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結局その日もいつもと変わらぬままに過ぎた。まあ、さすがに、ここへきてまでジュリアスも「仕事仕事」と連呼はしなかったし、故にクラヴィスも大人しかったのでそういう点ではいつもより静かではあったけれども。
「あ〜あ、あんたがいなくなっちゃったら、愚痴聞いてもらう相手がいなくなっちゃうじゃないのよ」 オリヴィエはティーカップをスプーンで意味もなくかき混ぜながらそんなことを言った。 「ですがまあ、ようやく重責から解放されるということですから〜」 おっとりとルヴァ。 「おめでとうございます、というべきでしょうかねえ〜」 「そりゃなんか変じゃない?ルヴァ。その前にお疲れ様でしょうが」 オリヴィエに突っ込まれてああ、そうでした、ははは〜、といつもの如く彼らしい笑い声をルヴァが上げる。 そんな中、リュミエールとマルセルは妙に大人しい。今までの11人(女王、補佐官、守護聖9人)が揃う最後の茶会。この次の時にはクラヴィスはいない。聖地にあがって20年余り、ようやくサクリアが衰え、聖地を去ることになったのである。 「ほんとうに・・・お疲れ様でした」 リュミエールが言う。クラヴィスは穏やかに笑ってねぎらいを受け取った。 「まあよー、なんでもいいけど、ぼーっと歩いてんじゃねーぞっ。外界ってのはテンポはえーんだからなっ」 少しぶっきらぼうに言うゼフェル。お前そういう言い方ないだろう、とランディに小突かれんだよ、うっせーな、などとやりあいになる。また喧嘩して、と割って入るマルセル。 「クラヴィス様、お元気で!俺、こういう時気の利いたこととか何もいえなくて・・・」 ランディが言う脇でまたゼフェルが、ほんとオメーって芸がねーよな、と突っ込みマルセルに茶々入れちゃだめ、と叱られている。 「あーあ、寂しくなるわねー」 ぼやく女王、くれぐれも体にお気をつけて、と無難にまとめるロザリア。皆一言一言送る言葉を述べて行く。 「ほら、マルセル、あんたも」 最後まで残っていたマルセルをオリヴィエがそうつついた。 「あ、あの、僕・・・」 カティスが去って以来初めての「別れ」である。泣くまいと今までこらえていたのだろう、けれども結局それもできずにとうとうマルセルは泣き出してしまった。 「ご、ごめんなさい。泣くつもりなかったんですけど・・・」 ごしごしごし、目をこすってやっとのことで、今までありがとうございましたとそんなことを言った。 聖地と外界の間にそびえる門。その前に皆は集まっていた。 「ジュリアス様、遅いですね」 ランディが見回してそんなことを言う。 「珍しいよな。あいつぜってー時間の10分前には場所にいるのによ」 とゼフェル。オスカーも首をひねった。 「一体どうなさったんだろうな」 「そうですねえ〜」 ルヴァが言ってのびをする。 「案外ジュリアスってばクラヴィス追い立ててたりして?」 オリヴィエがそんなことを言い、笑いが広がった。 「あははー、ったくそなたはっっ!どうしてそうそうルーズなのだ。最後くらいはきちんとしないか!・・・なーんてやってたりしてね」 女王がジュリアスの口調を真似てみせる。それがあまりに似ていたので皆は吹き出してしまった。 「うわー、それそっくり!」 「陛下、お上手ですね!」 云々云々。 そんな中でマルセル一人が、ぐすぐすともう今から泣きそうになっている。 「あーあ、オメーもよ、そんなじゃセオンに笑われるぜ」 気づいたゼフェルがどん、と背中を叩いてそんなことを言った。セオンはクラヴィスの後任である。 「そんなこと言ったって・・・」 ぐすぐすぐす。 「しっかしクラヴィス、遅いなあ」 オリヴィエは言って宮殿の方を見やった。もうとうに時間を過ぎているのに闇の館の馬車はまだ現れない。 「まー、あいつが遅いのは今に始まったことじゃねーけどよ〜」 「やはりお屋敷までお迎えに上がった方がよかったでしょうか・・・」 リュミエールがそんなことを言う。 「でもここでって言ってきたのはクラヴィスだしさー」 見送りは門のところで、とそう言われているのである。 「ま、最後くらいゆっくり人に邪魔されずに浸りたい感慨でもあるんじゃないの?」 云々云々。オリヴィエがそんなことを言っているところへ、遠くカラカラと馬車の音が響いてきた。 「あ、来た来た!」 みるみるうちに近づいてきた馬車が、一同の目前で止まる。降りて来たのはクラヴィスと闇の守護聖セオンだった。 「あれ、クラヴィス、ジュリアスは?」 