華はさくら、君は美し


 休日の午前八時。
 土曜日の定時に流される天気予報が、一日中雨は止まないと言っているのをラジオで聞く。何となく、ジメジメしているこの雨は好きじゃなかった。
「なぁ理樹、この土砂降りじゃあもしかして筋トレ行けねぇんじゃないか?」
「そうかもね」
 真人はこんな時でも筋肉のことを考えて、身体を動かせないあまり暇をしていた。
「なんだか筋肉が禁断症状を起こしてオギオギしてるぜ」
「……」
 筋トレで禁断症状を起こす人なんて真人以外にいるのだろうか? まぁ、真人は許されれば一日中筋トレしていそうだし、禁断症状も出るのかも知れないけど。
「何だその目は、ただでさえジメジメとした暑い日なのに目の前に筋肉の塊がいるとそこから更に湿気と熱が出て不快指数が高くなるから部屋の隅で身体を丸めてジグソーパズルでもしていて下さい、とでも言いたげだなあ、あァ!?」
「……やっぱり神掛かっているよね、真人の言いがかりは」
「フッ、ありがとよ」
 やっぱりいつもと同じような会話を続けながら、それでもこの雨のせいかいつものように「褒めてないから」とつっこむこともできなかった。
 春も今が佳境という時に、何でこうも梅雨のような雨が降るのかな。晴れていたらリトルバスターズ皆で盛り上がったり(主に野球や缶蹴り、筋肉さんがこむらがえったなどで)、彼女とデートすることもできるのに。
 真人がスクワットをし出して、僕が下の階の人の迷惑にならないかなぁなどと考えている時、ふと携帯電話が鳴り出した。最近変えた着メロのアップテンポな曲が、どことなく重い空気を孕んだ室内に響き渡る。
 差出人を見てみると、そこには『能美クドリャフカ』の文字。
 僕は急いで通話ボタンを押した。
「どうしたの、クド?」
『リキですか?』
 携帯に電話しているのにいちいち僕の名前を確認しているクドが、何となく微笑ましい。その声のバックに聞こえている雨の音が、なぜだろうか、泣いているように聞こえた。
「うん。グッドモーニング、クド」
『ぐっどもーにんぐです。……雨が酷いですね』
「うん、何だかジメジメしてるしね」
『あの、そんな中悪いですけど……駅に行ってくれませんか? ぷりーずかむとぅーすてーしょん?』
「……何で?」
『いっつしーくれっと、です。ではまた後ほど会いましょうっ!』
「えっ? あ、うん、またね」
 プツッ……プー、プー、プー――
 電話を切った。そうしないと多分、掛けた方から切るのはマナー違反だということでクドからは切らないだろうから。
 妙なところで日本人っぽいクドを思い出して、ちょっと苦笑した。
「んあ、誰からだ?」
「クドからだよ。僕に今から駅に行ってほしいって」
「マジかよ……土砂降りじゃねぇか」
 真人はそう言うものの窓越しに見た雨はさっきと比べてちょっとだけ小雨になっていた。
「そこまででもないし、ちょっと行ってくるよ」
「あぁ、筋肉が必要な時はいつでも呼んでくれよな」
 呼べば来るのだろうか……?
 僕は静まり返った寮を抜けて、微妙に遠い街の駅までの道のりを歩き出した。








