逆裁版 『黄泉がえり』 (4)


   12月25日 某時刻 留置所 

 世間はクリスマスなんて騒いでいるんだろうけど、今の私には全く関係のないこと。黄泉がえった私は、今日で消えることになっているんだから。
 それに、綾里春美といっしょに、薄暗くて重苦しいこんな留置所の廊下を歩いていても、まったく気分なんて出やしない。
「あっ・・・・・」
 手を繋いでいた春美が小さく驚くのを見て、私も前の方を向いた。
 そこには、見知らぬ女性が立っていた。その女性もきょとんとした様子でこちらを見ている。
「えっと、たしか倉院の里に来たことありますよね? わたくし、倉院流霊媒道の分家の綾里春美というのですが・・・」
 目の前の女性はしばらく考え込んだ後、何かひらめいたようにポンと手を叩いた。
「あ、多分、それは私の姉ですよ。私は葉中未実の妹でのどかっていうんです」
 葉中のどかという女性は深々とお辞儀をした。慌てて春美と私もお辞儀を返す。
「クリスマスだっていうのに、こんな留置所にいるなんて珍しいわね」
「それはお互い様ですよ」
 それもそうだ。つまらないことを聞いてしまった。
 でも、わざわざクリスマスに会いに来るってことは・・・・
「あなたも黄泉がえったんですか?」
「そうです。3年ほど前、私は交通事故で焼け死んだんです。だから、今日だけはきちんと留置所の姉にさよならを言っておきたいんです」
 ずっと犯罪に手を染めてきた私を、軽蔑することなく見守ってきたあやめ。あやめとこの女性とはどこかが似ている。そう直感した。
 そして、似ているだけに、なぜか哀しさが湧いてくる。それがなぜだかは、自分でもよく分からない。
「姉は死んだ私と入れ替わって、事件の後をずっと過ごしていました。でも、それがバレそうになったなんて理由で、自分の勤めていた病院の院長を殺してしまったんです・・・」
「お姉さんのやったこと、バカなことだって思ってるわけ?」
「当然よッ! そんなつまらないことで留置所に入るなんて。バレそうだったから何だって言うの!? 医療ミスの責任を問われるのが怖かったの!?」
 事情を知らない私には、彼女たちがどんな苦しみを味わったのかは分からない。
 だけど、ただただ自分の思いを吐き出しているだけの葉中のどかに、私は少なからず苛立ちを覚えていた。
「あなたは、お姉さんのことが嫌いなの?」
「その逆よ。私は大好きなお姉ちゃんに、本当の“葉中未実”として生きてほしかったの。私と入れ替わり、自分を偽って生きるなんて、そんなの望んでなかったのに・・・」
 彼女の言っていることがよく分からない。
 大好きな姉のやっていることを、完全に否定するなんて。ワケが分からない。
 だけど、“姉妹入れ替わって生きる”。なんだか、それだけは他人事とは思えなかった。
「交通事故を起こしたのは、“葉中未実”。その事実から逃げたいがために、お姉ちゃんは“葉中のどか”として生きたのかも・・・」
「本当にそうなのかしら」
「え・・・?」
 涙を浮かべながら私を見つめてくる。どうしてこうも私は、妹の涙ってのに弱いんだろ・・・。1つため息を漏らした。
「私は、交通事故のこともあなたたちの気持ちも知ったことじゃないけど、それでも姉妹同士として断言できることがある。あなたのお姉さんは、自分のためだけにあなたの名前を借りたんじゃない」
「どうして、あなたにそんなことがわかるの・・・?」
 自分でもよく分からない。だけど、私の頭の中には、3年前の出来事だけがハッキリと映し出されていた。
 3年前、もしも神乃木荘龍が邪魔をしないで、無事に綾里真宵を殺したとすれば・・・。私の計画通り、住職に犯行を目撃させて、あやめは私の代わりに罪をかぶってずっと刑務所で暮らしていただろう。
 もし、そうなれば、彼女は“美柳ちなみ”の罪を背負って、“葉桜院あやめ”として生きていたことになる。

   ・・・どうして?

