
〜拝啓〜
父上、母上。お元気でしょうか?
私は元気です。伊達家に仕えるようになってはや幾月。ようやく私もここでの生活に慣れてきました。
偶然なのか必然なのか。とにかく幸運にも私は奥州伊達家当主様の目に適い、兵の一人として伊達軍に迎えられただけではなく、小姓としての仕事を任される様になりました。
奥州筆頭であり伊達家当主でもあるあのお方に仕えることが出来るなど、まるで夢のようです。
とても光栄に思います。名誉あることです。少なくとも私はそう思っています。
何故か周りの皆が口々に『頑張れ』と言ってくるのが気になりますが……。
とにかく私は誠心誠意を尽くし、あのお方にお仕えしようと思います。
思っています。
思っていますよ。
思っていました、とも……。
……思って、いたんです……。
「って、おいコラ!!聞いてんのか?」
突然、思考を切り裂くような強い声音が聞こえ、私は現実に引戻された。
櫛風沐雨 〜Loving,
it is a person who has a hard time. 〜
驚いた私は即座に「はいぃ!!」と返事をする。
私が仕えている主―伊達政宗様はぎろり、とこちらを見据えてきた。一つしかない眼が「本当かよ?」と疑わしげな視線を投げかけてくる。私は内心の動揺を隠す為、出来る限りで表情を取り繕い、「話の続きをどうぞ」と促した。
頬を伝う冷や汗を隠すのがかなり辛い。けれど、幸いにも政宗様は気付かなかった……というよりは見逃してくれたらしく、特別何も言わなかった。再び政宗様
は私の前を行く。私は黙ってその後に付いていった。
「……OK。で、どこまで話した……?」
「ええっと……。片倉様がその……政宗様に……」
そこまでしか言っていないのに、政宗様は「Oh!!It’s understood.」と異国言で叫んだ。……お傍にお仕えするようになってそれなりに時間が経っているが、未だに政宗様が喋る『異国語』はよくわからない。
今の言葉も私にはさっぱりなのだが、前後の話の流れからして「わかった」とか、とにかくそういう意味の言葉なのだろうなという事だけは理解している。
「それでよぉ、小十郎のやつが言うんだよ。『私はこの命を掛けて貴方様を守ります。貴方の右眼となり、生涯貴方のお傍に居りましょう』ってな」
「あ、それこの間片倉様からも聞きましたよ」
殆ど無意識のうちに私はそう答えていた。
即座に政宗様は私を振り向き「Really!?」と尋ねてくる。
……りありぃ……、あ、「本当か?」っていう意味か。
「ええ。先日、片倉様の手伝いで畑を耕していた時に話してくださいました」
「ちっ……。なんだよ、もう聞いてたのかよ。面白くねぇなぁ……」
心底詰まらないというように政宗様は呟く。なんだがこっちが申し訳ない気持ちになった。
先に聞いてて申し訳ありません。
でも、正直それは私のせいではありません……。
「で、でも!!片倉様はそう詳しくはお話しては下さいませんでしたよ?……ほら、片倉様は成実様や綱元様とは違って、あまりご自分の気持ちなど語らない方でしょう?だから、話は聞いたとは言っても、結果とか大筋の話だけしか……」
先に話を聞いてしまっていた事がそんなにつまらなかったのか、政宗様は全身から不機嫌そうな気配を醸し出していたので、私は慌ててそう言い繕う。すると。
「そうだ。そうなんだよ!!あいつ、成実とかと違って本当自分の事は話さないんだよなぁ。まぁ、それは今に始まったことじゃねぇんだけどよ。一応俺には隠し事無しっていう事は言ってあるから何でも話してはくれるけど、『こっちの話』になると途端に黙り込んだりはぐらかしたりすんだよなぁ。だから、アイツがOKしたのは本当に驚いたぜ。……けど、あの時アイツの表情がまた……」
……
実に嬉しそうな笑顔を浮かべて政宗様は言う。
すごい、嬉しそうだ。というか心底、嬉しいのだろう。それはきっと、誰の目にも明らかな事実だ。
「よかったですね、政宗様。片倉様も大層うれしそうにお話されていらっしゃいましたよ」
私の言葉に「そうか!?」と政宗様はとても嬉しそうな反応を示した。
「って事は、何だかんだ言ってアイツもまんざらじゃないってことか」
「そりゃあそうですよ。なんて言ったって、積年……じゃなくて、長年の思いが通じたんですから。嬉しいに決まっていますよ」
