アメリカのエホバの証人内部における児童性的虐待事件の裁判記録です。                 ホームへ戻る
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  アメリカのある宗教における
   児童に
対する性犯罪の秘密
    --危機にあるエホバの証人--
       <その1>


            著作権留保、バーバラ・J・アンダーソン,2007
                日本語訳 Sayed Faraj 2010

  すべての著作権を留保します。公表されている裁判記録とその他、いくつかの情報源からの簡単な
  引用箇所を除いて、発行者の書面による許可がない限り、印刷、転記、コピー、オーディオ等の方法
  を問わず、この刊行物を再生したり、再生機能ある媒体に保存することを禁止します。 
  
翻訳者は、著者の許可を得て日本語に訳しております。

               ウオッチタワー・ドキュメンツ.LLC.
                            1527ノルマンディー通
               ノルマンディー、テネシー、37360

         ウオッチタワー・ドキュメンツ・コムウエブ・サイト・アドレス
                         www.watchtowerdocuments.com

  序文
  この本の目的は、エホバの証人によって性的虐待の被害にあった子供達の告発に対して、エホバの証人の指導
  者達が、秘密裏にどんな方針でどのように取り扱っているかに光を当てて明らかにすることである。

  “児童虐待は嫌悪すべきである。“とは、エホバの証人が好んで、繰り返し使う言葉である。
  彼らが秘密にしている行動を証明する証拠は、彼らが口に出して言うよりも、雄弁に実態を物語る。
  この宗教団体は、他の宗教には例を見ない、児童性的虐待についての適格な対応方針を持っていると宣言して
  いるが、内実は長い間、隠し続けてきた秘密があって、私はその証拠のあることを知っている。  
  私は、この秘密を明らかにすることにした。  
 しかし、そうするには、数千ページもの裁判記録を手に入れる必要
  がある。    これらの助けなくしては、数ヶ月の間にこの仕事を完成させる事はできなかった。   
  このために様々な支援を頂いた多くの素晴らしい人々に感謝の意を表したい。


  12件の訴訟の裁判記録を手に入れるのは、愉快なものではなかった。  私の良き友、リチャード・ラウ氏の助けが
  なければ、私一人では、手に入れることができたか、疑わしい。  彼は、官僚主義の迷路の中で、裁判記録を注文
  するために50時間以上も電話をかけまくったに違いない。

  リチャードのこの助けの価値は計り知れない。 私は、彼の助けに感謝しすぎることはない。

  私の夫ジョーの愛と助けがなくては、この大きな仕事は難しかったと思う。 彼は、数ヶ月間、私が夜明けから日没まで、
  一日中すべての書類を読み、分析し、意見を書いている間は、ほぼ独身同様であった。  
  義理の妹リンダは、手首の骨折が直ったばかりにもかかわらず、我が家の家事を助けてくれて、本当に感謝している。


  私を助けてくれたすべての人々をがっかりさせないように、幾人かの素晴らしい人達の名前を挙げたい。  
  彼らの金銭的援助、あるいは専門技術の提供によって、このCDが完成したのである。

  ブルースとドリアン・ベーカー、ジョイ・グラント、ガルベツ・ファミリー、アラン・フユーエルバッハ、ケリー・ラウダバック・ウッド、
  ジム・ペントン、ランディー・ワッターそして、名前を出して欲しくない多くの人達に対して、感謝と心からの愛情を奉げたい。   
  無名の人達は私と同じく、単にエホバの証人の子供達の安全を願うだけの動機で協力してくれただけなのだが、エホバの証人
  の報復を恐れて名前を出しては欲しくないのだ。

  この並外れたカバー・デザインはマローン・イラストレーションの本当に親切で素敵な男性であるデイブ・マローンのデザインによる
  ものである。  彼は、注文を受けると直ちに着手してくれた。  
  彼はすぐに友達である女性写真家を呼んで彼女の娘である少女にポーズを取ってもらって、このカバーを作ってくれたのである。  
  私は、このすべての人達に感謝の意を表したい。

  クリスは、私のパソコンのシステムをメンテしてくれていて有難かった。  
  そして私を助けてくれた数人のカナダ人の少年、少女達を忘れることはできない。   


  このCDにある数千ページの裁判記録を、読者がより良くご理解頂くように、幾つかのコメントが書かれている。  私の作品は、
  児童性的虐待問題についてのエホバの証人内部の動きのほんの一部だけを描いているだけである。   
  私は裁判記録から収集した情報のすべてを書ききれなかった。   ここに集められた裁判記録に挑戦して新しい発見をするのは、
  読者にもお任せしたい。

  読者がそうしてくださる一方で、私も“アメリカのある宗教における児童性的虐待の秘密”の原稿に、さらに手を加えたいと思う。
  そして、目に入れても痛くない私の息子ランスに、特別の感謝をしたい。  あなたは、最高の父親であり夫となったことを誇りに思う。  
  あなたの母親であることは、私だけのもので、嬉しいことであります。  
  これによって、私は子供達を守るために働く力を与えられている。






  目次

  導入 
   最終的に幻滅する。
   “サイレント・ラム(沈黙する小羊)”とNBCニュース番組デート・ライン
   デート・ラインの出演して排斥される。
   新しい献身


  序言

   1.これらの訴訟は何についてなのか?

  2.事実

  3.関連事件の背景
    ■ものみの塔は悔い改めた者の恩典を失う。

   4.裁判記録:他の5件の訴訟

  5.エホバの証人は何を間違えたのか?
   
■3年ルール
    ■地区監督ドナルド・アミーの手紙

  6.責任を明らかにした和解
    ■同じ会衆の2人の性的虐待者

  7.被告は児童性的虐待について報告していない。
    ■児童虐待を報告する方針はなかった。

  8.ものみの塔法務部は、同サービス部を代表している。

  9.ものみの塔スポークスマンJ.R.ブラウン氏の証言

 10.ものみの塔の秘密の支払い
   ■レインミューラー氏の証言に見るKAHH Ins.計画(示談)の概要
   ■ものみの塔の法廷外の秘密の示談

 11.らくだの背骨を折った一本のわら
   ■ものみの塔の児童性的虐待の取扱方針


  導入
  私は、経験もなく、不満な日々を送っていた14歳の時、私の生涯のチャンスを狭めてしまい、そしてその後44年の行方を決めてしまう
  選択をした。・・・・最も攻撃的で議論の多い宗教団体であるエホバの証人のメンバーとなった。 
  そして、これが私の生活の中心となった。  
私は、考古学の勉強をしたいという願いを、捨てざるを得なかった。 なぜなら、
  この宗教団体は高等教育を禁じていたからである。   布教活動が教育よりも大切とされていた。

  私は、友達を選ぶにしてもエホバの証人、結婚相手もエホバの証人と心に決めていた。

  私は1954年から1998年までエホバの証人であった。  1959年にジョー・アンダーソンと結婚した。 その時、彼はもちろん
  エホバの証人であった。  1961年に息子ランスが生まれた。

  彼は、エホバの証人として注意深く訓練された。  私達、家族はこの宗教に対する人々の反対をよく承知していた。  
  彼らが聞こうが聞くまいが、粘り強く人々に伝道するからである。

  私達は、ある人達には伝道のやり方のために、嫌われたものの、それでも夫と私は約80人の人をこの信仰に導いた。

  1982年、エホバの証人の勢力が拡大していた当時、私達は長年にわたる忠実なエホバの証人としてニューヨーク市ブルックリンの
  ものみの塔本部でボランティアとして住み込み、働くよう招かれた。  そこは“ベテル”と呼ばれていて、私達は“ベテル人”となった
  のである。  その当時、ベテルで働く人達は数千人規模であった。   
  そこに住み働く目的は、何億冊にものぼる“ものみの塔”、“目ざめよ”などの刊行物を印刷することにあった。  
  初めの1年間、私は発送部門で働き、その後、“エンジニアリング部”に移り、そこで6年間、秘書と調査の仕事をした。  
  その後、著作部に異動となり、そこで約4年間、エホバの証人の年代史「エホバの証人―神の王国を告げ知らせる人-1993年」
  (日本語版の題:ふれ告げる人々)の主任調査者となった。


  ものみの塔本部で働く間、1990年代初めの頃、長老を含む何人かのエホバの証人が会衆内において児童性的虐待を行なって
  いることを知った。  また、ものみの塔本部のスタッフはその内の多くの事実を知っていたが、組織の方針によって、警察当局に
  届け出でることができないこと、そして会衆メンバーにも知らせることができない状況にあることを知った。  
  この組織の方針は、エホバの証人が公に掲げている立場、つまり児童に対する性的虐待は許されるべきではなく、又、隠される
  べきでもないという立場に真っ向から相反するものであった。


  1993年1月に私はものみの塔本部からテネシー州の自宅に戻ってからも、雑誌“目ざめよ”の上席著者として、1996年12月まで、
  児童性的虐待の調査を続け、また、“目ざめよ”の記事を書き続けた。


  私は、ものみの塔の組織内部での児童性的虐待の事実をはじめて知った時、罪を立証するためには2人の証人が必要であると
  いう聖書の教えが、児童性的虐待にも適用されるということは、思いもよらなかった。   
  私は、1997年以降になって、児童性的虐待の罪について2人の証人が必要という組織の方針が、逆に会衆内の性犯罪者を守る
  結果となっており、子供達にとって大変、危険なものであることをはじめて知った。  
  もし性的ないたずらを受けた被害者が当事者ではない2人以上の証人を立てることができなくて、しかも加害者が容疑を否定する
  なら、被害の訴えは行き場がなくなってしまう。  こうして、守秘義務が有効に効くことになる。  
  被害者は、他の人に話してはならないことを義務付けられていて、もし違反すれば、彼等自身が排斥されることになってしまう。  
  このようにして児童性的虐待者は、隠され、子供達は餌食となっているのである。


  最終的に幻滅する。
  私は、大きく言って、メンバー達は、皆同じように見える組織に属していた。
  しかし、水面下の現実においては、一人ひとりの生活に対する姿勢、生き方は大きく違っている。  なぜなら、エホバの証人は
  エホバ神が組織を導いてくださると信じる、自己告白の信仰だからである。   
  そして、個々のエホバの証人を外部からの影響から守るため、エホバの証人の指導者達は、群れのメンバーの生活のすべての
  面において規則を作るのである。

  指導者達は、その意図するところは良いのであるが、群れのすべての社会的条件について、一律の指示を出すというパリサイ派
  になってしまったのである。   彼等指導者の指示は、会衆を守る意図を持って書かれたものであるが、多くの場合、悪いやつ
  とその悪の秘密を守る結果になっているのである。


  1998年、私は組織を正式に離れたが、その前約1年間は、組織からだんだん距離をおいていった。   私は、不安を退けようと
  して地元の大学に行き、いくつか試験を受けて、奨学金を受取ることになった。   これにより、私は世界中のエホバの証人の
  友達がいなくてもやっていける強さを得ることになった。 ( 彼らエホバの証人が、もはや私は仲間ではないと知れば、彼らは
  間違いなく私を避けるだろうことを、知っていた。)  私は、大学に行くことによって、ものみの塔の外に生活があることを知った。   
  このとき、私の夫と私は結婚して39年であった。   私たちはお互いに秘密にすることは何もなかった。   
  夫ジョーは、私がものみの塔の児童性的虐待に関する方針 (私は害悪であると考えていた。)について私が今までやってきた
  ことを知っており、私がものみの塔の組織の中で大変な困難を抱えていたことを、充分、承知していた。   
  そのため、私がこの宗教を離れることについて夫は受入れてくれた。 

  私は一人の女性として、この悪弊に沈黙するか、又は排斥されるかしかなかった。
  子供達を児童性的虐待から守るために、私は全くの無力であり、怒りと挫折感にこれ以上、耐えることはできなかった。
  いずれにせよ、私は誰に対しても、エホバの証人の組織について、否定的なことを言わなかった。
  だから、彼らは、私を脅威と感じることはなかった。

 “サイレント・ラム(沈黙の小羊)”とNBCの番組デート・ライン
  2000年の終わりごろ、私はエホバの証人の長老ビル・ボーエン氏と会った。 彼は長老の職を降りて、児童性的虐待について
  世間に公けにしようと腹を決めていた。 

  それは、2001年1月1日に起きた。  ビル・ボーエン氏は、児童性的虐待問題によって、長老を辞任した。  
  彼の地元のケンタッキー州の新聞等のメディアの取扱いは大変なものであった。

  加えて、私とビルは、彼が立ち上げたウエブ・サイトを“サイレント・ラム(沈黙の小羊)”と名前をつけて、エホバの証人の犯人に
  よって、性的な虐待を受けたエホバの証人の被害者が自分達の受けた被害について投稿できるようにすることで意見が一致した。

  始めてから、数週間の間に約1,000通、5年後には約7,000通の経験談が投稿された。

  始めのうち、私は自分の身元を明らかにしなかった。  数週間の内に、私とビルはNBCの番組デート・ラインのインタビューを受ける
  ため、ニューヨーク行きの飛行機に乗っていた。  番組の製作者は、この問題について集中的に調査した結果、私達の言っている
  ことが事実であると理解し、このインタビューが計画されたのであった。


