ついおくのらいこう
追憶の雷光

著: 電気狼      




(ライラが……死んじゃった)

 降りしきる雨の中、レイラ・ファウストゥスは膝を抱えたままうずくまっていた。
 着ている服はとっくの昔に濡れそぼり、身体は冷え切ってしまって感覚すらおぼつかない。
 身体のいたるところから染み渡る寒さと痛みはレイラの精神を確実に追い詰めてくるようだ。特に顔の痛みが酷い。冷え切った体の中で、顔の左側だけが燃えるような熱を放っている。おそらく焼けた家から逃げ出したときにどこかへぶつけたのだろう。そちら側の目が良く見えなかった。
 精神が……、ココロそのものが痛みと寒さに蝕まれ、壊れかけているのを自覚した。

(いいえ、痛みや寒さのせいだけじゃないわ)
 
 ライラ・ファウストゥスはレイラの双子の妹だった。
 産まれた時間がほんの少し早かったレイラは彼女の姉となったけれど、しっかり者のレイラと違ってライラは自由奔放な性格をしていて、いつも手を焼かされていた。もしもライラが先に生まれていたら、いったいどうなっていたことだろう。
 そんなわけで、レイラはライラをあまり好きではなくて、いつも邪険に扱っていた。それでもライラはそんなことはまったく気にした様子もなく、いつもレイラの後ろを子犬のようについて回っていた。
 そんなライラの鈍感さが余計にレイラの苛立たせて、さらにライラは邪険に扱われるはめになるのだが、それでもライラは元気に笑っていた。

 レイラから見ると、両親の愛情はしっかり者のレイラよりも少し抜けたライラへより多く注がれているように感じられた。レイラがライラを疎んじた要因のひとつがそこにもあった。
 ライラなんていなくなっちゃえばいいのに! そうすればパパとママの愛情はきっとすべてが自分に注がれることだろうと、今にしてみれば幼稚で自分勝手で愚かなことを考えもした。
 でも、まさか。
 本当にライラが死んでしまうなんて。
 ついこの間、12歳になったばかりのライラ。
 天真爛漫で悩みなんて無さそうな、いつだって幸せそうだったライラ。
 あんまり好きではなかった双子の妹。

 レイラの日常は可笑しいくらい簡単に崩壊した。
『G』と呼ばれる巨大な虫が突然に町を襲ったのだ。
 あるいは大人たちの間ではその前兆はあったのかもしれなかったが、少なくともレイラにとって、事件は唐突に起こり、そしてあっという間に終結した。
 Gたちは建物を破壊し、住人たちを貪り食って、それから……。どうなったのだろう、記憶が混濁していてよく思い出せない。
 Gの襲来がお昼時だったせいか、火事になる家がたくさんあった。
 レイラの家も例外ではなく、Gに建物を崩された直後、あっという間に燃え上がり火事になった。
 玄関に比較的近い場所にいたレイラはすぐに外に飛び出すことが出来た。当然、妹のライラも後ろについてきていると思っていた。
 いっつも子犬みたいにレイラの後ろについて歩いていたのだ。逃げるときもいっしょに外に出たと思っていた。それなのに……振り返った後ろにはライラの姿はなかった。
 
 あまり好きではなかった妹は死んでしまった。
 あの炎のなかではぜったいに生き残れない。炎のなかには両親もいたはずだった。
 たぶんライラは両親の元に走ったのだろう。
 ライラなんていなくなっちゃえばいいのに。そんな願いが叶った結果、レイラはすべてを失ってしまった。
 妹は好きじゃなかった。それでも決して嫌いではなかったことにようやっと気づく。
 だって。
 だってもし嫌いな相手がいなくなったとしたら、もっと楽しい気分になるはずだもの。
 
 どうしてこんなにも哀しいのだろう。
 どうしてこんなにも身を引き裂かれたような喪失感を味わっているのだろう。
 どうして、両親のことよりもライラのことばかり考えているのだろう。
 それはつまり、レイラは妹が好きだったからだ。
 
