STARDUST

 


 「………へぁ……っくしょ!!」

 

 突然口から飛び出したその声(くしゃみ)により、奥州筆頭伊達政宗はびくり、と身体を震わせ飛び起きるようにして目を覚ました。上体を起こした政宗はしばし呆然と周囲を見つめる。ぼやけた視界に、周囲の様子が見えてきたのはすぐのことだった。

 

 随分と周りが暗い。

 目を凝らしてみて見ると、部屋の隅に置いている燈篭の灯りが付いておらず、いつも近くに居る家臣達の姿も無い。

 ぼーっと周囲をみつめていた政宗は、やや間を置いた後、唐突に今自分が何処に居るか気付く……というより、思い出した。

 

 

 「……Oh……,またやっちまったか……」

 

 政宗はぼそり、と呟いた。
 現在政宗が居る部屋―そこは政宗が普段執務室として使用している一室だ。

 奥州を一手に束ねる政宗の仕事は、戦をする事だけではない。政事も大切な政宗の仕事のひとつだ。……サボリ気味だけど。

 

 政宗は一つ、欠伸をした。

 いつもならここで失った右目を自称する側近や、小さい頃から一緒に居る弟の様な奴が嗜めるなり、声を掛けるなりするのだが、室内には政宗一人しか居ない為、何の声も掛からない。
 あいつらはどうした……?と、政宗は一瞬考えを巡らせたが、すぐにその答えを思い出した。

 



 「ああ、そうかあいつらは……」


 思わず声が毀れる。いつも傍に居る政宗の側近らは今、揃って不在なのだ。
 成実と綱元には近隣の城まで使いに行かせたし、小十郎には暇を出した。どれも自分が指示したことだ。

 だからか、と政宗は一人納得する。
 こんなに部屋が薄暗いのに誰も何もしないのも、執務中にうたた寝をしてこんな時間になってしまったのも。全ては自分の責任だ。

 

 口うるさい家臣が居ないのは確かに自由ではある。
 だけど、その家臣たちがいつもどれだけ自分に気を掛けているのかということを実感するのもまたこういう時だ。

 人は己の力だけで直立しているつもりでも、実は色々なものに支えられていたりする。
 政宗だって同じだ。いつもこうして一人になる度に、自分が以下にその支えに頼り、甘えているということを思い知らされてしまう。

 

 

 ふいに、政宗の口からくしゃみが飛び出した。

 体が寒い。近くに置いてあった火鉢の火は完全に燃え尽きており、もはやその役目を果たしていない。
 慌てて手近な位置におちて居た羽織を羽織ったが、それもずいぶんと冷えてしまっており、大して変わりはしない。無いよりはマシ、程度である。

 「…… 駄目だ」

 政宗はそう呟くと、まだかなり残っている書類を放棄し、執務室を後にした。



 障子を開いた瞬間、冷たい冬の空気に身体を包み込まれ、政宗は大いに顔を顰めた。
 そんな政宗の左目が何かの姿を捉えたのはすぐのこと。
 身を凍らせるような空気と共に、夜の闇の下に広がっているのは白い色。

 庭を完全に覆いつくし、真っ白に染め上げているふわふわとしたそれは、四季のひとつを表す象徴―雪だ。


 政宗は小さく舌打ちをすると、意を決したように室外へと出る。
 裸足であるため廊下の突き刺さるような冷たさが痛い。政宗は一刻も早く自室へ戻ろうと、とにかく足早に廊下を歩いた。

 

 そして、幾分か歩いた後。

 とある廊下の一角を曲がった政宗は、思わずそこで足を止める事となる。

 

 

 

 「ん……」

 

 一瞬、それまで感じていた寒さを忘れ、政宗はその光景を見入ってしまった。

 一見するとそれはきっと、なんでもない光景。
 だけど、政宗の独眼には思いがけない光景として映ってしまう。

 政宗はじっと、その光景を、その姿を見た。

 雪の 降り積もった奥州米沢城の庭。
 その庭に面した庇に座り、天を仰ぎ見るようにしている人が居る。
  雪と同じ白い小袖姿のその人物は政宗がよく見知っている少女。