 その答えがきっと、私が今言おうとしていることに違いない。
「お姉さんがあなたの名前を背負った理由。それは、あなたと一緒にいたかったからよ」
「一緒にいたかった・・・?」
「あなたの名前を借りることで、姉妹を1つにしたかったのよ。二度と会うことのない人をずっと忘れないために、自分の名に刻んでおきたかったんじゃないかしら」
 きっとあの子もそうだったんだ。私の犯した罪を背負うことで、私の苦しみを分かろうとした。少しでも私に近づくために。ホントにバカな子ね・・・
「本当の名前がバレるってことは、自分の背負った“葉中のどか”っていう名前が無くなるってコトでしょ? まるで、あなたたち姉妹の絆を引き裂かれるように。だから、お姉さんはなんとしてもそれを避けようとした・・・」
 自分で言っておきながら、何とも抽象的な話だ。まるで詩のように曖昧な世界。
 だけど、何となく分かる気がする。多分これは、姉妹が入れ替わったことのある私だから分かることなのかもしれない。そして、目の前の彼女もまた・・・
「・・・・・・・・・・・・・」
 葉中のどかは黙りこくってしまった。
 いくらこんな綺麗事並べたところで、私には葉中のどかの気持ちも葉中未実の気持ちもわかるはずがない。
 それでも、私はこの子を慰めなければならなかった。この子を泣かせてしまうとあやめが悲しむ。そんな変な考えが脳裏をよぎって離れなかったからだ。自分の言った綺麗事でさえ真実になってほしいと思う、そんな妙な気持ちだった。
 激しい沈黙が襲う。私はこんな雰囲気が一番嫌いだった。
「時間がないわ・・・。私はもう行くから、どう考えるかはあなた次第よ」
 さっきまで私の話を聞き入っていた春美を引き連れて、彼女の目の前を通り過ぎる。
 一応、私の言いたいことは伝わっているわよね・・・?
「きっと、お姉さまの気持ちは伝わっていますよ」
 そう言って横から春美がニッコリと笑ってくれた。その笑顔を見ていたら、私もそう思えるような気がした。もう心残りはない。思い残すモノなんて何もない。

「バイバイ。楽しかったわ・・・」

 その数十分後、私は空の方へと舞い上がった。
 他人からは身体が散っているように見えるかもしれないけれど、私には何の苦痛も伴わなってはいない。むしろこの空を浮いている感じが、心地良いぐらいだった。
「ありがとう・・・もう一人のお姉ちゃん」
 さっきまで見せなかった笑顔を浮かべて、葉中のどかの霊魂は笑っていた。その霊魂はとても輝いているように見えた。
 私は思わず笑い返してた。あやめに笑いかけるのと同じ笑顔で・・・



