ずずっ、とぬるくなった日本茶をすする。あんまり美味しくはないが、喉の渇きを潤すには十分だと思う。

(喉の渇きだけは、ね……)

 僕と真人の部屋は冬休みに入ってから、異様な光景に包まれていた。
 まずは窓際に積み重なった大量の漫画。僕も真人もあまり読まないので、これはもちろん恭介の持ち込み物だ。
 そんな恭介はベットを背もたれにして、今日買ってきた新刊を読んでいる。

「……くくっ」

 時々聴こえる笑い声が凄く気になる。自分の部屋で読んでよ。
 次にコタツの上にでん、と陣取る将棋盤。恭介は打てるらしいけど興味はないらしく、僕もルールがわかる程度で真人に至っては「なんだ、このかつらうまっつー駒は……ハゲてんのか?」とか言っている始末だ。
 ということで、これは謙吾の私物。対局する相手はいないから、いつも一人将棋をしているだけだけど。

「……む?」

 窓際の席に座る謙吾は時折そうして唸り、手を止める。自分対自分では限界があるらしい。だから自分の部屋でやりなよ。
 一方もう一人のこの部屋の主と言えば、

「……帰ってこないね、真人」

「ったく……時間制限も設ければよかったぜ」

「全くだ」

 『ジャンケンに負けた井ノ原真人がコンビニまでパシる』という理不尽な勝負に破れ、部屋を出て行ったきりだった。
 そんな17歳(と18歳)のクリスマス・イブ。



























リトバス☆漢祭 

〜幸せの十文字喜三太物語〜




























 ちなみに今、この部屋はとんでもなく汚い。
 どれだけ汚いのかというと数日分の洗濯物や洗い物が至るところに積み重なってるし、ゴミ箱なんてものはとうに機能しなくなっていてゴミ袋そのものがそのまま何個も転がっていたり。
 更にはどこから持ってきたかテレビがあったり、それに繋がれているゲーム機があったり、恭介が「たまにはコレだろ」と持ってきた人生○ームがあったり、恭介が「こーゆーのも悪くないんじゃないか?」と持ってきたレー○ー作戦ゲームがあったり、恭介が「うわ懐かし!」と大量に購入してきた遊○王カードがあったり。
 ええ、そりゃもう散らかり放題ですよ。主に恭介のせいで。
 ま、それはとにかくとしてだ。

「にしても……ホントに実家に戻らないの?」

「しつけーなぁ、何度も言ったろ」

 僕の問いに対し、恭介は面倒臭そうに答える。いや実際面倒なのだろう、片時も漫画から目を離さないのだから。実に失礼だ。
 一方の謙吾は盤前で未だ唸っている。せめて話ぐらい聴いてよ。

(ま、いいけどさ……)

 二学期の終業式が終わってから、既に数日が経過している。ほとんどの寮生(というか僕ら以外)は実家に戻ったり、早々に旅行に出掛けてたりする。
 で、僕ら四人はというと。

「理樹はどうせ残るんだろ、俺も付き合うぜ」

「水臭えな、寂しいなら言えって」

「ふむ、そういう時間も悪くないだろう」

 と各々勝手な判断をしてここに残っている。お陰で寂しくはないけれど、その分騒がしく狭っ苦しい生活を迫られている。一長一短、というやつだ。
 しかしそんな単発ネタなものばかりやっていたら飽きるに決まっているわけで、今じゃ同じ部屋に寝転んでいても、時々会話する程度で別々のことばかりしている。だから自分の部屋に戻ってってば。
 そんなことを考えていると恭介がぱん、と漫画を閉じてのそのそと身体を起き上がらせている。どうやら読み終わったらしい。

「皆で同じ部屋にいるのに、別々のことしてても仕方がねえしなぁ……」

 と大あくび。僕も同意見だけど、なんか釈然としない。

「それは構わないが、何をするんだ?」

 謙吾は将棋盤を片付けながら、「もうここにあるゲームには飽きているぞ」とそれをアピールするように○ーダー作戦ゲームの戦艦をひらひらとかざしていた。
 んー、と恭介はひとつ唸って、