 

 「……」

 知らず内に政宗はその少女の名をつぶやいていた。

 

 夜という事もあり、その声は聞こえてしまったのだろう。ふいに少女が振り返った。

 

 

 「あ、 政宗?」

 少女はあっさりと奥州筆頭の名前を呼んだ。

 何も知らない人が見たならば、卒倒しそうな事だが、政宗は何も言わない。
 と呼ばれた少女もごく当然の様な口ぶりで名を口にしている。つまり、それは二人にとって当然の事なのだ。

 政宗は自然との居る方へ足を向けた。

 

 「何やってんだ、こんなところで」

 歩きながらそう尋ねると、少女は

 「あ、 うん。んとね……、ちょっと眠れなくて」

 と、 白い息を吐きながら答えた。


 「…… 眠れねぇと、こんな所に座り込むのか?それとも……俺が来るのを待っていたのか?」

 政宗はわざと意地の悪い試すような言い方をする。が。


 「違うわよ」

 

 ばっさり。


  ははっきりと、しかも真顔で即答した。
 そのあまりの速さに政宗は内心傷ついたのだが、当然目の前にいる少女は欠片も気付かない。


 「水でも飲もうかなと思って部屋から出たら、いいもの見つけたの。だからそれを見ていただけよ」

 「……An?いいもの?」


 ちょっぴり傷心な政宗は、その言葉に首を傾げる。
 いいもの、とはなんだろう。政宗は周囲を見渡したが、それらしき物は見当たらない。
 一瞬、雪が珍しいのかと思ったが、が以前居た世界でも雪は降っていたと言うし、今朝まで外が猛吹雪だったということを考えるとそれほど珍しがるとも思えない。

 動物でも居るのかと思っていたら、ふとがすい、と何処かを指差した。

 つられるようにして政宗はそのの指の先に目を向ける。と、ようやく政宗はが何を見ていたのか気付いた。

 

 (ああ、なるほど……)

 

 「star…… 。星、か」

 

 政宗の呟きには笑みを浮かべ、こくりと頷いた。

 

 


 

 

 寒さのあまり下ばかり見ていたので気が付かなかったが、政宗の頭上には見事なまでの星空が広がっていた。

 連日続いた猛吹雪でその姿をずっと覆い隠されていた天。まるでそのお返しだと言わんばかりに、天上の全てを埋め尽くすほどの幾千、幾万、それ以上の星々が瞬いている。

 今日は朔月であるため、夜の支配者である月の姿はどこにも見当たらない。だからこそ天に輝く星達の姿がはっきりと見える。まさに最高の環境と言えるだろう。


 「ね、凄いでしょ?」

 「はぁん……。なかなかじゃねぇか」

 

 率直な感想が政宗の口から毀れる。
 確かに、これはとても新鮮な光景だ。普段、星空を見上げることがないので尚更である。


 「凄いよね〜……。やっぱり地上に余計な光が無いからだね。こんなに沢山の星、見たことないよ」

 は星空を見上げ、とても嬉しそうな表情を浮かべてそう呟いた。
 そんなを見つめたまま、政宗はその隣に腰を降ろす。


 「お前の世界では星は見えないのか?」

 政宗の問いかけには見上げていた空から視線を逸らさず、小さく首を振った。

 「ううん。一応、見えるよ。ただ、此処と違って家とか街の灯りとかが凄く強いから、そういう地上の光に邪魔されてこんなに沢山の星を見る事は出来ないの。……って、わかる?」

 の説明に政宗はやや考えた後、「……まぁ」と呟いた。

 

