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九章 〜Still In The Dark

 

 闇を滑るようにして駆けて行く修羅たち、彼らが色めきだって向かっていくその先では

月光の閃き軌跡を描く暗殺剣が二本のダガーから繰り出されては金髪が宙に踊る。

修羅たちの怒涛の攻撃を嘲笑うかのように闇に舞うアサシンはまるで背に翼でもあるかのように飛び回ってまるで被弾を許さない。

ゲイルウイクでトップスピードを維持しながら背後を触れたら切れそうな鋭いアサシンとしての瞳で睨む。

彼女の背後には、修羅たちが彼女を追いかけてどんどんと列を成して追いかけてきていた。

さすがに覚えたばかりのファントムグラインドだけではこれだけの数は多勢に無勢すぎた。

いくら相手が束になってかかってこようとも、天性の機敏さが彼らの攻撃をまるで霧を掴むかのように寄せ付けないが、倒しきれない分追い詰められていく。

「喰らえ! これで終わりだ!」

その中で突然に轟く閃光。 シャニーの手先に掲げられた光は弓へと番えられて修羅たち目掛けて放たれた。

瞬きする間も与えられない至高の光による裁きが彼らを貫き、光が去った後にはもはやなにも残っていなかった。

「はぁ・・・はぁ・・・。」

一応彼らが列になるところを狙ったわけではあるが、正直危ないところであった。

予てからのメルトやレオンの警告どおり、この世界の敵は今までたたかってきた者達とは比べ物にならないほどに強い。

もはや切り札が切り札ではなくなってきている・・・。 自分に流れる熾天使の血・・・

その血があるから故に扱える至高の光、アストレアを使わなければ、自身の人間としての力だけでは闇を抑えきれないのだ。

「これで全部か?! 急がないと!」

もちろん、人間の身でそんな神界の最高峰の力を使い続けていればすぐに限界が来てしまう。

それでもシャニーには迷いなど一切なかった。 今はマナの崩壊もエルピスの加護によってまるで起きなくなっている。

それさえなければ、ただ苦しいだけなら、大事な者を守るための力の行使に何の躊躇いも無い。

彼女は上がりきった息を整える間もなく己に鞭打ってゲイルウイクをトップスピードまで跳ね上げる。

「シャニー、大丈夫?」

見えない闇の中を、見えない敵に追われる中を全速力で駆け抜けても、シャニーに恐怖などまるでなかった。

彼女は一人ではないからだ。 ゲイルと約束した、どんなに離れていても、互いをそして世界を想う気持ちはこの胸にいつもある、と。

傍に居なくとも、相棒が自分を守ってくれているような気がして、それがシャニーの目に強さを与えて

湧き上がる勇気が希望の光をますますに真澄に輝かせる。 そして、想いだけではなく、実際に彼女は一人ではない。

こんなムチャばかりをする相棒を気遣う存在がすぐ傍に居て、彼女の体の疲労を癒し続けていたのだ。

「大分マナの波動が乱れてるわ。 少し休まないと。」

いくら熾天使の大いなる守りに包んでいようとも、人間としての体には限界がある。

もうとっくにその限界を何度も超えてしまったシャニーの体は何発もアストレアを放てるような状態ではないのだ。

内から何度エルピスがマナを使うことをやめることを提案しても、渇望する光はその猛進を止めようとはしない。

「何言ってるのさ! みんなだって苦しいのは同じだよ。 あたしだけ休んでなんかいられない!」

やせ我慢は見え見えなのに、エルピスにはシャニーを止めることができなかった。 本来は自分が司る光を

自分を凌駕するほどに湛えるこの人間の少女がその身に宿す希望は隆々轟々と流れ滾っては迸り

悲鳴をあげたくなるほどに辛いはずの彼女の目に一切の弱音を映さない。

それを見せられていると、エルピスも必死になって忘れようとしていた数千年前の自分が思い出されて

心配そうに歪んでいたその翠緑の瞳に、大空色の瞳と同じ強さがこみ上げては拳が強く握られていく。

シャニーはまた手先にアストを集めて光の矢を創りだし始めている。 相棒がその気なら、もうなにも心配はない。

