たまご事件
それは、気づくと 床が卵の海になっていた。
世にも恐ろしい有様だった・・・
犯人は、1歳7ヶ月の幼児。(もち、うちの子であった。)
その日は久々にお友達のしのちゃんと長電話。
そのころの我が家は
6畳と3畳とキッチンというか、(台所というのだなぁ。アレは。)
風呂にトイレ、それだけのボローいアパート生活。
いまにも崩れそうな。(↑事件とはあまり関係ありやせんが。)
長電話の最中に(もなかではない)
ひきおこされた事件!!
電話を終えてから
ワタシが見たものとは?!
生卵を冷蔵庫の角にぶつけて割っては
スリッパで踏んで
(足踏み 足踏みー!)
白身で、ズルッとすべるのがおもしろいらしく
そのたびに、きゃっきゃっと
はしゃぐ犯人の姿が・・
音にすると、コン コン パッカン♪
にゅるっ びしゃびしゃっ−にゅるっ ズルン♪
きゃっはっはっ☆
・・みたいな。
犯人は全身 卵まみれの状態。
その笑顔を見て
ワタシは、怒る気もなくした。
殻を数えてみたら7個はあったのだった・・・
生卵のニオイがー。
きつー!
そのあとすぐお風呂に直行したのは
いうまでもない。
教訓 長電話には気をつけよう!!
その頃、ふかちゃんは都営住宅に住んでいたんだけど
仲よしのお友達が近所で
手作りのゴキブリダンゴの講習会みたいなのを
やってたよって、少し分けてくれたのね
(やさしー・・・)
どういうものかっていうと、
みじん切りのタマネギとジャガイモをゆでて
(ポテトサラダみたいなの。)
つぶして、ホウ酸をいれて練って
まるくお団子状にするってものなんだけど
それが作りたてでやわらかいから
干して乾かさないといけないのね。
それをベランダに新聞紙をひろげておいて置いたんだわ。
産後の疲れ?もあったのかなぁ・・・
いやいや そういうと聞こえがいいけど
いつものようにお昼寝からさめると、
末っ子がミルクの時間かなってかんじで、
準備してたんだけど、あれ?
次男坊は なにしてるのかな?
と思ったら・・・
ベランダにホウサンダンゴをほおばるひろくんが・・
ぎゃぁぁぁぁぁー!!!
そんなこんなで気づいた時にはもうすでに遅し。
何個たべちゃったかもう わかりましぇーん・・・
おバーちゃんにはおこられ、
おとーさんにも なじられ・・
当の本人はケロッとしてるんだよねー。(ー_−#)怒!
お宅では こういうことない?
でもさー おいしそうといえば、おいしそうよね。
カレはゴキブリ団子に屈することなく
事なきを得たのでした。
でも、ホントたいしたことなくて良かった。(ほっ)
みんなも気をつけてね。・・・ってあたしじゃ。
あれは、長男が
まだ保育園の年少サンの時。3歳かな。
ウチは、うらに土手があったので
毎日練習に行きました。
まだ早いんじゃない?という気もしたけど
なんせ、大きかったのね。
体が。
だから、それに最初のこどもだからかも
しれないけど
親のほうがムキになってたみたいな・・
「なんでできないのぉー」ってかんじだったな。
結局土手に通いつめて
ふとした瞬間にスイーッて乗れたんだけど
うれしかったなぁ。
まだ同級生も補助無し乗ってる子は
いなかったから余計にネ。
(ミエっぱり?)