 正直に言うとまったくわからない。
 街の光とか地上の光が強いというのを、政宗はいまいち想像できないのだ。
 だが、がそういうのだからそうなのだろう。

 この 少女―は様々な事情でこの米沢城に身を寄せる事になった娘だ。

 ある日突然現れたは、政宗が生きているこの世界とは別の世界から来た人間で、今よりもずっと先の未来に住んで居たらしい。

 なぜ この時代に来たのかは未だにわからない。だが、その事に関して政宗は追及するつもりも無い。
 知ったところでどうする事も出来ない事を、政宗はわかっているのだ。来てしまったものはしょうがない。それが政宗の考えだ。

 

 「はっきりとは理解できねぇが……ようは燈篭の灯りが強すぎて見えないっていう事なんだろ?」

 「う 〜〜ん……、正確に言うと燈篭では無いんだけど……」

 だが、イメージとしては間違ってはいない。ので、は肯定の意味を持ってこくり、と頷いた。

 戦国時代の人間に電気が〜とかネオンが〜などと説明してもわかるはずが無い。

 気を取り直して結月は話を本筋に戻した。

 

 

 「…… でね。冬は一年のうちで一番空気が澄んでいるでしょ?だから、ああやって沢山の星が見られるの。その事思い出して空を見ていたら、ほら」

 そこでは空の一角を指差した。政宗の視線がその指をなぞり、再び天へ向けられる。

 無数の星の中、が何を指しているのか政宗にはすぐにわかった。
 幾万と光り輝く星の中に、一際輝きを放っている星がある。その星はまるで天の全てを統べるかのように、いつも神々しく人々の目に映るのだ。


 「Pole Star……。『北辰』だな」

 「え?ほくしん?『北極星』じゃなくて?」

 政宗 がつぶやいた言葉にはきょとんとした顔になった。
 この少女は感情を素直に顔に出すものだから、見ているとその心情の変化がよくわかる。思わず政宗は苦笑をこぼした。

 

 「『北辰』ってのはあの星の別名だ。簡単に言えば北を示す星って意味だな。あの星は他の星と違って動かねぇだろ?だから世界の中心に座り、周りの星が動いてい ることから、天に座す不動のもの……つまり天帝や天皇を表している星って言われている。で、その北辰、元は『天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)』っていう天地創造に関わった別天津神(ことあまつかみ)だと言われていて、『古事記』や『日本書紀』にも登場しているんだぜ。それで、天之御中主神は天地開闢(てんちかいびゃく)の際、高天原に一番初めに生まれた神だと言われており、神名は天(高天原)の中央に座する主宰神という意味だ。次に『高御産巣日神(たかみむすひのかみ)』や『神産巣日神(かみむすひのかみ)』と共に……」

 「わぁ!! 政宗、政宗!!ストップ、ストップ!!」

 

 そこでは政宗の口を手で無理やり塞いだ。

 意外と勉強家なのか、饒舌に色々と話してくれる政宗だが、説明していくうちに途中から話が違う方向へ向かっている。
 説明をしてくれるのは嬉しいが、このまま行くと天地創造から今の世界が出来るまでの神話の話を永遠と聞かされそうだ。さすがにそれは厳しい。解釈されても到底には理解できそうに無い。

 と、 そこでは政宗が眉間に皺を寄せていることに気が付いた。

 

 政宗の神話うんちくを止めるため、無理やりその口を塞いでしまったのがいけなかったのだろうか。
 は慌てて政宗の口に触れている手を引っ込めようとした。が、ふいにその手を掴まれる。

 驚いたは思わず身体を上下させてしまった。

 

 「ま、 政宗……っ!?」

 「お前……。手ぇ冷たいぞ」

 政宗の独特の低い声音が響く。
 の手を掴んだ政宗はそのまま自分の頬にの手を押し当てるようにした。

 とたん、の心臓が跳ね上がる。
 政宗の手と頬に挟まれるような形になった右手が、一瞬にして熱を持ったのがわかった。


 「お前、どれだけ此処に居たんだ?冷え切ってるじゃねぇか」

 政宗は咎めるような、怒っているようなちょっと強めの口調で言う。

 もっと早く気付くべきだったと政宗は思う。が身につけているのは夜着として着用している白小袖のみだ。寒さ対策の為、何枚か着こんでいるようだが、それでもこの格好は寒い。明らかに冷え切っているであろう事に、政宗は気付けなかった。


