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終章 〜悠久のオーバーチュア〜

 

「はああ・・・眠みい・・・。」

今日もルケシオンの太陽は朝から眩しい。 まるで目覚めを祝福するかのように輝く太陽に照らし出されながら

朝の稽古を終えたゲイルが帰ってくるなり大きなあくびをし始める。

そこへゲイルより先に起きてロードワークから帰ってきたサフィと出くわし、彼女はすぐさま弟分を小突く。

「何よ、朝から眠そうにして。 あなたらしくもない。」

こんなところをフォンに見つかったらこれだけで大目玉だというのに、やはり恋人との生活で大分タルんでいるのだろうか。

小突いてやるとまるで引き金となったかのように、連続で大きなあくびをし始めて

ついにはそのままくしゃくしゃに瞑った目が開かれることなく立ったまま寝そうになる始末。

「ここ数日全然寝てなくてな。」

頭の後ろを平手ではたいてやると、目を白黒させて飛び起きた。

ようやく状況を把握すると、自分でも情けなくなってため息を衝きながら言い訳が漏れる。

「どうしたの? 悩み事でもあるの?」

飯と寝る事だけはどれだけ悩んでいようともまるで関係のない奴だと昔は思っていた。

だが、以前はシャニーのことで深く悩んで食事を取らなかったこともあったから

また今回もシャニーのことで悩んでいるに違いないと弟分を心配してやる。

「悩み・・・ねぇ。 あいつだよ、あいつ。」

彼が指差す先には、やはりシャニーがいた。 こんな早朝だというのに既にひとつ打ち合わせを終えて帰ってきた彼女は

別に悩んでいるような様子はない。 だが、その笑顔が熱心に磨くものを見つけるとサフィもうっとして苦笑いを始める。

どうやらゲイルの思惑は外れてしまっていたようである。

「・・・ああ・・・大変ね。」

もうそれしかかける言葉がない。 傍にいなくたってあのとんでもない音は耳に入って背中を引き裂くのだ。

それを相棒としていつも傍で聞かされている彼には同情するしかない。

復興の為になかなかアジトにいない彼女がようやく帰ってきても、一緒にいる時間はとても穏やかではないのである。

「大変ってもんじゃないぜ! 耳に残って全然寝れやしねえ!」

どうやらこのことには余り首を突っ込みたくないのか、サフィでさえもまさに他人事といった感じ。

ゲイルは助けて欲しくて涙目になって訴えかける。 あれからすっぱり逃げ出したアベルでさえも、三日三晩うめき続けたぐらいである。

このままでは本当に不眠症にでもなってしまいそうだが、止めろとも言えずにゲイルは困り果てていた。

「まぁ、最初に比べたら上達してるんだし、見守ってあげたら?」

一緒になってシャニーを止めてほしかったのに、またしてもサフィはシャニーの味方だ。

さすがに本人も自覚しているのか朝っぱらから弾いたりはしないが、すでに磨き上げたヴァイオリンを構えてイメージトレーニングを始めている。

確かに、ダガーや武器の弓を握るなら、ああして楽器を持っていてくれたほうがゲイルにとっても嬉しいはずなのだが・・・。

「じ、じょーだんじゃねえ・・・。」

顔を真っ青にしてよくない汗を垂れ流しながら、震えるように小刻みに首を横に振って拒絶してみせる。

ヴァイオリンなんて、そんなちょっと練習しただけで上手くなれるような楽器ではないことはイメージで分かる。

それまであんな悪魔の叫びを毎日聞かされると思うと、それだけで絶望する。

「あいつが一人前になる前に、この町全員の命が危ない!」

何だか、フェンネルの代わりにシャニーがこの町に巣食った悪魔にさえも見えてくる。

ちょっと上達した今が一番危険だった。 自分だけではなく、他の人にも聞いて欲しいと言い出さないかヒヤヒヤしていたのだ。

真顔でルケシオンが迎えた新たなる危機を主張するゲイルに、サフィは呆れて手を広げた。

「何を大げさなことを言っているの。 相棒なら応援してあげなさいよ。」

どうしてサフィにはこの危機が分からないのだろうか。 それどころか悪魔を応援してやれとまで言い出すではないか。

恨めしそうにシャニーのほうを睨む。 相変わらずヴァイオリンを構えて幸せそうな笑みが映え、怒りのやり場がない。