 歩いていると徐々に雨は小さくなっていって、駅に程近い川の橋の上で雨が止んだ。

 ちらりと雲の隙間から零れ出た光が、悠々と流れている川の水面に反射した。

 まるで舞っているような、という修飾がよく似合うその光の筋に心を一瞬奪われて、それからまた歩き出す。

 途中の街道では既に雲は閉じて、光はなくなっていた。

 駅が見えてくる。
 今にも降り出しそうな空模様と、駅の赤茶色い屋根の色がどことなくマッチしている。
 予想はしていたけど、やっぱりこんな日でも駅は人の行き交いが多い。まだ通勤の時間帯なんだろうか?
 歩いて駅に近付いていくと、うっかり人ごみに飲まれそうになってしまった。
 そして僕は携帯電話を取り出した。勿論掛けるのは、クドの番号。ひょっとしたら自分の電話番号は言えないけど、クドの電話番号は空で言えるかも知れない。
 そんなことにちょっとだけ頬を緩ませながら、相手が出るのを待つ。
『もしもし、リキですか?』
「あのさクド、携帯電話だからわざわざ相手を確認する必要はないと思うよ?」
『わふー……そうですね』
「駅に着いたよ。これからどうすればいいのかな」
 何だか恭介のミッションを受けている気分だった。
『では、そこから百メートルくらい左前の方に柱が見えますか? 屋根を支えているやつで……』
「あぁ、あったよ。たこ焼き屋の方でしょ?」
 この駅は左右の二箇所に屋根を支える石柱があって、それらの脇の壁にずらりと店が並んでいるような造りをしている。
『それですっ! じゃあ、そこに向かっていってください』
「わかった」
 携帯電話を片手に、ちょっと離れたそこへ向かう。
 ものの百メートルといっても、やっぱり街だから人が多くて本当に大変だ。何人もの人にぶつかりながらも――こういう時だけは真人や謙吾が羨ましい。いや、本当にこういう時だけだけど――やっと傍まで来た。
「近くに来たよ」
『もう少し近くです』
 言われたとおり、更に柱との距離を詰める。
『手を伸ばして広げてください』
「……? うん」
 ちょっと通行人の迷惑じゃないかなあと思いつつも、柱のおかげで人の流れの真中ではないので手を伸ばしてみる。
 ドスン!
 と腹部に何かの衝撃が走った。
 ……刺された……わけじゃないよね。痛くもないし。
 そっと視線を下に降ろすと、そこには――
「リキっ!」
 可愛らしい、僕の彼女がいた。
「ク‥‥クド!?」
 あまりクドがいるとは予想していなかったから、僕はかなり動揺してしまった。
 動揺ついでに、クドから掛かってきた電話では彼女は『ぷりーずかむとぅすてーしょん?』と言っていたのを思い出す。『かむ(come)』と言っていた時点で気付くべきだったかな?
「奇襲成功ですっ!」
 何とか平常心を取り戻した僕は、クドの頭に手を乗せる。さらさらで猫っ毛なブロンドヘアーが、撫でているこっちも気持ち良い。
「クド、いたんだ……」
「はいっ。リキを吃驚させようと思いまして。いっつあさぷらいず」
「でもどうして僕をここに呼んだの?」
 僕はクドに抱きつかれた状態のまま、片手で携帯の通話を切った。もう片手は勿論クドの頭の上、だ。
「えっとですね、でっ、デートなのです!」
「デート?」
「はい。最近は皆で遊んでばっかりでしたので、たまにはですけどリキと二人だけでデートしたいなと思って……迷惑、でしたか?」
 クドは僕よりも背が低いので、必然的に上目遣いになっている。その上、しっとりと濡れた碧眼だ。
 ……可愛すぎる。惚気は如何なものかと思うけど、色眼鏡なしにしても可愛すぎると思う。来ヶ谷さんだったら絶対にお持ち帰りしているだろう。……うん、絶対に来ヶ谷さんにはクドのこの顔を見せないようにしよう。
「迷惑なんて、そんなことあるわけないよ! それに、僕はクドとならたまにどころか毎日だってデートしたいほどだし」
 言ってから、なんて恥ずかしいことを言ってしまったんだろうとちょっぴり後悔した。人混みの中で、しかも前半は少し叫んじゃったし。
 周りの数人から好奇の目で見られて、嫌応もなく赤面してしまう。つられてクドも赤面。
「わふ……なんだか積極的です」
 クドが他の人に聞こえないように小声で僕に言う。うん、それは自分でも思ったよ。
「積極的な僕は、嫌?」
 クドの耳に口を近付けて、囁くように言った。毒を喰らわば皿までっていうし、この際他の人の目線なんて気にしないでおこう。うん、僕も強くなったなぁ、別の意味でも。
「嫌じゃありませんけど……」
 顔をほんのり赤らめつつ上気させて、俯き加減で僕の胸に顔を埋めてくる。
 そんな動作まで可愛くて愛しくて、
「行こう、デートするんでしょ?」
 他の人にそれを見られたくなくて、なんていう子供のような独占欲から、僕はクドの手を引いた。