 「ったく。……ほら、これでも着ていろ」

 政宗は着ていた羽織を脱ぐとそれをに着せようとした。
 しかし、即座には首を振って、その羽織を脱ぐ。

 「いいよ、私平気だから。これは政宗が着て」

 そう言っては政宗の羽織を返してきた。
 そんなの行動に、政宗は無意識に目を見張る。まさか返されるとは思わなかったのだ。

 

 「お前なぁ、このままだと風邪引くぞ。俺はいいからお前着てろ」

 「大丈夫よ。私、寒いの平気だもん。でも政宗寒いの嫌いなんでしょ?だったら政宗が着てて」

 再び差し出した羽織をはまた返してきた。途端、政宗の眉間に皺が寄る。二度も返されてしまっては、男として黙っていられない。

 

 「俺がいいって言ってんだ。大人しく着ていろ」

 つい政宗は苛立ちを言葉に出してしまった。だが、それは逆効果だ。
  その感情を敏感に感じ取ったはますます突っぱねる様になってしまったのだ。

 「だから、私は大丈夫だって言っているじゃない」

 「よくねぇ。こんなに冷えてるのに大丈夫なわけねぇだろ」

 「まだ平気よ。それに本当に寒くなったらちゃんと部屋に戻るもん」

 「駄目だ。いいから着ろ!!」

 「大丈夫だってば!!」


 だんだん、二人の口調が激しくなってきた。

 二人のやり取りも話の内容も、よく聞くととても単純かつ幼稚な内容なのだが、もはや二人にはそんなこと関係ない。
 こうなっては完全に男と女の意地のぶつかりあいだ。

 この場に小十郎あたりが居ればきっとすぐに不毛な争いだと二人は気付けるのだろうが、生憎今はそういう助け舟を出してくれる人が居ない。そうしている間に二人のぶつかり合いは、今にも噛み付かんばかりの睨み合いにまで発展していた。


 ばさり、と庭の隅で木から雪が落ちる。だが、誰もそんなこと気付かない。

 


 「…… よぉし。わかった」

 

 意外にも、この不毛な争いから先に身を引いたのは政宗だった。
 政宗はから身体を離すと、突き返された羽織を再び着込む。
 その間に随分と身を乗り出していた事に気付いたは、政宗が離れたことで慌てて体制を元に戻した。
 そして、再びが元の様に庭に向き直ったその時。

 

 「ん?」

 

 突然、の両脇から何かが現れた。

 

 その事に驚くと同時、の背後にどすん、という豪快な音と共になにか気配を感じた。その気配をはよく知っている。

 

 「ひゃっ!!」

 思わず声を出したその時、すでにの身体は政宗の腕にすっぽりと収まっていた。
 突然の出来事に何が起こったのかわからずは頭が真っ白になる。

 一 体、何が起こった?

 そんな言葉がぐるぐると頭の中を回っていた時。

 「これならcomplain文 句)ねぇだろう?」


 という、声が聞こえてきた。しかも自身のすぐ近く。耳元からだ。

 途端、の心臓が飛び出しそうなほどに大きく鼓動した。
 

 「え…… あ……、う……」

 動揺のあまりは言葉が紡げない。ただ口をパクパクするだけで精一杯だ。

 密着した背中を通じ、政宗の鼓動が直に伝わってくる。完全には言葉を失ってしまった。

 政宗の独特の低い声音が耳から離れない。顔どころか体中が一気に熱を持つ。もはや寒さなんて微塵も感じない。感じる余裕すらなかった。

 急に大人しくなってしまったからだろうか。不意に政宗はの顔を覗き込んで来た。

 「ぎゃあ!!」

 思わず声が出てしまったが、色気も何も無い声に自分自身落ち込んでしまう。そんなを見た政宗はちょっとむっとした様子で、「……なんだよ」と口を尖らせた。


 「お前が羽織着るの嫌がるからだろ?これだと一石二鳥じゃねぇか」

 いや、一石二鳥と言われても……。という言葉が喉まででかかったが、それ以上言葉が痞えて出て行かない。
 そうしている間に政宗の腕の力が強くなり、密着度も増していく。

