「タイミング」

 

 

 ハー、と吐く息が白くなるほど寒くなった中、お姉さまたちの卒業式も近くなってきた冬の日。

 瞳子とロザリオの授受をおこなってから、瞳子と過ごす時間を大事にするのはもちろん、祐巳は姉である

祥子と、卒業するまでの時間を惜しむように、学校の昼休みでは瞳子も交えて三人一緒に昼食をとったりしていた。

 そんな中、瞳子はとても複雑な心境を抱いていた。ロザリオの授受をおこなって、それから祐巳とは

『三年生を送る会』の仕事を通して忙しいながらも、コミュニケーションを取っているのだが、何かいまひとつ

足りない状態だった。

 そんな足りない状態に加え、時間をみつけてお姉さまである祐巳に声をかけようと思っていた瞳子だが

、タイミング悪く他の仕事が入ったり、祐巳の方にも他の人から声がかかってきて話す機会が掴めなくて

もどかしい気分を味わっていた。

 そして、昼食は一緒に食べようということにしているのだが…

 「祐巳」

 「はい、なんですか、お姉さま?」

 と、祥子が祐巳に話しかけて見つめあった状態で話しているものであるから、祐巳の隣にいる瞳子であっても

祐巳との間に距離が大きくできてしまったように感じてしまい、寂しさを感じた。

 「…で瞳子、祐巳とはどうなの?」

 「え?」

 どうやら少し考え事をしていたうちに祥子から声をかけられていたらしい。

 「もう、祐巳じゃないんだからそんな声をあげないの。」

 「瞳子、不覚でしたわ。」

 そう瞳子がいうと、少し恥ずかしそうな表情を浮かべながら祐巳が苦笑いした。

 「で、二人とも仲良くやってる?」

 逸れかけた話題を軌道修正し、祥子が向けている視線は瞳子へと向けられていたので、瞳子が答えた。

 「えぇ、一応は。」

 「一応は?」

 瞳子の答えをそのまま聞き返すと、瞳子はちょっと拗ねたような表情で、

 「山百合会のお仕事もありまして、なかなか話す時間もなくて…。」

 なるほどね。と祥子はうなずいた。

 瞳子と祥子の間に挟まれた状態で座っている祐巳も、そういえば最近あえていなかったな。と省みた。

 

 

 だがしかし、次の日の昼休み。

 (昨日の話の流れから言っても、紅薔薇さまはわたくしとお姉さまと二人の時間を作ってくれるのかと思ったのだけれど…)

 瞳子が密かに期待していたのとは裏腹に、昨日と同じような場所でしかも三人とも同じポジションで昼食を取っていた。

 親族であるが、下級生だから差し出がましいことはさすがの瞳子でも言えないため、何も言えなかったが、

昨日の状況からお姉さまはどうして二人でいる時間をつくってくれないのか、すこしムスっとした。

 そんな瞳子の様子を知ってか知らずか、当の祐巳は祥子との会話を楽しんでいるようだった。そして、

祐巳越しに見る祥子の表情は少し瞳子にいじわるをしているみたいで妬けてきた。

 忙しいスケジュールのせいもあり、瞳子は見抜けなかったのであるが、もうこの時点で祥子のちょっとした

策略に乗せられてしまっていた。

 それから、三人での昼休みを過ごした後は午後の授業を受けて、祐巳と瞳子は山百合会の仕事に没頭

していきその日は過ぎていった。ただ、途中でお話をしたり目が合った時に見せてくれるお姉さまの笑顔に

瞳子の心の中がホッと落ち着いたのは間違いなかった。

 

 

 

 「さ、祥子お姉さま…今の時期はお忙しくなくて?」

 「いいえ、やることもやったし、大丈夫よ。」

 一見、笑顔でにこやかに為されている会話であるが、特に瞳子からすれば少しギスギスした空気に

なっているのであろう。祐巳もそれに気づかない訳でもなく

 「え、えっと…。」

 困ったように、祥子と瞳子に目を向けるのであった。

 「祐巳、瞳子から話があるみたいだから、私は席を外すわね。」

 「あ、はい…わかりました。」

 祥子が微笑んだまま去って行くので、祐巳は相変わらず頭上にはてなマークを浮かべたまま

瞳子のほうへ姿勢を正した。

 「えーっと…」

 祐巳が困ったように聞くと少しムスっとしたような表情を瞳子が返した。これでは、黄薔薇姉妹のような図式である。

 「…最近お姉さまと二人で話せる時間がなくて。」

 「うん。そうだね。」

 瞳子がいじけたような表情に変わり、それをなだめるようで困った、それでいて優しげな表情で祐巳が答えた。

 「で、それでお姉さまは何故紅薔薇さまとばっかり話しているんですか。」

 この言葉で祐巳はハッと気づき、すぐさま謝罪の言葉を述べた。

 「ごめんね。」

 手を合わせて謝る祐巳に対して、妹ながら強く言っちゃったかなと思った瞳子は

「大丈夫ですので、顔あげてください」と言うと、そっぽを向き、

 「春休みはわたくし、暇なんですけど」

 「え?」

 いきなりの瞳子の言葉に、何も浮かばなかったのかというのが表情からよくわかり、もう一度言うのかと思い、

瞳子は顔を赤くさせて

 「ですから…もう、お姉さまたら。」

 「あ…あぁっ!瞳子、ゴメンね。」

 「気づくのが遅いですっ」

 瞳子は照れているのが隠し切れず顔がだいぶ赤くしていて、祐巳は謝っていたが、顔を赤くしている

瞳子を見て、あぁだから祥子さまはこういう状況を作ったんだと納得した。

 「じゃあ、春休みはいーっぱい楽しもうね。」

 と言って、瞳子の手を取り、ぶんぶんと振り回すのであった。その瞳子も振り回されるがままにされ、

さっきまでの怒っていたような表情から口元を緩ませて、「はい」と少し気づくのが遅い姉に苦笑いをしつつも、

先の春休みに期待をふくらませるのであった。