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2009年7月31日 (金)  吃音者の職業

私が最初に「つどい」に参加した時。
一番知りたかったこと。
吃音者はどのような職業を選んだのだろう。
これは今までも何度も書いてきました。
今思えば、浅はかな母ですけど。
え〜と、今でも進歩していませんが。
大学生スッタッフはどんな学部に進学しているのか。
社会人は、どのような職種なのか。
知りたいことは山ほどありました。

その後少しずつ分かってきたこと。
吃音者は、なれない職種は無い。
わざと進んで喋る職業を選んだ人もいる。
なるべく喋らなくて済む職業を選んだ人もいる。

次女が中学生の時の「つどい」の帰り道。
私と次女は浅草の仲見世で寄り道していました。
呼び込みの青年は明らかに吃音者でした。
「こ・こ・こ・こ・・・・っちらの商品はぁ〜・・・」
難発と連発と色々交えて、一生懸命に大声を出して。
次女と私は顔を見合わせて、ニッコリしました。
「頑張ってるね。」
って次女は嬉しそうでした。

「つどい」の若いスタッフ達も一生懸命スタッフをしていました。
帰り道に出会った青年も、声を出していました。
その頃の次女は、学校に行ける日と行けない日がまぜこぜでした。
でもね、前向きに生きる若い人々を見て
「私には無理!出来ない!私はあの人たちと違う!」
って叫ばないで、ニッコリしました。
私は涙が出ました。
娘たちの笑顔は、私には癒しです。
2009年7月30日 (木)  掲示板でカミングアウトしたから

昔むかし、次女が小学校の低学年だった頃。
HPにも書いてありますが。
友人との会話に聞き耳を立てていた私です。
恥ずかしいけれど真実だから隠しません。
次女の吃音に対する友人たちの反応をチョッピリ(苦笑)ね。
http://sky.geocities.jp/dojikiku1/kituonnnomusume.html
「3月7日 些細な出来事ですが」
ココにも正直に書きました。

小学校の低学年までは、次女は友人の家に遊びに行っていました。
でもしばらくすると、友人を招くだけになりました。
理由を聞いてみたことありませんし、あえて追求しませんでした。
何があったのか、想像するしかありません。

大人が在宅しない家は、遠慮するのが暗黙の了解になっていました。
我が家は当時四世代の同居型でしたから。
私が仕事で居ない時でも、友人は来ていましたね。
特に夏休みは大賑わいでした。
私の仕事は基本的に、子どもと休みが一致していましたからね。
娘たちの服を貸してあげて、泥んこ遊びをしたり。
ケイドロしたり。
ゲーム三昧の子ども達は、我が家に来ると遊びが違うので大喜び。
そして、遊びに来させる親達からも
「お宅に行くとゲームから離れるから助かります。」
と喜んでいただいていました。
親子で我が家に来ることを奨励してくださっていました。
だから
「いつもお邪魔するばかりでは申し訳ないので、たまにはそちらもいらしてください。」
とのお誘いも、
「イエイエ、遠慮なくどうぞ。」
と私が言うので、我が家に入りびたりの子どもさんも居て。
娘達も嬉しいし、私も楽しいし。
ホント!夏休みは永遠に続かないかなぁ〜と毎年思っていました。

今になってから、何があったのか聞く気も起きませんが。
無理矢理
「たまにはよその御宅で遊んできなさい。」
と押し出すこともしなかった私は甘い母だと思います。
でもね、普段は神経をすり減らして学校で過ごす吃音児ですから。
お休みくらいは、外でアンテナを張り巡らさなくてもいいんじゃないの?
「甘いぞ!どじ!」と、お叱りください。
2009年7月29日 (水)  語りました

昨日は久し振りに次女のアパートに行きました。
「寝る時間が無い。」
と忙しいらしく試験が終わっても作品提出があるらしいです。
んで、お料理持って一人旅〜
課題に取り組んでおります所に邪魔してきました。
持参した昼食を食べながら語りました。

手ごたえはタップリありました。
自信が、みなぎっていましたね。
吃音に対しても。全てにおいて。

なんでだろう〜
例えば今までも褒められてきた人種なんですよ。
長女が連絡帳も読めないような字を書く子でしたから
「絵も字も綺麗。」
って褒められてて。
長女が全く勉強しない子だったから勉強する子って思われてたし。
定期テストの時も、だれも何も言わないのに計画的に勉強していたし。
家中から褒められてたからねぇ。
何が今更彼女に自身を与えたのか?

今までは
「勉強しろって言わないのにしてて偉いね。」
とか
「この才能はどこから来たの?」
って周りから言われてて。
上から目線だったのかな?
見下ろした感じでの褒め方?
現在の彼女は、私たちや親戚一同、誰も描けない絵を描き、作品を思いつく。
彼女を上回る人間は家にはいない。
大学の先生たちは
「君たちは選ばれた人間です。」
と口々に言う。

プレゼンテーションが必須の学科なのに。
「ハンデだよね。」
と言いながらも、このハンデを売りにする方法を思案中。

この力強さは、なんなんだ?
2009年7月23日 (木)  私が言い続ける言葉

言い出したら際限なく続きそうな武勇伝。
「武勇伝」ですよ。
個人的にはクレーマーではないと言い切っていますけど。
これまた自己申告です。

さて、山あり谷ありの私の子育て。
それでも言い続けていることです。
「教育界に不信感を持たないでね。」
「先生への不満を子ども達の目前で言わないでね。」
親達の集まりや講演会等を頼まれた時、必ず言います。
子ども達が居ないココでは愚痴を吐き出して。
帰宅したら先生の悪口を言わないで。
役員会でも言いました。
情緒・きこえ・ことばの教室の親の会の会長のとき。
行事等で親が集まると、担任の悪口のオンパレード。
ここで発散して、家では先生を褒めてねって。
学校不信に陥ると、良いことないもの。

学校の先生が、自分の親の悪口を言ったら子どもは辛いよね。
「アンタのお母さんは、こんなものも持たせられないの?」
「音読も聞いてくれないの?そんなに忙しいの?」
な〜んて言われたら、子どもは泣くしかないでしょ?
それと同じですよね。
お母さんが担任の悪口を言ったら、子どもは辛いもん。
「吃音なのに、そんなことまで要求するの?」
「アナタの担任は、配慮が足りないよね。」
担任に対する愚痴はココに書いてください。
一緒に憤慨しましょう。
でもね、子ども達の前で言うのは止めて下さいね。
言いたい気持ちは良く分かります。
私は言う相手が欲しかった。熱望していました。
嫌な思いをイッパイしたから。
担任から辛い言葉をたくさん言われたから。
だけどね、けっして子ども達の前では担任の愚痴は言わなかった。
言えなかったから、言うところがほしかった。
吃音の親の会を立ち上げました。行動力の塊みたいな私でした。
全ての人々が同じことは出来ると思っていません。
だからこそ、HP始めました。
ROMも良いし、掲示板を使っても良いし、メールくださってもかまいません。
でもね、子ども達に学校不信を植え付けたくないです。
2009年7月21日 (火)  りんさんの書き込みから

背中を押してくださった?書き込みから。
私なりの戦いを、お聞きください。
今日は長くなります。

次女が通級教室に通っている時代のことです。
文部科学省の方針からの流れで、市の教育委員会が公式発表ではなく、一部分に洩らした内容ですが。
五年以内の養護学校・特学・通級教室等の廃止。
学区内の学校に通学し、通常学級に在籍し、特別支援を受ける。
私は聞いたとき「なんじゃこりゃ〜?」でした。
結論から申し上げますが、今では養護学校は本当になくなりましたよね。
特別支援学校と「名称」が変わりましたけれど。
2007年度から「特別支援」と一本化されたはずです。

市教委の発表から時は経ち、次女は中学生となりました。
私は頼まれて次女の中学校の本部役員となりました。
通級教室には通えない学年ですね。
でも現役で通わせている親達からの愚痴は聞いておりました。
「特学の先生は窓際族ばかりだ。」
「通級教室はウチの子の唯一のオアシスなのに知識の無い先生が赴任して来る。」
「どこなら私たちは救い上げてもらえるの?」
たくさん愚痴は聞いていました。
さてある日のことです。
本部役員をしていますと、行事等の派遣分担が廻ってきます。
その時の御題は「教育長を囲んでの座談会」でした。
そりゃモチロン進んで参加しましたよ〜
クダラン意見が多くあきれ果てた頃、私は勢い良く手を上げました。
私 「数年前市教委では特学の廃止を発表しましたが進んでいない様子ですね?」
そこで教育長は横に座っていた指導主事になにやらボソボソと囁く。
長 「それはいつ発表されましたか?」
私 「文部科学省の発表を受けてからですから三年くらい前でしょうか?そちらに記録はないのでしょうか?」
長 「そのような内容の報告は私は聞いておりません。」
私 「では通級教室はどうですか?通級教室の廃止もお聞きになっていませんか?」
長 「通級教室?通級教室ってなんでしょうか?」
私 「?????ことばの教室とか情緒教室とか・・・」
ボソボソと隣の指導主事に囁く。
長 「あ〜え〜とそれは廃止は無いです。続けます。」
私 「念を押して申しわけありませんが確認します。通級教室は存在し続けるのですね?」
ここまで来た時には私はプッツンしまして、スイッチON状態で捲くし立てました。
以後私の独演会となりました。内容を書きます。

通級教室に通わせる児童を育てる親たちは、中央小等の存在が唯一のオアシスなんです。私の子どもは卒業となり、今では東京言友会というところでケアをしていただいています。それは我が市にそのような団体が存在しないからです。特別支援を受けられなかったり、情緒教室等がなくなった場合、間違いなく不登校児童は増加し続けるでしょう。市の財政を考えたときに、明らかにそちらの方がお金がかかりますよ。通級教室や特学にどうでもよい、仕事の出来ない教員を送り続ける人事をし続けるかぎり、市の発展は望めないことでしょう。中央小こそ素晴らしい人材を派遣していただきたい学校なのに、市では有名な例のご存知の方が校長でしたよね。今年は定年になって良かったです。ありえない人事ですよ。ここで約束していただきたいのは、通級教室の存続と素晴らしい人材派遣ですね。


市町村が合併し、教育に詳しくない元隣町の町長が教育長に収まることで、市長選が丸くいったと伝えられるこの年。
考えられることは、長の座に座りたいだけのオッサンが、切羽詰った母に噛み付かれただけのこと。
「通級教室」も知らないオッサンが教育長になったために、汗をかく部下達。
旬の教育につて、母のほうが詳しいって恥ずかしい場面をさらけ出した事にも鈍感なオッサンを上司に持ったかわいそうな先生方。
支配欲に浸されて感覚が麻痺している人材に、期待する愚かな人はいませんから。
誰ぁ〜れも、たてついたりしませんよ。
しわ寄せは子ども達に襲い掛かる現実。
だから戦い続ける。
私の武勇伝はたくさんあります。
2009年7月20日 (月)  平等について

夏休みに入って、ホッとなさっておられる親御さん。
私はそうでしたよ〜首を長くして待った夏休みでした。

ここ数日書いていますが、平等についてですね。
日本の学校教育において、民主主義とか平等とか、
私は考え方が違うようです。
当番とか係とか「平等」に回ることが「民主主義」。
私はありえな〜いって思います。