己のもてる全てで相棒を、そして愛する者達を守る。 彼女もまた、翼の先にまでマナを満たし意識を集中させる。

「この間にも苦しみが生まれている・・・そうね、分かった。 私があなたのマナを支えるから、がんばるのよ!」

体が軽くなっていくのがとてもよく分かる。 どれだけ強がっていても、迫る限界は

まるで鉄球でも足にくくりつけられているかのような体の重さからシャニーへ強く強く警告を発してくる。

ただでさえ、希望という気質は自らが器となって皆の夢を光へと変えるという無理を行っている。

そのせいで、代々希望の気質を身に宿す者は総じて短命なのであった。

それに加えて、人間の身で熾天使の力を扱うことは、たとえ身に熾天使の血が流れていようとも命を削る無茶苦茶なことだというのは分かっている。

それでも魂が叫び続けてやまないのは、己の体のことではなく、守りたい全ての人たちの悲しみを包みたい銀翼の意志であった。

その叫びに負けたエルピスはシャニーを守るべく彼女のマナを整える。 魂だけの状態でマナを使い続けることは苦しいが

苦しいのは皆同じ・・・相棒に負けてなどいられないではないか。

「へへ、ありがと! 頼りにしてるからね!」

こんな死が隣り合わせの戦場の中でも、素直に相棒の励ましに喜び、屈託のない笑みを漏らすシャニー。

だが、エルピスがその笑みに返す間もなく彼女の顔には再び希望の熾天使としての鋭さが戻る。

全てをあるべき未来へと導くべく、地を這う汚れた魂達へ光を振りまき、その醜を安息に眠らせて本来を呼び覚ます。

温かく、慈愛に満ちた希望は同時に奥に厳しさと勇気を滾らせて、手先に集めた光の矢を聖弓へと番えて瞬く間もなく照準を引き絞る。

「行っけえ!」

ひとつの叫びと共に熾天使から放たれた至高の光が暗黒を切り裂き、世界を包む闇の衣を引き剥がし

あたりへ希望のマナを振りまきながら猛烈なスピードで修羅たちへと突っ込んでいく。

彼らは矢に触れると貫かれるまでもなく、まるで火に触れた水玉の如くあっという間に宙へと消え去ってしまう。

だがそれでも、彼らが残すマナは破滅のマナではなく、アストレアによって清められて本来を取り戻した正のマナであった。

「あたし達の光を阻む者はアストレアが相手だ!」

アストレアが遥か彼方まで光を轟かせて遥か闇の彼方まで消えてしまうと、しばらくして一閃と共に猛烈な風が吹き込んできた。

風が運ぶマナの香りにシャニーは修羅たちへの勝利を確信し、弓を握り締めた拳をますます強くする。

「ずいぶん様になってきたじゃないの。」

けっこうな威力を見せ付けられて舌を巻いたのはアストレアを教えた本人であるエルピスだ。

威力も照準速度もまだまだ自分には遠く及ばないものの、つい最近まで自分の化身でありながら弓なんて引けないとか

情けないことを言っていた相棒とはとても思えないほどの成長だった。

だが、褒めるとすぐに調子に乗るのが玉に瑕。 いつもバカにされてばかりのエルピスから褒められて得意げな笑みを浮かべるシャニー。

この程度で全てをマスターしたと思った甘い、そう言わんばかりのいつも通りの高飛車な笑みがエルピスからカウンターの如く飛ぶ。

「ま、私の力があればこの程度・・・・!!」

「?!」

突然に背後で闇に沸きあがった殺意にエルピスが気づいた時にはもう遅かった。

シャニーが扱う月光の如き鋭い暗殺剣なんかよりさらに鋭く、そして一切の無駄も隙もない一閃が背をえぐりにかかったのである。

間一髪に感づいたシャニーは身を翻して相手の短剣を避けると短剣に握り替えて、追撃に振り上げられた相手の殺意を跳ね飛ばす。

反動を使ってバック転しながら距離を開けた二人の暗殺者の間には金髪が舞い、シャニーの頬には一筋の赤が顎まで垂れる。

「え・・・え・・・そんな・・・。 なぜ・・・?」

新たなる強敵の出現に頬から垂れた血を拭うこともせずに短剣を握り締めて身構えるシャニーだったが、

その視界に入ってきた信じられない人物の姿に彼女は驚愕に声を震わせながら思わず短剣を落としそうになってしまった。

