拝啓
 お母さん。あの事故から早くも三ヶ月が経とうとしています。
 当時、あそこで起こった不思議な出来事が私を少しは大人にしたと思ったのですが、どうやらそれはきっかけとしては作用しても、私を急激に、そして大きく変えるような類の代物ではなかったのかもしれません。
 とても大切で、長い目で見れば間違いなく記念碑的な意味合いを持つ重要な一歩には違いないのですが、残念ながら私の成長と同様、この三ヶ月という短い期間だけを見ると、あまり芳しくない微々たるもののようです(くすん
 ともあれ賑やかに、そして楽しく皆さんと過ごす毎日です。お母さんに言われた『世界の歯車』という意味を、私はまだ充分に飲み込めていませんが、他者との関わりを前提とした大切なことをお母さんが伝えたかったということだけは理解しているつもりです。
 けれども、その歯車としての私とは一体どのようなものなのでしょう?
 形は? ギアの数は? 色は? 大きさは?
 自分はどうあるべきか。他者とどう関わるべきか。多くのお友達と接していながらも、これが本当に正しい付き合いなのか。ひょっとして、私は惰性で日常を過ごしているだけなのではと不安になったりもします。
 世界とは。歯車とは。お母さんと再び逢う時までに、私は答えを見つけることができるのでしょうか―――と。

 そんな迷路に迷い込んだ私を導くように、最近、私は一匹の子猫と出会いました。
 黒ぶちの小さくて、やせっぽっちの。私と同じ瞳を宿した猫さんのお話を、これからお母さんに聞かせたいと思います―――。







 夜明けのプレリュード






 モンペチを買いに出かけた棗鈴が、泥だらけの姿で戻ってきたのは時刻も大分経ってからのことだ。留守の間、猫たちの遊び相手を引き受けていたクドと小毬は、モンペチを片手に憮然とした表情でやってきた鈴の姿に目を丸くする。
「どうしたの、その格好?」
「わふっ、なんだか下水臭いです!」
 顔をしかめるクドの言葉を証明するように、あまりの臭いに、そこかしこ、気ままにくつろいでいた猫たちも鈴から離れるべく一目散に逃げ出していた。モンペチを携えた鈴が顔をのぞかせれば、足元でゴロゴロと媚を売っているのが常の連中とは思えない身の翻しようである。
「……途中でこいつを拾ってきた」
 身内の謀反に傷ついた顔をする鈴は、片手で抱きかかえているずぶ濡れの黒い物体を顎で指し示す。“ヘドロに浸かったタオル”と形容するのが適切と思われるそれは、なにやらモゾモゾと身じろぎすると、瞳を細く開き、怪訝そうに顔を近づけている小毬とクドを見据えて小さく鼻を鳴らした。
「猫さんですかっ」
 頓狂な声を上げるクド。
 たしかに尻尾とピンとはった耳が判別できる。大きさから生後ひと月といったところだろうか。びしょぬれの身体はガリガリに痩せ細っており、異臭で参っていることもあるのだろうが、しばらく食べ物を口にしていないのだろう。元気のない様子でうな垂れると、鈴の腕の中でぐったりと目を閉じてしまう。
「捨て猫かな………」
「お母さん猫とはぐれたのかもです」
 呟いた言葉に違いはあれど、このままにしておけないという気持ちは三人に共通していた。頷き合うと、鈴の両サイドをがっちり固めた二人は、ペット禁止の女子寮内を警戒しながら前進をかさね、無事、鈴の部屋にたどり着く。
 鈴が自身の泥を落としている間、一度クドと小毬は自室に戻るとジャージ姿に着替えていた。ゴム手袋を嵌め、頭には三角巾。そして何故か水泳メガネとマスク着用という傍から見れば間抜けな完全防備の姿で、ぬっと子猫の前に姿を現した。
「うふふふふ〜」
「わっふっふっふっふっふ……。さて、きれいきれいにしてさしあげましょう」
「大丈夫♪ 怖くないからね〜」
 不適な笑みを浮かべている二人はわきわきと手をくねらせ、怯える子猫を捕まえにかかる。
 子猫との格闘が始まった。




「クーちゃんしっかり捕まえてて!」
「と、いいましてもっ! 暴れん坊です! 暴君です! わぶっ!? 乙女の柔肌を傷つけられましたっ!?」
「りんちゃん、そっちに逃げた!」
「ぎゃー!! こっちにシャワー向けるなっ!! おいこら! あたしはお前のタオルじゃないぞ! くっつくなぼけー!!」
 あれだけ弱っていたというのに、未知の生物三匹に囲まれ、ぶるぶると震えていた子猫はお湯をかけられた直後、ぎゃーっとばかりに暴れだした。殺されるに違いないという固定観念に塗りつぶされた子猫は、バスルームを台風のように駆け回り、小毬、クド、鈴をてんてこ舞いにさせながらも―――最後には壁に追い詰められ、死闘の末に御用となった。
「よ……ようやく捕まえました……」
「あ〜ん、髪の毛も服もぼろぼろ……もぅ、くたくだだよぅ〜……」
「……ヴェルカも子犬の頃、ものすごくお風呂嫌いで大変だった時期がありましたが………これほどすさまじかったことはありません……」
 しっちゃかめっちゃかなお風呂場の惨状を前に、とりあえず綺麗になった子猫を鈴に預けた小毬とクドは、武装解除してくたりと倒れ込んだ。
 死屍累々である。
「大分綺麗にはしたけど、まだ臭うからね〜……。折を見て、あと何回かはしっかり洗ってあげないといけないんだろうけど……」
「わふっ! もう二度と、あの子とのお風呂はごめんこうむりますっ」
 なかば投げやりにクドが三角巾を頭から引き毟ると、タイミングよく折れ戸が開いて、ひょこりと鈴が顔を覗かせる。
「ふたりともだいじょうぶか?」
「あはは〜、何とか……。りんちゃんは随分平気そうだね」