一つの例です。
小学二年生で、掛け算九九を習います。
私が知る範囲では「言える」まで「ご褒美シール」を張ってもらいに先生の所に通い続けます。
「言える」ことが必須です。
言えないと親が連絡帳等で
「家で練習をさせてください。」
とお叱りを受けます。
ご多分にもれず我が家も練習させ、学校で言わせました。


構音や吃音、緘黙症、自閉的傾向の児童たちにも「平等」に課せられます。
「差別」はいけないことだから。
パスさせることによる児童の自尊心を傷つけることのないよう。
「配慮」してくださいます。

今思い起こせば、がんじがらめになっていたのは、私自身だったのかもしれません。
社会に出れば「配慮」は望めないから、学校で鍛錬してもらわなきゃって思っていた気がします。
係の仕事も他の子と同じに巡ってきて当然。
吃音児も何故同じことをさせるの?って思わなかったその頃の私。


ですから、私は夏休みが大好きでした。
学校から離れて、ノンビリできる毎日。
次女が明るく吃り吃り喋る毎日。
永遠に続かないかなぁ〜と思っていました。
2009年7月17日 (金)  私の場合

非吃音児である長女・吃音児の次女。
この二人の娘達を平等に可愛がり。
差別なく区別してきたこと。
一つの例ですが。
このようにしてきました。
反論があれば欲いし。
もっと良い方法があったならば知りたいし。
各ご家庭の方針も教えて欲しいな。

学校から帰ってきたときに、我先に母と話したいときってありますよね。
私も仕事をしていましたし。
下校時間も異なります。
夕食を作りながらとか、ピアノのレッスンの送迎中とか。
用の合間に娘達の話を聞くわけですよ。
平等って訳に行きません。
でも、気をつけていたこと。
それは、姉の話を10分聞いたから、妹の話を10分聞くってことはしませんでした。
心がけていたのは、同じ時間を掛ける事が平等じゃないってこと。
長女は10分間にはたくさん報告できるけど。
次女の10分間は日によって言える内容の濃さが違うこと。
二人が十分に満足できる時間は無いけど。
でも。
消化不良で終わってしまうと、次からは話してくれなくなってしまうことは嫌だったから。
娘達の話を聞くことは、一日の仕事の疲れを忘れさせてくれました。
癒しでした。
けっして義務ではありませんでした。
でもね、同じ時間を娘達に掛けるって平等じゃないんだと思っています。
2009年7月16日 (木)  平等性

昨日は実家の兄嫁とたくさん話しました。
私は義理の姉に当たる一歳年下の彼女が大好きです。
私達の熱弁の一部分をご披露します。

私の次女が吃音なのは当然知っているし。
長女と次女を分け隔てなく愛してきたこと。
平等は不平等だって言い続けていること。
私は長女と次女を差別しなかったけれど、区別はしてきたってこと。
学校教育においての「平等」に不満を持っていること。
彼女は三歳違いの兄弟を育てる母ですが、二人とも可愛がってきたこと。
今までの子育てをお互いに見てきて、価値観の相違はあまり無かったこと。
確認しておきますね。

彼女が昨日私に言いました。

やっぱりね学校は辛いよ。
例えば給食を例に取るけど。
体のがっしりした背の高い大きい子も、小さい女の子も全て同じ量の給食を盛り付け
「召し上がれ。」
と言う。
「私は少食です。」
とか、
「腹減っているからイッパイ盛り付けて!」
は聞いてくれない。
お代わりすればいいでしょ?と言う。
少食の子にも
「もう少し頑張ってあと一口度でもいいからお食べ。」
と言う。
同じ量を盛り付けることが平等だと思っている。
ガンガン喋れる子、人との関わりが不得意な子、色々な子がいる教室で
皆が日直が廻ってくる「平等」に。
免除することは差別になる。
差別はしてはいけない。
区別と差別の差が分かっていない。
全て全部!何もかも順番に廻すことが、平等だと思っている先生と生徒。
学校に行きたくないよね〜
2009年7月15日 (水)  間も無く夏休みですね

ウチの子は大きくなってしまって、大学生二人です。
ですから、夏休みはまだまだ。
多分八月にならないと、夏休みに突入しません。

小中学生と高校生は明後日までかな?
皆様はどのようにお過ごしでしょうか。
昔を思い出しますと、私は首を長くして待った夏休みでした。
学校に行くのが辛そうだった小中学生時代。
だから、夏休みは命の洗濯でした。
たくさん楽しいことをしました。
カマキリを飼ったり、地域探検をしたり。
夫が夏休みに入るとテントを積んで10日間ぐらい野宿?
まぁ世間一般にはキャンプとか言うらしいですけれど。
十和田湖畔だったり、高山の高原だったり。
学校のことは忘れて遊びました。
塾に通っていなかったので、夏期講習も無く。
ただひたすら、のんびり過ごしました。
家族と過ごす時間が長かった夏休み。
思いっきり?吃って喋って。
吃音のことも忘れて?
言い換えも無く。
たくさん吃ることは必要な期間じゃないのかな?
家族が圧迫するから吃るんじゃなくて。
毎日吃ることが出来る幸せを感じて。
2009年7月10日 (金)  遅ればせながら

次女からメールがきました。
携帯メールなのでPCは正確にはアップできませんが。
ご参考になれば幸いです。
あることに対しての次女の意見です。



なんて言うか〓


今自分は吃音のせいで毎日がやなのに年上の人がどもりながらどんな言葉をかけても信じられないと思う〓
大人になっても今最も嫌な吃音は直らないって思わざるを得ない状況で将来は明るいって言われても信じられるか〓
(ノ-"-)ノ~┻━┻
って感じなのかも〓

だってその一番やな状況の解決法は吃音が直ることだし〓
それが無理ってなったら誰だって落ち込むさ〓
2009年7月9日 (木)  思い出したこと

掲示板に書き込みがあったり。
メールいただいたりすると。
昔の出来事を思い出したりします。
その中の、思い出の一つ。

次女が中学一年かニ年の頃です。
部活に入ると練習試合やら大会がありますよね。
そうすると、他校の生徒とも接点が出てきます。
つまり次女の吃音を知らない生徒が、普通に話しかけることもあるわけですね。

回答にはならないとは思いますが。
一つの参考にしてはいかがでしょうか。

ある日のことです。
次女は、やっと帰宅できたことでホッとしていました。
報告内容があまりにも楽しかったので、一家が大爆笑でした。
部活の大会で、審判が順番に回ってくるそうです。
線審だったり、主審とか副審とか。
「まるで英語の授業の直訳文みたいだった。」
まぁ、想像してみてください。

「これは貴女の物ですか?」
「ここは貴女の場所ですか?」
「審判は貴女ですか?」
「次は貴女ですか?」
「○○さんはどこですか?」
そして、答え方は
「はい、そうです。」
「いいえ、違います。」

これで、一日を乗り切ったそうです。
天晴れ!と褒めました。
しか〜し、楽しい!
2009年7月6日 (月)  好循環期・悪循環期

吃音に波があるように、気持ちの上でも波がありますね。
それが、不思議なことに
吃音状態が悪い→ウツ状態
良く喋れる→明るい
こんな方程式じゃないですよね。

次女が小さい時には、一喜一憂してましたけど。
最近は良く喋れるなぁ→このまま治っちゃうかなぁ〜
ここのところ、吃り方がひどいなぁ→息苦しそうだなぁ〜
ま!次女の吃音状態でコチラも憂鬱になったり。
学校に行かなかったり。
喋れないという状態自体に拒絶反応があったのかもしれません。
規範性が特に強い次女はそれが許せなかったのかもしれない。
喋れない自分に厳しかったのかも。
流暢でない状態と、心の状態が一致していた時期があります。
それとも、母である私がそのように見ていたのか?
幼いのは次女だけではなく、母も幼かったから。

四月から大学生となり、一人暮らしをしている次女。
メールだけで用が済まないと、電話もたま〜にあります。
モチロン吃音です。
でもね、流暢じゃなくても、私が不安じゃなくなったのか?
吃音でも喋らないと、物事が進んでいかないからか。
とにかく、吃る・吃る・吃る・・・
喋る・喋る・喋る・・・
しかし!明るい!
好循環期らしいです。
吃音はひどい→しかし喋る→用が済む→やらなきゃ!って感じる→明るい
吃音がひどいのに明るい。

幼かった親子の時代
吃音がひどい時→暗い
だったような気がします。
入学式から今日までの三ヶ月間は違います
吃音がひどくなったけど明るい。
今までに無いパターン?
それとも、いままでもあったけど気付かなかった?

悪循環期はいつ来るのだろうか、恐ろしい。
2009年7月1日 (水)  夫が会話に加わった記念すべき日

感激の一瞬でした。
焼肉屋さんで、ジュウジュウとバンバン焼いているときのことです。
その時は突然訪れました。

「次女は吃音で良かったな。」
と私に囁きました。耳元で。

それまでの夫は、その手の会話には参加してきませんでした。
ことばの教室の行事には協力的だし、一緒に参加していました。
言友会のつどいに行く時も送迎してくれていました。
でも、娘達と私の三人で盛り上がっている吃音関係の会話は、ほほえましそうに見守るだけ。
「嵐」やピアノや絵画等の趣味の話、登山やスキー等々は普通に会話していても。
吃音の話は、見守るだけでした。
それが!先日の次女の大学の先生の話を聞いていて
(詳しくは『2009年6月29日 (月) 大学側の次女の評価』をお読みください)
突然言い出しました。
焼き肉が程よく焼けていて、娘達には聞こえなかったみたいです。
私だけが聞いていました。
「お母さん達〜何を二人でラブラブ話しているの?娘達の前でイチャイチャしてて・・・」
って笑っていました。その言葉で我に返りました。
夫の話の抜粋を書きます。

良かったと思うよ。
吃音じゃなかったら、もしかしたら違った道を選んでいたかもしれない。
自分の才能に気がつかなかったかもしれない。
他の欲が出たかもしれない。
自分の将来を考えたとき、選択肢の中に無かったかもしれない。
吃音で良かったよな。
2009年6月29日 (月)  大学側の次女の評価

先日、次女の大学の懇談会に出席してきました。
なんと!大学なのに個人懇談をしてくださるなんて!
初めて知りました。
「申し込み書が来たけれど、どうしよう〜」
と思案しておりました。
次女に聞いてみました。行ってみたら?って言いました
※ウチの大学の先生達の熱意は素晴らしいから
※私の吃音について聞いて欲しいことがある

へぇ〜自分からそんなことを言うなんて。
真意を知りたかったですね。次女の聞きたいことって?