 ふいに政宗の頭がの肩に触れ、身をよじる事も出来なくなっていたの身体はますます硬くなった。

 

 こんな風に政宗の腕に抱かれるのは初めてではない。
 だが、それでもいつも以上にその存在を感じてしまうのは何故だろう。
 政宗が言うとおり、身体が冷え切っているから無意識に温もりを求めてしまうのだろうか。それとも……。

 「ま…… 政宗……」

 「ったく、obstinate(強情)な奴だな。やっぱ冷えてるじゃねぇか。すげぇ冷たい」


 の肩に頭を乗せたまま、政宗は口を動かした。
 その拍子にの視界に映っている政宗の茶色の髪が揺れる。その感触がくすぐったくて、はぎゅっ、と目を瞑った。

 発せられる声音も毀れる吐息も、何もかもが近い。
 こんなに近い位置で政宗の存在を感じたのは初めてではないだろうか。

 そんなはずは無い。そんなことはないと、頭ではわかっている。わかっているのだが、心が付いていかない。
 は耐え切れず、何かを振り切るようにして空を見上げた。その瞬間―。

 「あ!!」

 

 は声を上げた。
 突然上がったその声に、政宗は顔を上げる。見るとは再び天を見上げており、何かを見ていた。


 「ね!!政宗、政宗!!見た?今の見た?」

 「あ?what’s?」

 何やら興奮したようにそういうに政宗は首を傾げた。
 見た?と言われても見ていないとしか答えようが無い。すると、が弾かれたようにこちらを振り返った。

 

 「流れ星!!流れ星よ!!今、あそこをひゅーんって!!凄い、スゴイ!!私初めて生で見た!!」

 まるで小さな子供の様に満面の笑みを浮かべ、ははしゃぐ。
 その一瞬の変化に完全に虚を付かれてしまった政宗は、しばし呆然としてしまった。

 ほんの少し前まで羞恥心の塊となっていたはずなのに、すごい変貌振りだ。だが、政宗の意識を奪ったのはその驚きだけではない。無邪気に微笑むの笑顔に一瞬にして魅入られてしまった自分がいたのだ。なんという顔で笑うのだろう、この少女は。

 

 「あ!!ほら、また!!」


 すぐにが声を上げた。その声に政宗は我に返り、再びを見る。
 だが、の視線はすでに星々に奪われており、政宗を見てはいない。
 政宗は小さく、本当に小さく息を吐いた後、両腕でを抱えたまま左目を天に向けた。

 

 「…… 何処だよ?」

 「う、 うんと……。さっきはあそこらへんで……あ、今また流れた!!」

 

  の言葉に政宗はしばし天を見つめる。だが、が言うように政宗の目にはその星が流れる様はなかなか映らない。
 動体視力には自信があるのだが、星を見るのに動体視力は関係ないのだろうか。

 「お前すげぇな。俺にはちっとも見えねぇぜ」

 「私もびっくりだよ!!一晩でこんなにも流れ星見れるなんて思わなかった!!」

 

 すご い、すごいとは連呼する。
 そんな腕の中ではしゃぐ少女を、政宗はじっと見つめた。

 

 

  「そんなに珍しいか?流れ星なんて」

 ふいに口から言葉が毀れ出た。心の中で呟いたつもりが、無意識のうちに口から声として出てしまっていたらしい。
 だが、そう口にしてすぐに政宗は先程のが元の世界ではあまり星は見えないという言葉を思い出した。

 流れ星など、政宗は子供の頃から何度も見ている。だが、はそうではないらしい。ならば流れ星の一つや二つではしゃぐのもわかるというものだ。

 気を悪くしたかと、ガラにも無く心配になり、政宗はの顔を覗き込もうとした。
 だがその瞬間、再びが振り返った為、間近な位置で二人の目が合う。その思いがけない不意打ちに、反射的に政宗は少し身を引いてしまった。

