Last Update 2007/5/05

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メガドライブ
MEGA DRIVE


−先駆け−

 他メーカーとのハードシェア抗争において圧倒された先代機の後釜に、歴代ハードとしてマーク5にあたる、 国内初となる16bit機を1988年の10月に発売しました。 その名はメガドライブ(MD)と呼ばれ、CPU性能が68000とアーケードにより 近づくグラフィックで、表示能力が512色中、64色の同時発色が可能とし、 サウンドはFM音源6音とPSG3音、PCM1音と重厚で、 従来の8bit機とは全く一線を画する性能でした。

 また、今までのセガTVゲーム機と違い、ポーズボタンがコントローラー部に移行し、 コントロール操作ボタンも3ボタンへと、より操作性が向上、 音源もサウンド出力操作可能なステレオ端子を装備して、 より重厚なサウンドを可能とした事で、本体前面に煌びやかで 誇らしげに刻印された金色の”16−BIT”の文字に秘められたものは、 長年アーケードゲームを最も得意とするセガにとって自信の表れでした。

メガドライブ1−箱の推移−

初期MD(88〜89年頃)

 初期モデルであるこの型の箱は、 販売店の在庫や流通に差が在ると思われるが、一番の特徴は、この年代の箱のみ上部に持ち手があるのが特徴で、 PHONES VOL.のツマミスイッチが取れるのもこのモデル。この年代製は、 ソフトによってプレイ中、突然の停止や、またバグを引き起し易いのが難点だった。
箱表面
箱上部の持ち手と”®”在り
本体正面右下のロゴ”®”在り

初期MD(90年頃?)

 年代は大よそに、この頃の箱上部には持ち手が無くなり、 箱各部に記載されているSEGAロゴの”®”表記が無くなり、”『本体自体の右下SEGAロゴに在る”®”も無い』”事で判断出来る。 88〜89年製に比べ安定性が増し、エリアプロテクト表記も立ち上がらない事から重宝視された。
 
  ※当時の購入時期によって、全てこの年式に当てはめるのは難しい面があります故、御了承願います。更に基盤の考察や、 中古流通となると、一度立ち上げてみない事には判別は困難を極めます。
箱表面
箱上面の持ち手無し、及び”®”無し
本体正面右下のロゴ”®”無し

※初期MD(89〜90年頃?)

 上記までの、初期MD(88〜89年頃)と、 (90年頃)の両方を持ち得た箱型を、ワンオーナー物として後年にお譲り頂いたが、 それは箱上部に持ち手が在りながら、箱記載SEGAロゴに在る”®”が無いのである。 今までの概念を覆されて、年式割り当てがこの箱の形状で複雑に・・・。
 しかし、”『本体自体には ”®”が未だ表記』”されている事と、取扱説明書と本体ロット番号が無論一致、店舗購入年数が89年と記入されていた事から、 上記2期との中間的なロット品と位置付け、 過渡期生産のものと推測。今後はシリアル番号と照らし合わせる事が必要かもしれない。 初期箱からしてこの状態なのだから、91年以降の箱では、更なるMD”1”のバリエーションが今後も発見されそうである。MD”2”は何れ。
箱表面
箱上部の持ち手と”®”無し
本体正面右下のロゴ”®”在り

メガCD発売前(91年頃)

 年代は大よそに「メガCD発売前(ソニックテレカ付含む)」に該当するは外箱裏面記載から解る。 デザインは白地に銀色の縦横線に変更。箱裏面で、セガネットワークシステムの紹介と本体の概要を紹介している。 この頃製造された機種から起動時にライセンス表記が表示される様になり、 各販売地域ごとでのエリアプロテクトが強化された。
箱表面
箱裏面
ソニックテレカ入り本体のスリーブ

メガCD発売後(92年頃)