  ニュース番組デート・ライン出演によって排斥される
  ものみの塔の指導者は、NBCに電話して、その番組が何時放映されるかを聞き、それが2002年5月28日であることを知った。  
  ものみの塔本部指導者は、直ちに私達2人の所属する会衆の長老に連絡して、NBCに密告した私達を取り調べるための審理委員会
  を開くように指示を出した。

  5月上旬、私は、自分に対して告げられた虚偽の容疑に対して無実であることを立証した。
  数日中に、長老達は新しい、でっちあげの容疑によって、審理委員会を計画した。
  私には、無駄であると思われ、出席を拒否した。  もし私が、これらの容疑を否認したとしても、彼らは間違いなく、別の容疑を持ち
  出すのは、明らかだからである。

  いずれにしても、私はエホバの証人の兄弟姉妹の間に分裂をもたらしたことによって、2002年5月19日に排斥された。

  排斥されたメンバーは、悔い改めない罪人と見なされ、ものみの塔に対して狡猾な行いをした、信用できない者と見なされる。    
  私にとっては、デート・ラインの番組が放映される直前に排斥されることは、明らかであった。  なぜなら、この番組を見るエホバの
  証人達が、番組の中で私が語るエホバの証人の組織内部における児童性的虐待事件について、事実であると信じないように仕向
  けるためである。  


  夫ジョーも、引き続いて、2002年7月に同じく分裂を引き起こしたとの容疑で、排斥された。  
  私を弁護し、児童性的虐待について個人的な意見を表明したことによって、ジョーはもはや組織人間ではなくなった。   
  ジョーはビル・ボーエンと私と同じく、児童性的虐待が起きた時に、組織が長老に要求するやり方に対して批判的であった。  
  ジョーは当時も、そして今も、児童性的虐待の容疑を自ら取り調べるべきではないと信じている。  
  それは、どこの州に住んでいたとしても、仮に宗教指導者が法律上の届出義務がない州であっても、長老は直ちに警察当局に
  届け出るべきだと信じている。


  新しい献身
  私はエホバの証人としてバプテスマを受けた14歳の時から、自分の生涯を思い返してみた時、どこで最初の一歩を踏み出したのか、
  ただ驚くばかりである。   その時は、エホバの証人に教えられた命の不思議について、他の人達が理解できるよう助けたいという
  思いだけあった。

  私は、命の不思議が説明できるものであるとか、エホバの証人は情け深い優しい宗教であるといった妄想にもはや縛られていない
  ことに喜んでいる。


  私は、エホバの証人の組織内部で起きた児童性的虐待を公表した“ユダ”であるとレッテルを貼られているが、私は引続きこの宗教
  組織内部の隠された秘密を暴きたいと心に決めている。

  2003年、最初の児童性的虐待事件の訴訟が起こされて以降、5年の間に、私は、エホバの証人が児童性的虐待について、どういう
  方針によって、どのように取り扱っているかについて、関係当事者の理解を深めるように積極的に支援した。  
  2003年以降に起された児童性的虐待関連訴訟は一つも公表されず、2007年2月に、ものみの塔の指導者達によって、法廷外の解決、
  つまり和解によって解決されたが、私は失望している。しかしながら、これで終りではない。  

  私は、5,000ページ以上の裁判記録を入手して、“アメリカのある宗教における小児性愛の秘密―危機にあるエホバの証人“として
  秘密を明らかにした。




  
  およそ5,000ページの裁判記録が、4つの州における12の裁判所の訴訟記録から集められた。
  これらの裁判記録は1999年以降にエホバの証人及びその組織を被告とする12件の訴訟に関わるものである。

   ここでの主な関心事は、エホバの証人の児童性的虐待の被害者と同じくエホバの証人及びその組織の被告との間で、2007年の
  初めに和解によって解決された9件の訴訟事件である。

  しかし、加えて同じく和解で解決された2件の訴訟記録もここに含まれている。 一つは2000年、もう一つは2006年に決着したもの
  である。  更に、我々が裁判記録を調査した結果、もう一つを発見した。 
  これは2004年に被告人の権利を侵害しない前提で裁判が却下されていた。  その書類はこの中にも情報として含めておいた。


  概観すると、2007年に解決された16人の被害者の関連する9件の訴訟には共通する事実がある。  
  これらの訴訟は、2003年から2006年の間に、テキサス州フォート・ワースのラブ&ノリス法律事務所によって裁判所に届けられた。  
  主たる被告は、ものみの塔聖書冊子協会ニューヨーク・INC;オレゴン州のエホバの証人の一つの会衆、テキサス州にあるエホバ
  の証人の一つの会衆、カリフォルニア州北部の6つのエホバの証人の会衆、カルフォルニア州南部の一つのエホバの証人の
  会衆となっている。   そして8人の加害者、すべてエホバの証人であるが、彼らが共同被告人である。  
  カトリックの場合と異なって、エホバの証人の場合は、これら9件の訴訟を秘密裏に和解で解決している。  
  9件のほとんどは、1月末の決着し、2月中旬に訴訟が却下されている。


  2006年10月に、私はこの16人の被害者の訴訟はまもなく解決されるであろうとの印象を持った。
  2月上旬に、私とサイレント・ラム(沈黙の小羊)のビル・ボーエンは、これらの訴訟が法廷外の和解で解決されたことを知った。  
  私達は、原告も被告も、公表されることを望まないということ以外の情報を得ることは出来なかった。  
  ビルはこれ以上、この訴訟が解決されたことの発表を待つ事を望まなくて、2007年5月10日にプレス発表を行なって、これを受けて
  AP通信は2007年5月11日に、これを記事にした。   そしてエホバの証人側はこれを確認した。  
  ビルはウエブ・サイト“
www.silentlambs.org”に、9件の訴訟の却下状のコピーを載せたが、それ以上の事実はほとんどつかんでいな
  かった。  この却下状には、両者とも、本件について再提訴しないことに合意したと記されている。  
  通常、このような合意がなされたということは、被告が、この場合はエホバの証人側が金で解決したことを意味する。  


  解決された数ヶ月の後、私は、この9つの訴訟に関わる重要な事実を、非常に興味ある書類・・・・被告側のものみの塔、
  エホバの証人が、永遠に葬り去りたいと願っている秘密文書を含む・・・と共に、提供できる運びとなった。  


  私は、またこの9つの和解による解決にも拘わらず、恐らくそれ以上のものがあることを発見した。
  入手した書類の中に、2007年3月15日に開催予定を伝える「案件運営会議通知」があった。
  訴訟案件は、“デニスS対ものみの塔聖書冊子協会ニューヨーク・INC他であった。
  この件はソノマ郡上級裁判所に、訴訟番号234168として届けられていた。  
  この書類の表紙に、本件は、“カリッサW.とニコルD.の調整案件”と記載されていた。  
  2007年7月に、ソノマ郡上級裁判所記録部はデニスS.の案件について、2007年3月に法廷外の和解で解決されたため、判事の
  権限によって裁判を却下したと確認した。

  この法廷外での解決の知らせをはじめに聞いた時、私は14件の訴訟が含まれていると記録した。
  後になって、私は、ナパ郡裁判所は、2007年2月に却下されたカルフォルニアの7件及びテキサスの1件、オレゴン州の1件、
  合わせて9件だけが届けられた訴訟案件であると考えたのは誤りであると確信した。  
  AP通信の記者の質問に対して、ものみの塔側の弁護士マリオ・マリノ氏は9件の訴訟であると答えた。  
  もし、もっとあるなら、マリオ・マリノ氏は、慎重に情報開示はしないであろう。  しかしながら、私達は今や10件あることを知った。  
  そして、現在、実際には14件が和解によって解決された模様で、これを確認する調査が必要であるが、しばらく時間がかかりそう
  である。




  1.これらの訴訟は何についてなのか?
   エホバの証人の組織において、方針を決定し、エホバの証人に命令するのは、統治体である。  統治体は、多くの法人格のある
  組織を通して命令を出すが、主として“ものみの塔聖書冊子協会ニューヨーク・INC” と“ものみの塔聖書冊子協会ペンシルバニア・
  INC”である。  原告がエホバの証人の組織は、会衆内子供達を守る義務を負っているにも関わらず、注意を怠り、通常、要求され
  る義務を怠ったと訴える相手側がこの法人である。  例えば、被告側は、誰の監視もないところで、長老もしくは奉仕の僕が、子供と
  一対一に置かれることを禁止する方針を具体化しなかったこと等である。  
  統治体は、子供達を一人で男性の長老と共に家から家への野外奉仕に出ることを許したり、また成人男性の長老などとの聖書研究
  に付き添いなしで子供たちを出席させるよう、両親に勧めたり、誰の監視もないところで、これらの男性が子供達相手に“相談”する
  ことを許したりしたこと等である。


   ものみの塔は、会衆の長老が、児童性的虐待の被害の訴えを受けた時、どのように対応すべきかを、指示する責任がある。  
  ものみの塔本部は、会衆の長老達に対して手紙(通達)を出して、児童性的虐待の訴えがあった場合には、“ものみの塔法務部”
  に連絡して、警察に届けるか否か指示を仰ぐように指令を出していた。  しかしな、これは世俗の捜査を阻害するように仕組まれ
  ていた。   例えば、長老はしばしば、公衆電話から匿名の電話をするように指示された。  
  これは、情報を求める捜査当局が、長老達に接触できないようにするためである。


   被告“ものみの塔”は、長老達に、児童性的虐待の告発について調査するよう求めた。  
  長老達は、エホバの証人の方針及び教義として“2人の証人のルール”を当てはめるよう求められた。  

  もし加害者が犯罪を認めず、無実であると主張した場合には、児童性的虐待の告発の件を機密文書と付箋のついたファイルに
  移管することになっていた。  長老達は、証拠を集め、証人から証言を聞き、児童性的虐待者に対して課せられる組織内部での
  罰について判断するように求められた。

  彼らは調査の結果を警察当局に明らかにすることを禁止されていた。  事実、児童性的虐待を警察に届出る方針は今もない。   
  被害者とその家族は、世俗の警察当局や、会衆の他のメンバーに対して何も言うなと言われていた。   
  秘密保持が他のすべてに優先して強調された。   被害者とその家族は、適切な医学的心理学的処置を受けることを思いとどまる
  ように言われた。


   長老が児童性的虐待の告発について“ものみの塔法務部”に電話で問い合わせると、本部が意図する調査の進め方に誘導する
  ような質問を受けた。   ショッキングで不適切であったのは、性的虐待の犠牲者は、子供でなくて長老自身の間違いではないの
  かという質問があった。  


   世俗の警察当局に対し告発しなければ、加害者は、長老の監督下に置かれる以外には、何ら罰を受けることはなかった。  
  違反者は排斥されるか、組織から追放されるかの罰を受けるときもあったが、極秘の内に叱責を受けるか、または何らかの制限を
  受けるか、特権を失う程度の時もあった。  悲しいことに、会衆のメンバーは、身内に危険な児童性的虐待者がいることを知る由
  もなかった。  ものみの塔は、通常、児童性的虐待者を、驚くほど短い期間の間に、排斥処分から回復させたり、制限を解除して
  いた。  さらに、証拠を見ると、児童性的虐待者を数年以内に長老や奉仕の僕に再任していることも、めずらしいことではなかった。

  一体、誰が児童性的虐待者を責任ある地位に再任したのか?   私達は、裁判記録にその責任者の名前が記載されていること
  から、その一人を知っている。  

  その男は、ものみの塔本部サービス部で働いており、児童性的虐待者を1964年以降、何度も、何度も、責任ある地位に再任していた。

   ものみの塔本部は、長老達に対し、児童性的虐待の告発を受けてから、それに続く審理委員会で行なわる内容と経緯を、
  ものみの塔サービス部に書面で報告するように指示していた。  サービス部は、コンピュータによるデータ・ベースに、これらの
  情報を保管していたが、他の長老達や会衆メンバーには、これらの事実を隠していた。   
  エホバの証人の指導者達は、会衆メンバーを保護するために、これらの情報を保管する責任がある。   
  しかしながら、これらの情報は、本来、被害者の両親、長老達、司法当局に対し、誰が犯人かを知らせて、子供たちを守るために使う
  べきであるにもかかわらず、ものみの塔は、この情報を隠したのである。


   ものみの塔サービス部は、ものみの塔法務部の依頼人であるため、(弁護士/依頼人の機密保持の関係が成立する)、原告と
  裁判所はものみの塔の組織内部に起きた児童性的虐待事件の拡がりと真相を裏付ける証拠書類を容易に入手することは出来な
  かった。
   ものみの塔とエホバの証人の監督者達との間で公式な情報が出されることはまれであり、私は見たことがない。  
  弁護士/依頼人に存在する機密保持だけでなく、著作権によっても許可なくして手紙を公表することは、許されていない。  
  しかしながら、長年、ものみの塔の米国の地区監督であった人の秘密の手紙が見つかり、それによると、児童性的虐待者が引続き
  責任ある地位に留まることを許可し、結果、児童に対する性的虐待が続けられるままに放置されたことが書かれている。

  (この手紙は、オレゴン州の裁判所の公開書類の中に紛れ込んでいた機密書類の中に見つかった)  
  手紙の著者は、このほとんど知られていない規則に変わりはないかと質問に対して、児童性的虐待の場合は、このような寛大な
  措置はもはやないと答えている。  これは1994年に遡るが、この著者は、あるエホバの証人会衆内で長老である犯人が多くの
  子供達を性的に虐待したおぞましい状況を見たことがあるが、この規則が存在してために、犯人は長老の職を解任されることもなく、
  審理委員会も開かれることもなかった。  とは言え、この規則は2000年にも、生きていた。