「じゃあ、今年のペナントについて語ろうぜ」

 ともの凄く使い古された話題を上げた。

「えぇ……それ、終業式の夜にやったじゃん」

 しかも完全に恭介の独断と偏見で。「1998年優勝メンバーを干すとは何事か!」という熱弁を何度聞かされたことか。
 あえて球団名は言わないけど。

「それじゃ、WBCの第一次候補について語ろうぜ」

「それ、発表されたその日にやったって……」

 もちろん議題は某外野手についてだ。あえて誰かは言わないけど。

「……発表後に辞退した元広島の投手について」

「発表直後に散々苦言を呈したよ……」

 何度も言うけど、あえて誰かは言わない。

「ちっ……理樹、もっと柔軟に生きろよ」

 恭介は偏り過ぎなんだよ。主に漫画とゲームと野球に。
 むしろ恭介の方が柔軟性がないと思う。言っても屁理屈をこねられるだけだから口にはしないけど。

「……クリスマスか」

 窓の外に目をやり、恭介は独り言のように呟く。この敷地の中に、僕ら以外の人間はいない。
 ただそこには物言わぬコンクリート固めの建物ばかりがそびえている。

「もう、奴の季節か……」

 ああ、始まったよ。そう思わざるを得ない。
 恭介がこうして遠くを見つめている時、それは自分の世界を形成し始めた証だ。
 その所業、疾風の如く。僕らが気付いた時には、嫌々ながら耳を傾けるしかない。
 しかしこの時だけ、少しだけ思ってしまった。「暇だし聞く分にはいいかな」、と。
 それが正しい判断かどうかは、僕にはわからない。でもいいじゃないか、こんな退屈な夜を潰せるのなら苦痛でもないだろう。

 そして恭介は語り始める。
 長い、長い物語を。










                   ◇









 その男は長い旅を続けていた。
 男は旅のひと。彼の道ずれはふたつ。
 旅の途中で出会った男、ルドルフ。「旅人」と呼ばれる者に課せられた、全て遠き理想郷。



――誰だ……?

――アヴァロ○……?
 
――そこ、突っ込み入れんな。



 あの、一番辛かった日々。毎日ふさぎ込んでいた日々。
 そんな彼の前に、一人の男が現れて、彼に手を差しのばしてくれたんだ。

「ヘイ、来ないのかい!」



――途中までデジャヴだったのに、急に萎えたよ……。



 そう彼は訴え、自分の名を言った。

「俺か? 世界中を旅する男。ひとよんで……ルドルフさ」

 歯をにやりと見せ、そう言った。



――ルドルフとの問答だったのか……。

――凄い気さくだね……ルドルフ。



 彼とルドルフは長い旅を続けた。ゴールのない、長い旅だ。
 辛いことがあった。あの場所には、いたくなかった。それだけを考え、彼はルドルフとともに海を越えた。



――えぇ……いた場所の説明もなしに?



 彼の国は戊辰戦争の最中だった。



――取って付けたかのような説明ありがとう。

――……日本人なのか。



 明治元年から明治二年に起きたこの戦争は、王政復古で成立した明治新政府が江戸幕府勢力を一掃した日本の内戦だ。



――その説明は絶対いらないよね……。



 その戦いの最中、彼は家族を失った。そうしていつしか戦いの中に身を投じ、まるで死を待つかのように一心不乱に戦い続けた。
 転戦し続けた彼は、徐々に北へ北へと向かっていった。その先に、自分の最後があるのを信じて。



――……雲行きが怪しくなってきたな。



 のちの日本、そして彼に大きな衝撃を与える出来事が戦いの中で起こってしまった。
 土方歳三の死だ。



――ついに歴史上の人物出ちゃったよ……。



 巨星、落つ――彼の目には、本当にそう映ったのだ。まるで漆黒の闇の中、ひとつだけ強く輝く星がそこに見えなくなってしまったかのように。
 彼の心は、そこで折れてしまった。



――そんなに尊敬してたのか……?



 そんな中出会ったルドルフに、彼は笑った。

「なんてヘタクソな日本語を喋るのだろう、こいつは」

 刀も銃も、そこに置いていった。
 彼も思ったのだ。俺もヘタクソな外国語を喋って生きていこう、と――。



――……脈絡なさ過ぎだよ。



 彼は旅の中で、自分を取り戻していくの感じた。
 ルドルフという親友の存在、言葉も通じぬ他人から受ける施し、見たこともない街並――そして自分が身を投じた戦いよりも悲惨な、重火器による戦い。戦場にいた自分が、何故かそこにもっとリアルな死を見ていた。
 ある時戦火に焼けた街を訪れ、ルドルフは焼け焦げたぬいぐるみを拾い上げた。そして言った。

「俺の夢は、世界中の子供に玩具をプレゼントしてやることさ……それも一回じゃない。毎年毎年――子供たちが楽しみにできるような日を、俺は作ってやりたい」



――なんか急にクリスマス臭がしてきたな……。

 

 それからも二人は長い旅を続けた。
 いくつもの山を越えた。長い海を渡った。どこまで続くかもわからぬ雪の中を歩き続けた。
 そして――ルドルフが倒れた。



――えぇ……?