 

 「ね、 政宗。政宗は流れ星に何をお願いする?」

 「……An?」

 

 唐突な質問に、政宗はガラの悪い声を出してしまう。何も知らない人ならば、その短い一言だけで竦みがってしまうような声だ。
だが、目の前にいる少女はまったく臆す様子を見せない。完全に慣れてしまっているのだろう。は笑みを浮かべたまま言葉を続けた。

 

 「知らない?流れ星が流れている間に3回願い事を唱えると叶うっていう話」

 政宗はしばし考えを巡らせた。だが、すぐに肩をすくめる。そんな話聞いた事も無い。

 

 「あれ?じゃあまだこの時代では言われてないのかな?……だったら教えあげる。私達の世界では結構有名な話なんだよ」

 政宗は「ふぅん」とまたしても率直な感想を表す。後の世にはそんな流れ星の伝説があるのだと、勉強になった。

 「だが、それは無理だろう。流れ星が流れているのなんて刹那だぞ?3回も唱えてたら確実に間に合わないだろうが」

 そう政宗が言った瞬間、が「もう」っと口を膨らませた。

 「夢が無いなぁ、政宗は。そんなの皆わかっているよ。これはそんな現実的な話じゃなくて、もっとこう……ロマンなの!!」

 「ろまん?」

 

 珍しく政宗が首を傾げた。
 この時代では珍しく政宗は異国語が堪能だ。口から飛び出す英語は単語が多いものの、その語学力は間違いなくよりも上だろうと思われる。だが、そんな政宗でもまだ知らない異国語が存在するようだ。

 

 「そう、ロマン!!いわば夢よ、夢。願い事っていうのは簡単には叶わないもので、それを叶えるために人は努力するでしょ?流れ星も同じ。3回も唱えるのは不可能だってみんなわかっているから、それが叶うように努力するの。それで、もし本当に3回唱える事ができたら、願い事だって叶えられるって思えるじゃない?」


 ロマンの意味を上手く説明する自信がないので、は自分の考えを口にした。
 世間一般的に言われている流れ星の伝説とは意味合いが異なるかもしれないが、それでもはそう思っている。

 何ごとも不可能な事は無い。努力をすればどんな願い事だってきっと叶うと。そう、は信じているのだ。

 


 「ふぅん……。なるほど、『ろまん』な……」

 そんなの思いが伝わったのか、政宗はそう呟いた。

 

 『ろまん』、という言葉の意味ははっきりとはよくわからない。
 だが恐らく理想とか、夢とかと同じ類の言葉なのだろう。それならば何となくわかる気がするし、が一番言いたい事ははっきりと伝わってきたので、政宗はそれ以上の追及はしないことにする。

 

 

 「政宗?」

 急に黙り込んだのでどうしたのかと見上げると、政宗はじっと空を見上げていた。
 政宗の独眼が天に無数に輝く星を見つめている。
 その顔を見た瞬間、ああ、いつもの政宗の顔だ。とは思った。

 政宗が何を欲しているか、何を願っているのかは知っている。
 奥州筆頭として国を守り、民を思い、未来を見つめるその独眼が目指し望んでいるものは、あの天に輝く星よりもきっと遠い。
 それでも政宗は願い続けるのだ。いつか必ず、手にする事を信じて。

 

 思わず見とれてしまっていた事に気付いたは慌てて、その視線を空に向けた。

 

 その瞬間。

 

 

 「「―…… あ!!」」

 

 

 政宗との声が見事に重なる。そして同時に二人は顔を見合わせた。


 「見た!?今の」

 「ああ。ようやく俺にも見えた」


 どちらからとも無く言い出した言葉に、二人は無意識に顔を綻ばせた。

 何気なく見上げた空に再び流れた星。どうやら二人は同じ星を見たらしい。たったそれだけのことなのに、何故だかとても嬉しくなる。と、急に政宗は珍しく「あ」という声を上げた。