AO入試の時、あれほど喋れなかった私がどうして合格できたのか?
実力と学力以外にプレゼンテーションが必要な専攻科なのに。
倍率が高い中、私を選んでくださった訳が知りたい。


そして当日の先生がラッキーなことに、次女の入試のときの試験監のお一人でした。
その時の様子を恐る恐る聞いてみました。
「娘は吃音なのですが・・・・かなり吃りますが・・・」
と切り出しますと、モチロン吃音は分かっていることなのですぐに話は進みました。
(へぇ〜吃るのですか?からは始まらなかったとういことです)
AO入試の二次審査も三次審査も覚えているそうです。

吃りながらも、自分の伝えたい事を言っていた。
伝わらないほど吃ることはなかった。
言いたいことが私たちに分かった。
黙ってしまわないで、言おうとしていた。
モチロン流暢ではなかった。
就職においても、普段の授業にしても、プレゼンテーションが大切な学科ではあるが、それが出来ないほどではないと判断された。
吃ることを考慮しても欲しい人材ではあった。
入学後の授業中も率先して前に出る性格ではないが、話すことから遠ざかろうとはしていない。
これから今まで以上にバンバン喋る授業が増えて来ることにより、喋ることに関して拒絶反応は無くなってくるであろう。
大勢の前で喋ることは慣れであるから。
容赦なく経験が増えてくるであろう。
私たちは授業についてこられそうも無い学生に合格通知は出しません。
2009年6月26日 (金)  前置きが長い言い訳

最近の日記のことですが。
前置きが長いことに苛立っていらっしゃる皆様。
申しわけありません。
このHPのトップに、お部屋がたくさんあったり。
削除してしまったページがあったり。
誤解を招く記述があったり。
私が吃音をどのように考え、日々書いているかを知らないで読んでいると。
悪循環で、誤解が誤解を招き。
真意が伝わらないと、最近分かってきました。

さて今朝のテーマです。
スタタリング・ナウを読んで。
すっごく・すっごく共感する事柄があったので、お伝えしたくて。
誤解の無いように言いますけど。
私は母親犯人説者じゃないですからね。
でもね、きっかけを作った人になりうること多いですって、以前書きましたね。
吃音の解明がまだまだの現在、
「私はこのように考えています。」
としか申し上げるしかありませんが。
我が子を吃音児にしたと思っている方、そうじゃないと思いますよ。
でもね対応次第で、住み心地を良くすることはできるよねぇって言い続けています。
そんな考え方の私ですよ〜

さて、OTK スタタリング・ナウNo178昨日届きました。
毎回ありがとうございます。
愛媛大学 故水野俊郎教授の研究論文
の抜粋の抜粋ですみません。
詳しくはOTK スタタリング・ナウNo178の三ページ
2)DCモデルにおける「時間」の役割をご参照ください。

☆子どもも親も刻々と変わり、両者の相互影響のあり方も力動的に変化していく。子どもの重要な変化のひとつは、親の価値観、態度、期待などを内面化するようになることであろう。

昨夜これを読んで、小躍りしました。
思わず眠気は吹っ飛びました。
昨日まで延々と書き続けていて、悲しかった私の心が奮い立ちました。
前後も読みたいでしょ?

蛇足ながら研究論文の原著を捜す方のために、題名を書きます。

吃音に関する「Demands and Capacites Model」について
   -吃音指導のあり方の検討-
愛媛大学教育学部障害児教育研究室研究紀要第16号 1992年
2009年6月25日 (木)  お騒がせをしていてごめんなさい

季節柄?熱くなってしまいごめんなさい。
自分のHPとはいえネット上の不快感は申しわけなく思っています。

ここの所テンション上がっちゃうことが続いてて。
中年のオバサンなんだから冷静になれよ!
と、お叱りください。

実は私の私的な文章が、公な場面で、とあるところで登場してて。
まぁ、いつものことなんですけどね。
文章を差し替える時間が無くて。
いつも通り、押し切られました・・・
大好きな方だから、許してる自分が悪いんだけど。
私をご存知の方。
あんな文章をどうして投稿したのだろうと疑問に思ったら。
それは真の私の読者です。
今朝の呟きでした。

ところで!
数年前から突然電話での激論が繰り広げられるようになりました。
なんでだ〜
不思議ですね。
モチロン、貴方のことですよ!
今までは時間がかかりましたよね。
連発と難発と。
そして、貴方の信念は
「吃音を治そうと思うなよ。」
に、間違いはありませんよね。
民間矯正所に通ったわけでもなく。

今回の私の投稿文についても、食い下がる私を説き伏せ、なんとしても載せたいと。
嫌がる私にごり押しし。
納得していない私に書き換える時間も与えず。
まぁ大好きだから、許しているけど。
電話に食いつく私を見て夫が
「熱いなぁ。」
と呆れていましたよ。

どうして?いつから?電話での会話が成り立つようになったのでしょう。
不思議だ。
2009年6月23日 (火)  親に言われた言葉

今朝も前置き長いです(苦笑)。
HPだけでなく私は色々なところで文章を提供したり、講演会等で意見を述べています。
文章や発言等の影響力を考慮したうえでの行動です。
同じことを言うのでも、TPOを考え言い方を変えることもあります。
また、視点を変えることもあります。
たとえば「つどい」の感想文にしても
※スタッフへの感謝
※案内状への掲載文
※東京言友会への報告文
などなど、その時々で文体や観点を変えます。
文章の持つ影響力を未熟ながら考慮しているつもりです。
語彙も豊富でなく、文才の無い私が情熱だけでやってきました。
知識も無いのに才女に見せかけようと、難しい言い回しや単語を使うことは避けてきました。
何が言いたいのかと申しますと。
言いたいことを伝えたい一心ですね。
思い切った意見を書くときは、何日も苦しみ、熟考を重ね・・・
まぁこの辺にしておきます。


「親に言われた言葉」で書きました。
http://sky.geocities.jp/dojikiku1/kituonnnomusume.html
今でも考え方は変化していません。
2009年5月11日「説教臭い」
http://sky.geocities.yahoo.co.jp/dr/view?member=dojikiku1&.start=21
ここにも書きました。
何度でも、何回でも、何年かけても書き続けたいです。

親は子どもに衣食住を提供し、暖かな空気で包めばいい。
そんな考えの私です。
子どもに
「このように生きなさい。」
そんなこと要らんお節介だと思っています。
元来子どもの持つ生命力だけでいいんじゃないかな?
言っている親御さんは
「衣食住も穏やかな家庭も吃音に対する理解も全て備わっている。」
と胸を張るのも結構ですけど。
「自信たっぷりじゃないですけど。」
と謙虚もよろしいです。
でも、私の怒りは収まらない。
前述(親に言われた言葉)は親が吃音の知識が無いから。
後述(説教臭い)は吃音の知識が有ってさえ、同じことを言っている。

吃音者が大人になり
「吃音で諦めてきたことイッパイある。」
と思ったとしても、その時
「親が『吃音でも諦めるな』と幼少時から言ってくれたのなら。」
とは思わないでしょう。
むしろそのように思ったとしたら、それこそ神経を疑います。
私の友人に
「子どものころ親がもっと『勉強しろ!』って言っていてくれたらもっと上の大学に合格できたのに。」
と言う人がいました。
ありえない!って思いました。
それこそ他力本願。全て人のせい。

ご自分をふり返ったらよろしい。
ご自分が子どもの時、親に何を言われましたか?
「眉が太いって?バカ言うんじゃない。クダラン悩みだ。」
「○○ちゃんちみたいなお金持ちが良いって?オレは精一杯働いている。」
「もっと頭良く産んでくれ?お前が勉強しないからだろう。」
吃音に限らずその時々の悩みは重要だったはず。

ましてや御自分が吃音者じゃないくせに
「吃音だからって諦めることして欲しくない。」
よく言えたと思いますけど。
ご賛同なさる方がおいでだとしたら、恐ろしいことです。

反論ください。
2009年6月18日 (木)  日記より

数日前に書きましたが、育児日記を読み返しています。

次女が小学校の一年生の時
「ことばの教室」に通級が決まりました。
最初は親だけ話を聞きに来てくださいと言われ。
子どもは連れて行かないで、担当教員と話しました。
その時に
「いったい、いつから次女は吃っていたのだろう。」
と読んだことがありました。
それ以来ですね。

二歳のときに吃りだしたことは書きました。
その後三歳児検診で保健婦さんに相談しています。
私は「ことばの教室」に通級することを望んでいました。
でも
「わが市は小学生から受け入れています。幼児の枠はありません。」
と却下されています。
私の記憶ですと、もっと違った言葉でした。
納得はいかなかったけれど、引き下がっています。

それからは、私の知る吃音の知識にプラスして本を読み漁っています。
それ以前も次女の吃音に気付いた時点でかなり気をつけています。
言い直しをさせなかったり。
ゆっくり言うことを強制しなかったり。
つまり、自由に喋り、たくさん吃り、明るく元気に成長していきました。

親からすれば
「自分の喋り方はヘンなんだ。」
と意識させなかった。
人と違っているとは気付いていないと思い込んでいた節があります。
(以前も書きましたがそれは大きな誤解でしたが)
次女はお喋りに育ってくれました。
それは、かけがえのない大切なことでした。

何が良いのか?悪いのか?
早くから意識させるのが親切なのか?
全く解りません。
正解も無いかもしれないし。
ココの読者さんの意見もバラバラかもしれません。

とにかく私の最優先は
「お喋りしてほしい。」
だったのかもしれません。
会話してくれることが喜びだったのかも。
2009年6月16日 (火)  金閣寺

中学生の頃、時間を忘れて没頭した「金閣寺」
兄と討論になった思い出の作品。
忘れ去っていた本を手に取りました。
今回は昔むか〜し、読んだ時のむなしさはなかったです。

中学生の頃読んだ時は、不快感しかなかった。
悲しかったし、はっきり言ってムカついた。
何故ムカついたかと思い起こせば。
私の従姉妹は重度のダウン症でした。
とっても可愛がっていました。
大好きです。
その従姉妹が否定されたような錯覚を起こしたから。

当時中学生だった私は三島由紀夫の「金閣寺」の読後、
じゃあ彼は吃音者だから金閣を焼いたの?
彼が吃音者じゃなかったら、放火はしなかったの?
人と違ったところがある人間は事件を起こすの?
彼は出奔したときこのように表現しています。P230
「私の環境から・・・私の吃りから、私の存在の条件から、ともかくも出発せなばならぬ。」
と当時の私の不快感はここから来ていたと思われます。
その頃の私の本の読み方は、その年齢らしいやり方でした。
一人の作家にのめり込むと突っ走る。
そして時々修正され他の作家の作品にも手を出す。
小学生の頃は女の子らしく
小公女→小公子→秘密の花園→あしながおじさん等延々と続き→
コナン・ドイルシリーズ(ホームズやSF作品)→夏目漱石などお馴染みの作家の作品達へと移行していきました。
それなのに、三島由紀夫はたったの一冊で止めています。
金閣寺の不快感から脱出できませんでした。


月日は経ち、私は二人の娘を持つ母となりました。
ご存知のように次女は立派な吃音者です。
昔の不快感を今更思い起こさなくても・・・と読みませんでした。
でも、最近読み直して、すっかり違った感覚にビックリしています。
当時「三島由紀夫って所詮天才なんだよね。」と斜めっていた私。
今回は「三島由紀夫って天才だ。」

う〜ん、文才の無い私はこんなもんです。
中学生の私には無理だった。
中年のオバサンになって読むのいいかなって。
でもね、今でも無理かな(爆笑)。
思春期の自分に出会えるのも一向だし。
読み方は人それぞれ。
言いたいことは、読んでみてくださったなら、お分かりかと存じます。
凡人でごめんなさい。
2009年6月15日 (月)  何故だろう〜

次女が吃音として生まれ育つ過程にて。
ドキドキしたり、ハラハラしたり、、行く末を案じたり。
今でもそうですけどね。

それなのに、なんで私は口うるさくしなかったんだろう?
不思議だ。
言い直しをさせなかったし、何故
「ゆっくり落ち着いて言ってごらん。」
とか、言わずに済んだのだろう。
不思議だ。
次女が可愛くて仕方ないし、吃ることは心配だったし。

長女にしても同じです。
勉強は全くしない。
定期テスト直前もしない。
「勉強しろ!」
と言っても無駄って、私は思っていたのかな?
宿題さえしている姿を目撃したことは無い。

ファミレス等でも次女は注文したことは無いです。
家族に言ってもらっていました。
自分で言うこともありましたが、基本は家族に言ってもらっていました。

母ならイライラしたり。
「今こんなじゃ、将来どうするの?」
と心配になって当然ですよね。

なんだろうなぁ。
興味関心が無いわけじゃない。
可愛くて仕方ない。
でも口うるさく言わなかった。
なんでだろう?
2009年6月13日 (土)  近況報告しなきゃ〜

次女のこと、とっても心配してくださって。
「一人暮らし不便じゃないかなぁ〜?」
って。
ありがとうございます。

まぁ(汗)想像通りの大学生活のスタートです。
忙しい======!
寝る時間が無い==!
課題が終わらない=!

