皆が寝静まった頃、足音を盗んで寮の外へと出てきた。
 夜は不思議。普段は寝ている時間だというのに、こうして起きていると様々な発見があるから。昼間より空気が澄んでいたり、綺麗に星が見えたり、ちょっと火照った身体に夜風が丁度良かったり。
 明日はちょっと辛くなるかもしれないけど、こうしてのんびり過ごすのも悪くないかな……と思う。

(…………)

 女子寮の壁にもたれかかり、ある男子寮室の窓を探す。消灯時間は過ぎているけど、カーテンの隙間から少しだけ明かりが漏れていたからすぐに見つかった。
 まだあの人が起きているのでしょうか、いやそれともルームメイトのあの人の方なのでしょうか……ここからじゃそんなことわかるはずもなく、時折揺れる細い光を何気なく眺める。でもあの場所にあの人がいる、そう思うだけで何だか温かい気持ちになった。
 そんな時、適当にポケットに突っ込んできた携帯電話が震える。それは真夜中の静かな学内ではとても目立つ音で、急いでディスプレイを開いた。
 ひとつ息をついてから受信相手の名前を見る。一体こんな時間に、誰が送ってきたのだろう。

「……え?」

 ディスプレイに映るが文字が示すのは私の想い人の名前。この闇に包まれた寮の中で唯一の光が点いている、あの寮室の住人から。
 ……でも、このメールの意図は一体なんなのでしょうか?



『クド、一緒にコンビニ行かない? R.N』


























" コンビニ "



























 閉ざされてから数時間は経とうとしている門を乗り越え、振り返る。明かりひとつ点いていない校舎は薄気味悪く、本当に普段ここで暮らしているのかと疑いたくなるくらいだった。

「それじゃ、行こうか」

 そんな私の思いを全く解してくれず、リキは街に向けて歩き出す。慌ててその後ろを追い、肩を並べて道を行く。
 リキはさっきまで今日出た宿題(恭介さんが遅くまでリキたちの部屋に居座っていたらしく、日が変わるちょっと前くらいから始めたそうです)をやっていて、一段落が着いたからコンビニに行きたくなった、という話ですが……。

(……なんだかちょっと嬉しそうなのです)

 心なしかリキはいつもよりウキウキ、彼女である私と並んで行くことより、コンビニに行くこと自体が楽しみのような……いや、多分間違いない。だってこうして私と並んで夜道を歩くことが目的なら、電話してくるはずだから。流石に社交辞令ってことはないだろうけど、二の次であることには間違いないと思う。
 リキの格好はラフな部屋着・寝巻き兼用のジャージにつっかけのサンダル、本当に「ちょっとそこまで」なスタイル。それに対し"本当の寝巻き"だった私はわざわざ部屋に戻って佳奈多さんを起こさないようにクローゼットの中を探し回り、ようやく探し当てたワンピースを無造作に着て待ち合わせ場所に急いだ。寒くないように引っ掛けてあったカーディガンを掴んで。
 お陰で髪はボサボサ、リキが来るまでに手ぐしである程度整えたはしたけど、やっぱりいつもよりくしゃくしゃ……せっかくリキからのお誘いなのに、気分はちょっとブルー。
 でも、リキの格好を見て思った。ああ、取り越し苦労だったんですね、と。ちょっとドキドキでもした私が馬鹿だったんですね、と。むしろ「ラフな格好ですね?」とか切り出したら「なに言ってるんだよそもそもコンビニはお手軽なお店であってヘンに着飾ることはむしr(以下略)」なんてマシンガントークが飛んできそうなくらい。そんなこと言われたら泣いちゃいそう。

「……クドはこんな時間まで何をしてたの?」

 でもやっぱり、少しでも着飾ってきて良かったと思う。確かにリキはコンビニに行きたくてこうしているのかもしれないけど、私に笑顔を向けてくれるから。好きな人に笑いかけてもらえること以上に幸せなことがあるだろうか? 私はないと思う。
 だからその笑顔の先の私は、少しでも綺麗でいたい。少しでもその笑顔を長く見ていたい。だからこんなくしゃくしゃな髪でもえへへ、と笑ってしまう。

(…………)

 でも言えない……「あなたの部屋を眺めていました」なんてストーカー染みたこと、事実だとしても言えない。仕方なしに私も宿題をしていたことにした。夕食後には取り掛かってお風呂の前には終わっていたけれど。

