「まーさむね!!」

 そう言って満面の笑みを浮かべ、は障子戸を開く。

 しかし、その先に待ち構えていた光景を見て、は即座に笑みを消した。

 

 

 Honey × Honey

 

 

 「…………」

 絶句。

 とりあえずそんな言葉がの脳裏を過ぎる。

 

 が訪れたのはこの米沢城城主である政宗の執務室として使われている部屋。

 城主としての仕事をする時、いつも政宗は広々とした私室とは別に作られたこの手狭な部屋を使用しているのだが、今現在その部屋はなんというか、『すごい状態』になっていた。

 政宗の執務室は部屋を埋め尽くすが如く、何事かを書き付けた巻物や書面が無数に置かれ山を成しており、同様に山盛りになった何かの資料と思われる書籍があちこ ち乱雑に置かれている。まさに足の踏み場も無いという状態だ。

 まるで漫画の中の世界だとは思ってしまう。それほどまでにすごい光景が眼前に広がっていた。

 しかし、が絶句した原因はそれだけではない。

 そんな光景もさることながら、の言葉を完全に奪ったのはその紙の山に完全に埋もれている一人の人物の姿。四方八方全てを紙の山で囲まれた部屋の中、何かに憑り付かれたように筆を動かしている青年―右の目を眼帯で隠した米沢城城主にして奥州筆頭、伊達政宗その人の姿にあった。

 その青年は、一度戦場に出れば六本の刀を操って立ちはだかる敵を薙ぎ倒す、百戦錬磨の実力と荒くれ者揃いの軍を一手にまとめる権力を 持った唯一の人物。しかし、今現在の政宗にはそんな影が微塵も存在していない。今の政宗は明らかな極限状態にあった。

 

 げっそりとやつれ、ぶつぶつと何事かを呟きながらただひたすらに筆を動かしている。

 動きがおかしく、唯一見える左目はとても虚ろだ。目の下にはっきりとクマが浮いており、肌の血色も悪い。いつも自信に満ち溢れ、威厳とカリスマ性を合わせ持った普段の政宗とは完全にかけ離れていた姿となっていたのだ。

 それもそのはず。実はここ3日間、政宗は一睡もしていなかった。

 そうしてそれが部屋中を紙の山が埋め尽くすという今の惨状を作り上げている。

 全ての原因は政宗が仕事を溜め込んでいた事が原因だった。

 

 城主であり、一国の王である政宗の仕事は戦ばかりではない。国の財源をまとめたり、国の情勢を見て民達が生活しやすいよう色々働きかけたりと、様々な情報 をまとめ整理することもやらなければいけない仕事のひとつである。

 その為必然的に後の世でいう所のデスクワークというものをやらなくてはいけないのだが、どうも政宗はそれを溜め込んでしまうくせがあった。

 仕事を溜めるその度に毎回毎回、彼の重臣であり兄貴分である片倉小十郎に咎められるのだが、どうにもこの性分は直らないらしい。追い詰められなければやる気になれない という、なんとも国主としては情けない性。

 決して無能では無い……否、かなり有能である政宗は、疎かな判断をしたり命令を下す事は無い。だが、その裏では時折なんとも要領の悪い状況に陥る事が多かった。

 今がまさにその時だ。

 

 「ちょっと……。政宗大丈夫?」

 おそるおそる、は声を掛けて見た。

 しかし集中しているのか、いろいろな意味で極限状態であるからなのか。珍しく政宗は反応を示さない。

 は断りを入れないまま、床に置かれている紙や資料を踏まないように足場を確保しつつ、室内へと足を踏み入れた。

 近づけば近づくほど、政宗が以下に切羽詰った状態であるかがわかる。まるで修羅場を迎えた漫画家のようだと、こっそりは思ってしまった。

 

 「……Do your best I do your best……I can do. It is possible to still do.……」

 

 かすかに聞こえてきたのは政宗が得意としている異国の言葉。

 殆ど囁くような呟きの為、はっきりとは聞き取れなかったが、どうやら自分自身を励ましているらしい。なんとなく、「頑張れ俺」とか「俺は出来る」とか、そんな事を言っているのがわかる。だが、今の状態の政宗を見たらなんだか呪いの言葉を呟いているようにしか見えなかった。