   同日 某時刻 高菱屋デパート 店内

 閉店間際のデパートをの店内を、由利恵さんと一緒に見回る。
 由利恵さんは黄泉がえり以降、マネージャー復帰の話を断って、ここで店員として働いている。熱心に仕事に打ちこむ先輩の姿は、あの頃と変わらず輝いていた。
 デパートのシャッターを閉めようと、入り口の方へと足を運ぶ。そのとき、黒い人影が目に映った。一目見ただけですぐに察しがついた。藤見野である。
「どうしたんですか、こんな時間に。もうシャッターを下ろすんですけど」
 心なしか表情も台詞も冷たくなる。黄泉がえったときのあの藤見野の態度だけが、私にはどうしても許せなかった。
 成歩堂さんにも相談したけれど、政府の結論として黄泉がえった犯罪者を訴えることは出来ないらしい。この黄泉がえりが一時的なものでしかない、というのが大きな原因だった。現状維持にとどめるという政府の曖昧な政策に、私は憤りを感じた。
「どうして、あなたがここに・・・」
「黄泉がえり現象も今日でタイムリミットだ。だから、もう一度ユリエと顔を合わせとこうかと思ってさ。一応、元婚約者なんだしよ」
「確かあなた、今日はクリスマスの特番に呼ばれてたんじゃなかったかしら。テレビ局の方に戻らなくていいの?」
 黄泉がえりという例のない芸能界復帰を遂げた藤見野イサオは、留置所行きの王都楼をさしおいて、この数週間で再びスターへと上り詰め、テレビにラジオに引っ張りだこ。
 一生懸命ここで働いている由利恵さんと比べてのこの差に、私はブラウン管越しに何度も唇を噛んできた。
「どうせ残り数十分で消える身だ。消えてしまえば責任は問われないし、どうせ消えるなら俺の好きなようにやらせてもらいたいね」
「相変わらず、自分勝手な性格なのね・・・」
 この冷徹さは、昔の私を思い出させる。依存を隠そうと必死に作り上げてきたこの性格。もう一生作ることはないと思っていた。
 だけど、私はここで闘わなくちゃいけない。私は一度、由利恵さんを死なせている。藤見野や王都楼から守ることが出来なかった。先輩の後を追うことしかできなかった。だから、今度こそ守らなくちゃいけないのよ。
「あら、藤見野さん。久しぶりね」
「由利恵さん!?」
 向こう側のシャッターを閉め終えた由利恵さんが、こちらの様子を見に来たようだ。
 私はとっさに、右手で彼女の行く手を阻んだ。そして、思いっきり藤見野を睨み付けてやった。あなたの好きなようにはさせない、藤見野にそんな合図を送っていた。
「やれやれ、ずいぶんと嫌われちゃったようだな」
「当たり前でしょ・・・。あなたのような最低な人、顔も見たくなかった。なのに、あなたは黄泉がえり、挙げ句の果てには過去の罪を開き直るなんて・・・」
「昔のことは・・・悪かったと思ってるよ」
「あなたのことなんて信用できない」
 出来るだけ冷たくあしらって、藤見野を突き放した。罪悪感なんてない。ユリエさんだって藤見野に同じことをされているのだから、彼にも同じ苦しみを味わわせなきゃいけないの。
「許してくれだなんて思わないさ・・・。おれは由利恵を傷つけ、自殺させてしまった。その事実は変わらない。だけど・・・」
 藤見野の表情は深刻になっていった。
「俺にはどうすればいいか分からないんだ・・・。政府の決断によって裁けない俺の罪は、一体どうやって償えばいいのか分からないんだ!」
 私の視界から藤見野が消えた。再び藤見野をとらえた視線の先に、私は信じられない光景を見てしまった。
 ・・・あのプライド高い藤見野が、私たちの目の前で土下座をしていたのだ。
「悪かった、由利恵!! 自分の誇りだけを考えてお前の気持ちをもてあそんでしまったことを、俺はずっと苦しみ続けてきた。本当にすまなかった!!」
 通りすがる人が不審そうにこちらを見つめながら、さっさとその場を立ち去ろうとする。それくらいここの光景は異様だった。藤見野という男を知っている私たちには、それがなおさら別世界のように感じた。
 私たちが再会したときの藤見野の言い分。あれは開き直りなんかじゃなく、罪に苦しむ自分に言い訳をしていた・・・。そう言いたいの?
「もう良いんです、イサオさん」
 行く手を阻んでいた私の右手を下ろし、由利恵さんは一歩ずつ藤見野に近づいていく。私は何か言おうとしたが、由利恵さんの物言わぬ笑顔がその気さえも鎮めてしまった。
「あなたは十分苦しみました。もう償う必要なんてないのです」
「だ、だけど・・・」
 藤見野は何か言いかけたが、由利恵さんは静かに首を横に振った。
「もしそれでもあなたが納得いかないなら、私のお願いを1つ聞いてくれないかしら。それを最後の償いにしましょう」
「お、お願い・・・?」
「もう一度私に『好きだ』と言って」
 私の心は大きく揺れ動く。
 たしかに、元々は婚約していた二人だ。今までにも藤見野は、何度となく由利恵さんに歯の浮くような台詞を言っていたに違いない。それはわかってるつもりだった。
 それでも、私は思わずにはいられなかった。
 “こんなひどい男でも、由利恵さんはまだこの人のことを・・・”。そこから先は口にすることもできない。出来れば否定したかった。
 だけど、由利恵さんの目も藤見野の目も真剣だった。
「ずっと、渡せなかったものがあるんだ・・・」
 藤見野と由利恵さんの距離は徐々に狭まっていき、藤見野は体制を低くして彼女の左手を取った。
 私の視界からもそれはハッキリと見えた。由利恵さんの薬指にはめられたエンゲージ・リングの小さな輝きが、夜景の明かりに照らされて光を放つ。
「お前にどう謝ればいいか。そればかり考えていて、これを渡すことが出来なかった。だけど、今なら胸を張って言える気がする。お前が好きだ、由利恵」
「イサオさん・・・」
 これは、止めた方がいいのだろうか? また藤見野のいいようにされるんじゃないのだろうか?
 でも、その場から動くことが出来なかった。だって、由利恵さんの笑顔が綺麗だったから。今までに見たこと無いぐらい輝いてたから・・・
 たしかに、藤見野は由利恵さんを見捨てた。だけど、それは王都楼が由利恵さんを奪ったから。もしも、王都楼さえ邪魔しなければ、彼らは幸せな結婚生活を送っていたんじゃないだろうか・・・
 そう考えながらこの二人を見ていると、私の居場所がすでに無くなっていたことを痛感した。
 私には由利恵さんを邪魔する権限なんてない、邪魔したいとも思わない。私は由利恵さんの幸せを一番に考えているのだから。だったら、私に残された選択肢はもうこれしかない。
「新郎・・・汝、その富めるときも、貧しきときも、病めるときも、健やかなるときも、ユリエを愛し、敬い、慰め、助け、その命の限り堅く節操を守ることを誓いますか?」
 認めたくはない・・・。認めたくはないけれど、私はその言葉を叫んでいた。
 溢れる涙をぐっとこらえる。このまま離れてしまいそうな由利恵さんを見つめながら、私はただ彼らを応援することしかできなかった。
「誓いますッ!」
 いさぎのいい誓いが間髪容れずに返ってくる。私にはそれが、唯一の安心へと変わっていたのかもしれない。だから、躊躇いなく次の言葉が出てきた。
「新婦、汝、その富めるときも、貧しきときも、病めるときも、健やかなるときも、イサオを愛し、敬い、慰め、助け、その命の限り堅く節操を守ることを誓いますか?」
「・・・誓います」
 間を置いて返ってきたのは、淡くそれでいて澄んだ誓い。ここでの間は多分、藤見野との結婚への戸惑いなんかじゃない。私の気持ちを悟ったんだ。
 自分が離れることで、私はまた独りぼっちになる。それを恐れているんだ。
 でも、もう大丈夫。依存症は簡単には無くならないかもしれないけれど、それでも少しずつ吹っ切れて見せます。あなたに心配をかけさせないために。
 私はそのことを、必死で作った満面の笑顔で表現した。
「では、誓いのキスを・・・」
 藤見野は由利恵さんの両肩を優しく掴む。
 