周りを味方に取り込むあたり、フェンネルよりタチの悪い悪魔である。

「てめえ・・・人事だと思って楽しそうに・・・。」

本気で命の危険を感じて、引きつった蒼白でサフィを睨みつける。

まんざらでもないその表情だが、サフィは相変わらず。 その顔に浮かぶ意味深な笑みが恨めしい。

「え、だって人事じゃない。 支えてあげるんでしょ?」

もう彼らは互いに想いを伝えたった自他共に認める恋人同士だ。

そしてゲイルはプロポーズの中で確りと誓った。 一生彼女のことを支えていくと。 どこに行く時も絶対に手放さないと。

そう言ってもらえたと嬉しそうに話してくれたシャニーの顔は、サフィの心に今でも印象深くに残っていた。

「このやろう・・・それとこれとは話が違うわい!」

もう完全に彼女のことは任せたと暗に言われて、何だか押し付けられたような気分に陥るゲイル。

あまりにも腑に落ちなくて、地団駄踏んで抵抗してみるがサフィに耳には右から左と言った感じ。

それどころか、その怒声が無邪気な悪魔を目覚めさせてしまい、彼女の顔にはぱっと笑みが咲く。

「あっ、おーい! ゲイル! 今日もやるよ!」

ぞくっと背筋が凍りついて無意識のうちに体が痙攣する。 震えながら後ろを恐々とした眼差しで振り返ってみれば

そこには愛している女性の満面の笑みがあっておおきくこちらへ手を振っている。

普通、こんな状態ならそのまま走っていって抱きしめてやりたいだろう。 だが、今のゲイルにとってはこれは死の宣告だった。

「ホーラ、ラブコールが飛んできたわよ! 逃げるんじゃないの!」

すたこらとエンジンフル回転で逃げ出そうとするゲイルへ反射的に足払いをかますサフィ。

緩衝も何もなく顔から砂浜に突っ込んだゲイルの首根っこを掴みあげると、そのままシャニーのところまで連行していく。

もう涙目で抵抗する力さえ奪われたゲイルの顔は真っ蒼だった。

「サフィさんもどう? 大分上手くなったんだよ!」

ゲイルが自分のところに来ると、嬉しそうに彼を見上げてまず飛びついて幸せを一杯に抱きしめる。

仲むつまじい光景に微笑んでいたサフィだったが、穏やかだったのはここまでだった。

何とシャニーが自分まで誘ってきたものだから途端にサフィの顔にも戦慄が走る。

「私は遠慮するわ。 二人きりの時間を楽しんできなさい。」

後は任せたとぽんぽんとゲイルの腰を叩いて震える声で笑顔を作り、手を振りながら後退して距離を開けていく。

もちろんそれをゲイルが黙って見ているはずもない。 今もぎゅっと抱きついてくるシャニーを引きずりながら

逃げ出すサフィに振り向いて手を伸ばす。

「てめえ! 自分だけ逃げようったってそうは行かねーぞ!」

蒼褪めた顔に浮かぶ目から火の玉が飛び出すような烈火の怒り。

まさに黄泉へと道連れにしようとする亡者の如く、生を失った表情の中に燃え上がる怒りはまさに執念だ。

だが、その伸ばされた手がサフィをつかむことはなかった。 背後から引っ張る強い力に阻まれたのだ。

「ゲイル! 人聞きの悪いこと言わないで!」

無理やりに体を正面へと向けられ、ぶうっと膨らませた頬で燃え盛る怒りに灰にされてしまいそうだ。

逃げれば彼女の怒りに消し炭にされ、逃げなけば悪魔の叫びに脳天まで粉々に砕かれ・・・。

朝っぱらからもはやどちらに転んでも地獄しか待っていない運命に、引きつった彼はついに膝を突いた。

「自覚ねーから困るよ、この姫さん・・・。」

言い出したら聞かない性格だというのはもう長い付き合いの中で分かっているが

これほど命の危険を感じたことは今までなかった。 もうシャニーの前だろうと構わず泣き出して許しを請う。

「エルピスが奏でてた癒しの調べ、あれを弾けるようになるんだ!」

聞いているだけで体の疲れが取れてくるような、どれだけ聞いても飽きない果てなく透き通った音色。

それがこの同じヴァイオリンから出ていたなんて、今でも信じられないぐらいだが

シャニーはあれを目指していた。 今でも思い出す、心の中にいた自分にレッスンの如く毎日聞かせてくれたあの音色を。

「ホント魔力が篭った音楽なんだよ! すごいでしょ! 私も音色に希望のマナを載せて、皆に振りまけるようになるんだ!」

彼女の演奏技術もさることながら、エルピスは音色に魔力を載せて奏でていた。

