あの空を舞う蝶のように生きられたら、どんなに素晴らしいことでしょうか。



























" BUTTERFLY "



























 午前中の授業を終えると、まるで人形のように座っていたクラスメイトたちは弾かれるように行動を起こし始めました。席の離れている友達の下へ行ったり、クラスの違う友達のところへ足を運んだり、学食へ行ったり、中庭でビニールシートを敷いたり、部室でチームメイトと品のない話をしたり……そんな風に皆さん思い思いの場所で食を取っているようでした。
 私も昼食用のバックを手に持ち、教室を後にします。廊下に出ると多くの生徒があちらこちらに走ったり、歩いたり、立ち止まったり、座り込んでいたり。いくつか校則違反になると思いますが、たまに通りすぎる先生方も特に注意していませんし、私が気にすることではないでしょう。そのまま廊下を歩きます。
 何人か顔見知りとすれ違いますが、軽く声をかけて手を振り合うだけで「一緒に食べよう」と声をかけてくる人はいません。それはそうでしょう、何故なら私にはそうした習慣がありませんから。階段を下る生徒たちの波を掻き分け、私は上へ上へと目指します。
 この学校での生活は悪くありません。いえ、むしろ心地良いと言っても過言ではないでしょう。
「はぁっ……はぁっ……!」
 しかし何なのでしょうか、この息苦しさは。これは階段を登るペースを少し早めているからではありません。こんなにも好きな場所なのに、何故こんなにも澱んでいるように感じるのでしょうか。どうして空気を求めているのでしょうか。私にはわかりません。それでも自然と足は向きます……その場所へ、この学校で一番清い場所へ。

「……今日も良い天気」
 いつもの手順を踏み、閑散とした屋上へ踏み入れます。
 少し風が冷たいですが、ぽかぽか陽気で気持ちが良い。いつもと同じように訪れた屋上は、やはりいつもと同じようにそこにありました。そこにある町並も、木々も、空も、何もかも、いつもと同じようにそこにありました。
 窓の傍に埋め込まれた無骨な梯子に足を掛け、私の定位置に向かいます。給水塔を背にちょこんと座りますと、何物にも邪魔されない、私だけのパノラマ絵画がそこに広がっていました。私は見慣れていますが、きっとこの絵は毎日少しずつ変わっているでしょう。現に春先にはちらほら見かけた桃色の花はすっかり姿を隠し、代わりに木々がより一層茂りつつあるのがわかりました。
 ふと視線を落とすと、私の目の前に一羽の鳥が羽休めをしているのがわかりました。一体なんという鳥なのでしょうか……私は動植物にはあまり詳しくないので、一見しただけではどんな種類なのかはわかりませんでした。しかし立派な羽、しっかりした足……彼、いや彼女でしょうか。いえ、ここは彼と仮称しましょう。彼はまさに「飛ぶために生まれてきた」と言っても過言ではないくらいに、青空が似合う鳥でした。  何気なく彼を眺めていますと、ばっさばっさと翼をはためかせます。そしてそう思った次の瞬間――彼はその場から消え、遥か遠くの空へと滑空し始めていたのです。
「かっこいー……」
 私はそんな彼を見上げながら、ぽかーんと口を開きます。おそらく理樹君かさーちゃんが傍にいましたら「だらしがない」と怒りに近い突っ込みを私に投げかけるでしょう。そんな二人の姿を見るのは嫌いではありませんが、やはり少し恥ずかしいと私は思います。
 彼……鳥は格好良いと思います。けれど「なりたいか」と問われれば、それは必ずしもYesとはなりません。空に憧れることはイコール、鳥に憧れるということではありませんから。
 私は子供の頃、蝶が好きでした。ひらひらと、ひらひらと宙を舞う蝶……あまり運動神経のよくない私からしますと、遥か大空を滑空する鳥よりも、とても身近でとても美しいと感じていました。今思うと不思議なものです。私は捕食する側より、捕食される側に憧れていたのですから。




