思わずオリヴィエが尋ねる。 「ああ、あれか。あれなら来ないだろう」 クラヴィスはけろりとして答えると何だ、結局後は全員いるのかとそんなことを言った。ふっと面白がるように笑う。 「来ちゃ悪い?」 少し意地悪く言う女王を脇でロザリアが陛下、と小突いている。そんな様子にクラヴィスはまさか、とそんなことを言った。もったいないことで、などと言うのを珍しいじゃん、とオリヴィエが茶化してまたどっと笑い声が広がる。 「皆、来てくれてありがとう」 クラヴィスはあらためて皆に向き直るとそんなことを言った。 「・・・お元気で」 リュミエールが口火を切り、一斉に皆が別れの言葉を告げた。ああ、ありがとう、言葉少なに答えてクラヴィスが鞄を持ち直す。 「皆も達者で」 そして彼は門をくぐりぬけて行った。 ----そろそろか・・・---- ジュリアスはふと仕事の手を止め立ち上がると窓へと歩み寄った。クラヴィスが聖地を去る。皆は門のところまで見送りに行ったけれども、そうそう全員執務を抜けてしまうわけには行かないから、とジュリアス一人宮殿に残ったのである。 この聖地で出会って20年以上を共に過ごしてきた。まだ心の隅でどこかひどく現実感がない。 遅刻はするわ、早引けはするわ、書類はサボり倒すわ手を抜きまくるわ、その他もろもろ、まったくひどく手こずらされたものである。今日からはもう、それで頭を悩ませる者もいないのだと思うとひどく不思議な心持ちがする。 ジュリアスは小さく息をつくとまた机に戻った。昨日徹夜をしたせいか、さすがにはかどりが悪い。実は昨夜、クラヴィスが酒瓶片手に押しかけてきたのである。 何をしゃべったというのでもない、二人してちびりちびりやっているうちに気がつけば夜中も三時を回っていた。今更寝るのも、と徹夜を決めたジュリアスに結局クラヴィスもつきあい、なんだかんだで二人、夜明かしをしてしまった。 その後聖地を去る準備のためクラヴィスは帰って行ったけれども、あれのことだ、どうせあの後一寝入りしたに違いない、ジュリアスはそんなことを思った。決裁済みの書類を脇によせ、別の資料に目を通し始める。 それで寝坊していなければよいがな---- そんなことを心につぶやきながら。 一度聖地を出てしまうと、通常は聖地とのつながりは切れてしまう。どこで何をしていようとどうなろうと、聖地には伝わってこない。いずれにせよ、知ったところでどうこうなるものではない、ということもある。 そうして「何かが足りない」風情で日々は過ぎ---- それは、クラヴィスが聖地を去って1週間余りがたった時に起こった。 「そう、それから・・・」 王立研究院の者に指示を出しながら歩いていたジュリアスは思わず立ち止まった。 「・・・クラヴィス?!」 我知らず上げてしまった声に研究員がどうなさいました、と声をかける。 ----見えないのか?---- ジュリアスは研究員を振り返ったけれども、どうやら彼にはクラヴィスの姿が目に入っていないらしい。 いや、そもそもクラヴィスがここにいること自体おかしいのである。この宮殿の中庭を囲む回廊に。 研究員を帰し、足早に歩み寄る。 「クラヴィス、一体何故そなたが・・・・・」 目があって、クラヴィスがふっと笑った。あのいつもの独特の笑み。着ている服は恐らく外界のものだろう。 どうやって入ってきたのだ、と手を伸ばした瞬間、けれどもそれはふいにふっと消えてしまった。 「・・・・・・」 思わず手をみる。後に残るは明るい光の射しこむいつに変わらぬ庭園。夢でも見たのだろうか、と茫然と向きを変えた時、オリヴィエの声が飛んできた。 「あれ、ジュリアス、今クラヴィスがいなかった?」 「そなたも見たのか」 ジュリアスが言うと、息せき切って走ってきたオリヴィエはうん、見た見た、とそんなことを言った。 「上の廊下歩いてたらさあ、姿が見えたから一体どうしたんだろって・・・やっぱりあれクラヴィスだったの?」 「・・・・に見えたが・・・・」 ジュリアスは言って再び手を見つめた。触れるか触れないかの瞬間に、かき消すように消えてしまった。 それを聞いたオリヴィエはまさか、と眉をひそめた。 「だってそんな・・・」 「まあ、あれがここにいるはずもないのだが・・・」 「だけど確かに見たよ。黒っぽい服着てさ、髪は前より短くなってたけど、でもあの立ち方は絶対クラヴィスだったって」 「ああ、まあな・・・だが、一緒にいた研究員には見えなかったようなのだ。私が夢でも見たのかと思ったが・・・・」 「・・・でも二人揃って夢なんか見るはずないし・・・まさか幽霊、とか・・・?」 