 年代は大よそに、「メガCD発売以降」と位置付けたのは、 メガCDシステムの紹介が箱裏面に追加記載された事から。外箱表面向かって左上に日本、台湾とフィリピンでのみ使用と英語表記も追加されている。
箱表面
箱裏面
箱表面左上部アップ

MD1廉価版箱(93年以降)

 「93年廉価版(各+1含む)」と位置付けた。 コストダウンを全面的に突き進んだ事で、カートリッジスロット周りの赤文字が消え、コントローラーABCボタンの赤文字の塗装も無くなった。 本体内部基盤もMD2とほぼ同様になる。
箱表面
コントローラボタンの詳細
カートリッジスロット周りの詳細

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−ソフトの偏りとサードパーティ−

 よりアーケードからの移植度を高める事が出来るスペックを持ち得ながら、 本体と同時期に発売された初期ソフト群は、ジャンルが偏り気味で、発売ソフトの少なさと 「お粗末さ」からも、16bit機登場は、まだ時期尚早な感を漂わせたものの、 遅ればせながら翌89年には、他メーカーからの移植ながらプログラム技術の高さが際立つ「大魔界村」 などの発売で、更に同年末には、ソフトラインナップがようやく数多く挙げられる様になりました。

 発売になるソフトは、アクションゲームやシューティングゲームにかなり偏り気味なものの、早々には、 先代機同名ソフトからの続編で、シリアスな展開と結末で悲壮感漂い、難解ダンジョンに挑む大作「ファンタシースターII 還らざる時の終りに」や、パソコンゲームから家庭用にアレンジされ、思考時間で 待ちくたびれた「スーパー大戦略」や、メガドライブオリジナルシナリオで登場 「ソーサリアン」など、この時期の慢性的なRPGやシュミレーションゲーム不足を永らく支えた ソフト達はとても思い出深いものがありました。

 また従来までのMk−III/MSのカートリッジと専用マイ・カード遊ぶ事が出来る 互換アダプタ「メガアダプタ」も発売になり、初期のラインナップ不足を補いました。しかし残念ながら、 全機種対応のカートリッジとマイ・カードには対応しておらず、またFM音源対応ソフトは PSG音のみしか再現されませんでした。

 従来のハードでは、ソフトラインナップをほとんどセガ自身で 受け持っていましたが、メガドライブが発売になるとサードパーティの本格参入を受け入れ、 翌89年、初のサードパーティ製であるテクノソフト「サンダーフォースIIMD」 の発売は、メガドライブ性能の高さを改めて披露し、その後も数多くのメーカーが 参入致しました。メガドライブソフトは最終的に550強以上発売されましたが、 サードパーティからは実に半数以上を占めていました。

 中でも、まず初期にかけて、セガと同じくアーケード系を得意とするタイトーやナムコら の参入によって、より多くのアーケード移植ソフトが発売になり、 中期から末期にかけては、カプコンやコナミらも参入し、アーケード移植のみならず 他ハードでしか遊ぶ事が出来なかった銘柄が登場し、メガドライブの活躍の一端を担ったものの、 それらのソフトは、当時メガドライブの特徴とされた独特な構成と内容で、 明らかに他ハードとは違う何か、アクの強さを醸し出していました。 またパソコン系からの移植も、先項のテクノソフトやゲームアーツ、マイクロネットなどから 様々なソフトが発売になり、アーケードや従来からのファン層のみならず、 新たなTVゲームファンをMDへ牽引する起因ともなりました。

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−海外での発売とソニックの登場−

 セガマーク3海外向けハードであるSMSの活躍は、アーケードゲーム以外においても、 セガをTVゲームメーカーとして名を知らしめましたが、残念ながら国内同様、多くのシェア獲得 とはなり得る事は出来ませんでした。そして89年には、先ず最初に、北米で「GENESIS」と言う名 で発売しますが、同様な16bitを軸とした他メーカーのハード も後に参入した事から、先駆者としてスタートしたものの、瞬く間に追いつかれてしまいます。

