
「巨乳死すべし! 巨乳死すべし! 巨乳死すべし!」
自らを洗脳するかのように不穏な単語を連呼している。
意味はまさしく言葉のまま。巨乳、発見、即撲滅。
元来は生徒達にとって息抜きの時間であるべき昼休みに、クドリャフカの極めて個人的な暴走が行われていた。「巨乳死すべし! 巨乳死すべし! 巨乳死すべし!」
「ほわあっ!? ク、クーちゃんっ?」哀れ。
最初にクドリャフカのターゲットとなったのは小毬であった。
両手をわきわきと忙しなく動かしながら接近してくるクドリャフカに対し、小毬が選択できる防備など何もなかった。
驚き慄く小毬に接近。クドリャフカは躊躇うこともなく、双房の実りをむんずと掴んだ。「ひゃあぁぁああっ!?」
「はちじゅうさんっ!? はちじゅうさんですかっ!? はちじゅうさんとは何を考えているのですかっ!」
「うわあああん。そんなに何度も声に出さないでよー」それはどのような奇跡なのだろう。
手の平による接触を行っただけであるというのに、クドリャフカは寸分違わぬサイズを言い当てたのだ。
これが、バストサイズの鬼か。「もいでしまうのですっ。このような敵性国家はもいでしまうのが一番なのですっ!」
「きゃあっ、ちょ、ちょっとクーちゃ……ひあああっ」もはやクドリャフカに相手を気遣う慈悲はない。
言葉憚れるような動きを見せるクドリャフカの手捌きは、小毬から言語能力を奪い去っていく。
……時間に直すと僅かでしかないその戦闘行為は、あくまでも通過点に過ぎなかったのだ。
彼女、ひんぬー代表クドリャフカにとっては。「巨乳死すべし! 巨乳死すべし! 巨乳死すべし!」
くたりと横たわる小毬を一瞥もせず、クドリャフカは次なる獲物を求めて徘徊していった。
「巨乳死すべし! 巨乳死すべし! 巨乳死すべし!」
──チチをもげ──
事の起こりは中庭での平和なひと時。
大好きな男の子と一緒にお手製の弁当を突き合っていたクドリャフカは、間違いようもない幸せを噛みしめていた。
その姿は恋人そのもの。
リキ、あーんです。え、ちょっとクド……流石に恥ずかしいよ。わ、私も恥ずかしいので早くしてくださいっ。
そのまま遥か彼方へ旅立ってしまえ、とは共通の友人による感想だ。
だが、心底御馳走様と言い切りたい密で蜜なその時間は、放送委員による選曲によって瓦解していく。「……あれ? この曲って……」
「リキ? どうしたんですか?」微かに耳に届いた昼の放送。リズムの良い歌が校内に響いていた。
しかしその歌詞は、ここにいる小さなレディに対する宣戦布告でしかなかった。
ボインだの、もげだの、ポヨンだの、ロケットおっぱいだの、バズーカボインだの。
ありとあらゆる単語がクドリャフカの神経を逆なでしていく。
被害妄想などという一般常識的な考えは浮かばなかった。それほどまでにぺったんこなのだ。
そしてとどめはこれだ。「あは。この歌面白いよね。前に恭介が勧めてくれたんだけどさ、」
なんとも嬉しそうな顔を見せる理樹。それはなんたる衝撃か。
……勧めてくれたんだけどさ、あまりの馬鹿らしさに大笑いしたんだよ、と。
理樹が語った台詞の後半部分はまったく聞こえてはいなかった。
好きなのか。そんなに好きなのか。この曲が。ボインをもぐのが。そうか。そうなのか。澄みきったクドリャフカの脳内で、買うだけ買ってみた胸パッドが落下してきて『パキーン』と弾け飛んだ。
「わふーっ! 巨乳死すべしーっ!」
「うわっ!? クドっ!?」覚醒。そうとしか表現しようのないクドリャフカが降臨した。
ハイライトの消えた瞳がゆっくりと理樹に注がれる。「リキは、私が守ります……っ」
何をどう守るのか。
瞬発力の増したクドリャフカは茫然と佇む理樹を残し、校舎内へと消えていった。
我に返った理樹が慌ててその後を追いかける。放っておくわけにはいかない、と。
だが、その一瞬が惨劇を招いてしまったのだ。