 雨が勢いを増しはじめ、稲光が日の落ちた町を照らしだした。
 火事はすでにそのほとんどが鎮火していた。
 誰かが消したわけではなく、燃えるものがなくなってしまったからだろう。
 レイラの目の前にある屋敷――レイラの家も燃え残った真っ黒な柱ばかりが目立つ、見たこともない姿へと変わっていた。あの燃えカスの中に両親と妹は埋もれている。
 雷光が一瞬だけ、この異様な光景がまぎれもない現実であることをレイラに見せ付けるようにハッキリと映し出し、すぐにまた薄闇包まれた。やがて朝が来ればこの滅んでしまった街の様子が白日の下に晒されることになるだろう。
 
(そういえば、ライラは雷が大好きだったな)

 ライラは誰もが認めるヘンな子で、カミナリが鳴り出すとレイラは布団にもぐりこんで耳を塞いでいたというのにライラはきゃっきゃと喜んでいた。どうして双子でここまで違うのか、両親も首を傾げていたくらいだ。顔以外のほとんどすべてが二人は違っていたといっていい。
 同じ顔をした異なる性格のふたりが反発しあうのもあるいは必然なのかもしれなかった。もっとも、レイラとライラの場合は、姉の方が一方的に反発していただけだったが。
 そしてレイラは思い知った。 
 失って初めて気づくことが出来た。
 互いをどれほど疎んじていても、翼が一枚では飛ぶことは出来ないのだと。地面に座り込んで傷つき、濡れそぼっているレイラはまるで翼を片方だけもがれた哀れな小鳥のようだった。 
 
 レイラは消し炭と化した家の残骸を見つめ、探さなくちゃ、と思っていた。
 両親と妹の亡骸を、あそこから探し出さなくてはいけない。
 もうずいぶんと前からそう考えているのだけれど、どうしても体が動かない。
 もし探してしまったら。もし見つけてしまったら。そのときにこそ、本当にライラが死んでしまうような気がした。
 探さなくちゃいけない。探したくない、見つけたくない。
 思考は同じ所をぐるぐる回り、一向に答えが出てくる様子がなかった。
 雨で冷えた身体は軋み、体力が雨水で流されるようにして減ってゆく。
 凍りついたように体が寒い。火傷したように体中が熱い。左目が痛い、見えない。
 このままここに座っていたら、ライラのところへ行けるだろうか?

「おやおや、こんなところに生存者を見つけてしまったよ」

 ほとんど自暴自棄になりかけていたレイラに唐突に声がかけられた。
 とはいえその声は救助隊とかそういった雰囲気ではなく、なにか捨てられた人形でも見つけたみたいな、さして慌てた風もない軽薄な声だった。

「やあ、お嬢さんコンバンワ。この町、唯一の生存者に敬意を」

 レイラはのろのろと男へ視線を向けた。
 ベージュのコートをベルトまで締めてしっかりと着込んだ年齢不詳の男性が、優雅に腰を折り曲げてこちらへ芝居がかった挨拶をしていた。同じくベージュ色をした帽子のせいで顔が良く見えない。手には薄手の皮製の手袋をはめていた。
 予想どおり救助隊ではないようだったが、どちらにせよレイラには興味がなかった。レイラの関心のすべては燃えて埋もれているはずの妹と両親へと向けられている。すぐに視線を瓦礫へと戻した。
 
「ふむ。親族の死に直面し、心神喪失状態といったところかね。お悔やみは申し上げるが、ちょっと手をだしていただけるかな?」

 レイラの了解も得ずに、男はレイラの手を取ると、掌になにかガラスの破片のようなものを乗せた。手のひらに乗った破片になにか変化でもあったのか、男が少し感嘆したような声をあげる。ちらりと目を向ければ、手のひらに乗った破片が、中に電球でも放り込んだみたいに光り輝いていた。

「これが何か知りたいかね? これは砕けてしまった”永遠核”の欠片。わたしは”核片”と呼んでいるがね。なんの役にも立たないガラクタに過ぎないが、”適性”を判断する際にはなかなか重宝するのだよ。……さて、ここからは交渉だ」

