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終章 〜悠久のオーバーチュア〜

 

 鋭い鷹の如き目で最期を迎えようとしている二人へ裁きの眼差しを突き刺すヴァン。

握り締められる槍が視界に入って、エルピスはどうすることも出来ずに目を震わせたまま固まっていた。

「・・・。」

だが、ヴァンは彼らに止めを刺すわけでもなく、槍に迸らせていた絶対のマナを指輪の中に収めると

静かに二人のもとに歩み寄って膝を突いた。 恐々として見つめてくるエルピスを尻目に、彼はアリアンへ手を伸ばす。

「フ、神は倒れ、もはや残るのは人形だけか。」

アリアンの顔に手をやって、帰ってくる弱々しい吐息にまだ彼が生きていることを確認すると

彼から視線を切って蔑みの言葉を投げかけてやる。

「その人形も・・・マイソシアに出払って・・・。 哀れだな、アリアン。」

孤独なる神の最期に、ヴァンは同情することなどなかった。 いくら彼が操られていたとしても、犯した罪は消えることはない。

立ち上がってふっと鼻で笑うヴァンに、アリアンは返す言葉もなかった。

「人間よ・・・申し訳ない・・・。」

もうこれしか搾り出すことが出来なかった。 今となってはただただ、謝罪の言葉を繰り返すしか。

だが、涙に濡れたその絞り出すような声が聞こえてくると、ヴァンの赤き眼差しはゾッとするほどの冷たさを宿して彼を突き貫いた。

「謝って済む話ではないことぐらい分かっているのだろう?」

静かだけれど、沸々と怒りが沸きあがっている事が分かる。 マイソシアを蹂躙した罪は決して購えるものではない。

挙句その力を扱いきれずに、世界を真の意味で破滅させようと目論む者へ渡してしまうとは。

彼は無表情のままに倒れるアリアンを仰向けにして胸倉を掴みあげると、さらに鋭い眼差しで虚ろなアリアンを貫く。

「どれだけの犠牲が出たか、見ていたのだろう?」

知らないとは言わせない、そういわんばかりの触れただけで八つ裂きにされそうな鋭い瞳に睨み付けられて

アリアンはもう静かに頷いて全ての罪を受け入れるしか出来なった。

「罪を知ったのならば、償わねばならない。」

握り締められる槍、再び指輪から迸る絶対のマナが槍をそして彼の体を槍炎に包んでいく。

絶対のセオのしもべによっていよいよ下される裁きを前に、アリアンは覚悟を決めて固く目を閉じた。

今まで積み重ねてきた罪を購うには、命を捧げるしかない。 それはアリアンが一番に分かっていた。

「待って! ヴァン! お願い! 私の話を聞いて!」

消え行くマナで具現化された肉体、これではアリアン以外には見えていない。

だがこのまま恋人を殺されるのを黙っては見ておれず、彼女は残り僅かな魂の欠片を激しく燃やしてヴァンの前に姿を現すと

アリアンを庇うようにして手を広げて立ちふさがった。

「キミ・・・。 キミはシャニーと一緒のはずではなかったのか?」

これにはさすがのポーカーフェイスも歪む。 一瞬目を見開いたヴァンは槍を一度下ろしてエルピスを睨みつけた。

彼女はヴァンが槍を下ろしたことを見るや否や、アリアンに覆いかぶさって庇いながらヴァンに懇願の眼差しを送り続けた。

「彼とのマナの融合は・・・嘘じゃないもの。 信じていたから・・・。」

ぎゅっとアリアンに抱きついて、ようやく帰ってきた愛を改めて実感するエルピス。

その幸せそうな瞳から溢れる涙を拭ってやりながら、アリアンもまた帰ってきた彼女を力の限り抱きしめる。

「エルピス・・・本当にすまなかった。 愛してやれなくて・・・。」

ずっと信じ続けてくれた彼女にしてきた仕打ちは思い出すだけでも心が引き裂かれそうな思いで

それでもこうして最後まで一緒にいてくれる彼女にはどれだけの感謝の言葉でも捧げ足りることはなかった。

「いいの。 戻ってきてくれたから。」

いつか、いつかきっとアリアンは自分を取り戻して自分の元へ戻ってきてくれる。

信じて、祈り続けて、そして命をかけて戦ってきた。 辛かった、悲しかった、苦しかった・・・だけど今この身を抱きしめる幸せが辛い過去を全て吹き飛ばしてくれる。

「今からでも遅くはないわ、アリアン。 諦めないで!」

自らの心に希望を灯して、絶望に沈み行く愛しき人を照らし救い上げようとしきりに励ます。