魔法音楽は人を癒したり、はたまた他を阻む結界となったり、それらを思い出して憧れにうっとりとするシャニー。

あれを扱えるようになればどんなに素晴しいだろう。 煌く瞳を見てもゲイルには絶望しか湧き上がらない。

「お前の場合は弾かないことが一番の癒しだぜ・・・。」

彼女は吟遊詩人にでもなるつもりなのだろうか。 確かにエルピスのヴァイオリンは不思議な力があったが

シャニーのそれはとてもあの領域に辿り着けるとは到底思えないものだ。

本人は希望のマナを載せるだとか言っているが、今振りまかれているのは間違いなく絶望、少なくともあの音を聞いた者なら異論はないはずだ。

「フン! そのうちそうやって言った事を後悔させてやるんだから!」

まっすぐに弓をゲイルへと向けながら、早すぎる勝利宣言に口角が釣り上がっている。

どうしたらこんな状態でここまでの自信が湧いてくると言うのだろうか。 気付けば道連れにしようとしてサフィの姿は既になく

はるか向こうからにっこりといつもは見せないような笑みで手を振ってきている。

「マジでその前にこっちの命が持たねえよ・・・。」

もう逃げ場もなくなってついに諦めたゲイルは、シャニーに手を引かれるままについていく。

早く海賊たちが次の打ち合わせに彼女を呼びに来ることを祈るしかなかった。

目元のクマが消えるのはいつになるだろうか。

「よーし、今日も少ない時間でがんばるぞ!」

アジトから外れた森まで着た彼女は、うんと両手を伸ばすとついにヴァイオリンを構える。

始まる死の音楽会、放たれるこの世のものとは思えないほどの絶望。

その前に座ったゲイルは必死に耐えながら、神に祈りを叫び続けていた。

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・。 フフフ・・・いいぞ・・・もっとだ・・・。」

収まる閃光、闇の中に手先から立ち上るマナの白煙。 その先に生み出されたヴァルキリーが翼に力を篭めて立ち上がり

生みの親を見つけて駆け寄ってこようとするのを、目配せしてテラスから外へと連れて行く。

大分マナを消耗してきたが、アリアンはそれでも休むことなく魔の集団を生み出し続けていた。

「どうですかの、ヴァルキリーたちは・・・おお・・・。」

神界の状況の偵察から帰ってきたロダシャナキが様子をうかがいに部屋へと入ってくる。

彼はヴァルキリーが飛び降りていったテラスの下を覗き込んで感嘆の声を漏らした。

そこには既に地平線にまで及ぶほどに、創造された命たちがひしめいていたのである。

「どうだい、このくらい朝飯前といったところさ。」

創造の手を休めて、今も立ち上る白煙を握り潰すとゆっくりとロダシャナキの横へと歩いていく。

アリアンは満足そうに眼下を見下ろし、少しずつエルピスに似てくる彼女達の顔を見つめながら目を細める。

まだまだ彼女達は失敗作だった。 エルピスには遠く及ばない、力はもちろん、その容姿も。

「さすが創造の力、これだけの命を創り出せるとは・・・。」

感嘆の声を漏らしながらも、ロダシャナキはエルピスに怒りさえも覚えていた。

これだけの力を有していながら、彼女は決してその力を使おうとはしなかったからだ。

現状の欠陥品を修理するより、新たに作り直したほうが遥かに楽だというのに。

自分で自分の首を絞めるだけならともかく、こちらの足まで引っ張ってくれた彼女のことは今でも恨めしい。

「彼女達は私の命だけを聞いてくれる忠実なしもべさ。」

彼女達は主の顔を見つけるや否や、まるで子供が親を求めて走ってくるかのように

翼を広げてこのテラスへと飛んでこようとし始めていた。 それをアリアンは手のひらを彼女達へむけて止め

誰もがその無言の指示に従う。 下手な軍隊より統率の取れたそれはどこまでも忠実であった。

「今は彼女達で練習をしているんだ。」

最初に作った試作品に比べると、彼女達は大分きれいに仕上がるようになってきていた。

容姿もそうだし、その強さも、そして感情ももう少しすれば作ってやれるようになるだろう。

すでに一つの部隊として形成できるほどにまで膨れ上がっているが、練習台へ生みの親は愛情など何も無い。

「もっと、全てを使いこなせるようになったら・・・エルちゃんを・・・。」