 意味の分からない説明を始めた男はレイラの正面へ移動すると、コートが汚れるのも構わずに膝を折って腰を落とした。
 正面に座られてしまうと家が見えない。
 レイラは痛む体に鞭打って体を移動しようと試みた。すぐに凄まじい激痛が身体を襲う。だが、そんなものには構っていられない。見なければならない。見て考えなければならない。妹を探さなければならない。見つけてしまわないように注意して探さなければならない。

「復讐……したくはないかね?」

 ぴくりとレイラの動きが止まった。初めて男の顔を見あげる。
 特徴のない男だった。何所にでもいそうで、一度見ただけでは記憶にも残りそうにない。もしここで別れても次に会ったときには前に会ったのは本当にこの男だったのかどうかすら判別することも難しい、そんな凡庸とした男だった。
 レイラは吐息のようなかすれた声で訊いた。
 
「……ふく、しゅう?」
「そう復讐だ。キミの家族を、キミの日常を破壊した相手。Gに復讐したくはないかね?」

 そこで男はおっと、と声をあげた。柔和そうな(少なくともそう見える)表情で、右手を胸に当てるとまたも芝居がかった仕草でレイラの顔を覗き込んだ。

「わたしとしたことが自己紹介がまだだったね。わたしの名はフェレス。”スカウトマン”フェレスとご記憶いただきたい」

 フェレスと名乗った男は、願いをかなえる代わりに魂を要求する御伽噺に出てくる悪魔みたいな慈しみに満ちた微笑みを口元に上らせた。

「もしも、キミが復讐を望むならわたしはキミに力を与えよう。その代わり……」

 そう、悪魔はいつだって見返りを要求する。それでも見守っているだけで何もしてくれない神様に比べたら何倍もマシなようにレイラには思われた。少なくとも悪魔は願いだけは本当に叶えてくれる。

「……力が、ほしい」
 
 男がなにかを要求する前にレイラはそう答えていた。
 例え見返りが魂そのものだったとしてもレイラにはどうでもよかった。ひとの大切なものを壊した代償は支払わせなければならない。あのバケモノどもに思い知らせてやらなければならない。それには力が要る。どうしても力が必要だった。
 レイラは立ち上がろうとしたが足に力が入らずによろけてしまい、フェレスの手を借りてなんとか立ち上がった。
 右目でフェレスの顔を睨むように見上げ、はっきりと答えた。

「わたしに、力をちょうだいっ」

 レイラはフェレスの提示した用件を呑んだ。
 それは詰まるところ復讐という名の逃避に過ぎなかったのだがレイラには分らなかった。妹の亡骸を見つけるという恐怖から、それでも探さなければいけないという役割からレイラは逃げたかったのだ。本人が自覚していたにしろ、いないにしろ、目の前にぶら下げられた安易な代替行為にレイラは飛びついてしまった。
 レイラが子供だったから、というよりもフェレスが巧みだったというべきだろうか。
 いくらしっかり者といわれていた子供でも、悪魔と交渉するにはレイラはあまりにも幼すぎたのかもしれない。
 
「よろしい、それではキミに力を与えよう。いっしょに来ていただけるかな、レデイ?」

 レイラはフェレスの後について、近くに停めてあった車へと向かった。
 最後まで焼き尽くされた屋敷を振り返ることはなかった。まるで怖れるかのように。空に轟く雷鳴がそんなレイラを非難しているように感じて、レイラは両手で耳を塞いだ。






 レイラはいま、病的なほど清潔に保たれた部屋でベッドに寝かされている。
 傷ついた身体の治療は終わっていて、腕や顔には包帯が巻かれていた。
 もっとも、これから強くなるための手術をするらしいからまた新たな傷が増えるのだろうし、治療はあまり意味がなかったかもしれないと、レイラはこっそり思った。
 
「安心したまえ。手術の傷は残らないはずだ。いまある傷すらあるいは消え去るかもしれない。力を手にしたキミの治癒力はそれほど格段に跳ね上がる。ただ、その左目だけは治るかどうかは分らないが。
 いくら治癒力が上がっても、トカゲのしっぽのように手足が生えてくるほどではない。脳や目など、自然治癒が望めない器官の修復は難しいやもしれん」