オリヴィエの言葉にジュリアスがまさか、と小さくつぶやく。 「でもさあ、そうでも考えないと・・・ジュリアスって見える方?」 「いや、今まで見たことはないが・・・・」 「私もないんだけど、そういうカンみたいなのはある方なんだよね。これはさあ、やっぱり・・・」 「・・・・問い合わせてみるか・・・・」 ジュリアスは低くそうつぶやくと、行政府の方へと足早に歩いていった。 「だからさ、そこをお願い!」 オリヴィエが脇から口を挟む。 「息災にしているかだけで良いのだ」 ジュリアスが重ねて頼み込む。 「・・・しかしですねえ・・・」 守護聖二人に頼み込まれて係員はほとほと弱り果てた、といった風情で長らくためらっていたけれども、絶対内密にしてくださいよ、と念押しして、オペレーションボードに指を滑らせた。 守護聖を含め、一般には退任した守護聖に関する情報は知らされない仕組みになっているが、聖地の一部行政機関は、その性質上、退任した守護聖についてある程度のことは知っている。 係員はだっとデータを調べていたけれども、おかしいな、というように首をひねった。いくら外界の時間の方が早く流れるといっても、まだ数ヶ月しか経っていないはずである。ところが・・・ 「残念ながら追跡はできないようです」 係員は向き直るとそんなことを言った。 消息不明。 「・・・・!」 ジュリアスとオリヴィエが顔を見合わせる。 「それは一体・・・」 「ええと、最後の日付は948-2-24。外界の日数にして1ヶ月ほど前になりますね」 「何かあったのか?」 「さあ・・・そこまでは分かりかねますが」 係員が小さくため息をつく。 「そうか、いや、手間を取らせてすまなかった」 ジュリアスは言うとオリヴィエと連れ立って宮殿へと引き返した。 シャワーを浴びて髪と体を乾かし、居室へと戻る。もう夜中にほど近い時間。いつもならそのまま明日に備えて眠るところなのだけれども---- どうしてもそうする気になれず、ジュリアスはグラスを用意すると、ボードを開いてブランデーを取り出した。 カラン・・・ 氷が音を立てる。 確かに中庭で見たのはクラヴィスだった。自分よりほんの少し背の高い影。聖地では見かけなかった、けれど、相変わらず黒っぽい服を着ていた---- ----ジュリアス---- 音はなかった。けれど確かにそう唇が動いた。どこか懐かしそうに笑った・・・ 消息不明、だという。女王配下宇宙の住民は、基本的にほぼ全て把握されている。元守護聖であればなおのこと。けれど、「システム」は彼を見失った・・・ まさか、という思いが胸の底にする。だってそんなに日もたっていない。ついこの間聖地をさったばかり。ついこの間・・・ カタリ ジュリアスは指先に小さな水晶を触れた。クラヴィスの落としていった紫水晶の欠片。立ち去る前夜やってきて、二人で飲み倒して。その時何かの拍子に落ちたものらしい。返そうかとも思ったけれど、まあいいか、と結局手元に残してしまった・・・ 死んだ・・・のか? あれほど嫌っていた守護聖の鎖、そこからようやく解放されたというのに。長く長くその時を待っていたに違いないのに。 「・・・信じられぬ・・・」 ぽつり、ジュリアスはそうつぶやいた。 ----やっぱりさあ、クラヴィスってば、あんたのことすっごく気になってたんだねェ---- オリヴィエの言葉が胸に甦る。 ----なんだかんだって喧嘩しながらもさ---- 人は時にこの世を去る時、近しい者、思いを残した者に別れを告げに現れることがあるのだという。 6歳の時この聖地で出会った。喧嘩をしつつ、時につるみつつ。一緒に育って来た。信じたくない。彼がもうこの世界のどこにもいないのだ、などとは。 覚悟はしていたことだった。外界と聖地の時間は流れる速さが違う。一度外に出てしまえば、二度と会うことはないし、いつか自分が聖地を出るころには、とうに命は尽きている。 ここにいたころは、どこかいつまでも"そこ"にいるような気がしていた。良くも悪くも。頭ではあり得ないと分かっていても、それでもどこか、いつも"いる"ような気がしていた。ずっと、永遠に。 たった一人残った肉親ともいうべき者。血のつながりはない、けれど、確かに家族のように共に育ち、また過ごしてきた。対立することも、何をすることも、全てその内にあった---- グラスを傾け息をつく。向かいにあるはずの影はない。 滅多にないことだったけれど、それでも稀に共に酒を飲んだ。彼はいつもずぼらをしてあの窓からやってきた---- らしくもなく深酒になってきてジュリアスは苦笑を浮かべた。