その後のストーリー。。。(笑)
しかし、笑い事ではない。まじに。
久々に、ワタシのHPのBBSにあらわれたトモダチの
サイトに遊びに行ったらいつの間にか カノジョの体験が載せられていた。
・・・いたたまれない気持ちと、眷属だなぁっという親近感と(笑)
さまざまなオモイでいっぱいになった。
やっとワタシの描こうという、気持ちをあおってくれた。その後のストーリーのはじまりは、
わが家の太陽「母」の死までさかのぼるのだった。
・・・・2002年11月2日。
母が霊山へと旅立った。わたしにとっては義母。主人の母である。
通夜・葬儀・49日・納骨・・・と、忙しい日々が続く。
そう、泣いてる暇のない日々が過ぎて行ったのだった。
母がいなくなって、イチバン苦労するだろうと思われていた義父も
まだ妹が同居しているせいか(翌年の5月に結婚が決まっていたものの・・)
実家のすぐそばに住むわたしたちにとっても、安心感があったのだった。
すぐに、ひとりきりになるわけではなかったので・・
しかし、やはり多額の借金のモンダイが浮上。
実は母が亡くなったすぐ後に、母名義の借金があることまでわかり、
ただ、それは負債者が死亡したということで
返さなくて良いことになった。(らしい?)
しかし、今まで数々の事業を起こしては失敗し
度重なる借金を抱えた父は、もうどうにもならないところまで来ていたのだった。
実家の家計は、まさに火の車だった。
その頃は同居の弟と妹の稼ぎでなんとか生計は成り立っているようなものだった。
・・母の死後すぐに
わたし達は兄弟会議を設けることにした。父の今後のことを
話し合うためだった。母の葬儀のすぐ後だったので
長男も帰国しており、兄弟が勢ぞろい。
・・・もちろん同居のモンダイと、ぶっちゃけ借金のことが主だった。
そして、その結果はというと
今あるサラ金・街金系の借金は一括して子供たちでなんとか支払ってしまおうというものだ。
(一本化した借金は、今もみんなで支払っている。)
その支払いの際にもエピソードがあり
オーストラリアから帰国した兄は金髪で(いい年して・・・笑)
カラダも大きく、コワモテ。そして長男・次男とそろってモトヤン(爆)
脅しが効く、スーツ姿だとその筋のヒトに見える・・・ような気が(笑)
それをいいように使ったのは言うまでもない。(笑)
多分、女のワタシや妹が、借金を一括返済すると言っても
マトモには、とりあってもらえなかっただろう。
・・・そういう、金融業者ばかりだったから。
結局、6社の金融業者をはしごして(爆)
父の借金を一括返済。
そのお金の出所は、ナイショ(?)として、今もなお兄弟で分割して返済している。
そして、父の生活費。これはなんとか自身で稼いでもらうことにして
たまりにたまった光熱費。水道・ガス・電気・・・その他もろもろの
数ヶ月分の支払いを済ませた。
これで、一安心。
贅沢な暮らしをしなければ、人並みな生活は出来る・・・はずだった。
そして2003年1月に
弟が(三男)結婚し、妹も5月に結婚。実家を出ることになっていた。
そう、父がひとりになっても充分やっていけるようにと、みんなで考えたのだった。
父の借金はこれで、
身内(実のおねいさんね。)に借りた分を残して無くなったわけだったから。
これでいいだろうと、思ったのもつかの間。
父の会社が不景気で給料が補償されなくなる。
当然、残されたお姉さんへの借金までも
返せない状態に陥り、その矛先は
弟が家を出て行って間もなくの間は、まだ同居していた妹に向けられた。
お姉さんからの借金返済は、月々数十万円。
いくらなんでも、多すぎるって。
・・・もう少し額がナントカならないのか・・・。
正直思った。
もう少し、少なくしてもいいんじゃないかなぁ。(月々ね)
母は生前どうしてやりくりしていたのだろうか。
疑問ばかりが巻き起こるのだった。
しかし、その矛先の妹さえも
今年の(2003年)5月に結婚。家を出た。
これから父はどうするつもりなのか。
妹の心配をよそに派手好きな父は、生活を改めようともせず(ワタシにはそう見えた)
・・・・ドメスティック・バイオレンス・・・
(っていうんだっけか?)
嫁いだら、暴力も振るわれずに済むね。妹のことに関しては少し安心だった。
これで、カノジョと父の大喧嘩・暴力・それから
夜中泣きながら、わが家に逃げて来るようなこともなくなるわけだ。
そして今
すべての出来事は「業」だと感じざるを得なかった。
それから、かわいそうな父を救えるのは、わたし達しかいないということだった。
父のそんな行動で・・・いちばん困るのはいったい誰なのか。
その人の業なのだということを(ワタシ自身じゃ〜〜〜!!)