   ――その瞬間、時は前触れもなく訪れた

 地面が激しく揺れる。私の足下はおぼつかなくなるが、それ以上に私は二人のことを心配した。
 だけど、その心配は無駄だったのかもしれない。
 二人が軽く唇を触れあわせた瞬間、まるで彼らは悪魔の呪文が解けたかのように深い霧に包まれ、その霧へと溶け出していき、彼らは夜空の星屑(スターダスト)の中に帰って行った。
 それは私の見た中で、最も華やかな新郎新婦の退場だった。
 私は心の中で何度もサヨナラを言う。でも、絶対に会えない訳じゃない。
 心の中では由利恵先輩は私を守り、生き続けているのだから。私はもうひとりじゃない。由利恵さんももう一人じゃない。今になって初めて確信した。
 そういえば、成歩堂さんには電話をしておいた方が良いかしら。“もう訴える必要はなくなりました”って。
 そう思い立つと、私はすぐさま携帯電話を取り出した。



   同日 某時刻 河川敷

「メイよ・・・。少し歩かないか」
「そうね」
 私はゆっくりと立ち上がる。目の前にはパパがちゃんといる。今度こそ私は、堂々と歩くことが出来る。私の心は晴れ晴れとしていた。
「痛ッ!!」
 急に足が痛みだした。さっき転んだ時に、またどこか悪くさせたのかもしれない。
「大丈夫か、メイ・・・。痛むのならここでじっとしていた方がいい」
「嫌よ。私はどうしても歩きたいの!!」
 せっかくパパに出会えたのに、何もしないまま別れたくない。
 私はふらふらと体を起こしていき、ゆっくりと立ち上がった。でも、一歩踏み出した途端に激痛が走る。私はまたしゃがみ込んで足を押さえた。
「仕方ないな」
 そう言ってパパは私に近寄り、背中を向けてきた。 私はその光景に呆然とする。
「どうした。おぶってやるぞ。いずれにしても、そのままでは家に帰れないだろう?」
「な、何バカなこと言ってるのよ。こんな年で、なんでパパに背負われなきゃいけないの!?」
「まったくワガママな娘だ。だけど、これは我輩のワガママだと思って、付き合ってはくれまいか?」
「パパのワガママ・・・?」
 それがおんぶとどう関係あるのか、私には見当もつかない。
 でも、パパの言うとおり、この足じゃ歩いて帰れないかもしれない。そう思うと、その選択は必然的なものでしかなかった。
 パパに負担をかけないように、ゆっくりと背中に乗った。パパの背中はジンワリと温かく、なんとも懐かしい香りがした。
 土手沿いの道を一歩一歩踏みしめながら、パパは私を背負ったまま歩いていく。
 思ったより大きなパパの背に負ぶされている感触は、それだけで心地良い気分に浸ることが出来、周りの目のことなどすっかり忘れていた。もっとも、こんなクリスマスに寂しく土手を歩いているのは、私たち親子だけだろうけど。
「お前を背負ったのは何年ぶりだろうな」
 背中から聞こえてきたその声は、とても穏やかだった。パパは遠くの夜空を見上げていた。
「我輩はずっと勝ちにこだわり続け、お前のことを見てやれなかった。だからせめて、お前の成長をこの身で感じておきたかった」
「それがパパのワガママだっていうの・・・?」
 パパは小さくため息をついた。
「すまなかったな。こんなワガママを聞いてもらって。ずっと隠れていたこんな我輩のために」
「それは言わない約束でしょ」
「お前に合わせる顔がなかったのだ。成長もろくに見てやれず、自らの復讐のために死刑になった無様な我輩を、お前に見せたくなかった。だから、黄泉がえってからずっと、お前に姿を見せずにいた」
 私はずっと待ち続けていた。こんなすれ違いがどこで起こったのかも分からない。
 だけど、何となく気付いていた。この数週間、パパが私のことを見守ってくれている気がしていた。だから、自然と腹立たしさはなくなっていた。
「私はパパに触れているだけで幸せよ。今まで決して届くことの無かったパパの背中を、こうして今、見ることが出来るようになったんだから」
 ずっとカンペキをモノにしてきたパパを目標に、私は検事を目指してきた。完璧なパパに近づこうと、その背中をひたすら追い続けた。
 だけど、追いかけても追いかけても、その距離はいっこうに縮まることはなかった。
「本当にそうだな。自分の前を行く者を許すことは出来なかった。誰にも届くことの出来ない存在。我輩はそんな孤高の人種を気取っていた。死刑を受けるまではな」
 そして、私の前から突然いなくなった。追いつくことが出来ないまま、パパの背中は消えてしまった。
「きっと、あの男もそんなことを考えていたのかもしれないな。ヤツもお前と同様に、カンペキの魔力に魅入られて自らを失った被害者だ。ヤツにも謝っておきたかったな」
「レイジ・・・。御剣怜侍?」
 パパは静かに頷いた。
 そういえば、パパの背中を失ったとき、私はレイジを新たなる背中として追い続けたっけ。
 彼は最初から、私の前を歩き続けた。どんなに全速力で走っても、私はレイジを越えることは出来なかった。
 そして、3年前、レイジまでもが一度姿を消した。
「パパが心配しなくても大丈夫よ。あの男も“失踪”という名の死を経験して、生まれ変わることが出来たのだから」
「そうか・・・。それは良かった」
