「行ってきます、佳奈多さん」
「いってらっしゃい、あなた」

 ちゅっ。
 
 愛しい旦那様にキスをするのは、本格的に付き合いだしてからの日課になってる。
 でも最近、少し気が進まなくなっている。

「いってきまちゅよ〜」
「ばぶばぶ〜」

 ちゅっ。

「あ〜、もう可愛すぎて、パパお仕事行きたくないな〜」
「ほらっ、さっさと行きなさいっっ」
「あ、ごめん佳奈多さん。出来るだけ早く帰ってくるからね〜」
「さっさと行くっ」

 どんっ。
 
「ちょっ……佳奈多さ」

 ばたん。

「ったく…」

 おかしいってわかってる。
 父親が娘…しかもまだ一歳にもならないような赤ちゃんに、デレデレするのは当たり前のことだろう。だから、そんな夫相手にイライラするなんてどうかしてると思う。
 でも、私には耐えられないのだ。
 自分以外の人相手に鼻の下を伸ばしてるなんて。
 
 どうすれば良いんだろう?
 娘を遠ざける…なんて考えは間違ってるわけで。
 ならばどうすれば?
 
 私はあることを思いついた。
 こうすればまた彼は私を中心に見てくれるんじゃないか?ということを。



「ただいまー」

 旦那様が帰ってきた。
 娘が起きていたら這って出てくるところだけど、今はあいにくと言うかちょうど良く寝てる。

「あれ? 佳奈多さん、寝てるの?」

 彼が部屋の中へと入ってくる。

「佳奈多さ……ええっ?!」
「ばぶー」
「ばぶー、って。その格好も……赤ちゃんプレイ?」

 赤ちゃんプレイ? 何それ?
 ただ、私が赤ちゃんみたいな格好をしてるのは本当。
 うぶ着みたいな服とよだれかけをしたりなど。

「ばぶーばぶー」
「ちょ……」

 これっ、すごく恥ずかしいんだけど……っっ。
 恥ずかしいから、はいはいのポーズのまま彼の足元にしがみつく。
 さ、なでなでしなさいよっっっ。

「佳奈多さん…耳まで真っ赤だよ? 恥ずかしいなら辞めたほうが……」

 もうっ。
 鈍感なのは知ってたけどここまでなんて…。
 何だか、悲しく、虚しくなってきた。

「…震えてる? ごめんね、佳奈多さん」

 そういうと、そっと頭に愛しい手のひらが置かれた。
 その手のひらは、やさしくやさしく私を撫でてくれた。

 いつも…こう。
 結局は、彼にやさしさを見せられたら、私はそれ以上の抵抗をする気力を失わせる。
 そうしてまた、私は彼のやさしさに包まれる。
 
 でもまた、わがままを言ってしまうだろう。
 でもまた、同じようなことを繰り返すんだろう。

<おわり>




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