 ベッドの脇に立った”スカウトマン”フェレスがレイラの思考を読んだかのようにそういった。彼の格好は手術室のなかだというのに最初に見たときと同じ、ベージュのコートに包まれていた。帽子すら脱いでいない。両手も同じく、皮の手袋で包まれている。
 そして彼の手には珍しいものが乗っていた。
 例えるならそれは占い師が持っている水晶玉のような、そんな透き通った透明の玉だった。大きさは大人の拳大くらい。

「それは、なに?」

 レイラの疑問にフェレスは口元をほころばせながら答えた。

「これが力だよ、レイラ・ファウストゥス。”永遠核”……いやエターナルコアといったほうが一般的かな。いまからこのコアをキミの体内に埋め込んで、みごとキミが生き残れれば、キミは大いなる力を手にすることだろう」

 この水晶玉をわたしのなかに? こんなものを埋め込んだだけで本当に強くなれるのだろうか。だってどこからどうみてもただの水晶玉にしか見えない。

「疑っているね、レイラ・ファウストゥス。どれ、指でちょっと触れてみるがいい」

 フェレスが水晶玉を差し出した。レイラは注意深く眉根を寄せながら手を出してみる。
 レイラの指先が水晶に触れた瞬間、劇的な変化が起こった。
 
「ハハハ、やはりキミの”適性”は素晴らしいっ!」

 水晶玉が爆発したかのように光り輝いていた。よく見れば玉の中心では放電しているかのような細かい雷が縦横に走っている。鉄をも溶かしそうな激しい光にも関わらず、レイラの指先は冷たいままだった。
 それでも確かに力を感じる。
 この水晶玉のなかにはとてつもない”何か”が潜んでいる。
 これならば仇を討てるかもしれない。
 あまり好きではなかった妹の。それでも大好きだった妹の仇を。

「力を、ちょうだい。はやく」
「ああ、すぐにでも力を差し上げよう。約束は覚えているかね?」

 フェレスは力をくれる代わりにいくつかの条件を提示してきた。
 まず、力を手にしたレイラは対G部隊ともいえる軍隊のようなものに所属しなければならないらしい。もともとGを倒すために力を手にするつもりだったのだから、これには別に文句はなかった。
 そして、もうひとつはレイラの命。
 エターナルコアを埋め込まれた人間は例外なく確実に死亡するらしい。そして蘇る。ヒト以外のものとして、対G決戦兵士”MAID(メード)”として。これをフェレスは『転生』と呼んでいた。
 生物としての死だけではなく、公的にも死亡扱いとなるようで、戸籍なども抹消されるそうだ。もはや帰る家すらないレイラにとって、これもまたどうでもよかった。

 さいごの条件だけが少しだけレイラに手術を躊躇させた。
 それは記憶。
 コアを埋め込まれた人間の記憶は消えてしまうそうで、これだけがレイラは嫌だった。
 優しかった両親の記憶も、何人かいた友人の記憶も、すべてが消え去ってしまうのだ。
 Gを憎む記憶すらも。
 ライラと過ごしたこの記憶さえも。
 
「記憶が消えない方法はないの?」
「消えた記憶が完全に戻った、という話は聞いたことがないな。なにせ生まれ変わったメードたちの思考は頭ではなく、胸に埋め込まれたコアですることになる。
 過去の記憶や人格などは全てリセットされ、新しい脳で生まれ変わるわけだから、記憶がないのも当然だろう。新たな人格形成に過去の記憶が密接に関係しているという研究レポートを読んだことがあったが、さて」
 