「ちっ……俺はもう駄目だ。こんな雪じゃ助かりっこねえ。置いていくんだ」

 彼は首を横に振った。
 今まで彼の旅はルドルフの旅について行っただけだった。
 ただ彼のあとを追い、ただ彼の話し相手になっていた。それだけだった。
 だから彼は置いていけなかった。

「いいんだ、俺は……前言ったこと覚えてるか? 子供に玩具を配るってやつ……あれ、出来ればお前が叶えてくれ。はは、難しい話だけどな……目指すだけ、目指ちゃくれねーかな?」

 ルドルフの言葉に、彼は頷いた。
 叶えられるわけがない――夢見事だ、そんなことは。
 彼はそう思いながらも、頷いた。それがルドルフの励みになってくれたらいい、そう願いつつ。

「……ありがとうよ、親友」

 そうしてルドルフは目を閉じた。
 流れ出る涙も拭わず、彼はこう言った。

「ヘイ、来ないのかい!」

 返事はない。彼は繰り返した。

「ヘイ……来ないのかい…・…!!」

 返事はない。それでも彼は繰り返し続けた。
 もう彼の口が開くことは、二度となかった。



――ふ、伏線だったのか……?

――いやいやいや……どう考えても即興でしょ。

――筋肉が足りなかったんだな。



 ルドルフの身を襲った何かが、彼にも忍び寄っていた。
 足取りは徐々に重くなっていき、視界はとうに擦れ始めていた。それでも白銀の世界は続く。
 彼は思った。家族を失い、ルドルフを失った……彼はもう、生きる必要なんてなかった。生きる理由なんてなかった。
 そして、身を横たえた。
 もう目をつぶろう。目をつぶって、皆のところへ行こう。そしてルドルフに謝ろう、約束守れなくてゴメンと。
 空は闇に包まれ、雪はただ白かった。暖かい世界に行きたいと、何度も願った。
 次に目を覚ました時、今まで失ったものに出会えるだろう、そう信じて――眠りに落ちた。



――……死んだの?

――い、いやまさかな……。

――筋肉が足りねえんだって。



 次に目を覚ますと、彼は暖かな暖炉の前に横たえられていた。ぱちぱちと音を立てる薪が、やけに懐かしく感じた。
 そしてそばに、青い瞳をした少年がいることに気が付いた。彼が起きたことに少年も気付いたらしく、部屋の奥に向かって何かを叫んだ。
 すると彼の親らしい人物が顔を出し、彼の目の前にスープを置いた。飲め、と言っているようだった。
 彼はそれを口にしながら、謝った。生きていてゴメンと。生き延びてしまって申し訳ない、と。
 それを飲み終えると少年が彼に何かを訊ね出した。もちろん彼には伝わらない。しかしなんとなく彼は、「なんて呼べばいい?」と訊いているように思えた。
 彼は言った。けれど、少年には伝わらない。痺れを切らしたのか、少年は紙とペンを取り出した。
 この国の字なんて、彼にはわからなかった。言葉は全てルドルフに任せてきた。でももう、ルドルフはいない。
 伝わらなくとも、頑張って書いてみようと、そう思った。

「? ……Cross?」

 一字を指差し、そう言った。違うとは言えなかったから、もう一度ゆっくりと自分の名を告げた。
 少年はぽん、と手を叩き言った。 

 「Santa Claus!」

 "十"という字がクロスとなり、名はサンタと略された。
 十文字喜三太という男はこの日から、サンタ・クロースになった。



――む、無理矢理過ぎる……。

――……ここまで来ると突っ込みようもないね。

――筋肉の出番はまだか?