「拾ってきたやつは大概こんなだ。今に始まったことじゃない。もう慣れた」
 達観した様子もなくけろりと答える鈴に、「はあ」やら「そぅですか」と気の抜けた溜め息が同時に漏れた。良いお母さんになれそうな貫禄である。
「二人はどうする? このままお風呂に入るか?」
「うん。使わせてもらえると嬉しいかも。クーちゃんはどうする?」
「わふ、念のため替えも持ってきたので、このまま浸からせていただきます。ついでに洗濯機も貸してくださると、べりー嬉しいかもです」
 無言で頷く鈴は、それから二人を交互に見た。
「で。どっちが先に入るんだ?」
 その問いに、小毬はにこやかな笑みをクドに向ける。背中に寒気を感じたクドは「小毬さんから、お先にどうぞ!!」と言い残して慌てて逃げ出そうとするも、スローテンポが常の小毬は、このときばかりは即座にクドの腕をはっしと掴んでいた。
 クドの顔がさっと青ざめる。
「……クーちゃん、一緒にお風呂、入ろうか?」




「しくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしく……」
 上機嫌の小毬を避けるように、部屋の隅で体育座りのクドは泣いていた。玄関口で稼動中の洗濯機の音と同様、延々と聞かされて気持ちの良いものではないが、毎度の如く傍観していた鈴は、恐らく数日振りの食事を口にしたらしい子猫の無我夢中な背中をあやしながら小毬に尋ねる。
「こまりちゃん、クドの胸の揉み心地はどうだった?」
「う〜ん、感触からすると前回よりもコンマ2センチアップってかんじかなぁ〜?」
「なんだそれ? ぜんぜん成長してないのと何が違うんだ?」
「しくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしく!!!」
 鈴の冷徹な分析に、クドの泣き声が殊更おおきくなる。
「大丈夫だよクーちゃん。おっぱいは揉むと大きくなるから、また一緒に私とお風呂に入れば万事おっけ〜。このまま私に任せておけば新年度5センチアップも夢じゃないよ?」
「その言葉を信じて三ヶ月ガマンしましたが結果はこれじゃないですかっ!」
 がばちょと顔を上げると、クドはそのままぽかぽかと小毬を叩く。叩かれる小毬はというと緩みそうになる頬を押さえて悶えており、むしろご満悦である。




 『胸囲をアップさせる方法』なる噂を小毬がをクドの小耳に入れてきたのは、実に修学旅行事故から退院して数日後のことである。詳細について話す代わりに毎月手作りお菓子の献上というささやかな要求に、クドが快諾したのは言うまでもない。
 かくしてスタートした“豊胸手術”は、小毬が毎夜クドと同衾して胸を揉みしだくというシンプルイズベストな手法であった。不審には思えど、根が素直なクドはひと月、ふた月とガマンするも、三月を過ぎた頃になると、肥える気配のない乳房と、そのねちっこいまでに執拗な小毬の弄り方にクドは徐々にだが疑念を抱き始めていた。だが、色々と開発されてしまったクドは結局何も言い出すことができず、昨夜も顔を赤くしながら漏れ出そうになる声を必死に抑えるだけで精一杯だったのである。
 そして今日、ようやく騙されていた事を知って怒り心頭のクドは、消費者団体のように腕を振り回していた。
「くーりんぐ・おふです! くーりんぐ・おふを要求します!!」
「ごめんねクーちゃん…。7日間はとっくに過ぎちゃったから、返済は一切きかないんだよ」
「うっうっう……! 甘い言葉に騙され、身体を蹂躪されてしまいました。もうお嫁にいけません!」
「よしよし。もしものときは私が貰ってあげるからね〜」
 抱き寄せようとする小毬の腕から逃れると、クドは困惑したように口元をもごもごさせ、
「わ、私と小毬さんは同性じゃないですか!?」
「結婚を認められている国は海外にたくさんあるよ?」
「日本はだめです!!」
「じゃあ、愛の逃避行だねっ」
 そんな乙女漫才に花を咲かせる二人を遮るように、恐縮気味に鈴が手を上げる。
「仲かたつむりじいところ悪いが、ちょっといいか」
「わふ……かたつむり?」
「『仲睦まじい』って言おうとしたんだと思うな」
「なるほど、さささ語ですか」
「さしすせそだね〜」
「……二人とも絶対、あたしのことバカにしているだろ」
「そんなことないよ〜? それで、鈴ちゃんが言いたかったのってなぁに?」
 承服しかねるといった不満顔の鈴だが、このまま切り返したところでクドと同じように小毬ワールドに引きずり込まれるだけである。唇をむくらせたまま鈴は小毬の言葉に従い子猫に視線を落とす。
「こいつどうする?」
「猫さんコミュニティに入れておけば良いんじゃないでしょうか」
 「それじゃダメなのですか?」ときょとんとしているクドに、鈴は首を振った。
「さっきのレノンたちの様子だと、こいつ臭いから仲間はずれになる」
 酷い言いようだが、石鹸の匂いを押し入って汚水の名残が鼻につくことは小毬もクドも承知している。確かにこれでは第一印象が悪すぎるし、あの猫たちと付き合って長い鈴のことである。それなりにどういう対応をされるか予測がつくのだろう。
 年中寝てばかりで怠け者のような猫社会でも、弱肉強食の世界であることに変わりはない。毛色の違う奴は排斥されてしまうのだ。
 それでも個体として強ければ何とかなるのだろうが、黒ぶちの毛色は褪せていて、小学生が道端で犬の糞を踏んでしまい、友達から「うんこマン」と囃された子供のような顔をしているのがいただけない。申し訳なさそうに首をうな垂れ、みすぼらしい印象がよりいっそう顕著になっている。これでは苛めてくださいといっているようなものだ。