自分も彼も、もう魂は燃えつきかけて幾許も持たないことは分かっている。 だけど、その僅かな時間でもきっと出来ることがある、そう信じて。

「そうだ、遅くはない。 キミはまだ仕事が残っている。」

二人に投げかけられた声。 振り向いてみればそこには絶対の騎士が仁王立ちしてじっと睨みおろしてきていた。

殺しに来たわけではない、だがそれでも使命を投げかけてくるヴァンの眼差しは死神の如く鋭い。

もしあきらめるようなことがあれば、いつでもその力を奪ってやろうと握る槍がぎらついている。

「そうさ・・・私だってこのままでは死んでも死にきれぬ・・・。」

汚名を着たままであろうとも、それが世界のためのであるならば厭わぬ覚悟。

だからこそメントの時代にあっても神界に反逆してまで下界を守ろうとしたのだから。

だが、愛した世界から敵視されたままで死ぬのは辛抱たまらなかった。

「ならば話は早い。」

アリアンの決意を聞くや否や、ツカツカと歩き出したヴァンはアリアンを庇うエルピスを跳ね除けると

アリアンの胸倉を掴み上げて上体を起こす。 すぐさま身を起こしてヴァンを彼から引き離そうとヴァンの肩を掴むエルピスだが

突き刺すように飛んできた後ろ目にうっとして固唾を呑む。

邪魔をするな

「キミにその気があるなら、俺が手伝ってやろう。」

未だハデスの闇のマナが漂い死臭ただよう。 そこへ一陣の風がひき吹き込んで空から燦々と注ぐ光のマナをもたらしても

ヴァンが言い放った言葉にアリアンもエルピスも固まってその場は凍ったように時を止めていた。

「!! なんと・・・君は私を信じてくれるというのか・・・?」

救われた気がしてならなかった。 今まで散々に世界を破滅へ導こうとあちこちで悲しみを生み出してきた。

それが例え自らの意志ではなくとも、マイソシアには関係が無いこと。

だが、今マイソシアを守る騎士が手を差し伸べてきたのである。 驚きと喜びに彼はヴァンを見上げたまま固まっていた。

「勘違いしないで欲しいね。 誰がキミなんか。」

だが、まるで救いを求めて伸ばしてきた手を跳ね除けるかのように、ヴァンは鼻でアリアンの眼差しをあしらうと

冷たい言葉で突き放した。 僅かな希望はあっけなく砕かれて、アリアンは静かに肩を落として俯く。

これだけのことをしてきたのだ。 因果応報・・・そう思うしかなかった。

「でも、オレはエルピスを信じた。 彼女が信じるのであれば・・・話は別だ。」

力なくうなだれるアリアンから視線を外すと、ヴァンはぎろりと後ろ目にエルピスを捉える。

そこには懇願の眼差しを湛えながら静かに手を胸元で結ぶ儚い希望の祈りがあって、ヴァンはそれを見つめながら誓いを口にする。

「・・・ありがとう。」

世界を守りたい、その正義がヴァンの中でエルピスと一致していた。 そして彼女は命をかけて正義を守った。

それだけで、ヴァンが彼女を守る理由は他には要らない。 捧げられた槍に、エルピスはただ静かに感謝を伝えるばかり。

「時間がない。 要件だけ言う。 指輪はどこだ?」

エルピスの祈りをしっかりと目に焼き付けたヴァンはばっとマントを翻すとアリアンを睨む。

そして自分の手先に輝くアクアマリンを指差しながら、残りの奪われた指輪のありかを問い詰めだした。

「城の奥・・・私の部屋に隠してある。 ハデスも気づいていないはずだ。」

自分が封印の中でもわずかに残したこの魂。 それはしっかりと守るべきものを守っていた。

彼はハデスには指輪は破壊したと言っておいたが、実はこっそりと隠してあったのだ。

いつか、こうしてアビトレイトの手元に戻ることを祈りながら。 それを聞くや否や、ヴァンはアリアンの胸元から手を離すと立ち上がり

ツカツカと金属ブーツの音を響かせながら部屋を去っていこうとする。

「ああ! 待ってくれ!」

その背に伸ばされた手。 ぴたりとヴァンの足が止まり、後ろ目に捉えたものは最後の願いだった。

鋭い触れただけで怪我をしそうな赤い目に睨まれたアリアンは、最後の力を振り絞って手を指先まで伸ばしてヴァンを呼ぶ。

もうこれが最後になるようにと、エルピスと二人手を握り合って祈りながら。

「たのむ・・・もうひとつだけ・・・聞いてくれ。」

 