積年は恨みだ。ある意味では間違っていないが、まぁ、それは置いておく。
「……あ〜〜〜〜〜。早く小十郎に会いてぇなぁ……」
ぽつりと呟かれた、政宗様のそんな声が聞こえてきた。
内心、私はどう答えればいいのか困ってしまう。ひとまず己が直面している現実と向き合い、仕事……と言っていいものかはわからないが、とにかく己に与えられ
た『仕事』を区切りのいい所まで終わらせた後、再び私は政宗様の傍に戻る。
政宗様も一仕事を終えたらしく、「YA‐HA!!」と短い言葉を吐き捨てたのが聞こえた。
「ええっと……。多分、小十郎様もそう思っているんじゃないでしょうか」
「やっぱそう思うか!?」
先の続きを口にすると、政宗様はすぐにそう返してきた。
こういう時、どうすればいいのか未だに私は真剣に悩む。
「た、多分……。何せ政宗様は片倉様にとって大事なお方ですから!!それにいつもご一緒していたらわからないけれど、離れてみて初めて自分がどれだけ相手の事を思っていたか自覚させられるという話を聞いた事があります。ですから多分、今頃片倉様も……」
「けどなぁ。あいつ元の性格がああだろう?生真面目っつーか、堅物っていうかよ。そういう態度全然表さねぇんだよな。この俺がだぞ!?他ならぬ奥州筆頭のこの俺が、恥を忍んで気持ちを打ち明けたってのによ。あいつまったく表情変わらなかったんだぜ!?もうちょっと、こう……あるだろう?それ相応のreaction(リアクション)ってのがよ」
どうなんだよ、それは!?と聞かれてしまった。
……私に聞かれても……と言いたい所だがもちろん言える訳がない。
「どう……と言われましても……。でも、この間畑仕事をしている最中の片倉様の様子を見る限りでは、なんというか……天にも昇る気持ち、というか……そんなご 様子でしたが……?」
再び政宗様は「Really!?」と尋ねてきた。
「本当かそれは!?」
丁度仕事をしている最中に聞かれたので、私は区切りのいい所まで話を中断する。
申し訳ないですが、私には政宗様の様に話をしながら同時に仕事をこなすという器用な真似は出来ません。
「え、ええ……。その、例の政宗様の告白が成功したという翌日ですね。片倉様はとても機嫌がよくて、始終笑みを絶やさず畑の世話をしていまして。いつもは私達にはとても厳しいのに、その日ばかりは不気味……あ、いや、驚くほど優しくて……。私はその前日、既に政宗様から片倉様に……え、ええっと……ぷ、ぷ、ぷろ、『ぷろぽぉず?』……をするという話を聞いていましたので、これはおそらく成功したのだな……と」
私が話している間、今度は政宗様が仕事をこなす。
あっという間に片付け終えると、政宗様は「Will lie?」と問いかけてきた。……今のは何と言ったのだろう?
「嘘だろう!?あいつ、次の日何時もと変わらない様子だったぞ!?」
「そうだったんですか?……あ、じゃあ多分……」
「「照れ隠し(か?)(ですよ)」」
語尾は異なるものの、私と政宗様の声が上手い具合に重なった。
そうしてすぐに政宗様はにやり、と笑みを浮かべる。少し凶悪な表情ではあるが、やっぱりとても嬉しそうだ。
「Han…….なるほどね……。そういうことか……」
なにやら一人、政宗様はそう呟く。
何を考えているのか想像に難しくないが、あまり考えたくないのでやめておく。それに、どうせすぐ聞く羽目になるだろうし。
「……ったく、本当にアイツはよぉ。もうちょっと色々Openにしてもいいと思わねぇか?」
また同意を求められてしまった。
当然、内心自分がどう思っていようが首は縦にしか動かせない。
「だろ?……まぁ、でも。それがあいつのいい所ではあるんだけどな」
くくく……と肩を震わせながら政宗様は言う。なんというか、今の政宗様の表情、是非片倉様やご自身に見せてあげたい。きっと政宗様は知らないだろう。片倉
様の話をする時、ご自分がどんな顔をしているのか。いっそ、鏡を持ち歩こうかと私は本気で考えてしまった。
「……なるほどな。とりあえずその話はわかったぜ」
ようやく納得したのか、政宗は話を終えた。内心、私は心底から安堵の息を吐いてしまう。
よかった、これでようやく『仕事』に専念できる……と思ったら甘かった!!