「クド、傘は?」
 今、雨は殆ど降っていない。でも、この曇もそう長くは続かないだろう。
 それなのに、クドは傘を持っていなかった。僕よりも早く駅に行っていたのだったら、当然雨に降られたわけであって、傘は持っていないとおかしいはず。なのに傘を持っていないとはこれ如何に。
「あの……それがですね、」
「うん」
「壊れていました」
「……はい?」
「寮から出て傘を開いた時に、骨の部分が一部折れてしまってました。わふー」
 ……あれ? それじゃあ……
「どうやって駅まで行ったのさ」
「私は一本しか傘を持ってなかったですし、仕方がないのでその傘を使いました」
「じゃあ、その傘はどうしたの?」
 なおさら、クドがどうやって駅まで行ったのかが分からなくなってくる。
「駅の手前で強風に煽られて飛んで行ってしまいました……」
 なるほど。
「それは災難だね」
「でも今はリキがいます」
 僕がクドのその言葉の真意を図っているうちに、雨がぽつぽつと降り出した。そこで気付く。
「……相々傘?」
「はい!」
 まあ、クラスの人とかがこんな雨の日に外を出歩いていることもないだろうし、クドのその案は悪いものではないと思う。
「いいよ。ほら」
 発条仕掛けの黒い傘を片手で開きながら、クドとの距離を少々詰める。65cmと比較的大きい傘だから――柄に長さが書いてあった――そこそこの余裕を残して二人分のスペースが確保できてしまい、もうちょっと小さい傘にすればよかったななんて思ったのは言わないでおく。
「さんくゆー、なのです」
 しとしとと雨の降る中を、左手に傘の柄、右手にクドの手を握りながら歩く。
「なので今日は傘を買いに行きたいのです」
「分かった。どこで買うの?」
「一応、ショッピングセンターで買う予定なのですが」
「あぁ、あそこか。うん、近いし品数も多くていいよね」
 僕もよく文具とかを買いに行くことがあるし、真人の筋トレ用品も多くがそこで買われている。
 流石の僕も機械類とか文具とか、そういったものまでコンビニで買ったりはしない。
 それからクドと他愛のない話をしていて、目的地であるショッピングセンターに着いた。
 ショッピングセンターはこの街にいくつもあるわけではなく、ここを含めて精々二箇所が関の山といったところだろう。なのでどうしても規模が大きく、取り扱う製品の範囲や品数も多くならざるを得ない。そんな所だ。
 勿論それ故に人の出入りも年中いつでも多くて、殊更休日の人混みは半端じゃない。
 鈴風に言うなら、くちゃくちゃだ。くちゃくちゃ人多い。
「わふ〜〜!」
 ほら、早くもクドが人の流れに巻き込まれそうになっているし。
 僕は黙ってクドの手を引いて、人通りの少ない所――具体的に言えば厠に続く通路の手前――まで来た。
「わふっ……大変な目に遭いました……」
「思ってたより人が多いね。気をつけようか」
「はい……でも、それよりも、」
 そう途中で切って、クドは俯いた。
 僕が怪訝に思っていると、徐々に顔を真っ赤にしたクドがバネのように顔を上げ、僕の腕にダイブしてきた。
 何の心構えもしていなかったから、情けないかも知れないけどよろけてしまった。
 そして僕の右腕はクドに抱き枕のような形でホールドされる。
「あのー、クド?」
「こうしていた方がはぐれないですみますっ」
「……うん、そうだね。じゃ、行こっか」
 ちょっと歩きにくいなんていうことは、やっぱりクドのその笑顔に比べたら全然敵わなくて、僕は彼女の言うとおりにする。
 僕は無意識的に、これからもずっと一緒にいるクドとの時間よりあと少しで恭介が抜けてしまうリトルバスターズとの時間を優先していたみたいだけど、やっぱりクドとの――恋人との二人っきりの時間も大切みたいだ。それが分かっていたからクドは今日、僕とのデートを望んだのかも知れない。
 まあ、そんなことを考えながら歩いていると広大とは言えない屋内だ、当たり前のように目的の傘売り場まで来てしまう(途中何度か人の波に二人で呑まれそうになったけど)。
