唯湖が部屋を訪ねると、甘ったるい匂いと共に、奇妙な光景が飛び込んできた。

「これ、本命ちょこれーとですっ。ずっと好きでした! 付き合ってください!」
「シンプルすぎ、六十五点」
「今日はわざわざお越しくださってありがとうございます、リキにはいつも大変お世話になって――」
「くどい、二十点」
「アナタガ、トゥキダカラー!」
「ある意味二百点だけど、マイナス二万点」
「わふー、手厳しいです……」

一瞬、佳奈多にクドリャフカが懇々と愛を叫んでいるのかと思ったが、そうではないらしい。
ある程度事情を悟った唯湖は、ふむと一つ唸ると、おもむろに口を開いた。

「バレンタインか」
「ええ。いつもお世話になってるお礼、とクドリャフカが言ったんだけど」

どうも趣旨が違ってきてるわね、とぼやく佳奈多だが、その顔には微かな笑みが浮かんでいる。
根は世話焼きの佳奈多であるから、懐いてくれる同居人に相談を持ちかけられるのは嫌ではないのだろう。
手紙を書き始めたクドリャフカに、やれやれと肩を竦めながらも目を細めたのを見て、唯湖は強くそう思った。

「で、佳奈多君はいいのか?」
「何の話?」
「君はチョコを贈らないのかね?」
「何で、私が」
「楽しみにしていると思うがな。君のチョコレイトを」
「……物好きな奴もいるのね」
「気を回しているつもりかもしれないが、憂う必要はないと私は思うぞ。何せ、普段お世話になっているお礼なのだからな」
「……お世話してるのは、むしろ私の方なんだけれど」

そう言って、佳奈多は困ったように眉根を寄せわざとらしく大きな溜息を吐いたが、頬が薄らと朱に染まっていた。
佳奈多君は意外に妄想好きかなどと頭の端で思いつつ、唯湖は頬を緩ませる。頑なに周りを拒んでいた佳奈多が、徐々に心を開きつつあるのは、かねてから知る唯湖にとって喜ばしいことであった。
むしろこうもあっさりと素直になってしまうのはいじりがいがなく、少し物足りないくらいだったが、それでも佳奈多と穏やかな時を刻めるようになったことはやはり良いことだと唯湖は思った。

「乗り気になってくれた時には、ぜひ余り物でもいいので私の分も用意してくれると嬉しい」
「あなたも物好きね」
「佳奈多君から貰えたとなれば、葉留佳君にたっぷり自慢できるからな」
「……考えておくわ」
「ありがとう。では、邪魔するのも気が引けるし、お姉さんは退散するとしよう」
「あなた、結局何しに来たわけ?」
「……まぁ、調査、と言ったところかな」

にやりと笑って、唯湖は懐から市販の板チョコを取り出した。
それを見て佳奈多が目を丸くしたが、すぐに白い目へと変わる。
それを渡す気かとでも言いたげな、常識を疑うような目線をかわして、唯湖は踵を返した。

「愛情が籠っていればいいのだろう?」

 背後に向けて放り投げた言葉を受けて、佳奈多がどんな表情をしたのかはわからなかった。
しかしすぐに飛んできた返事を受けて、唯湖はまず間違いなく明日は面白い騒ぎになることを確信し、小さく声を出して笑った。 

「クドリャフカ、既成事実って知ってるかしら?」




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