「あー、大変だったよね今日の宿題」

 そんな他愛のない話をしながら、いつもと違う世界を歩いた。
 理樹と二人、テレビが砂嵐になってしまっているこの時間に。










                   ◇









 街頭もところどころしかない学校付近から街に来ると、目がチカチカした。もう深夜と呼ぶべき時間帯なのに煌々と灯る様々なお店の看板、その合間を縫うように歩く人々。私たちのような寮生には考えられないような世界が目の前にあった。
 私も週末には来たりするけれど、こうした顔があるなんてことは知らなかった。思わずきょろきょろしてしまって、まるでおのぼりさん状態。

「僕もこの時間帯に初めて来た時はそんな感じだったよ」

 そんな風に理樹が笑った。ちょっと悔しくて頬を膨らます……でもちょっと嬉しくも感じる。理樹と同じだ、ということに。

「この時間帯だと……そこのデイ○ーが良いかな」

 理樹が指差した先、赤と黄色を基調とした目立つ看板。パンが有名で御馴染みのデイ○ーヤマザ○。
 丁度自動ドアから店員さんが、青い箱を畳んだのようなものを両手いっぱいに抱えて出て来るところだった。

「この時間帯に搬入が終わるんだよ、ここ」

(…………)

 なんでそんなことを知っているのでしょうか、この人は。
 ……でも聞けない、何故なら普段見せないようなとても良い笑顔をしていたから。というかコンビニの知識披露>彼女との会話って失礼ではないでしょうかっ。
 もちろん理樹はそんなこと気にも留めず、そそくさと店内に入っていく。よっぽど欲しいものがあるのだろうか、私も後を追って店の中へ足を踏み入れる。

「いらっしゃせー」

 お馴染みのドアの開閉音とともにダルそうな声。さっきの方とは違う店員さんがこっちを見向きもせず、入ってすぐ右にある新聞ラックに新聞を入れていた。いや完全に開閉音だけで言いましたよねこの人。
 ……忙しいからってことにしておきましょう、うん。

「らしゃーせー」

 再び開閉音が鳴り響き、またダルそうな声。私の横をさっきお店の前で見かけた店員さんが通り過ぎる。そしてそのまま振り返ることなくレジの奥、おそらくバックスペースと思われる場所へ向かっていった。
 ……さっきの方よりもっと酷い略し方だったような気がしましたが、気にしないでおきましょう。

 それはさておき、先に入ったリキを探す。左右を見渡してみても姿はなく、立ち読みしているおじさんが一人いるだけ。さっさと奥に行ってしまったのだろうか、仮にも(仮なら三日三晩泣き続けますけど)彼女と一緒に来ているというのに。
 と、ふとおじさんの方を見ていると、おじさんがページをめくっていないのにも関わらず紙が擦れる音がした。まさかと思い、本棚のある一番手前の列を進んでみる。

「リキ……なにやってるんですか」

 おじさんの隣、そこには見慣れた人が、週刊誌をペラペラと読み進めていた。
 私が話しかけると、リキは不思議そうな顔をする。

「え、いや……立ち読みだけど?」

 なんの悪びれも言い切りました!?

「……何か買いに来たんじゃないんですか?」

 正直学校からここまでの道のりは決して短いものじゃない。時間も時間だし、あんまり長居してしまうと夜が明けてしまうかもしれない。だったら少しでも早く用を済ますべきだと思うのですが……。

「いやー……何買いにきたってわけじゃないんだけどね?」

 更に言い切りました!?

「や、コンビニって時間があったらなんとなく入っちゃわない?」

「…………」

 ……論点、ズレてませんか?
 ちょっと苦笑いすると、またリキは週刊誌に目を落とす。仕方がないので私も本棚を右往左往し、興味が持てそうな本を探した。と言ってもど真ん中にリキとおじさんが居座っているので、随分ジャンルは限られている。
 女性誌か、漫画雑誌か、コミックスか――それとも。

(……いちはちきんなのです)