「……思った以上の量だね」
「はい……」
 僕たちの目の前には圧倒されるほどの量の傘が置いて……もとい立て掛けてある。いくら雨が降っているとはいえ、傘ってこんなにも需要のあるものだったっけ?
「とりあえず、この中から一本選ぼうか」
「わふー。なんだか草の根を分けるみたいです……」
「それ、まさに言い得て妙だね」
 ここはクドに任せておけばいいのかな。眼前にある膨大な量の傘の中から、僕の好みで選び出すことではないし、彼女自身の傘だから。
 クドは早くも一つずつ手にとって選び始めた。
 クドは三本目の傘を物色し終えた時、ふと何かに気付いたのか隣に立っていた僕を見つめてきた。
「そうですっ! リキ、傘を選んでくださいっ」
「えっ、何で? 僕なら傘は間に合ってるよ」
「違います。その、リキに私のを選んで欲しいのです」
「僕に?」
「はい。……駄目、ですか?」
「いや、そんなことはないけどさ。……僕が選んじゃっていいの?」
 そういえばクドのセンスは、キーホルダーとかにも見られるように微妙に特殊だったことを思い出す。
「勿論です。だって……リキは私のлюбимыですから……」
「リュビームィ?」
「それは――」
 クドが僕に耳打ちをする。その息がもどかしくて、とても擽ったい。
 その言葉に納得して、ついでにちょっとだけ赤面しながら傘を選ぶ。
「ん〜……ねぇ、クド?」
「どうしましたか?」
「クドはどんなのがいいの?」
 さすがに僕個人の独断で選ぶのもどうかと思ったから――それと、正直クドがどういった傘を選ぶのか分からなかったから――訊いた。
「リキが選んでくれるものならどんなものでもいいのですが……強いて言えば、小さめで、シンプルあんどベーシックなのがいいです」
「シンプルでベーシックなの? 黒とか紺とか?」
「そうですっ。黒とか紺とか」
 以外だった。ちょっと偏見で失礼かも知れないけど、愛しい僕の彼女はもうちょっと明るい色の傘(流石にキャラクター物まではいかなくても、デザインとかあったり)を選ぶかと思っていた。
「イギリスやアメリカではそれがセオリーなのです」
 顔に出ていたんだろうか? クドは聞いていないのに説明してくれた。
「欧米の国では日本のようなビニール傘はなくて、安っぽい柄付きのものなどもあまり使われません」
「あー、そっちの方が外国っぽいから、ね」
「はい!」
「なら、小さめっていうのは何で?」
 大き目の傘なら、多少荷物とかあったときにも便利なのに。
「それは……リキと――です」
「え?」
 よく聞こえなかったから聞き返すと、クドは顔をほんのりと赤らめて、
「リキと……その‥‥相合傘をしたときのため、です」
 それを聞いて、クドはさらに顔を赤くしてしまった。それに、多分僕の方も真っ赤だと思う。
「そ、そっか……」
 ……。
 多分傍から見ると凄くシュールな光景じゃないかな。大量の傘の前でお互いに頬を朱に染めあっている男女って、中々いないと思う。
 そしてこの混み具合からして、この建物内には人が蔓延っているのである。その、しっかりと注目を集めてしまっていた。
 だから、少し名残惜しい気がしないでもないけどその空気を払拭して、クドの傘選びに集中することにした。
 クドからの要望も聞いたし、もうそんなにも時間は掛けずに選べそうだ。
「えっと、これなんてどうかな?」
 手に取った傘を渡しながら訊く。案外すぐに見つかった。
 クドの条件の通り、黒地でいかにもといった感じのシンプルな傘だ。社名も英字で書いてある。
「丁度いいと思いますし、これにしますっ」
「うん、わかった。ちょっと待っててね」
 僕はクドから傘を素早く(奪い?)取ってレジに向かった。後ろでクドが何か言っているようだけど気にしない。
 久しぶりのデートなのに、男の僕が何もしないっていうのはちょっと情けないから。それと、ちょっとは甲斐性のあるところを見せたいから。