 カンペキなんてものはない。それを悟ったレイジに、パパは安心しているようだった。
 だけど、あの頃の私は違った。失踪したレイジに復讐心を抱いた。私に黙って勝ち逃げしたことが許せなかったから。きっと、パパが死んだときも、少しはそんな気持ちがあったのかもしれない。
「これからは我輩に縛られず、自分の道を歩んでほしい。これだけはどうしても言っておきたかった。最初、お前に逃げられたときはどうしようかと思ったがな・・・」
「え。えぇ、そんなこともあったわね・・・」
 パパが黄泉がえったときに、私はパパから逃げ出した。
 再び私の前に現れたパパが、私の身を案じて後ろを振り返った。私の歩幅に合わせようと、私に近づいてきた。私の頭の中には、そんな妄想が繰り広げられていたに違いない。
 そんなお節介はいらない。私は自分の力で追いついてみせる。だから逃げた・・・。
「御剣怜侍にも伝えておいてくれ。“お前は我輩以上のものを手に入れている。もうお前に教えられることは何もない”ってな」
 レイジはパパと違っていた。それは、空港で彼と話したときに感じていた。
 空港での私たちは、ピッタリと並んでいた。私はレイジに追いついた。それでも、レイジは歩幅を合わせようとはしなかった。私を置いて先に行こうとしてくれた。私の変なプライドでも、傷つけまいとするために。
 それが逆に嬉しかった。だから泣いた・・・。
「これでもう思い残すことはない。いつでももとの世界に帰れる」
 それは出会ってからまだ数時間の出来事だった。だけど、それはとてつもなく長くて意味のある時間だったように思えた。
 でも、もう少しだけこの幸せな時間を過ごしたい。そう思いながら、私がパパの背中に顔を埋めようとしたときだった。
「ゴホッ! ガハッ・・・! ・・・ッ!!」
 パパは突然すごい勢いで咳き込み始めた。
「ちょ、ちょっとパパッ! もう降ろして! 大した体でもないのに無理するからよ」
「い・・・いや、言ったからにはちゃんと背負わなくては」
 そう言って降りようとした私を再び背中に戻して、また歩き出そうとする。それでも、苦痛の声は治まらないので、私の不安は余計に高まった。
「何バカみたいな意地張ってるのよ!? 別に背負う必要なんて何もないじゃない。変なこだわりで自分が苦しむなんて、パパは大バカよ」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ、メイ」
「え・・・・・?」
 何も言わずに、私をゆっくりと私を降ろす。そして、パパはうっすらと笑った。
「お前は我輩の犯した罪を、勝手に一人で背負い込んでいた。お前には何の罪もないのにだ。我輩はそれを見てはいられなかった。なぜそこまで意地になって、自分一人で我輩の後始末をつけようとしているのか、と」
「そ、それは・・・」
「お前は何も苦しむ必要はない。苦しまなければいけないのは、我輩だけなのだからな」
 苦しそうに吊り上げた表情からも、まるで私を謀っていたかのような不敵な笑みを見せつける。私はまんまとパパの罠にハメられちゃったわけね・・・。
「そんなこと言わせるために・・・。パパって卑怯ね」
「フン! 卑怯は我輩の特権だ。誰にも譲る気はない」
 これがいつものパパ。法廷で見せてくれるような、その鮮やかな策略。
 昔のパパが戻ってきた気がした。私の方も今一度、昔の自分に戻ったように感じた。その感覚が何とも懐かしく、幸せな気分だった。
「ムッ、そろそろ時間が来たようだ・・・」
 パパは敏感にその異変を感じ取った。
 地面の上にへたばっている私を襲ったのは、今までに経験したことのないぐらいの大地震だった。そのまま地面に押しつぶされそうな揺れが私たちを襲う。
「短い間だったが、もう別れなくてはいけないようだ。お前は苦しむ必要はない。我輩が最後に言いたいのはそれだけだ」
「さようなら、パパ・・・」
 不思議と寂しくはなかった。パパはいつでも私を見守ってくれている。そんな確信が頭を離れなかった。
 だから、別れも思ったより味気ないくらいだった。
「足の方は大丈夫なのか」
 そういえば、足の方が軽くなった気がする。これでまた私は歩ける。またパパやレイジを追うことが出来る。
 そう思うと何だか嬉しくなり、今にも消えかかりそうなパパに向かって、思わずにっこりと笑っていた。
「大丈夫・・・もう一人で大丈夫だから、安心して先を行っていていいよ、パパ」
 私の気持ちを読みとったのか、パパも笑い返した。
「そうか・・・。それじゃあな」
 そう言ってパパは空へと舞い上がった。パパの姿が見えなくなるまで、私はずっと空を見続けた。
 そして、私は立ち上がった。足の痛みはない。背中の重荷も軽くなった気がする。ここからが、私の本当のスタートラインなのよ。
 でも、パパの言うことは聞かない。私はパパの重荷を背負い続ける。パパが一人で重荷を背負うのは、私以上に辛いことだから。だから、その半分は背負ってあげる。
 苦しみは分担し、喜びは共有する。本当の親子っていうのはこういうものなんでしょ、パパ。
 星々と霊魂の散りばめられた、この12月25日の夜空を眺めながら、私は軽い足取りで、しばらく河原の土手を歩いていった。
 