 "18歳以下はお買い上げできません"と書かれているけど、全くオブラートに包もうとしない存在感。というかアイスを買おうと冷凍庫に近付いて、真左をチラリと見たらあるというのはいかがなものだろうか。ある種のセクハラ……いやフツーにセクハラ。
 でもきっとリキも興味がある、だって男の子だもの。ちょっとずつ右にスライドしていって手に取る、なんてこともありえなくはない。そこまではいい。
 手に取った本に女性が、大きかったら……もちろん身長じゃないですよ? だとしたら、私は立ち直れない。遠回しに「クドのじゃ物足りないよ」と言われているようで、居た堪れない。直接言われる方がマシ――あくまでマシ、というレベル。どちらにせよ泣くとは思う。

「……リキ! 本はあとにしましょう!」

「えっ……ちょっ、まだゲンダイ読んでる途中――」

「いいから!」

 悠長に読み続けていたリキの腕を取り、その場を離れる。立ち読みは駄目だ、時間的にも精神的にも。コンビニじゃウィンドウショッピングにもならないけど、並んで見て回ることの方が幾分かはマシだと思う。

 ただ……「この焦がしネギ味噌おにぎりは絶対温めた方が美味しい」だとか「揚げ物系統はケチャップよりバーベキューソースの方が良い」だとか「グル○豚まんはからしと合う」だとか知識を披露されるのは、ちょっと疲れる。

「良いかい? まずパンはこっちの20%引きを見てからの方がいいよ、賞味期限は今日までだけどね」

 ……うん、ちょっと嘘。かなり疲れます。










                   ◇









 普段は寝ている時間帯、なのに街は寝ていない。だからそこに生きる人たちも寝ていない。
 無表情だけど働いている人がいて、買いもしないのに立ち読みしている人がいて、時代錯誤っぽいちょっと悪そうな人がいて、漫画のようなものをコピーをし続けている人(……西園さんが持っている本と雰囲気が似ていました)がいて。
 リキのように"こんびに・ますたー"にはなれないけど、その魅力はなんとなくわかる。色々な人がいて、色々なものがあって。普通のお店より小さいくらいの店内には様々な冒険が待っている。
 数多くの困難を乗り越え、ようやくラスボスであるレジに辿り着く。それがまた強大な敵だったりする。

「えっと……あんまんひとつお願いします」

「あー…さーせん、今切らしちゃってますねー」

 やっぱり妙な略語を駆使し、私が唯一買おうと思っていたものの品切れを伝えられた。とても切ない。

「……じゃあ、肉まんで」

「承りー」

 もうどこから突っ込めばいいんでしょうか、それとも私がおかしいのでしょうか。最近の人は皆さんこうなのでしょうか……眠気と疲れでよくわからない。

「あ、あとおでんお願いしたいんですけどー」

 肉まんを蒸し器から取り出すためにレジを空けた店員さんに向かい、リキがそう言った。そうするとやっぱりダルそうな声で「承りー」という声で返ってくる……突っ込まないのも突っ込みですよね?
 店員は私に肉まんを手渡すとおでんの器を取り出し、タンタンと慣れた手つきでレジの液晶画面を叩き始めた。

「具は?」

 注文を受ける準備ができたのか、そう訊ねてくる。
 にしても、とても実直な訊ね方だと思うけど。

「えーと、たまごとー……」

 リキがこちらを一瞥する。それを意味するのは簡単、「クドは?」と言いたいのだと思う。でもそんなこと考えていなかった私は「えっと……」と悩むばかりで、品名が出てきてくれない。

「……たまご下さい」

 で、結局それしか出てこなかった。少し妙な顔をされたけど、視線を逸らしてやり過ごす。

「あとたまご下さい、汁多めで」

(……ってえー!?)

 思わずリキの方を振り返ると、そこにはいつもの笑顔。だけど私にはわかる、ちょっと眉間にシワが寄っていたから。
 リキは略語のことも態度のことも「夜勤なんてこんなものだよ」と笑っていたけど、やっぱり内心は穏やかではなかったらしい。

「……たまごだけっすか?」

「ええ」

 店員さんは明らかに気分を害した様子だったけど、リキは動じない。そしてうろたえない。流石"こんびに・ますたー"と言わんばかりの受け流しっぷりでたまご三つとたっぷりの汁が入った器を受け取る。
 そしてトドメ。