 「あなたはのんびりした子だった」と、今でも実家に帰ると母は言います。しかし私は思います。それは過去形ではなく、現在進行形だと。今でものんびりしていると、私は思います。
 ですから小学校の頃に校外学習でどこかの山々に行った時も、皆が自由に空を飛ぶ鳥たちを眺め追いかけているというのに、私一人木陰で花に蜜を吸う蝶を眺めていました。
「小毬ちゃんは皆と遊ばないの?」
 引率として私たちと連れ添う先生の一人が、私一人が拓けた野原の端にいることを心配してかそう話しかけてくれました。けれど決して私は友達がいないわけでも、喧嘩しているわけでもありません。ただ私は蝶を眺めていたくて、皆が鳥を追いたかった。ただそれだけの差だったのです。
「……ううん、小毬はちょうちょを見ているの」
 しかしその頃の私は胸中を語る意味も、術も持たず、ただそう言い放って先生を困らすばかりでした。教室では素直に話を聞いていた分、きっと先生方は頭を悩ませていたと思います。ずっとそうしてくれていれば「ものわかりの悪い子」で済んだというのに、私はその黒い羽を追ってどこまでも、ただどこまでも行ってしまうのですから。
 何度かはそうして先生に引き留められました。そのたびに私はわがままを口にし、また蝶を眺めるのです。しかし人間とは違い、蝶は道楽のために花に止まるわけではありませんし、生きるために花に止まり、そして飛び去るのです。しかしそんなことを知らない私は、やっぱり童心の向くまま追いかけてしまっていたのです。
「……あれ?」
 それを何度か繰り返しているうちに、先生に引き留められることはなくなりました。それどころか、周りに人影は一つたりともありませんでした。先ほどまでいた野原とは違い、そこは私の膝丈ほどの雑草が茂り、木々の枝は空を隠すように重なり合っていました。
 大空を舞う鳥はそこにはいません――いえ、見えません。遥か遠い空は、私の目からも離れてしまいました。するとどうでしょう、私は急に不安に駆られたのです。見知らぬ土地という不安、誰もいないという不安、自分一人という不安、その他謂れのわからない不安……そうした数々の不安が胸を過ぎり、頬に一筋の雫が走るのでした。
 森と形容してもいいぐらいに木々が生い茂ったその場所は、まるで小さな箱庭……飛ぶことを許されない鳥籠、逃げることのできない虫籠。今であれば色々な言葉で表現できます。ただその時の私はその薄暗い空間に、恐怖だけを感じていたのです。
「あ……」
 我慢しようとしても次から次へと流れ出て、止まらない涙を拭っていると、薄暗い森の中に一つの色が現れたのがわかりました。黒や濃緑に包まれたその空間に現れた黄色は、まるで光のよう。右に左に踊る姿は、私を呼んでいるようでした。
「……そっちに行くの?」
 返事はありません。それでもその色は遠く、遠くへと向かって行きます。私は疲れ、また足元が悪く走ることができませんでしたが、目元をぐしぐしと拭いながらその導く方へと歩き出しました。藁にもすがりたいとはよく言いますが、不思議なことにこの時の私は、そのようには考えていなかったようにも思えます。何故あんなにも救いのない状況だったのにそう思えたのかはわかりません。ただその時の私は、心のどこかで確信していました。
(……ほ……緒に……ぜ…………)
 どこかで聞いたことあるような、でもやっぱり聞き覚えのない……そんな声が聞こえました。ぐしゃぐしゃに濡れた手を落とし、両目で辺りを見回しても人の姿は見えません。あるのは黒と濃緑の世界と、一つの黄色。ひらひら、ひらひらと踊ってはこちらを振り返って見ているような、そんな印象を受けました。私はそれを追い、再び歩き始めました。
 それからどのくらいの時間が経ったでしょうか。時計の読み方を習ったばかりの私が腕時計を持っているはずもなく、また携帯電話を持っているような年齢でも時代でもありませんでしたから、それを知ることはあの頃も今もできません。とにかく迷い込んだ時間よりも遥かに経過していることは、子供心にわかりました。そう感じただけなのかもしれませんが。
 やがて黒と濃緑の世界は淡くなっていき、少しずつ日が届くようになっていくのがわかりました。少しだけですが足元の雑草も短くなり始め、次第に私の歩調は早くなっていきました。それは出口が近付き、気持ちが前に出てしまったからでしょうか。いいえ、私はそうは思いません……私はただ、周りの黒と濃緑と同じように淡くなっていくその色を追いかけたかっただけなのです。
「まっ……待ってっ……!」
 私がそう叫ぶように口にしても、それはスピードを緩めることはありません。先ほどの踊るような姿はどこへいったのか、まるで追いかけっこでもしているのではないかという感覚に囚われました。ほとんど走っているような状況ですと、世界が白みを帯びていくのがはっきりとわかりました。
「――――ッ!? ……」
 そして、ホワイトアウト――正確には雪や雲で視界を失ったわけではありませんので、そう表現するのはおかしいのでしょう。しかし私は突然、世界が真っ白になってしまったように錯覚してしまったのです。前が見えません……私は思わず、歩みを止めてしまいました。あの色はどこへ行ってしまったのでしょう……そこで立ち尽くしていると、少しずつ視覚が戻っていくのがわかりました。
 初めに見えたのは緑。それは今まで見続けていた濃緑とは違う、この時期に相応しい青々とした新緑。次に見えたのは赤。しかしそれは私の目の前にある風景ではなく、私自身の色。私が生きて、そしてこの太陽の下に帰ってきたという証の……瞼に流れる、赤い血潮。その色。
「あー! 小毬ちゃんいたーっ!!」
 聞き慣れた声がします。名前は今となっては思い出せませんが……確か、クラスのムードメーカーだった男の子の声だったと思います。その子の声が聞こえ、本能的に「ああ、戻って来たんだな」と思いました。その次に聞こえたのは、風鳴り。おそらく私の目の前に広がるでしょう野原の草々が笑うように鳴くのと、私が通ってきた森林の木々が叫ぶように鳴くのがわかりました。それが終わると、聞き慣れた先生やクラスメイトたちの声が聞こえてきました。
 視界が戻った時、私はゆっくりと青空の方へ視線をやりました。どうしてでしょう、何故か私にはわかったのです。そこに"彼"がいることに――。
「小毬ちゃんっ! ああ、よかったー……」
 その言葉より一瞬早く、何かに包まれたような感覚に囚われます。
 私は空を見上げていましたので、一瞬何が起きたのかわかりませんでした。でも少し視線を落としますと、それが何なのかすぐにわかりました。私は先生の一人に、抱き締められていたのです。「心配したんだから」という先生に、私は「ごめんなさい」と言いました。でも先生も「ごめんなさい」と言いました。あの時は「小毬が悪いのに、どうして先生が謝るの?」と思いましたが、今ではわかります。大人とはそういう生き物で、そう生きなくてはならないということを。
 しかし私は先生の方を見ていませんでした。私の視線は遠く、遠くの青空――。

