※ねつ造の二次創作です。公式とは関係ありません



「王子と従者の笑顔泥棒大作戦」
作:芳乃


●第二話●
 ウィルの笑顔を獲得する為、まず先陣を切ったのはハキムだった。
 早朝、まだ空が薄暗いうちにウィルの部屋に飛び込んだハキムは、足音も荒くベッドへと歩み寄った。
 生憎とウィルはまだ就寝中であったが、そんな事は関係無い。ハキムの頭の中は練り上げた計画を完璧に遂行する事のみに囚われていた。
 ずいぶんと騒がしい登場にも係わらず、ウィルは一向に目覚めなかった。規則正しい寝息を立ててぐっすり眠っている。
 奇妙な天候のせいで昨晩はとても寝苦しかった。通常ならば砂漠の夜は冷えるものだが、「神様の気紛れ」期間だけは夜になっても不快な蒸し暑さが残る。
 国民でさえ辟易する湿度だ、外の国からやってきてまだ日が浅いウィルには堪らなく不快であっただろう。きっとなかなか寝付けなかったに違いない。そう考えると、せっかく気持ち良さそうに眠っているのを起こしてしまうのは可哀想な気もしたが、賭けの勝敗が掛かっているだけにここで躊躇しているわけにはいかなかった。
 寝顔を見下ろす。いつもツンツンして可愛げがないウィルだが、寝顔はとても可愛らしい。金色に輝く髪の色、白い肌。ナイトテーブルの淡い照明に照らし出されたその顔は西洋の陶器てできた人形のようだった。
 このままずっと寝顔に見惚れていたい誘惑に駆られたが、欲求を無理やり心の隅に追いやる。何しろ時間が勝負だ。
「ウィル、出掛けるぞ。このショールをかぶれ」
 ハキムはウィルの顔に、日焼け防止兼砂対策用のショールを投げ掛けた。
 乱暴な仕草で放りだされたそれは、実はウィルが聞けば萎縮するほど高額な織物であったが、その事実をわざわざ告げるほど無粋ではない。それに、王子であるハキムにしてみれば高級品は単なる日常品に過ぎなかった。
 高価な物は素材が良く使い心地が優れている。無論ハキムは美しい物が好きだ。一国の王子という雅な環境で育てられてきたのだから、無意識のうちに目が肥えているし、幼い頃から最高級品に慣れ親しんでいる。だが、価格でしか物の価値を測れない連中をハキムは心底愚かしくていやしいとう。あくまで機能性が気に入っているから愛用しているのだ。
 ただ、今回ばかりはウィルに似合いそうな色のショールを用意してきた。白色で、さりげなく隅に金色の刺繍が成されている。ウィルの好みに合わせ、あまり仰々しくないシンプルなショールだった。点数稼ぎというより、少しでも良いからウィルを喜ばせたい気持ちがあった。
「ウィル。起きろ」
 ウィルが不機嫌な声を上げた。もそもそと動き、
「……何なんですか、朝から」
 顔から滑り落ちたショールを拾い上げて眉を潜める。
 口にしないだけで「迷惑だ」と眉間の皺がはっきりと不満を訴え掛けていたが、こういった可愛げのない反応には慣れている。ハキムは一向に気に留めなかった。
 ハキムはウィルの腕を取り、無理やり半身を起こした。
「オアシスに行くぞ、ウィル」
「オアシス……? こんなに朝早くから……?」
 掠れ声で問われ、ハキムは頷く。
「朝のオアシスは夜露が朝陽に反射して綺麗なんだ。その光景はこの時期じゃなきゃ見られない」
「朝露……ですか……」
 起きたばかりで意識が朦朧としているのか、ウィルの反応はいまいちだ。緩慢な仕草で、乱れた髪を撫でている。放っておけば、今にも瞼を閉じて眠ってしまいそうだった。
「ぐすぐずするな、ウィル。出発だ!」
 寝かせてなるものか、とウィルの手を引っ張ってベッドから引き摺り出したハキムは、それこそ彼を引き摺るようにして部屋を後にした。


 まだ薄暗い砂漠に人の気配ははない。
 空には薄く月が浮かんでいた。
 静かだった。聞こえるのは、緩く吹く風に舞い上がる砂が立てる微かな音だけ。
 静寂を破ったのは力強い馬のいななきだった。
 強靭な四本の足で大地を蹴り、砂塵を巻き上げながら、艶やかな毛質の黒馬は疾走する。
 その背に跨ってるのはハキムとウィルだ。
 ハキムは馬と自分の間にウィルを挟んで落馬しないよう気遣いつつ、巧みな手綱さばきで更に速度を上げた。賢い馬はすぐに主の要望を理解してみせた。応えるように再びいななくと、一気に加速する。
 景色がどんどん流れていく。疾走感が何とも言えず心地よくハキムは口角を上げた。ウィルが身を竦めるのを感じたが、こうして共に乗馬をするのはこれが初めてではない。
「そんなに怖がるな。俺がしっかり押さえているから大丈夫だ」
「で、でもこんなすごいスピード……、う――っ」
 ウィルが小さく呻き、口許を押さえる。
 痛そうにしかめた顔を斜め上から見下ろし、ハキムは太い笑みを浮かべた。
「舌を噛んだのか? おまえは乗馬慣れしてないからな……無理に喋ろうとしなくていい。黙ってしがみついていろ」
 砂漠の民――特に男達は総じて馬の扱いに慣れている。馬はこの国で生活していく上で欠かせない、生活と密着した大切な存在だ。それが当然として物心着いた頃から馬を操っていたきたハキムには、馬の揺れで舌を噛むというウィルの他愛なさが可愛らしく思えてならなかった。
 守ってやりたくなる。庇護欲を無性に刺激される。ウィルの反応がいちいち新鮮で、何故だか高揚する。意味も無く叫び出したいくらいだ。
 華奢で小さな体も何やら愛しくて、背後から抱きかかえる手に力を込めていた。
「……痛いよ、ハキム……」
 口を押さえたままモゴモゴ言うウィルが可笑しくて、ハキムは声を立てて笑った。


ー続くー 
 

第一話へ