入学当初
「いきなりプレゼンがあって・・・」
と言っていましたから。
最初から吃音が分かったと思われます。
少人数が売りの学部ですから。
一人ひとりの顔と名前は分かりますよね。
留学生が多いことも以前書きました。
たどたどしい日本語が氾濫してるって。
こんな風な当初の報告と今は違って。

とにかく忙しい。
寝たいよ〜
と、叫んでおります。
担当教授からのメール。
夜遅くまで学校に残って課題。
アパートに帰って来ても夜明けまで課題。
間も無くセミナーの合宿があるそうで。
吃音についての愚痴が全く消えました。
良いんだか悪いんだか。

携帯に電話あるときは大抵私はワンコのお散歩中です。
途切れ途切れに喋る話はモチロン吃音。
でも、言っている内容は「眠いよ〜」
そして、私の傍らのワンコに
「ひかり〜〜〜〜〜!」
と叫びます。

次女を心配してくださっている方々。
今の彼女はこういう状態です。
ご安心(?)ください。
2009年6月12日 (金)  吃音の話じゃないけれど

6月11日読売新聞気流欄
「コンプレックス隠さない」
高校生の女の子の投書です。

幼い頃友人に
「目が怖い」
と何度か言われ、前髪を伸ばし、目にかかるような髪型にしていた。先日友人に話したら、
「思い切って前髪を切って顔を出した方がいいよ。」
と言われ悩んだ末、前髪を切った。
翌日皆の反応が不安だったが
「明るくなった」
と言われた。
コンプレックスと向き合う方法は「隠す」だけではないと知った。

これを読んで、私は素敵な女の子だなって、思いました。
すっごく勇気が必要だっただろうなって。
前髪を切る勇気、素晴らしいなって。
翌日、登校するまでの葛藤はどれほどだったかなって。

日本!捨てたモンじゃないぞ。
2009年6月11日 (木)   お喋りは楽しい

人が社会性を身につける第一歩目は家庭ですね。
家族と話し、家族と喧嘩し、喜怒哀楽を知る。

次女が、あることばの教室の後輩達に
「お喋りは楽しいです。」
と言ったことは以前に書きました。
話すことって楽しいんだよって、当たり前かもしれませんが。
吃音者達にとって、話すことは苦痛でしかないこと。
「明日は喋らなきゃ。」
って前日思ったとしたら、学校に登校できないかもしれないし。
母である私は、吃音児の大変さは解らない。
それでも、次女は
「お喋りって楽しい。」
と言ってくれる。
些細なことかもしれませんが、私は嬉しいです。
これを読んでいる母達は、私のこと甘いって思うかもしれません。
でもね、吃音児が話してくれることって当たり前のことじゃないんですね。

不登校で家庭にいる方。
学校で喋ることを一切拒否している方。
責めるべきことではありません。
引きこもりの子どもに
「お喋りって楽しいから。」
と強制してはいませんか?
「外に出ればストレス解消になるよ。」
って要らんアドバイスをなさっていませんか?

私が通ってきた道は正解じゃないです。
100点の親じゃないからこそ、言えるかも。
私が辛い思いをしてきたことを書けば、反面教師になれます。
素晴らしい親じゃないから、HPやってます。
「貴女はこんなことやってきたの?バッカじゃない?」
と思ってくださったのなら、正解が見つかるかもしれません。
カウンセラーじゃないから、模範解答はありません。
それだからこそ、アクセスしてくださるのかな?
2009年6月10日 (水)  集うことの大切さ

次女が初めてスタッフをさせていただき、感じたことがあります。
厳密に申せば、私は報告を聞いただけでして(苦笑)ねぇ。
「つどい」が終わってウチの車に乗り込んできた次女の表情から感じたことですが。

ずーーーーーーーーっと前につどいの感想文として提出した文章を思い出しました。
中学生の次女と私と、つどいの帰りにお喋りしながら物思いにふけりまして。
人と人との繋がりですね。
先輩の吃音者が存在し→今の次女がいて→後輩の吃音児たちがいる。
このありがたさ。
言友会の存在とか。
「つどい」を続けていってくださる方々のご苦労とか。
参加するスタッフと親子。

そりゃぁ、人それぞれで。
肌に合わない人も、たくさん見てきました。
言友会だって賛否両論ありますから。
でもね少なくても、我が家にはありがたいです。

人生という広大なるロマンにドップリ浸っていました。
「一度しかない人生に吃音が付いてきた・・・」
次女は語りだしたことがありました。
逃げても追いかけてくるし、
しらばっくれようとしても思い知らされる。
一度しかない人生を諦めたくない。


人間は常に前進してきまして。
石器時代の工夫から、今ではネットで人々が繋がっています。
全世界の人々と、すぐに会話ができます。
チャットでは、一度にたくさんの方と激論を交わせます。
でもね、どんなに熱く語っても、
人と顔を合わせて「つどう」ことに勝るものは無いと思いました。
人の表情を感じ、声色を感じ、温度差を感じ・・・
したくても出来ない吃音者だったはずなのに・・・
友人と熱く語りたいのに、出来なかった吃音児たちなのに・・・
いつの間にやら、語っている。
自分では語れなくとも、吃音者たちの語りに耳を傾ける。
あ〜あ、母として私は幸せだと心から思う。
次女が吃音児として生まれなかったら、この素晴らしい空気を吸えなかったんだ。



そして、現実に戻ったとき。
吃音をまざまざと突きつけられる。
一進一退の母、ここにあり。
2009年6月9日 (火)  新宿御苑

6月7日日曜日
前日までの天気とうって変わって晴天でした。
東京言友会・中高生のつどいでした。
私は三月で引退しましたが。
長女に続いて次女がスタッフデビューとなりました。
長女の松葉杖がやっと前日取れましたが。
新宿駅の階段が心配で心配で。
夫と二人で送り迎えをしました。
親はバカモンですね。
愛娘が心配なのです。
御苑の新宿門に送り、夕方お向かえに行きまして。
次女も乗せて一家四人で夕飯を堪能し。
アパートに次女を送り届けて、帰宅しました。

参加者ではない次女の姿を見られたのは長女だけです。
スタッフの先輩者の皆様、お世話になりました。
次女の学部は土曜の6時まで授業があるので、スタッフ会議に出られず。
皆様にはご迷惑をお掛けしたことと思われます。
しかし、輝くような笑顔で帰ってきました。
本当に、つどいに感謝いたします。
吃音者に会えなかったら。
スタッフの皆様方にお会いしていなかったら。
言友会がなかったら。
つどいが無かったら。
こんな笑顔がありえたでしょうか。
2009年6月5日 (金)  育児日記

吃音関係の依頼で、育児日記を読み返しています。
ブログに書いたっけ?
乱筆な上、乱文なので解読不能の部分もあり。
ひっどいなぁ〜と。
我ながらあきれ返っています。
でもね、忙しい中まぁよくぞ書いていたもんだ!と自画自賛。

そして、自分の記憶と記述の違い発見!
次女は喋りはじめから吃っていたと思い込んでいましたが。
違っていました。
それとも、私が気付かなかったのか?

例えば
「おウチ帰る。」
「H君も来る?」
などなど喋っています。
でも、その後書かれています。
生後ニ歳五ヶ月六日目のことです。

◇最近少しどもる様になってしまった「ビビビビッチュバード」など。

つまり、最初は吃っていなかった。
でも、後から吃るようになった。
私の記憶違いです。

本人としては
「私は最初から吃っていた。」
という証言は合っていると思います。
だって、どう考えてもニ歳の記憶って無いことが多いでしょう?
吃る以前の思い出は無いと考えて良いのでは?

どうでも良いことですけど。
喋りはじめから吃ることも、途中から吃ることも。
そこは問題ではないでしょうけど。蛇足の日。
2009年6月4日 (木)  ヴェンデル・ジョンソンの背後霊

暑くなって参りまして。
お化けの季節となりました。
今朝の徒然。

四月から新しい環境になり、吃音をまざまざと感じる季節。
クラスが変わったり、新入学とか。
二ヶ月経って、落ち着いてきましたか?

この時期になると思い浮かぶのは
「ヴェンデル・ジョンソンの言語関係図」
ここに集う皆様には、お馴染みの図ですね。
ご存じない方は、調べてみるのも一考だと。
ネット社会じゃなかった頃、私たちは足が頼りでした。
たくさんの本を読み、人と出会い、切磋琢磨し。
そんなこんなを繰り返すうちに必ず目にする図。
私も吃音講演会を頼まれると使わせていただいています。
だって、親に出来ることは
「環境を整える」
位しかないから。

でもね、これにがんじがらめになっちゃうと。
「犯人母親説は本当なの?」
と行き着いちゃう。
だってそうじゃない?
吃音を責めたり、言い直しさせたり、大抵は母親がやってる。
だから、吃音は母のせい?

そんな風に考え出したなら、貴女はご自分でお調べになった方が良い。
ココばかり頼ったり。
(頼りにしてくださって嬉しいですよ〜)
ネット漬で物を考えたりしていて。
あえて言います。
人間にはありがたいことに、足が二本にょっきり生えています。
行動的でない方も、行動に出ましょう。

自分ばかり責めたり。
他人を責めたり。
吃音あるご自分のお子さんを嘆いたり。
追い詰めるだけが方法じゃない。
足も使いましょう。
2009年6月3日 (水)  次女デビュー

毎回書きますが。
六月は「東京言友会・中高生のつどい」があります。
http://homepage3.nifty.com/~tokyogen/tudoi/info/09_06_1.html
↑詳しくはコチラまで是非どうぞ、お越しくださいませ。

んでね!
今回は初めて次女がスタッフをしま〜す。
長女は大学生になった歳の四月からスタッフに割り込ませていただき。
ドップリ浸かっていますが。
次女は参加者として入れていただいてきました。
でもね、四月から大学生となりました次女ですから。
「参加者」じゃなくなって。
「スタッフ」に昇格しました。
わぁい、パチパチ!
と、喜んでばかりはいられません。
超忙しい学部ですから、スタッフ会議に参加できませんでしてねぇ。
当日のぶっつけ本番なのです。

遠くからハラハラとしている母でございます。
2009年5月29日 (金)  マッカーサーの陰謀?