 レジから帰ってきて強引に傘を渡した時の、クドの「ありがとうですっ」と言った満面の真赤な笑みが可愛かった。








 外に出た時には、雨は降っていなかった。かといって快晴ではないけれど。
「どこか行きたい所ある?」
 先程僕が訊くとクドは顔を赤らめて、
「リキと一緒なら、どこでもいいです」
 と言ってきた。くちゃくちゃ可愛かったけれど、そう言われるとどこに行こうか悩んでしまう。
 だから僕は、クドの手をとって歩いた。
 目的の場所はデートの最後に行きたかったけど、正直僕もクドと一緒にいられるのならどこでもいい。だからそこでクドと二人、のんびりと寄り添って待つのもいいと思う。
「どこに行くんですか?」
「ん? 内緒」
「わふっ!? 隠し事をされてしまいましたっ!」
 そんな大袈裟なことじゃないような気がするんだけど……。
「まあ、すぐに分かるからさ」
「はい、楽しみにしてますっ」
 新品の傘を胸に抱いて嬉しそうに僕と手を繋ぎながら歩いている彼女を見ると、不意に僕は果報者なんだということを実感した。自惚れかも知れないけど、多分クドも果報者だ。だから両想いでラブラブで幸せなんだ。……幸せスパイラル?
 先の思考の自分のキャラに多少不安を感じながら、取り留めのない会話をしつつ商店街まで歩く。
 商店街の中ほどまで歩いたところで、クドは少し歩くペースを落とした。
「リキ……」
 呟くように言ったその声は、しかし僕の耳にははっきりと届いていた。
「どうしたの?」
 俯き加減に何かを深く思慮しているようなその姿に、僕は怪訝を覚えた。
「リキは……私のこと、好きですか?」
 クドからこういったことを訊いてくるのは珍しい。だから僕は即答した。
「当たり前だよ! 今更なに言ってるのさ」








 本当に今更でした。
 だけど不安だったのです。
 リキはハッキリ言ってモテます。モテモテです。
 私という彼女がいるのですが、リキはたまにクラスの子とかから告白されていますし、リトルバスターズメンバーからも恋情を抱かれているみたいです。
 なので、やっぱりどうしても不安になってしまいます。リキは誰にでも優しいですし、とても鈍いですから。
 リキがもし万が一、億が一にでも私と付き合っていて幸せではないのなら……私はリキと別れます。もちろん私はリキと一緒に居たいです。ずっと一緒にいて、結婚もして、こっ‥‥子供もつくって、幸せなまま歳をとって、お爺ちゃんお婆ちゃんになってもまだばかっぷるみたいに居られるようなそんな関係でいたいです。
 でも、私の一番の幸せはリキが幸せになることです。なので、万が一私といることでリキが幸せでないのなら私は本当の意味で幸せじゃありません。
 私はリキの歯車にはなりたくても、鎖にはなりたくありません。
 私は背も小さいですし、他の女の子みたいに可愛くもありませんし、いつもリキに頼ってばっかりですし、甘えん坊ですし、胸もありませんし、色々とお子様ですし…………
「クド」
 いきなりリキの顔が近付いてきて――
「んっ!?」
 ――唇を奪われてしまいました。わふー。
 何分経ったのでしょうか? 意外と数秒かもしれません。時間感覚がなくなりそうです。
 リキのキスはとても優しくて、頭が麻痺してしまいます。
 相手のことが飽きたからといって別れるカップルが多いと聞きますけど、私がリキに飽きることなんて絶対にありえません。
「心配しなくても大丈夫だよ? 僕はクドが思っている以上に、クドのことが好きだからさ」
 最後の方はとても小さくて、私でも辛うじて聞き取れる程度でした。
 一瞬、リキに私の心が読まれているのかと思ってびっくりしました。もしそうならあんなことやこんなことまでリキにバレバレですっ!?
 それはないにしても、とにかく凄く嬉しいです。リキに私の不安が伝わったのでしょうか、まさしく以心伝心です。
 頭の中がリキの台詞で一杯ですし、視界もリキ以外を捉えられません。胸の奥がキュッと締め付けられるように切ないです。なにか温かいものが、渇いていた心に浸み込んでいくような感じがしました。
「リキっ!!」
 気付けば私はリキに思いっ切り抱きついていました。
 リキはそんな私の頭と肩に手を回して、とても優しく抱擁してくれました。


 何分間そうしていたでしょうか?
 私はリキのシャツが濡れているのを見て初めて、自分が泣いていたことを知りました。
 リキは私に胸を貸しながら、そっぽを向いて顔を赤らめています。どうしたのでしょうか。
「あのさ、クド」
「はい?」
「ここってさ、人通り多いよね……」
「‥‥わふっ!?」
 急いでリキから身体を離しました。……ちょっと惜しかったです。
 頭を振って周りを見ると、通行人の多くがこっちを見ていました。中にはうっすらと笑っている人もいます。
 わふー、恥ずかしいです……。
 照れ隠しに太陽の方を見ました。いつの間にか雨はすっかり止んでいたみたいです。
 椛色に輝いている西日は、私達の頬を赤く照らしていました。しゃいにんぐいずべりーぐっどです。








