無骨な決闘者

  無骨なデュエリスト  

――デュエルモンスターズ。

 それはペガサス・J・クロフォードという一人のゲームデザイナーが生み出したTCG(Trading Card Game)を差す言葉。
 その起源は意外にも古く、古代エジプトの時代に端を発する世界的にも珍しいゲームだ。
 複雑な戦略性と多種多様な、それでいて魅力的なカード群。時にプレイヤーや観客の意表を突く逆転劇。子供から大人まで楽しめるゲーム。戦うだけのプレイヤーや集めるだけのコレクター。それら数多の要因が重なり合い、このカードゲームは歴史的な大ヒットを成功させたのである。
 そんな、デュエルモンスターズに関わる事になる少年がここにも……

「ちくしょう。今月も金欠かぁ」

 百円ショップで売っていそうな安物の黒財布を上下に振りながらすっからかんな中身に嘆く茶髪の少年。表情に覇気は無く、体中に無気力感が漂っている。まあ、それはそうだろう。彼は今日一日だけで五つ以上のアルバイトを掛け持ちしなければならないんだから。
 この世の全てを呪いながら彼はトボトボと街中を歩いていく。愛車のバイクはガス欠。追い討ちをかけるようにガソリン代が高騰してきてバイクの燃料代すら払えない生活状況だった。この分では明日の朝飯すら危ういかもしれない。

「あんのクソ親父めぇ」

 こうなった元凶は間違いなくギャンブル好きの彼の父親のおかげだ。競馬やパチンコに勤しんでは湯水のようにバンバンお金を消費する。しかも、逆境になると勘が鋭くなるようで、これを外したら借金苦に陥る、というギリギリ一歩手前で大金を手に入れやがるのだ。その大金も数日中に全額摩ってしまう。まあ、どうしようもないダメ親父なのは間違いないだろう。

「どうするよ? オレ、明日から」

 どうもこうもない。何時ものように父親がギリギリで発揮する野生の勘を頼るしかないのだ。どうせ稼いだバイト代はギャンブルに消え去る。もう色々と人生って理不尽だな。いっそ銀行でも襲っちまうか。なんて彼がやけっぱちに走ろうとした矢先。
 ――それは彼の視界に入ってきた。

「は?」

 最初、それは幻覚だと思っていた。次いで頬を引っ張ってみて夢を疑った。しかし、どれも違う。これは紛れもない現実だった。

「な、何じゃこりゃ!?」

 街のど真ん中に明らかに場の雰囲気にそぐわない。というか街の景観をぶち壊しているドーム型の建物があった。こんなもの一週間前に通りかかった時には無かったはずだ。しかも、デザインのセンスが最高に悪い。何か西洋の竜を模して作っているのは分かるがドームだから丸っこいのっぺりした物になっている。はっきり言おう。不気味だ。

「……け、KCドーム?」

 建物には『KCドーム』とはっきり記されていた。KCといえば軍事産業からゲーム産業に切り替え、ソリッド・ビジョンシステムで一躍、巨万の富を築き上げたといわれる『海馬コーポレーション』が真っ先に思い浮かぶ。となると、

「KC主催、デュエル大会……」

 思ったとおり、カードゲームの大会がこのドームの中で開催されるらしい。そういえばCMで大々的にこの大会を広告していた気がする。

「はン、くだらねぇ」

 昔、まだ家族四人、一つ屋根の下で暮らしていた時代。TCG。特にデュエルモンスターズに嵌っていた記憶がおぼろげながらある。しかし、高校生にもなって今更カードゲームをやろうとは思わない。しかも、カードは素材が紙の癖にまあまあ値段が張る。そんな事に金をかけるぐらいなら食い物を買った方がまだマシってもんだ。彼は踵を返し、ドームの前から去ろうと……

「シン?」

 背後から久しぶりに自分の昔のあだ名を呼ばれ、彼、真二はとっさに振り返った。

「……明彦?」

 背後に立っていたのは黒髪を整髪料でオールバックに整え、スーツに身を包んだ一人の男だった。大人っぽい彫りの深い容貌と合いまり、見かけだけなら二十歳を超えて見える。小汚い格好の真二と比べるとまさに月とスッポンだ。しかし、真二は彼を知っていた。

「うわ、久しぶりじゃんか! 中学の卒業式以来か?」

 戸田明彦。中学時代、柄の悪い連中とばかりつるんでいた真二にとって数少ないタイプの友人だった。最近はたまに携帯でメールを交わす程度。一ヶ月前からは携帯を止められて音信不通になっていたのだが……