こちらをきっと睨みつけながら短剣を握る少女・・・そう、そこに現れたのは何とメイベルだったのである。

まるで昨日まで一緒に笑いあっていた友とは思えない彼女のアサシンとしての厳しい表情が、それだけでシャニーを串刺しにして

彼女は受け入れられない現実を前にただただ首を横に振って、何かの間違いであることを祈るばかりである。

きっと修羅が見せてきた幻覚に違いない・・・そう勘付いてマナを探ってみるが、そのにおいはまさにメイベルそのもの。

「シャニー・・・ごめん。」

親友の顔に早速傷をつけてしまい、もう後戻りできないところまで来てしまったメイベル。

突然に現れた自分に仰天してまともに声も出ないでいるシャニーの姿を見れば見るほどに膨らむ葛藤がメイベルの声すら詰まらせる。

なぜか詫びの言葉しか出てこない。 だが、そんな言葉をかけられてシャニーが頷くはずもなく、ただ声を震わせ拒絶に首を振るばかりである。

「ここから先は通さない。 悪いけど眠ってもらうよ!」

このままではこの場から逃げ出してしまいそうであった。 せっかく出来た光の世界から友達、同じ夢を抱く同志。

それを守るべきものが違うがために殺さなくてはならない。 嫌だった、何故こんな事になってしまったのか、未だに分からない。

ただ、自分が愛するアリアンに認めてもらいたくて、光が欲しくて・・・その一心でメイベルは強く地を蹴った。

「どうして! なぜあなたがあたしに剣を向けるの?!」

挑まれた短剣同士の砕きあいを、シャニーは否応なしに受けて立つしかなかった。

どんなに叫んでもメイベルには彼女の声がまるで聞こえていないかのように正確無比な暗殺剣が目にもとまらぬスピードで飛んでくる。

友に剣を向けられるわけがないシャニーはただひたすらに避ける事しか出来ず、これが夢であって欲しい願望が

瞳を潤ませ、そして溢れる悲しみが頬を伝うことなく宙へと迸っていく。

その涙すらもメイベルは断ち切って、永遠の眠りへと誘おうと短剣は友を襲い続ける。

「答えてよ! メイ!」

全力で襲い掛かるファントムグラインドを研ぎ澄まされた体術で避けながら、時には短剣で相手の短剣を跳ね返し・・・

なんとかメイからの猛攻を凌いでいるがこのままでは危険であることはシャニーだって分かっている。

でも、それでも剣を向けるなんて出来ない。 彼女は一体どうしてしまったいうのか、そればかりが頭を真っ白にする。

「シャニー・・・もうなにも言わないで。」

親友からの必死の叫びが、葛藤にうずくまりたくなるメイベルの心を一層にぐしゃぐしゃと押し潰していく。

本当はメイベルだってこんなことをしたくなかった。 大事な親友に暗殺剣を向けて、

せっかく手に入れた、ようやく見つけた光を自分自身の手で掻き消してしまうなんて、何故こんな事になってしまったのだろう。

できることならば、もうこんな葛藤から逃げ出してどこかへ飛び去ってしまいたいぐらいであった。

涙を浮かべながらにシャニーを襲い続けるメイベルもまた、頭の中は困惑と葛藤で真っ白であり

ただデルクレビスの平和と、今まで必死に戦ってきた自分をアリアンに愛されたい認められたいという願望だけが彼女に短剣を握らせている。

「答えろって言ってるの!」

ついにシャニーも涙声のままで怒りの咆哮をメイベル向けて吐き飛ばした。 なぜ親友同士になったはずの自分達が

こんな命の潰しあいなんていう悲しい運命を辿らなくてはならないのか、何故と問うてもメイベルは明瞭な回答を避けているのだ。

ただひたすらに謝罪の言葉をかけられても、言っている事とやっている事がまるで違うのでは到底納得などできない。

メイベルという人柄を親友として知っているからこそ、彼女がこんなことをするのは絶対に何かある、シャニーには確信があった。

「どうして・・・! あたしとあなたは・・・目指すものは同じはずじゃない!」

葛藤渦巻く思い心にぐさりと貫く言葉。 そこを突かれると、メイベルも短剣を握る力が一瞬だけ緩みそうになる。