「330円になりまーす」

 リキは財布を取り出すと、一枚の紙幣を取り出した。

「じゃ、一万からで」

 ……にこやかにとんでもなく嫌味な行動でした。
 私は知っている、その財布の中には野口さんも樋口さんも、それどころか小銭すら入っていることに。ただ相手に嫌な顔をさせたいがために、リキは福沢さんを生贄に捧げたのだ。哀れ福沢さん。
 相当嫌そうな顔をしつつ、店員さんはリキにお釣りを手渡した。

「あじゅじゅしたー」

 最後の最後までダルそうな声で私たちを見送る。今となってはちょっと笑いたくなる、リキのお陰で。
 店外に出るとさっきまで真っ暗だった空はやや白みを帯び、もうすぐ夜が明けることを告げていた。

「ふわ……もうこんな時間かぁ」

 リキは大きなあくびをしつつ、腕時計で今の時間を確認していた。
 部活の朝練が始まるまでにはちょっとだけ早いけど、急がないとそのくらいの時間にはなってしまう。知り合いならまだしも、噂好きな人や口の軽い人に見つかったら一騒動はありそうな話題だ。というか先生方の耳に入れば停学退学レベルのお話だと思う。

「食べないの? 肉まん」

 そんなことを知ってか知らずか、リキは悠々とたまごに割箸を刺し、噛り付いている。本来ならのーまなーな食べ方だろうけど、この場はするー。
 ……それよりすっかり忘れていましたっ。

「すみません……肉まん代もおでん代もお支払いしてませんでした」

 両の手のひらに包むはまだほかほかな肉まん、そしてポケットには寮を出てから一度も取り出していない財布。更にリキが手に持つビニール袋の中には私が頼んだたまごがひとつ。それすなわち無銭飲食(ちょっとニュアンスが違いますが)。

「無理に付き合わせちゃったからね、このくらい奢らせてよ」

「そっ……そんなっ、悪いです!」

「いいって」

「よくないです!」

 そこから互いに譲り合いが始まり、愛犬と散歩するおじさんに奇異の目で見られたりランニングするお兄さんに苦笑いされたり。だんだん恥ずかしくなってどちらからかはわからないけど、そんな不毛な言い争いも終わった。
 肩を並べて何を話すわけでもなく、ただ帰り道。まだ寝ていないのに一日が始まる不思議、遠くの街並の合間から顔を覗かせる太陽が何故か眩しくない不思議。前者は感覚的なもので、後者は物理的なもの。どちらも同じ不思議なのに、まず根本から違っている。そんな不思議。
 そもそもこんな時間にリキと一緒に歩いていること自体が不思議だった。彼氏彼女じゃなければ絶対にありえなかった、この"当たり前"。そういえば海外ではコンビニという存在すらない国もあるらしい、日本に暮らしてなければ絶対にありえない、この"当たり前"。

「……今夜も一緒に来ようか、クド」

 そうやって微笑んでくれるリキが今いる、この"当たり前"。様々な要因が重なり合って初めて、私とリキはこうして肩を並べて歩き続ける。

「――はいっ」

 だからこの"当たり前"を噛み締めて、今夜もこうして歩き続けたい。売れ残った中華まんとおでんを、二人で分けて帰りたい。





 れっつごーとぅーこんびにえんすすとあっ、なのですっ。




















 超余談。



「明日はローソ○にする? それともセブ○? ……あー、残念ながらこの街にサンク○はないんだよね。大穴はエー○ーかなぁ」

「…………」



 リキが当たり前のようにコンビニについて詳しいことについての不思議は、未だにわかりません。









 おしまい















あとがき

 まずは色々と謝らせて下さい。
 主催が遅刻してごめんなさい。当初の予定とは違うものを書いてごめんなさい。理樹が馬鹿でごめんなさい。コンビニでごめんなさい。クドが可哀相でごめんなさい。というかクドじゃなくても成立する話でごめんなさい。更にヤマなし・オチなしイミなしSSでごめんなさい。やおいじゃなくてごめんなさい。
 内容に関して(だけ)は熱に浮かされて書いた文章、ということでお許し下さい(※半分くらいだけど)。

 ……多分期間中に本命のも出します。ええ、必ず……あ、いや半々くらいってことにしといて下さいorz
 駄目でもちっちゃい短編くらいはもう一本くらいは書きます。これはお約束いたします、ハイ。



 ちなみにりっきゅんのデイ○ーミニ知識は体験談です。特におにぎりとグル○豚まんはマジでオススメ、というかガチです。



09.4/13 幹事男