ある日、廊下を歩いていると唯湖はとある光景に出くわした。

「ん、あれは……」

 男と女が口論をしている。しかもよく見れば見覚えのある顔。
 これは間違いなく面白いことだ、そう思った唯湖はその現場に近づく。

「どうしたんだい、少年、それに二木君」

 口論している二人は彼女の友達であった。しかし見る限り、理樹の困っている表情に対して佳奈多のほうは怒りの形相。

「あ、来ヶ谷さん」
「夫婦喧嘩は犬も食わないというじゃないか。一体何があったのか、おねーさんに話してみるといい」

 そう、この二人はつき合っているのだ。
 痴話喧嘩ほど面白いことはない、それが知り合いならなおさらだ。
 もっとも、それもおおよそたいしたことないと判断してのことだが。

「そう、犬なんです!」
「犬……?」

 佳奈多が強く反応した部分に疑問を覚える。
 少年が犬でも拾ってきたのだろうか、でも寮ではペットは禁止されていたはず。風紀委員の二木君はそれに注意しないといけない。
 なるほど、それなら二人の表情にも納得がいく。

「流石に飼うなんて無理だよ!」
「どうしてなの、ペットの一匹くらい飼いなさいよ」
「おや……?」

 二人の会話の続きを聞いて謎が深まる。
 自分が考えていたことが会話の内容と全く逆だからだ。
 これはどういうことなのだろうか。

「すまない、一体どういうことなのか詳しく教えてくれたまえ」
「実は……」
「私から説明するわ」

 いいあぐねている理樹を手で制し、佳奈多が口を開く。


「直枝が私をペットにしてくれないんです!」


「……は?」

 思わず耳を疑った。
 誰が、何を?

「いやだって流石に無理だよ!」
「どうしてなのよ。身も心もあなたのものってことを証明したいの! 首輪ってもっとも服従の証だと思わない?」
「でもペットまでいかなくてもいいじゃないか! しかも耳に尻尾まで用意して」
「首輪といったらその二つも必須じゃないの」
「あー……」

 唯湖は悟った。ここにいてはいけないと。間違いなく、何か変なものがうつってしまう。

「あとは二人で仲良く喧嘩でもしておいてくれ。私には解決するのが無理な問題だ」
「ちょ、来ヶ谷さん!」
「直枝、おとなしくこの鎖を受け取りなさい!」

 夫婦喧嘩は犬も食わない。なるほど、確かにこの二人の喧嘩は下手に食べると危険なものだ。
 そう考えながら再び口論を始めた二人を見向きもせず、唯湖はその場を去っていった。




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