お勧めのページです   

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今まで書き溜めたものを封印しました。

でも大切なものもありますから。

新しいページを作りました

本当はもっと提供したいけど、リンクのお許しをいただいてないので。承諾の無いもの掲載しない主義なんです。

 

言友会

私たちの心の支えです

http://www2m.biglobe.ne.jp/~genyukai/index.html

会報以外にも本の出版もしています。

ちなみに、我が家は東京言友会に入れていただいています。

 

 

 

 

 

中高校生の吃音のつどい

 

http://homepage3.nifty.com/~tokyogen/tudoi/

私達が言友会とかかわりを持つきっかけになった、大切なつどい。

大学生や社会人の当事者や、ことばの教室の先生方。

たくさんの方々が、ケアしてくださいます。

筆頭にあります「言友会」にリンクされています。

単独でも、紹介したいと思います。

大阪スタタリングプロジェクト

http://www008.upp.so-net.ne.jp/osp/index.html

会報(スタタリング・ナウ)のほかに、本の出版も

 

 

 

 

 

 国立特別支援教育総合研究所

 http://www.nise.go.jp/blog/

障害ある子どもの支援を研究しています

 人生相談に寄せられた内容

 恥ずかしさ耐える力ない
 20歳代の女性。恥ずかしい思いは、人生につきものです。しかし私は、恥ずかしさに耐える力が欠落し、小さな失敗でも異常に悩んでしまうのです。

 以前は吃音(きつおん)で悩み、高校のころは、授業中の本読みで詰まると屈辱感で自殺まで考えました。専門学校に進んだのですが、出欠確認の返事の仕方に自分が納得できずに、やめてしまいました。さすがにやめた理由があまりにばかげているので、親にはごまかしました。

 その後、吃音は克服し、仕事もいくつか経験しました。しかし、失敗したら周りにヘンと思われるのではと怖く、長続きしません。

 母親は「あんたは努力したことが一度もない」とあきれています。しかし、吃音を治すため人一倍努力しました。けれど周囲は自然に治ったと思っています。

 人の視線を感じただけで、震えたり、赤面したりすることもありますが、これらを病気のせいにして逃げ出したくはありません。愚かしい私ですが、前向きに生きたいと思います。アドバイスをお願いします。(北海道・O子)





 ご自分を冷静に見つめ、逃げ出したくないと努力しているあなたの気持ちが、ていねいに書かれたお手紙の中からにじみ出ていました。

 そして私も中高生のころ、本読みで指名されると、声が震えたものだったなあと思い出しました。

 あなたの場合、いくつかの選択肢があると思われます。ひとつは、日常生活に支障が出ているわけですからカウンセリングなどをうけること。また、あなた自身が感じているように、恥ずかしさとつきあうことを考えては。絶対失敗したくないと、逃げてきた「場」にあえて挑戦し、恥ずかしさを体験するのは嫌ですか?

 失敗したら人からヘンと思われる、でもその努力を応援し共感してくれる人も必ずいます。そしてそんなときこそ、努力しているあなた自身を卑下することなく、できない自分を含めて受け入れてみては。恥ずかしい思いを味わい、それでも逃げずに自分を受け入れられるあなたにきっとなれますよ。

 (海原 純子・心療内科医)


(2007年12月28日 読売新聞)

 JSP(日本吃音臨床研究会)

 http://www.bekkoame.ne.jp/i/chioaki/

新米ですが、私が(次女ではなくて)会員の一人となりました。

 

花ママの部屋

http://www.geocities.jp/hanamamanoheya/index.html

東京言友会・中高生のつどいのリンクコーナーからおいでになりました。

私より先輩です。

以前から親のサイトをなさっていたらしいのですが、そこは閉鎖になりまた新たにHPを始めれられたそうです。皆様いらしてくださいね。

 宝物の言葉 1

「やってみなきゃわからないじゃない」

 今までのものを封印してしまったので、名言を披露します。

次女が中学生の時「つどい」で。ある高校生のの母の発言。

高校生になった娘が「バイトをしたい。」と言い出した。父親は心配する。吃音者が「サービス業でバイトしなくても。」と止める。傷つくのを恐れ、可愛い我が子を思って。その時、娘が父親に言った言葉です。

私は感銘を受け涙が出ました。

素晴らしいお嬢さんだと思いました。

 きょうこママさんのブログ

 http://ameblo.jp/hkfm/theme-10007789436.html

小学生の娘ちゃんが吃音児です。

吃音だけじゃなくて子育て全般に奔走していらっしゃる楽しいブログです。是非いらしてくださいね。

 エヌさんの貴重なコメント

2009年1月24日付

掲示板より

掲示板の前後をお読みくださると

より一層理解が深まるかと

おこがましいですが(どじより)

 

言葉のあやかもしれませんが「受容」という言葉は、障害の受容などと同じことなのでしょうが、実際はとても難しいことで、ある意味、悟りの境地みたいなものなんですよ。

ですから、吃音で著名な伊藤伸二さんなんかは「吃音である事実を認めること」とその部分を修正しています。吃音である事実を認め、そこを0(ゼロ)の地点として、いかに吃音とうまくつき合っていけるかということを言われています。

実際に、受容はゴールであり、そこに至るまでの過程があるわけです。その過程の中で、結局、人間は完璧じゃないですから当然、行きつ戻りつするものなのです。それは当たり前のことです。揺れることは誰でもあること、揺れながら強くなるんでしょ。おそらく(?!)逆に〜でなければならない(受容しなければならない)と考えることのほうが、過度の一般化でもあったりして、疑うべきじゃないかなぁ〜、なんて思いますよ(笑)

 エヌさんのコメントより

2009年1月26日より

掲示板からの転載です

これもいいでしょう〜(どじ)

 よく言うんですけど、幼少期は、「どもってもいいんだよ」がやはりベースなんですよ。でもうまくできないこともあるし、悔しい思いをすることもある。そんなときに、親が耳を傾けられるようであって欲しいです。そして吃音のことをタブーにせず、いつも子どもが、吃音のことを(もちろん吃音以外のことも)気さくに話せるような雰囲気であって欲しい。これは大人の吃音者の方にもアドバイスされることですが、自分の興味のあることを見つけること、そしてそれに夢中になることが大事になります。特に吃音から離れて、自分の夢中になるものを見つけることが大事かなと思います。「長所を伸ばせば、短所が引っ込む」ということにもなるのかもしれませんね。そして子どもには望めませんけど、吃音と自分との距離がとれるようになると(客観的に感じて図れるようになると)、だいぶ楽になるかなって思います。

ことばの教室

  小学生を中心に言語指導等をしてくださいます。

全国にあります。あなたのお近くにあるはずです。

通級教室ですよ。学校の先生が指導しています。