 「……Oh、まいった……。花が……、花が見える……。川の畔に咲いた花……、まさしく三途river……」

 「わぁ!!ちょっと!!何処まで行く気!?」

 突然英語から日本語に戻った政宗。

 だが、あまりにも物騒な単語の羅列には慌てて政宗を揺さぶった。

 「ね、ちょっと政宗!!しっかりして!!寝たら死ぬ……じゃない、渡ったら駄目!!とりあえず回れ右!!ここ掘れワンワン、戻ってきて!!」

 政宗のあまりの切羽詰った感に端で見ていたも影響を受けたらしい。自分でもなんだかよくわからない事を口走ってしまった。

 が、それが幸をそうしたのか、ふと政宗の目が正気に戻る。

 一瞬の沈黙の後、政宗は眼前にいると視線を合わせた。

 

 「……ん?…………?」

 「あ、よかった政宗。戻って来れた……って、わぁ!!」

 ひとまず政宗が正気に戻ったコトに気づいた。だが、途中で言葉が途切れてしまう。突然、政宗が体ごとにぶつかってきたからだ。

 同時に素早く政宗はの腰に自身の腕を回す。

 「ーーーーーーー!!」

 「ぎゃああああああああ!!!!」

 いきなりの事に何の準備も無かったは当然のように、襲い掛かってきた力に抗う事が出来ず、政宗後とそのまま後ろへと倒れてしまった。

 畳が敷かれた床の上だったので、痛みは無かったが、受身が取れなかったは背中と頭を派手にぶつける。どしん!!と力任せに倒れた音が周囲に響き、その影響を受けた紙の山が当然の様に倒れた。

 無数の紙が宙を舞い、雪崩を起こした資料の山があちこちを滑っていく。もろにその影響を受けてしまったが紙の下から這い出すまで結構時間が必要だった。

 

 「…………っっっぷはっ!!〜〜〜〜ちょっっっっと政宗!!何考えているのよ!!」

 瓦礫、ではなく紙の山からようやく抜け出したは自分と同じように紙の山に埋もれている政宗に怒りの声を上げる。

 こんな状態になりながらもしっかりとに腰に腕を回し、くっ付いて離れない男―政宗はそのままの脱出に伴い、引きずられるような形で這い出てくる。

 なんという執念、というか普通は逆だろうとは思う。

 幾ら埋もれていたのが紙だとしても、なんで女性であるが立派な成人男性である政宗を助けなければならないのか。

 さらに言うとなぜこんな状態になってまで政宗はから離れないのだろう。政宗の逞しい腕に腰の辺りを固定されている為、下半身を殆ど動かすことが出来ないはほぼ腕の力のみで這い出したと言っても過言ではない。その為必要以上の労力を消費した為、完全に息が上がってしまった。

 

 「ああ、もう。なんで私がこんな目に……って、だから何時までくっ付いているのよ政宗!!いい加減離れてってば〜〜〜!!」

 もはや完全に紙の山から這い出しているというのに、何時まで経っても政宗は離れない。

 その為、は思わず実力行使として己の膝上にある政宗の頭に掴みかかった。と、その瞬間。

 

 

 ちゅ

 

 

 小さな音が聞こえた。

 しかも自分の直ぐ傍。もっと言うと、自分の顔の前、唇辺りから。不意に小さな感触が生じた。

 何が起こったのかわからないは当然ながら呆然としてしまう。

 目の前には不適な笑みを浮かべている政宗の顔が見える。まるでしてやったりという笑顔。それを見たは何が起こったのか、ようやく理解した。

 

 「な……っ!!ちょ……、なん……」

 顔が一気に赤くなる。

 何が起こったのか理解する事は出来ても……否、出来たからこそ、体がまったく動かなくなってしまう。

 そんなを見て政宗が噴出すのは当然というもの。政宗はから顔を背けると笑いを噛み殺すでもなく、盛大な笑い声を上げた。

 「ぶ、はははははっっっ!!!く、くく……。お、お前……なんつー反応……」

 どうやらの反応が政宗の何かを刺激してしまったらしい。

 ツボに入ったとばかりに大笑いする政宗に対し、はどんどん怒りを募らせていく。仕掛けたのは自分のクセに、なんと言う奴だ。

 「……〜〜〜っっ!!もう!!何よ!!政宗の馬鹿!!」

 遂に怒りが頂点に達したは、殆ど反射的に政宗を殴ろうと片手を振り上げる。が、相手は奥州筆頭と呼ばれ、『独眼竜』とも称される戦国武将。勢いよく振 り下ろされたの手はいとも簡単に受け止められてしまった。

 しかもそれだけではない。

 「よっと」

 「きゃ!!」

 軽い掛け声と共にの視界が一転し、突然それまで見えていた政宗の姿が消え変わりに山と積まれた書類等が現れる。

 一体何があり、どういうことになったのか。その答えは直ぐにの知る所となった。

 