そう・・・彼女と自分は同じ夢を抱いている、ただ光の下で皆と笑いあって生きていきたい・・・ただそれだけであるのに。

だが、メイベルはシャニーから距離を開けて一度目を瞑ると、浮かんでくるのはアリアンの姿。

「目指すものは同じでも・・・守るべき者があんたとオイラじゃ違うんだ!」

再びきっと見開かれた瞳には、いつもの情熱に爛々と輝く黄金色の瞳はなかった。

ただ、獲物の命を奪うことだけに神経をぎらつかせる最高峰のアサシンとしての鋭い眼光がシャニーを睨み付けている。

彼女には守るべきものがあった。 それは夢であり、故郷であり、そしてそれ以上に守るべきはこの世界を統べる神アリアン・・・。

彼がいなければ、今この場に生きて立っている事は出来なかったのだ。 メントの時代の戦争が起きたとき、メイベルら兄妹は無力だった。

そのまま戦火にまかれて死んでしまう運命だったに違いない。 それをアリアンが助けて、そしてデルクレビスを守るために力を与えてくれたのである。

いわば彼女にとってアリアンは神以前に父同然の存在だったのである。 彼を守りたい、認められたい・・・

でも、親友と一緒に夢をこの手に掴みたい・・その思いが重い葛藤を引き起こしていた。

「ど、どういうこと?!」

再び挑まれてしまった短剣同士の砕きあい。 破壊力に任せて猛進してくるメイベルの攻撃に手加減などまるでない。

殺意の闇の中を生き抜くために編み出され、そして極限まで研ぎ澄まされた暗殺剣ファントムグラインド。

あんなものが一発でもまともに被弾すれば命はなく、選択の余地などどこにもない。

メイベルの言い放った現実に目を震わせながらもシャニーは天性の機敏さに全神経を集中させて殺意の塊を避け続ける。

「夢が同じなのに・・・なんで戦わなくちゃならないの・・・。」

頭の中で困惑を招いている事実を口にすると、どっと溢れて来る涙。 シャニーはむせび泣きながらも必死になってメイベルを説得しにかかる。

こんなこと彼女だって望んではいないはずなのに。 一体何が彼女をこんな強行に走らせるのか分からず、シャニーは悲しみに震えていた。

「オイラにとってアリアン様が全てなんだ!」

この世界を守ってくれたのはアリアン以外の何者でもない。 今までずっと彼の理想を達成する為にアムニスガードとして戦ってきた。

デルクレビスに住む人たちを愛し、いつも彼らの平和の為だけを考えて今まで生き、時には修羅達にも慄くことなく立ち向かってきた。

それなのに、アリアンは自分のことを認めてくれないどころか裏切り者であるかのような口ぶりさえ漏らしていた。

悔しかった。 デルクレビスのためであるならば、そしてアリアンを守るためならばどんな汚名を着ることだって厭わぬ覚悟だ。

だが、この夢への信念とアリアンへの忠誠心を疑われたまま裏切り者として扱われるのは死んでも死に切れない。

「アリアン様を失えば夢も叶わなくなる・・・。」

シャニーの涙に釣られるようにして、怒涛の攻撃を繰り出し続けるメイベルの瞳も潤み始める。

それでも、彼女は迸った自身の涙すらも己の短剣で切り裂いて葛藤を押さえつけると、無理やりシャニーを睨んで襲い掛かる。

父と夢と、そしてアムニスの戦士としての誇りと。 大事なものを守るには・・・大事な親友を倒すしかない・・・もはや選択肢はないのだ。

「!! それは違う!」

一体メイベルが何を考えているのがだいたいに分かったシャニーは見開いた目から溢れた涙を振り飛ばすと

同じ夢を目指す者としての鋭い覚悟を湛えた切れ長の目に変わって力強くメイベルを見つめ返した。

その目にうっとしたメイベルの猛攻が一瞬緩んだ隙に、シャニーは右手に持った短剣で相手の短剣を受けると

左手に持った短剣で大きくメイベルを切り上げた。 振りの大きいその一撃はメイベルを掠めることも出来なかったが、

後方に跳躍して回避した彼女と距離が空き、その間を使ってシャニーはメイベルに切なる祈りを叫ぶ。

「アリアンさえ退いてくれれば、あたし達に戦う必要はなくなるんだ!」

