「いえーい! 理樹連敗ー!」

「いえーい!」

「筋肉いぇいいぇ〜い!」

 土曜日の昼下がり。いつものように集まってみたもののやることがなく、部屋の端っこから引っ張り出してきたのはトランプ。
 しかし、だ。

「普通にやっても面白くねえな」

 一言。
 たったその一言で、僕は不幸のどん底に落とされた。

「よし、脱衣大富豪をやろう」



























" 理樹君が全裸になって外に放り出されるお話。 "



























「――って言ってもさ」

 そう、と言ってもだ。

「僕、もう全裸なんだけど」

 そう、連敗だ。最後の一枚を脱ぎ終えた、その次も負けた。
 でも仕方がないじゃないか、だって大富豪って大富豪と大貧民、富豪と貧民がカードを入れ替えるというルールがある。ということは必然的に戦力に偏ることはわかりきっているわけで。

「あ、そーいやそうだな……俺らもほとんど変わらねえから気付かなかったわ!」

 そして真人も謙吾も俺も俺もー! と皆でガッハッハッと笑い合う。いや笑い事じゃないと思うんだけど。
 恭介はタンクトップにパンツ、謙吾も上半身裸に袴。そして真人に至ってはバンダナだけだ(というかアレはワンカウントに入るのか?)。
 明らかに異様な光景だし誰かが見たら勘違いするに決まっている。ちなみに一番見られたくない相手は西園さん、それなら皆でいるよりまだこの手で隠している部分を二人きりの場所で見せた方がマシだ。
 いや捕まると思うけど。

「うーん……どうするか、"この格好"を活かせるモノが良いんだが」

 活かさないでよ!

「このまま踊る……とか?」

 絶対嫌だ!

「いやいや、それじゃ足りねえよ。隣の部屋に行って『チワース! お届けにあがりましたー!』ってのはどうよ?」

 何を届けてるんだ!
 駄目だ、ロクな意見がない。このままだと色々危ない――というか捕まる。もしくはそれに準じる何かをやらされる。
 ああ、でも僕が負けたのは事実だ。流石に犯罪級のことは無理でも、それに準じるレベルならやるしかないのかもしれない。
 だって僕は――リトルバスターズの一員だから。

「もっとスリルがあるのが良いよなぁ……学外はヤバイとして、学内。学内か」

 そのまま恭介はうんうんと唸り始める(タンクトップにパンツで)。こういう時の恭介は何を言っても聞かないから僕ら(袴とバンダナと全裸)はそのまま黙って推移を見守ることにする。

「そう、ギリギリ――だ。犯罪スレスレならセーフだろう」

 スレスレはセーフかもしれないけど、色々とアウトだと思う。

「じゃ、外に行こうか」

 僕は泣きたくなった。










                   ◇









「いやいやいやいや! 完全にアウトでしょコレ!」

「大丈夫、お前ならやれる!」

「根拠のないこと言わないでよっ!」

 僕が連れて来られたのは、男子寮一階の最端の部屋――の窓際。
 そこでさっきと変わらない格好の三人に、さっきと変わらない格好で外に放り出される。

「簡単だろう? 寮の周りをぐるりと一周するだけだ、幼稚園児でも・・できるぜ」

「幼稚園児だからこそ・・・・・だよね!? ソレ!?」

 完全にニュアンスを間違えている恭介に、全裸のまま突っ込む僕。
 シュールすぎる。

「じゃ、ここの鍵掛けるから……時計周りだぞ? 一階の窓の鍵は全部掛けたからって、二階よじ登ったりするんじゃないぞ?」

 ご近所さんにも通報されるよ! それ!
 と心の中で突っ込んでるうちにかちゃり、と窓の鍵が締められる。うわ、ホントに退路絶ったよこの人たち。

「絶対捕まるよ、コレ……」

 この寮裏のバックストレートはまだいい、裏手は森だし一階も空き部屋ばかりだ。足元と虫さえ気をつければ造作ない(と思っちゃってること自体が嫌なんだけどさ)。

 問題はその先――女子寮横、女子寮と男子寮を繋ぐ渡り廊下。

「捕まるとか、そーゆー次元じゃない……」

 足元に気を付けながらその死地に向かうが、正直覚悟は決まってない。

(……いや、無理でしょ)

