『憧憬』  (2010年第七回例大祭出展作品)

 

 湖畔のそばに佇む一つの大きな屋敷。紅霧異変から、紅魔館は当時の蠢くような雰囲気は消え失せて、幾分かは訪問しやすくはなっている。というのはここ幾度も入り浸っている白黒の魔女による話であるが。

 最近は、その魔女はもう一人の魔女。私から見れば人形師に見えなくもない。彼女を引き連れてパチュリー様の部屋へ入って行く姿をよく見かける。

 その人形師もとい、人形遣い―――アリスとはあまり話すことはないけれど、彼女の表情を見ていると目まぐるしいほどに変わっていて、私以上に人間らしい妖怪というのはなんだろうと苦笑いしてしまう。

 そうやって三人で大人しく遊んでいれば何も文句はないのだけれど、そうならないのは白黒が一つの原因であるのは間違いないし、もう一つは同族嫌悪なのかそれとも喧嘩するほど仲が良いのか。

 魔理沙が来るたびに紅魔館の壁かガラスは壊れるし、しばしばその魔理沙をめぐってアリスとパチュリー様がスペルカードで戦い始めて騒がしいし、埃が舞うわで。少なくとも私にはプラスの要素がない。

 仕事をすること―――私はそれを勤労というより、私の生活の一部として当たり前のものとして在るのだけれど、その規則性(リズム)を崩されるということはそれに対してまた調整をしなくてはならなくなる。

 「……まったく、これじゃあゆっくり紅茶を飲む時間もないじゃない。」

 自然と溜息も多くなる。人はこうやって疲れとともに老けていくのかと思うと、嫌悪感が湧いてくる。

 

 ある日の昼下がり。紅茶とスコーンをトレーに乗せ、パチュリー様の部屋に入ると既に白黒がいた。今日は人形遣いはいないようだ。

 「カップが1つ足りないぜ?」

 「今日は珍しく埃が舞ってないわね。パチュリー様のお体のためにもいつもこうやってもらえればまだ助かるんだけど。」

 そう言って彼女の帽子を取る。「おっ」という声を上げて、帽子を抱きしめるように持つ。大雑把なイメージの彼女だけれど、こんな姿も様になっているのを本人は気づいていないようだ。パチュリー様がぼーっと見つめている。

 「今日は珍しく門番が起きていて、それで引き止められてな。だから、いつもはノンストップでこの部屋に華麗に参上するんだけど、こっちに来いって言うから軌道修正ミスって箒で吹き飛ばしちゃったぜ。」

 座りながら右足を左膝に置いて行儀の悪い姿勢で彼女は笑う。

 「珍しく門番も役に立つ時があるのね。余計な仕事が増えなくて助かるわ。」

 特に壊れた壁の修復がとても手を煩わせる。

 「で、私の紅茶は?」

 「ないわよ。」

 そんな私たちのやりとりにうまく入り込めなかったパチュリー様がここでおずおずと

 「ま、魔理沙、私の分でよければ飲む?」

 「おっ、いいのか?それなら遠慮なく頂くぜ。」

 そうして、私は冷ややかな目で二人を見つめる。

 「そ、その、これはね、咲夜……。」

 私はパチュリー様には笑顔を向けて、「みなまで言わなくてもわかっていますから」と、声を掛ける。少しあたふたしていたけれども、それを制して魔理沙へと向ける。

 「パチュリー様が飲みたがっているじゃないですか。だから、全部飲み干さないで一緒に飲めばいいじゃないですか。」

 「ぶっ!?」

 「あーそれは悪かった。」

 「冗談ですよ。」

 思わず変な声を上げて顔を真っ赤にしていたパチュリー様だったけれど、それに対して魔理沙は特に気にかけていないようだった。

 「冗談はおいといてあなた、私だけでなくて他のメイド達の仕事の邪魔をしているの気がつかなくて?」

 「お、そうだったのか。悪い悪い。」

 屈託なく笑っている顔だったけれど、この時の私は彼女が普段から純粋にこういう笑顔をしているのだということに気づく余裕がなかった。つまり、悪びれている様子もないように捉えていた。今考えるととても恥ずかしい。