もともとこの世界には戦う為に来たわけではない。 それを改めて主張するシャニーの目からは、友への祈りと懇願が溢れている。

エズダー・シアが、アリアンがマイソシアへの侵略をやめてくれさえすれば、戦うことそのものが意味を為さなくなるのに。

同じ平和を求めている者同士が何故戦わなければならないのか。 アリアンしかり、そしてそのアリアンを崇めるメイベルしかり・・・。

手を取り会うことが出来たならば、きっと夢は叶うはずなのに。

「・・・こうなってはもう後戻りは出来ないんだ。 共にアサシンとして守るべき者の為に剣を握ろうよ。」

短剣を強く握りなおすメイベルの言葉から、そして目からシャニーは感じ取っていた。

やはり彼女も、望んでこんなことをしようとしているわけでは無いと言う事を。 彼女には許せなかった。

メイベルをこんな風に悲しませるアリアンと言う男が。 だが、彼を倒すことはメイベルを悲しませることにもなる。

一体どうすればいいのか・・・友を傷つけたくはない、けれど殺らなければ殺られる・・・。

同じ葛藤の中でも、自身を壊してでも動く者と身動きが取れなくなってしまう者、それが対峙している。

「もう振り返ることは許されないんだ!」

メイベルはシャニーへ短剣を向けるとアサシン同士の力比べを叩きつける。

昨日までは、いやついさっきまでは親友であったかもしれない。 だけど、今は守るべき者が相反する敵同士。

己の大事なものを守るためという大義名分は互いに何も変わらない。

いつから二人は道を違えてしまったのか・・・しかしメイベルは言い放った、振り返ることは許されないと。

道が違えてしまったのなら、己の道を守るために戦うのみ。

「メイ!!」

ついにメイベルが短剣を握りなおして再びシャニーへと突進を始めた。

ずんずんと距離が縮まれば縮まるほどに鮮明に映ってくる、メイベルの殺意を滾らせたアサシンとしての瞳。

それでも短剣を構えようとしないシャニーへメイベルは眉を吊り上げて怒鳴りかかった。

「さぁ! 剣を構えて!」

相手を認めているからこそ、こうして正々堂々と正面から向かっていくのだ。

ともに光の下で笑いあいたいという夢を持ち、己の力で闇を引裂き続けてきた誇り高きアサシン同士。

互いの希望を、そして情熱を認め合い、無二の共として夢を語り合ったからこそ、

全力でぶつかり、勝ったほうが敗れた者の業をしっかりと背負いあるべきへの道を追求する。

これは裏切りではない。 互いの守るべきを賭けた勇士同士の誇りのぶつかり合いなのだ。

「我がファントムグラインド! あんたに破れるか!」

短剣を高く掲げて己の力を見せ付けてくるメイベルの姿が未だに信じられないでいるシャニー。

どれだけメイベルに剣を構えるように強く叫ばれても、瞳を震わせるばかりで手にした短剣の刃が上を向くことはない。

いくらアサシン同士、互いの守るべきものをかけた誇り同士のぶつかりあいだと言われたって、

シャニーにとってメイベルが親友であることになんら変化をもたらすものではなく、全ての人に笑って欲しい彼女にとって

まして親友の顔を歪ませるようなことが出来るはずもなかったのである。

だが、メイベルは違った。 ずっとデルクレビスの闇という極限の中で過ごしてきたストイックさは甘さを完全に切り捨て

全てを一番大事なものへ注ぐ決心をすでに固めていたのである。 たとえ、他の全ての大切を犠牲にしても・・・。

そう割り切れる者と出来ない者の差が二人の短剣の向きに現れて、ついに業を煮やしたメイベルは踏み出す。

「くっ・・・!」

甘さが捨てきれずにアサシンとしての誇りを持たない者へメイベルの容赦ない閃光が襲い掛かった。

反撃も闘争も許さない怒涛の連続攻撃がシャニーを襲い、その一発一発は月弧の如き閃光をその軌跡に残しては

その場に漂うマナも空気も全てを切り裂いて衝撃波を生み出す。 ダガーから瞬きする間も与えない刹那に繰り出されるされる突きと

見えない刃による追撃、それが幾重にも幾重にも折り重なってシャニーはひたすらに後退するしかない。