いい加減にやめておかねば、そう思う。けれど、動くことができなかった。 ----クラヴィス---- ふと生暖かい感触にジュリアスは頬に手を触れ、苦笑した。何を泣くことなど・・・何を・・・ 思う心に関係なく涙はこぼれる。 ----やれやれ、まったくそなたは・・・---- いつもいちばん強い感情を運んできた彼。最後の最後もまた---- 肘をつき額に手を当て感情の波を静めようと努める。しんしんと更けて行く中、長く長くそうしてジュリアスは動かなかった。 ★ どんな時も(後編) さすがに重たい体を引きずって出仕してきたジュリアスは、自分の執務室の扉を開けたとたん、そのまま固まってしまった。 「----クラヴィス?!」 馬鹿な。 けれど、クラヴィスはジュリアスの声にも気づかぬ様子でぼうっと部屋を見回している。 「そなた一体・・・」 すぐ傍まで歩み寄るとつと振り返る。変わらない顔立ち、深色の瞳---- 「そな・・・た・・・」 クラヴィスは茫然としているジュリアスにどこか面白がるような顔をして見せた。 「一体どうやって入ってきたのだ!」 思わずそう叫ぶ。が、クラヴィスは右から左。 「何か答えぬか」 思わず手を触れる。と、すっとその手はつきぬけてしまった。 「・・・・!」 思わずじっと手を見つめる。クラヴィスが何か言うようだけれども、さっぱり分からない。もう一度。やはり突き抜けてしまう。 こ、これは一体どういう現象だろうか? ジュリアス硬直。 どうしたものかと思案しているところへ、ランディがやってきた。 「あ、ジュリアス様、昨日の訂正書類のことなんですけど・・・?どうかなさったんですか?」 「え・・・?」 はっと我に返りジュリアスがランディを振り返る。ランディは歩み寄ってくるとこれでいいでしょうか、と昨日再提出するよう言いおいた書類を差し出した。 「あ、ああ、少し待て」 執務机につき、書類に目を通す。ふんふんふん、脇からのぞきこむのはクラヴィス。ランディはけれど何も言わない。 ああ、邪魔だ、クラヴィスを手で払う仕種を無意識に繰り返していると、ランディが腕の調子でもお悪いのですか、とそんなことを聞いてきた。 え、と見返す眼差しをランディは特に何もない風で受け止めた。 ----見えていない・・・?---- 彼がおかしいのか、自分がおかしいのか。多分自分がおかしいのだろう。こんな馬鹿なことがあるはずがない。 「あ、いや、少し肩がな」 適当にごまかしつつ、書類を受領する。ランディはほっとした顔をして出て行った。 「・・・一体どういうことだ」 言うけれども、とんとまともな返答なし。いや、あまりこれにかかずり合ってばかりいては仕事にならない。そこでとりあえずは仕事にとりかかったのだけれども--- 「おわっ、なんでクラヴィスのヤローがいるんだよっ」 入ってくるなりゼフェルの大声が響き渡った。どうやら彼は見えるらしい。 「・・・分かれば苦労はない」 ジュリアスははあ、とため息をついて言った。ゼフェルの姿を認めたらしいクラヴィスがさっと動いていって手を伸ばす。 スカッ ゼフェル硬直ジュリアス頭痛。 「な、な、な、なんだよ、コレーっっっ」 ゼフェルの絶叫が響き渡る。 その声を聞きつけたのだろう、どうしました、とオスカーが飛び込んできた。何やらあらぬ方を指差してガクガクいっているゼフェルと、執務机の向こうで険しい顔をしているジュリアス。 「どうしたんです?」 さっぱり何が起こっているのか分からない。と、ジュリアスははー、と息をついた。 「そなたは見えない口なわけだ」 「は??」 なんだろうとさらに入ったところでクラヴィスが今度はオスカーに近づいた。オスカーのいる場所を行ったり来たり。その度にすかすかとすりぬけているのだけれども、オスカー、とんと気づく気配なし、である。唖然と見つめるジュリアスとゼフェルにオスカーはあの、何かついていますか、とそんなことを尋ねた。 「ついている・・・というか何というか」 全然気づかないオスカーにクラヴィスがさらに目の前で手を振ったりたたく真似をしてみたりする。 「オメーぜんっぜん見えてねーな?」 今まで様子を見ていたゼフェルがそんなことを言った。 「何がだ?」 「クラヴィスのヤローだよ」 「あはは、ゼフェル、何をねぼけたことを言ってるんだ?クラヴィス様なら先日外界に出られただろう」 言っているそばからクラヴィスがえい、とオスカーを蹴飛ばしているのだが、無論オスカーの方は全く、全く、見えていない。 「・・・幸せなヤツ」 ぼそっとつぶやくゼフェル。 