「……ちょうちょあの人が連れてきてくれたんだよ」
 私が指を指す、遥か遠く……青空には、一匹のアゲハチョウがひらりひらりと舞っていました。





















 あれは何年前のことだったでしょうか……よく覚えていません。しかしそのことだけが深く、深く私の中に刻まれています。一体あの蝶はなんだったのでしょうか、今考えてもわかりません。私の行き先を示すように、また私の歩調に合わせるように……そして時に自由に、あの蝶は舞っていました。
 しかしふと思うのです。あの蝶はあの大空高くに舞い上がっていったというのに、今でも傍にいるような気がすると。まるで私の肩を止まり木にして、いつの日かまた遠くに連れて行ってくれる――そんな風に思うのです。





















 ふわふわと空を飛んでいるような気がします。でもそんなわけありません、これは夢なんだろうな……と思いました。しかし夢の中でそんなことを口にするのは無粋なので、黙ってその感覚に酔いしれることにしました。
 行き先知らずの私はゆらゆら、ふわふわと空を舞います。まるで憧れていた蝶になれたように、幻想的な空を漂っています。
「……り…………」
 誰かが私を呼んでいます。
「……こ……り…………」
 夢の中だというのに、その声だけが酷く現実的でした。
「……こまり…………」
 そして思うのです。