   ものみの塔は、“児童性的虐待者として知られている者”が、何時、別の会衆に異動したかを、知りうる立場にあるが、あえて、
  事前に会衆に警告できるように監視することをしていなかった。  1991年にある児童性的虐待者が、ものみの塔と統治体によって、
  奉仕の僕として任命された。

  この犯人は、1991年から1999年の間に、4人の子供たちに性的な虐待を加えた。  この被害者のうちの一人が、これら裁判記録に
  登場する原告である。  事実、この犯人は、数年の間にこれら被害者達と何度も対決したが、エホバの証人の審理委員会は前提
  として、一つの事件について2人の証人を必要としているため、結果的に、何の罰も受けることはなかった。   
  この犯人は会衆から会衆へ異動することで、25年から30年間の間、ほとんど知られることなく犯行を続けていた。
 
  披害者の両親は、新聞社に対して次のように答えている。  「私は、同じ会衆内に児童性的虐待者として告発を受けていた犯罪者
  がいたなどとは、全く知るよしもなかった。  会衆の長老は、この犯人が、前にいた別の会衆から児童性的虐待の訴えを受けていた
  ことを知っていたにもかかわらずである。」


   エホバの証人の組織は、何年もの間、児童性的虐待事件を法廷外の和解で、密かに解決してきた。    
  私と同じくものみの塔本部で働いていた友達の一人が4年ほど前に、エホバの証人である弁護士と、個人的に話した内容について
  次のように語ってくれた。

  「彼等弁護士はしばしば、ものみの塔本部に呼ばれて、性的虐待を受けた被害者とその両親に会って、250,000米ドル
  (約22,500,000円:@90円で換算)を限度として、法廷外の和解による解決をはかり、訴訟を取り下げさせるよう交渉する権限を
  与えられていた。  弁護士によれば、原告は、わずか、数千ドルの示談金で示談に応じることは、普通よくあったそうである。   
  というのは、多くを要求すれば、ものみの塔の伝道活動の資金を奪ってしまうことを心配しているからである。

  1996年にものみの塔は、カルフォルニア州の会衆の長老が会衆内の子供に対して性的虐待を行なったことから、密かに50,000米ドル
  を支払ったが、彼等がこれを知ったなら、当然、怒るであろう。


   ここには、2007年2月に解決された9件の訴訟に関わる裁判記録と、その他3件の取り下げられた訴訟に関する記録が含まれている。

   ものみの塔は、この9件の訴訟の原告達が受け入れ可能な、しかもできるだけ早い裁判所の判決に協力するのではなく、訴訟の
  却下を勝ち取るために頑強に抵抗したのである。

  しかし、これは、ものみの塔にとって悪夢であった。  というのは、カルフォルニア州、オレゴン州の高等裁判所は、被告のものみの
  塔側は、聖職者の守秘義務を理由に、原告側が要求した書類の提出を行なわないように要求したが、裁判所はこの要求を却下した
  からである。

  裁判所は、被告ものみの塔と会衆の審理委員会との間のやりとりは、聖職者守秘義務に該当しないということで、被告側の要求を
  却下したのである。  カルフォルニア州の裁判所は、審理委員会の目的は、排斥の罰則に相当する罪であるか否かを調査する
  ことであるとの判断であった。

  加えて、同裁判所は、審理委員会がやりとりを公表しない理由は何もないと判断した。   
  事実、審理委員会は、聴取した情報をものみの塔本部に報告するよう要求されている。  

  カルフォロニア州においては、下級裁判所が、被告側と犯人の間のやりとり、被告と長老の間、または被告と被害者との間でどんな
  やりとりが行なわれたかの証拠書類の提出を求めたのにも、かかわらず、被告は約1年間、裁判所の決定に従わなかった。  
  被告ものみの塔は、最後には、下級裁判所の決定を不服として控訴院に上訴した。  しかしカルフォルニア州控訴院は、
  上訴を却下し、下級裁判所に差し戻した。

  下級裁判所は、被告側に該当の書類を提出するよう命令した。

   今後、ものみの塔、エホバの証人の組織は、“宗教団体”であることを理由として、情報開示を拒否する“いわゆる第一修正の
  権利”(米国憲法上の権利として、思想信条の自由の権利を認めた条文)の陰に実態を隠すことは、困難になるであろう。

  聖職者特権による守秘義務について被告側が負けたことは、この宗教団体の児童性的虐待について適切な対応を怠ったゆえに
  傷つけられた原告側にとって、唯一の素晴らしい判決であった。


  2.事実
  これらの裁判は、ものみの塔の宗教自身には何の関係もない。
  被告ものみの塔側は、原告が申し立てていることは、ものみの塔側の“第一修正の権利”を踏みつけるものであると主張して、常に
  問題の焦点をぼかそうとしてきた。  そうではないと原告側の弁護士は言っている。


     「本訴訟は、被告ものみの塔によって、任命された代理人が、与えられた権威と信頼の
     地位を子供に対する性的虐待という犯罪に利用したものであり、そして被告ものみの

     塔は、子供達を犯罪者の管理下に置いたものである。   また、本訴訟案件において、
     被告ものみの塔は、児童性的虐待事件を意図的にもみ消そうとしただけでなく、この
     事件及び、組織内における他の同様の事件を当局に届け出でることを積極的に妨げた。
     同時に、被告ものみの塔は、この犯罪者達が、与えられた地位を罪の
ない子供達を性的
     に虐待する機会に利用していると知った後においても、これら犯罪者
を権威と信頼の地位
     に置き続けた。  
     最後に、本訴訟において、子供達を性的な虐待
から守るために、合衆国及びカルフォルニア
     州は、法律によって、これら児童性的虐
待者の責任を問うことを求められているものである。
     被告ものみの塔は、犯罪者達が、引続き子供達の監督の地位に留まるならば、犯罪
     繰り返すであろうと知りながら、原告に対してこれら犯罪者達を擁護し、その職に置き
続けた。   
     このように、知りながら犯した不作為の罪について、本法廷が提訴するのは
“第一修正の権利”
     を妨げることにはならない。  

     更に、被告ものみの塔が、被害者に沈黙を守るよう強要し、且つ児童性的虐待事件を警察に
     届け出ないように意図的に行動したことに対して、本法廷が提訴するのは、この
“第一修正の
     権利”を何ら妨げるものではない。  被告ものみの塔のこれらの行動は、
宗教上の理由に
     よるものではなく、会衆の他のメンバーに対して警告したり、虐待を警察
当局に届け出るなど、
     最低限度の対応を取ることを怠り、かつ会衆の子供達を監督する
立場に犯罪者を任命し続け
     た責任から逃れようとしたものである。※1

     ※1:2005年3月11日訴状p2-3「同様の訴訟全てにおける被告の抗弁申立に対する原告の反論」


   今や、法廷外の和解は終わってしまい、原告側の弁護士がものみの塔の汚いごまかしを、公開することはできないが、ここには
  これら提訴の内容を裏付ける多くの証拠書類があり、すべての読者は、読むことができる。この証拠は、かっては機密書類であった
  が、現在は公表されている裁判記録の中から収集されている。


   被告側は、エホバの証人の会衆の通信文や書類を原告、被害者達や、原告側弁護士、そして何よりも重要なのは公共の注視の
  下に開示しないように、延々と法廷闘争を続けたのである。

  被告は、犯罪を隠し、エホバの証人の幹部が知っていることや、子供達を犯罪者から守るためなすべきことを何もしなかったことを、
  公開法廷で証言しないで済むように、法廷外での和解解決に持ち込むため、どんな手も使ったのである。


   以下の裁判記録に、原告カリッサ・Wとニコル・Dが、被告ものみの塔は、エホバの証人の性的虐待者から子供達を守るために
  何もしなかったと訴えている証言を載せたので、読んで下さい。  もちろん、この“被告Roe
※2”に対する訴えは、立証される前の
  ものである。


   ※2 Roeとは、すべての被告に対して付けられた名前である。 この時点では、被告の内、身元が確認されていない者
      がいたため。


     ニコル・Dに対する虐待
     「被告“ROE”の代理人、エドワード・ヴィルガスは、少なくとも1972の初めごろから、長老の
     立場を利用して、”ROE”被告の監督下にあった子供達に性的に虐待する意図をもって近
     づいた。
     同じ期間、同じく被告“ROE”の代理人、エドワード・ヴィルガスは、長老の立場を利用して
     被告“ROE”の監督下にあった他の子供達を、性的に虐待した。
     1978年ごろ、エドワード・ヴィルガスは、長老であり、被告“ROE”組織の指導者である立場
     を利用して、被告“ROE”組織の監督下にあった子供である原告ニコル・Dに近づいて、性的
     な虐待に及んだ。   原告ニコル・Dは、性的に虐待された当時、7歳であった。  
     エドワード・ヴィルガスは、被告“ROE”組織の指導者として与えられた権威を利用して、原告
     ニコル・Dにオラル・セックスを強要した。
     原告ニコル・Dが両親にこの性的な虐待のことを話したとき、父親は直ちに被告“ROE”の指
     示に従って、被告の長老達ROE 9に報告した。 “ROE”被告は、エドワード・ヴィルガスを個
     人的に叱責したが、彼の責任を問うためのそれ以上の手を打つこともなく、又、エドワード・
     ヴィルガスの監督下に子供を預けている両親、家族、及び会衆の他のメンバーに連絡するこ
     ともなかった。 従って、エドワード・ヴィルガスは引続き、与えられた権威を利用することが
     出来た。
      被告”ROE“は、20年以上の間、エドワード・ヴィルガスが、長老の立場を利用して、組織の
     保護下にある子供達に近づき、性的虐待や、身体的な虐待を行なっていたことを、知ってい
     たか、もしくは知りうる立場にいた。  しかしながら、”ROE”被告は、エドワード・ヴィルガス
     を地元の会衆の指導者の地位に置き続けて、地元の会衆の数多くの子供達の面倒を任せ
     たままの状態に置いた。   被告”ROE“の代理人(エドワード・ヴィルガス)は、それをいい
     ことに、組織内の権威を利用して、被告及び他の子供達に対し性的虐待を行なった。   
     被告”ROE”は、その代理人つまりエドワード・ヴィルガスが、被告“ROE”の庇護下にある
     子供達を性的に虐待していたこと、現在もしていることを、組織の内外に通告することは
     しなかった。  
     更に被告“ROE”は、若い被害者達を、この虐待から守るための対策をなんら講ずることもなか
     った。  それどころか、被告“ROE”は、この事実を知りながら、原告側及び他の者には隠していた。     
     被告“ROE”は、性的虐待を助け、扇動し、認めていた。

     被告“ROE”は、彼らの代理人が、庇護を任せた子供達を、性的に虐待しているとの連絡を
     受けたとき、この問題を取り扱う責任を引き受けた。   被告”ROE“は、被害者達の家族に
     対して、この問題を自分達に任せるようにと言った。  しかしながら、被告“ROE”は、この
     性犯罪を警察当局に届けることもせず、また、彼らが非常に危険な小児性犯罪者を子供達
     の面倒を見る立場にいる事実を、組織の他のメンバーに警告することもなかった。   
     彼らは、原告やその家族が性犯罪のトラウマにどう取り組んだらよいのか、また、専門家、
     その他できうる限りの助けを得ることに対して、積極的に阻んだのである。  
     被告“ROE”は、代理人エドワード・ヴィルガスの行為の責任を追及し、そして彼に自分の
     性癖にきちんと向合わせるための、適格な対策を何ら講じなかった。※3
     ※3 2003年7月24日に提出されたニコル・Dの申し立てのまとめと証拠写真、裏付証拠。

     カリッサ・Wに対する虐待
     1970年頃、原告カリッサ・Wとその母親ベティー・ホプキンスは、被告”ROE“の代理人エドワード・ヴィル    
     ガスとその妻マーサ・ヴィルガスを通じて、被告”ROE”の指示の下に置かれた。

     被告”ROE“は、新しく、エホバの証人に転向させる目的のために、ヴィルガスの家の外にある

     デー・ケア・センターを使っていた。  原告カリッサ・Wは、その当時1歳であった。  ベティー・
     ホプキンスは、新たにエホバの証人になって、彼女の娘、つまり原告カリッサ・Wを被告の庇護下に
     預けた。

     少なくとも1972年の初めごろから、被告”ROE“の代理人エドワード・ヴィルガスは、長老の地
     位を利用して、被告”ROE“の庇護下にある子供達に近づき、性的に虐待を行なった。
     1972年頃、被告“ROE”の代理人エドワード・ヴィリガスは、原告カリッサ・Wを性的に虐待した。
     とりわけ、エドワード・ヴィルガスは、彼女の性器を撫で、指をワギナに入れ、そしてオラル・
     セックスを強要した。  その当時、彼女は3歳〜4歳であった。
     その後、12年〜13年にわたって被告“ROE”の代理人エドワード・ヴィルガスは、長老という
     指導者の立場を利用して、被告の庇護下にあった原告カリッサ・Wを性的に虐待し続けた。