5月27日に書いたことの続きみたいなものです。
無性に腹が立って。
妄想が私の頭の中を駆け巡りました。
自己否定の方の話の続きですよ〜
この方の自己否定が学校で培われたとしての仮定です。
もし学校で
「早く言いなさい。」とか
「おかしな喋り方。」とか
吃ることを否定的な言葉で傷つけられたそして。
それが引きこもりの原因になったとして。
それはその方の弱さから来ていると回りが判断したとしたら。
吃ることは仕方ない。
でも社会で立派に生きている人もたくさんいる。
しかし、この方は外に出られない。
だから、その人自身の問題!
外に出られない人が悪いんだ!
と思われたら?

これは間違った民主主義を植えつけられた敗戦国日本の悲劇でしょう。
私たちが生まれるずっと昔、日本は負けました。
「終戦記念日」と間違って歴史の時間に教えられました。
日本語が間違っていますね。
「敗戦記念日」なにの「終戦記念日」と教えていただきました。
私の両親は教科書に墨を塗りました。
昨日まで正しかったことが、今日から
「それは間違いです。」
と先生に言われました。
そこから、悲劇は始まったと私は思っています。
日本人の道徳が根こそぎ否定されました。
それから何十年もかけて、捻じ曲げられた平等性がマインドコントロールされ続けました。

外に出られないその方を責めることは。
マッカーサーの陰謀だと、たどり着きました。
今朝の私です。

西風が吹けば桶屋が儲かる?
2009年5月28日 (木)  何回でも書きます

私が力を入れて書いていることの一つ。
「自発性」
こんな言葉出てきた?????
と思われる方は、さかのぼって何度でも。
しつこいくらいに何度も書いています。
この単語を使っていなくてもね。
数日前も書きましたよ〜ん。

親からとか先生からとかSTさんからとか、じゃなく。
自分から思わないと説教になっちゃう。
だから親からは言ってほしくないなぁ。
前向きな言葉。
○○さんは同じ吃音者なのに、どうしてウチの子は△△言うの?
って思ったら、あなたはアウトですよ〜
以前も書きましたが、レディネスは人それぞれですから。

たとえば、前に書いた次女の言葉ですけど。
「吃音だからって諦めたくない。」
「自分の足で生きて行きたいから、学校に行く。」
とかなんとか、その時々で書いてきましたが。
それを、我が子に向かって
「どじさんの娘さんはこう言ってるよ。同じ吃音者だよ。」
な〜んて言わないで!言わないで!
ましてや
「やりたくないからって、出来ないからって、吃音のセイにしてるでしょ。」
攻め立てたり。

自ら言い出したら、褒めりゃいいんです。
凄いぞ我が子、捨てたモンじゃない。
って親バカな私は、一年中言っているかも・・・
2009年5月27日 (水)  無性に腹が立った!

めちゃくちゃに腹が立ったことを書いてしまいます。
だって私の日記だから。
この温和な?私が怒っているのです!
読みたくなければ今日はパスしてください。

最近知った事実です。
ある吃音児が吃音者を見たくないって。
先輩に会いたくないって。
吃音なのに喋る人がいることが信じられないって。
そんな子に誰がした!
その子を追い詰めたのは誰だ!

昔、むかし、むか〜し。
障害者が座敷牢に監禁させられていた時代があった。
脳裏に浮かんだのは、その見ぬ映像。
ゾッとした。

言友会のサマーキャンプや、
伊藤信二さんのキャンプもある。
先人の素晴らしい人々がいる。
その人々を見たくない吃音児がいる。
悲しい。
悔しい。

その子が自己否定をし。
周りとの関わりを遮断し。
今もこの日本で私と同じ空気を吸っている。

何も出来ない私は涙するしかない。
2009年5月25日 (月)  兄弟姉妹への負担

また〜
でも、何度でも書きたい。
そして、この日記の題名でも解るでしょう?
その時々で主張が違うのです。
許して〜
すみません相変わらず前置き長いです。
最近ちょっとしたことありまして。
兄弟や姉妹のことです。
よく質問にもあります。
それから
「兄弟が味方になって欲しい。」
とおっしゃる親御さん。

う〜んと私の考えとしてですよ。
他の親が違ったこと主張するかもしれません。
ドンドン反論くださって、掲示板で熱く語りましょう。
ROM多し!反論くださいませ。

親が吃音児の兄弟に、吃音への理解を求めるのはヘンだと考えています。
家庭は心を癒す場所ですが、社会生活の縮小版も兼ねていますよね。
動物達も何匹も一度に生まれ、じゃれあって、もまれて、巣立ちます。
あれでいいんじゃないかな?
兄弟が、知識を得たいと思うのは勝手でしょうがねぇ。
吃音は特殊な位置に居ます。
障害とも言えるし、障害とは思えないところもあり。
例えば私の従姉妹は重度のダウン症です。
小さい頃から私は彼女と遊ぶ時は配慮してきました。
言葉も出ず、歩行も遅く、見た目も分かりやすいです。
彼女の兄達はきっと覚悟して育ってきたと思います。
でもね、吃音って違うでしょう?
その兄弟達に心構えとか、吃音児に対する配慮とか、無理強いするのはおかしいかなって思うのです。
普通でいいんじゃないかな?
ダウン症の親だって、改めて
「妹の将来を・・・・」
な〜んて言わなかったし、言われなくても兄達は考えてたし。
まして、吃音児の親が、
ワザワザ兄弟達を引っ張り出して教育しなくてもねぇ。
入り込まれてウザイと思う吃音児だっているでしょう?
考えている子は考えているし、考えていない子は考えていなし。
それで充分じゃないですか?

先日申しました。映像に映ってた私たち以外の一つ家族ですが。
吃音についての作文を読んでいる脇で兄弟が自然に存在していました。
その作文に意見を言うでもなく、邪魔するでもなく。
同じ空気を吸い、同じ場所に存在し、育って行く。
これでいいんじゃないかな?

明日の私は違っているかもしれません。
2009年5月21日 (木)  自己肯定感

先日の読売新聞で
「自己肯定感」についてのアンケート結果が書かれていました。
現代における子ども達の自己否定の多さに、読まれた方々はどのように感じたことでしょう。
当然だと思うのか、ひどい現状だと思うのか。

今の学校教育現場と、家庭内での会話の内容からすると。
「当たり前だ。」と受け止めるのが妥当だと思いました。
昨日述べました、きょうこママさんの娘ちゃんの件ですが。
担任外の先生にもカミングアウトし理解を求めて委員長をしています。
それでも
「早く言いなさい。」
と責められています。

吃音児だから、人前で喋る立場になってはいけない!ということですか?
今までのように隠して、そうっと生きていきなさいという指導ですか?
吃音があっても委員長をするという選択をした六年生はお荷物ですか?
行事を円滑に進めることだけを最優先としたら。
流れを止める人材は要らないという選択をし続ける日本は、世界からおいてゆかれるでしょう。
人と同じ波に乗れないからといって排除しつづけるのでしょうか。
このような指導がある学校で、心は育たないと思います。


長女が小学校一年生の時、多分ADHDと思われる児童と同じクラスでした。
クラスから逃げ出してしまう児童と、担任とクラスメイトの追いかけっこの日々。
プールから出ようとしない彼の話。
テンヤワンヤの毎日。
長女は嬉しそうに楽しそうに毎日報告しました。
家族達は楽しそうに聞き入りました。
目くじらを立てて
「ウチの子の勉強が送れちゃう!」
と苦情を言う人もいたことでしょうね。
我が家は、逃げ出す彼の話をたくさん聞いて、たくさん語りました。

「待つ」行動。「追いかかる」行動。
どれもこれも大切なことだと思います。
一人一人が肯定感を持つことは難しい。
でも、ことばが詰まりながらも、一生懸命喋ろうとする児童を「待てない」日本において、健常なる児童さえ、自己否定が強いのは当たり前の現象だと思います。

でもね、先生達だって頑張ってるのですよね。
これも読んでみてくださいね。
リンクOKを昔頂いたので、掲載許されると思います。
http://www.nise.go.jp/blog/2005/03/post_638.html
2009年5月20日 (水)  何故?頼まなかったか。

昨日の続きでもあるわけですが。
「配慮」を何故頼まなかったか。
そして、今なら何故頼むのか。

頼まなかった理由。
一生、配慮していただく環境は望めないから。
「どのような配慮をお望みですか?」
と担任に聞かれた時、なぜ望まなかったか。
だって、この先
「甘ったれるんじゃないよ。」
という考えの担任に出会う可能性が高いでしょ?
社会に出れば、健常な人々と同じ仕事をしなきゃならないし。
障害者手帳をもらえないことは知っていたから。
雇用枠に入れない以上、一般の人と一緒に試験を受けるから。
それにトラウマもあったのは隠しませんよ〜
次女が二年生の時の担任に、長期欠席のことを責められ
「クラス内にイジメはありません!」
とトンチンカンな言葉を言われたこと。
「理解を求めるのは並大抵ではない。」
と諦めがあったことも事実です。
だから早くから心に免疫をつけたかったのです。
もう忘れ去ってしまっている私の記憶。
忘れないと辛くて辛くて。
たくさんの辛辣なる言葉を投げつけられてきた私たち。
配慮を諦めた事件はいっぱいあります。

でも何故今なら頼むのか?
時代の流れを感じたり。
ネット社会になり、情報をたくさん得たから。
例にとって「きょうこママさん」の奮戦記をどうぞ!
http://ameblo.jp/hkfm/
人前で喋ることを避けてきたり。
家に引きこもったり。
吃音者たちのお話を聞きますが。
でも、きょうこママさんの娘ちゃんは委員会の代表に立候補しました。
きっと叩かれることも覚悟の上でしょう。
当然、先生から
「早く言いなさい。」
と責められます。想定内ですよね。
吃音を公表し理解を求め、それでも責められる。
それが現実です。
教育界において、当たり前のことが当然のごとく襲い掛かるのです。

だから今なら私は言っていることでしょうね。
次女の年齢はもう私から手が離れてしまったので出来ませんが。

大勢の前で配慮するという姿勢を
教育界の方々が児童の目前で示唆する大切さを訴えたいです。
言葉で「思いやりなさい」とか言うのじゃなく。
「示唆」することが現代社会で必要だと思うのです。
行事でせかされる時こそ底力が必要です。
時間が押しているのに、吃音児の難発を待つことによって、
児童達に「示唆」出来ると考えます。
吃音児だけでなく、ほかの情緒的にケアが必要な児童達にどのような態度が最適か考える場を与えられるからです。
一般社会において、人と同じことが出来ない人間は、排除されがちです。
優秀なる人材でも。
教員達は口では
「相手の立場に立って考えましょう。」
「そんなこと言われたら君だって嫌でしょう。」
と叱ったりします。
でも相手の立場に立って考えられないのは、ご自分方なのです。
日本全体の衰弱は教員達にも責任はあるでしょう。

教員達は「努力しても出来ないこと」に免疫がありません。
出来ないのは、きっとこう考えるのでしょう。
「やろうとしないから」
「姿勢が足りないから」
「工夫しないから」
ご自分達は、やっても出来ないことがなかったから。
教育学部の障害児専攻の教授達のある一部分の口癖です。
学校の先生達には想像力?創造力?が足りない。