 「次なにかやらかしたら、紅魔館への立ち入り禁止。少なくとも、この部屋には入れないようにしますからね。」

 「ちぇっ」

 「何か言った?」

 「い、いや。なんでもないぜ?」

 魔理沙は慌てて首を振ったけれど、それ以上に慌てているのはパチュリー様の方かもしれない。彼女が魔理沙への好意を持っているのは紅魔館の面々からしてみれば明らかにわかるし、アリスに取られてしまうのも嫌であろう。

 「それと、ちゃんと玄関から入ってくること。それならちゃんと客として扱ってあげるから。」

 「なるほど。そうすれば、紅茶もお菓子も食べ放題、飲み放題ってわけだな!」

 ひとまず頭にチョップをお見舞いして、部屋をあとにした。

 

 仕事が一段落つき、ワインを飲んでいた。ここのところ溜まった疲れのせいか、ワイングラス2杯程度で眠気が襲ってきた。早めに眠るのは疲れを取るためにも必要だな、そう思い、パジャマに着替えることにした。

 「そうだ、明日はお花の手入れをしないと。」

 花畑はあるけれど、館の傍らの小さなスペースに私の個人的な趣味で花を植えている。花だけでなくて、野菜の種も植えたから家庭菜園と言ってもいいのかもしれない。

 部屋の灯りを消して、すぐにまどろみの中へ落ちていった。

 

 次の日の午後、館の扉から30mほど離れた場所―――そこに私の小さな花を植えている花壇があるのだけれど―――その花壇に横に並ぶ花々の一部が、肥料で肥沃になった土とともに縦に抉られていた。

 思わず言葉にならないような声が出てしまい、そして嫌な予感が頭をよぎった。それとともに心臓と首筋の脈が気味の悪いほどにゆっくり大きく、頭へと血を上らせていく。

 視線を横にずらしていくと、門番と白黒が気まずそうにお互いに視線を合わせていて俯くように立っていた。

 「そ、そのこれはですね……咲夜さん。魔理沙さんが館に侵入しようとしてきてそれを阻止しようとして……」

 「こいつが、攻撃してくるのをガードしたら吹き飛ばされていてな―――ッ!?」

 ドス黒い感情が体を否応なく動かしていた。気がつくと私は彼女の腹を思い切り蹴飛ばして壁に叩きつけていた。

 「咲夜さん!何やってるんですか!?」

 美鈴が腕にすがりついてきたようだったけれども、それを強引に振りほどいた。

 ごほごほと息苦しそうにしている。私がにじり寄ってくるのを察知したのか、箒に乗って距離を取る。

 「咲夜、すまなかった!」

 ナイフを一本投げ込む。距離を取っていたこともあって、すぐに避けられる。

 「っ!危ないところだったぜ……。」

 普段ならば私は落ち着いていて、こんなナイフの一擲であれば牽制にすぎないのであるが、頭に血が上ったままでいて、またそんな自分にも苛立ちを隠せていなかった。避けられたことにも舌打ちを打つ。