クドリャフカの消えていった先から小毬のアレな悲鳴が聞こえてきた。
時、既に遅し。
「うわぁ……」理樹の口から脱力した溜息が漏れた。
倒れていた小毬を介抱した後、その先の廊下の角を曲った理樹が見た光景は、累々たる有様な戦場跡だった。
葉留佳、佳奈多、沙耶、と。とある大台を超えた部位を持つ知人が倒れている。
この場で何が起きたのか知りたくもないが、順序良く倒れている彼女達の姿がクドリャフカの行き先を雄弁に語っていた。
この先にあるのは……そう、元凶とも言える原初の地。放送室、だった。「ここで、最後の戦いが……っ」
状況にあてられたのか、理樹も結構ノリノリだった。
直後、部屋の中から緊迫した声が聞こえてきた。『ついにここまで辿り着いたのだねクドリャフカ君。予想を遥かに上回る速度だったよ』
『はちじゅうさん、はちじゅういち、はちじゅう、も一人のはちじゅうさんも倒れました。後はあなただけなのですっ!』
『ほう、小毬君に葉留佳君、そして佳奈多君だけでは終わらず、更には沙耶君まで籠絡したというのかね』会話のようで会話でない。
そもそもサイズだけで人物の特定が出来ているというのは人としてどうなのだろう。『先手必勝! もがせていただきますのです来ヶ谷さんっ!』
『甘いぞクドリャフカ君!』
『早いっ!?』
『そう簡単に愛でさせるわけにはいかないのだよ。愛でるのは私の役目なのだから』
『……』
『黙り込んでしまってどうしたのかね? 早くも戦意喪失か?』
『……きゅうじゅう』
『……なんだと?』
『きゅうじゅうなんていう存在が現実にいるなんて信じたくありませんでした……』
『まさか……触れていたというのか。この私にっ』放送室の内部では熱く、そして関わりたくない世界が展開されているようだった。
しかし、彼女の暴走を止めるには今しかない。
意を決した理樹は、逆光を背に決戦の地へと続く扉を開け放った。「もうやめるんだクドっ!」
「リキっ!?」
「大きさなんて関係ないじゃないか! 僕は……僕は……っ!」全力での告白。
そう、理樹は……。「大きくても小さくても構わないっ。僕は、クドのおっぱいが好きなんだぁーっ!」
大きさに意味なんてものはない。
女性の胸には夢が詰まっているんだ。
大きな胸には一杯の夢が。
そして、小さな胸には……。「そうだよクド。クドのおっぱいが小さいのは、僕にその夢を与えてくれているからなんだ」
「……リキっ」
「だから僕は……小さなクドが大好きだーっ!」感極り、涙すらを浮かべている二人だった。
どちらともなく距離を縮め、いつしか二人の間には、ささやかな胸の膨らみしか存在していなかった。
もう迷いませんと。
もう離さないと。
些細な誤解と悲しいすれ違いが生み出した悲劇は、こうして一応の幕を閉じることになった。
「……ところで少年。もしも私がこの胸を自由にしていいぞと言ったらどう思うかね?」
「それは勿論最高ですよ。……あ」
「わふーーっ!」巨乳死すべし。巨乳死すべし。巨乳死すべし。
その雄たけびは、その日一日途切れることはなかった。
「ええ。今のが人形劇の次回作草案だとは理解しました。ですが恭介さん? どうしてこのお話にわたしや笹瀬川さん、並びに鈴さんが登場していないのでしょうか? 何故かとても、とても不愉快な意味が込められているように感じられたのですが、それは勿論わたしの勘繰りに過ぎないのですよね? ええ、大丈夫です。わたしは何時でも冷静ですが何か? はて。どうなされたのですか恭介さん? 後ずさりなどされて。少しずつわたしとの距離をとっているのには理由があるのでしょうか。是非とも教えていただきたいものです。……ねえ、恭介さん?」
後書き:いえ、大好きです。
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