「相手の立場になって物事を考えましょうね。そんなことされたら嫌でしょう?」
2009年5月19日 (火)  我が家の場合

次女の吃音をどのように学校にお願いしてきたか。
外ではどんな風に接してきたか。
削除してしまったので、もう一度書きたいと思います。
今年環境が変化し、四月から辛い思いをしている方も多いと思います。
一例として、私の拙い子育てを書きます。
念を押しますが。
完璧な母で無し。
しかも、ネット社会ではなく情報もありませんでした。
足でかせいで、愛情と気合で乗り切ってきました。


まず隠さず吃音を話して来ました。
家庭訪問や個人懇談等で担任に「吃音児です。」と言いました。
ことばの教室に小学一年生から通わせていただきました。
在籍学級には、配慮は頼みませんでした。
(今だったら頼んだと思うけど)
中学校からは「東京言友会・中高生のつどい」に参加させていただきました。

外では。
次女が自分で注文したいと思って
「今日は私が言ってみる。」
と言う時は頼ませました。
「ダメみたい。お母さんが言って。」
とか姉や母に頼るときは無理強いしませんでした。
電車やお店等で、思いっきり吃って喋っていました。
つまり家で吃るのと同じです。

色々な親に会って、ビックリしたことの一つ。
我が子が外で吃りながら喋ると、口をふさぐ人がいるということ。
これは、晴天の霹靂でしたね。
2009年5月18日 (月)  配慮なんですけど

きょうこママさんが熱く語っていらっしゃるので。
皆様是非お越しくださいね。
http://ameblo.jp/hkfm/

それから下記のアドレス間違っていました。
ごめんなさい。
ネフローゼのリンクのアドレスの正しい方も載せます。
http://www.nehuroze.com/
こちらの闘病記・ブログに参加させていただいています。

ところで、配慮のことですけど。
次女と長女と私の三人で話した時なのですが。
私の意見に対して次女から訂正された内容です。
指導を受けたって感じかな?

私  「お子さんがケーキ屋さんで『いいいいいいいちごのと・・』と連発とか難発とかで言い出したとたん、子どもの口を押さえて母が『いちごのケーキをください。』って言うんだってサ。私はそのとき言えなかったけど、心の中で【自分で注文したいのだったら言わせてあげればいいのに】って思った。『ママ、僕の変わりに頼んで』って頼まれたのなら仕方ないけど、自分で言いたいのに言わせないなんて。」
次女 「お母さんへの配慮も必要なんじゃない?」

つまり、次女の意見によると。
可愛い我が子が吃ってお店で注文することは、母親が辛いのは当たり前で。
恥ずかしいとか、みっともないとか考えて止めてると思うでしょ?
でもね、親へのケアも必要なんじゃない?
辛い母の気持ちも察してあげないと。


そうかぁ・・・・
ずっと、ずっと、ずーーーっと昔、次女に言われたことがあったっけ。
「お母さんは、いつも子ども側に立って、物事を言う。」
私の立ち位置は、いつも子ども側?
そんなこと言うと、子どもが傷つくでしょう?
親から責められたら、家庭に子どもの居場所が無いよ。
吃りながらも一生懸命喋っているのに、言い直しをさせるなんて。
学校に行きたくない子を責めないでよ。
などなど、子ども目線かもしれません。

学校に行けない我が子を見つめる、親御さんの心のケアも必要なのに。
家の外で吃る我が子、その側で見つめる親。
次女は辛い親の気持ちも配慮してねって言いました。
2009年5月16日 (土)  どなたか教えていただけますか?

他力本願でいつも申し訳なく思っておりますが。
リサーチ不足でごめんなさい。
教えてください。

テレビ等で吃音が放映されましたか?
あるいは、どこかに私のHPがリンクされましたか?
相互リンクは
「東京言友会・中高生のつどい」です。
http://homepage3.nifty.com/~tokyogen/tudoi/
病気のネフローゼ関係もお願いされました。
http://homepage3.nifty.com/~tokyogen/tudoi/
でも、それじゃないって感じです。

今までの私のHPの傾向として。
例えばNHKでキャットストリートが放映された時はアクセス数が突然増えました。
テレビ等で何か放映されると突然増加し、そして落ち着きます。
今回のことは私が全く知らない場所であったのかなぁ。
情報をいただけたら嬉しいのです。
再放送などがあるかもしれないし。

私たち親子が取材され、その映画が上映されたのは試作段階です。
まだまだ一部の人しか観ていないので、それでは無いはずです。

ココの読者の方が教えてくださると助かります。
2009年5月15日 (金)  おしゃべり一家

特に吃音だけじゃないからかな?
話題のネタはいっぱいあるから。
ご質問のお答えにならなくて、申しわけありません。

「さぁ!これから吃音について語りましょう。」
とか、ありませんから。
ワイワイとガヤガヤとお喋りな人間が言うだけ。
だから我が家はうるさいです。

例えば家族で登山を楽しみますよね。
登山道でもうるさい。
ヘビが出て大騒ぎ。
新緑が綺麗で感激する。

スキー場でもそうです。
リフトに乗っているだけで盛り上がります。
滑っていても、アッチに行きたいとか、お母さんのへっぴり腰とか。
大騒ぎ。

キャンプ中は特に賑やか。
テレビがありませんから、会話を楽しむ。
あるいはトランプするとか。

家でもレジャー中でも会話。
私がお茶碗を洗っていると
「お母さん〜○○が出てるよ〜」
と声が掛かる。

そんな流れで、吃音についても盛り上がります。
ただそれだけのことです。
なんの回答にもなってなくて、ごめんなさい。
2009年5月14日 (木)  最近知りました

取材を受けて、映像として観た私たちの会話。
会話をしていたのは
長女と次女と私の三人です。
普通でした(爆笑)。

でも、それを観た人々の反応は違っていまして。
改めてローカル・ルールみたいな。
家庭での相違を感じたのです。

なんて自然に吃音が会話に入ってくるのだろう。
普通に話題になって。
母が論じたことを自然な形で訂正が入り。
また会話が始まる。

プロのカメラの前で喋ることは始めての経験だった私たち。
でも、普段どうりの空気が流れ。
普通の顔の私達が居て。
その内容に焦点は当てられる。

私たち家族にとって、いつもの風景のはずが。
観ていた人たちからすると、新鮮だったりする。

多分きっと、想像するに。
私たち家族がこの世に存在することは当たり前なのに。
当たり前じゃない家族なのかもしれない。
類を見ない家族なのかもしれない。
それを私たちは自覚してこなかっただけ。
そこかしこに存在する家族は、たった一つなのでしょう。
それぞれの家族は全て類をみない家族なのかもしれません。
普通の家族は全て、普通ではない。

かけがえのない私の家族。
大切な家族。
それを第三者が観た時に、観客から感嘆がもれた。
嬉しいけれど、どの家族も全てそうだと思っています。
2009年5月11日 (月)  説教臭い

あるきっかけで、親子で対談する場面を頂きました。
「対談」と表記するのはヘンなのですが。
毎日お喋りしていますから、今更ねぇ・・・
んで、対談したのは我が家だけではありませんよ〜
他の、ご家庭も取材を受けました。

映像を通して感じたこと、たくさんあります。
そして、ガクゼンとしたこともあります。
書こうかどうか悩みましたけど。
やっぱり言いたいな。

2009年3月16日 (月) 生きていくこと
これに書いたことあったので、覚えてくださっている方もいますよね。
次女が「吃音を理由に諦めたくない」と言ったこと。
もう一度書きます。

私は吃音だからって、諦めることは嫌だ。
人生は一度きりしかない。
たった一度の人生に、吃音が付いてきた。
逃げることは出来ない。
治ることも無い。
一生吃音者だ。
吃音でもし嫌なことがあっても、それを他のせいにしたり、他人のせいにすることは嫌だ。

話を元に戻しますね。
映像にあるご家庭が映り、その中で母親が言ったこと、これとほとんど同じでした。
「吃音だからって、息子には諦めることはして欲しくない。」
そのような内容でして。

ビックリしました。
次女が昔私に言ったことと。
全く違った場所で、ある一人の吃音児の母親が言ったこと。
同じなのに。

私は観たとき
「わぁ〜説教臭い〜」
と思ってしまって、唖然としました。

次女にとって私は母なので、親バカで
「娘は良いこと言うなぁ。」
と惚れ惚れとしたからでは無いと思いますが。

親が子どもに言うと、上から目線に見える。
子どもが親に言うと、感動する?

ん〜観ていない人からすると、わかんねぇよ〜
2009年5月10日 (日)  治る

きょうこママさんの書き込みで。
もう一度?何度目かな?分からなくなってきました(汗)。

「治る」という表現。
吃音が治るってなんだぁ!!!!!
と叫んでいて時期もありました。
HP【吃音の娘との歩み 5ページ 5月2日】
にも書きました。

私の次女のように喋りはじめからの吃音者と。
後から吃るようになった人と考えは違いますよね。

エヌさんがおっしゃるように
>僕は生まれた時から(話し始めた時から)どもりだったので、治るという表現はちょっと違いますよね。

最初は普通に話していたのに、途中でどもりになって、それがなくなっていったのなら「治る」だけど・・・。ちょっと頭が固くすぎますかね(^^ゞ

だから、正確に表現しようとすれば、吃音が変わるとか、吃音がなくなるだと思うんですね。いよいよ石にでもなりましたかね(^^ゞ理屈屁理屈の世界でしょうか(笑)

たくさん書いてくださった中からの抜粋ですから。
ここだけ切り取って掲載するのは心苦しいのですが。
もしよろしければ、私のHPの掲示板をお読みください。
もしくは
全言連http://www2m.biglobe.ne.jp/~genyukai/index.html
の掲示板をご参照ください。
エヌさんのお人柄に触れる事が出来ます。

そして素晴らしい表現だと唸ってしまった
きょうこママさんの書き込み

>自分にあった楽な話し方を見つける事が「治る」と思える事になるんじゃないかな

これ!感動です。
凄い!と思いました。
掲示板の行き方が判らない方?いますか?