泣きそうな顔して
歯を食いしばって
一生懸命な顔は
なんかせつなくて
こっちが悲しくなりそうで。
だからはやく乗らせてあげたいって
ムキになってた。
本人もすごく悔しがりやだから
できるまで帰んないなんて云って、
やってたからね。
それが二人目のお子になると
親はまた教えもしないし
そのうち乗れるでしょ、なんて云ってるまもなく
なんとなく乗れそうな気がして
やっぱり土手に連れて行ったら、
すんなり
のれちゃった。
平衡感覚かねぇ・・
運動神経はすごくいい子なんで。
お兄ちゃんにたいしてすごく
ライバル意識のある子だから
なんでにいにぃができて
自分ができないんだ!みたいに。
悔しいのね。
だから
ひそかに練習もしたんだと思う。やっぱり
保育園の年少さんだったなぁ。
なにやらせても
上手にこなしちゃうんだぁ。
↑
(この上ない親ばか・・)
最後は三男坊くん。
これは私自身もたいへん反省しとります。が、
小学校一年生の時のこと。
・・・乗れないんじゃないよ。
そう。乗れることに
気づかなかったんです。このころまで(あれ?)。
と、いうのも
このコの小さいころは
毎日毎日公園通い。保育園にはいるまでは
毎日外遊び・・・児童館通い・・・
公園に住んでいたと言ったほうが当てはまるかも(笑)
自転車だってもちろん乗ってましたよ。もち
補助つきね。
その自転車が
ある日いたずらされて
壊れてしまったんです。直すにも
ま、新しいのを買ったほうが安いような状態で・・・
それで時と共に自転車のことは
なんとなく忘れ去られていき
うちの子自身も
保育園に入園。と同時にわたしも
今の会社に入社。(パートだよん)
忙しい毎日を迎え、さらにまた
自転車のことは、忘れ去られていくのでした・・・
園から帰ってきても
もうひとりで遊びにいってしまうようになり・・・
ココロの片隅にはあったんだけど・・・
でね、三男坊は自転車に乗りたいときは
お友達に貸してもらったりして
遊んでいたみたい。
ごめんねぇ。
忙しさにかまけてて。
「おかーさん、よしくん(三男坊)補助無しの自転車
乗れるんだよー」って
次男から聞いたとき
びっくりでした。
あーぁ それにしても
三男坊なんて こんなもんかねぇ。
ごめんちゃい♪3人いれば3通り(笑)
うちの子らの小さい頃の
言い間違い・赤ちゃん語の特集でぇす。
おんなじだぁ!!ってひといるんじゃなーい??
「かぁか」
末っ子が「おかぁさん」と言えずに
わたしのことをこう呼んでいて、
結構大きくなって
ちゃんとおかあさんって言えるようになってからも
この呼び方でいたもの。
でも
このコのオトモダチまで、
わたしのことを
かぁかと呼ぶのは、どうも・・・?
??????
ながよしつぼし
言わずと知れた、長淵剛。
くちがまわらないらしい。
まんま♪
もっともポピュラーな赤ちゃん語ですねー。
そうです、ごはんのことですね。
が、うちのにいにぃの場合ちとちがう。
ママとごっちゃに使われてました。
とぉと
「かぁか」の対語。
そう、おとうさんのことです。
いつのまにか、はかなく
消えていったのは・・・?
あまりヒットしなかったということがいえます。
すたべっきー
そうです。
スパゲッティーのことですね。
同じようなモノに
ちゅるちゅる(おそば・うどん)
があります。
ちなみに今も
すたべっきーは健在、
使われつづけています。
「あっきゅふゅーきゃんひゅーきゃん」
なんだかわかりますかぁ?
これがわかったらスゴイ。
ちなみに彼らと幾年か過ごしているワタシは
ピンポーン♪
すぐに
わかってしまい、周囲に
びっくりされました!(さすが、かぁか!)
・・・そうです。
・・・バック・トゥー・ザ・フューチャーですね。
りかしょ。
これはオトモダチの名前です。
保育園のときのクラスのかわいいオンナノコ。
りさこチャンでした♪
口が、まわんねーのかぁ?
まだまだ あるので次回に つづく・・・
またまた末っ子のお話デス。
彼が小学一年生のころ。
4月から学校に入学し、毎日毎日
こくご・さんすう・りか・しゃかい・・・
ぴっかぴっかの一年生♪
・・・・・・・・・・なんて希望にあふれるフレーズ。
考えた人スバラシイ!