 フェレスがひょいと肩をすくめた。
 
「今のところ、方法はないといわざるを得んね」

 レイラは目をつむると、そっと息を吐き出した。
 目を開きフェレスの顔を見つめる。

「いいわ、たとえ記憶を失おうとも、やっぱりわたしは力がほしい。手術を、受けます。ただ……」
「ただ?」
「ただ、ひとつだけお願いをきいてほしいの」

 フェレスは軽く目を見開くと、優しげな微笑みを口元にのぼらせた。その微笑みは、いつものどこかウソ臭い芝居がかったものではなく、慈しみのある心からの笑みに見えた。

「もちろん。レディのお願いには出来る限りこたえよう」
「名前を……。生まれ変わったあとのわたしの名前を”ライラ”にしてほしいの」
「ライラ。それは誰か近しいひとの名前かな?」
「…………」

 口を閉ざしたレイラをしばしの間だけ見つめ、フェレスは小さく頷いた。

「約束しよう。次に目覚めたとき、キミの名前は”ライラ”だ」

 フェレスの合図で控えていた医師団がいろいろな手術道具を手にレイラのまわりに集まってきた。腕に注射器を当てられて、麻酔かなにかの液体が身体の中に注入される。
 意識が朦朧としてきた。やはり注射は麻酔だったらしい。
 薄れゆく意識の中でレイラは思う。
 双子の妹のことを忘れてはならない。
 ライラが確かにこの世にいたという事実を消してしまってはならない。

 どうやらわたしはこれから一度、死んでしまうらしい。
 焼け死んでしまった双子の妹と同じように。
 これでライラといっしょだ。
 今度は決して離れてしまわないようにひとつになろう。
 生まれ変わったレイラはライラ。ふたりでひとつの一対の翼。もう決して離ればなれになることはない。もう決して。
 
(それでいいよね、ライラ)

 消え去る意識の最後の刹那、双子の妹の顔がみえた気がした。
 ライラは元気に笑っていた。




◆◆◆




 ウェンディは腕の中で眠るライラを抱いたまま走っていた。
 近年まれにみるGの大侵攻となったグレートウォール攻防戦がようやく収束へ向かい、少し気を緩めたところでいきなりライラが倒れたのだ。
 ライラの世話役兼目付役兼代理教育担当官というなんだかよくわからない役割を押し付けられているウェンディとしてはライラにもしものことがあっては困る、という建前もあるが、最近ではじつの妹のように、娘のようにすら思えてきていた。

 ライラは普段、そこいらの子供のように天真爛漫で、箸が転がっても笑いだすような子だったが、Gと相対するときだけその様子が一変する。
 まるで仇敵をみつけたみたいにあらん限りの力をもって殲滅しようとするのだ。それこそ限界やペース配分なども無視して、ありったけを放出してしまう。そのあまりの変わりように、ウェンディは普段から危惧を覚えていた。
 だからライラがやりすぎないよう、注意していたはずなのに。

「よう、小隊長。どうしたんだ、そんなに慌てて」
「ガルガンチュア! 衛生兵は何所っ!?」

 のん気な声をかけてきたウェンディ小隊のひとりであるガルガンチュアに向かってウェンディは吼えた。そのあまりの迫力にガルガンチュアが仰け反るようにして大きな身体をそらす。

「い、いや、わたしは見ていないが。パンダ、おまえ見たか?」

 ガルガンチュアの隣に立っている、同じく小隊のひとりであるパンダグリュエルがぐらんぐらんと首を振った。パンダグリュエルはいつも妙なヌイグルミの頭みたいなものを被っているので素顔が見えないし、無口でほとんど口を利かないので、何を考えてるのかいまいち分からないが、どうやら見ていないらしい。
 二人の同僚に鋭い視線を投げつけて、ウェンディはまた走り出した。背中にガルガンチュアの声がかけられたが無視した。今はそれどころではない。

 どれくらい駆け続けただろうか。
 実際にはわずか数分だったのだろうが、まるで何時間も走っていたような気がする。やがて3人組の衛生兵――医療メードを見つけることが出来た。
 すぐに診察を依頼し、ライラの状態を見てもらう。
 診察中にガルガンチュアとパンダグリュエルが追いついてきた。

「……様子はどうだい小隊長」

 背の高いガルガンチュアの頭はウェンディのはるか上にある。すでに状況を理解したらしいガルガンチュアがウェンディの頭の上から治療中のライラを覗き込んできた。その質問に応えたのはウェンディではなく、治療中の医療メードのひとりだった。
 