「ええと、でわ、この臭いが抜けるまでしばらく誰かが部屋で預かると言うのはどうでしょうか」
 それには小毬が「ん〜」と難色を示す。
「誰にもバレないようにとなるとちょっと難しいかも。ただでさえ鈴ちゃんは猫の持ち込みに関して風紀委員の目が厳しいし、私とクーちゃんは二人部屋だから……相部屋の人の了承も必要になるね〜。私の方は猫アレルギーの人だし、クーちゃんのとこに至っては―――」
「寮則に厳しい風紀委員委員長さんです……」
「しょうがない。理樹と真人に頼むか」
 立ち上がろうとする鈴。答えは彼女の中では決まったのだろう。それをクドはとっさに鈴のジーンズを掴むことで止めていた。勢いあまってクドの全体重が鈴のズボンに圧し掛かる。
「ふぎゃ!?」
 ずるりと膝下まで落ちたそれに、鈴はつんのめって顔面を壁に痛打したらしく、顔を抑えてジタバタと悶えた。ちなみに下着は露出しており、物は色気の欠片もないスポーツ仕様である。「Oh!」と妙にネイティブな小毬の発音が聞こえたような気もするが、それはどうでもいい。ついでに携帯カメラのシャッターの連射音も聞こえたような気もするが、もれもまたクドにはどうでもいいことである。
「ここは一つ、正攻法でいきましょう! 現状の窮地を佳奈多さんに説明すればいいのです。ストレルカとヴェルカも快諾していただいた件もありますし、そう無下には断らないかとっ」
「……うん、理樹君たちに私たちの勝手な都合を押し付けるよりはいいかもしれないね。でも大丈夫? かなちゃん、何だかんだ言っても頑固だから。そう簡単にはいかないと思うんだけど」
「そこは任せてください。私に掛かれば佳奈多さんなんて赤子の手を捻るようなものなのですっ」
 誇らしくもない胸を誇らしげに叩いてクドは言う。
「と、言うことらしいけれど……鈴ちゃん、どう思う?」
「……はらたいらさんに3000点」







「却下ね」
「却下されてしまいましたっ!!」
 クドの話を黙って聞いていた二木佳奈多は、秋子さんもかくやという即断でばっさりと切り捨てた。いそいそと件の子猫を自室に招聘しての説明会であったが、二木の「なに、その不細工な猫」という開口一番の時点で、既に敗戦は濃厚だったのかもしれない。
 三枝葉留佳との関係が改善してから、性格的な軟化が見受けられた佳奈多だけに「一人でも大丈夫です」と鈴と小毬に太鼓判を押してきたことが今更ながら悔やまれる。
「あのね能美さん、ここは学校の寮なのよ。棗さんに感化されて誤解があるかもしれないけれど寮則でペットは厳禁。飼っちゃいけないの」
 諭し聞かせるような威圧にクドは萎縮するも、しどろもどろに何とか弁護を試みる。
「あの……このままだとこの猫さん、どこにも居場所がなくなってしまいます。ひと月……いえ、二週間くらいでいいんです。臭いが取れて、毛艶も良くなれば、猫さんこみゅにてぃに受け入れられるだろうと鈴さんが話していました。少なくともこの猫さんが万全な状態になるまでの短期間ですので、おーけーして、もらえないでしょう…か?」
「ダメよ。前例を作ると、なし崩し的に飼い始める生徒が出てくるわ。『あの子はいいのに何で私はだめなの?』って。そんな大義名分を与えるような真似を私はしたくないの。この子には悪いけど寮則を曲げてまで必要な措置とは思えないわ」
「でも―――」
「どうしてもと言うのなら校舎裏の檻を使いなさい。いま使っているストレルカとヴェルカがどういう態度を取るか知らないけれど、世話をするならあそこでも構わないでしょ? 広さも充分あるし柵で囲えば何とでもなるわ」
「そうですけど……!」
「『でも』も『だって』もありません。話はこれでおしまいよ。早くその猫を置いてきなさい」
 再三にわたるクドの抵抗は、打ち上がるよりも前に総て佳奈多に打ち落とされてしまう。しかもそれ以上、聞く耳持たないと二木に意思表明までされてしまい、子猫を抱いていたクドの腕は感情が昂ぶるように震えていた。不安げに見上げる子猫の顔が、俯いたクドからは真逆に見える。
 そう、期待値とは真逆の反応だった。
 二木の言い分はクドもわかる。一度緩められた規制はズルズルと範を失い、やがて形骸化するのが世の常だ。上でそれらを仕切る人間にとって、則られた条例通りに運営を行い、条例通りに可否を決める。逐一、一人一人の意見など聞いていられない。別個対応など非効率である事この上ないのだ。
 外でも構わないじゃないというのも、二木にとってのせめてもの妥協点なのだろう。この寒空の中、行く当てもなく放り出されるよりはよっぽどマシな対応だ。
 でも、とクドは思う。
 それは優しくない。愛がないのだ。不細工だろうと可愛くなくても、路頭に迷いかけている子猫を前にしてそれはないだろう。母親のぬくもりを知らずにこうしているのなら、せめて自分が親代わりの事をしてあげたいというのがクドの心情である。
 だから―――ここでクドは負けるわけにはいかなかった。このまま黙っていては受け入れたものと二木に取られてしまう。
 今の苦境を抜けるにはやはりアレしかない。鋼鉄の女、二木佳奈多のウィーク・ポイントに焦点を当て、突破口を切り開くべく、クドは涙目になりながらも前進する。
「そんな態度だと三枝さんに言いつけちゃうんですから……!」
「な、何でそこで葉留佳が出てくるのよ!?」