 しかしその後、91年に海外で先行発売になった「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」は、 今までに無い様な独創的なスピード感と、クールなデザインをモチーフとした グラフィックと内容で、そして何と言ってもセガロゴの青白を基調とした特徴的な キャラクターが、北米や、その後「MEGA DRIVE」の名で投入された欧州各国等などでも大ヒットを記録します。

 ハード販売においても、価格の値下げ争いは現在今日もありますが、露骨に演出した当時の 海外メディアの広告も手伝い、またこの「ソニック」人気も拍車をかける事で、かなりの販売数を獲得し、 日本のMDとは比較とならない様な普及率と活躍を見せます。 この事から、日本のサードパーティからも、国内販売向けではなく海外に目を向けた ソフトが次々と開発、発売になります。その中のほんの一部のみ国内にも発売され、 投入をしてはみましたが、逆に海外の特徴とされる大味なバランスや描写が起因となり、 国内TVゲーム界からMDの先入観を一層際立たせる事になります。

 海外から多数のソフトを日本に紹介した主なメーカーは、 スポーツゲームや独特とも言えるアクションを次々移植した「エレクトロニック・アーツ(EA)」 を始めとして、ゲーム内容以外も説明書や専門誌での展開で際立った「テンゲン(TENGEN)」や、 極少数販売で内容以外で未だ実態が掴ず仕舞い、末期の異端児「アクレイム(Aklaim)」 も、実はそのほんの一部分にしか中らなく、当時の専門誌においても、 ほとんどの日本未発売ソフトは、わずか一握りしか紹介されず仕舞いでした。その他にも様々なソフトが各国に存在する事 から、現在も尚、日本で未発売のソフトを未だ探し求める方も少なくない様です。

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−メガCDの登場−

 今までのロム形態と比べて格段の大容量を可能とし、コストの面からも 引けをとらないCD媒体を、従来から次期マルチメディアとして注目を浴びていた 他メーカーTVゲーム機や、SMS時代から国内外でシェア争いをしてきたメーカー からもこのような新構想が発表されるなど、セガも16bit先駆者 として対抗すべく「メガCD」を91年の12月に発売します。

 性能はメガドライブの欠点とされたスプライトの回転・拡大縮小機能を 標準搭載し、CD媒体としてPCM音源などサウンドの充実とメガドライブ 本体の性能を強化しました。しかし発売当初の肝心のソフトはMD登場時 と同じくラインナップは寂しい限りで、本体の価格とセガのハード開発 と、ソフトの準備不足がまたもや露呈され、ユーザーを今回をも不安に させましたが、機能を十分に使用したタイトルが徐々に発売になります。 ゲームアーツによる「ルナ」シリーズや、セガからも「ソニック ・ザ・ヘッジホッグCD」など、更に従来のゲームの概念を新たな形で進化した 「バーチャルシネマ」と題して「夢見館の物語」や「ナイトトラップ」、 末期にはインタラクティブムービーシネマが次々発売になりました。最終的にバージョン 違いなどを含めずに換算し、メガドライブゲームソフトは554種在りますが、 その内メガCDゲームソフトは114枚も占めました。

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−独創性と円熟期−

 今までのセガハードとしては、当時国内最長で最大の販売数を記録していたMDは、 更なるMD固有のタイトルが次々発売になりました。初期からの慢性的RPG不足による羨望論の中で いよいよオリジナルPRGソフトが発売されました。クライマックスによってOEM 開発された3DダンジョンRPG「シャイニング&ザ・ダクネス」を筆頭に、 フィールド全てが立体的に仕立てられた同製「ランドストーカー」、 今や代表的なセガシュミレーションRPGとまで成長した「シャイニング・フォース」 シリーズなど初期の不足感を補うには十分過ぎました。