 そりゃ決まらないよね、ほとんど犯罪者になる覚悟のようなもんだもん。
 よし、いざとなったら窓ガラスを突き破ってでも男子寮に入ろう。それなら停学程度で済むかもしれない。そのまま捕まったら退学だけど。
 ややぬかるむバックストレートをできる限りのスピードで抜け、女子寮が目視できる位置まで来る。この角度に屈めば女子寮から僕の姿が見えることはない。と思う。

(まだ足音が聴こえる……)

 土曜日だからか、渡り廊下を行き交う人は割と頻繁だった。男子の声、女子の声。それらも交じり合ってなかなか飛び出す機会が見つからない。
 渡り廊下を越えるには一度よじ登り、そしてまた向こう側へ飛び降りるしかない。正直意味わからないけど、ここまで来るとやらざるを得ない。

(ああ……ヘンな嗜好に目覚めたらどうしよう)

 切に願う。それだけは止めて欲しい――と。
 そしてその時、音が切れた。

(今だ――!)

 足早に裏手を抜け、女子寮の壁にへばりつく。男子寮側だと見られる可能性がある、なら灯台下暗しの精神でここにいるしかない。

(ああ――駄目だ。僕人間としてもう、駄目だ)

 そう思っても歩は止められなかった。だって捕まるのは嫌だし。
 なんとか渡り廊下まで辿り着き、よじ登る。ああ、痛い。色々痛い。絵的にもそうだし、全裸で守るものが何もないし。ホントなんなんだよこの罰ゲーム。
 なんとか渡り廊下に降り立ち、向こう側に降りようとした時。

「――全く、男子寮くらい一人で行きなさいよね。クドリャフカ」

「わふー……すみません佳奈多さん、お忙しいのに」

(まずいっ……!)

 古くなった木製の床を叩く音と一緒に聞こえるのは、僕の知っている人物たちの話し声だ。しかもその発言からして完全にこっちに向かってきている!
 急いで渡り廊下のよじ登り、飛び降りる。そして今度は足の痛みなど気にせずに全力で走り抜ける!

(ま、間に合ってええええー……!!)

 ああ、光が見える。このストレートを走り抜ければほとんどゴール。そこを右に折れればほんの数mでこの苦行から解放される。
 そうか、これは俗物的なことじゃない。僕はこれを乗り越えることができれば、人として大きく成長できる。うん、そうだ。そうなんだ。というかそう思うしかないでしょ!
 その一心で、走り抜けた。

「――? 何か聴こえませんでしたか?」

「いえ、私には聴こえなかったけど……何の音?」

「わふー……何かが走る音、というか……」

 遠くに聴こえる、二人の声。でも僕の姿は見えない。
 何故なら駆け抜けきって、僕は男子寮入口の壁伝いに座り込んでいるから。

(ギリッギリだ〜……)

 息を大きく吐いた。もしかしてクドがすぐにこっちを向いていたら、背中くらいは見えたかもしれない。でもそれも運だ。僕が引き寄せた――ラックだ。
 身体についた埃を払い、誰もいないことを確認して立ち上がる。あと数m、ここまでくると悟ってくる。

(顔さえ見られなければ――どうということもない)

 そう、これは悟り。やっぱりこれは苦行だったんだ。
 あの目覚めた人、仏陀と同じように――僕は悟りを開いた。彼が出家して、断食などを苦行を行うように、僕は全裸になって青春イマを駆け抜けた。それを苦行と呼ばずなんと呼ぶのか。

(いや……苦行だよ、間違いなく)

 だって辛かったもん。
 寮の前に立つ。そこには見慣れた風景があった。それでも今は、それが別の風景のようにも思える――変わったのは風景? それとも、僕?  さあ行こうか、新しい世界へ。

「――こまりちゃん、何も今忘れ物を取りに行かなくても良いのに……明日日曜だし」

「だめですよぅ、今日は宿題が出ていましたっ。二人でやりま――」

 うん、苦行だよね。ホント困ったものだよ。
 僕が全裸大富豪に参加したのも、連敗したのも、全裸で駆け抜けたのも――こうして最後の最後で女子寮でなく、校舎から鈴と小毬さんが姿を現すのも。

――すべては、苦行。苦しい行いと書いて、苦行。

 正に文字通り。

「うわあああああーっ!?」

 さっきまで悟っていたと感じていたことが余計に恥ずかしさを高め、もう二人の反応を見る間でもなく寮へ飛び込む。もう寮の中だって裸でいたくない、すぐさまロッカーに向かいジャージを羽織る。