 妙にうろたえる二木をみて、上目遣いでジト目のクドは文句を垂れる。
「子猫をしばらく置くくらい良いじゃないですか! 最近は部屋にいるよりも三枝さんにベッタリのくせに! それに寮則を盾にするのなら、佳奈多さんだって他人の部屋での宿泊は禁止なのに、事故以来、毎日堂々と三枝さんの部屋にしけ込んで、どういうことなんです!?」
 クドの言う通り、どういう経緯があったのかは知らないが、三枝とのよりを戻してから丸くなった二木は、疎遠だった今までの関係を取り戻すかのように、三枝との時間を第一に優先するようになった。それこそ、風紀委員を二の次扱いするような挙動が傍目にも伺えるほどの溺愛っぷりである。
「それはっ……! あ、あの子にもしも事故の後遺症があったりしたら心配……だからっ! 看病して何が悪いのよ! し、し……姉妹だものっ!!! 家族の宿泊は風紀委員に事前申請して認可を得れば違反にはならないわ!」
 ぽろっと洩れたその一言に、クドはあんぐりと口を開けた。
「認可って―――佳奈多さんが認めれば寮則も何もないって事じゃないですか! それって職権乱用です! ずるいです! 卑怯です! 私にも特例措置を設けやがれですっ!」
「う……うるさいわね! こっちだって毎度毎度、聞きたくもない生徒の文句を聞いたり雑務をこなしたり、学校への貢献は誰よりもしてるのよ! これくらいの特例があったって別に構わないじゃない! それが欲しいと言うのなら能美さんも風紀委員になればいいだけでしょ!? 仕事は嫌とかいいながら、こういうときだけ権利を主張したって誰も認めるわけないのよ! 葉留佳と同じような屁理屈をこねないで!」
 かっと頬を赤らめた二木は、先ほどとは一転して珍しく感情論を展開するも、クドも負けてはいない。
「私が転入したときには既に風紀委員が決められた後です! 参加も何も無理じゃないですか! 参加の権利を奪われた私にそこを指摘するのは見当違いですっ!」
「じゃあ、今すぐ立候補なさい! 人手はいつでも足りないんだから、増える分には誰も文句なんていいやしないわ! ほらっ! できるものならやってみなさいよ!!」
「いいですよ! やってやりますともっ!」
 売り言葉に買い言葉。机の引き出しから取り出された風紀委員への登録書を二木から投げつけられ、怒りに任せたクドは記入を終えると、印鑑を押して二木に叩き返す。
「これで私は風紀委員です! ざまあみやがれですっ!」
「ふんっ! あとで泣き言いっても遅いわよ! 覚えておきなさい!!」
「ふんっ! じゃあ、この子は私が部屋で預かりますから! 覚えておくです!!」
 勢いに任せてそのまま部屋を飛び出したクドと子猫を見送って数十秒。
 肩で息をしていた二木は、ようやく冷静さを取り戻し、クドの投げ捨てていった言葉の意味するところを咀嚼して、はたと止まる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」







 かくして風紀委員になったクドは、腕に腕章、頭に子猫を乗せて、外の見回りがてら闊歩するのが昼の日課となった。すぐ傍を従者のようにヴェルカとストレルカが追従する様は、獣を率いた猛獣使い―――とはならず、歩くマスコットの一群のように生徒からは捉えられていた。
 見回りに関して先輩のヴェルカとストレルカが、クドがあらぬ方向へ行こうとするのを、制服を引っ張って牽引するという場面が頻繁に見受けられたせいでもある。中庭で昼食を取っていた上級生と思しき女生徒二人は、そんなクドの慌てた様子をみてくすくすと笑っている。
「佳奈多君にしてはずいぶんと甘い対応だな。さしもの風紀委員長もクドリャフカ君の愛くるしさには敵わなかったと言うことかな?」
 校舎の廊下からマスコットの一群をハラハラと眺めていた二木は、不意の声にびくりと肩を震わせる。二木が振り返ると、菓子パンを抱えた来ヶ谷唯湖と三枝葉留佳が、なにが面白いのか口元を緩ませてニヤニヤしていた。
「べ、別にそんなんじゃないわよっ! ただ……クドリャフカが衰弱した猫を捨て置けないからって私に泣きすがるものだから、しょうがなく! いい? しょうがなく許可しただけよ? 客観的にみても、校舎裏の檻に入れておけば、そのまま衰弱死しそうなくらい弱っていたし、誰かが面倒を見なくちゃいけないのは自明だったわ。だから、連れてきたあの子に責任もって面倒を見てもらっているだけの話よ。代わりに風紀委員の雑務をああやって引き受けてもらっているし、別に贔屓と言うわけじゃないわ。れっきとした、等価交換よ!」
「ほ〜ぉ」
「ふ〜ん」
 いいわけ口調で垂れ流す二木の焦りを見透かすように、来ヶ谷と三枝はしたり顔で頷いていた。当然、その態度を気に入るわけもなく、苛立ち混じりに二木の声量は思わず大きくなってしまう。
「何よ!? 何か文句でもあるわけ!?」
「いや〜、べつにぃ〜?」
 とは三枝葉留佳。
「嘘おっしゃい! その緩んだ口元でよく言うわ!! 葉留佳、正直に答えないと本気でぶつわよ……!」
 据わった眼差しは、二木の勘所が思わしくない証拠である。危険を悟った葉留佳は、両手を挙げて「やはは」と降参する。
「いやぁ、そうやってつんけんしながらも、何だかんだでクド公の要求を飲んじゃうお姉ちゃんの言動が微笑ましいといいますか、素直じゃないというか……みたいなことを姉御と話していただけですよぅ」
「なあっ!?」
「はっはっは。葉留佳君、そこがまた可愛いんじゃないか」
「姉御、これはギャップ萌えってヤツですかネ?」