 

「何でこんなに静かなんだ・・・。」

再び訪れた闇の世界。 そこは既にそう呼ぶにはふさわしくはない光が燦々と降り注いでいてゲイルは額に手をやって空を見上げる。

それだけではない、あの時は恐ろしいほどの静寂が四方から突き刺してくるような殺気を帯びていた。 それがないのである。

「修羅たちの姿がどこにもないね・・・。」

盗賊としてパーティの先を行って様子を見渡すシャニーだが、予想していた気配とまるで違う静けさに

彼女もまたきょろきょろと死ながらも不安げな表情を浮かべる。 ここまで穏やかだと、逆に疑心暗鬼になってしまう。

「だがチャンスだ! 一気にデルク城へ!」

自分達の到着を待っていたシャニーの肩に手を回すと、彼女を伴って駈け出すゲイル。

これがたとえ罠であろう友、一刻も早くアリアンの元へ行かねばならない。 この聖戦を終わらせるために。

「彼らにはもう戦う理由はないのだろう・・・。」

向こうではこちらを見つけても見向きもしないで光を浴びて踊っているものさえもいる。

かつては生を見つければ殺意をむき出しにしてきた者達が、いまや数千年間求め続けたものを手に入れて

生まれ変わったかのように顔には笑顔が浮かんでいるのだ。 かつてを知るアルコは、エルピスの果たした意志に改めて輝く光を見つめて敬服していた。

「後はアリアンさえ何とかできれば・・・。」

城へと駆けながら、ゲイルはあの高い塔の最上階を睨む。

あの最上階、テラスの中に今もアリアンは魔王として君臨している。 彼が今この世界に残る闇。

「いよいよなんだ・・・ゲイル! 必ず生きて帰ろうね!」

ついに始まる最後の聖戦を前に、武者震いがしてシャニーは思わずゲイルの腕をしっかりと握り締めた。

そして無意識のうちに飛び出した言葉。 生きたい、これからもずっと、渇望に溢れるその眼差しにゲイルは言葉を失う。

「シャニー・・・お前。」

以前までは、皆が幸せになれば自分は露と消えても構わないと言っていた彼女。

それが今、こんなにも生を渇望しているのである。 未来を見つめる大空色の瞳が、エルピスのもたらす光で強く輝く。

「私だって! 幸せになりたい! あなたと一緒に!」

一生を誓い合った相手が出来た。 もう彼が傍にいなくては辛くて寂しくて、死後の世界で独りなんて嫌だった。

自分だって幸せになる権利がある。 仲間に教えられたそんな当たり前のことを今強く渇望していた。

「・・・ああ。 そうとも。 誰ひとり欠けることなく俺達は帰って未来を創るんだ!」

希望が振り撒いた勇気、それがゲイルの瞳にも改めて力を与えてシャニーの肩を抱き寄せる。

ずっと以前から言い続けてきたことを、ようやくに相棒も分かってくれた。 もうこれで何も恐れることはなくなった。

「みんな! お願い! 力を貸して!」

それどころか、彼女自らが仲間達へと振り向くと、祈りを精一杯に瞳に篭めていた。

だが、ここまで来て改めてそんな事を言わずとも、すべてのものが未来を描いて覚悟を固くして城を見上げている。

「言われなくとも、分かってますって!」

重い空気が包み始めるが、それをレイの軽い口調が吹き飛ばしていく。

だが、ただ軽いだけではなく、彼は既に決戦を前に仲間達にイアの祝福をかけ始めている。

誰もが、聖戦を前に強く誓い、そして祈っていた。 もうこれが、最後になるようにと。

(エルピス・・・力を貸して・・・。)

