『こんなの余裕です!!』


 そう見栄はって言ったものの。
 返って来たテストの点数はというと……。

 

 「………………」

 

 は返却されてきたテストの答案を見て絶句してしまった。

 

 

 

 

 だいすきなひと

 

 

 

 次々とクラスメイト達が名前を呼ばれ、返却されてくるテストを見てぎゃー、とかわー、とか様々な反応をしている。
 だけどそんな周りの声は、今のにとっては遠い世界のもの。は今、目の前にある数字に完全に支配されていた。

 

  英語 28点。


 よりにもよって英語。まさかの英語。そしてやっぱりの英語だった。
 心無しか答案用紙の右上に赤ペンで書かれた点数は、いつもよりも大きく強調されているような気がする。
 気のせいなのか、それとも本当に強調されているのか。……答えは両方。だけど、多分後者の方が有力だ。
 ちらりとは視線を動かす。その視線が向かう先は教室の奥に設えられた壇上。其処にいる人物―片倉小十郎に、だった。

 

 不意に英語教師であり、担任である小十郎がこちらを見た。
 まるでわかっていたかのように向けられた小十郎の視線をは真正面から受けてしまう。と。
 (ひゃっ!!)
 は思わずびくり、と身体を上下させてしまった。
 今、思いっきり睨まれた。
 元々目付きは鋭い人だが、にはわかる。間違いなく、今小十郎はこちらを睨んだ。

 

 「これで全員だな。……今回のテストは皆頑張ったようじゃねぇか。中々にいい平均点だ」

 (なに!?)
 は思わず心の中で叫ぶ。次いで小十郎が発表した平均点にはさらに声にならない声が出た。
 皆そんなによかったのか!!と、真っ青になる。思わず答案用紙を握った手が震えた。

 

 「まぁ……、 中には何処を勉強していたんだか、平均点に遠く及ばない悪い点数の奴もいたがな。お前ぇらにしてはよく頑張った」
 小十郎の本当に教師の言う事か?と思ってしまうようないつもの毒舌が出る。とたん、教室が笑いに包まれたが、ただ一人だけは笑えなかった。
 先程小十郎が『平均点に遠く及ばない悪い点数〜』と言った瞬間、思いっきりこちらを見たのだ。
 つまりはそういうこと。その言葉は思いっきりを指しているという事だ。

 「点数が悪かった奴には後で俺から特別なプレゼントをくれてやる。再テストと言う名のプレゼントをな。……ま、安心しろ。個別に呼び出してやるからてめぇで言わなけりゃ周りにはばれねぇよ」
 またしてもどっ、と教室が沸きあがった。
 いつもならも皆と一緒に笑うのだが、今回ばかりは本気で笑えない。
 は英語の時間中、ずっと俯いたまま顔を上げる事が出来なかった。

 

 


 ―放課後。

 

 

 「…… おう、来たか」
 案の定、真っ先に小十郎に呼び出されてしまった
 他のクラスのテスト回答をしていたらしい小十郎はその手を止めると、徐に立ち上がった。「ちょっと待ってろ」というと、職員室の奥にいる一際大きな体を持つ国語教師、武田信玄と何事かを話しまた戻ってくる。

 「付いて来い、
 そう言って小十郎はさっさと職員室を出て行こうとした。
 不安や恐怖など様々な感情が入り混じっているはしばし後を追う事に躊躇してしまう。だが他にどうする事も出来ないので、仕方無しには小十郎の後を付いていく。小十郎が向かったのは、職員室がある棟の一番奥にある進路指導室だった。

 

 「さっさと入れ」

 相変わらず教師とは思えない言葉遣いで、小十郎は促す。
 は逃げ出したい気持ちになった。だが、逃げることなど出来る筈が無い。こうやって呼び出されても仕方ない事をしたのは確かなのだから。

 

 「し…… 失礼します……」
 妙に緊張しているせいか、声が上ずってしまった。
 多分、小十郎も気付いているだろう。だが、は恐くてそちらを見ることが出来なかった。
  は小十郎の横を通り過ぎ、教室の中に入ろうとする。だが、その瞬間。

 「…… きゃっ!!」

 はいきなり手首を掴まれた。そして勢いよく室内へと引っ張られ、入ると同時に進路指導室の扉が閉まる。
 その事を認識したのとほぼ同時、は自分の唇が乱暴に塞がれた事に気付いた。

 

 「んっ……!!」

 思わず声が漏れた。だが、それもすぐに重なり合った一方の唇に奪われてしまう。

 あっという間に口内に侵入した小十郎の舌には一瞬で全ての意識を奪われてしまった。
 がちゃり、と小さな音が聞こえた。頭の片隅で小十郎が扉の鍵を掛けたという事に気付く。だが、そんなことはどうでもいいことだ。
 此処が何処だろうが、相手が誰だろうが関係ない。はほとんど無意識に小十郎の首に腕を回した。
 小十郎もそれに答えるようにの頭部と背に回していた腕に力を込める。どの位、そうしていたのだろう。長いようで短い時間の後、二人はようやく唇を離した。