 


 「Oh,It's blunder.(失敗した)願い事3回唱えるどころか、願い事自体考えるのを忘れていたぜ」

 「あ、 そういえば私も……」


 政宗の呟きに引かれるようにもその事を思い出した。肝心な事を忘れているのに、まったく気が付かなかった。
 不意にぷっとは噴出した。それに政宗も釣られたのだろう。政宗も肩を震わせて笑い出す。
 時間も場所も忘れ笑い合う二人の声が冬の空に響く。そうして一頻り笑った後、は政宗に尋ねた。

 

 

 「ね…… ねぇ、政宗。政宗は何をお願いするの?」

 もはや自分が政宗の腕の中に居る事など微塵も気にしていないらしいは、好奇心いっぱいの視線を政宗に向けた。

 とたん、政宗の笑いが止まる。その異変に気付き小首を傾げるに政宗は急に顔を背け、

 

 「教えねぇ」

 

 と、 答えた。

 

 

 

 「うわ、ケチ臭〜!!いいじゃない、ちょっと位教えてくれたって」

 「ケチじゃねぇ。願い事ってのは安々と口にするもんじゃねぇだろうが」

 「そんなこと言って、本当は口じゃ言え無い様な事考えてたんじゃないの?」

 「んだと、コラ。襲うぞ、てめぇ!!」

 「きゃー!! ちょ、ちょっと何処触ってんのよ馬鹿!!変態!!スケベ!!」

 「だれがスケベだ!!そういうお前はどうなんだよ!?」

 

 

 その不意な切り返しに今度はがう、っと詰まる。 当然、政宗がそれを見逃すはずが無い。にやりと口元に笑みを浮かべると、わざとに顔を近づけた。

 

 「そらそら、どうした?言ってみろよ。人に聞くにはまず自分からってな」

 「や…… ちょ、やだ!!絶対言わない!!」

 「なんだよ、人の事言えねぇじゃねぇか」

 「も 〜、いいでしょ別に!!……っていうか、いい加減離れてよ〜〜〜」

 

 再び夜だという事を忘れ、二人は騒ぎ出した。叫んだり、暴れたりしながらも何処か二人は楽しそうに見える。

 今は居ない従者達がこの光景を見たらなんと言い、何を思っただろう。その姿に涙を流すか、あるいは逆の反応か。それは誰にもわからない。

 

 

 「あ!! 流れた!!」

 「何!? 何処だ!!」

 

 空に輝くのは満天の星。

 その星空の下、雨の様に降り注ぐ欠片を青年と少女は星を探し続ける。 

  その胸に秘めたる願いを抱えたまま……。

 


 

 


 (だって、言えるわけ無いよ……)

 

 

 

 

 

 (だって、言えるわけねぇだろ……)

 

 

 

 

 

 

 

 『―もう少し、このままで居たいなんて……』

 

 

 

 

 

 

 互いに同じ願いを抱いている事など露知らず、二人は流れ星を探し続ける。


 そんな二人の上を、星の雨は静かに降り続けるのであった。

 

 

 

END


あとがき
サイト開設一周年記念に取ったアンケート結果『政宗夢、甘々、友達以上恋人未満』で書いてみました。
果たしてこれは甘々か?と疑問しか持てない上に、友達以上恋人未満だからラブラブする訳にもいかず、チュー無し、セクハラ程度のスキンシップで押さえてみましたがどうでしょうか?ちゃんと答えら れてますかね?(ついでに色々考えた結果、連載の外伝にしかなってないという罠……)
明らかに政宗が偽者(英語全然喋らせてないし)で、申し訳ありません。途中から管理人、筆頭を見失いました……。
こんな話ですが、それでも誰か一人でも気にいって下さった方がいらっしゃれば幸いです。

 

それでは アンケート回答してくださった方、読んでくださった方、ありがとうございました。
フリーですので、こんなんでよろしければどうぞ持って帰ってください。

2008 2/5 萱嶋沙耶