 「Sorry.悪かったよ。少しからかいすぎたな、honey」

 「ひゃ……っ!!」

 いきなり耳元から政宗の独特の声音が聞こえ、は思わずびくりと体を震わせた。

 それに遅れて体に回された政宗の腕、そして背中全体で政宗という存在をは感じる。

 は今政宗に後ろから抱きすくめられる体制になっていた。

 「わ、わ……っ!!ちょ、ま、政宗……っ!!」

 自分がどのような状況になっているのか。その事に気付いたは慌てて政宗から離れようとする。しかし、それを見越していたのか、逃がすまいと政宗は の体に回す両の腕にさらなる力を込める。当然、の力では政宗の腕から逃げ出すことなど叶わなかった。

 「ちょ、政宗!!誰か来たらどうすんの……!!」

 それでも羞恥心からか、は無駄と知りつつばたばたと出来うる限り足や手を動かしてその拘束から逃れようとする。

 途端、政宗のを拘束する腕の位置が変わり、僅かな抵抗を試みる両足が捉えられ、お姫様抱っこの様な体制になって政宗の膝上に乗せられた。それにより完全には四肢の動きを封じられてしまう。

 「別 に、これ位見られたってどうってことねぇだろう。俺たちは夫婦なんだから」

 「だ……っ!!でっ!!でも!!今執務中でしょ!?小十郎さんが見たら絶対怒るって……っ!!」

 「No problem.今は休憩中。それに……」

 そこで政宗は言葉を切ると、再びの唇に己のそれを重ねた。

 先程のほんのちょっと触れるような軽いものではなく、しっかりとお互いの唇を重ね合わせ、慈しむように優しく触れる。

 短いような、長いような、そんな時間の末に政宗とは離れた。

 間近な位置で二人の視線が交わる。先とは異なる感情によりは顔を赤くし、それを見た政宗は小さく微笑む。そうして再びその体を抱き直すと。

 「……こうしてお前に触れるのは3日ぶりなんだ。誰にも文句は言わせねぇよ」

 そう、の耳に唇を寄せ政宗は告げた。

 『俺に逢えなくて寂しかったんだろう?』

 続けてそう、耳元で告げられた事によりはますます顔を赤くする。思わずは「馬鹿」と小さく呟くと、そのままそっぽを向いてしまった。

 

 三日間部屋に篭りっぱなしだった政宗。

 当然、その間ずっと妻であるとは触れ合うどころかまともに顔も見ていない。だが、それはも同じことだ。

 内心はこの三日間政宗に会えなくてとても寂しかった。寂しくて、辛くて仕方なかったのだ。だから我慢できなくなり、こうして政宗の執務室を訪れてしまった。

 そうして政宗にそんな自分の思いを悟られないように、出来る限り明るく振る舞い、強がりをして見せたのだが、そんなもの政宗の前ではまるで無意味であった。

 わざとそんな事をする必要すらなかった。政宗もと同じ思いを抱いていたから。だからこんなにも簡単に見抜かれてしまった。

 いとも容易く心を見抜かれた事を少しだけ悔しいと思うが、気にはならない。それ以上に政宗と会えた嬉しさが心を満たしているからだ。

 政宗もと同じだった。それがわかっただけでこんなにも嬉しい。

 

 「好きだぜ、……」

 「私も……。政宗……」

 

 と政宗は殆ど同時に互いを見つめ、そしてどちらからとも無く再び唇を重ねる。

 甘く、それでいてとても優しい感触が二人を包んだ。

 

 

 END


あとがき

ぎゃ!!なんだこれ!!

先日集計し終わったサイト3周年アンケートの結果各項目1位となったのが『政宗夢、戦国時代が舞台のトリップ主人公で甘々、ほのぼの、新婚・新妻設定』だったのですが、これはその条件を満たしている……?でしょうか?

いつも私の書く話はSSなんて言えない長さになってしまうので今回は出来るだけ短く短くと意識して書いてみたんですが、なんか色々詰め込みすぎた感が否めない。

作品傾向もまさかの1位が3つという事だったのでどうしようか迷ったんですが、結局一つに纏めました。なので、この話のヒロインと政宗は夫婦設定です。 (まったくそれらしくないけど)もうちょっとLOVE×2させるべきだったかな?……と思わなくもないですが、ほのぼの込みなのでこの辺りで止めときました。(が、逆に書いてて微妙に恥ずかしかったり……)すこしでもご期待に答えられたならば幸いです。

そんなわけで3周年記念アンケート夢小説でした。

こんなんですみません。そしてアンケートに参加してくださった方、読んでくださった皆様、ありがとうございました。 

2010 2/18