     原告の立場は、被告の組織内においては、小さなものであり、一方、エドワード・ヴィルガスは
     被告”ROE”の中では、精神的指導者としての権威によって、原告他の者たちを管理し影響
     を与えることができた。  被告”ROE”は、エドワード・ヴィルガスを権威ある立場におくことによって、
     原告や他の者に性的虐待を行なうことを可能にした。  そして、その虐待の事実を積極的に
     隠し続けた。  被告団の各メンバーは、それぞれの立場を利用して、エドワード・ヴィルガス及び
     その他指導者が、これら小さなもの達を性的に虐待し、搾取すること、さらに被告“ROE”の組織内
     に起きている性的虐待の事実を隠し、隠蔽することに加担し、また教唆・扇動した。


     20年以上もの間、被告”ROE”は、代理人エドワード・ヴィルガスが、組織に置ける責任ある立場を
     利用して、組織の庇護下にある子供達に近づき、性的に虐待していたことを知っていたか、もしくは
     知りうる立場にあった。  しかしながら、被告“ROE”は、エドワード・ヴィルガスを地元の会衆の
     指導者の立場に置いたまま、被告“ROE”の地元会衆の多くの子供達の面倒を見る地位に
     置き続けた。   そして、被告“ROE”の代理人エドワード・ヴィルガスは、組織における
     権威を利用して、原告やその他の者を性的に虐待した。

     被告“ROE”は、その代理人エドワード・ヴィルガスが被告”ROE”の庇護下にある子供たちを
     性的に虐待しているという事実を誰にも届け出ることをしなかった。
     被告はさらにこれら小さな被害者達をエドワード・ヴィルガスの虐待から保護するための手を打つ
     事をしなかった。

     それどころか、原告やその他の者からの訴えを知りながら隠していた。  被告“ROE”は、性
     的虐待を手助けし、そそのかし、且つ認めたのである。 

     被告“ROE”は、その代理人が、組織の庇護下にある子供たちを性的に虐待したという報告を
     受けた時に、この問題を取り扱う責任を自ら引き受けた。  彼らは被害者達の家族に対して、
     被告”ROE“にこの問題を任せるように言った。   しかし、被告”ROE“はこの性的虐待の事実
     を司法当局に届けもせず、また組織の他のメンバーに対して、子供達を指導する責任ある立場
     に、危険な性的虐待者がいることを警告もしなかった。

     彼らは、原告やその家族が性犯罪のトラウマにどう取り組んだらよいのか、また、専門家、その他
     できうる限りの助けを得ることに対して、積極的に阻んだのである。  被告“ROE”は、代理人
     エドワード・ヴィルガスの行為の責任を追及し、そして彼に自分の性癖にきちんと向合わせる
     ために、適切な対策を何ら講じなかった。※4


     ※4 2003年7月24日提出の事実認定命令P4-5にある、カリッサ・Wの証拠写真、裏付証拠
       の
メモ参照

     本件については、原告の訴えは、被告の代理人エドワード・ヴィルガスが原告を性的に虐待して
     いた事実によって、確証された。  彼は他の子供達にも性的虐待を加えていたが、それは、
     被告の知るところとなった。  しかし、被告は、エドワードを叱責する事もせず、彼が原告や他
     の子供達に対して性的虐待を続けるのを放置していた。  被告は、エドワード・ヴィルガスの
     管理下にある子供達を守るために、他のメンバーに警告することもしなかった。 更にエドワード・
     ヴィルガスは、ナパ郡において、多くの性的虐待を犯していた。 訴訟番号CR17623 ※5


      ※5 同一箇所P8参照


   カリッサ・Wとニコル・Dの訴訟の後まもなく、2003年7月24日にカルフォルニア州の最初の18件の訴訟が、原告側の弁護士から
  提訴される予定であったが、被告側の弁護人は、“原告側は
法廷に、聖職に関わる問題、宗教的教義の解釈や、信仰上の慣行
  の問題を許しがたいほど、巻き込むものであって、この提訴を禁止すべきである“との、要請状を裁判所に提出した。

  これに対する裁判長の決定は、“分かり易く簡単に言って、「そうではない」”、更に加えて“被告は、憲法上の第一修正の権利を、
  これらの訴えを隠すために使うべきではない。  被告が言うこれらのケースは、いずれも提訴以外の手段によっては、語り得ない
  ものである。   原告側が、関係法規を徹底して検証した結果から明らかなように、本法廷は、憲法上の自由行使の条文に関わる
  ことなく、原告の主張を聞くことができるものである。  
  よって、被告側が、原告の主張は憲法の第一修正条項による情報非開示の権利に反するから禁止すべきであるという異義申立て
  は、これを却下する。※6


   ※6 2003年12月2日付、2003年12月17日承認済のカルフォルニア州ナパ郡上級裁判所判事W.スコット・スノードン
     署名の召喚状無効申請書に対する却下命令を参照。


   このハードルが克服されると、法廷闘争は3年間にわたって激しく行なわれた。  この期間に更に多くの訴訟が被告側に対して
  提訴された。  しかしながら、2007年2月に法廷外の和解による解決の時点まで残ったのは、7件であった。

  裁判記録を見ると、2006年10月にサン・ディエゴにおいてカルフォルニア州での7番目の訴訟、これは被告にとって特別に呪うべき
  内容であったが、これが提訴された頃から、法廷外の和解による早期の解決を求める動きが水面下で始まっていた。  
  当局は、犯罪者、会衆の奉仕の僕は、終に司法当局に明らかなものになり、FBIの最重要指名手配者のリストに載ったと発表した。

  サン・ディエゴ訴訟が起された時までに、被告側の弁護人は、その年、夏頃から和解の話合いを行なっていたが、カルフォルニア州、
  ナパ郡の公判予定日2007年4月3日が迫っていることから、和解解決に向けての話合いを集中的に行なった。




  3.関連事件の背景
   元々、原告側の弁護人である在サクラメントのノーラン・ソール・ブレスフォールド法律事務所、在テキサス州フォート・ワースの
  ラブ&ノリス法律事務所、在テキサス州ヒューストンのケニス・フィビッチ&ハーレー・ハンプトン法律事務所は、カルフォルニア州
  北部の各郡において、原告に代わって17件の訴訟を提訴していた。  被告は、ものみの塔聖書冊子協会ニューヨーク・INC、
  ものみの塔聖書冊子協会ペンシルバニア・INC,及び、カルフォルニア州各地のエホバの証人会衆であった。

  その後、原告側の弁護士は、その内の5件を自発的に取り下げた。  
  それは、2004年5月に各法律事務所が相互に協力するため協議の結果、原告にとって、利点がないと判断されためである。 
  まもなくして更に6件の訴訟が自発的に取り下げられて、結果、カルフォルニア州ナパ郡の裁判所に提訴されたのは6件の訴訟
  となったのである。 ※7


   ※7 2006年11月26日付で提出された原告側の追加訴訟案件との共同審理申し立てに対する被告側の反対意見を参照。


   2004年8月31日、ヨロ郡上級裁判所の判事トーマス・E・ワリナー氏は、原告側の案件共同にかかる申立の聴取を行なった。  
  議論になった一つは、共同することによって、被告側の性的虐待の事実解明の過程を無視する可能性になりはしないかという点で
  あった。  2004年9月3日、ワリナー判事は、原告の申立を認めて、ナパ郡を、共同訴訟の管轄裁判所と指定した。  
  それから以降、6件の訴訟は、一番早く提訴された「カリッサ・Wとニコル・D対ものみの塔聖書冊子協会ニューヨーク・INC及び同一
  グループ 訴訟番号:26-22191」の名称で受理された。  
  この6件の訴訟は、同時に共同訴訟手続評議会(JCCP)番号4374と指定され、その内、2件がトラクトT、それ以外の4件が
  ノン・トラクトTと指定された。


  6件の訴訟は、10人の別々の原告が北カルフォルニアの6つのエホバの証人会衆に属する5人の犯人を訴えるものであった。

  2006年5月8日、原告と被告との間で非公式に和解交渉が行なわれたが不成功に終わった。
  これは、カルフォルニア州テハマ郡のティム・Wの訴訟番号52594、そして同じくカルフォルニア州ヨロ郡のダニエル・ウエスト、
  シェーン・ペンスそしてアンバー・ペンスの訴訟番号CV03-1439であった。  
  同じ月、原告は、本件については、ヨロ郡のウエスト/ペンスの第一回目公判に、預けるのが最も適切であると示唆した。 
  公判は2006年の終りか2007年初めに開かれるよう要請された。 
  3人の原告は、弁護人によって、証言録調書を作成し、また証人の証言録作成も完了していた。

  そして、残る証言録調書の作成も2006年夏までに完了するように手配された。
  加害者のティモシー・シルヴァは、見つからず、すでに死亡したものと思われた。   その時に、テハマ郡のティム・Wの公判は
  2007年4月に行なわれるよう要請された。  そして同じくテハマ郡の別件、訴訟番号52598:ジュリアヌ・ウインバリー・ガティエレズ
  とヨシュア・ウインバリーの公判は2007年6月に開くことで検討された。   
  その年5月に、原告はこの公判が別々に行なわれることに同意した。※8


   ※8 ナパ郡上級裁判所、訴訟番号26-22191の公判日決定の申立、2006年5月24日受理  


  ものみの塔「聖職者秘密特権」論争に敗れる。
   公判日を決定するまでの道のりは容易なものではなかった。  いつものことであるが、被告側は、原告の訴えに対して無罪を
  主張して多くの異議申立を申請する。  初めの頃、被告側は、書類の提出を拒否するため、「聖職者秘密特権」を認めるよう主張した。    
  しかしながら、2005年9月29日に、裁判所は被告ものみの塔とエホバの証人の審理委員会との間の連絡・交信は、聖職者秘密特権
  には当てはまらないとの決定を下して、被告側に、原告側に書類を提出するように命令した。


     <裁判所の資料>
     訴訟番号:26-22191
       共同訴訟手続評議会(JCCP)番号:4374
     書類作成提出命令の申立についての決定

     書類作成提出を求める原告側の申立が2005年8月31日に提示された。
     本法廷はその内容を読み、検討し口頭での議論を聞いた上で、これを受理し、以下の通り、決定した。

     原告側が要求した書類作成提出に関する申立は、一部において認める。 
     続いて、一部の書類については、弁護士と依頼人との間に限るものとする。

     被告側は、原告の書類作成提出要求に対して、多くの反対意見を提示したが、原告側の
     要求に対して2つの異議を申し立てているに過ぎない: 聖職者の秘密特権と弁護士・依頼人の間の
     秘密特権であって、本法廷は以下において、詳細を述べる。

     他の異議については、被告が本訴訟上の問題としておらず、本法廷は、これらの異議を理解できない。 
     要請された開示要求は、広すぎることなく、適切である。 そして、1976年
東セルビア正教ディオセス対
     ミリヴォジェヴィッチの判例426(合衆国696)によって禁止され
ているものではない。

     1.聖職者秘密特権
     証拠コード番号1032
         この章において、“聖職者の通信”とは、信者と聖職者との間のみで秘密裏に行なわれるもので、
     聖職者の知る限り、第三者のいない場において、教会、宗派、団体の修養、礼拝の過程において
     行なわれるものである。 聖職者は教会の規律、教義の下で聞くことを認められているか、もしくは
     聞くことを習慣としているもので、聖職者が聞いた内容について秘密を守ることが義務付けられて
     いるものである。


     被告は、原告側が要求したいくつかの書類について、証拠コード番号1032にある聖職者秘密特権
     によって保護されているという理由によって、提出要求を拒否した。

     本法廷は、虐待容疑で告発された者と審理委員会の間の通信に対して、この特権は適用されない
     と判断する。   原告、被告から提出された証拠によれば、この審理委員会にて
行なわれた通信は、
     聖職者特権の範疇には入らないことは明らかである。   

      
     第一に、審理委員会の目的は、犯した罪が、排斥という罰則に当るものであるかどうかを調査するもの
     であることは明白である。  これは、原告側から提出された証言抜粋からだ
けでなく、被告側が原告
     側の証言に異議を唱えるために提出した刊行物「ものみの塔」
によっても、確証される。
     (“審理委員会は、排斥の対象となるような大罪が犯された場合にのみ行われる”P18)

     第二に、審理委員会は、秘密を守る義務の下に行なわれてはいないことから、聖職者秘密特権には
     該当しない。  事実、提示された証拠によれば、審理委員会は、児童に対する
性的虐待事件につい
     て聴取した内容をものみの塔本部に報告するように求めている。
      
     聖職者秘密特権は適用されないため、被告は、以前、この特権を主張して作成提出を拒んだすべて
     の書類を、20日以内に提出しなければならない。


     2.弁護士・依頼人秘密特権対象文書:
     被告が作成提出を拒んでいた書類については、弁護士・依頼人の関係に基く秘密特権によって
     守られている。  原告も本法廷も、秘密特権対象記録一覧表なしでは、充分に
異議を唱えることは
     できない。  被告は、原告に対して秘密特権対象記録一覧表を10日
以内に提出しなければならない。

     その後、原告は証言証書の補足を10日以内提出すること。  本法廷は、本件について、書面で決定
     を下す。

     判事レイモンド・A・ガダニ 2005年9月29日※9

       ※9  2005年9月29日付け書類作成提出要請申立に対する決定

   被告は、その意向に反するが、裁判所の命令に従って、2つの秘密特権対象記録一覧表、一つは被告であるカルフォルニア
  州北会衆のために、もう一つをものみの塔のために用意した。※10