 それからは何かが弾けたようにナイフを投げていた。だが、好戦的である彼女は今日はどこか戸惑っていて、迫ってくるナイフを避けるか、星を放って相殺していた。

 私の苛立ちは収まるどころかむしろ増幅するだけだった。

 ナイフを投げるのを一旦止めた。魔理沙もその場で止まる。お互い呼吸も乱れていて肩が上下にゆれる。

 間髪をいれず、時を止める。

 「!?」

 彼女が気づいたころには、既に私がナイフで彼女の服を刺して壁にはりつけていた。美鈴が止めに入ろうとしたが、気絶させて邪魔がはいらないようにした。

 「なぁどうして、こんなことを?」

 驚いた表情をしていたが、すぐに冷静であった。

 「こっちの台詞よ。せっかく育てていた花を荒らされて。」

 「それはすまないってさっきから―――」

 「それだけじゃないわよ!」

 もともと私たち以外には周りに誰もいないけれど、一気にあたりの空気が静まり返った。風が吹き抜け、さらに空虚さが増していく。

 「館の窓を割ったり汚していったり、私の仕事を増やしていく挙句、今日はこんなことを!」

 顔を近づけ、ナイフを彼女の首筋にあてる。彼女は目を閉じ、生唾をごくりと飲む。首筋には冷や汗が流れていた。

 私の頭の中はぐるぐると回っていて、今言った事はなんだったのか、ちゃんとしたことを言っていたのか、思考さえも支離滅裂になってわけがわからなくなってくる。

 「ねぇ!どれだけ私が……!」

 何を言おうとしたのか自分でもわからなかった。そのままうなだれた。

 「ごめんなさい」

 そう言って、私は彼女の服に刺さったナイフを外す。

 「危なかった……」

 と小さな声でつぶやき息をついて、冷や汗をぬぐった。でもすぐに、彼女は笑って、

 「まぁ人それぞれあるべくして、在るんじゃないか?」

 私は問いかけには肯きも首を振りもしなかった。それでも彼女は続けた。

 「あんたはあんたのところのお嬢さん(レミリア)のそばにいるんだから、数奇な運命でもそれを受け入れるしかない。」

 紅魔館で働くこと、何より、レミリア様に仕えること。初心を軽んじることは駄目にしてしまう。

 私は最近の出来事に対応しきれていなかった。そう思っていたが、久しぶりにみた一人の人間に嫉ましさを覚えていたのかもしれない。

 「あなたのその服、繕うから。」

 私の表情を見て安心したのか、さっきとは違った笑みを見せてうなずいた。

 

 魔理沙を私の部屋へ招きいれた。手当てをしてから、暖炉に薪をくべて部屋を暖かくする。魔理沙に服を脱いでもらって、その代わり毛布に包まってもらった。

 「なぁ」

 「なに?」

 彼女は帽子を取り、少し気まずそうな表情をしていた。

 「前に言ってた、何かやらかしたら紅魔館入れないっていうの。」

 「あぁ、そうねぇ……どうしようかしら。」

 含みを持たせたような顔をすると、魔理沙は困ったような表情をしていた。

 「別にこれから来てもいいわよ。その代わり何も壊さないでよ?」

 魔理沙の頭を軽くたたき、私は修繕の作業へと戻った。私がしてしまったことなので心が痛くなる。

 それから幾分か時間が経ち、

 「できた。魔理沙――」

 振り向くと彼女は気持ちよさそうに横になって眠っていた。

 「まぁそうよね。」

 言いながら、私は彼女の服を机の上に置いて、彼女が包まっている毛布の中へ潜りこんだ。

 「たまには、少しはお仕事をサボってもいいわよね。」

 そのまま私は彼女の匂いを気持ちよく感じながら、小一時間ほど眠りへまどろんでいった。

 

 

 


 

 

 

〜おまけ〜

 動かない大図書館こと、パチュリー・ノーレッジは本を静かに読んでいたが、この日は外で大きい物音がしたのが聞き取れた。

 「うるさいわね……美鈴が騒いでるのかしら。」

 最初はそう思い、構わずページを進めたのであるが、いつも決まった時間にお茶を持って来る咲夜がなかなかやってこない。

 ということで、さっきの大きな物音も気になり、咲夜のいる部屋へと珍しく足を動かした。

 「咲夜ーどうしたのー?って―――!?」

 部屋を見ると、前はあんなに仲の悪そうだった魔理沙と咲夜が一緒の毛布に包まって眠っている。しかも魔理沙は服を脱いで下着姿である。

 起こそうかと思ったが意気消沈してしまい、火事が起きないよう暖炉の火を弱めて部屋の外へ出て行った。

 

 それから数日、魔理沙はパチュリーとその話を聞いたアリスの誤解を解くのに必死だったとか。