 

 「…… ふ……、ぁ……。こじゅ……ろ……」

 完全に酔わされてしまったの口からそんな声が毀れた。
 熱に浮かされてしまった頬は紅潮し、瞳は潤んでいる。間近な位置に見えるのは担任の教師である小十郎の顔。だが、今のの目にはそうは映らない。
 其処にいるのは片倉小十郎という名の一人の男。にとって、最愛の人と呼べる『恋人』の姿だ。
 そのの『恋人』である小十郎は、身体を密着させたままの至近距離で、特有の低い声を出した。

 

 「……随分なことをしてくれたな、

 元々低い小十郎の声だが、心無しかいつもよりその声音は硬く、低いように感じる。
 は思わずびくり、と身体を上下させてしまった。

 「テスト前、お前なんて言っていた?あ?」
 「う……」とは思いっきり詰まってしまった。

 

 「……いや、あの……え〜っと……その……」
 「お前ぇはっきりと言ったよな?『こんなの余裕です!!絶対100点とっちゃいますよ』ってな」

 小十郎の言葉にはさぁ〜、と青ざめる。一気に空気が気まずいものへと変化した。

 

 「…… あ、えと……。だ、だって、本当に……そう思ったんですもん」
 はしどろもどろになりながら答えた。そんなの様子に小十郎は「ほぅ……」と呟く。
 「その結果がアレか。あの点数か?……さすがの俺も泣けたぜ」
 小十郎の言葉には顔を俯かせた。ぎゅ、っと唇を引き結び、無言のまま小十郎の胸を押し返す。その行為が意味する事を正確に読み取った小十郎はの体に回していた腕の力を抜き、を解放してやった。

 がしたそれは『離してほしい』というの意思の表れ。言葉で話さずとも小十郎にはそれで十分伝わる。 解放されたはきっちり二歩後ろへと下がり、小十郎から離れた。

 二人の間に再び距離が生まれる。その距離は普段学校での二人が取っている距離―『教師』と『生徒』という立場 を表す、遠すぎず近すぎない距離だ。小十郎はそっと息を吐いた。

 

 「…… 。お前はテスト終わるまで会わないって言ったな。テスト勉強しなきゃいけないから暫くは『先生と生徒』のままでいようって。……お前、俺と会わなかっ た一週間、本当にちゃんと勉強をしていたのか?」
 反射的には顔を上げた。
 だが、すぐにその顔を伏せてしまう。小十郎は思わず眉間に皺を寄せた。

 

 そう。この一週間、と小十郎は一切会わなかった。
 学校で会うのは致し方ないとしても、そこでも本当に最低限の接触しかしておらず、毎日通っていた部屋にも行かなかった。
 その事に関しては適切な判断だと小十郎は思う。確かに二人は『恋人』同士であるが、同時に『教師』と『生徒』という関係でもある。曲がりなりにもそういう 肩書きを持つ以上、テスト直前にいつもの様に堂々と部屋に出入りするのはよくないだろう。だから小十郎は何も言わずその言葉を呑んだ。だけど、その結果がこれ、というのは聊か納得出来ない。
 は顔を俯かせたまま、しばし動かなかった。
 小十郎も自分からは何も言わずただじっとを見つめる。不思議な沈黙が手狭な進路指導室を満たした。

 

 

 「……本当に、そう思ったんだもん」

 しばし経った後、はそう切り出した。小十郎は何も言わず片方の眉だけを動かす。
 は顔を上げないまま、言葉を続けた。

 

 「…… 今回の英語、前に小十郎が教えてくれた所で……参考書の問題も結構解けて、絶対に大丈夫、って思ったの。……だけど、やっぱり小十郎は先生で、私は生徒だから……。テストの時まで『特別』だったら、やっぱり駄目だって。だから我慢して……、本当は寂しいけど、でも我慢してたんだけど……」

 不意に言葉の後半が小さくなった。小十郎はまたしてもぴくり、と片眉を跳ね上げる。
 言いづらいのか、は言葉を捜すように視線を彷徨わせている。だが、意外にもすぐには顔を上げて小十郎を見上げた。

 

 「私……。 私、頑張ったんだよ!!本当は会いたかったけど、必死に我慢して、今は勉強に集中しなきゃって!!たった一週間位、我慢できなくてどうするって!!だけど、だけど……。だけど勉強していたらどうしても小十郎の顔が浮かんできちゃうんだもん!!そしたら会いたい気持ちが抑えられなくなって……!!だから、 全然集中して勉強できなくなって……」
 「……それで、あんな点数になったって言うのか?」

