。

ニヤニヤしながら何か言おうとしているが、サフィはぎろりと彼のことを睨みつけた。 ぴたりと止まってすくみ上がる屈強な男。

「はい、もう言いません。」

「もう、ホント信じられないわ・・・。」

どうせまた年を食ったとでも言おうとしていたのだろうか。 全く無思慮な脳筋にはほとほと困ったものだ。

だが、彼のこうした何気ない言動の一つ一つが、シャニーと一緒にいるときに茶飯事だと思うと放っては置けない。

こうやって言ってくるということは、シャニーにも同じように言っており、彼女は自分のように怒ってはいないことは優に想像できる。

「そうだ。 ねえゲイル。」

「んー?」

本当は稽古をしながら聞こうと思っていたのだが、彼の稽古に付き合っていてはそれどころではない。

ようやく落ち着いてきたところで本題を振るサフィだが、もうゲイルの意識は自分にはない。

「武器の手入れなんか後回しにしなさいよ。」

じっと集中してキュレックを磨き、そしてきれいに拭いては日にかざして満足そうにするゲイルはまるで話を聞いている感じではない。

堪らず彼女は立ち上がると、日にかざしているキュレックを取り上げてしまった。

「ん? 何だよ、サンドイッチくれるのか?」

おもちゃを取り上げられた子供のように手を伸ばしてくるが、軽いスナップで手を跳ね飛ばしてやる。

悲しい顔をしたのは一瞬だけで、逆に顔が引きつったのはサフィだ。 こんな時に食べ物の話をしだすなんて。

だが、ゲイルは至って本気。 シャニーとの稽古の後には、いつも彼女が作ってくれたサンドイッチで休憩するのが日課だったからだ。

「あなた、このまま何もしないでいるつもりなの?」

このままゲイルのペースに持っていかれたら話が出来なくなってしまう。

エサがもらえるとニヤニヤするゲイルを無視して話を強引に元に戻す。

「何をだよ? どうしたんだ?」

彼女の口調から今までと何か違うことを察したゲイルの眼差しから笑みが消える。

じっと見つめてくる彼の表情が変わったことを確認したサフィはゲイルの顔から大体を察していた。

本当に気付いていないのか、それとも分かっていてこんなことを言っているのか。

「しらばっくれないの。 シャニーのことよ。」

 

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