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終章 〜悠久のオーバーチュア〜

 

「総督! 敵一部隊・・・我が本隊を通過・・・!」

起きてはならないことが今、目の前で現実となってしまった。

自分達へ背を向けてルアスへと向かう堕天使たちを呆然と見つめるアルトシャンの目は認められず、受け入れられず震えるばかり。

ついに堕天使たちがルアスへと及んでしまったのである。 絶望感が漂う。

「くっ、怯むな! これ以上の侵入を許すな!」

だがその目はすぐに覇気を取り戻し、拳を震わせるとその手を解いて前方から迫り来る堕天使たちへと差し向けられる。

彼の指揮にトールハンマーは再び堕天使たちへと照準を合わせ、騎士たちは迫り来る剣を受け止める。

「責任は私が取る! いかなる手段に打って出てもルアスを死守せよ!」

ルアスを失えば責任も何も、この世界が終わりを迎えてしまう。

周りでは今も爆炎が上がり、配下たちの断末魔の叫びが聞こえてくる。

それでも今は配下の力を信じ、持てる全てをこの場に出し尽くすしか作戦はなかった。

「セイン! 電信を貸せ! イスピザードに繋ぐんだ!」

彼は前線を一時セインに預けると、旗艦に飛び込んで司令室のモニターにイスピザードを映し出す。

一方のイスピザードはモニターに映し出された主の焦燥とした表情にある程度を悟る。

「イスピザード! 敵の一部隊、数百の天使がそちらへ向かった!」

彼は手短に用件だけを伝え、その途端イスピザードの表情は豹変する。

予想していたものなど比べ物にもならないほどの敵勢がルアスへ刻一刻とその距離を縮めているというのだ。

思わず目を見開いてモニターにかじりつくイスピザード。

「な、なんですと?!」

一部隊とはいえ、その兵数は数百。 そんな数がルアスの市内で暴れまわったら壊滅まで数時間を要さないだろう。

よくない汗が頬を伝っていく。 彼の固まる表情にアルトシャンも悔しそうに歯を食いしばるしか出来ない。

「すまぬ! 我々がいながら。 帝都の守りはどうなんだ?」

外からは今も絶え間なく爆音が聞こえてきて、ふと空を見上げればトールハンマーと堕天使の放ったファイアストーム

二つの強大なマナがぶつかり合って空を閃光に染め上げている。 彼の顔が光に掻き消えそうなるのがモニター越しにもイスピザードに伝わり

敵勢の攻撃の激しさを語らずとも伝えてくる。

「戦力の殆どを本隊に注ぎ、殆ど残っていません!」

これほどの攻撃力を持った者が数百も今から攻め込んでくる。 抑えきることなど不可能であった。

ルアスの最後の守り手、ルアス門前に集まっている兵は多くても300程度。

何十万の兵を擁して抑えられなかった敵を相手にするにはあまりにも少なすぎた。

「な、なんだと・・・。 くっ・・・イスピザード! 凌いでくれ!」

もはやこれしかアルトシャンにかけてやれる言葉はなかった。

だが、今回ばかりはイスピザードもすぐに応を返すことなど出来はしなかった。

「数百を相手にするには兵が足らなさ過ぎます!」

今からトールハンマーの追加要請を出したとしても間に合うかどうか。

どちらにせよ、前線を守る騎士の数が圧倒的に不足していた。 錬金術では・・・この陣容では勝てない。

「少し援軍をいただけませんか?!」

無理だとは分かっていた。 戦力に余裕があるのならば、そもそも防衛ラインの突破などアルトシャンが許すはずもないのだから。