レイの音頭に、シャニーもそっと指先を見つめる。 ようやくに手元に戻ってきたトパーズ。

幼きあのころはまるで扱うことが出来なかった。 だが今なら分かる、このトパーズに何を祈ればいいのか。

「希望の力を・・・ここに!」

トパーズに胸いっぱいの想いと体中のマナを注ぎこんでやる。 するとどうだろう、トパーズは彼女の祈りを受け入れるかのように

光を溢れさせると彼女を包み込む。 背中から光が伸びて、それが先から零れ落ちると現れる純白の翼。

「・・・いつ見てもお前じゃないみたいだな。」

眩い光が収まって目を開けてみれば、そこには三対の純白で空に羽ばたく熾天使の姿。

確かに顔は相棒なのだが、やはり漆黒の鎧を着込むその姿はエルピスそのもので違和感は拭いきれず、ゲイルは見上げるばかりだ。

だが、ぽつりともらした言葉に膨れ面を作るあたりはやはり相棒だった。

「私は希望を司りしエルピス也! ・・・この力で・・・全てに決着をつける。」

体中から溢れて来る力。 そして、体の外からどんどんと入り込んでくる多くの者達の夢。

無限に体を包み込む恐ろしいほどの力。 以前ならこの力に震え上がっていた。

だが、人々の想い、そして親友の祈り、そして彼女と交わした誓い。 その全てが今彼女にエルピスとしての強い瞳を与えていた。

「うつくしーい! シャニーちゃん最高だぜ!」

眩い光に仲間達が圧倒される中、ひとりレイが歓喜の声を上げてシャニーの足元へと駆け寄ってきた。

その口から飛び出した言葉は相変わらずだが、それが逆にシャニーには救いとなっていた。

エルピスとなろうとも、自分だと仲間は分かってくれている。

「まだ実感は出来ないの。 けど、熾天使として私は力の限り人間を守る!」

人間の自分が熾天使だなんて。 エルピスが認めてくれ、自分を後継者として力を授けてくれた。

それは背中に湛える翼が証明してくれるし、以前は扱いきれなかった光を全身に宿しても苦痛はない。

それどころか、何と心地よいのだろうか。 人々の祈りがマナに乗って聞こえてくるのだ。 愛される以上に愛したい、その想いがさらに身を包む光を強くする。

「みんな! 改めてお願い。 力を貸してください!」

まるで太陽の如き眩さ。 その中からシャニーは手を結んで見上げてくる仲間達に叫ぶ。

この力は皆の祈りがあってこそのものだから。 決して一人だけの力ではないと分かっているから。

「かわいい妹分のためだよ。」

ようやく幸せを掴みかけている彼女に、ルーチェは全てをかけて守ってやる決意でいた。

ぐっと指を立てて合図を送って見せるルーチェの顔には白い歯が零れている。 嬉しかった、どんな姿になろうとも妹分と言ってくれる姉の笑顔が。

「シャニーさん、私もがんばります!」

小さい消えそうな声ではない、はっきりと腹から出た決意。 ミリアらしくないその強い言葉に逆にシャニーは驚いていた。

だが、同じ女性同士、そしてこれから故郷を引っ張っていく者同士、二人は頷きあって誓い合う。 生きて必ず帰ると。

「任せときなさい! しっかり支えるわ!」

そんな二人のお姉さん的な存在であるサフィもまた、相変わらずレイの首根っこを掴んでシャニーから引き離しながら

いつも通りにさっぱりとした眼差しで妹分を励ます。 こうしていてくれるだけで安心できる人というのはとても頼りになるものだ。 

「我が剣、常に希望の下に。」

歴戦の古強者もテトラソードを握り締めると顔の前に掲げて光への忠誠を誓う。

ようやく、ようやくに己の意志のままに剣を握ることが出来る。 カリンの分もエルピスを守ること、それが今の彼の生きる意味だった。

「オレ様はいつでもかわいこちゃんの味方だぜ!」

サフィにヘッドロックを貰いながらも、レイもまた握り締めた杖を掲げてシャニーへ笑みを浮かべてやる。

それぞれが誓いを胸に光を求めて見上げてくるその眼差しにひとつ頷いたシャニーは、今出来る精一杯の希望のマナを仲間達へと振り撒いた。

「シャニー、俺はお前の相棒であれて本当に幸せだ。」

皆の誓いが終わるのを待っていたかのように、ゲイルが一歩前に出る。 やはり、どの誰よりも彼女の傍で彼女を守りたい。

その決意を強い瞳に篭めて、彼は空に羽ばたくシャニーへゆっくりと手を伸ばす。

「最後まで・・・この手を離さないからな。」

満面の笑みで高度を落として来て手を伸ばしてきたシャニーを抱き寄せるかのように

ゲイルはしっかりと彼女の手を握り締め、そして聞こえるようにはっきりと誓いを彼女へ捧げてみせる。

「うん! 行こう! みんなで!」

彼の誓いに、シャニーもまた勇気を貰って彼を引っ張っていく。

彼と一緒ならどんな苦境でも怖くないし逆境を跳ね返す力だって湧いてくる気がする。

必ず皆でい光の下へ、その誓いを下に走り出したアビトレイトたち。

「くっふっふ・・・友情は羨ましいですね。」

だが、その足を突然に止める声が城の中から聞こえてきて、一気に気が引き締まる。

皆顔を見合わせて頷きあうと、一気にデルク城の中へと飛び込んでいく。

「お、お前はレオン!」

 

⇒⇒⇒NextPage