       ※10 両方とも、マリオ・F・モレノの証言の付属書類として証拠書類A,Bとして2005年10月19日に提出され、
           受理された。


     <被告ものみの塔側の資料>
     被告エホバの証人北会衆、レッド・ブラフ・INC(以下“北会衆”と略)は、以下の通り、秘密特権対象
     記録一覧表を提出する。


     要請番号3:聖職者―聖職従事者―聖職者秘密特権対象文書一覧表と証拠番号 コード1030他

     1.1981年1月21日付けアッパー・レイク会衆の長老から北会衆の長老あての手紙
     2.1988年11月23日付け、S-53b様式によるサービス部(ものみの塔本部)長老から
       カルフォルニア州レッド・ブラフのすべての会衆の長老への報告
     3.1994年12月1日付け、S-77様式による北会衆審理委員会の長老からサービス部
       長老への報告
     4.1994年12月1日付け、S-79b様式による北会衆審理委員会の長老からサービス部
       長老への報告
     5.1994年12月1日付けの北会衆長老からサービス部長老に当てられた手紙
     6.1994年12月3日付けの北会衆長老からサービス部長老に当てられた手紙
       (この手紙はオレゴン州クラフマイヤー訴訟のファイルにあった)
     7.1998年10月2日付け北会衆長老からカルフォルニア州コットンウッド、東会衆の長老
       宛ての手紙
     8.1988年10月16日付け、巡回監督からサービス部長老あての手紙
     9.2002年12月31日付け、ジェームス・ヘンダーソンから北会衆長老宛ての手紙

     要請番号3:弁護士―依頼人関係に係る秘密特権対象一覧表

     1.1995年7月11日付け、ものみの塔法務部ニューヨークから北会衆長老宛ての手紙
     2.ものみの塔法務部から北会衆長老宛ての日付けなしの手書きの法的助言のメモ
     3.1995年11月20日付け、ものみの塔法務部ニューヨークから北会衆長老宛ての手紙
     4.1996年6月6日付け、ものみの塔法務部ニューヨークから北会衆長老宛ての手紙 ※11
           ※11 証拠A、2005年9月24日付け被告北会衆の特権記録

     被告ものみの塔聖書冊子協会ニューヨーク・INC(以下“ものみの塔NY”)は以下の
     秘密特権対象記録一覧表を提出した。

     要請番号27(d): 聖職者―聖職従事者―聖職者の秘密特権対象記録一覧表及び
     証拠コード番号66 1030他

     1.1988年10月16日付け、巡回監督からサービス部長老宛ての手紙
     2.1988年11月23日付け、S-53b様式によるサービス部長老からカルフォルニア州
       レッド・ブラフにおけるすべての会衆長老あて(手紙)
     3.1994年12月3日付け、北会衆長老からサービス部長老宛ての手紙

     要請番号27(i): 聖職者―聖職従事者―聖職者の秘密特権対象記録一覧表及び
     証拠コード番号66 1030 他

     1.1994年12月1日付け、S-77様式による北会衆審理委員会の長老から、サービス部
       長老宛の(報告)
     2.1994年12月1日付け、S-79b様式による北会衆審理委員会長老からサービス部長老
       宛ての(報告)
     3.1994年12月1日付けの北会衆審理委員会長老からサービス部長老宛の手紙
     4.1994年12月26日付けの巡回監督からサービス部長老宛ての手紙
       (これはオレゴン州クラフトマイヤーの訴訟記録の中にあった)

     弁護士―依頼人間の秘密特権対象文書一覧表

     1.1995年7月11日付け、ものみの塔NY法務部から北会衆長老宛ての手紙
     2.1995年11月3日付け、ものみの塔NY法務部からカルフォルニア州ウキア
       東会衆長老当ての手紙
     3.ものみの塔NY法務部から北会衆長老宛ての日付なし手書きによる法律的上の助言メモ
     4.1995年11月20日付け、ものみの塔NY法務部から北会衆長老宛ての手紙
     5.1996年6月6日付け、ものみの塔NY法務部から北会衆長老宛ての手紙 ※12
         ※12 証拠物件B 被告ものみの塔聖書冊子協会NY・INC 秘密特権対象文書一覧表2005年9月24日受理

  被告は1年にわたり、裁判所の命令に異議をとなえて従わず、最終的にカルフォルニア州、第一控訴地区の控訴院に
  提訴した。


     <被告ものみの塔側の資料>
     ルーディーとビル:今朝送ったE-メールに続いて、以下の通り通知する。
     ものみの塔ペンシルバニアは、個人の利益に反する裁判所の命令に従わないよう決定
     した。  本件の回答について断固として防御するため、本件を覆すために提訴するも
     のである。  ものみの塔ニューヨークと北会衆は、聖職者―聖職従事者―聖職者
     秘密特権問題に係る2件の裁判所決定・トラックTの事案について、提訴して見直しを求
     めるよう申請する決定を下した。  よって、私は2005年10月19日(水曜日)午後1時
     30分に、聖職者秘密特権の対象となる書類の作成提出を求める裁判所の命令に関して、
     ナパ郡の裁判所に一方的に提訴する。  ナパ郡裁判所の担当部は指定されていない

     が、B法廷ないしはC法廷であろう。  私が30分前に事務局に確認したところ、どちら
     の法廷でも取扱い可能とのことであった。  感謝  ボブ・シュナック※13

        ※13 2002年10月15日付け、ロバート・J・シュナックから、ルディー・ノレン/ウイリアム
       ブレスフォールド宛てのファックス    

   以下は、2006年6月28日付けで、カルフォルニア州控訴院に対して、被告が提出した書類提出命令に対する差止の提訴理由
  である。   これは、差止命令申請からの抜粋である。

  続いて“問題”は、同じく抜粋された「関連事実の時系列による一覧表」である。  
  被告側からの視点から見た事実関係の時系列一覧表は、読者の理解に役立つであろう。


     <被告ものみの塔側の資料>
     この申請が問題としているのは、第一審裁判所が誤って、強制命令を出したかどうかと
     いう点である。  強制命令を出したのは、第一審裁判所の裁量権の乱用にあたると
     考えられる。  なぜなら、提出要求のあった書類の開示は、第一に、聖職者秘密特権
     によって禁じられている。 第二に合衆国憲法の第一修正事項によって禁じられている。
     第三に、合衆国憲法並びにカルフォルニア州法に定める自由執行条項によって禁じら
     れている。※14

         ※14 カルフォルニア州控訴院、第一審地区、申請者:ものみの塔聖書冊子協会ニュー
          ヨーク及びカルフォルニア州レッド・ブラフ、エホバの証人北会衆、
          受理者:カルフォリニア州ナパ郡、カルフォルニア上級裁判所ティム・W
          差止命令申請、署名者:ロバート・J・シュナック、付属書類:要点と権限について
          のメモ。 書類日付:2006年6月28日

     <被告ものみの塔側の資料>
     事実関係の時系列
     このトラックTの事案は、共同被告人のティム・W在住のジェームス・ヘンダーソンによる
     性的虐待容疑に基くものである。  これは、10年以上前の出来事であり、又、同じく
     共同被告人のウインバリー在住のアルヴィン・ハードの事件については、24年以上も
     前の出来事である。

     2003624日、原告は被告教会(ものみの塔)に対して、それぞれ、ジェームス・ヘン
     ダーソン及びアルヴィン・ハードが犯した児童に対する性的虐待の事実を知りながら、
     それを開示せず、また届け出もしなかった容疑について被告の教会(ものみの塔)を提訴した。

     2005115日、原告は被告の教会(ものみの塔)に対して書類提示を求めた。
     とりわけ、求められたものは、ヘンダーソン及びハードが別々にエホバの証人会衆の
     中で聖職者に対して行なわれた悔い改めという秘密の霊的な会話の記録であった。

     200545日、被告の教会(ものみの塔)は、原告が要求しているものの一部は
     聖職者秘密特権および弁護士・依頼人特権に基いて秘密が守られるべきものである
     という理由から、異議をとなえた。

     2005729日、原告は、これらの書類は、聖職者秘密特権にも弁護士・依頼人秘密
     特権にも該当しないとして、強制提出命令を申請した。

     2005819日、被告の教会(ものみの塔)は、要求された書類は、特権及び憲法
     によって機密が守られるものであると主張して、強制提出命令に異議をとなえた。
     強制提出を求められた問題の書類は、悔改告白者ジェームス・ヘンダーソンと任命され
     たエホバの証人の長老との間、及び悔改告白者アルヴィン・ハードと任命されたエホバ
     の証人の長老との間において行なわれた霊的な会話に関するものである。

     2005929日、第一審裁判所は原告側の主張を一部受け入れ、被告の教会(も
     のみの塔)に、聖職者秘密特権に基いて、開示を拒んでいたすべての書類を提出する
     よう命令した。  第一審裁判所は、被告の教会(ものみの塔)が主張していた、弁護士
     ―依頼人秘密特権を主張していたすべての書類に関する一覧表を作成し提出するよ
     う命令した。  これについて原告側の証拠提出申立の権利を留保した。

     20051024日、第一審裁判所は、被告の教会(ものみの塔)に対して、控訴院に
     対する提訴が受理されるまでの期間、書類の提出を猶予することを認めた。

     20051122日、第一審裁判所は、上記の書類提出猶予の期限を2006428
     までの延長を認める簡易申立を受理した。


     200651日、第一審裁判所は、さらに書類提出期限を、2006630日まで
     延長する申立を受理した。

     救済の根拠
     この提訴が問題としているのは、第一審裁判所が書類の提出命令を出したことは、誤りで
     はないかということである。
     第一審裁判所の命令は権利の乱用である。 なぜなら、提出を要求された書類は、第一に、
     聖職者秘密特権によって、第二に合衆国憲法の第一修正条項によって、そして第
三に、
     連邦政府並びにカルフォルニア州法の自由執行権によって開示を禁じられて
いる。

     他の救済手段の欠如
     第一審裁判所のこれら秘密特権対象文書の提出命令に対する、唯一の救済手段は、
     問答方式による見直しだけである。 なぜなら、“一度、秘密特権対象文書が開示され
     ると、まさにその開示そのものがもたらす損害を救済する手段はないからである。“
     (韓国データ・システム会社 対 上級裁判所判例、1997 51カルフォルニア、控訴院
     第4法廷1513,1516

     嘆願
     被告の教会(ものみの塔)は、本法廷に以下の通り嘆願する。
     1.上級裁判所に対して、2005929日付けで原告の主張に沿って出された、被告
       対する書類の強制提出命令を取り消すか、もしくは何故、書類提出を強制すべきではないか
       の根拠を示すよう命令する令状の発行を要請する。  さらに、令状が返却され次第、
       上級裁判所に対して、
2005929日付けの原告の主張を認めた書類提出命令の取消
       もしくは凍結を求める強制執行命令もしくは、被告の救済を保証する書類提出命令の執行
       猶予命令を出すよう嘆願する。

     2.本嘆願者/被告の教会(ものみの塔)に対し、カルフォルニア法廷手続規則564規定
       に基き、費用の裁定を要請する。

     3.その他、適切で妥当と思われる救済措置を要請する。※15
       ※15 同書


   被告が要請したこの取消命令は、2006年7月6日に、拒否され、2006年10月16日に至って、下級裁判所が再度、
  本訴訟を取り扱うこととなった。


     <裁判所の資料>
     訴訟番号:26-22191
     共同訴訟手続評議会(JCCP)番号:4374
         事実認定の書類提出命令について

     2006年10月13日、本法廷は原告側が被告側に要求した書類提出に関する申立
     について聴取を行なった。
     本法廷は書類提出要求を読み、又、支持する意見、反対する意見をそれぞれ検討し、
     又、口頭弁論を行なった結果、以下の通り決定した。

     原告側によって提出されたウッドランド長老に関する宣誓証言/保全命令の要請
     (申立#1)
     被告ものみの塔は原告に対して、4人の長老達の宣誓証言に当っては、聖職者秘密
     特権を発動すること、そして“審理委員会及びその調査内容についての質問には、
     どんなものであれ“反対すると通告した。  原告は、彼ら(4人の長老)が法廷の前に
     証言すること、そして質問に答えることを求める裁判所命令を要求した。

     本法廷は、以前、トラックTの訴訟について、性的虐待容疑者と審理委員会との間
     に行なわれた会話については、聖職者秘密特権は適用されないとの決定を下した。
     2005年9月29日の裁判所決定を参照)
     この決定は、トラックT以外については、強制力はないが、被告は、裁判所に別の判断を
     下すほどの信憑性のある証拠を提示することが出来なかった。

     よって、以前の決定に示されたように、本法廷は、ものみの塔が聖職者秘密特権を主張
     することはできないと決定するものである。  書類提出命令の内容に従って、被告は、
     書類をその日付を考慮することなく、作成し提出しなければならない。  
     原告が指摘したように、性的虐待の犯行の日以降の書類が、関連の情報を含むものであると
     思われる。  これらの理由により、原告の申立#1は認められた。



     原告側のPMKの宣誓証言執行と書類提示を求める一般申立#2
     原告側は、いくつか特定の問題について被告ものみの塔の最も知識のある長老(PMK)の
     証言を要求した。  被告はやはり聖職者秘密特権を理由に6つの分野についての質問に
     答えることに異議をとなえた。  上記の理由により、又以前の本法廷の決定により、
本法廷は、
     これらの質問に答えることは、聖職者秘密特権に該当しないと判断する。