だが、今は無理だと分かっていてもわらをもすがる想い。 焦燥に震える眼差しをモニター越しにアルトシャンへ注ぐ。

「こちらも手一杯なのだ!」

そう返すアルトシャンは悔しさで胸が押し潰されそうで、思わずモニターから瞑った目をそらしてしまった。

その口元震え握り締められる拳に、イスピザードも覚悟を決める。

「・・・分かりました。 絶対死守・・・祈りましょう。」

通信は途絶え、真っ暗になったモニターを見つめたアルトシャンは拳を叩き着けた。

こんなことが、こんなことが・・・。 そんな彼を嘲笑うかのように、また外からは炸裂音と共に眩い閃光とガラスの破砕音が耳に襲い掛かってきた。

「くそっ、祈って勝てるなら・・・とっくにそうしている!」

こうしている間にも堕天使たちはますます士気を高めて防衛ラインに食いつき、突き破っていく。

彼は剣を手に取るとその場を駆け出し、前線へ戻ろうとする。 その刹那に一斉に飛び込んでくる通信たちは絶望を伝えてくる。

「こちら第二砲塔! 機関部損傷!」

何を狙えば良いのかを悟られたのか、堕天使たちの攻撃がエスカレートし、そして魔法はトールハンマーへ集中していた。

それまでは砲撃で被弾を防いでいたが、堕天使の数は増えるばかりで、最新鋭の錬金砲も次第に押されはじめていた。

「第三砲塔! 天使の攻撃で壊滅・・・ぐあああ!」

爆風と共に耳を劈く断末魔、直後に断絶された無線が虚しくザーザーと音を立てた。

後方を移すモニターにはもうもうと上がる黒煙と火の手。 トールハンマーが配置されていたはずの陣は今業火に包まれて景色が歪んで見える。

「砲撃隊・・・全滅か・・・!」

思わず剣が手から滑り落ちそうになった。 モニターには内から爆風を吹き上げて破裂するように吹き飛ぶトールハンマーの姿。

閃光の白、爆炎の赤。 様々な色に染まりあがる指揮官の顔は凍りついていた。

「総督! 前方にまとまった敵軍! 距離30!」

壊滅しかけている前線、それに止めを刺そうとでもするかのように、西の空はまた黒く染まりあがっていた。

モニターがそちらを映し出すと、艦内はどよめきが広がり、アルトシャンもまた絶句するしかなかった。

「・・・?! いかん! 伏せろ!」

その時だった。 アルトシャンの表情が歪む。 西の空を黒く覆いつくしている堕天使たちの進撃が止まったかのように見えた。

どうも様子がおかしい、そう警戒していた次の瞬間だった。 黒の空が一瞬赤く光ったと思ったその刹那にアルトシャンが叫ぶ。

「・・・トールハンマーの射程を知られたな・・・!」

突っ込んできた火炎魔法が辺りを吹き飛ばしていく。 凄まじい衝撃に耐えてモニターを見上げるアルトシャンの顔に悔しさが滲む。

やはり堕天使達はあの距離で停止して魔法を連発してきている。 トールハンマーの射程外ぎりぎりであった。

「・・・もはや・・これまでなのか・・・。」

まさに手の届かないところからの遠距離砲によって、部隊は壊滅しかかっていた。

轟く爆音、耳を劈く破砕音。 火炎魔法がモニターを赤く染め上げる中、アルトシャンの顔は絶望に蒼褪めていった。

 

第四拠点

場所:ルアス城 城門前

勢力:ルアス城本丸守備隊 vs. 堕天使軍団

兵数:      280           vs.    450

士気:      低          vs.    高

作戦:     死守          vs.    突破

 