(うあー……どうすんだよ、僕)

 お嫁をもらえないどころの問題じゃない、捕まる。逮捕される。前科一犯になる。
 顔を合わすのはあまりにも気恥ずかしい、けれど弁解しなければ間違いなく僕は然るべき場所に送られてしまう。
 それだけは絶対に駄目だ。

「うう、まだいるのかな……?」

 ひょっこりと寮の入口から外を覗き込む。
 うわ、まだいる。というか棒立ちだよ二人とも。凄く怪しいよ(さっきの僕ほどじゃないけど)。

「――しょう、りんちゃん」

「――そうだな、こまりちゃん」

 何事もなく続きが始まった!? 記憶を失うほどに衝撃的だったの!?
 なんだか気が抜けたというか安心したというか、なんだかんだでやり過ごしたようで一気に力が抜ける。その場にへたり込むと、今度は寮内から叫び声が聴こえる。

(この声――クドと二木さん?)

 さっき見かけたせいかどうかわからないけど、何故か凄く嫌な予感がする。

「あ、理樹!」

「り、鈴……こ、小毬さん」

 その叫び声を聞いたためか、二人がそのまま寮に飛び込んでくる。
 言わずもがな、僕は顔の熱が上がって行くのがわかった。

「今の叫び声はなんだっ!? ……というか、なんで顔真っ赤なんだ? えろいことでも考えてたのか?」

「違うよっ!」

 むしろそんな煩悩的なことでなく、もっと崇高な――じゃなかった。

「と、とりあえず行こう!」

「わかった!」

 我ながらもの凄く苦しい切り替え方をし、人が集まっている方へと向かう。男子寮でありながら、女子の姿もある――その中でクドと二木さんの背中を見つけた。

「クド! 二木さん!」

「り、リキっ……!」

 クドは僕の姿を見つけた瞬間、頬から大粒の涙を流した。そしてそのまま顔を覆うように僕の胸へと飛び込んでくる。

「えっ……いや、どうしたの? 一体」

「どうしたもこうしたもないわよっ」

 二木さんが怒るように――というか、怒っている。のに顔は変な風に赤い。頭に血が上っているというより、恥ずかしがっているような。
 そんな感じ。

「ふぇ……どうしたの、かなちゃん?」

 小毬さんがそう尋ねると、親指でくいっとある寮の一室を示した。

「って僕の部屋じゃん!」

 皆が群がるように集まっている寮の一室、そこは紛れもなく僕と真人の部屋であり、さっきまで僕らがやっていた全裸大富豪の会場でもある。

――全裸大富豪。

(――まさか)

 血の気が引いた。

「み、見るなお前らっ……見せもんじゃねえっ!!」

 ああ、僕らのリーダー(タンクトップとパンツ)の声だ。

「ええいっ! 俺はベーコンレタスびーえるなんかじゃないぞっ! 断じてだっ!!」

 そしてこれは同性愛者と勘違いされがちな、というかされているだろう声。

「ああっ、俺の肉体美を披露する機会がついに……でも恥ずかしいぜっ! これが芸術なのかぁーっ! エクスタシーッ!!」

 そして最後は、バンダナ一丁という意味のわからない筋肉(♂)。  その部屋の奥から聞こえるのは、間違いなく僕を外に放り出した僕の(元)仲間たち。
 のち、同性愛者or露出狂。

「…………」

 なんというか、ある意味外に出ていてよかったかもしれない。そうしたら僕もカテゴライズされていたかもしれない、その同性愛者or露出狂に。
 不幸中の幸い、とでも言うのだろうか。

「うわ、きしょっ……」

 少し覗いた鈴がそれだけ言い、戻ってくる。それから恭介の声は一切聴こえなくなった。
 兄というカテゴライズから外れたんだろうな、鈴の中では。

「……でも"でじゃぶ"というか、そんな感じだ」

「そそそそんなんじゃありません!」

 そう、違う。違うんだ。僕らはそんなんじゃない。
 僕らは本気で闘って、こういう結果になった――ただそれだけなんだ。
 本当に、それだけなんだけど。



「ああっ、エクスタシィーッ!!」



――いつまでも真人の変態的な言葉が、寮内に響いていた。



 それから僕らのチーム名がしばらく"ホ●ホ●バスターズ"になったのは、言うまでもない。





「●モ●モバスターズ……ネーミングセンスは皆無ですが、悪くないです」



 凄く悪いからね、西園さん。








後書き




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