「どうやらただの過労のようであります。身体を休めてしっかりと栄養を取れば大丈夫かと」

 三人組のうちのひとり、青い髪をした衛生メードが感情に乏しい目つきでウェンディを見上げた。
 
「ただ、戦闘行為はしばらく無理だと自分は考えるであります」
「つまり寝てるだけってことさ小隊長。心配し損だな」

 ガルガンチュアが笑いながらウェンディの背中をどやしつけた。スキンシップにしては強すぎる衝撃にウェンディが顔をしかめる。ガルガンチュアの馬鹿力は野生の熊と戯れているのと同じでようなものなので、本人は遊んでいるつもりでも相手もそうとは限らない。
 軽く咳き込みながらもウェンディは気持ち良さそうに眠りこけているライラのそばに腰を下ろして、ほっと胸をなでおろした。医療メードのいうとおり、左目に眼帯をしたままのライラの寝顔はとても安らかそうに見えた。
 
(大事がなくて、よかった。でも……)

 Gを前にしたときのライラの豹変振りはいったいなんなのだろうか。
 今後はさらに注意してライラを抑えねばならない。メードの胸にあるエターナルコアは無尽蔵のエネルギーを供給してくれるが、受け皿はあくまで人間の身体なのだから。溢れるだけならまだしも、強すぎる水流は容器すら破壊してしまうことだろう。
 暴走の原因。それはやはり、『転生』以前の記憶が関係しているのだろうか。
 とはいえ自分の記憶すら定かではないウェンディとしては自嘲の笑みを浮かべることぐらいしか出来ない。
 少し前、立ち寄った田舎町でウェンディはいいしれぬ懐かしさに包まれた。ほとんど無意識のうちに走り出して、気づいたときにはある一軒の家の前にたどり着いていた。
 
(そこで、ピーターという青年と邂逅し、そして)

 ずきりと、ふいに激しい頭痛に襲われた。
 メードの思考は胸に埋め込まれたエターナルコアで行われているはずで、本来なら頭痛など起こりうるはずもないのだが、だとしたらこの痛みはただの幻痛なのだろうか。
 それとも……。

 ライラがむにゃむにゃとなにか寝言を言った。
 ウェンディは手を伸ばし、戦闘で汚れ、ほつれた髪をすいてあげる。そのウェンディの指をライラが、きゅっ掴んだ。

「……ライラ……遊ぼ」
 
 ライラがそんな寝言をもらして楽しそうに微笑んだ。

「わはは、夢の中でも遊んでるのかコイツは」

 ガルガンチュアが笑いながら、パンダグリュエルが頭を揺らしながら、三人の医療メードが思い思いの表情でライラを見守っているなかで、ウェンディもまたそっとライラの手を握り返した。自然と笑顔が浮かんでくる。

「ほんと、誰と遊んでいるのでしょうねこの子は」



◆◆◆



「ねぇ、お姉ちゃんどこにいくの」
「どこって、あんた馬鹿ね。遊びに行くに決まってるじゃない」
「でもあんまり遠くにいくとパパとママにおこられるよ」
「へいきよ。怒られるときも、ふたりいっしょならきっとへいき」
「ふたり?」
「そう、ふたりよ。ふたりでいっしょにおこられるの」
「えへへ、ライラうれしいな」
「へんな子ねぇ。おこられるのがうれしいなんて」
「だって、お姉ちゃんとずっといっしょにいられるのがうれしいんだもん」
「ば、馬鹿ね。ほら、はぐれないようにちゃんと手をつかんでるのよ」
「うんっ」

 レイラはしっかりと妹の手を掴んだ。
 二度と離れてしまわないように。
 ふたりでいつまでも、どこまでも歩いていけるように。









―――おわり―――







※この物語はフィクションです
想像した架空の過去のひとつに過ぎず、実際の人物設定における過去とはいっさい関係がありません
公式設定ではありませんのでご注意ください

関連項目
ライラ
ウェンディ
ナイチンゲール三姉妹
ガルガンチュア
パンダグリュエル




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