「――よし、起きなかったら罰ゲームな」
 あ、蝶以上に自由な人がいると。





















「ふえ……?」
 目が覚めます。しかしまだ頭は覚醒していないようで、視線の置き場がわからずただぼーっと前を眺めます。見えるのは青空、あの頃と何一つ変わっていない、透き通るような青。もし一つだけ違うとすれば、私の傍で影を落としているものがあるということだろう。私の焦点は遥かな空に合いつつありましたから、それを認識するのには随分と時間が掛かりました。
「……きょーすけさん…………?」
 少し色素の薄い、長い前髪が私の目前で揺れていました。
「おわっ!?」
 と思ったら、突然飛び退きました。どうしたんだろう、と不思議に思い身体を起こします。そうしますと恭介さんは縁のギリギリのところで苦笑しており、私と視線が合うと「……よぉ」と顔を引きつらせるのです。
 まだ頭は働いていませんが、状況を整理してみます。
 私が起きました。恭介さんが飛び退きました。苦笑いしてました。カーディガンのボタンが全て外れていました。恭介さんの顔が引きつっていました。
「…………?」
 あれ、どうしてカーディガンのボタンが外れてるんでしょうか。風でしょうか。いやでも今日はそんなに強くありません。そもそもそんな器用は風はありません。むしろそんなにえっちな風はいません。それでは風以外です。
 ……えっち? ……かぜいがい?
「ふわあああああーんっ! きょーすけさんのえっちいいいいいーっ!!」
 どう考えても答えは一つでしたっ!
「ごごごごごご誤解だっ! やったのは俺だけど俺じゃねえっ!」
 両手をばたばた振りながら恭介さんは否定します。いえ、この場合否定しているというのでしょうか。むしろ肯定しているようにも思えます。いえしているでしょう、犯人はこの中にいます。
「起こしても起きなかったから呼びかけるたびにボタンを一個外す、そーゆー罰ゲームだったんだっ!」
 恭介さんはそう叫びます。罰ゲーム……私たちリトルバスターズにとって、それは離れようとしても離れられない、いわば太陽と月のような関係です。人生楽しいことばかりではありません。陽と陰、飴と鞭、表と裏、勝ち組負け組。言葉は違えど、この世の中では全て表裏一体のものです。ええ、起きなかった私が悪いのです。そこは反省しましょう、ここは屋上ですし。
 しかし私は聞かなくてはならないことがありました。
「……で、この罰ゲームはカーディガンの次はどこに行くつもりだったんですか?」
 ちなみに、既にカーディガンのボタンは全て外れています。
「え、そりゃブラウスだろ」
 本物の変態さんでしたっ!
「ふわあああああーんっ! せんせええええええええーっ!!」
「うおおおおおおーっ! もう授業始まってるから叫ぶなあああああああーっ!!」
 そう互いに叫び合いますと、二人して顔を合わせて肩を上下させます。どこか窓が開いている教室があるのでしょう、どこか聞き覚えのある先生の声が風に乗って聴こえてきます。耳を済ませますと体育館からは板張りの床にボールを弾ませる音、グラウンドからは一定のリズムを刻むホイッスル、またどこかの教室ではレクレーションでもしているのでしょうか、笑い声が聴こえてきました。そしてふと思ったのです。
「……恭介さん、授業は?」
 私がこうしてここにいるのは、私が自分で昼休みに来て、そしてうっかり寝てしまったからです。ではどうして恭介さんはここに来たのでしょう、それも授業中に。私がそう訊ねますと恭介さんは少しばつが悪い顔をします。そしてなんとなくですが、私はそれを察しました。何故かと申しますと、恭介さんは自分のミスであればあるほど笑いに転化する人だからです。だから恭介さんは、いつも道化……自分のミスを自分のミスだと言える、立派な人なのです。
 ですから、その表情の真意はすぐにわかりました。
「……五限終わってからお前たちの教室に行ったら、小毬が昼休みから帰ってこないっていうからよ」
 そういうことなのです。
 いわゆるこれは「さぼり」というやつです。もし私が一人で寝入り、一人でそれに気付いたとしたら、きっと血の気が引く思いをしたに違いありません。でも今の私は、全くの逆でした……心臓が一つ、強く胸を叩きます。血の気は引いているでしょうか。いいえ、むしろ全身を駆け巡っているのがはっきりとわかります。一見自由奔放で傍若無人に見られがちですが、恭介さんはそんな人ではありません。むしろ誰よりも人を気遣う人なのです。
 さて、しかしです。一つだけ気になることがあります。恭介さんはいつ教室に行き、私はいつから帰ってこなかったと申したのでしょうか。
「…………今、何時?」
「二時半」
 今度こそ血の気が引きました。
「ど、どーしてすぐ起こしてくれなかったんですかっ!?」
 どう考えても恭介さんに非はありません。むしろ悪いのは私一人。それなのに私はそんな言葉を言い放ってしまいました……でも、私の本音はこうです。私のことなんてどうでもいいんです。でも恭介さんはこの夏が過ぎれば、本格的に就職先を探さなくてはいけません。きっとこのさぼりだって、内申に多少響いていくでしょう。恭介さん本人が何かをした時なら「仕方がないなぁ」と苦笑いしたことでしょう。しかし今回はどう考えても、私が悪いのです……なのに何故、恭介さんは呑気にぽりぽりと頬をかいているのでしょうか。私にはそれが耐えられませんでした。
「いや、でも仕方がないと思うんだけどな……」
 恭介さんはそう言います。私の方を真っ直ぐに見て。
「……気持よさそうに寝てたし」
 恭介さんはそう言います。
 私の頬が……いえ、顔全体が熱を帯びていくのがわかりました。あまりにも真っ直ぐな言葉の前に、胸のわだかまりというか身体を取り巻くしがらみというか、そうしたものが一気に氷解していきます。そんなこと言われたら私は二の句が継げません。でも恭介さんはそれを嫌味で言っているのではなく、ただ本心からそう言っているのでしょう。
 ひらりひらりと宙を舞うように、飄々ひょうひょうと。
「そうだよな、今更戻っても仕方がないしな……」
 まるで他人事のように、恭介さんは青空を見上げて「うーん」と唸り声を上げます。私の思いなんて、露知らず。
 しかしこうとも思うのです。いつも恭介さんは私たちと同じ目線で、同じように行動しているけれど、本当は私たちの思うところより遥かに遠くにいるんじゃないか、と。私たちを止まり木にし、時に飛び立ち、私たちの道しるべになっているんじゃないかと……そうとも思うのです。
「……よし、駅前にでも行くか」
 そういうと恭介さんは汚れた制服をぽんぽん、とはたいてから梯子を降り始めます。
 そういうと恭介さんは梯子を降り始め、私の視界から姿が見えなくなっていきます。
(――これでいいんだ)
 私は見送ります。恭介さんは自由――そんなこと、出会った時からわかっていました。
 さっき考えていたことは、おそらく半分当たっていて半分外れていることでしょう。恭介さんが止まり木にしているのは理樹君たちであって、私ではないのですから。だから恭介さんは、私の道しるべに成りえません。だからこうして、私はただ見送るのです。
 ――遥か俯瞰、ただ憧れるばかりの傍観者のように。