 小十郎の低い声音が響く。
 は泣きそうに目を潤ませながらこくり、と頷いた。

 

 本当に涙が出そうになった。

 あまりにも自分が情けない。テスト勉強をする為にたった一週間、恋人の関係を中断しただけだというのに。別に別れたわけでもないし、本当に一週間ずっと会えなかったというわけでもない。なのに、この程度の事でこんなにも集中できなくなってしまうなんて、思いも寄らなかった。
 たかが一週間、しかも一応は毎日顔を見ているのにも関わらず、どうして我慢出来ないのだろうと何度も思った。
 こんなに短い時間会わないだけで、こんな事になってしまうのなら、この先どうなってしまうのだろうと不安でしょうがない。
 だけど、されど一週間でもあるのだ。

 

 毎日顔を合わせていても、それはあくまで『片倉先生』であって、の大好きな『小十郎』ではない。
 だからいつもの様に『』と名前でも呼んでくれないし、接し方も他の生徒と一緒だ。
 その結果、は普段なら我慢できるような事も我慢できなくなってしまっていた。

 いつものならば、小十郎が他の生徒や女教師達と親しげに話していてもさして気にならない。家に帰れば、自分だけの『小十郎』に会えるからだ。
 だけどそれが急に無くなってしまったから、今まで気にならなかった事に過剰に反応してしまうし、会いたいという気持ちも募っていくばかりで、まったく勉強に身が入らない。

 この一週間、は本当に辛かった。辛くて、苦しくてしょうがなかったのだ。

 小十郎の為に頑張らなきゃいけない。そう思っても想いは空回りするばかりで、結果的に小十郎をがっかりさせてしまった。

 そんな自分が情けなくて、恰好悪くて仕方ない。

 胸の奥が熱くなり、瞳から涙がこぼれ落ちそうなったその瞬間(とき)―。ふわり、と優しく温かいものがの身体を包んだ。
 いきなりのその感覚には身を強張らせる。

 だがすぐにそれが何かわかったは、ほとんど無意識に自分を包んでいるそれを抱き返した。
 の小さな体を包むのは小十郎の大きな体と逞しい腕。その感覚をが忘れる筈はない。

 

 「……すまなかったな……」

 耳元で小十郎の声音が聞こえた。
 瞬間的には身が竦んだ事に気付く。だが、慣れ親しんだその声にすぐに身体の緊張が解け、同時に胸の奥にじわりと温かいものが広がっていくのを感じた。

 「どうやら、今回の事は俺にも責任があるようだな」
 「!!違っ……!!」

 とっさにそう言おうとが顔を上げたその時、不意にの唇と小十郎の唇が再び触れあった。
 それは本当に触れるだけの軽いキスだ。だけどを黙らせるのにはもっとも効果があるという事を当然、小十郎は知っている。

 「お前がテスト前は会わないと言った時、俺もよい考えだと思った。だが、それが逆にお前にとってストレスになってしまったとはな。最近、お前の様子がおかしい事に気が付いてはいたが、何もしてやれなかった。……教師としても、男としても俺は失格だ」
 「!!そんなこと……!!」

 そう言いかけた時、小十郎がやんわりとの口を指で塞いだ。そうしてそのまま小十郎は親指での小振りな唇をそっと撫ぜる。

 小十郎の少し冷たい指先。久しぶりに感じるその感触に、心音が跳ね上がるのをは止める事が出来なかった。

 

 「……。一つ言っておく」

 徐にそう切り出す小十郎。は小首を傾げた。
 小十郎はふっ、と口元に笑みを浮かべた。

 「お預け食らって難儀していたのはお前だけじゃねぇよ」
 「……え?」

 自然との口から言葉が毀れる。
 小十郎はもう一度笑うと、と視線を合わせて言った。

 

 「俺だって相当キていたさ。……俺もお前と同じでもうとっくに限界なんだよ」

 

  そういうや否や、小十郎はの唇に自身のそれを重ねた。
  先程の触れるような軽いものではなく、貪るような荒々しいものでもない。優しく、しっとりとした口づけ。それはの一番好きなキスだ。

 それに気付いたは思わず目の奥が熱くなるのを感じた。じわりと涙が溢れてくるのがわかり、毀れ無いようにと先に目を閉じてしまう。そうしては自身の内へと入り込んできた小十郎をただただ、無心で求めた。