ついに体勢を崩されてバック転で後方に回避した時、メイベルの切り上げた短剣が彼女を掠め、被弾は声になって示される。

「メイ・・・本気なんだ・・・そんな・・・。」

痛みの出所である頬を手で拭ってみて、シャニーは改めてこれが悪夢なんかでない現実であることを思い知らされる。

拭ってそう間もおかずに垂れ始めた温かい感触は頬を伝って顎から滴り落ち、彼女の胸元を赤く染め上げた。

親友が本気で自分を殺そうとしている。 そう分かった時、シャニーは計り知れない絶望感に駆られる。

「シャニー! 何やってるの! そんなことをしていたら本気で殺されるわよ!」

手加減などしていられる余裕がない相手である事が分かっているはずなのに、覚悟を決められずにいるシャニーは

ただただ襲い掛かってくるメイベルの短剣をよけては距離を開けるばかりだ。 だが、相手は強烈な暗殺剣の使い手。

いくら彼女が天性の機敏さを持っているとしても、仮に一発でもあの暗殺剣がかすればメイベルはその隙を逃さないだろう。

彼女の剣捌きから、そして今なお鋭き睨み付けてくる彼女の眼光からメイベルが本気で殺しにかかっていることはシャニーだって分かっているはずなのに。

甘さを捨てきれずに逃げ続ける相棒を見かねたエルピスがついにシャニーを叱りつけるが、シャニーは顔をくしゃくしゃにするばかりだ。

「分かってる! 分かってるよ!」

襲い掛かる短剣、そしてそこから生まれる無数の風が巻き起こすかまいたち。

これらがどれほどの破壊力を持っているか、そしてメイベルが、親友である彼女がまっすぐに自分の命を狙って

首筋や胸元目掛けて技を確実に繰り出してきていることは、エルピスに改めて怒鳴られなくとも

メイベルの振るう短剣が描く弧月の軌跡から認めたくなくとも伝わってきていた。

「でも・・・なんで・・・どうして! 誰のための戦いの・・・これは・・・!」

誰がための戦い・・・今までのものはそれがはっきりとしていた。 すべては愛する者達の、守りたい大事な者達のため。

彼らの笑顔を守るためだから、どんなに苦しくとも、計り知れない激痛が伴おうとも堪えて乗り越えてこられた。

だが、今目の前に挑まれ戦いは誰のためのものなのか。 愛する者を守りたい想いは二人とも同じはずなのに

同じ光を求めているはずなのに、何が、何がこんな悲しい戦いを招いたのか。 とても剣を振るうことに納得ができずにいた。

「決まってるでしょ! 世界のための戦いよ!」

迷いの吹っ切れない相棒に必死になってエルピスは説得を続ける。 手遅れになってしまってからでは遅いのだ。

彼女は遥か昔からの友であるメイベルがどういう人間かをシャニー以上に知っている。

光への情熱はとても熱く燃え滾っているが、その反面、目的の為ならすべてを捨てることの出来る冷酷さを兼ね備えている。

メイベルは今、彼女が一番守りたいものの為に、他の全てを投げ出す覚悟を決めているに違いない。

語らずとも、短剣を振るう彼女の目を見ればエルピスにはすぐに分かった。 もはや、自分達とメイベルでは

歩む道だけではなく守るべきものさえもがすでに違えてしまっている。

彼女にとっては、アリアンへの想いと戦士としての誇り、それが剣を握らせているのが間違いなかった。

「私達と・・・メイは違うのよ!」

はっきりとエルピスはシャニーに向かって言い放った。 以前はそうではなかったかもしれないが

もう今は道を違えた互いの夢を害しあう敵でしかなくなってしまったことを。

己の夢を守るには、彼女がおろしたままの短剣を構え、そして光の矢を弓へ番えるしかないということを。

「違うって何が違うの?!」

それでも、まだ相棒は分かってはくれなかった。 そんな事はないと大粒の涙をぽろぽろとくしゃくしゃになった目元から溢れさせながら

今も変わらずにあるメイベルとの友情を信じて疑わないシャニーはとにかく猛攻から後退してはメイベルにやめて欲しいと懇願するばかりだ。

だが、そんな祈りは覚悟の暗殺者の前ではまるで意味をなさず、彼女の体には薄いかすり傷が増えていくばかり。

「あたしもメイも・・・求めているものは同じなのに!」