ここのページの一番上に
《戻る》
が、ありますね。
見つかりましたか?
そこから私のHPのトップページに行きます。
その中から
〔掲示板〕をクリックしてください。
エヌさんや、きょうこママさん、そのほかの方々の素晴らしい書き込みがあります。

ここの読者の方々もお気軽に是非ご参加ください。
お待ちしております。
2009年5月8日 (金)  先駆者がいるありがたさ

申しわけありません。
書きたいことは山ほどあって。
でも体調不良で臥せっていまして。
ごめんなさい。
たくさんの方々が来てくださっているのに。

in栃木で感じたこと、たっくさん!あって。
言友会で頂いたこと一杯ありますが。
その中で素晴らしいこと、素晴らしいこと・・・
吃音者の一部は言友会がなかったら、ほとんど語らなかったかも、と。
黙って一生を終わらせたかもしれません。
討論もせず、寡黙なまま。
意見を言うことによって、叩かれることも無く。
心の中で「お山の大将」だったかもしれません。
今はネットがあって、チャット等で激論を交わせますが。
でもね、人と対面して。
声の高低とか、声の色とか、表情を見て討論すること。
PCでは得られない人とのふれあい。
例えば
「素晴らしい意見ですね。」
と言われても、表情を見れば違っていたり。
反対意見を言われた時の、わが身をふり返ってとか。

次女は幸せ者です。
先駆者がいることはありがたいです。
草分け的な方々は大変なご苦労があったことでしょう。

家で悶々としていたかもしれません。
皆様ありがとうございます。
2009年5月4日 (月)  言友会

いつも通り前置きが長いのですが。
言友会は賛否両論があります。
私達が参加している
「東京言友会・中高生のつどい」
も、一回だけで二度と来ない人もいます。
私たちのように何年も参加し続けている家族も居ます。
つまり誰でも合うわけではありません。


三年前のワークショップin高尾の時もそうでした。
そして昨日のin栃木。
昨夜、心のそこから思いました。

言友会がなかったら、今日の次女は存在していなかったろう。
もし、この世に言友会がなかったら。
次女が言友会を知らなかったら。
言友会と出会わなかったら。

今日の私たちは存在しなかったろう。
確信しました。
2009年5月2日 (土)  今年も

この時期になると思い出すのが
次女の体験談発表です。

いまから三年前だったと思います。
言友会のワークショップin高尾の二日目。
確か・・・
言友会の40周年記念だったと記憶しています。
二日目の分科会の「中高生のつどい」にて。

人前で発表する次女の姿を始めてみた私でした。
機会を与えてくださった方々に感謝した日でした。
2009年5月1日 (金)  次女と私の相異

最初にお断りしておきます。
HPのトップから
「吃音の娘との歩み」→4ページ
4月30日付け(2007年)
にも書きました。
私の考えは今も、これとほとんど変化無い状態です。
つまり。
吃音を治そうとすることは否定的ではありません。
でも
「治ったら○○しよう。」
とか
「治るまで家から出ない。」
などは、おかしいなって思うのです。

三月の「東京言友会・中高生のつどい」にて。
Sさんの発言に首を傾げました。
蛇足ですが私はSさん好きですよ〜
いつもは
「今日はたくさん吃って喋りましょう。」
「あなたは一人ぼっちではないのですよ。」
「吃りの悩みいっぱい言いましょう。」
こんな内容の事柄を冒頭におっしゃいます。
今回はそれに加えて。
「吃りは治らない・・・・・・」
という内容もおっしゃいまして。
小学生もいるのに、そんな表現をしなくてもいいんじゃないかな?
どうして今日に限ってそんなこと言うのかな?
って思いました。

でも、次女の受け止め方は違いました。
あれは親心なんですって。
世の中の親たちは「勉強しろ!」って言うでしょう?
あれは、今勉強しておいた方が将来良いと思うから親御心から言うわけで。
Sさんは吃音児たちが可愛いから、無駄な時間を費やして欲しくないんだよ。
無駄な時間や経費を使ったって上手い方向に進むとは限らないし。
むしろ吃音が軽くなる割合の方が少ない。
絶望したりするのだったら、最初から言ってあげて。
ヘンな業者に騙されたり。
口車に乗っかる前に。
だってほとんどの子が気付いているよ。
そんなこと。
体が分かっている。
親は「ひどいこと言うなぁ。」って思うかもしれないけど。
子ども達の大半は充分覚悟していると思うよ。
だからひどいこと言っていないし。
親切だと思う。

それらを聞いていて思うのは。
Sさんに対する信頼と。
それから大好きなんじゃないかな?
2009年4月28日 (火)  スタタリング・ナウを読んで

リンクOKをいただいているので。
今日は日記で再びご紹介を。

JSP会報
スタタリング・ナウ
2009.4.26 NO176号
参考までに
http://www.bekkoame.ne.jp/i/chioaki/
<お勧めのページ>にもリンクされています。

伊藤伸二さんの
「どもる君へ」
の中に、色々書かれています。
その中で心にしみるのは。
・・・
私のように、いつまでも悔いの残る学童期・思春期を、今吃る子どもに、送って欲しくない。
・・・

この素晴らしい先輩方がいて。
今の私たちの子どもがいるのだと。
私たち親が、先輩方の発するメッセージを正しく子ども達に伝えたい。

このような文章に出会うと、衿を正します。
HPを、私のHPをもっと充実したいな。
2009年4月26日 (日)  近況報告  その2

昨夜次女がたくさん語ったのですけど。
まぁ・・・色々ありましたけど。

一つだけ報告しておきます。
喋るのは大変じゃないかな?って心配しています。
環境の変化で毎回喋れなくなっていましたから。
でもご安心を。
大学では率先して喋っているって。
今までより滑らかかもって言っていました。

要因はたくさん考えられるけど。
面白かったもの一個教えちゃいます。

留学生が多いんですって。
次女の学部はたくさん居るって。
同じ専攻科内だけでも五分の一か?六分の一?が留学生。
つまり、しどろもどろの日本語が氾濫しているって。
気楽に喋れるのかな?
2009年4月24日 (金)  吃音だから伝わった

以前も書きましたが。
削除してしまったので。
もう一度書きます。

次女は昨年、大学入試の真っ最中。
AO入試だったので。
一学期からすでに入試の制作とプレゼン等と格闘していました。
難発がひどくなり、喋ることが困難になっていました。

一次審査が通り。
二次審査は夏休み中。一泊二日タップリかかりました。
三次までコマが進む頃は疲労困憊。
プレゼンテーションが全く声も出ず。
言いたいことを思うように言えなかったらしいです。

でも奇跡的に合格しました。
合格通知を見て
「倍率高かったのに、どうして通ったのかな?」
その時言っていたことは
「吃音だから想いが通じたのかな?」
「吃音だから伝えられたのかな?」

最近「青い鳥」の映画を観て。
同じことを言いました。

吃音だから伝わるんだね。
2009年4月23日 (木)  近況報告です

早朝よりお越しくださる方。
夜中コッソリ(笑)いらしてくださる方。
日中会社のPCで覗く方。
・・・・・
ありがとうございます。
次女の近況報告です。

吃音ある次女の一人暮らしの爆笑アレコレ。
バラセマセン。
だって次女もこの日記の読者だから。
叱られてしまいます。
想定外の事件多発(苦笑)ですから。

元気にやってます。
見てないから報告聞くだけですが。

とっても忙しい学部なので、サークル活動禁止ですって。
月曜日から土曜日まで朝から晩までビッチリ授業。
唯一お休みの日曜日は寝るしかないですよね。
ちなみに、専攻科のみの自己紹介ですが。
見事!やらかしたそうです。難発?
固まって、言葉が出なかったって。
「参ったぁ〜」
と言いながら、弾んだ声でしたけど。
2009年4月21日 (火)   

やまさん様の書き込みで、
書き忘れていたことを思い出しました。
思い出させてくださって、ありがとうございます。

三月の「つどい」で感じたことの一つです。
全く違った家庭に育った高校三年生。
砕いて言えば。
◇我が家は
吃音児にしてはいけないことはほとんどしてなくて。
言っちゃいけないことも言ったことがなく。
吃音はオープンで。
◇あるご家庭は
全てやってきて。
知らなかったとは言え、息子に悪いことを17年間していたなぁ。
一年前に知って止めましたけど。
それまでは今から思うと、すごいこと言ってきて。
ここじゃ言えません。どんなこと言っていたか。

大学受験は人生の到達点ではありませんが。
結果は同じに出て。
自分の進みたい道にまっしぐら。
すっごく努力して合格して。
晴れて四月から第一志望の大学の学部に通ってて。
今の所は、前向きに生きています。

でね。
何か共通点はないのかな?って。
全然違う環境で、吃音の知識も違い。
親は息子が吃音で悩んでいたのさえ知らず。
「治したい」の一言で悩みを知った。
そして合流したのが一年前。
私たち親子と共通理解が生まれたのは。
言友会のお陰です。
それまでの17年間はなんだろう。
どうしてお互いが出会った時、子ども達の生きる姿勢が同じだったのだろう。

私の錆びついた脳ではこれしか思いつきません。
「親の愛を感じられる家庭だったから」
でも正解じゃない気がしますけど。
だれか案を授けて〜
2009年4月20日 (月)  家庭内

やまさん様
書き込みありがとうございます。
チョッピリ原点に戻れた私です。
お陰様で、過ぎ去ってしまった過去を思い出しました。
我が家では当たり前で、他の家族を知ったときに感じた違和感を思い出させてくださいました。
ほとんどの家庭にローカル・ルールがあって当然なのに。
改めて知ると驚いてしまったこと。

我が子が吃って喋ることに対する、親達の反応の違いです。
私は次女が喋ってくれることが喜びでした。
長女は妹が可愛くて、話す内容を聞いていたので吃音に気付かなかったと言います。
妹がたどたどしく喋るのは幼いから?と考えていたのでしょうか。
お陰さまで、吃音があっても次女はお喋りに育ってくれました。
外では違うのでしょうが。
家では堂々と吃りながらもたくさん喋ります。

最近アクセス数が増えた私の吃音日記。
削除してしまった部分を読んでいない方。
今日改めて書いてみました。
ウチでは当然がごとく吃音はOKです。
2009年4月19日 (日)  信頼関係

以前にも書きましたが。
我が家は吃音をオープンにしてきました。
これって、多分ですが。
吃音児である次女と、家族の信頼関係があるからできるのかなって。
最近思いました。

吃音の娘との歩み「最初に読んで欲しいなぁ」の
吃音のページ4の4月16日付にも書きました。
最近の会話にもこんなことありました。


ウグイスって季節の最初の頃は、鳴きかたが下手なのです。
ご存知でしたか?
とってもつっかえるのですよ。
でね、今頃になると美声で鳴きます。
聞き惚れるくらいに。
スキーや登山をたくさん楽しんでいた我が家ですから。
登山道などで、野鳥の声を聴きました。
だからそんな話題も豊富です。
「ウグイスって吃音だよね。」
「そうそう吃るよね。」
「段々流暢になってきて。」
「今頃は綺麗なんだ。」
そんな会話も楽しめます。

これは姉妹仲が、あるいは母娘仲が良いだけではなく、
信頼関係の上に成り立っているなのかな?
小鳥達のさえずりに、改めて実感したのです。
2009年4月16日 (木)  安全地帯

先日エヌさんの情報で見たNHKの番組の中で
「安全地帯」になる。
この表現に出会いました。
合点がいくことを思い出したので書いてみます。

三月に埼玉県の「ことばの教室」のイベントに、
つどいスタッフの大学生二人(その内の一人は長女)と
次女が招待されました。
そこでのヒトコマですって。
私はその場に居なかったので、又聞きです。
これから私立の中学校に進学する六年生の女の子が挨拶するとき、先生が助け舟を出すらしいです。
私たちは心配になりますよね。
持ち上がりじゃないわけだから、
吃音だって知らない生徒がいるわけでしょ?
その荒波の中に漕ぎ出るのですから。
時間がかかっても吃っても自分の力で喋らなければ。
そう思いますよね。
でも次女の考えは全く違いました。

これからが大変なんだって、充分本人は自覚しているよ。
わかった上で、自分で私立を選んだのでしょうね。
今までかばってくれていた友人達と離れて。
ことばの教室も卒業になって。
理解したうえでの決断だと思うよ。
だから甘えるのはこれで最後だって、知っているんだよ。
ことばの教室への思いはそういうものなんだ。
だからわかった上で甘えてもOKだし。
先生も甘やかしていいと思う。
それはお互いが解っているんだから。

その語りを聞いて
「安全地帯」があるからこそ前へ進めるんだ。
親だけじゃなく、他の人も
「安全地帯」になれるんだ。
なんか・・・ありがたいね。
一人ぼっちじゃないんだって、今更また思いました。
2009年4月15日 (水)  始めてのトラブル

次女のアパートで水漏れ事件が勃発し。
対応に追われていました。
結末からお話しすると。
次女の非ではなくて。
洗濯機を設置してくださった業者の不手際だったのですが。

下の階の方に誤りに行ったり。
大家さんに説明したり。
一人暮らしを始めたばかりで大騒ぎになり。
かなりめげていた次女です。
結論に行き着くまでの紆余曲折。
水道やさんに詳細を説明する難しさ。
業者にクレームを言わなければならないし。
電話番号を何度も言わなければならない。
言い換えが効かない場面での電話!