 河原から反射して映し出される満天の星々を眺めながら、僕は周りを見渡した。
 その横には千尋さん、神乃木さん、真宵ちゃん、舞子さんが同じように河原を見つめていた。表情まで読みとることは出来ないけれど、きっとこれから訪れる別れのことを、それぞれの気持ちで考えているのだろう。
「クッ、まるで嵐の前の静けさだな」
 ポツリと神乃木さんは漏らす。確かにその通りかもしれない。
 “災害は忘れた頃にやってくる”とも言うけれど、本当にこれからの出来事なんて忘れてしまいそうなほど、心が無になってしまう。
「俺が一度意識を失っちまった時も、頭の中はきっとこんな感じだったろうな。音も聞こえず、物も見えず、ただ暗い闇の中を俺は彷徨っていた。そんな中に一筋の光を見つけ、無我夢中で駆け抜けて目覚めた先に待っていたのは、全てを失った現実世界だけだった」
 それが千尋さんの死だった。その時のショックは計り知れなかったに違いない。
「いっそこのまま夢の中に閉じ込まれちまえば良かった、何度そんなことを思ったかわからねえ。そのぶつけようのない悔しさを、法廷であたってたんだろうな、まるほどう・・・」
「神乃木さん・・・」
 どこを見るともなく黄昏れながら、コーヒーカップに口を付ける神乃木さんは、何となく物寂しそうだった。
 目が覚めたらいなくなっていた千尋さんが、今度は自分の目の前で再び別れを告げようとしているのだから、あの時よりも苦痛は大きいはずである。
 その悲しみを、コーヒーと一緒に飲み下しているのかもしれない。
「お姉ちゃんもお母さんも、また消えちゃうんだよね・・・」
 真宵ちゃんは、今にも泣き出しそうな声でそう呟いた。
「それがコーヒーよりも苦い現実ってやつだ。どんなにミルクで隠したところで、その苦みを消すことは出来ない。そんな現実さ」
「そんな・・・」
 落ち込んでしまった真宵ちゃんを優しく包み込むかのように、舞子さんはそっと肩を抱いた。
「真宵、私たちは消える訳じゃないのよ。あっちの世界に帰るだけ。今まであなたは、私たちがいなくてもやって来れた。だから、一人でも大丈夫よね?」
 真宵ちゃんは強く首を横に振る。
 顔は影で隠れて見えないけれど、その息づかいから泣いていることはすぐに読み取れた。
「嫌だよ・・・。お母さんは、あたしが小さい頃に里を飛び出して、すぐに今度はお姉ちゃんも弁護士になるって出て行った。あたしはその間、ずっとひとりぼっちだったんだよ。なのに、帰ってきたと思ったらまた行っちゃうだなんて、あんまりだよぉ・・・」
「真宵・・・・・」  
 別れの瞬間というのはどうしてこうも寂しいものなのか。
 別れは何かを失わせる。だから、人を悲しませる。なのに、どうして人は、必ず別れを経験していかなければならないのだろうか。
 僕はふとそんなことを問いたくなってしまった。
「真宵、顔を上げなさい。あなたは一人じゃないのよ」
 横にいた千尋さんが、真宵ちゃんの方へと向かう。
 3人揃ったときに一瞬、思い出してしまった。天流斎エリスもとい、綾里舞子が肌身離さず持っていたあの護符のことを。
 真宵ちゃんが割ってしまった倉院の壺を、千尋さんが一生懸命直し、ファインダー越しに二人の成長を見つめる舞子さん。そんな1シーン。この後のDL6号事件なんて、この時の3人には思いもよらなかっただろう。
 運命というのは、どうしてこうも残酷なものなのであろう。
 そういえば、千尋さんが黄泉がえったときにも、同じようなことを考えてたな。そして今、僕の目の前で、綾里家の運命の歯車はまた回り始めている。
 真宵ちゃんをじっと見つめていた千尋さんが再び口を開いた。
「あなたはひとりぼっちなんかじゃない。なるほどくんも、春美ちゃんも、神乃木さんも、御剣検事も、狩魔検事も、イトノコ刑事もいる。あなたが誘拐されたり、閉じこめられたりした時でも、必死になってあなたを守ってくれた、あなたの大切な仲間がいるじゃない」
「でも、どうしてお姉ちゃんやお母さんは、その中に入ってくれないの? 死んだ人と生きた人は、一緒になっちゃいけないの!?」
 真宵ちゃんの言葉で、みんなは言葉を失ってしまった。何とかして慰めようと、必死で次の言葉を探している。そんな時だった。
「その通りだぜ、嬢ちゃん。現世と冥界の狭間には、決して乗り越えてはいけない壁がある。だから、死者と生者は、決して一緒にはなれない存在なのさ」
 僕には、神乃木さんの考えることが理解できなかった。彼の言葉は、今までの慰めの言葉を全て打ち砕く、非情な現実を知らせるものだ。
 だから、とっさに僕は口走っていた。
「いくら何でも酷すぎですよ、神乃木さん」
「クッ、あいにく俺は、嘘で塗り固めてまで他人を慰める気にはなれないんだ。それが嘘だとわかったときのショックは、現実を知ることよりも辛いからな」
 それはそうかもしれないけれど、僕には何か納得できなかった。
 真宵ちゃんの表情はいっそう暗くなっている。だけど、神乃木さんは笑っていた。
「だが、これだけは言えるはずだぜ。そんなあり得ないことを可能にしちまったこの黄泉がえり現象は、みんなが願った“奇跡”だってことだ」
「奇跡・・・・・?」
「地震という名目はあるものの、本当の黄泉がえり現象の原因は、『生き返ってほしい』、『あの人にもう一度会いたい』、そんな願いが天に通じて起こった“奇跡”なんだろうぜ。だからよ、もう少しその奇跡を楽しむことは出来ないのかい、嬢ちゃん」
「そ、それは・・・」
「残り少なくなったからって、コーヒーを捨てちまうのは俺のルールに反する。新しいコーヒーがいつ出来るかなんてわからない。それなら、最後の一滴まで飲み干して、今を精一杯楽しめば、それでいいんじゃねえのか?」
 神乃木さんの言うとおりだ。考えてみれば、黄泉がえりなんて、普通では絶対に起こらないことである。でも、一度その奇跡に慣れてしまうと、別れが辛くなってしまう。
 だから、神乃木さんは真宵ちゃんに思い出させたんだ。千尋さんや舞子さんが黄泉がえったときのあの感動を、非日常を可能にした奇跡の大切さを。
「あたしは・・・ずっと逃げていた。いつまでもこんなことが続けばいいな、って思ってた。でも、それも無理な話なんだよね・・・。お姉ちゃんもお母さんも帰らなくちゃいけないんだよね」
「また会えるさ、嬢ちゃん。黄泉がえりとかじゃなくても、あんたが思えばいつでも会える。だからさ、辛気くせえことはもう止めにしようぜ。あんたは千尋やお袋のためにも生きてやりな。笑顔で見送ってやりな。それが今、あんたに出来る最高の別れだ」
「うん・・・」
 真宵ちゃんはかすれた声で頷くと、ゆっくりとその身を起こした。全員のわだかまりが解けたのを見計らったかのように、その時はやって来た。