 それから彼はその土地で暮らし始めた。何もなかった彼に、帰るべき場所ができた。それでも彼の心は、どこか満たされないところがあった。
 どれくらいの時が経ったのだろう、いつしか彼は老人と呼ばれる年齢になり、何度目かの冬が来た。
 冬は辛いことが多かった。王政復古の大号令が発せられて戦争が起きたのもこの時期だし、それと同じくして家族を失った。そしてルドルフを失ったのも冬だ。彼にとって、いやこの集落に住むものにとっても冬は厳しいものだった。
 毎年行方不明者は出るし、酷い時は命を落とす者が何人も出る年もあった。それでも彼には何もできなかった。
 彼は何度も思い返していた。ルドルフが思い描いていた、ひとつの夢を。
 ルドルフは「世界中の子供たちにプレゼントをあげたい」と言っていたけど、きっとプレゼント自体に深い意味があるわけじゃない。きっと不幸せな子供たちを、少しでも幸せにしてあげたいという、そうした気持ちを表現するのに、そうしたことを例にあげたのだろうと思う。
 ルドルフは言った。「出来ればお前が叶えてくれ」と。自分が叶えられなかった夢を、叶えて欲しいと言っていた。
 こんな老人に、何ができるのだろうか。ルドルフが言っていたような大きな夢を、もうすぐ死を迎える男に叶えることができるのだろうか。
 そんな時、玄関からドアを叩く音が聞こえてきた。

「おじさん、ボクだよ。ドアを開けてよ」

「ヴィクセンかい? ……一体こんな時間に何をしにきたんだ」

 ドアを開けるとそこには、隣に住む少年が頭に雪を乗せながら立っていた。その両手には、大きな紙包みが大事そうに抱きしめられていた。

「暖炉にお当たり。風邪をひいたら大変だ」

「ありがとう、おじさん」



――……なんか三流ホームドラマみたいな雰囲気に。

――しかもヘンにシリアスで突っ込みどころが掴めんぞ……。

――ああ、筋肉の付け入るスキもねえ……。



 ヴィクセンを奥まで通すと、彼はミルクを温め彼に手渡した。

「こんな夜中に一人で来ちゃ駄目だろう、これを飲んだらお帰り」

「ボク、お父さんとお母さんに頼まれてきたんだ」

 そう言うと両手に抱えていた紙包みを彼に手渡し、ヴィクセンはニコニコと笑った。彼が包みを開けると、中から真っ赤なコートとズボンが出てきた。

「ヴィクセン、これは?」

「前お父さんに話してたでしょ、『私の国だと60歳になると赤い服を着るんだ』って。それを聞いてお母さんが作ったんだって!」

 彼には確かに話した覚えはあった。しかしそれはあくまで故郷の風習で、雑談の場で少し話題に出しただけだった。だからもちろん手に入れるつもりもなかったし、着るつもりもなかった。そもそも旅をし始めてから年を考えたことがなく、自分の年がいくつなのかもわからない。
 そんなあやふやな自分に、この集落に住む人はこんなに立派な服をこさえてくれたのだ。

「ヴィクセン……お父さんとお母さんに、ありがとうと伝えてくれるかい?」

「うん!」

 そう元気に答えるとヴィクセンは家に戻った。彼は暖炉の前に戻ると、噛み締めるようにその赤い服を見つめた。
 ヴィクセンには妹がいた。年子の可愛らしい女の子だった。彼女が命を落としたのも、こんな吹雪の日だった。

(……少しでも、あの子たちを幸せにしてやりたい)

 彼はもう、決めていた。



――クライマックスっぽいな……。

――……もう半分くらいの時点でオチ読めてたけどね。

――え、マジ?



「おじさん、本当に行っちゃうの……?」

「ああ、済まないねヴィクセン」

 それから年が明けぬ前に、彼はもう一度旅に出ることにした。今度は終わることのない、永遠の旅。
 ルドルフが死ぬまで抱き続けた、理想を実現するために。

「いいかいヴィクセン、これはお別れじゃない。君がいい子にしていれば、きっとまた会える」

「本当に?」

「ああ、もちろんさ……サンタ・クロースはね、そうやって世界中のいい子にプレゼントを渡して回るんだ」

 くしゃ、と栗色の髪を撫で、ソリに乗る。ソリを引っ張るのは九匹のトナカイ。彼が旅に出ることを決めた時、一番元気のいいものを皆で集めてくれた。彼は本当に感謝していた。
 その中でも一番元気がよく、少々角がひん曲がったトナカイに、彼は"ルドルフ"と名付けた。その明るく不器用そうなところが、とても彼に似ていたからだ。