光が、みなの笑顔が欲しい、そう寝る間も惜しんで語り合った仲であった。

だから互いが何を求めているかには確信が持てる。 きっと手を取り合える親友同士である・・・そう互いに気づいたはずだった。

それなのに、一体どうしてこんな事になってしまうのか。 自分たちは何も戦う為にデルクレビスを訪れたわけではない。

アリアンさえ侵略をやめてくれれば、対立するのではなく共存の道を模索することに協力さえしてくれれば・・・。

だが、相棒は光よりもアリアンを取った。 いや、光の為にアリアンを守っている・・・

どうすればいいのかまるで分からないシャニーに短剣の切っ先を相棒に向けることなどできはしなかった。

「求めるものは同じでも・・・そのやり方は正反対よ。 分かるでしょ、あなたでも!」

メイベルと違い、いつまでも覚悟を決められずにいる甘さがまどろこしくてエルピスの口調はどんどん強くなっていく。

メイベルが選んだ道は、彼女が愛するアリアンを支えることで彼が創り上げる世界に生まれるであろう光を掴む道。

必死になってメイベルの剣筋を見て避け続けるシャニーをエルピスもどうやって言ったら分かってもらえるか焦っていた。

このままでは、いつやられてしまうか分からない。 そうなってしまっては、真の意味で光へと導く道が閉ざされてしまうことになる。

「メイがそうではなくても、彼女が守るアリアンのやり方には・・・正義なんてない!」

はっとするシャニーがエルピスのほうに注意を持っていくと、そこには震える瞳がきっと自分を睨み付けていた。

彼女は自分の愛するものを真っ向から否定してまで自分に覚悟を促してきているのだ。

だが、シャニーには尚更に剣を握れなくなってしまう。 アリアンさえなんとかできれば・・・メイベルと戦わなくて済むのだ。

こんなところで、命の砕きあいをしていい存在ではない・・・その想いがますますに募る。

「くっ・・・。」

刹那の一撃が宙に円弧を描いて月光の如く軌跡を輝かせた時、シャニーの目が激痛に歪んでかみ締めた口からは堪らず声が漏れる。

ついにメイベルの短剣がシャニーのわき腹を捉えたのだった。 直撃は免れたものの、被弾の程度は

それまでのかすり傷とは明らかに違う傷の深さから優に見て取れ、あっという間に赤い線は太くなってどくどくと赤い涙を流し始める。

「どうしたのさ! オイラは楽しみにしてたんだよ! 久々に互角に戦える相手だからさ!」

切っ先についた血を舐めとりながら、メイベルは言葉通りさも楽しそうに口元を吊り上げながら不敵な笑みを投げつけてくる。

掠っただけであったはずなのに・・ぱっくり開いた傷口がその破壊力を物語る。

被弾したわき腹を無意識のうちに手で押さえて止血しにかかるシャニーの顔には焦りの色が浮かび始めていた。

メイベルはもう自分の知っているメイベルではなくなってしまったのか。

「シャニー! これは遊びじゃない! 戦なのよ!」

傷つけられ、鮮血が命の危険をどくどくと主張してきてもなお瞳を震わせるばかりで決心することが出来ないでいるシャニーに、

ついにエルピスが怒りに身を任せて怒鳴りつけた。 彼女が覚悟を決めなければ、

彼女が今まで背負ってきた・・・自分自身を含めた命、夢、想いそのすべてがこの闇に沈むことになる。

彼女の悲しみは、相棒であり心が見えるエルピスにとっては身を切られるほど辛さだと伝わってきている。

だがそれでも、彼女に一刻も早く決意してもらわなければならず心を鬼にて相棒を睨みつけた。

「甘さが捨てきれないのなら、さっさと私に体を渡しなさい!」

相棒からぶつけられた言葉に愕然とするシャニー。 外からも内からも攻められて、彼女の顔は悲しみに歪んでいくばかり。

この顔を見るのはエルピスとて辛いことだった。 だけど、相棒が気づいてくれなければどうすることもできないのだ。

エルピスはシャニーの傷にヒーリングの魔法をかけてやりながら覚悟を促すが、彼女の想いとは裏腹にシャニーの目は悲痛から怒りへと変わっていく。

 

⇒⇒⇒NextPage