 触れ合わなかった時間はたったの一週間なのに、もう何年も触れていなかった気がする。
 そして一週間ぶりのキスをされた事では改めて思った。自分は本当にこの人の事が好きなのだと。
 ずっと触れたかった。こうして小十郎の腕に抱かれ、キスをして欲しかった。
 どれ程までに身体が、心が、小十郎を求めていたのかがよくわかる。そしてそれは小十郎とて同じなのだろう。の背に回した腕にはさらに力が篭められを離そうとはしないし、再びの口内に侵入した舌は荒々しく、その全てを奪いつくそうかという程に勢いを増していく。
 と小十郎は完全に自身の身体を支配する欲の熱に突き動かされていた。

 

 不意に小十郎が身を引くようにして身体を離す。
 同時にの口から舌が引き抜かれたため、辛うじては意識を飛ばさずに済んだ。
 半ば混濁気味の意識の中で

 

 「…… これ以上はやばい」

 

 そう呟く小十郎の声を聞く。

 そしてそれにより、は今自分が何処に居るのか思いだした。

 

 そうだった。此処は学校だ。
 いつ誰に見つかるとも限らないし、此処での二人は『教師』と『生徒』。何があってもそれを変えないというのが二人の間で交わされた約束がある。名残惜しいがそれは仕方ない。
 はちらりと小十郎を見上げた。同じように小十郎もを見下ろす。


 「……ねぇ、小十……片倉先生。私やっぱり再テスト、だよね」
 「……まぁな。アレだけの点数取ったのは事実だからな」

 間近な位置で交わされるのは教師と生徒の会話。
 だが二人は互いの身体に腕を回し、抱き合ったままの状態から離れない。離れるつもりもない。

 

 「じゃあ……、その為に勉強教えてくれるんだよね?」

 おずおずと、尋ねてくるに思わず小十郎は苦笑を浮かべる。
 が何を言わんとしているのか、聞かなくても小十郎にはわかっていた。そしてきっと自身もその答えを知っていることだろう。

 

 「当たり前だ。お前みたいな出来の悪い生徒には基礎からみっちりと教えてやらないとな」

 そういうと小十郎は不敵な笑みを浮かべた。
 思わず顔をほころばせる。だが、何故かすぐに「う……」と詰まってしまう。
 小十郎のこの顔には覚えがあったのだ。この人がこういう顔をする時は、いつも決まっている。

 

 「幸い、テストは週明けの月曜日だ。……よかったな、この週末しっかりと勉強できるぞ。もちろん、俺の部屋で泊り込みでな」

 そう言いながらも小十郎は不敵な笑みを崩さない。
 言葉の裏に潜む小十郎の思惑。それに気付き、思わず赤面したは照れ隠しに小十郎の身体を押し返してやった。

 

 

 今夜は眠れない。そして多分、明日も明後日も、眠れぬ日々が続くのだろう。
 だけど不思議とテストの事は心配ではなかった。

 だってこんなにも大好きな人が傍に居てくれるのだ。

 もう、何も心配することは無い。きっと、今度こそ『余裕』で良い点数を取れるだろう。

 

 ―だが後日。再テストを受けるには一切の余裕は無かった。

 明らかに疲労困憊の様子でテストを受けていると、終止笑みを浮かべてそれを監督している小十郎。

 二人の間に何があったのかは言うまでも無いだろう。

 

 「小十郎の鬼!!」

 「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる」

 

  時折恨めしげな視線を担任教師に投げつけながら、はもう二度と小十郎の再テストなど受けるものかと心に誓うのだった。

 

 

 END


あとがき

久々の現代パラレル。ちょっと気持ち大人向けな話でした。

教師小十郎とその教え子ヒロイン。禁断の『教師と生徒恋愛』です。(一度書いてみたかったんですよね、この関係)
この話、もともとはとある企画に投稿しようと思って作った作品なんですが、なんか色々あって結局ずっとお蔵入りになっていたものです。それを『そう言えば 小十郎の夢無いな〜』とふと思ったことにより、今回(無理やり)引っ張り出し、修正して展示しました。(ちなみにタイトルはお題配布サイト様から拝借)

地味に初、こじゅ夢。それがパラレルってのはアレな気もしますが、わりかし書いてて楽しかったです。(自己満足)
一応このパラレル舞台は『ひとつ屋根の下シリーズ』と同じ世界。『ひとつ〜』が始まる1年前という設定になっていました(自分で書いてたのにまったく覚えてなかったという……)主人公は一人暮らしでこじゅ先生の隣人。其処から始まるご近所物語という王道設定です。(だからこじゅが英語教師だったりします)ベタですみません。

一応政宗様と成実が同じクラスに居るっぽいです。欠片も登場してませんが。

 

若干、いつもより大人向け要素が強くなってますが、まぁこれくらいなら大丈夫ですよね?まだまだぬるいもんですよね?教師小十郎はアメとムチの使い分けがすごいってことでお願いします。

今の所、これをシリーズ化する予定はないんですが、ネタが浮かんだりしたらまた突然何か書くかもしれません(笑)

2009 1/28