「んじゃ、これはどう思う?あいつこの間なぁ、城仕えの侍女と……」
突然始まった新たな話に私の顔が引きつった。
がくりと肩が落ち、完全に疲れきったように脱力してしまう。と、そんな私目掛けて一つの影が迫ってきた。
私は肩を落としたまま迫っていた影に向かって腕を振るう。ぎゃあ!!という声が聞こえてきた。
「…… すみません、政宗様……」
迫り来る影が消えると同時。私は知らず内そう呟く。
すみません。本当はさっきからずっと言いたかったけど、言えなかったのでずっと我慢していました。
……だけど、すみません。
本当にすみません。もう限界です。
「それ、今戦場(ここ)で話す話じゃないでしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
溜まりに溜まったものが一気に噴出し、私は思わず叫んでしまった。
―そう、此処は奥州でも米沢城の中でもない。遠く離れた合戦場のど真ん中なのだ。
私の絶叫は思いの他響いたらしく、先ほどから周囲を取り囲んでいた敵兵達が驚くのが見えた。が、正直な所構ってなどいられない。
状況は何も変わらないのだ。……そう、先程から政宗様と二人、大勢の敵兵に囲まれているという極限状態には。
「そういう話は城の中でしてください!!っていうか、せめてもうちょっと安全な所で!!」
そんな事を話している内に敵兵が襲い掛かってきた。
私は必死に己に与えられた『仕事』を全うする為、刀を振るう。先程から私や政宗様がこなしていた『仕事』の正体はこれだった。
小姓であり、伊達軍の兵でもある私に与えられた仕事は『政宗様の身の回りのお世話』と、そして『政宗様の護衛』だ。
もちろん、私の力など政宗様の足元にも及ばない。けれど傍仕えである以上、私はどんな事があっても政宗様の傍を離れるわけにはいかないのだ。だからこそ、今もこうして政宗様と共に居る。それが私がこの命に代えてでも全うしなければいけない使命だから。だが……、だからと言ってこの状況は色々な意味で辛い。
「An?だって、ただ切り捨てるだけじゃつまらねぇじゃねぇかよ」
「いりませんから!!戦に楽しさとか、必要ありませんから!!!」
そんな理由で政宗様はずっと私にそんな話をしていたというのか。
このように追い詰められ、取り囲まれて、危険な状態だというのに。
……っていうか、つまらないとか。命を取るか取られるかというこんな極限状態の中で楽しさを求めないで欲しい。
「大体!!なんで今此処でそんな話するんですか!?話とかしている状況じゃないでしょう!?っていうかなんで内容がそれなんですか!!あるでしょう、もっと別の話が!!」
「あ〜?いいじゃねぇかよ、減るもんじゃねぇし。俺が話したいんだからよ。それに、こうやって話していた方が、気ぃまぎれるだろう?自分達がdangerだって事を忘れられる」
「忘れたら駄目じゃないですかぁぁぁぁぁ!!!!」
私の絶叫がさらに周囲に響いた。
刹那、敵が切りかかってきたので素早く切り捨てる。
相変わらず敵兵は次々と襲い掛かってくるのでキリがない。だけど倒れるわけにはいかないので私はとにかく必死に刀を振って敵を倒していく。と、政宗様がくくく……、と肩を震わせた。
「中々余裕があるな。んじゃ、話の続きするぞ。……で、この間小十郎がな、侍女の女と一緒に歩いていて……」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
私はもう絶叫を上げる事しか出来なかった。
「政宗様、ご無事で!!」
「Oh.It is safe.(大丈夫
だ)小十郎」
どの位経ったのだろう。
気が付いた時には敵兵は居らず、いつの間にか迎えに来た伊達軍が周囲を囲んでいた。
当然、その中には別働隊を指揮する為政宗の傍を離れていた『竜の右眼』である片倉様の姿もある。片倉様は私の存在などまったく見えていないらしく、一目散に政宗様に駆け寄って来た。
「申し訳ございません、政宗様。作戦とはいえ、私がお傍を離れた為に貴方をこのような危険な目に合わせしまいました……」
「No problem.問題ねぇよ。この程度の奴らに俺が引けを取るわけねぇだろう?それより小十郎……」
言うなり、政宗様はす、と静かに片倉様の頬を撫でる。
政宗様の端整な顔立ちが片倉様に近づいた。
「俺と離れていて寂しかったんだろう?」