「そこはツンデレと言いたまえ」
 来ヶ谷に指摘され「ありゃ、そうでしたっけ?」と頭を掻いていた三枝は、そこで思い出したようにぷるぷると拳を震わせている実の姉に対して、失笑とも取れる目を向けた。
「それにしても、さっきからそこでクド公を見守る姿なんて……子供に一人で買い物に行かせたものの、心配でこっそり尾行しているお母さんを見ているようで、なんだか「あ〜、お姉ちゃんもこういうことをするんだなぁ」ってしみじみしちゃいましたよ」
「ぐ、偶然よっ!!! たまたま通りかかったらクドリャフカが見回りをしているなぁって、ちょっと立ち止まってみていただけじゃない!!」
「それにしては長い“ちょっと”だな。生徒会室からここまで、それとなく装いながら、かれこれ20分以上もの間、佳奈多君はクドリャフカ君の尾行を続けているわけだが?」
「ちょ……!? 来ヶ谷さん……というか二人とも、いつから私のことを見ていたのよ!?」
「……お昼のチャイムが鳴って、教室から出て行くくらいからですかネ? 生徒会室に入ったタイミングで、私が購買部に走って、しばらくは姉御ひとりに見張ってもらいましたけど。それ以外だと、まぁ……ずっと?」
 つまり初めからということらしい。普段であれば来ヶ谷はともかく、三枝の尾行にもなっていない尾行などすぐにでもバレそうなものだが、それをまるで知覚できなかった失態に、二木は絶望にも似た立ち眩みを覚えた。
 自分はなにか、とんでもない所を見られていたんじゃないのだろうか。いつものポーカーフェイスを保てていれば何も問題はないのだが、一人だとばかり思っていたため、クドの一挙手一投足に、他人には決して見られたくない表情を露にしていたような気がする。振り返ってみると、思い当たる節が雨後の竹の子のようにぽこぽこと見つかり、二木は内心で身悶えんばかりである。
「お姉ちゃん顔が赤いですよ? ひょっとして照れてます?」
「ば、馬鹿いってるんじゃないわよ!! 話がないなら私はこれで失礼するわ! 貴女たちと違って、これでも私は忙しいのっ!」
 ここに長居すればするほど自分の立場が危うくなると悟った佳奈多は、慌てて取り繕い踵を返すも、
「佳奈多君、ちょっと待ちたまえ」
 来ヶ谷の声がそれを阻む。
「……用件は手短にお願いしたいのだけど」
「大丈夫だ。聞けばすぐ判る」
 そういっておもむろに手渡されたイヤホンを手に、二木は怪訝な瞳を来ヶ谷に向けた。既に再生ボタンは押されているようで、ノイズ混じりの喧騒が洩れている。微妙に聞き覚えのある声に、興味をそそられて耳に掛けた途端―――二木佳奈多の顔色は真っ青に急落した後、急速に耳まで真っ赤に染まる。
「先日のクドリャフカ君と佳奈多君の言い争いを録音してみたんだが……その様子だと、だいぶ気に入ってもらえたらしい」
「すごいですネ〜。お姉ちゃんがこんなにも赤裸々な表情をする所は、初めて見たかもしれません」
「ど、ど、ど、ど、ど!!!! どうやって―――!!!!!!」
 どもりながらも二木が瞬時にはじき出したのは、以前から棗鈴のスズに小型マイクを仕込んでいたリトルバスターズの行いから察して、クドに同様の処置を施していた可能性である。そうなると、クドリャフカもこの悪巧みのグルだったのではないかと疑心に駆られるが、主犯は恐らく眼前の来ヶ谷唯湖だ。彼女にしてみればこの程度の細工、クドに悟られることなく施すことなど児戯にも等しいだろう。むしろ部屋の外で待機して、集音マイクで音を拾った可能性や、部屋に盗聴器を仕掛けていたのではという最悪の展開すら容易に想像できてしまう。
 そうなると、数日前にひとり自慰行為に耽っていた喘ぎ声まで録音されているのではないかという事態にはたと思い至り、茹で上がっていた顔から再び血の気がさっと引いていく音を、このとき、二木は確かに聞いていた。
「詳しいことはいえないが、いま佳奈多君が想定した可能性のどれかには入っていることだけは断言できるよ。だが、安心したまえ。犯罪行為には手を染めてはいない。拾った音はこれだけだ。こう見えて私は常識人だからね」
「常識人と見られていないことは一応、姉御も気づいてはいるんですネ」
「………葉留佳君、あとでちょっと私の部屋に来たまえ。自分がどういう立場にあるかをじっくりねっとり、その身体に教え込ませてあげるから」
「や、遠慮しておきます」
 プライバシー侵害の時点で既にアウトな事には触れることなく、じゃれあっている二人を他所に、切迫した二木佳奈多は証拠隠滅すべく、イヤホンのコードを辿って来ヶ谷の胸元からレコーダーを引きずり出すと、三枝の静止の声を振り切り、廊下にレコーダーを叩き付けた。
 金切り声が響くようにバラリと砕けたレコーダーを黙って見つめていた来ヶ谷は、肩で息をしている二木に、幾分とがった顎を持ち上げて遺憾の意を表明する。
「……随分な対応じゃないか。型は古いがそれなりに高価な品なんだがね」
「個人の会話を勝手に盗聴しているような貴女に言われる筋合いは無いわ!!」
 至極当然のことを言われても、特に反省する様子のない来ヶ谷は「やれやれ」と首を振る。
「激情に駆られる気持ちはわからんでもないが、現代科学はこの程度の原始的暴力に屈することは無いよ。録音音源はほら、この通りコピーも万全だ」
 来ヶ谷の胸元からメモリーカードが現れる。思わず手が伸びそうになる二木だが、わざわざそれを見せびらかしている時点で、予備のコピーも別の場所にしっかり確保していると言うことなのだろう。それともただのブラフか。