・・・なんていってる場合じゃなくて、
うちのよしくん 大丈夫だろうか・・
毎日の宿題のなかで
私までいやになっちゃうのが、音読カード。
教科書を3回読んで、親に「確かに読みました。」の
しるしをもらうのね。
なんかいやだなぁ・・
めんどくさいのも半分、でも証拠を提出しなくたってさぁ・・
それとまた、うちの子読めないんだわ、本当に。
聞いてていやになっちゃうのね。
最初は、
ちがうでしょ、こうでしょ。っていってたのが
だんだん・・
・・なんでわかんないのー!!
がっこうで先生のお話きいてるのー?!
となります。(日常茶飯事・・)
あーあ。
きょうもまた やっちゃった。
その横でよしくん、ひらがなの「ほ」 を見て
まだ悩んでる。腕組みをして、
・・・「ま」じゃないしなぁー・・・?だって。ばかぁー!!!
こんな、ふかちゃんとよしくんに励ましのおたよりを。(笑)
よじかんめのことです。
1ねん2くみの こどもたちが
たいそうをしていると、空に
大きなくじらが あらわれました。
まっしろい くもの くじらです。
「1,2,3,4」
くじらも たいそうをはじめました。
のびたり
ちじんだりして、しんこきゅうも しました。
みんなが かけあしで うんどうじょうを まわると、
くもの くじらも、空をまわりました。
せんせいが ふえをふいて、とまれのあいずをすると
くじらも とまりました。
「まわれ 右。」
せんせいが ごうれいを かけると、
そらのくじらも、空で
まわれ右を しました。
「あのくじらは きっと がっこうが すきなんだね。」
みんなは 大きなこえで、
「おうい。」
とよびました。
「おうい。」
と、くじらも こたえました。
「ここへ おいでよう。」
みんなが さそうと、
「ここへ おいでよう。」
と、くじらも さそいました。
「よしきた。 くもの くじらに とびのろう。」
男の子も女の子も、はりきりました。
みんなは 手をつないで、まるい わに なると、
「天まで とどけ、1,2,3.」
と ジャンプしました。
でも とんだのは、やっと30センチぐらいです。
「もっと たかく。 もっと たかく。」
と、くじらが おうえんしました。
「天まで とどけ、1,2,3.」
こんどは 50センチぐらい とべました。
「もっと たかく。 もっと たかく。」
と くじらが おうえんしました。
「天まで とどけ、1,2,3.」
そのときです。
いきなり かぜが、みんなを空へ ふきとばしました。
そして あっといまに、
せんせいと こどもたちは、
手をつないだまま、くものくじらに
のっていました。
「さぁ およぐぞ。」
くじらは あおい あおい そらのなかを
げんきいっぱい すすんでいきました。
うみの ほうへ、 むらの ほうへ、
まちの ほうへ。
みんなは うたを うたいました。
空は
どこまでも どこまでも
つづきます。
「おや もう おひるだ。」
せんせいが うでどけいを 見て おどろくと
「では かえろう。」
と、くじらは まわれ右を しました。
しばらく いくと がっこうの やねが みえてきました。
くじらぐもは、 ジャングルジムの上に、
みんなを おろしました。
「さようなら。」
みんなが 手を ふったとき
4じかん目の おわりの チャイムが
なりだしました。
「さようなら。」
くもの くじらは、また、
げんきよく
あおい そらのなかへ かえって
いきました。
・・・とさ。
なんか なつかしくない?
わたしも小学生のときの教科書に
同じのが載っていた。
それを今
うちの子供たちが勉強してるなんて・・
なつかしい!!
音読の宿題、タイヘンだけど
ちょっとだけうれしい気分。
ちなみに
4年生の国語には
「ひとつの花」
が載ってマス。
なつかしいなぁ・・・しみじみ♪
さてさて、初めての赤ちゃんをそだてることになった、
ふかちゃんですが、夜な夜な泣き出す長男に
もう どうなってるんだろうと、
一緒に泣いちゃいたいような日々デシタ。
生後わずか一ヶ月。ミルクも飲んだばかり、
おむつも取り替えた。
抱っこしてれば
いいけど布団に下ろすと
2,3秒で
ふえーーーーーーーーーーん!!