「イスピザード様! 敵がここへ向かってきているとの情報が!」

同刻、アスク本国の帝都、ルアスではアルトシャンたちの防衛ラインを潜り抜けたという堕天使たちを迎え撃つべく

本丸守備隊が空を見上げていた。 偵察部隊からの無線によると、もう10分もしないうちにこの城門付近にまで到着するとの事。

騎士たちは周りを見渡しながら口々に絶望を漏らし、あたりは騒然となっている。

「ええ、敵の一部隊、数百の天使がもうじき・・・。」

静かにその時を待つイスピザードから口にされた兵数、それを聞いていた騎士たちは仰天するしかなかった。

周りを見渡してみる。 やはりどう考えても本丸隊というにはあまりにも少なすぎる兵数であった。

「この数じゃ無理だ・・・。」

一人が漏らした絶望、それが周りに伝染するかのように動揺を広げていく。

何せ帝国の精鋭騎士団の全ては既に前線に全てで払っており、この場に残っているものは寄せ集めに過ぎない。

「アルトシャン様で抑えられなかった敵とこの数で相手をせよというのか!」

帝国一の武人、剣帝アルトシャン率いる帝国軍。 それはまさに帝国最高の戦力であるはずだった。

それを易々と突破してくるような戦力である。 一体どんな恐ろしい力を持っているかと思うと背筋が凍りつく。

数だけではない絶対的な力の差を剣を交える前から思い知らされた騎士たちは既に絶望していた。

「うろたえてはなりません! 出来る限りのことをするのです!」

動揺広がる防衛戦に叫んで戒めるイスピザード。 だが彼もまた不安と恐怖が色濃く顔に滲み出ていた。

騎士たちの判断は正しい・・・この戦力では時間稼ぎをすることが精一杯である。

もはや一刻も早くアルトシャンたちが前線を鎮圧し、加勢してくれることを祈るしかなかった。

「イスピザード様! 来ます! 南西の空!」

双眼鏡を目に当てていた騎士が焦燥とした眼差しで振り返ると、ついに訪れてしまった時の到来を告げる。

敗北感が既に澱みたまるこの場の空気を払うかのように、イスピザードはばっと手を広げて騎士たちに叫ぶ。

「総員! 配置に! これは国の・・・いえ、世界の存亡をかけた戦いです!」

どれだけ絶望していても、やるしかないことは騎士たちも分かっている。

皆顔を見合わせると互いに決意を誓い合い、静かに死闘を前に持ち場へついて空を見上げる。

遠くを侵していた黒は見る見るうちに空を蝕み、その圧倒的な力を見せ付けるかのようだ。

「今まで私について来てくれて礼を言います。 どうか国のために誇りを失わず戦ってください!」

聖職者協会配下の神殿騎士団の者達にありったけを叫ぶイスピザード。 彼らの忠誠心と信仰心に感謝するしかなかった。

絶望しても、それでも神を信じ、そして自分を信じてついて来てくれた大事な者達。

彼らを失うわけには行くまい。 杖を握る手にも力が篭る。

「距離20!」

肉眼でも相手の猛進が確認できる距離にまで迫ってきた。

これ以上、堕天使を城下町へ近づけるわけには行かない。 目を細くして決心を固めたイスピザードは

ついに握った杖の先を堕天使たちへ向けてエルモアを駈った。

「行きますよ!」

「うおおおお!」

怒声を上げて突撃を開始する騎士たち。 上空にいる堕天使を打ち落とそうと槍を投げつけたり魔法を打ち込んで先制攻撃を仕掛ける。

だが、堕天使たちの連携の素晴しさといったらなかった。 人間達の攻撃の全てを堕天使全員の魔法障壁で弾き

そして反撃といわんばかりに急降下してきたのである。 まるでそれ自体黒き巨大な悪魔が地面に突き刺さるよう。

「行かせるかあああ!」

ついに剣を交えあう両勢力。 だが、堕天使たちの顔には余裕の嘲笑が浮かび上がっていた。

無理もない、彼女達にとっては人間達など数だけとしか映っていなかったのである。

「どわ?!」

「うおっ・・・。」

それが彼女達のうぬぼれではないことを証明するかのように、赤き波動をその一撃と共に迸らせる堕天使の剣が

騎士たちに防御を許さずに次々と貫いてはその場に沈めさせていく。

「や、やっぱりダメだ・・・!」

薄氷の勇気は堕天使たちの圧倒的な力が触れただけで粉々に砕けて、中から絶望が噴出した。

傍から見たところでまともに戦っているようには思えなかった。 まさに堕天使たちは人間を狩る感覚で空を駆け

次から次へと騎士たちをエルモアから引き摺り下ろしていった。