 二木佳奈多はぐっと唇を噛む。あんな会話が学校の生徒に知れ渡れば、今まで築いてきた自分の威信が瓦解することは目に見えていた。
「……私を脅して、一体何が目的なの」
「さすが佳奈多君。飲み込みが早くて助かる。葉留佳君、手短に頼む」
「はいさー」
 メモリーカードを来ヶ谷から受け取った三枝はびしっと敬礼した。そして二木の傍によると、なにが嬉しいのか腕を絡め、べったりとくっついてくる。
「えへへ、お姉ちゃ〜ん」
「な、何よ気持ち悪いわね……」
 身を捩ってささやかな抵抗をする二木だが、妹からのそんなスキンシップも満更でもないのか、視線を逸らしはしても拒むような反応はない。それに気を良くした葉留佳は上目遣いに佳奈多を見つめている。
「今度の文化祭で私たちのクラス、メイド喫茶をやりますよね? 女子はメイド姿でお客さんに御奉仕。男子は厨房で料理。みんな一生懸命がんばろうとしているのに、お姉ちゃんだけが風紀委員の見回りを理由に参加できないのは、はるちんとしてはと〜っても哀しいわけですヨ」
 何を言い出すかと身構えていた二木は、その時点で凡そ妹が自分に何をさせようとしているのかを悟っていた。
 来月に予定されている文化祭。それに二木と三枝のクラスは、男子生徒の組織票により『メイド喫茶』と言うおぞましい催し物を開くことになっている。三枝が述べた通り、佳奈多は毎年文化祭の時期は、風紀委員の見回りによって参加できない事は前々から決まっていた。これにより今回の催し物を体よく切り抜けることができた二木は、咎められる理由なんてまったく、これっぽっちも無いのだが、男子に嵌められたクラスの女子はそうは思ってはくれていなかった。
 一人だけうまいこと逃げやがって―――
 つまりはそういう怨みを買っていた事と、男子生徒からもクラスで1、2を競う美少女が欠けてしまうのはもったいないと言う理由から、様々な打開策が熱心に議論されていた。それを頑として拒み続けてきた二木だからこそ、目の前にいる実の妹のお尻から、真っ黒な悪魔の尻尾が生えていることに気づかないはずが無かった。
 露骨に嫌な顔をして逃げ出そうとする二木だが、三枝はそれを予期していたのだろう。ガッチリと二木の体を抱きかかえて離さない。
「クラスの男子がひと肌脱いでくれたんですよ。お姉ちゃんの代わりに男子が交代で校内を見回りすれば、私とお姉ちゃんが姉妹仲良く文化祭を満喫できるんじゃないかって―――。『ようやく不和が解けたばかりなのに、こういうイベントで一緒にいられないのは私、哀しい』っていったら、みんな快く引き受けてくれたんだよ?」
 にこやかに笑っている男子生徒と、黒い笑みを浮かべて快諾している女生徒の姿が目に浮かぶようである。
「ああ、もう!! どうしてそういうロクでも無いことにばかり行動力があるのよ、貴女は!!」
「いやだなぁお姉ちゃん。そこは下心といってくれないと」
「なお悪いわっ!!」
「まぁ、そういうことですから、当日はお姉ちゃんもメイド服を着て、入り口で『いらっしゃいませ、ご主人様☆』って言うんですよ。一人だけ逃げるのは絶対に許さないんだからね?」
 うふふふ…と目を光らせている三枝と、いつの間にかメイド服を手にした来ヶ谷がこちらに近づいてくる。
「私が選んだ物だから、サイズは佳奈多君にぴったりのはずだ。さて―――ここで脱ぐか、それとも私の部屋で脱ぐか。どちらかに決めてもらおうか」
「何でその二択しかないのよ!? とにかく嫌よ!! 神北さんじゃあるまいし、誰がそんなひらひらのフリフリした服なんて着るもんですか!!」
「どうせみんな着るんだから。お姉ちゃん、恥ずかしがらなくてもいいんですヨ」
「嫌なものは嫌なの!! 葉留佳っ! これ以上馬鹿なことするなら本気で怒るからね!!」
「あれあれ〜? そんなこと言って良いんですか? クド公との会話を校内放送で流しちゃいますヨ」
「〜〜〜〜っ!!!! この、ろくでなし!!」
 思わず口走ったその罵倒と、拳を振り上げる素振りが葉留佳の何かを刺激したのだろう。急に真顔になった葉留佳の体がびくんと跳ねる。やがて怯えたように萎縮して、二木からじりじりと離れていく。一転した葉留佳の挙動に、驚いたのはむしろ佳奈多のほうだ。
「は、葉留佳……?」
「……そ、そうだよね。私、役立たずのろくでなしなのに、調子に乗っちゃって…………」
 引っ叩かれるのを畏れてか、三枝の両手は顔のすぐ近くで折り畳まれている。
 強張った顔。卑屈な態度。
『家』にいた頃の痩せぎすな葉留佳の姿が脳裏を過ぎり、慌てて二木が近寄ろうとすると、葉留佳は短い悲鳴を上げて尻餅をついまま顔を両手で庇っている。
「ご、ごめんなさいごめんなさい!」
「え? ちょっと、葉留佳……じょ、冗談でしょ…?」
 うろたえている二木の横で、うずくまった葉留佳は震えている。自分を怖がっているのだとようやく気づき、それが相当なショックであったことを同時に佳奈多は自覚する。
“ろくでなし”と言う単語と、振り上げた掌が葉留佳のトラウマを呼び起こしたということなのだろうか。こんなにも簡単に、普通に過ごしてきた人間が急落して堕ちていく様を見たことのない佳奈多はあっけに取られて声も掛けられない。
 原因はあれだろうか。修学旅行の事故で葉留佳は頭部を強打していた。二日間、意識不明の重体だったあの時、目が覚めても脳に何らかの障害を抱えることになるかもしれないと語った医師の言葉が重く圧し掛かる。それが今、ここで、ほんの些細なやり取りが葉留佳の脳を刺激してしまった?