なんなのよー! 私がなにかしたー?
もう、そんなそんな毎日にうんざり娘のふかちゃん。
もーたのむから、夜は熟睡させてくれー。
私の思い描いていた赤ちゃんとの生活は、
カワイイカワイイBabyと、いつも笑顔の絶えない温かい家庭・・
白いベビーベッドには、外国の絵本に出てくるような
ベッドメリーがまわっていて
私は、そばで小さなくつしたを編んだりしちゃって。
それがねー現実は。
うちの中には、年がら年中 布おむつがヒラヒラヒラ。
ほら、丸いかさみたいな 洗濯物干すヤツ・・知ってる?
(使わない時はたたんでおけるやつね。)
そのころのうちは、6畳と3畳しかない、それも
うなぎの寝床みたいなボローいアパートで
もちろん今みたいに、ウォシュレットもないしさー。
おまけに、玄関はドアじゃなくて、ガラガラーって開ける
ガラスの戸だよー。お風呂だってどうにかついているものの
アルミみたいな素材のえんとつみたいなのが
ついてるやつ・・最近 見ないよねー。
編物?とんでもないよーあかちゃんが静かな時は
寝なきゃー!
白いベビーベッドだって?
・・・ざ・け・ん・な・よ!
一番の願いは、一日中寝ること!と即答できるほど
疲れに疲れきって?
もう 大げさじゃなく虐待する人の気持ちが
分かるようなそんな日が続いていた ある日。
久しぶりに、横浜の実家へ。
長男の生後一ヶ月健診のためであった。
昼間はかわいいのー。泣かないで♪いい子にしてるから。
それがね、夜になるとね・・・
産科のおじいちゃん先生に訴えた、切実に。
そしたら、そこで返ってきた答えとは?
たりまえじゃ・・いや あたりまえじゃ!
だと。
なにぃ!あなたは、なんなのさー。
わかったよーな、それも見てきたような口きいてー。
いきどおりも隠せぬまま、先生にくってかかると・・
昼間ぐっすり寝とらんか?
それじゃぁ 夜寝られるわけがない・・
とひとこと のたまった・・・
へ???
それは・・そうだけど・・そうかも・・いや・・そうだった・・
そういわれてみれば、昼間スヤスヤ寝てるのをいいことに
昼メロにはまり、
笑っていいともにはまり、ワイドショーのはしご、連ドラ。
お気楽な時間を過ごしていた・・(ような気がする)
あれは、お昼寝じゃなかったんだ・・・
と初めて認識。当たり前のことを、当たり前にとらえられないでいた。
私だって昼間グースカ寝てたら、夜寝られるワケがない。
それと、いかに昼間は多少泣いたとしても ほっといても
いいんだなーって。・・・そ、そっかぁ。って妙にナットク。
にいにぃはちっちゃな頃ぜんそくでした。
ふかちゃんは、とっても心配だったんだけど
先生いわく、
(にいにぃのぜんそくは
多分小学生くらいには治るよ。というものでした。
ぜんそくといっても、ごく軽く、
発作というのも数回しか起こしたことがありません。
それでも、つらそうなんだよね。
母親として、かわってあげられるものなら
変わってあげたい!でもできるはずがない・・
せつない思いたくさんして、心配しました。
世の中には もっとつらいぜんそくの子が
たくさんいるかもしれないんだけど、
今私の目の前にいる、この子のつらさを
少しでも和らげてくださいって。
せつないよね
いたいよね
それでもうちの子はまだいいほうなんだって
なかなか思うことは出来なくてね。
そんなこんなしてるうちに
先生の予告通りに、にいにぃはどんどん丈夫に
なっていく。
小学校2年生を最後にぜいぜいするのも
もちろん発作もまったく起こさなくなりました。
小学校では、毎年運動会のリレーの選手。
地域の野球チームに入り
また、4年生の時にはバスケットボールのチームにも
はいって活躍・・区の陸上大会には
選手として出場。
これがあのにいにぃなの?ってくらい私も
びっくり・・
肺をひろげればいいんだって、
野球のコーチに言われたことは
覚えてるんだけど、
スポーツさせたことが良かったのかな。それとも
軽かったから年齢とともに・・ってことなのかは
わからないけど。
それが、5.6年ぶりかで再発した時には
もう目の前がまっくらになりました・・・
大げさだよって思う人いるかもしれないけど
ごく軽いんだけど、でも発作おこしたときには
あー やっぱりまだだめだったんだーって。
バスケの試合控えたりしてる今、
つらいのは本人なんだけど
私だって、どんなに心配したか。
そんなこんなで、今また たまにですが
ぜいぜいしたりしますが、
本人もがんばってるんだから、私もにいにぃが
どんなときも、ベストなコンディションで
試合なんかに臨めるように
私の出来ることはしていってあげたいな と。
そんな感じかな。
でもね、思春期っていうの?