「くっ・・・ここまでなのか・・・。 そうはさせぬ! はああ!!」

先制攻撃を仕掛けたはずなのに、既に前線は後退の一途を辿り、気がつけば背後には城門が見えていた。

これ以上の侵攻はすなわち民への被害。 残り100もいない兵力で城門の前に追い詰められたイスピザードは

渾身を杖に篭めてあたり一面にマジックシールドを張り巡らせた。

「ハハハ! そんな小手先の浅知恵が通用すると思ってか!」

堕天使たちにとっては、まさか朝飯前と呼ぶにも及ばない、赤子の手をひねるようなものであった。

目の前に現れた巨大な魔法障壁も、彼女達にとってはただの見せ掛けにしか見えず

嘲笑と共に握られた剣にマナを篭めると、彼女達は見事なフォーメーションで一気にその鋒を最後の守りに衝きこんだ。

「なっ・・・く、砕かれた?!」

彼女達の剣が一斉に突っ込んで、互いのマナがぶつかり合ってあたりには衝撃波が走る。

それだけで吹き飛ばされそうになるのを何とか堪えたイスピザードたちの目の前に広がった光景は彼らを仰天させた。

剣の突き刺さったところからどんどんとひびが入り、あっという間に音を立てて砕けてしまったのである。

「これで終わりだ!」

最後の守りを貫いた堕天使たちには人間の一人足りとも生かしておくつもりはなかった。

この愚かなる劣悪種共を、一匹残らず消すこと。 それこそが主の命。

「くっ・・・アンドラス・・・!」

突っ込んでくる無数の剣。 最期を悟ったイスピザードは無意識のうちに手放した娘の名を呼び、その幸せを祈った。

「そうはさせるか!!」

その時だった。 突然に光る東の空。 それと共に叫ばれた声に堕天使たちは思わず見上げ

いきなり空に現れた強大な光を前に目を見開くと身構え始めた。

「いっけえ!!」

「?! ぐおああ?!」

空を裂く銀の矢がまるで神の裁きのかのように音速にうなりを上げて突っ込んできて

迎撃体勢を整えていたはずの堕天使に回避どころか防御も許さず突き貫いて地面へと叩き着けた。

「!! え、援軍?! 一体どこから!」

堕天使を貫いてもそれでも勢い衰えぬ銀の矢は地面に突き刺さると分裂し、辺りに無数の光の矢が飛び散った。

まるで避けることを許さぬとでも言わんばかりに四方八方へ飛び出した矢が、次々に堕天使に突き刺さり、光に侵された闇は次々に墜落していく。

「大丈夫ですか?!」

急展開にはっとして目を開けたイスピザードは、周りの光景にただただ驚くしかなかった。

あれだけ苦戦した相手が次々と倒れていくのを呆然と眺めるしかない彼にかけられる少女の声。

「!! あ、あなたは?!」

その顔を見上げて思わず彼は仰天する。 それは・・・もう二度と見ることなど叶わないと思っていた者の顔。

背中に三対の翼を讃えた少女が、弓を握り締めながら心配そうにこちらを見下ろしてきている。

まさかこんな奇跡が本当に起こるとは。 喉が詰まりこれ以上が出てこない。

「私はアビトレイトです。 よかった、まだルアスの中にまでは敵は来ていないのですね。」

ほっと胸を撫で下ろしながらも、きっとその切れ長の眼差しを前線へと向けるシャニー。

柳眉が厳しく釣り上がるその先では、既にゲイル達が堕天使たちの進撃を抑えるべく、双剣を振り回し行く手を阻んでいた。

彼女のその横顔をじっと見つめていたイスピザードは、ようやくはっと我に帰る。

「え、ええ。 しかし、危ないところでした。 ありがとうございます。」

まさに間一髪といったところであった。 もしアビトレイトたちの到着があと5分でも遅れていたら

悪魔の軍団は既にルアス城下町へと及び、民を食い散らかしていたに違いなかった。

安堵が漏れて、彼思わずシャニーの左手を取った。 白くて細いその手先は、とても温かかった。

「おお・・・エルピスだ・・・。」

「エルピスが我らを守ってくれたのか!」

騎士たちも突然目の前に現れた神界からの使者に仰天と感嘆、そして歓喜の声があちこちから漏らされる。

もはや誰もが自分達の敗北と最期を悟り、絶望の闇の中に頭の先まで沈み込みかけていた。

それを訪れた光の翼が照らし出し、そして迫り来る闇を銀の矢で射抜いてくれたのである。 誰の顔にも心からの喜びが滲み出ていた。

 

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