気が付いたのが、つい最近のことだった。
・・・そんなわたし達のオモイに
気づく訳もなく、父は派手な生活を送りつづける・・
知人からも借金を繰り返し、
また、どうにもなくなると子供たちに泣きつく。
まさにこれは、ビョウキである。
当然、信心も狂っている。
今ではワタシが会合に行こうとすると、魔にさえなる。
そんなものは怖くもなんともないが。
・・・ただ、かわいそうでならない。
今この時に戦えずして、今までやってきたことが何になるのだろうか。
どうしたら響くのか、そればかりを考える日々が続いている。
ある日、次男である(ワタシのダンナ)主人が、ぶちぎれ。
しかし、そのときは一旦効き目があったように思えるが
やはりダメで元のもくあみ
そんなことの繰り返しだ。
今もまた本当に、魔が強い。
・・・たまに、くじけそうにさえなる。
会合の後、お米やおかずやトイレットペーパーを持って実家に寄ってみるが不在が多い。
多分、近所の飲み屋か麻雀だろう。(笑)
今や実家の電気は、毎月止められている。
家の電話は止まりっぱなし。
ガスと水道も止まったり、使えるようになったり。
新聞代さえ払えずに、我が家に集金の方から連絡が入る。
主人がぶち切れて言う。
「なんで、母さんは死んだ?誰が殺した?オヤジじゃないかっ!!」
「また誰か殺さないと、(母以外にまでも)気が付かないのか!!」
たまりかねた主人の声、罵声が飛び交う。
そして父は父で、逆切れ。
「オレが死ねば、良かったんだろう!」
・・・そんなことじゃないのに。
聞いてるわたしは胃が痛くなる。
母が死んでからの折伏戦。今までにないというほどがんばった主人が
精神的におかしくなりはじめたのも
そんな中でのことだった。
度重なる父のお金の無心のことも
主人はワタシに言えずにいたらしい。
・・・さぞ、苦しかったろう。
でもね、いくら隠してもわかるに決まっている。
夫婦でしょう・・・それに同志でしょう??
他人行儀な主人のオモイが腹立たしくさえ思えた。
そして主人は体調を崩し、異常なほど血圧が上がり
起きることすら出来なくなった。
異常なほどのストレスが原因なのか。
男子部の部長としての責任感と重圧と、父のことが原因だったに違いない。
部のなかでも、これでもかというくらいの魔が競い起こって
ある部員さんが精神的におかしくなり、自殺未遂。
手首をドライバーで・・・めった刺しだという。。(今は元気になり復活。ホッ)
それから、不倫??
これはヤングのメンバーで
家出騒動にまで発展してしまった。
部長の心労もつきなかったに違いない。
そんななか、折伏戦を戦いきって年末には
総合優秀賞をいただいた。並びにワタシのブロックも表彰され
夫婦で壇上に上がることが出来た。
・・・母が死んだと言って、泣いてるヒマなどなかったはずだった・・
だからこそ、戦っているからこそ魔も強いのか・・・
でも、叫んでも叫んでも判ってくれない・・そんなオモイが
とても悔しかった。
おまけに交通事故。
立て続けに三回も起きた。
わが家の長男坊が自転車で車と接触した日、父が仕事中に追突される。
うちの子の自転車はぐちゃぐちゃ。とても乗れるような状態ではない。父の車も同様だった。
しかし父もうちの子供も、大事にはいたらなかったのが救いだった。
もうひとつは、部のメンバーのひとりがその前日に
当て逃げをして捕まってしまった。
たまたま乗っていた会社の車が、保険が切れていたとかのことで
今まだ、裁判中。
法外な支払いの請求を受けてしまい、話がうまくまとまらないらしい。
・・・あとからあとから出てくること、出てくること。
ヒロに頼みたかった。主人に、イチバン弱い命が出て来たよ。
イチバン出て欲しくない命が。
このときもやはりそうだった。悩みすぎて死んでしまうんじゃないかと思うくらいだった。
でも、部のメンバーや組織から連絡が入ると
人が変わったように豹変して出かけてゆくのだった。
顔色はいつも悪く、自宅では寝てばかりいた。
起きていられないのだった。
6年前に他界した友人の遺影に向かって叫んだ。
・・・ヒロ、そしてお母さん。うちのダンナを連れて行かないで・・
オマエはまだ来ちゃだめだって言ってちょうだい。
わたしまで、引きずられていきそうなくらい落ち込んだ。
死ぬ気になればなんでも出来るって、
そのときはそんなこと考えられないから死ぬのだと思った。本気だった。
題目しかなかった。気が付くと仏壇の前にいた・・・朝になっていることもしばしばだった。
出口の見つからないトンネルの中を模索しているような日々が続く。
でも、そんな私たちも苦しいながらも
いまだに生き延びることが出来ている。(カンシャ)
一家共々に。
今も、三歩進んでは二歩下がったりはしているが。
なんとなく活動らしきものも、みんなのイチバン後ろの方にでもぶら下がって
なんとか、飛ばされそうになりながらもついていっている。(いやひっぱられて?)
毎日の葛藤はよそに
イロイロな意味で本当に組織にも守られてきた。
・・・
今読んでみると・・・支離滅裂じゃ〜〜〜(笑)
そりゃそうじゃ。だって悩みは現在進行形。
そ・し・て・・・
・・・母が亡くなってもうすぐ一年が経とうとしているとき。
2003年10月8日。快晴弟夫婦(三男)に女の子が誕生した。
母の亡くなったすぐ後に身ごもった命だった。
そう、オメデタを知った誰もが、絶対に女の子だと言った。その通りだった。
・・・お母さん、こんなに近くに
生まれ変わってきてくれたのね。
我が一家の希望の光が見えた。
父は、いったいどう感じているのだろうか。
信心をワタシたちに教えてくれたはずの父を救えるのは
わたし達しかいない。
父のココロに大きく響くように。
また、絶対に響かせてみせる。