さらにぽかぽか殴っていたクラヴィスに、ジュリアスはとうとう叫んだ。 「いい加減にしておけ!クラヴィス!」 ゼフェルに続いてジュリアスまで。硬直するオスカー。 「い・・・一体何がどうしたっていうんです?」 「・・・いや、よい、気にするな」 説明のしようもなく、ジュリアスが言う。気にするなと言われても。どういうことだとゼフェルを振り返るも、ゼフェルの方も無音の構え。そして結局オスカーは一体何なんだ、と首を振り振り出ていったのだった。 ----視線を感じる。 ジュリアスははっと気づいて振り返り、向こうを向いていろとそんなことを言った。恐らく身振りで分かったのだろう。むっつりとクラヴィスが後ろを向く。 今日一日ずっとクラヴィスにとりつかれたままだった。執務室を出れば大丈夫かとも思ったのだけれども、あにはからんや、どこまでも、どこまでも、ついてきたのである。とうとう私邸まで。お陰で宮殿は大騒動。見えない人間の方が多いけれども、思いの他ぱらぱら「見える」連中もいたのである。 一体何なのだ、思いながら手早く着替える。守護聖の中で見えたのは自分とゼフェル、オリヴィエの三人だけ。マルセルは気配だけは感じ取ったらしく、何やらひどく緊張していた。残りのランディ、オスカー、リュミエール、ルヴァ、それからクラヴィスの後任セオンはからっきしである。 「さて、クラヴィス」 着替え終わったジュリアスはクラヴィスに向かって言った。 「一体何が言いたいのだ」 こうして出てくるからには(およそ信じられないような話だが、現に目の前にいるのだから仕方がない)何か伝えたいことでもあるのだろう。 大体の様子でこっちの言っていることは分かっているはずなのに、クラヴィス、答える気はないらしい。ジュリアスの向かい側に座って(一応椅子を用意する辺りがまたジュリアスのジュリアスたる所以なのだが)ジュリアスの格好を真似て遊んでいる。 「クラヴィス!」 ジュリアスが怒る。 「一体そなた何をしに来た。遊びにきたのではないだろう」 (お前はすぐ怒る) 「怒らせているのは誰だ!一体どうしたいのだ」 (別に・・・) 「別に、ではなかろう!」 ・・・・・幽霊相手に思わず叫ぶジュリアス。全くこやつ、幽霊になってまで怠惰だな。 と、ジュリアスは不意に思い出して立ち上がった。 「ひょっとしてこれか?」 まさかこんなものにあれが執着するとも思えないが。思いつつ彼の落として行った紫水晶の欠片をテーブルの上に置く。 クラヴィスの目がやや大きく見開かれたところを見ると、どうやら知らなかったらしい。ということはこれではないということか。 振リ出シニ 戻ル 仕方がない。とりあえず風呂に入って寝るか。ジュリアスは立ち上がると、絶対、絶対、ついてくるなよと言い置いてバスルームの方へと消えて行った。 そして朝。 ぱちぱち・・・・ぱちっっ!?!?? 鼻先すれすれに見慣れた顔。ぎゃーーーっ、とはさすがに声を上げなかったけれども、一瞬ジュリアス硬直。 じーーーーーーーっ 見下ろすクラヴィス、見つめるジュリアス。 じーーーーーーーーーーーーーっ 見合うことしばし。 「そこを・・・どけ」 ジュリアスが言う。が、クラヴィス、起きるなら勝手に起きればよい、とばかりに動かない。 「どけと・・・言っている」 どうせ相手は幽霊です抜けてしまうのだから起き上がれないことはないのだけれど、それをするのはどうも抵抗感がある。 「クラヴィス」 ジュリアス、にーっ。クラヴィスもにーーーっ。 「いい加減に・・・どかないか!」 ジュリアスは叫ぶとえいとブランケットを投げかけた。反射的なものかクラヴィスがついと顔をそらせる。その隙をついてジュリアスはようやく起き上がった。 ----ったく・・・---- これはどう考えても嫌がらせをされているとしか思えない。はあああ、そういえばこ奴は昔から根に持つタイプであった。今更ながらに深い深いため息の出るジュリアスであった。 「え、え、嘘でしょ、ゼフェル」 震え声のマルセルにゼフェルが追い討ちをかけるように言う。 「嘘じゃねーって。ホントにクラヴィスのヤローなんだよ。だけどすぬけて触れねーんだ」 「嘘だと思うならジュリアスに聞いてみろよ。あいつきのうからずっととりつかれてやんの」 言ってゼフェルはことさら幽霊ポーズをとってみせた。 「こう黒〜い服着てよ、髪の毛だらーっとして恨めしそーーな目で・・・」 「ぎゃーーーーっやめてよ、ゼフェル!」 怪談の苦手なマルセルが叫ぶ。 「いい加減にしろよ、ゼフェル。そんなことあるわけないだろ。