「……来ないのか?」
「ふえッ!?」
 私の視界に突然恭介さんが……いえ、恭介さんの顔だけが現れます。絵的に怖いです。思わず声を上げてしまいました。
 ひらりひらりと自由に舞う彼は、何物にも囚われません……けれど彼が自由に振舞うということは、周りのものたちが囚われるということに他なりません。そう、だから恭介さんは自由に振舞っているだけ。ひらりひらりと舞うように、私の前に現れただけ。
 ただそれだけなのでしょう、恭介さんにとって。
「ほら、一緒に行こうぜ」
 どこかで聞いたことあるようで、初めて聞いたその言葉。その差し伸ばした手を取ったとしたら、私はどこへ連れ出されるのでしょうか。あの日のように道に迷い、またあの日のように白く、淡い世界に身を投じることになるのでしょうか。期待半分、不安半分……私は苦笑交じりの顔を上げ、その手を取ります。
 恭介さんにとって、この手はさほど意味は持たないのでしょう。弟や妹の手を取り歩くように、目上の人間としてごく当たり前の行動。だから私は顔を赤らめることも胸の鼓動を高めることなく、自然と握ることができました。

「……恭介さんは、蝶々みたいだね」
 梯子を降りると、思わずそう口を開いていました。
「……それ、褒めてんのか?」
 一足先に窓に足を掛けていた恭介さんは振り返り、あまり面白くなさそうな顔をします。それはそうでしょう、恭介さんこそ大空を滑空する鳥に憧れていた、最もたる男の子だったでしょうから。鷲のように力強く、燕や鶴のように自由に――自分の目に映っていた鳥の名前すら知らずに追いかけ、憧れていたに違いありません。
 でも私は違いました。届かない鳥より、身近に舞う蝶に憧れていました。私の行き先を示すように、また私の歩調に合わせるように……そして時に自由に、あの空を舞う蝶に。
 だから私は、目一杯の笑顔でそれを言います。どうか彼に、この想いが少しでも通じますように――淡くてもいい、ただ想い続けていたいのです。

「私は大好きだよ……蝶々恭介さん
 ――願わくば、これからも私の行き先を示し続けて下さい。






(了)



後書き




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