「そ、そうだよね。お姉ちゃんが文化祭を私と一緒になんて……したくもないよね? こんな馬鹿のこといっちゃって……ごめんなさい。わ、私―――こんな所にいたらおねえちゃんに迷惑だよね? ごめんね。私、帰るから……」
 すまなさそうな瞳を残して、最愛の妹が後ずさった。それを何とか引きとめようと、佳奈多は妹が傷つかない言葉を必死になって手繰り寄せる。
「ち、違うの葉留佳。私だって葉留佳と一緒に文化祭楽しみたいし、葉留佳のこと迷惑だなんて思ったことなんてないから……!」
「でも……メイド服なんて、やっぱり嫌だよね。お姉ちゃんいつも和装でしっかりしたのが好きだったし……。私なんかとお揃いの服なんて着ても嬉しくないだろうから―――」
「わ、私はっ! 葉留佳と一緒の服なら何だって着るわ! メ…イド服はちょっと、アレだけど……」
 勢い込んだものの、やはり二木としてもアレを着ることには抵抗があるのだろう。迷う素振りが瞳に宿ったのを、葉留佳は見逃さなかった。
「やっぱり嫌なんだ……! そうだよね、私と一緒なんて―――!」
「ああああああ!! 違う、違うの!! す、好きよ! 私、メイド服を実はすごく着てみたかったのよ!! 今更……こんな格好なんてできるわけないし、ずっと黙ってたけど! 神北さんが着ているような服を、一度でいいから着てみたかったっていうのはホントなのっ。だ、だから……」
「だから……?」
「〜〜〜〜〜〜っ!!!! 文化祭では着るわっ! ええ、参加しますとも!!」
 半ば投げやりに発言した佳奈多をじっと値踏みしていた葉留佳は、やがてポツリと呟いた。
「今、お姉ちゃんがメイド服着ているところ……見てみたいな」
「え゛?」
「……イヤ……なの?」
 上目遣いに瞳をうるうるさせている今の葉留佳に勝てるはずもなく。佳奈多はぶるぶると首を振る。
「イヤじゃない! イヤじゃないわ! ほ、ほら、これを着ればいいのよね!?」
 来ヶ谷が手にしたメイド服を引っつかむと、五分ほどして佳奈多が帰ってくる。もちろんメイド服を身にまとって、である。他の生徒にバレないよう、木陰に隠れてこそこそやってくると、ご丁寧にベッドドレスまで頭に付けているのがわかる。佳奈多本人は熟れ過ぎたリンゴのように顔を染めており、熱病にうなされながらやってきた佳奈多は、葉留佳の前まで来るとごてごてのフリルを心もち持ち上げ、わずかにポーズをとる。
「ど、どう? ゃ……やっぱり似合わないよね……」
「似合う似合うっ! 可愛い! も〜、お姉ちゃん、すっごい綺麗!!」
 いつの間に用意したのか、手にした携帯カメラでパシャパシャと撮影する喜色満面の葉留佳。そして背後では、もうご馳走様と言いたげに来ヶ谷が本格的な撮影機材をくみ上げて、佳奈多の全身をくまなくファインダーに落とし込んでいる。
「すばらしい……すばらしいよ佳奈多君!! 惜しむらくは葉留佳君もメイド服を着せて姉妹一緒に映せないことくらいか……。……! いや、葉留佳君! 至急、メイド服をもう一着用意したまえ!!」
「や、私はいいですヨ」
「ええい、これはお願いじゃあない。命令だ!! クラスに戻れば何着かあるだろうが!! 無いというなら神北君の私服でもかまわん! こんな千載一遇のチャンスを逃すほど私は愚かではないぞ! どうしてもと言うのなら……実力行使と行こうじゃないか……!」
「姉御、目が据わってて怖いんですけど!?」
 檄を飛ばす来ヶ谷と抵抗する葉留佳。そして、それを混乱する頭で眺める佳奈多は、わけもわからずオロオロとしている。
「え? え? え? あれ? 葉留佳?」
 そこではたと気づいた葉留佳は、わざとらしく咳をすると己の演技に熱を込める。
「アー、アー。オネエチャン、ハルカ、トッテモウレシイデス〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・ま・・・・・・まさ・・・か・・・・・・・・・・」
「ワー、オネエチャ〜ン」
 グリコのポーズと爽やかな笑顔で姉に駆け寄ろうとした葉留佳は、俯いて拳を震わせている姉から怒気が立ち上るのを見てたたらを踏んだ。これはマズイと察知したのは、バッと顔を上げた佳奈多が掴みかからんばかりに右腕を伸ばしてからだった。
「葉留佳〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!!!」
「わひんっ!」
 絶対殴られるだろうと両手で頭を抱えていた葉留佳は、いつまで経っても訪れない衝撃に瞑っていた両目をうっすらと持ち上げた。
 すぐ傍に姉がいるのはわかる。怒りに全身を震わせるのも見て取れるのだが、そろそろと視線を移動させて、葉留佳は二木の顔を恐る恐る覗くと絶句する。
 勝気で、泣いた事なんて一度としてないような姉が、怒った顔のままポロポロと涙をこぼしていた。それを拭く素振りもなく、服のスカートを掴んだままじっと葉留佳を睨んでむくれている姿に、今度は葉留佳が慌ててしまう。