「・・・来たぜ」

 神乃木さんは明後日の方向を向いた。かと思うと、自分の視界がぐらつき、脳の方までシェイクされてしまいそうなほどの揺れが、僕らを揺さぶり始めた。
 立っているのもやっとのような状態の中で、千尋さんと舞子さんは消失しようとしている。
「千尋さん!」
 僕は思わず叫んでいた。神乃木さんの言葉は受け止めたはずなのに、それでも僕はここにきて、千尋さんが消えることを認められなかった。
「なるほどくん、今まで楽しかったわ。あなたといると、いっつも楽は出来ないし、私に頼ってばかりだけれど、あんなにスリルある法廷をやれて楽しかった。あなたのおかげよ」
「千尋さん・・・」
 彼女の満面の笑みが、僕の焦燥をかき消してくれる。だけど、やっぱり僕の心は穏やかではなかった。
 今にも消えてしまいそうなほど影を無くしていった千尋さんの方は、それに動じていない。
「なるほどくん。あなたがそんな顔したら、真宵が悲しむでしょ。真宵を泣かせたりしたら、あなたの枕元に立ってやるんだからね」
 千尋さんは笑みは、僕が初めて立った法廷の後の、控え室で見せた笑顔に似ていた。僕が見た千尋さんの笑顔は、あれが最初にして最後、そして最高の笑顔だった。
 その笑顔が再び黄泉がえったのを目の当たりにした僕は、自然と寂寥感も薄れていった。
「僕は必ず、真宵ちゃんを守り通して見せますよ。だから、安心してください」
 目頭が熱くなってくる。それでも、僕はグッとこらえて、千尋さんに負けない笑みを見せた。
「それを聞いて安心したわ。なるほどくんのこと信じてるから・・・」
 それを最後に、千尋さんも舞子さんも霧となって、空の彼方へと流されていった。
 またふつふつと寂しさが沸き上がってくる。でも、悲しくはなかった。だって・・・