     被告側は、更に児童性的虐待事件より後の書類は関連性がなく、更なる証拠書類の
     発見につながらないと主張し、提出書類の範囲について異議を申し立てた。
     上記のごとく、本法廷は、これら書類は発見できると判断し、原告の申立てた申立#2
     認めるものとする。



     原告側のPMKの宣誓証言の執行と書類提示を求める申立#3
     原告は、エホバの証人の組織が持っている1970年から現在までの児童性的虐待の証拠
     および容疑者の取扱いについてすべて“について、最もよく知っている者(PMK)の証言を
     要求した。  最もよく知っている者(PMK)ブロー氏は、証言の中で、これらの事については、
     彼が働いていたサービス部よりも、むしろ法務部が取り扱っていると証言した。  
     よって、彼は、答えるのに充分な情報を持ち合わせていないと言った。


     従って、原告は以下の調査を要求した。 (1)法務部の組織、スタッフ、業務内容は何か。
     (2)エホバの証人の組織内における児童性的虐待容疑の調査、回答に関わる法務部の役割は
     何か。 (3)“児童虐待電話メモ”なる書式が、児童性的虐待の情報を得て、記録するために
     作成されたと言われるが、その書式が作られたいきさつとその使い方は何か。 
     (4)児童性的虐待容疑に関して法務部の指導下にある記録は何か。 
     (5)電話メモに含まれている“質問事項”に対する回答はどんなものがあるか。


     被告は、それらの質問は弁護士-依頼人秘密保持または作成者特権の秘密保持義務によって
     守られていて、答えられないとの回答であった。  これに対し、原告は(1)、(2)の質問について、
     守秘義務特権を侵害するような内容開示を要求しているのではなくて、あくまで組織の方針とその
     実施がどうなっているかに関心があるに過ぎないと反論した。  
     (3)と(5)の質問は、(電話メモの)様式が存在することを知っており、これは、原告の訴えの
     核心部分に触れる部分であり、原告は白紙のメモに関する情報が必要であると主張した。  
     最後に(4)については、原告は守秘義務特権を侵害するつもりはなく、法務部によって記録され、
     保管されている情報に関わる一般的な情報を求めているに過ぎないと主張した。


     本法廷は、(1)、(2)及び(4)については、弁護士-依頼人秘密保持特権あるいは作成者秘密
     保持特権をなんら侵害することなく、法務部の組織、機能、方針に関わる一般的な情報を求めるもの
     であるという原告側の主張を認める。  一方、(3)及び(5)については、保護さるべき情報を求めて
     いるものである。  教会(ものみの塔)の弁護士の宣誓に述べられている通り、電話メモは、弁護士
     およびその助手が、会衆の長老たちからの報告に基いて、法務部の依頼人である長老に対する
     法的な助言を与えるために記入されるものと考えられる。  同様に“質問事項”の記入内容から
     集められた情報も、弁護士の作成物と考えられ開示はできないものと考えられる。


   以上の理由から、裁判所は、(1)、(2)及び(4)について原告側の主張を認め、一方(3)及び(5)については却下した。

  2006年10月16日付けレイモンド・A・ガダーニの判決

   以下は、読者が原告の見解をご理解頂くためにここに提示したものである。 これは裁判所が引続き事実関係を明らかにする
  ようにと命令を下した後、2006年末までに起きた事実を要約したものである。  この時点において、原告側の弁護士は、7件目の
  訴訟、サン・ディエーゴの件であるが、これをナパ郡の法廷に共同訴訟案件として提訴した。


     <原告側弁護人の資料>
     トラクトTの訴訟は、公判が始められる状況になった。  第一回目の公判は2007年43日の開始
     と決定された。   この公判のためにさらに多くの事実関係の解明が必要
であったが、相当の事実が
     明らかにされた。


     ノントラクトTの訴訟については、事実認定の初期段階にあった。 その内、一つの訴訟
     について原告の証言が行われた。  他の3件の訴訟については、証言は予定されてい
     なかった。 これらの訴訟について一人の証人の証言が行われた。 原告、被告側の両
     間で、最初の事実認定の証拠の交換が行なわれた。

     ノントラクトTの訴訟については、まだ長老(各会衆を監督する立場の個人)の証言はま
     行なわれていなかった。  ノントラクトTの訴訟についても、事実認定が行なわれてお
り、
     一つの行動がきっかけで、急速に事実認定が進むことが予想された。


     得られた情報、調査及び確信するところによると、事実認定と法律の定めによる行動は
     以下の通り:
     多くの加害者はすべてエホバの証人で、それぞれ会衆の指導的な立場にあり、会衆の
     メンバーに対して責任を持っていた。 そして各自は、それぞれ状況は異なるが、極悪非道の
     行いをなした。 すべての場合において決定的であるのは、これら加害者達の児童
性的虐待の
     事実が、その王国会館の他の指導者達の知るところとなり、そしてその情報
が更に組織の内部
     に広まったことである。


     すべてのケースに共通しているのが、いずれの場合も教会(ものみの塔)の責任者の決定に
     よって、犯罪が警察当局に隠されていたことである。  また、すべてのケースに共通
している
     のが、組織内部においてこの犯罪者と相談して、その犯罪行為を内部的に処理
するよう
     組織的な決定がなされていたことである。

     またすべてのケースに共通しているのが、会衆内の指導者の一人が会衆の仲間の子供達に
     対して憎むべき行為を行なった性犯罪者であることを、会衆の他のメンバーに言わ
ないように
     との決定が付随してなされていることである。 

      
     すべてのケースに共通しているのは、会衆指導者の立場にある性犯罪者が、その犯罪
     事実が知られるようになった後においても、会衆メンバーの子供達に対して性的虐待を

     続けたということである。
     すべての訴訟に共通して、法令違反―法令違反による指導者の任命、地位保全、
     監督義務違反; 重大なる過失―故意による不法行為; 受託義務違反からなる違法行為を
     主張している。  また、幾つかの事案では、詐欺―故意による虚偽陳述; 詐欺―隠蔽;

     陰謀; 故意による精神的苦痛の加害等を主張している。
     これらの問題がすべての件において顕著な特徴である。  弁論は多くの場合において、
     これらの主張によって試練に立たされ、共同訴訟法廷の判事は、様々な有罪理論と訴訟の
     理由について判断を下した。


     訴訟は複雑である:被害者は性的虐待に起因するトラウマによる精神的・心理的苦痛を訴えた。 
     これらの苦痛や傷害は個々によって、複雑かつ個人的なものであったが、他の不法行為によって
     もたらされた苦痛や傷害には見られないものであった。 これらが複雑であるのは、事件の件数が
     多いこと、エホバの証人の信仰という環境の中での家族関係
そして組織のメンバーに対する
     管理・影響力などが関係している。

     このカルトは、教会(ものみの塔)の指導に服することを要求し、もし従わない場合、組織から
     追放されるという恐怖感を植えつけている。  この事実が、これらの訴訟を何年も長引かせること
     になり、またこの長期化によって、多くの罪のない子供達がさらに傷つくことになってしまっている。  
     なぜなら、この訴訟は、宗教団体が関係していて、通常の不法行為には見られない憲法解釈上
     の固有の問題を含んでいる。


     一法廷において一人の判事によって、これら共通の問題の審理を行なうことは、
     (1)訴訟材料を有効に活用すること (2)重複事項の回避、一貫しない決定、命令及び判決を
     回避すること (3)解決可能性が高くなること:多くの裁判官や職員、多くの電話交信、長くて複雑な
     陳述、時間のかかる法律、証言聴取による時間的浪費が回避できること等の効果がある。  
     同じような訴訟に慣れた裁判官は、当然、手早く手続きを進めることができるし、個々の案件に
     費やす時間の無駄を省くことができる。

     当然の事ながら、複数の公判が行なわれると、特に個々の審理において同じ法律による申し立て
     が成される場合、多くの時間と費用が費やすことになる。  そして、本件に固有の憲法上の問題
     や事実認定に対して予想される異議などを考えると、複数の裁判官の場合は、違った意見が
     出されることは避けられない。  最も重要なのは、これらの訴訟は、略式判決を申請する対象
     となるということから、同一の陳述、同一の事情聴取は裁判に最も貢献するものである。

 
     裁判官が、事前申し立てに対して、異なる決定を下したり、一つの審理において証拠に対する
     異議が出される可能性はなくなる。  争点効(同様の訴訟において前訴の争点が、後訴の争点
     として優先すること)が適用されるか否かも、議論となるテーマであった。

     別々の裁判によって、複数の判決が出され、これに対して上告がなされると、多大な裁判手続き、
     費用、人員が費やされるが、一つにまとめられた裁判がなされるなら、これらのものは回避できる
     ことになる。


     共同訴訟の公判を行なうには、ナパ郡が最適である。  この郡は、原告の弁護士事務所及び
     被告の弁護士事務所とも、非常に近い場所にあるからである。   原告と被告のエホバの証人
     会衆が、すぐに行動できるという点からは、南カリフォルニアであるが、ニューヨークとペンシルバニア
     の被告(ものみの塔)の多くの同じ証言録調書は、南カルフォルニアにはなかった。 
     従って、新たな訴訟を、すでに提訴された共同訴訟に組み入れるには、両方の当事者とその
     弁護人の便宜をはかるにはよかった。  被告の弁護人は、この共同訴訟の連絡を受けたとき、
     原告側の弁護人に対して、この申立てに反対する旨、連絡してきた。
16

      ※16 訴訟Aをすでに共同審理となっている訴訟案件に追加するか否か、共同審理を判事に
          求める申し立てを支持するルディー・ノーレンの宣誓証言P1〜P4(2006年
10月30日受理)


   2006年末に判事が、サン・ディエゴの訴訟をカルフォルニア州ナパ郡の共同審理案件に含めることを許可したときには、
  7件の訴訟、14人の原告、6人の加害者、7つのエホバの証人の会衆が当事者となった。



  4.裁判記録:他の5件の訴訟

  グラフマイヤー 対 ものみの塔
   ジャレド・グラフマイヤーの訴訟は、2006年6月6日にオレゴン州において受理され、2007年2月に被告のものみの塔との間で
  法廷外の和解で解決された。

  グラフマイヤーの証言録には、カルフォルニアのジョセリン・A 対 ものみの塔聖書冊子協会ニューヨーク・INCの訴訟に関して、
  ジェームス・ウオルター・ウイットニーが行なった事実認定証言のように、多くの特徴的な証拠が含まれている。

  原告の弁護士は、グラフマイヤーの裁判審理において、ジョセリン・Aの証言を証拠として採用した。  この理由は、エホバの
  証人の審理委員会での長老による事情聴取はまったく霊的な性格をもつものではないことを証言しているジョセリン個人の証言
  を証拠とするためであった。  ウイットニーの証言録の一部はこの中に提供されているが、これを読むと本当に魅了される。  
  ウイットニーが、北カルフォルニアに住んでいた時に、性的虐待の被害にあったエホバの証人の子供達の人数は、数え切れない。
  

   間違いなく、原告の申立に添付されているこの証拠は、およそ5,000ページにわたるこの裁判記録のすべての書類の中で最も
  重要なものである。  これは、被告側であるカルフォルニア州、レッド・ブラフのものみの塔の代理人(つまり長老及び地区監督)
  と同じく被告であるものみの塔本部ニューヨークとの間で取り交わされた秘密文書である。


  アミー・B 対 ものみの塔
   アミー・Bの訴訟は2003年6月3日にテキサスにて受理され、2007年2月に、ものみの塔と法廷外の和解で解決された。
  加害者ラリー・ケリーは、エホバの証人の長老であった。  原告の弁護士によれば、ケリーは、1985年にテキサス州、デュマの
  エホバの会衆において、審理にかけられ懲戒処分を受けた。

  しかし、被告ものみの塔は、“すべてこのような事は、ものみの塔の組織内部で取り扱うという方針”によって、警察当局に対して
  この犯罪の事実を隠していた。

 
  
アミー・Bの裁判記録に中に、被告側の弁護士は、略式裁判を要求している記録があった。
  以下に添付した資料は、“略式裁判の証拠書類”で、被告ラリー・ケリーを含めて3人の宣誓供述書が含まれている。  
  これらは、アミー・Bの証言録から抜粋されたもので、彼女(アミー)は、2人の長老が彼女と両親を、王国会館の裏部屋に連れて
  いき、そこで“この件(性的虐待)については、噂をたてない方がよい。 すべては終わったのだ。 我々(長老)は、ここでの働き
  を続けなければならないのだ。”と言われたと説明している。  また記録の中には、アミーの医療機関での受診記録も含まれて
  いて、それには、彼女が8歳から13歳までの間に性的虐待を受けたことによる影響について詳しく書かれている。 


  ラリー・ケリーの証言録によれば、彼はアマリオ地区のTVパーソナリティーであった。
  彼のTV番組は幼児向けのものであった。   一時、彼は南西会衆の奉仕の僕であり、又デュマ会衆では長老であった。