エルピスが転生したと言う話はすでにアリアンにも伝わっていた。 だが、生まれ変わったエルピスは彼の求めるものではない。

今でも諦めてはいないアリアンは、自分が求める完璧なエルピスを作り上げようと日々命を創造しては落胆していた。

それでも彼は歪んだ不屈を燃え上がらせて、愛する彼女を蘇らせようと手先にマナを振るわせる。

「して、攻撃はいつ始めるおつもりなのですか?」

それは全てが終わってからでも遅くは無い話。 ロダシャナキは冷静にヴァルキリーたちの数を見据えると

この漆黒の翼がマイソシアを多い尽くす光景を思い浮かべてアリアンにその機を問う。

神は眼下よりじっと見つめてくるヴァルキリーたちに目を細めながら、さっと彼女らのほうへ手を向ける。

「マイソシアはここにいるヴァルキリーたちに任せるつもりだ。」

人間など、自分が赴くまでも無く、そして力を与え損ねた欠陥品たちでも十分に叩き潰すことが出来る。

もっと感情と思考能力を伴った最強の部隊をこれから作り上げていくつもりだった。

その中に、一人でもエルピスと同等に創造出来ることを祈りながら。

「その間に、私は本隊を率いて神界に侵略を開始する。」

欠陥品とは別に、うまく創造できた完成品は別の部屋に待機させてある。

感情はまだないが、それでもマナは守護天使程度には宿している現在における精鋭達。

彼女らを無数に率いて、無防備な神界を一気に制圧して神々を討つつもりであった。

本当はエルピスと共に破滅の光を打ち込んで止めを刺してやりたかったのだが・・・彼女の仇討ちでもある。

「おお、頼もしい。 わしはこの地を守りましょう。」

近づく来るべき瞬間に、細めていたアリアンの眼差が突然に魔王の如く切れ上がる。

主がようやくに重い腰を上げてくれて、参謀は少し安心したようだ。

足早に次の行動に移るべく、カードを手に取ると宙に投げ捨て、燃え上がったカードからは不死鳥が飛び上がる。

「盟約どおりミュジンたちもマイソシアへ向かわせます。」

今もエルピスが残した光を引き裂くように翼で空を焦がしては破滅のマナを垂れ流し、テラスから奇声を上げて舞い上がる不死鳥。

それを追うようにしてロダシャナキも躊躇うことなく外へと飛び出していった。

彼を守るようにして背を向けた不死鳥にそのまま着地すると、彼はアリアンへ出撃の許可を乞う。

「彼らもいればマイソシアはきっと半日かからないね。」

今までの数千年間、修羅たちをマイソシアへ行かせないようにずっと異界の扉を守っていた理由はそこにあった。

彼らがマイソシアへ降り立てば、その憎悪で世界中を焦土と変えるのにまるで時間を要さない。

だが、今それは逆に強力なカードとして手札に加えられているのだ。

「よし、私はもう少しヴァルキリーを用意しよう。」

今回はアリアンも慎重だ。 駒は多ければ多いほどにいい。

さすがに相手が神ともなれば、今までのようには行かない戦いとなることを彼も覚悟していた。

下界と違って、天上界は行ける者が限られる。 精鋭を揃えていかねばなるまい。

「ロダ、キミはミュジンたちのもとへ行き作戦を進めてくれ。」

テラスを足早に去ったアリアンは、再び魔法陣のところまで戻って神経を集中し始める。

今のほんの少しの休憩で大分マナは回復してきた。 いやはや、あの空に輝く希望の活性のマナの力は素晴しいものだ。

部下に命を下し、ばっと両手を広げたその先にマナが満々にあふれ出していた。

「はっ、仰せのままに!」

ようやくに主からの出撃命令が出て、ロダシャナキは不死鳥の上から軽く頭を下げると空を焦がして東の空を目指す。

鎖を外された不死鳥の勢いを止めるものはもう誰もおらず

光に照らし出されようともそのカラダから迸るマナは今も不気味に釣り上がる。

「フフフ・・・いよいよだ・・・いよいよその時を迎えようとしている。 いいぞ・・・フフフ・・・。」

ずっとずっとこの瞬間を願って闇の中に生きてきた。 ひとつの夢が今実現しようとしている。

天上界の転覆、そして下界の死滅。 それが叶って始めて、新たな世界を作り出すことが出来る。

これこそが世界再生。 あるべき世界の進化へようやくに軋み始めた運命の扉にロダシャナキは小さく肩を震わせて修羅たちの下へと消えていった。

 

⇒⇒⇒NextPage