うまげな讃岐のうどん、まあ、食べてみまえ!

 桜のつぼみもほころびかけた3月最後の
土曜日、 会社のお嬢さん方にせがまれ、
讃岐うどんツアーに老鼠の故郷、香川県を
訪れた。
 讃岐うどん研究会の篠原先生と相談し、
中讃の製麺所5軒を廻ることにした。
午前中に中村、池内の怪しげな店をはさん
で、山越をメインに3軒、昼は金毘羅さんの
石段で腹を調整し、午後は讃岐うどん発祥
の地、仲南の山内、帰りに日の出製麺所に
寄り土産を買って帰ることにした。
                  [03/03/29]

あの山が飯野山(讃岐富士)でこの辺り一帯が讃岐平野と
言ってな、昭和の初期までは、砂糖きびや綿花が盛んに
栽培されていたんだそうな。
それらから採れる砂糖と綿それに塩、これを讃岐三白と呼
ぶんじゃ。この辺は田んぼが狭いから、二毛作で夏は稲、
水田の畦には大豆を、冬は麦を作ったんじゃ。
 麦や豆からは小麦粉、醤油が採れる。小麦粉、塩醤油と
くれば、うどん。おまけに瀬戸内ではダシになる「いりこ」の
原料カタクチイワシがたくさん捕れてなア。
こんな高尚な話をしながら篠原先生の待つ坂出南インター
へ到着した。

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写真上 与島から沙彌島、番ノ州を望む
   下 麹室 (丸金醤油記念館:小豆島)

  讃岐三白
 こっちが沙彌島、あっちが瀬居島と言ってな、この番の州工業地帯の埋め立て前までは島じゃったんじゃ。
夏には海水浴でにぎわったもんじゃ。 このあたりには塩田と言っても若いもんには判らんかも知れんが塩の
採れる田んぼが広がっていたんじゃ。入浜式塩田と言ってな、浜辺に堤防を築き、満潮時海水が入ってくる
ようにした田んぼで、海水を砂に振り掛け、乾かす、これを繰り返し、塩分濃度を高め濃くなったものを最後に
釜で炊いて塩を作っていたんじゃ。 それが流下式と言って枝条架に塩水を流し塩分濃度を高めるやり方に変
わり、最近では化学的な方法になって、塩田が姿を消した。それからは塩もまずくなってしもた。
 

第1回讃岐うどんツアー

讃岐弁準語訳:  おいしそうな讃岐のうどんどうぞ食べて
みてください。

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