「綺麗です……リキ」
「うん、綺麗だね。クド」
 僕たちはちょっと小さな丘の上にある見晴台まで来ていた。
 傘を買って建物を出た時にはちょっと早いなとも思ったけど、何だかんだで結構いい時間に来れたんじゃないかと思う。天気予報も外れてくれて眺めも良いし。
 目下には短い季節を謳歌するように、桜の花が咲き誇っている。
 日が沈みかけるこの逢魔が時の時間には桜の花が夕日に照らされて昼間の桜や夜桜とはまた違った美しさを持つことを何年か前にたまたま知って、クドと付き合うようになってからずっと見せてあげたいと思っていた。
「……」
「……」
 期せずして、二人とも無言になってしまう。それほどまでに目の前に広がるこの景色には、何か人を惹き付ける特別な美しさがあるのだろう。
 暫く無言の時間が続いた。
 もう少しで陽も完全に山の向こうへと隠れてしまうだろう頃。
 僕はいつの間にか桜や夕日ではなく、クドのほうを見ていた。
 すると突然、クドは僕の方を向く。そして――
「リキ、大好きです」
 いきなり首に手を回され、キスをされた。しっとりとした柔らかい感覚を、唇で感じる。
 唐突すぎて目を瞑る暇はなかったけど、
 そのクドの顔は緋の色が移ったのか、真っ赤だった。


 そのキスはとても甘くて、僕もクドもただただ夢中になっていたわけだけれど、

 その時、ざわっと一陣の風が吹いて桜の花を舞い上げた。

 舞い上げられた花弁は僕たちの間をすり抜けて、

 高く高く、空へ飛んで行った。

 僕の脳裏に一瞬、新しい着メロの歌詞が思い浮かぶ。

――時に燃える春の吐息
  二人の時が 春に重なる――

 互いに唇を離すと、クドはどこか照れた顔で可愛らしい笑みを浮かべた。幸せで一杯の、愛しい笑み。

 クドを抱きしめながら、この笑顔をいつまでも守って生きたいと思った。

 もうあたりは薄闇に包まれていた――。








「――という夢を見たんだ」
「って何勝手に夢オチにしてるのさ! ていうか、恭介見てたの!?」
「ああ勿論だとも。理樹のことならどんなことだってお見通しさ」
「こいつきしょい!」
「ちくしょう! クー公にリキを取られてるなんてな……よし理樹! 俺達もしっぽりむふふといくとするか!!」
「真人も何言ってるのさ! いかないよ!!」
「理樹に嫌われちまったあああぁぁぁ!!」
「まあ、何だ。真人、そんなに落ち込むな。何なら俺としっぽりむふふといくか」
「こいつらバカだ!」
「お見合いをしよう。チーム名は……リキリキバスターズだ!!」
「……もうやだよ、この空間……」
「ぐーぜんだな、あたしもだ」
 それはいつもとちょっと違った朝食の風景だった。











-----後書的な何か-----
 初めまして。風御守氷霧です。
 小生はこうしてネット上に作品を上げるのも初めてですし、こんなに長い文章を書いたのも実は初めてです。ですので、多少以上にグダグダとなっておりますが一応一つの作品として纏めるよう努力いたしました。いつもSSは10KB前後に留まっているのです。
 さて、本題ですが……ロシア語間違っていたらごめんなさい。凄くごめんなさい(オィ。それと、キャラの崩壊も著しいですが「へっぽこ作者だから……」と寛大な目で見てくれると嬉しいです。勿論小生も精進させて頂きます。
 今回は(といっても前回は書けなかったのですが)テーマに「曲のタイトル」とのことですが、逆にそのテーマに助けられてしまったかも知れませんね。テーマがなくては20KB弱の作品なんて書けなかったと思います。
 このような素晴らしい企画を立てて下さった幹事男さんと、その流れを作ってくださった神海心一さん、そしてこのような稚拙な文章を読んでくださった方々への無上の感謝をもって、後書的な何かを終わらせたいと思います。
 皆様、本当にありがとうございました。