「さあ、行こうルドルフ……私たちの夢を、叶える時が来た」

 彼は旅立った。相棒のルドルフとともに、老人の証である赤い服に身を包みながら。
 今日の世、彼の真名を知るものは少ない。










                   ◇









「……というわけで、サンタ・クロースは日本人だったんだ」

 一時間以上に及ぶ恭介の話は終わった。色んな意味で。

「……結論はそこなの?」

 流石に突っ込まずにはいられなかった。

「おいおい、驚きの真実じゃねーか……流石の俺も、戊辰戦争が絡んでくるとは思わなかったけどな」

 創作者爆弾発言。即興過ぎるよ。
 というか長いのに中身が凄い薄いよ。

「確かに一概には否定できんが……サンタ・クロースは1800年代前半に広まった、と聞いたことがあるぞ」

 純日本人風の謙吾から語られる、衝撃の真実。確か戊辰戦争は1868年。思いっきり後半。
 流石の恭介も、これには負けを認めざるを得ないはず――。

「後付けだ!」

「どっちがだよ!!」

 もうここまで来ると意味がわからなくなってくる。

「ほらアレだ、最近佐○栄作の核報復発言が今更判明したろ? それと一緒さ」

 総理大臣と大統領の会談と自分の創作話を同等の位置に考える。ホントに恭介はどこまで破天荒な奴なんだろうか。もう出会ったことからわかってたことだけどさ。

「筋肉がいつ衰え、いつ爆発しちまうのかわからないのと一緒だな……」

「全く違うよね」

 というか真人はいつ帰ってきてたんだろう。途中から筋肉ネタが盛り込まれてたから、その辺りには帰ってきてたのはわかるんだけど。
 案外恭介の話に聞き入ってしまっていたのかもしれない。今思えば不毛な時間だった気がするけど。

「お、ようやく帰ってきやがったか。早速俺のマッカンをよこせ」

「偉そうに……ほらよ」

 舌打ちしながら真人はビニール袋から一本の缶を投げ渡す。
 にしても、マッカン。恭介は果たしてコーヒーを飲みたかったのか、糖分を摂取したかったのか。コーヒーだったら他にあるだろう、とは思うけど。

「真人、俺の茶は?」

「あるからそんながっつくなって」

 今度は紙パックを謙吾に投げ渡す。

「理樹は炭酸系だったな、ここに置いとくぜ」

「うん、ありがとう」

 真人のことだから炭酸まで投げ渡しそうな雰囲気だったけど、流石に真人もそこまでではないらしい。ありがたく頂くことにする。
 が、見えない不信感が拭えない。

(……こんなパッケージの炭酸あったっけ?)

 ペットボトルの中身はサイダーやソーダのような透明感のある液体であるのにも関わらず、ボディビルダーのシルエットがドデカく外装ビニールに描かれている。少なくとも僕の記憶の中にこのような飲み物を飲んだ経験はない。
 品名のところを見てみる。



品名:プロテイン(炭酸飲料)



「ええっ!?」

 と僕が叫ぶとほぼ同時、恭介と謙吾がそれまたほぼ同時に吹き出す。

「「な、なんじゃこりゃあーっ!!」」

 あっという間に机の上は大惨事、漫画もゲームも将棋盤もレーダー○戦ゲームも二人が吹き出したものでぐっしょぐしょだ。
 タオルやティッシュを探そうにも部屋の中は大荒れで探しようがない。二人が急いで探している間に、二人が飲んだ商品を確認してみる。



品名:マックス・プローティー(コーヒー飲料)

品名:プロ〜い、テイン(緑茶飲料水)



「ええっ!?」

 完全にパクリ商品だった!

「もしかして気に入らなかったか? 今下のコンビニで『大好評プロテ飲料フェア』ってのがやっててよ、全部九割引きでよー……いや流行ってんだなぁ、プロテイン」

 完全に在庫処分だった!
 しかもわざとじゃなくだまされていた!

