「お嬢様には黒い珈琲よりも赤い紅茶を」

  

  

 「お嬢様、申し訳ございません。紅茶が切れてしまって……。」

 「あら、珍しいわね。」

 食事から少し時間を置き、人間であればまどろみに身を任せて昼寝もいいだろうという頃合い。
せっかく微かに吹いている風が気持ちいいものだから、紅魔館の主人は紅茶を飲みながら過ごそうと思っていた。

 「むぅ……」

 思わず唸るような言葉が出てきてしまった。それに対し咲夜の表情は申し訳なさそうにしている。

 「それなら、咲夜の血でも戴こうかしら。」

 彼女としては冗談として言ったつもりだったのであったが―――

 するするとリボンを解き、シャツの第一ボタンを外そうとしていた。

 「ちょ、ちょっと咲夜!冗談よ。」

 レミリアが焦った表情で止めようとしたところで、咲夜は手を止め、ニコリと表情を緩めた。

 「冗談ですわよ、お嬢様。」

 ぽすっと脱力したように椅子に座るのを片目に、咲夜は外したリボンを再び着ける。
その表情はなんだか楽しそうだ。

 「少し冗談がきついわよ咲夜。」

 「あら、冗談を先におっしゃったのはお嬢様じゃないですか。」

 右手を頬に置きながら、微笑む。今度は唸るような言葉すら出ない。

 年齢にしたら三桁も歳の差があるのに、外見と口で言い任せる力では全く追いつく気配がない。
彼女はこうやって冗談を仕向けるたびに、逆に手篭めにされてしまう。だからひとまずは、話題を戻すことにした。

 「飲み物は他に何かないの?」

 「コーヒーとミルクぐらいしかありませんが……。」

 両方とも飲むのには抵抗があった。コーヒーは苦くて、よく咲夜は飲めるものだと思ったし、
ミルクは生臭いのにそんなものを美鈴が風呂上りに豪快に飲み干していたのには圧巻してしまった。
ただ、美鈴はそれを素っ裸の状態で足を開いて更に手を腰にあてて、それをフランの目の前でやるのだから、
フランへの教育上よろしくないのでそろそろ美鈴にも咲夜から指導をしてもらわなくては。

 そんなことはさておき、レミリアは先ほど咲夜に手篭めにされたことに対抗してか、大人らしくという考えでコーヒーに手をつけることにした。

 「はい、お嬢様。お砂糖とミルクはいかがなさいますか?」

 コトリと、カップが載ったソーサーをテーブルに置く。

 「いいわ。」

 かっこつけて言ってみたレミリアだが、咲夜は心配そうに「大丈夫ですか?」と聞いてきたがそれにも
断固としてブラックのまま飲む意思を捻じ曲げなかった。

 そして、カップに口をつけてみたのだが―――

 「うーにがい…」

 舌を出し、涙目のままカップをソーサーの上に置いた。

 咲夜はそれを見て微笑んでおり、砂糖を勧めた。

 「そうね、甘いほうが飲みやすいし、じゃあ角砂糖2つほど戴こうかしら。」

 角砂糖を入れ、そして掻き混ぜても相変わらず黒いままだったが、レミリアは大丈夫だろうと再びカップに口をつける。

 「甘くはなったけど、全然苦味が………。えぇい、こうなったら角砂糖6つよ!」

 咲夜が苦笑いをする中、しっかりと砂糖が溶けきるように入念にかき混ぜる。

 結果はマシになるどころか、甘すぎて変な味になっていた。

 「お嬢様」

 レミリアが咲夜へと振り向くと満面の笑顔を浮かべていた。この表情は、
何年も雇っているからこそ、表情と心情の違いが痛いほどにわかる。

 「コーヒーの豆もあまり残りがないので、そちらを捨てることはなさらないようにしてくださいね?」

 「……はい。」

 これでは主人としての威厳がまったくない。

 「あとは、ミルクを入れるしかないですね。」

 「でもミルクは生臭いし……」

 「あら、お嬢様。そのまま飲むとそう感じるかもしれませんが、コーヒーや紅茶に入れるとまろやかになるんですよ。」

 レミリアは訝しんだが咲夜の言葉を信じ、ミルクを入れることにした。

 掻き混ぜながらミルクを入れると、黒いコーヒーは次第に茶色になり、白みが見えるところまで入れた。

 「これぐらいなら、お嬢様も飲めますよ。」

 「……そう。」

 なんだか、負けた気がしたが既に負けているのであまり気にしないことにした。

 ギュっと目を瞑りながら飲んでみると

 「……おいしい。」

 角砂糖を計8つも入れてしまったため甘すぎたが、それでもミルクが苦味を抑えてくれて
レミリアでも十分に飲めるほどだった。

 「これなら、もう一杯欲しいわね。」

 「あらあら」

 今度は角砂糖3つで、コーヒーとミルクの割合がおよそ3:5という明●乳業のミルクコーヒー
顔負けのミルクコーヒーで飲み干した。

 「これなら、たまに飲むのもいいかもしれないわね。」

 「じゃあ紅茶が切れたときに、そちらをご用意しますね。」

 

 

 このようにして、あるひとときを微笑ましく終えたと思ったのだが、その数時間後。

 「眠れないー!」

 眠りにつこうと思ってベッドに潜り込んだレミリアであったが、そんなにコーヒーを飲んで
いなかった(コーヒーの割合が少なかった)のに、カフェインのせいで寝られずにいつもの起床時刻を
迎えてしまったのである。しばらく、いや数十年はコーヒーはいらないと彼女は心に誓うのだった。