「おまえ、どうしたんだよ。その格好は!」

 明彦に駆け寄り、スーツ姿という格好を茶化す真二。だが、明彦は真二の問いにも涼しい顔で、

「まあ、ちょっと理由があってさ。それよりシンこそ。おまえ、カードゲームなんか興味無かったろ」
「いや、ドームの奇抜な形が目に入ってさ。ついつい足を止めただけなんだけど」
「だよなぁ。あれは目に付くよなぁ」
「よくは知らねえけど。あの形は法律に触れるんじゃねえか?」

 明彦は「かもな」と微笑しながら答える。

「まあ、大会優勝者に一千万円の賞金をかけるぐらいの主催企業だし。会社がこの街の市長に圧力かけたんじゃないかって裏じゃ揶揄されてるよ」
「――いまなんつった」
「ん? 市長に圧力かけたんじゃないかって裏で揶揄されてる……」
「その前だ!」
「大会優勝者に一千万円の賞金をかけるぐらいの主催企業?」

 い、イッセンマンエン、だと?

「嘘だろッ!?」

 明彦の首根っこを掴んで興奮のあまり何度も何度も揺らす。

「し、死ぬ、た、タップ、タップ……」
「い、一千万円だと」

 呆然と呟きながら明彦を解放する真二。明彦は咳き込みながら地面に崩れ落ちる。

「い、一千万円もあれば人並みの生活が暮らせる」

 真二は指を折りながら賞金を手に入れた時に訪れるバラ色の生活を思い浮かべた。

「もう蝋燭の明かりに頼ることも。火事になるかもしれない不安な夜を過ごす必要もなくなる。ガスも使える。家で風呂にも入れる。また学校にも通えるようになる。親父のギャンブルに胸を張って待ったをかけられる!!」
「おまえ、前より悲惨な生活を送ってるんだな」
「一千万円、一千万円」

 明彦のツッコミも真二の耳に入ることは無い。魅惑の一千万円という響きが真二の脳内を電撃的に駆け巡っていた。

「ああ、盛り上がっている所、水を差すようで悪いが――デッキ持ってないだろ。おまえ」
「いっせんま――デッキ?」
「まあ、簡単に言えばプレイヤーが自らの手で組んだ四十枚以上のカードセットのことなんだが。当然、一枚もカードを持っていないプレイヤーに参加資格は与えられないってことだ」
「ぐはッ!?」

 まさに天国から地獄。希望の頂きから絶望の底に叩き落された真二はぐったりと地面に項垂れる。心なしか涙ぐんでいるようにも見えた。公衆の面前で恥を晒すのもお構いなしに。

「はあ。恥ずかしいから泣くなよ、ほら、シン。立て」
「だ、だってよ〜」
「諦めるなよ。おまえらしくない」
「うう、ん?」
 
 面を上げる真二。見ると明彦がスーツのポケットから何かを取り出していた。

「おまえにこれをやる。これで大会に参加できるはずだ」
「こ、これって」

 明彦の手に収まっていたのはカードの束。俗にデッキと呼ばれるものだった。

「い、いいのかよ?」
「ただし。一つだけ条件がある」
「条件だと?」
「ああ、俺のカードをタダでやるんだ。それぐらい良いだろ?」

 そりゃまあ、理にかなっている。真二は立ち上がって明彦と目線を合わせた。

「分かった。言ってくれ」
「な〜に、簡単なことだ。大会が始まる明日の昼まで俺に付き合って欲しい。予定が入ってるなら全てキャンセルして、だ。ルールを理解し、デッキを組み、たとえにわか仕込みの付け焼刃でも戦術(タクティクス)を確立させる。この大会には俺の推薦で出場することになるから、負けると俺の恥にもなるからな。一戦でも外してほしくないわけだ」
「――いいぜ。その条件を呑む!」

 真二は涙を拭って明彦が提案する条件を呑んだ。今日、深夜に入れたバイトは休むしかない。深夜の方が自給は良いのだが。ここはリスクを背負う覚悟をしないと。

「なら、このデッキを受け取るんだ。ただし、半端な覚悟で手にするなよ。誰でもない、おまえの生活が懸かってるんだからな」
「おう!!」

 そう、真二は誰でもない、自分のためにカードを手にする。誰でもない。自分の意思で。