「……僕、買い直してくるよ」

「なんだよ理樹、気に入らなかったんならオレがもっかい行くぜ?」

「いや……真人は残ってた方がいいよ」

 色々な意味で。
 廊下を出てしばらくしてから、真人のものだと思われる断末魔が聴こえてきた。










                   ◇









「ふう……」

 わざわざ校外に出るのも面倒だったので、校内の自販機で買い直すことにした。もちろん恭介と謙吾のものもだ。
 僕は一足先に自分のペットボトルに手をかけ、ベンチで一休みすることにした。少し寒いけど、ここ最近は少々自分の時間というものが少なかったようにも思える。いい機会だと思った。

(あのプロテ飲料は真人が飲むからいいか……)

 多分自分用も買ってきてるだろうけど。もう完全に真人用だよアレ。

「…………」

 吐く息が白い。否応がなしに今が冬だということを実感してしまう。
 なんとなくだけど、さっきの恭介の創作話を思い出す。
 十文字喜三太――サンタ・クロース。いや彼をサンタ・クロースと同一視するのは間違っているけれど、他に呼び方がないので仕方がない。創作の身の上だとしても、彼は一体何を思って生きていたのだろうか。
 家族を失い旅に出て、親友を失い命を救われて、そしてまた旅に出る。何故彼はそうして生きたのだろうか。一度は死んだ命だと思ったのかもしれない。けれど、どうしてそこまでストイックに生きたのだろうか。
 それだけが、ちょっと気になった。

(時代、って言われたらそこまでだけど……)

 でも恭介がそこまで考えてるとは思えない。やっぱり意味はないのだろうか。
 それにしてもやっぱり年末は冷え込む。室内で飲みたかった炭酸飲料も、もう凶器的に冷たいだけだ。フタを閉め、立ち上がろうとする。

「理樹」

「えっ……とと」

 不意の一投。
 手元に投げられた缶コーヒーを、危うく地面に落とすところだった。

「ナイキャッチ」

「恭介……こっちの状況見て投げてよ」

「悪い悪い」

 それだけ言うと僕が隣に置いていた缶コーヒーを手に取り、プルタブを開け始める。

「わざわざ買い直してくれて悪ぃーな、あとで金払うから」

「でも、僕も恭介からもらってるし」

 ひらひらと投げ渡された缶コーヒーを振る。

「クリスマスプレゼントだ」

 ぐっ、と親指を立てるが、あんまり嬉しくない。恭介の彼女になる人は不憫だ。
 まぁ、恋人相手だったら多少は気遣いするんだろうけど。流石の恭介でも。

(…………)

 するってことにしておこう。

「……訊きたいこと、ありそうだな」

「……バレてたの?」

「理樹は嘘つくのヘタだからな」

 そう言うと恭介は歯をにやりと見せ、笑った。あの頃と同じ笑顔だ。
 僕らはいつも対等だったけど、こういう時だけ恭介は年上だった。子供っぽい趣味ばかりだけど、間違いなく恭介は先輩であり、僕らの良き兄貴だったのだ。
 だから僕は言うことにした。

「恭介……十文字さんは、なんで生きていけたのかな?」

「……なんでそう思うんだ?」

 質問に質問で返すな、と言いたかった。けれど恭介は茶化しているのでも本当に疑問に思っている風でもなかった。
 自分で考えろ、といっているように僕には聞こえた。

「家族も親友も失って、見知らぬ土地で生きて……もう老い先短いのにまた旅に出る。ルドルフだって、そんなこと望んでないんじゃないかな」

「理屈じゃねえよ」

 一言。それだけで論破された気分になった。

「望む望まないじゃない……喜三太がそうしたかったんだよ。喜三太が出した答えなんだ」

 十文字さんが出した答え。そう言いながら、恭介は「それは俺らもいつかわかることだ」と言う。

「人はいつか死ぬんだ。戦争だって一部の人間がやらかしたことで、実際引き金引いた奴が悪いわけじゃねえ……それでも人は懸命に生きていくしかない」

 誰でも知っていることだ。だけどそれを本当に知っている人は、今日にどれだけの人がいるだろうか。
 少なくとも戦争を知らない僕たちには、そんな理不尽な死があるなんてことは言葉でしか理解できない。

「それでも……子供や心が弱い人がいる。そんな人の支えになりたい――それが様々な人に支えられてきた喜三太の、答えじゃねえかな」

 いつだって子供は被害者で、大人が犯した罪の犠牲になる。大人が子供の幸せを願うのは当然のことなのに、それができない世界がある。
 十文字さんは、それを言いたいんだ。