「わぁ!! なるほどくん、見て見て、空がすごく綺麗だよ!」

 真宵ちゃんの見上げる先にあるのは、霧状になった千尋さんや舞子さんの白い霊魂が、空へと浮かび上がっている光景だった。他の黄泉人たちの霊魂も、倉院の岩座の方へと向かって、悠々と舞っている。
 まるでそれは、粉雪が地面から湧いて、天へと昇っていくような、そんな幻想的な世界だった。
「クッ、こんな景色を見てると、苦い現実なんてものを忘れちまいそうだな。こんな雪みたいな砂糖をコーヒーに入れたら、さぞかし旨いコーヒーが出来上がりそうだぜ。嫌なことも何もかも包み込んで消してくれる、奇跡のコーヒーってやつがな」
「そうですね・・・」
 その夢幻の世界に魅せられた僕たちは、自然と心が落ち着いていた。それは、黄泉人たちが残された僕たちに向けた、別れのクリスマスプレゼントなのかもしれない。とにかく、今までにない素敵な贈り物であった。
「あっ! あれ、メイちゃんじゃないの?」
 真宵ちゃんに言われて振り返ってみると、上を見続けながら土手を歩く狩魔検事の姿があった。
 それを確かめるが早いか、真宵ちゃんは既に狩魔検事の所まで走っていって、声をかけていた。僕もその後に続く。
「なるほどくん、せっかくメイちゃんもいるんだしさ、これからみんなでクリスマスパーティーでもしない?」
「そうね・・・。あなたがどうしてもって言うなら、行かないでもないわよ、成歩堂龍一」
 素直に“行きたい”って言えないのかな、この人は。
 でも、何となく狩魔検事の顔は優しかった。どうやら、彼女も黄泉がえり中に何かあったらしいな。
「クリスマスパーティーっていっても、ツリーもケーキも何もないんだよな・・・」
「これから買ってくればいいんだよ。あ、あとイトノコ刑事、御剣検事、はみちゃん、ヤッパリさんも誘わないとね」
 そんなに呼んだら事務所が壊れちゃいそうだよ・・・
「俺がどうかしたか?」
「うおォォォッ、矢張ィィィッ!!」
「わわわわァァッ!! そんなに驚くことないじゃんかよォ。こっちがビックリしちまったぞ!!」
 噂をすれば影がさす、というやつかな。肩を叩かれた瞬間、思わず驚いてしまったけど、目の前には正真正銘の矢張の姿があった。彼は、なぜか泣いていた・・・
「成歩堂よぉ・・・俺はもう死んでやるんだ! 天国でミカと一緒に暮らすんだ!!」
 全く状況の読めない僕の体を、凄い剣幕で揺さぶってくる。その勢いは先ほどの地震にも負けず劣らずだ。まるで、僕だけ地震の二次災害を受けているかのようだ。
「あ・・・・・」
 そこで、ほんの一瞬だけ時間が止まる。
 鼻の頭に一瞬の冷気を感じた。とっさに上の方を見上げてみる。すると、黒い夜空に彩りを付けるかのように、白い雪が僕たちの元に降り注いでいた。
「綺麗だね・・・・・」
 黄泉がえった人たちが残した、舞い上がる霊魂の粉雪。そして、空から舞い降りる本物の粉雪。それらはこのクリスマスを飾るに相応しい、最高のイルミネーションと化していた。
「これもお姉ちゃんたちからのプレゼントかな?」
「そうかもしれないね・・・」
 真宵ちゃんたちと一緒に、僕らはしばらくその雪を眺め続けていた。
 このファンタジーに包まれた世界は、永遠に続くのではないかとさえ思った。
 だけど、霊魂は倉院の里の方にゆっくり向かっていく。ここに残されたのは、ちらちらと降り続ける小さな雪の粒だけだった。
「さて、なるほどくんの事務所でパーティーしようよッ!」
 今までの静けさをかき消すように、真宵ちゃんの声が響き渡る。
 そこで初めて、現実世界に引き戻されたような感じがして、寂しい反面、少し安心感があった。
「みんなを呼ばなくちゃね。あ、なるほどくんはケーキ買ってくるんだよ。あと、ツリーと七面鳥もね。パァーッと派手に楽しもうよ!!」
 真宵ちゃんは先々と話を進めていく。
 今月の家賃は大丈夫かな・・・。自然と手は、ズボンのポケットの財布に伸びていた。
「よーし! はりきって行こうか!」
 右手を大きく突き上げた真宵ちゃんを先導に、僕たちは歩き出した。それは、とてつもなく意味のある一歩のような気がした。
 人によって違う出会いがあり、違う別れがある。だから、人間というものは不思議なのだ。そんな当たり前のことが今、この黄泉がえり現象を通して、ほんの少しだけ気づかされた気がする。

 僕はもう一度空を見上げる。霊魂が去ってしまった空は、いつもの日常的な星空に戻っていた。今までのことが全て嘘だったかのようだ。
 あれだけの地震が起こったというのに、目立った被害は見あたらない。これも一握りの奇跡が呼び起こしたものなのだろうか。
 見渡す限り、何も変わらない風景。
 僕たちはまるで、長い長い白昼夢を見ていたかのようだった。






  ** あとがき **

『黄泉がえり』を映画でやっていたのが、これを書くきっかけでした。
脇役にスポットライトを当てるっていうのも、結構楽しいモノですね。

正直、自分でも何を書いているのか分からなくなってしまうほど、思いつきで執筆してます。
でも、どのエピソードも1つ1つ思いを込めて書いているので、
皆さんが気に入ったエピソードが1つでもあると嬉しいな。



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