 その他にも、安定した普及と流通期を迎えつつあった93年末には、アルゴル太陽系の秘密がいよいよ明かされた最終作「ファンタシースター千年紀の終りに」、 翌年には、SG時代から続くウエストン製「ワンダーボーイ」シリーズで、現時点での最新作、 女性が主人公アイム・ノット・ボーイ「モンスターワールドIV」は日本のみでの発売でしたが、 シリーズと通して海外でも脈々と人気を博し、今も尚最新作が待望されています。

 また、メインのアクションゲームで、世界的な人気に後押しされ「ソニック」の続編がコンスタントに発売され、 その他にも初期の名作アクション「ザ・スーパー忍」や「ゴールデンアックス」「ベアナックル」 の続編が次々開発発売になりました。

 更に海外のセガからも様々なソフトが紹介され、中でも日本人では思いつかない 「トージャム&アール」は当時斬新過ぎたファンキーな内容で、 「エコー・ザ・ドルフィン」シリーズは見た目の美しい海風景を 舞台に、海外製ならではの高い難易度で手ごたえがありました。

 円熟期を迎えた頃には、あのトレジャーによりOEM開発された デビュー作の「ガンスターヒーローズ」から始まり、「幽☆遊☆白書魔統一戦」、 「ダイナマイトヘッディー」、そして「エイリアンソルジャー」などは、高度で 派手な演出と爽快感が見ものでした。その他のメーカーからも良質なソフトが数えきれない位発売され、 末期を象徴するソフトは現在の最新機種においても今も脈々と受け継がれています。

 長い間に渡る活躍で、ハードにおいても様々な機種が発売になりました。 コストダウンされた「メガドライブ2」「メガCD2」や、一体化された 「ワンダーメガ」やビクター製でワイヤレスコントロールが標準装備「ワンダーメガ2」、 ラジカセ機能とドッキング、アイワ製「CSD−GM1」など、 セガ以外からも周辺機器をはじめとして様々なものが手に入りました。

 中でも初代セガTVゲーム機から続く、パソコンとTVゲーム通信との融合へ の先見さでは、何と言ってもIBMとの開発による「テラドライブ」や、 周辺機器では、通信ゲームの配信をいち早く可能にした「メガモデム」などでしょう。 セガ独創的なこのチャレンジは、常に先駆者として、この後のハードへも脈々と受け継がれ 続ける所以と言えるものかもしれません。

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−次世代機登場と終焉−

 従来のスプライトとスクロールでの表現から、当時は目新しかったポリゴンによる 立体表現のアーケード作を移植した「バーチャレーシング」の発売はかなり驚かせましたが、 MDの7年に及ぶ期間で、アーケードとの性能格差はより一層広がる中で、 セガだけではなく大手メーカーからもいよいよ新たな機種の情報が専門誌を飾り始めていました。 こうしてCD−ROMドライブを搭載した32bit機が94年末には各メーカーから発売になり、 セガからも同年11月には、より高性能を売りにした歴代6代目の新機種が発売になりました。

 がしかし、その10日後には北米で絶大な人気を博していた関係で平行して開発されていた MDの性能補強の、アップグレードブースターと題して「スーパー32X」が発売になりました。 具体的にポリゴン機能やスプライト機能の強化を謳ったものであり、 次世代機でセガハードのスタートを見事に牽引した「バーチャファイター」も追う様にMDへ 95年に移植されたものの、如何せん発売時期の問題と、国内セガ自体の次世代機へのシフトは明らかであり、 ソフト供給数と販売網の少なさで、結局、筈か18本のみのソフトが発売されたのみで筈か一年足らずで活動を終えてしまいます。

 そして最後のMDソフトの供給は、翌96年のコンパイル製、「魔導物語I」をもって国内に おけるメガドライブの活動は終焉を迎えるのです。セガやセガを中心に良質なソフトを発売、 開発を続けたサードパーティと熱心なユーザーとが見事に繋がったかの様な この機種は今も尚愛され続けています・・・。

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−今後−


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