「俺たちにもいつか別れがくる……それが死じゃなくても、こうして男ばっかりで馬鹿やるクリスマスも今年が最後かもしれねえんだ」

「だから……今を楽しめ、って?」

 最後は、僕が言った。それは僕が答えるべきだと思ったから。
 予想通りの答えだったらしく、恭介はまた歯を見せながらにやりと笑った。

「そーゆーこった」

 そう言うと恭介は思い出したようにポケットからケータイを取り出し、僕に手渡した。
 そんなに長い間部屋を空けるつもりはなかったから、あえて持っていかなかった僕のケータイだ。

「何度も鳴っててやかましかったからな」

 ディスプレイを見てみると、そこにはEメールを複数受信していることがわかった。それは同一人物じゃなく、数人の女の子から。
 次々に浮かんでは消える、この場所でともに歩んできた少女たちの顔。その少女たちが僕に好意を寄せていることは、薄々感付いてはいた。それがはっきりしたものだったり、具体的な行動だったりするわけではないけれど。
 なんとなく、そう思うのだ。自惚れかもしれないけど。

「お前が真っ先裏切ることになろうとはな……切ないぜ」

 大袈裟に目頭を押さえ、俯く。相変わらず芸達者だ。

「恭介ぇ……別に誰かと付き合ってるってわけじゃないんだからさ」

 こうやってわざとらしくやってるのは芸だと思うけど、言っていることは本音だと思う。
 恭介は案外寂しがりやだから。恭介はきっと――一番悲しんでくれているから。
 でも次顔を上げた時、恭介の瞳には力があった。僕を責め立てるような、僕を押し出すような、そんな力だった。

「……じゃあ、全員振るっつーのか? お前」

「そういうわけじゃ、ないけど……」

 決して彼女たちが嫌いなわけじゃない。むしろ僕だって、好意を寄せていると思う。
 でも、僕にはまだ一人を選ぶことはできない。優柔不断で移り気な僕。なんとも情けない話だった。

「じゃあ必然だ。俺とお前が道を別つのはな……遅かれ早かれ、の問題でしかねえけど」

 それだけ言って恭介は立ち上がった。別れを惜しむような素振りはない。恭介はそれが当たり前のような顔で、背を向ける。

「俺はいつ別れがこようとな……幸せだったと思うぜ。お前らとの日々は」

 白い息と一緒に恭介の言葉、そしてその姿は夜闇に薄れていった。
 でも、この記憶は薄れないと思う。恭介は幸せだと言ってくれたのだ、僕らと過ごす日々を。それは僕だって一緒で、きっと真人や謙吾も同じなのだ。
 だから僕はその言葉を反芻していた。僕一人、ベンチに座ったままで。

(そっか……クリスマス・イブなんだよな、今日)

 ケータイを開いて、ひとつひとつメールを読んでいく。
 純粋にクリスマスをともに祝おうというメールから偶然を装うメール、本当にクリスマス関係なしのメールまで、僕のケータイには受信されていた。
 返信することも忘れ、空を仰いだ。

(星……見えないな)

 そこに見えるのは輪郭がうっすら見える見慣れた校舎と、風が吹くたびに姿を変える木々の枝。こうしているだけではとてもじゃないがクリスマスって雰囲気じゃない。
 十文字さんは、もう今夜の準備を始めているのだろうか。それとももう、この夜空を飛び回っているのだろうか。ルドルフとともに。
 ささやかながら幸せな日々を過ごし、幸せを配るために今日まで生き続ける老人、サンタ・クロース。

(……十文字喜三太だといいな)

 そんな辛いことがあっても、ささやかに幸せな日々を過ごした人物が幸せを配っているのなら、いい。
 僕はそう思う。
 そんなわけは、ないんだけれど。

(……あ)

 空から舞い降りる、冬のしるべ。
 まるで彼が通った轍のように、しんしんと降りしきる白い結晶。



――うっほほーい! 雪だ雪ぃー!!

――恭介! 雪合戦だ雪合戦!

――降り始めでできるか……馬鹿者。



 皆の声が、聞こえる。少女たちに謝りながら、僕はケータイのディスプレイを閉じた。
 もう少しだけ、男ばかりの日々を楽しんだってもいいじゃないか。だから僕も輪に加わろう。こんな日々は、もう終わりかもしれないから。
 あとでちゃんと、返信するからさ。










「ホワイト・クリスマスだー!」










――メリー・ホワイト・クリスマス、ってね。










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