クラヴィス様は外界にいらっしゃるんだし」 とランディ。 「けっオメーみたいに鈍いヤローには見えねーだけなんだよ。ここだけの話、オリヴィエから聞いたんだけどよ、どうやらクラヴィスの奴・・・」 怖いけれど、やっぱり気になる。うんうん、と身を乗り出すマルセルとランディ。 「・・・行方がつかめねーらしいんだ。そうそう簡単に行方が分からなくなるはずねーからな、きっともうおっ死んでいねーんだ。それで死んでゆうれ・・・」 「うわーーーーー!」 耳を押さえて叫ぶマルセル。その声の方にびっくりしてランディとゼフェルは飛び上がってしまった。 「だーっテメーの声のが怖いっての!」 ゼフェルが言う。 「だ、だけど、どうして幽霊になんか・・・」 マルセルが震え声で言う。確かに昨日からジュリアスに近づくと妙な気配がしてはいるのである。見えないだけに余計に怖いといえば余計に怖い。 「そりゃやっぱ何か理由があるんじゃねーの。恨みとか・・・」 ゼフェルが言いかけてはたと三人固まる。何しろあのクラヴィスである。じとーっと・・・あり得ない話ではないような気がする。 しーーーーーーーん そして冷たーーーーい空気が辺りを覆ったのだった。 入ってきた王立研究員の職員が硬直する。ジュリアスの後ろには半透明のクラヴィス。 「あ、あの、ジュリアスさ・・・ま・・う、後ろに・・・」 「ああ、ただの背後霊だ、気にするな」 答えるジュリアスに職員更に硬直。た、ただの背後霊?厳格な首座殿が冗談を言うとも思えず、一体どうしたらいいのか反応に困ってしまう。 「どうした、用事があったのだろう」 促されては、はい、と机に歩み寄り、説明を開始する。そのジュリアスの肩越しにのぞきこんでくるクラヴィス。 ----こ、怖い・・・---- 逃げ出したいけれど、仕事が終わらないことには逃げ出せない。平然とした顔で執務をこなしているジュリアスを見るにつけ、信じられない気がする。 だんだんガクガク震えてくる相手を見ながら、ジュリアスは内心息をついていた。まったくクラヴィスのお陰で仕事がひどく滞ってしまう。 集中力完全に途切れています、な職員は、話が終わるやいなや、脱兎の如く逃げ出して行った。 「クラヴィス・・・脅かすなと言っているだろう」 言うけれどもクラヴィス分かっているのか分かっていないのかてんで聞く気なし。絶対これは嫌がらせだ、そう思う。 「まだいるんだ」 お茶を入れながらオリヴィエがそんなことを言った。普段は誘われても忙しいと断ることの多いオリヴィエのティータイム。しかし今日はさすがにへとへとで断る気力もなかった。 「ああ・・・」 げんなりとジュリアス。どこへ行くにもついてくるので迷惑極まりない。しかも、もうすでに宮殿、王立研究院、エトセトラ、ほとんど全て噂は回ってしまったらしく、廊下その他を歩いていてもジュリアス、完璧に注目の的である。そのくせ皆近づくとさささ、と逃げてしまう。 「こりゃぁ・・・お払いでもしてもらった方がいいかも」 普通幽霊なぞというものはあまり見えないはずなのに、少しでもその気のある人間にはどうやら皆見えてしまうらしい。このままではかなり執務に差し障りが出てしまう。 「お払い?」 「うん、祈祷師か何かに頼んでさ」 「できると・・・思うか?」 「うーーーん、そうだねえ・・・まあ、大体幽霊なんてのは心残りがあるからなるわけで、それを解消できればいなくなるんじゃない?」 「心残り・・・と言われてもな・・・」 はあ、とジュリアスがため息をついてクラヴィスを見る。 「オメーにとりついてるってことはオメーなんか恨まれるようなことしたんじゃねーの?」 とゼフェル。言われなくてもジュリアス、ずっとそれは考えつづけている。が・・・ 「何か心当たりは・・・ってありすぎて分かんねーか」 ゼフェルの言葉に周りがまあそうだろうな、といった顔になった。 「大体オメーたちすっげー仲悪かったし」 別に本心ではそういうつもりでもなかったつもりなのだが・・・ジュリアスは思ったけれども言わなかった。まあ、守護聖中でいちばん喧嘩率が高かったのは確かである。 「大体オメーって口うるせーしよー、がちゃがちゃがちゃがちゃいーっつも小言と説教ばっかだったし」 ここぞとばかりに日ごろの憂さをはらすが如く言うゼフェル。ジュリアスが小難しい顔になる。 「いや、まあ〜、ジュリアスは、クラヴィスのためを思って言っていたんですよね」 ルヴァがカバーに入るけれども、何しろ今までの関係が関係である。皆どうもその線が危ないような気がしてしまう。 