  2004年3月29日、テキサス州、ポッター郡のパートル判事は、ものみの塔聖書冊子協会ニューヨーク・INC及び、ものみの塔
  聖書冊子協会ペンシルバニアに対してのみ、略式判決の申立を認めた。  しかしパートル判事は、被告が“聖職者秘密
  特権”によって書類の提出要求に対して異議を申立ている点については却下した。  
  判事は多くの点について、原告側を支持し、被告のエホバの証人のデュマ会衆及びアマリオ南西会衆に対して、原告が
  申立てた書類提出を行なうよう命令した。  


  2004年11月24日、原告の弁護士は、補足資料を提出して、すべての長老及びエホバの証人の役職者は、統治体の代理人
  の立場にいること、よってものみの塔聖書冊子協会ニューヨークとものみの塔聖書冊子協会ペンシルバニアが申立てた略式
  裁判は否定されるべきであると裁判所に要求した。

  これについて、ものみの塔財務部長代理のアレックス・レインミューラーの証言、およびものみの塔ペンシルバニア・INCの
  会長ドン・アダムスが1986年付けの宣誓供述書を含む証拠の一部がここには、含まれている。

  
  被告ものみの塔ニューヨークとものみの塔ペンシルバニアは、アミー・Bの訴訟について、もはや公式には当事者ではなく
  なっていたが、統治体は原告との間で、法廷外の和解で解決することを決定したのである。 ものみの塔ペンシルバニアは、
  リスク・マネジメント業務を行なっており、会衆を守るために、調査し、必要によってはクレームに対して任意に金を支払うことも
  その業務の内であった。   テキサス州のこの2つの会衆については、原告側の提示した証拠が強いものであり、ものみの
  塔は、アミー・Bの訴訟についても、2007年2月の法廷外の和解に含めるのが一番と明確に示したのである。


  リチャード・チャーチフィールド、レズリー・チャーチフィールドの夫婦と彼らの未成年の子供ティナ・L・チャーチ
  フィールドの後見人としてのレズリー・チャーチフィールド 

  
  ダニエル・スティーブン・フィッツウオーター、リン・フィッツウオーター;
  在エリントン、不明の団体、エホバの証人の王国会館;
  在ニューヨークの法人・ものみの塔聖書冊子協会ニューヨーク・INC.
  Xを通した私」(意味不明)
  この訴訟は1997年12月5日にネバダ州にて受理され、2000年1月26日に秘密裏に法廷外の和解にて解決された。
  
  ここには含まれていないが、多くの証言録が取られた。  原告の申立によると、被告ものみの塔は、同じく被告の
  フィッツウオーターが未成年の子供達に対して行なった悪事(性的虐待)を隠して、もみ消していた。  原告は、
  この虐待が受けた傷害の直接の原因であると告発している。


  
モーレイ
  
  エホバの証人北アルバニ・オレゴン会衆・INC;
  エホバの証人北ボテル会衆;
  ものみの塔聖書冊子協会ニューヨーク・INC他同一グループ

  この訴訟は2003年2月20日にオレゴン州にて受理され、2006年5月に、秘密裏に法廷外の和解による解決がなされて、
  2006年7月19日に訴訟が取り下げられた。


  原告の申立によれば、被告ものみの塔は、その奉仕の僕であった、故ドン・セルジャンが子供達に性的虐待を行なっていた
  事実を30年間の長きにわたり、知っていた。  この訴訟は、当初、2006年8月に審理が予定されたが、2006年10月に延期された。
  2006年11月4日、ジョン・A・マコーミック判事は、原告と被告の様々な申立を受け入れて、結果として複雑な意見を言い渡した。

  モーレイの件は、ネバダ州のチャーチフィールドのエドワード・L・バーク 対 フィッツ・ウオーターの訴訟の証言録の一部に
  含まれている。

  またリーナ・モーレイ・ストーンの証言録にも書かれている。  彼女によれば、加害者は奉仕の僕であったので、彼の言う事
  は何でも聞いたと説明している。  彼女の証言録は、恐ろしさに震えている様子が伝わってくる。  
  特に彼女が14歳の時、自宅から逃げ出したのは、加害者セルジャンの手の届かないどこか他の家がかくまってくれたら、安全だ
  と思ったからと説明している箇所を読むと何とも心が痛む。


  カリーナ・S.とアマンダ・M.及びその友達ディー・ディー・ハーベイ
  対

  ものみの塔聖書冊子協会ニューヨーク・INC.;
  エホバの証人-東会衆;
  エホバの証人-ホワイトハウス会衆・ものみの塔聖書冊子協会ペンシルバニア・INC.;
  エホバの証人クリスチャン会衆;
  ジェームス・ハーベイ

  この訴訟は、2003年4月25日、テキサス州にて受理され、2004年7月21日に共同訴訟として再受理されたことに伴い、その
  権利義務を損なうことなく取り下げられた。  つまり、原告は、将来、再度提訴することになったということである。  
  カリーナ・S.の裁判記録は、ここでは単に情報目的のために残されていた。

  加害者ジェームス・ハーベイの義理の息子カーティス・ホールの証言録は多くのことを明らかにしている。  
  カーティスは、彼の義父ジェームス・ハーベイが原告を性的に虐待していたことを知っていたのである。  
  ジェームス・ハーベイは2002年にカリーナ・S.に対する性的虐待の容疑について有罪とされ、無期懲役の判決を受けた。  
  ジェームス・ハーベイの性犯罪の証拠によれば、20年以上の間に、実に多くの子供が被害にあったことを明らかにしている。


  
  5.エホバの証人は何を間違えたのか?
   私は人生の大半をエホバの証人として過ごしたが、この宗教組織のどこに、児童性的虐待者をかくまう方針があるのか、
  分からない。  基本的に家父長的な組織におかれた女性としては、組織内部の手続きについてはよく分からないというのは
  よく理解できる。  しかしながら、この宗教組織の命令系統の中にいる男性の殆どは、1972年に密かに取り入れられた組織
  の方針が、不道徳なエホバの証人の長老や奉仕の僕たちに悪用されるとは気付かなかった。   又、これら不品行な長老や
  奉仕の僕たちは、この組織がどのように運用されているかを熟知しており、また彼等の堕落した目的のために権威ある立場
  を利用し、その立場に留まる方法を熟知していた。  これらは実に驚くべき事実である。  


  3年ルール
  誰も、エホバの証人の会衆の責任ある地位の者が、児童性的虐待の犯罪を犯した後も、その地位に居続けることは、
  あり得ない又は、可能性が極めて低いと考えるであろう。  しかしながら、エホバの証人の指導者達が定めたガイドラインに
  よってこのショッキングな事態を可能にしたのである。

  1972年春、ものみの塔協会は、書籍「王国を宣べ伝え,弟子を作るための組織」を発行したが、そのP170 に、以下の通り
  述べられている。

 
     <ものみの塔の資料>
     もし長老又は奉仕の僕の地位にある者が、たとえ何年も前(some years ago)であっても、
     重大な悪行を犯したのであれば、非難されるべきである。 なぜなら、彼は自分が罪を犯し
     たことにより、資格を失ったと自覚しながら、責任ある地位に留まっていたからである。  
     彼は非難を免れることはできません。(Tテモテ3:2,10 ;テトス1:6,7) 彼は、審理委員会に
     対して、規律に従わなかったことを知らせるべきであったし、またその地位から辞任すべき
     であった。 しかるべき時に、これを行なわなかったことから、彼は今や、その地位を剥奪さ
     れることになる。

  これから約6ヶ月後に、エホバの証人たちは、1972年10月号の王国宣教(※17)の記事にある質問箱(P8)を読むことになった。

   ※17 王国宣教とは、ものみの塔協会が月刊誌として発行しており、世界中のエホバの証人が週一回、王国会館で研究の
       ために教科書として使われるものである。  エホバの証人が
宣教活動に参加する時の最新の方法について学ぶ
       テーマについて書かれている。

       又、エホバの証人が従うべき組織の最新の手続きや、宣教活動でのルールについて書かれている。

     <ものみの塔の資料:王国宣教>
     この組織の書籍(王国を宣べ伝え、弟子を作るための組織)のP170の2行目に書かれて
     いる“何年も前”というのは、どういう意味か?
     これは、1年もしくは2年以上を意味している。 “many years ago”(何年も前に)とは書か
     れていないことに注意してください。 だから、具体的な年数のことではなくて、2,3年を
     意味するものでしょう。  これは、兄弟がすでに悔改めていて、エホバによって、すでに
     許されている、はるかな過去を暴きだして、現在に当てはめる事を意図していません。
     多くの場合、雑誌“ものみの塔”が、それら悪行について書かれている聖書箇所について
     注意を喚起した時より前に行なわれた悪行の事を言っています。

     もし兄弟が何年もの間、忠実に奉仕してきて、エホバの祝福があることが明らかな場合に
     どうして、彼は今の地位から引き下ろされる必要があるでしょうか? もし彼が行いについ
     て、正しい見方を持ち、奉仕を続けるための良き助言を与えることができるなら。
     また、地元会衆の長老団が、彼が会衆の尊敬を集めていて、過去2、3年間の間、資格が
     あると認めた場合、彼はその地位に留まることができる。

     悪行は、何年も後になってからも、公にされるべきでしょうか?
     この書籍のP168には、“公の非難”の項目にTテモテ5:20を引用して、一つ以上の違反を
     犯したことを告白したもの達への非難に対する非難について書かれています。  しかし、
     これは、最近、犯した罪についてです。 “行間”を読めば、これらの“罪”とは過去のもので
     はなく、そのときのものです。 だから、悔改めが3年以上も前に行なわれ、罪は止んでい
     るのいて、今や会衆に尊敬されているのであれば、何年も前(some years ago)に、一つの
     罪を犯した者を公に非難する必要はありません。


  この組織の書籍の説明によれば、何年か前(some years ago)とは、雑誌“王国宣教”に書かれているように、“ここ2年または
  3年”を意味している。  ものみの塔本部内部のある事情通が私に話して
くれたところによると、“王国宣教での説明は、組織
  における慣行を単純明快に具体的に例示するもので、長老であろうが他の者であろうが、可能な限り個人の判断の余地をなく
  そうとするものである”。


  しかしながら、ここには、“何年も前(some years ago)”が具体的に何年を意味するかという問題よりもっと重要な問題がある。 
  それは、数ヶ月の間をおいて発行された、この二つのものみの塔の刊行物において、立場の変更が見られることである。

  書籍「王国を宣べ伝え、弟子を作るための組織」においては、何年も前に重大な罪を犯しながら、それを隠していた者は、
  会衆の責任ある地位から降ろす必要を指摘している。

  しかし、王国宣教においては、そのような状況にある者であっても、一定の基準を満たせば地位に留まることを許している。

  1972年において、この方針の変更が公にされた理由はなんであろうか、正当なものであるか疑わしいのである。 
  そしてこの方針の大転換によって、重大な結末がもたらされたのである。

  もし、もともとの指示がそのままであったなら、多くの子供達の心の痛みは防ぐ事ができたであろうにと思う。 このもともとの
  方針から逸脱した理由が何であれ、変更された方針は、悲惨な結果をもたらした。 


  エホバの証人の主な指導者や役員達は、“王国宣教”に書かれていることは、何年も前(many years ago)に犯した重大な
  罪を弁解するためのものではなく、長老達の思慮の欠如によってなされた小さな罪、例えば、喫煙とか、時に酔っ払ったとか、
  正気を失ってしまったとかの状態を言っていると主張している。  しかしその説明では、問題は説明できていない。 
  なぜなら、書籍“王国を宣べ伝え・・・・」の書籍においては、小さな無分別な行為ではなく、重大な罪を犯した者に焦点を
  当てているからである。


  1991年11月に、全米の長老と奉仕の僕を対象とした2日間の王国宣教学校が、指定された場所で、開かれた。 
  王国宣教学校が開かれた場所のうち、一部において巡回監督が一つの講習を割り当てられて、1972年の王国宣教に述べ
  られた方針を繰り返した。  彼らは、重大な罪を犯した事実が判明した、あるいは告白した人達が、エホバの証人会衆の中
  で責任ある地位にあった場合、もしその重大な罪が2,3年前のものであって、その後、彼らが会衆の尊敬を集めて、またその
  間に神の祝福を受けている状況にあるなら、その責任ある地位から退く必要はないと述べたのである。

  加えて、その者が責任ある地位から退くか否かの判断は、審理委員会を開かないで決定することができるとしたのである。
  数人の長老達は、長老のハンドブック※18の余白に“姦淫の場合は除く”(婚姻関係以外の性的関係)と書くように指示された
  と主張しているが、ほとんどそれを覚えている者はいない。


   ※18 1991年発行「あなた方自身とあなたの群れに注意を払いなさい」ものみの塔聖書冊子協会

  オレゴン州の王国宣教学校に参加したある長老は、巡回監督が、姦淫のような重大な罪を犯した場合であっても、その長老
  が過去3年間の間に霊的進歩を成し遂げた場合は、長老の職を追われることはないと言ったと語っている。  
  この問題については、明らかに混乱がある。

  もし、1991年の王国宣教学校においてポルネイア(姦淫)とは何かを明確にして指示が与えられていたのであれば、問題は
  解決されていたであろう。 ―もし、姦淫のような重大な罪を犯した場合は、その者は、職を解かれなければならないと。
  −しかし、殆どの長老はそのようには理解していない。


  1995年に話を進めよう。  巡回監督が、担当地域の各会衆を訪問し、長老達と話合いを持った時に、1972年の王国宣教
  の3年ルールについて1991年に開催された王国宣教学校で述べられた内容をまとめた雑誌「ものみの塔」の記事が読まれた。