「ちょ、お姉ちゃん、何で泣いてますか!?」
「……は、葉留佳が……変…なことするからじゃない……! わ、私がどれだけあの時のこと気に病んでいるか知ってる癖に……こ、こういう…こと…! ホントに…怖かったんだからっ!!」
「あ、いや……ええとですね。やりすぎかなぁ…とはちょろっとは思っていたですけど……」
「ちょろっとじゃないわよ! もう…本当に信じられない!! 今度やったら本気で怨んでやるんだから!! 馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿!!!」
「……はひっ、ご、ごめんなさい……」
 しょんぼりとうな垂れる葉留佳に、怒ったままの佳奈多は、何を思ったか葉留佳の右手に身体を寄せた。尖らせた唇はそのまま、顔を赤くしてそっぽを向いている姉の挙動が分からず、葉留佳はしばし、自分の右手と佳奈多を見比べる。
「……お姉ちゃん、これはいったい全体どういうことでしょうか?」
「……罰として今日一日、はるかの手を離してあげない」
「はぁっ!? いやいや、トイレとかどうするんですか!? ていうか、午後の授業もこれですかい!?」
「知らない。はるかが悪いんだもん」
「えー……って、そこまで拗ねなくてもいいんじゃないでしょうか?」
「拗ねてないもん」
 著しくいつもらしくない二木は、葉留佳の腕に顔を埋めるとそのまま黙ってしまう。困り果てた葉留佳は来ヶ谷に助けを求めるも、件の美女は何故か鼻血を吹いてうつ伏せに倒れていた。痙攣していることからも死んではいないようだが、役に立たないという意味ではあまり違いはない。
「……じゃあ、授業サボっちゃいますか」
「サボってどうするのよ」
「このままどこかに遊びに行くとか? ふつ〜の女学生らしく、てきと〜に繁華街を歩いて、雑貨屋できゃいきゃい騒いで、プリクラ撮って……。そういうのって、お姉ちゃんとしたことないな〜って思いまして。……どうですか?」
「勝手にすればいいじゃない……私ははるかの手を握っているんだもの。どこにでもついて行くだけだもの……」
「じゃあ、決定ということでっ」
 ずんたかと歩き出す葉留佳と、メイド服姿の佳奈多を目撃したという情報が、瞬く間に学内を席巻して以後の話は、また別のお話である。







 ***






「ふう……」
 そこまで書いて西園美魚は椅子を傾けると、めがねを外して溜息を吐いた。
「年末の幕張メッセまでには、なんとか間に合いそうですね」












あとがき
 究極最強のオチというか、ガチじゃなければこれですべてのSSを強制的に終わらせることのできる手段だけにどうしようか迷いましたが、やっぱり僕らの西園さんはとっても便利でしたっ!(最低だ
 クドの話っていうか終盤全部、佳奈多がさらっていったような気がしないでもないですが、まぁ気にしないでください。オトコノコは好きな女の子を苛めて泣かせてナンボです。むしろ、これを書けてすがすがしくもやり遂げた気になっている自分は死んだ方がいいと思います。
 閑話休題。
 正直、今回のクドフェスは投稿できないと半ば諦めてました。長編SSを投稿予定のつもりだったんですが、期日の二週間前になっても半分も終わらず、枚数だけが増える日々。もうほとんど出す気のなかった状態だったんですが、某イベントで幹事男さんとリアルで出会ったことで、妙な責任感が湧いてしまったのが運のつき。
「短編を書こう!!」
 時間的にそれならまだ間に合う。そう勢い込んで、クドの短編を書き始めた管理人は、締め切り一週間前になってはたと気づきます。短編を書いていたはずの自分が、何故か長編を書いていることに……(汗
 そういう意味では、開催までに間に合わせるための苦肉の策として、このオチは既に決まっていたのかもしれませんねぇ。とはいえ、中途半端なデキのこの作品ですが、子猫とクドの話はまだまだ続き、物語の大枠もほとんど決まっていただけに、ちょっともったいない気もします。やりたいネタはたくさんあったんですが…ショウガナイネ。
 SSの題ですが、もうなんていうか……管理人の心境?
 キャラを適当に動かして面白おかしくやって、満足したところで「もうさよならだね☆」みたいな?(死んでしまえ
 でもでも、キャラを使って日常をきらびやかに彩らせる、みたいなリトルバスターズの特色は今回でなんとなく出せるようにはなったかも。管理人も今まであった文章やスタンス、句読点からストーリーの組み立て方まで前回の作品から意識して改変した記念碑的な作品だけに、こんな終わり方でも何気に気に入っていたりしますので、感想を頂けると嬉しくって身もだえまくります。
 あ、文化祭で佳奈多さんがメイド喫茶やるSS、誰か書いてくだーたい☆