「オメーはそのつもりかもしんねーけどよ、大体うっせーんだよな。言われる方がどう思うかってのは別だと思うぜ」 ジュリアスが言い返さないものだから、ゼフェル、調子にのりすぎ気味になってしまう。こりゃやばい、とオリヴィエはゼフェルの頭を小突いた。 「なーにナマ言ってんのよ、反抗期少年。あんたのはね、叱られて当然」 「っだよーっいってーな!」 ぎゃいのぎゃいのぎゃいの。 「だ、だけど、ほんとに何とかしないと・・・」 ランディがそんなことを言った。 「って、俺、見えないから全然わかんないんですけど」 「オメーの頭の上で手振ってやがるぜ」 ゼフェルに言われてえええっとランディが慌てる。 「と・・・とにかく」 ルヴァが言った。 「何とか方策を考えましょう」 ってなわけで。 なんじゃらじゃかじゃかじゃかじゃか。よく分からない祈祷が始まったりなんかしたりなんかしたりして。 かーっだのはーっだの気合を入れる祈祷師。神妙にうなじをたれているジュリアス、固唾を飲んで見守る同僚たち一同。 「暗・・・い・・・寒・・・い・・・」 絞り出すような声で祈祷師がつぶやく。 「寂しい・・・・」 震える手を伸ばす祈祷師。がっとジュリアスの腕をつかんだところで不意に意識を取り戻したらしかった。 「ど、どうだ・・・?」 ジュリアスが尋ね、皆もどうだった、と集まってくる。祈祷師は襟を正し一つ咳払いすると言った。 「分かりませんが、どうやら暗く狭いところにあるようです。彼に黄泉の門は閉ざされており、彼は成仏できずにさ迷い歩いている・・・」 ガクガクガクガクガク 祈祷師の言葉にマルセル初め年少の者たちが震え始める。 「寒く寂しい中を・・・連れを求めて・・・」 その一言が発されるや、皆一斉に数歩ジュリアスから下がった。 「お、俺、道連れにされっのいやだからな!」 「クラヴィス、連れて行くならジュリアス一人にしてね」 「あ〜やはり〜、何といってもいちばん近かったですし〜」 「ご、ごめんなさい、僕、寒いところは・・・」 「俺もちょっとその、閉所恐怖症で・・・」 「私もあまりその、暗いところはよいのですが、あまり暗すぎるところは・・・」 「俺もちょっとそこまではお供しかねます・・・」 云々云々。おい、お前たち!!な素敵な同僚たちにジュリアス嘆息。祈祷の結界のせいか、クラヴィスの姿は見えないけれど・・・ ----そうなのか・・・?---- そんなことを思う。 「かなり力の強い危険な霊です。すぐに除霊にとりかかりましょう」 「除霊?」 ジュリアスが尋ねる。 「ええ、黄泉の門を開いて送り込みます」 「なるほど・・・」 ・・・っというわけで。何やら大騒ぎのすえ除霊の儀式が行われた。かーっと叫んでばったり祈祷師が倒れる。 何が起こったんだ、と皆が心配して見守る中彼は立ち上がると、大変手強かったですが、なんとか成功しました、これで大丈夫なはずです、とそんなことを言い、しっかりたんまり礼金をせしめて去って行った。 丸一日以上をそれに費やして、やれやれ、と皆で帰路をたどる。 「まあ、無事クラヴィスも向こうに渡れたみたいでよかったね」 とオリヴィエ。 「はー、これでやっと安心して眠れるぜ」 わいのわいのわいの。皆がほっとして口数が多くなっている中、ジュリアス一人空気が重たい。 「どうしたのさ、ジュリアス?あ、ひょっとしてあの時のこと怒ってんの?」 「え・・?」 「ほら、こう、見捨てるようなこと言っちゃって。でもあれは半分以上冗談だったんだかんね。ほら、お約束って奴。ほんとに私たちがあんたを見捨てるわけないでしょ」 本当とも嘘ともつかぬようなことをオリヴィエが言う。 「いや、構わないが・・・」 「どうしたのさ」 「どうも・・・ピンとこなくてな・・・」 「あはは、ちょっと寂しい?」 「え、いや、そんな・・・」 「ほーんと、あんたたちって分っかんないねー。ま、ずっと一緒だったしそういうものかもしんないけどさ」 からからとオリヴィエが笑い、そうかもしれぬとジュリアスも笑った。そうこうするうちに、そうだ、葬式だか法事だかがわりにちょっと飲もうよ、なんてな話になってくる。というわけで、皆は道を変更してジュリアスの屋敷へと向かった。 「おじゃましまーす」 ホールに踏み込む・・・と。 ぎゃーーーーー! 上がる悲鳴。その中でやっぱり、とジュリアスは息をついていた。 ----あの程度では去るわけもなかったか---- そして過ぎること数ヶ月。やがてジュリアスのサクリアも衰え、交代の時期を迎えた。初めのころは大騒ぎだったクラヴィスもいつしか皆なれてしまって風景の一部となり---- 「じゃ、ジュリアス、体に気をつけてね。