むずかしい年頃っていうのもあって・・
本人になかなかつたわらないで、
イライラしたりすることもあるなぁ。
本人のためを思って・・っていうのが空回りしたりね。
でも本当につらくなって困るのは本人だもんね。
いつまでたっても、母は悩みがいっぱいデス・・・
にいにぃが4年生のときだったかな。
あれは・・
なんかお友達の自転車のうしろに乗ってて
立ったまま
飛び降りたらしくて
着地に失敗。
腕を変な風についたんだって。
そう、夜寝るときに
腕が痛いっていってたのを
いまでも忘れない。
「またぁ・どうしたの?」
なんていったものの。
まぁいいやって感じで、
あの子ったら
我慢してたんでしょうね。
聞いたら
痛くてあまり眠れ無かったって。
早く言えばいいのに・・・(いってたじゃん)
もっと強くいえばいいのにってこと!
でも
このときばかりはふかちゃんも
自分を責めた。
(いつも自分は正しいと思っている・・・らしい)
なんでこの子は
こんなに痛かったのをワタシに云えなかったんだろう。
ちょっとだけ
ごめんね・の気分
だった。
彼なりにワタシが忙しいことや
二人の弟の手前のミエ・・・?
多少なら自分が我慢せねば!との
責任感じゃないけど
日頃の
「おにいちゃんでしょ。」の
コトバを重ーく受け止めた結果かもしれない。
ホント、ごめんなさい・・
我慢しきれず
翌朝急いで病院へ。
先生の第一声
「あぁ これは折れてるね。」
見ただけでわかるような骨折だった。
なんでもっとはやく云わないのよー!
「寝てれば治ると思った・・・」と
気楽な、にいにぃ。
(やはりカエルの子はカエル?)
実は我が家では
ワタシも主人も誰も骨折の経験が無い。
初めてだぁー!!
どうなるんだろう??
なんか不謹慎にもそれがホンネでもあり
もちろん、にいにぃも
災難だったとは思うが、どうなって
どうやってどんな治療を受けるんだろうって事と
にいにぃはとりあえず
お医者さんにかかった訳だし
まぁ一安心・・・みたいな思いでした。
初めてのギプス。
こうやって巻くんだぁ。
へー・・・
結局
剥離骨折ということだったのと
なんせ若い。というわけで
三週間の辛抱でギプスは
とれるらしく一安心。
幸いなことに利き手ではなく左だったので
不自由はあるものの
読み・書き・食べ・・・には
なんとかなるような状態だった
地元の野球チームの練習には
しばらく出れなかったのは残念だったけど・・
(バッティングが、今でも苦手なのは
このせいだ・・・とは本人の弁)
三週間でギプスもとれ
少しずつ復帰・・・
本人にとっては大好きな
体育の授業の見学が死ぬほど
つらかったようだけど。
まぁこれをきっかけに
私自身も
長男でお兄ちゃんだからといって
なかなかカマってやれなかった、
にいにぃとの
いいコミュニケーションのきっかけとなったみたいな
そんな気がした。
なんでもきっかけって大事。
弟たちもやっぱり、いたわってたもん。
お気楽なワタシにも
ほんと色々あるもんだ・・
(時には 反省もするよぉ。)
大事な大事なにいにぃのケガのおはなしでした。