静かに、耳元で囁くように政宗は告げる。片倉様は内心の動揺を悟られまいとすぐ表情を引き締めた様だが、瞬間的に顔が赤くなるのは隠せなかったようだ。その瞬間をばっちり見ていたらしく、政宗様は意味ありげな笑みを浮かべる。
心身共に疲労困憊な私は地面に両手両膝を付いていたので、その状況はちらりとしか見てはいないのだが、それでもわかった。正直、見なくてもわかった。
政宗様の傍仕えになってからというもの、ほぼ毎日この手のやり取りを見せられ、聞かされているのだ。皆より近い場所に居た事もあり、否応無く聞こえてくる二人の会話で容易に察しが付く。観念したように片倉様が「……はい」と呟くのが聞こえてきた。決定打だ。
「政宗様……」
「小十郎……」
ぜいぜいと肩で呼吸をし、がっくりと項垂れているその横でそんなやり取りが交わされている。
なんという世界の違いだろう。そして、明らかに自分は損をしている気がしてならなかった。
今になってようやく気付く。何で周囲の人々が口々に『頑張れ』と言ったのか……。
こんな様を毎日見せ付けられ、会話を聞かされるのならば誰だって同情するだろう。
しかも城だけではなくこんな戦場でも聞かされるとあれば、政宗様の傍仕えが一番『重い』と言われるのも頷けるというものだ。
……だけど、何故だろう。己の胸に妙な達成感があるのは……。
そんな事を考えていた時。
「よぅ、 お疲れさん。よくやったな、お前」
そう言って成実様が私の肩を叩いてくれた。
そこで初めて私は己の勤めを無事に果たした事を知る。途端、急に胸の内が温かくなり、嬉しさが込み上げて来るのを感じた。
例えどんな事だろうと、精一杯己の役目を全うする事が出来たからだろうか。成実様を初めとした伊達軍の皆から口々に賞賛され、私はさらに嬉しくなる。
たいしたものだ、とかお前はすごい、とか言われると、気恥ずかしくはあるもののやっぱり悪い気はしない。瞬間的に、自分は大業を成し遂げたとさえ思った。
「よく頑張ったな。さすが俺の小姓だ」
そう、政宗様から直々に言われた時、本当に嬉しかった。
それまでの苦労が報われたと、本当に思えた。
確かに、政宗様の傍仕えは重くて辛い。けれど、だからこそ、使命を果たし終えた後の達成感は他の何よりも大きい。
この方の傍で働けてよかったと、確かに私はそう思えた。
〜拝啓〜
父上、母上。お元気ですか?私は元気です。
頑張って仕事をこなしています。城主様の傍仕えはとても大変で、時折辛い事もありますが、私はこの城主様にお仕え出来る事を誇りに思います。だからこれからもずっと、この命続く限り城主様にお仕えして行こうと思います。
思っています。
思っていますよ。
思っていました、とも……。
……思って、いたんです……。
「なぁ、 おい。聞いてくれよ。この間小十郎の奴がなぁ、そりゃもう激しくて……」
「だから!!なんでそんなのろけ話をこんな戦場のど真ん中でするんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
〜追伸〜
前言撤回します。
父上、母上。私、やっぱり実家に帰りたいです……。
END
あとがき
『推して参る!』の壱拾八 懐様との相互記念に受けたリク作品。
「主人公は伊達家に仕える侍女か兵で、政宗&小十郎に毎日めっちゃのろけられてる」というリクをお受けし、頑張ってみました。が、見てわかるとおりの無残な有様です……(泣)一人称で書いてみたら名前変換無しになっているし。
のろけ、っていうかこれ、単純に政宗様の『恋バナ』でしかないですね。当初は城の中でぶつくさやっていたのに、気付けば外に出て、戦場での恋愛相談に。
何があった?としか言えません。そして筆頭が乙女だ……。
とりあえず補足として、政小でCP出来てます。してどうやら政宗様から『ぷろぽぉず大作戦』を決行した所、見事勝利!!政宗様はそれが嬉しくて嬉しくてしゃーな
くて、毎日毎日小姓である主人公に話して聞かせ、その熱は戦場でも留まらないご様子です。一応、政小要素も取り入れてみたんですが、さっぱりな上、ちゃっちいカンジに。政小十って意外と難しい……と痛感しました。けど、書いてて地味に楽しかったです。
懐様、申し訳ありません。こんなんでいかがでしょうか?
こんなしょうもないもので大変恐縮ですが、相互記念に差し上げます。懐 様のみお持ち帰りください。
2008 12/23 萱嶋 沙耶