  そこでは、責任ある長老達は、次のように言われている。  もし姦淫のような重大な罪が関与している場合は、長老達は、
  審理委員会を開催する判断を下す前に、全体像を見なければならない。

  つまり、ある長老が何年か前に姦淫の罪を犯したことを告白し、それ以降、霊的な進歩を遂げたならば、審理委員会を
  開催することは、当然のこととして必要なことではなくて、すべての“全体の状況”を見たうえで、審理委員会の開催が必要か
  否かを指導しなければならないということである。

  よって、その者が、何年か前に姦淫の罪を犯した場合、責任ある職を解くことは自動的に行なわれるのではなくて、罪を犯した
  当時から現在までの全体の状況によるのであるということである。


  2001年にケンタッキー州の長老職を辞任したビル・ボーエン氏は、ものみの塔協会が内部で起きた児童性的虐待事件を
  もみ消そうとしていると公に非難している。(www.silentlambs.org

  彼は、属していた会衆の状況について、児童性的虐待の加害者が、会衆内の責任ある地位に留まることを許容する上で、
  3年ルールが如何に重要な役割を果たしたかを述べている。

  ボーエン氏は、会衆の記録を調べていくうちに、ある統括の立場にある長老が何年か前に、若い少女を性的に虐待していた
  ことを告発され、本人もその罪を認めたが、その長老職を解除されていないことを見つけた。  2000年に、ボーエン氏は性的
  虐待の事実を承知している長老達と対峙した時、何故、加害者は長老職を解かれていないのかと質問したが、彼ら長老達は
  1972年の王国宣教の指示を指し示しながら、事件は何年も前のことであり、その加害者はその後、目立たない生活を送って
  いるように思われること、そして神の祝福を受けているように思われることがその理由であると説明した。


  2005年に、王国宣教学校が長老と奉仕の僕を対象として開催され、この問題に言及がなされた。
  今回は、出席者達に説明された内容は、ある者が数年の間に一度、ポルノ映画を見たことがあるが、その後はその罪を繰り
  返すことをしなかった場合は、その職に留まることができる。 もしその罪が姦淫の罪であったことが隠されていた場合は、
  問題なく審理委員会が開かれると説明された。


  なぜ、ものみの塔は、姦淫の罪の場合は、加害者は会衆内の責任ある地位に留まることができないと方針を変更したのか? 
  最も考えられるのは、2003年の中頃にカルフォルニア州において、ものみの塔協会、エホバの証人会衆に対して多くの訴訟
  が起されたからである。

  訴訟の中で、エホバの証人の長老、又は奉仕の僕が児童性的虐待を犯しても、3年ルールの適用によって、加害者がその
  ままの地位に留まっているか、もしくは他の会衆に異動した場合にも、その職に再任されている事例が多く指摘されていた
  からである。
  カルフォルニア州レッド・ブラフにおいて、1994年に児童性的虐待の罪を犯した統括長老職にあった者に、
  もし3年ルールが適用されなかったなら、他の児童性的虐待の被害は起こらなかったかも知れない。
  (事実は、再びその統括長老が別の被害者から性的虐待の訴えで告発されたのである。) 


  地域代表ドナルド・アミーの手紙
  ここに提供された書類(以前は対外秘扱のもの)を見ると、この方針について混乱があったことが伺える。  
  1994年にものみの塔協会地域代表ドナルド・アミー氏からものみの塔本部に宛てら
れた次の手紙に注目してください。  
  地域代表は、ものみの塔の組織では、本部以外では最も
高い地位の役職である。 
  アミー氏はカルフォリニア州レッド・ブラフの児童性的虐待事件に関
連して、1972年の王国宣教に述べられた指示に
  ついての懸念を述べている。

  この手紙で重要なのは、レッド・ブラフ会衆の審理委員会が、ものみの塔本部サービス部の代表(たぶん、当時、カルフォル
  ニア州の長老達に助言をする立場にいたメルトン・キャンベル氏だと思われる)に話した時、審理委員会は、“その点については、
  書籍”王国を宣べ伝え、弟子を作る組織“のP97の7行目に整理されているが、・・・・・・「姦淫を例外とする」という説明を加え
  るべきであった。”とサービス部から言われた。  
  更にアミーは突っ込んで、もし長老が1972年の王国宣教に述べられたような罪を犯した場合でも審理委員会を開かない
  方針は、罪が子供に対する性的虐待の場合にも適用されるのかどうかの議論をした。  
  この手紙は、児童に対して性的虐待の罪を犯した長老に対しても、1972年の王国宣教の方針は適用されることを証明している。


  更に入手できた他の手紙について検討しよう。 この手紙は、レッド・ブラフ北会衆の長老から、児童性的虐待の罪を犯した
  ジェームス・ヘンダーソン長老の件について、ものみの塔本部のサービス部に対して書かれている。 この手紙には、犯罪者
  ヘンダーソン長老が、審理委員会を逃れ、しかも長老の地位に留まる目的のために3年ルールが適用されたことについての
  説明がなされている。 


  これらの資料がなければ、エホバの証人の会衆内部で子供達に対して恐ろしい性的虐待の罪を犯した会衆の指導者達が、
  その罪が明らかになった後でも、絶望的な状況におかれた被害者の子供達に対して、なお性的虐待を続けるため、この3年
  ルールを悪用している事実を証明することができなかったであろう。   
  被害者の子供達、両親達は、エホバによって指名された統治体が任命した長老達を恐れて、被害の事実について沈黙を
  守るように強いられていたのである。


  関心のある方は、次の手紙の右側にあるスタンプの日付に年の表示がないことにお気づきであろう。 これは“SSC 2003年
  8月12日と読むのである。




  <ドナルド・D・アミー氏の手紙>
  この手紙の原本をご覧になりたい方は、バーバラ・アンダーソンのサイト“Watchtower Documents LLC”の中に収録されて
  いる“Secret of Pedophilia in an American Religion-Jehovah’s Witnesses in crisis”のP34,35にスキャンされたものがあります。


  (丸秘)                                           SSC 8月12日

                                       (レター・ヘッド)
                                      エホバの証人
                                         地域NO34
                                       ドナルド・D・アミー
                                     ウッドバーン オレゴン州 97071
     1994年12月26日

     ものみの塔聖書冊子協会ニューヨーク・INC
     25コロンビア・ハイツ
     ブルックリン ニューヨーク 11201

     親愛なる兄弟へ
      ポール・ピエール兄弟と私は、1994年11月29日〜12月2日の週に、カルフォルニア州レッド・ブラフのエホバの証人
     北会衆にて奉仕していました。  その週において、長老達が審理委員会を招集し、ジェームス・ヘンダーソン兄弟を
     公に非難していることを知りました。  ヘンダーソン兄弟は、
この会衆で統括長老として奉仕してきた人です。  
     彼は、この会衆の兄弟ではないが、カルフォルニア州、パレルモ会衆のメンバーであった若い人を性的に虐待した
     ことを告白しました。

     その若い人はナタン・ドッタという人です。  ナタン・ドッタは、名乗り出てきて、ジェームス・ヘンダーソンにも、
     名乗り出てきて、過去の罪を告白するように要求した。


     始めのうち、ジェームス・ヘンダーソンは、すでに罪を犯さなくなってから3年以上たっていると、地元の長老団に
     告げていた。  1972年10月の王国宣教の“質問箱”の見解によれば、このケースは、審理委員会の対象ではなく、
     又、ジェームス・ヘンダーソンは、引き続いて統括長老の職に留まることができるものと思われる。  審理委員会と
     その会長を務めるボディー・リヨン氏は、ものみの塔本部の法務部と相談し、またサービス部の兄弟とも話をした。 
     議論の中で、3年目に悔改めがなされたかどうかがポイントとして指摘された。  これに対して、ヘンダーソンが妻に
     対して告白したことが、悔改めの証拠であると指摘された。  また、その後、彼にエホバの祝福があった証拠に
     ついても問われた。  また、1991年に開催された王国宣教学校で行なわれた、書籍「王国を宣べ
伝え、弟子を
     作る組織」のP97の7行目に問題は整理されていることも指摘された。  
     審理委員会は、その書籍に“姦淫の場合を除く”と追記すべきであったと指摘した。


     我々は、更に提示された証拠によって、ジェームス・ヘンダーソンが、この8月の時点で見れば、彼の犯した性的
     虐待の罪は小さなものであるとわかり、安堵した。  しかし、これによって、長老団と我々巡回監督が、答えを知り
     たいと思ったのは、以下の点である。


     “王国宣教10月号の「質問箱」に示された声明が、この問題に対する確定した解答なのか?”

     このヘンダーソンのような小さな性的虐待の罪であっても、社会的なスキャンダルに発展しうるのではないか。  
     このような変化が起きた場合には、審理委員会が取り上げる問題になるのかどうか?

     しかも、1970年代初めに、ジェームス・ヘンダーソンは、カルフォルニア州、メアリビルの会衆において、奉仕の僕
     か長老の職を解かれているではないか。  そして、また今になって、彼は再び、同じ罪を犯したと認めている。  
     我々は、彼が最後に罪を犯したのが3年前のことであるとか、審理委員会にて取り上げることはなく、彼はその長老
     の地位に留まることができるだとか、単純に言い切れるのか?  
     王国宣教は、事件がスキャンダルに発展した場合はどうするのか、又、現場の地元の会衆において起こりうる質問
     には何も述べていない。

     私は、1991年の王国宣教学校に出席した兄弟達の殆どが、書籍「王国を宣べ伝え弟子を作る組織」のP97の7行目
     に“姦淫の場合は除く”と注意書きを挿入すべき点をまったく理解していないことに気付いた。  
     私がここで述べたことについて、より適格に取り扱うことができるように、これらの情報の改定をして頂くことはできるで
     しょうか?  その王国宣教の質問箱の第2段落の最後の文章には、次のように述べられている。

     “多くの場合、これらの悪行は、雑誌「ものみの塔」において、「聖書によれば、このような悪行についてこのように
     言っている」と注意を喚起する前に起きているのが実態である。 我々は、明らかに今日の多くの事について、
     単純に「聖書によれば・・・・」と言い切ることはできない。  ですから、情報の改定が必要であると思われますが、
     どのようにお考えですか?”


     我々は、水曜日の野外奉仕の後の夕刻、ジェームス・ヘンダーソンを告発した審理委員会のメンバーと会った。 
      この時までにさらに多くの情報が提示されていて、長老団と本件について話し、再度、審理委員会を編成するのが
     賢明であると思われた。  我々は、続く木曜日の夕刻に長老団と会い、この問題を取り扱った審理委員会を再開
     することとしメンバーを指名した。  この審理委員会は、ポール・ピエール兄弟と私を、アドバイザーに招いて、
     その夜遅くに、ジェームス・ヘンダーソンと会った。  この委員会において、ジェームス・ヘンダーソンは会衆の子供
     ティム・ワードを相手に自慰行為を行なったことを告白した。  突っ込んだ質問の結果、彼は何年か前に、彼の息子
     の性器をもてあそんだことを認めた。  また彼は、前の審理委員会において、他に性的な悪戯を行なったことがあるか
     との質問に対して嘘をついていたことを認めた。  私とピエール兄弟は王国会館を中座して出発したのであるが、
     その後、審理委員会はジェームス・ヘンダーソンを排斥したことを知った。 


     地区担当の弁護士は、審理委員会の会長リヨン兄弟を質問のために呼んだ。 しかしリヨン兄弟は、審理委員会で
     知りえたことは、聖職者秘密特権に当り、何も言えないと言った。 弁護士は同意したが、協力するよう求めた。 
     兄弟達は、警察によく協力し、二人の被害者のナタン・ドッタとティム・ワードは警察に名乗り出て、ジェームス・
     ヘンダーソンは自分達が小さい時に、性的な虐待を行なったと申し出た。  ジェームス・ヘンダーソンは先週、
     逮捕されて、2,3の新聞とテレビのニュースに彼の顔写真と共に逮捕されたいきさつについての記事が載った。 
     今のところ、犯人がエホバの証人であることは何も述べられていない。  審理委員会の兄弟達は、これは、
     警察へ協力したことと、事柄が公になる前の段階でジェームス・ヘンダーソンが排斥されたことによるものであると
     感じている。  我々としては、この件がこのまま静かに推移し、エホバの名前が、この薄汚い状況から守られること
     を願っている。  少なくとも、これまで他に4人の子供達が、ジェームス・ヘンダーソンから被害を受けたと訴えて
     きている。   ジェームス・ヘンダーソンが一体、どこまで告発されるか、全く分からないが、彼が70年代以降にも、
     薄汚い性癖を止めなかったことは明確である。

     彼は、このエホバの証人の組織にいることは、ふさわしくない。

     この事件について、何が実際に起こったのか、ものみの塔協会が理解して頂けることを望みます。
     エホバがベテルにおられる兄弟達を祝福し、野外において起きる事柄に対する洞察力をあなた方にお与えに
     なりますように!


                                                    あなたの兄弟                                                                              ドナルド・A・アミー 地域#34
                                                    署名


     P.S.(追伸):ポール・ピエール、カルフォルニア#69 &
        ボディー・リヨン、審理委員会 会長
        北会衆、レッド・ブラフ、カルフォルニア州

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