たまには私たちのことも思い出してくれるとうれしいな」 「お元気で、ジュリアス様・・・」 「どうぞ、ご健勝で」 「外はこことは全然違うんだからよー、あんまり無茶すんなよな」 「あ〜、ジュリアス、あなたは聖地育ちでどうしても免疫力が低いですから、くれぐれも体には気をつけてくださいね〜」 「外界へ行っても俺達のこと忘れないで下さい」 「・・いろいろ・・・ありがとうございました。きっと・・・お元気で。あの、なんでもきっとうまく行くようにお祈りしてます」 「どうぞお元気で・・・」 皆に見送られ、ジュリアスが聖地の門をくぐる。20年余りを暮らした聖地、そして新しい生活の第一歩を踏みしめ---- 気がつけばクラヴィスの姿がなかった。 ----クラヴィス・・・?---- 辺りを見回す。が、どこにも影も形もない。 ----そうか・・・聖地の中でしか・・・---- 聖地というのは特殊な力に満ち溢れる土地である。だからあんなことも可能だったのかもしれない。一体クラヴィスに何があったのか、結局何も分からないままになってしまった。まだ・・・聖地にいるのか、それともどこかほかをさまよっているのか。 ずっと近くにいるのに慣れていたせいか、何かひどく欠けているような気がしてならない。こんなことではだめだ、ジュリアスはぱしん、と両手で頬を叩くと鞄を持ち直し、また歩き始めた。 少し歩いたところで外界で待っていた係官と接触する。守護聖は長い時間を越えて外界に出てくるのでどうしても助けが必要になるのである。 必要書類にサインをし、外界復帰への手続きを取る。と、係官は一枚の用紙を渡しながら言った。 「それで、実はこちらの会社から引き受け用書類が来ています」 「引き受け?」 言いながらジュリアスはその紙を受け取った。 「フューチャー・テック&タイム・イクウィップメント?」 全く聞き覚えのない会社名である。そこの品目には過去からの転送物と書き込んであった。 訳も分からないまま、とにかくものを確認しよう、とその会社へと向かう。受付のところでその用紙を見せると、ああ、お引き取りですね、と受付嬢が頷き、ただいまご案内します、とそんなことを言った。 案内役がやって来てこちらへどうぞ、と奥へ案内して行く。 ・・・・と。 案内された一室で、ジュリアスは唖然としてしまった。 「・・・クラヴィス?!??」 「やれやれ、やっと来たか」 クラヴィスは言って歩み寄って来た。見慣れた、あまりに見慣れた姿。聖地でいつも見ていた---- 「そ、そなた生きて・・・」 「フューチャー・トラベルをご利用いただきありがとうございました。サービス完了にあたり、こちらの引き受け証明書にサインいただきたいのですが・・・」 可憐な女性がそう言って機械を運んでくる。 「そなた一体・・・」 「フ・・・コールドスリープという奴だ」 てけてんてんてんてんてん。 「ということは、つまり・・・」 どうやら幽霊ではなく生霊だったらしい。ショックでジュリアス、頭がからっきし回っていない。わけもわからないままサインをさせられ、結局その「転送物」とやらを引き受けてしまった。 一体どうして、と尋ねるジュリアスにクラヴィスがふっと笑う。 「・・・退屈だったのでな」 「退屈ーーー!?」 退屈だというだけの理由でいきなりコールドスリープを使い、その上生霊になって聖地を徘徊していたというのか。 「・・・ところでジュリアス、」 町を歩きながらクラヴィスが不意に言った。コールドスリープに大方費用をつぎ込んで金がないのだが、と。 はああああ ジュリアス嘆息。初めからの計画的犯行に違いない。そんなことは知らぬとジュリアスが蹴り出せないであろうこともきっと全て折り込み済みなのだろう。 お前といると食いっぱぐれがなさそうだし退屈しないし、云々云々。どうやらクラヴィス、このまま一生つきまとう気でいるようである。 「ああ、あんたはどうも取り憑かれやすい体質みたいだから気をつけたがいいよ」 はるかはるか昔、何の用事でだったか忘れたけれど、聖地を訪れたとある人物に言われたことを思い出す。 あれはこのことだったのか----ジュリアスは更に深い深いため息をついた。 「言っておくが、そなたにもきっちりかっちり働いてもらうぞ。それからだらしないのは嫌だからなっ」 ジュリアス台詞にクラヴィスにんまり。 ・・・ってなわけで。 祝 クラヴィス憑き!!
そして二人は末ながーーーく、ずーーーーーーーーーーーーーっと、仲良く(?)暮らしましたとさ。 おしまい |