「吃音って不便だぁ〜」
と思います。
自分が悪いわけではなかったけれど。
めげちゃいますよね。
そんなこと言っていられないから、突っ走りましたけど。
思いっきり、言い切っていました。
すごっ!

そんな中で大家さんの優しさを感じたり。
下の階の方のお人柄に感謝したり。
まぁ良い事もありましたけどね。
でね、へぇ〜って思ったこと一つありました。
私も手助けをしたのですけど。
授業中に大家さんから次女の携帯に電話があり。
次女は授業中で出られなかった。
お昼休みに電話したけど大家さんはお話中。
そこで、次女が私に電話をくれて。
「大家さんからの電話が気になるから早急に内容を聞いておいて。」
と頼まれて、電話をしました。
そのときの大家さんのお話の中で
「お嬢さんに昨夜お電話したら、腑に落ちない風におっしゃっていらして。何か気になさる事柄がありましたか?」
と・・・腑に落ちない風・・・?
吃音を電話で聞いたとき<腑に落ちない風>に聞こえたのかな?
誤解されないように
「イエイエ、娘は大家さんに感謝していました。」
とお伝えしておきました。

ふぅ〜ん。
吃音者が頑張って電話に出たときに、吃音者だって知らない人は感じ方が色々なのかな?
それとも、ただ単に腑に落ちない声だったのかな?
2009年4月11日 (土)  プロフェッショナル仕事の流儀をみて

エヌさんが教えてくださって。
再放送をみました。
「プロフェッショナル仕事の流儀」です。
親として考えさせていただきました。

それから、先日の「つどい」での出来事もかぶりました。
「つどい」の出来事ですが。
息子さんが17歳まで
「吃音児に言ってはいけないこと全て」
を知らないで全部言っていた父親と一緒でした。
私は言ったこと無い母の一人です。
「今思うとひどいこと言ってきたなぁ。」
と申し訳なく思っているそうです。
「もっと早くこれを知っていたら。」
とおっしゃっていいました。
同じ年齢の吃音児を持つ親同士が初対面だったのですが。
面白いことに大学受験に関しては、結果が同じだったのです。
とっても努力して、第一志望の大学に受かって、四月から行くのです。
辛辣な言葉を言い続けた親と、全く違う親とを持つ子どもが同じ結果を出したのです。
大学受験が人生の到達点ではありませんが。
今の所、自分の目標に向かって前進しているのですね。
面白いなぁと思いませんか?

でね。
今回テレビを見て、こんな風に考えました。
親の愛を感じられれば、頑張れるのかな?
辛辣な言葉の裏に隠れた親の愛を受け止めることができるのなら。
あるいは、愛がこもっている態度が親にあるのならば。
「安全地帯」を感じることが出来るのかな?
2009年4月9日 (木)  吃音を自覚した時

先日も書きましたが。
吃音について語る機会がありました。
いつも語り合っているから。
改めて聞くことも無いかな?と思いましたが。
ちょっと思いついて、聞いてみました。

「いつ頃自分のこと吃音だって気付いたのかな?」
「きっと小学校の一年生ころかなぁ。」
ことばの教室に通いませんかってお手紙を貰った頃かな?
と思いましたが、違うのですって。
「どうしてそんな喋り方なの?」
と友人達から聞かれるから。
それも、不思議だとか何故なんだろうとかじゃなく、もっとキツイ言い方。
それって、からかったりされるから?


ウチは長女も次女も私もお喋りです。
我先にと喋りたい。
仕事から帰って来るのが、あるいは学校から帰宅してくるのが楽しみでした。
今日の出来事を聞かせてくれるのが嬉しかった。
長女も
「妹の話の内容を聞いていたので吃音に気付かなかった。」
と言います。
吃ることでイライラしたり、
吃音を言い直しさせたり、
そんなことしたことがありませんでした。
親が言い直しをさせることで
「私の喋り方は変なのかなぁ?」
と考えることもあるでしょう。
でも家で兄弟や親からプレッシャーを掛けられなくても。
外で充分知ることとなる。
家では吃音は「嫌なもの」と感じなくても。
外では思い知らされる。

こんなこと思い巡らしました。
2009年4月7日 (火)  昨日の次女とのメールやり取り

きっかけは映画「青い鳥」の感想文。
読んでくださった方(吃音者)は次女に近い感想でした。
次女に簡単にその旨伝えました。
その後の携帯メールです。
絵文字や顔文字が使えないので、伝わりにくいかもしれません。
でもご披露します。

◆私
なかないよ。
Y(次女)には吃音の見方がたくさんいるけど
私にはいないけど
泣かないよ

●次女
お姉ちゃんがいるじゃない

◆私
だって
K(長女)は私には冷たい
お母さんの考えは浅い!みたいな

●次女
そうなのか
お母さんの意見は吃音者でも負けずに頑張ろうって考えじゃなくて純粋な親の愛でしょう
吃音者は強がりなだけさ

◆母
なんかさあ・・・
泣けてきた・・・
Yが大人で・・・
家 一人ボッチだから
泣く
Yカワイイ

●次女
ああ
泣かないで
私は大人なんかじゃないよ

◆私
なんかさあ
Kもサ 
私が思いも付かないこと言うけどサ
Yは別物なんだ
私達が気が付かない頭脳を持っているみたいなんだよ。
わからんけど
Yが言う言葉に重みがあるのはサ
青い鳥の先生に共通すると思う
吃音だからこそ
説得力が増すんだ

●次女
別物かあ
吃音頭脳かもしれない
やっぱりさぁ吃音者のいうことは重みがあるよね
だから受験合格できたのかも
吃音者だから

◆私
そうかあ
親は感激ばかりしていない
置いていかれちゃう
でもさあ
当たり前なんだよね
Yの方が経験値 多いんだからさ

●次女
そんなことないぞ
置いていかれない
まあ吃音に対しての経験はね

◆私
だからさ
吃音の経験を通して
全ての経験値が多いんだよ
全てにつながっているんだよ

●次女
吃音を通していきる意味を考えるって感じだね

◆私
そうかあ
広大だなあ
哲学者になれるかも
私にはない ひらめきがあって

●次女
哲学者は難しそう
なんか吃音で得たものって意外に多いね

◆私
んだよ
99%の人々に無い特権
それを Yみたいに考えられる人
どれくらいの確率なんだろう

●次女
多分相当少ない
吃音を認めていない人は吃音から何も学べないからそういう人は吃音嫌いだと思う!

◆私
これさあ
すごくない?
吃音日記に書いていい?

●次女
書いていいよ

◆私
ありがとう
後でアップします

●次女
うん
あとで見ます

◆私
んじゃ
洗濯物たたんできます

●次女
行ってらっしゃい
2009年4月6日 (月)  エヌさんからの耳より情報です

エヌです。プロフェッショナル仕事の流儀ですが、今晩、深夜0時45分から再放送があるようです。
2009年4月6日 (月)  次女も読者になりました

やっとネットが開通して。
アパートで時間が許すかぎり次女も日記を読んでくれるそうです。
嬉しい反面、ダメダシ怖いですね。
見解の相違でもめる事、多々ありましたらね。
それから今まで、書き込みやメールがあると。
内容によって次女に相談していました。
これからは、ネットと携帯で繋がっています。

さて、せっかくだから先日の次女の熱弁の一部分です。
【カミングアウト】
についての、次女の考えです。

「私は吃音者です。」
と友人にカミングアウトする時の自分の考え。
心から信頼できるとか、言わないと困る場面とか。
背景は毎回違うけど。
言われた方の心の負担も考えるそうです。
心から信頼できる人でも言わないのは、重く受け止め過ぎると友人に申し訳ないから。
言われた時、その人の受け止めた心を考えると言わない。
負担になってしまう。
こんなこと言ってたよね。
微妙に違うかな?
2009年4月3日 (金)  青い鳥

念願かなって、観ましたよ〜
【青い鳥】ですよ〜

長女・次女・私の三人です。
感想はバラバラで、感激も増しました。
凄いですよね。
吃音者と非吃音者の意見が違う。
しかも、非吃音者の二人の意見も違う。
早く言うと、三人が違う。
感激でしょ?

掲載許可を頂いたので。
映画館のご紹介です。
ま。この日記に直接関係ないですけど。
素敵な映画館だったから。
暖かい映画館です。
http://fukayacinema.jp/ 深谷シネマ
家からかなり遠いですけど、行くだけの価値ありました。
映画も映画館も。

もう一つ感激を分けちゃえ。
次女が電話して上映時間を自分で聞いたこと。
電話で!
しかも、一緒に観てくれたこと。
キャットストリートとか
「非吃音者が演技で吃ってもむなしいだけ。」
などど悪態ついて観なかったのに。
自分で電話かけて、行ったこと。

勇気を出して聞いたら、映画館の方に
「お待ちしていますね。」
と言われ、舞い上がっていました。
映画館の方は勇気を出して、電話かけたことなんて知らないだろうに。
ありがとう。
2009年4月2日 (木)  何を言っても可愛い娘達です

昨日は訳あって、
次女のアパートで、
吃音について、
娘達と語り合いました。
いつも唐突に始まる、
吃音の話を、
唐突じゃなく、
話したってことです。
内容は、いつも話していること。
あらためて始めて聞いた事柄はないけど。

姉や母以外に人がいても、
あれだけ語れるのですね。
それに、スラスラと流暢に言葉が出た。

「どんなの吃って喋っても良いよ。」
って気持ちいいのかな?
2009年3月30日 (月)  日記がいっぱいになりました

下段にファイルを設けましたので、過去のものは移動しました。
よろしくお願いします。

さて、あっち行ったりこっち来たりの私の心。
最近お会いして、マタマタ影響を受けた方がおりまして。
影響を受けてからの私の心のお話です。
まだ了解を得ていないので、名前は伏せておきます。

親が出来ることってな〜んにも・な〜んにも無いんじゃないか?
って思い始めてて。
でも、彼は
「吃音の子ども達に元気になって欲しい。」
とおっしゃいました。

ふう〜ん、なるほど。
そかぁ〜へえ〜
さすが吃音者!
と、お話してて思いまして。
もしかして、親が出来ることって、元気になることかな?
吃音児が悲しくって、泣いているとしたら。
親が出来ることって、自分自身が元気で居ること?
子どもに元気を与えるんじゃなくて。
親が元気で居ること?

はぁ〜情けない今の私の到達点。
こんなもんです。
現在の私の結論です。