・・・今から○年前のお話・・・始まり始まりー・・・



とある秋晴れの体育の日・・朝から、おしるしらしきもの(?)

いつもは、おそくまで寝てる(ハズ)の私が

なんと 朝5時にシャワーする緊急事態に

本人よりも、周囲の者が美作り、

・・・いやびっくりしていた。(おい)  

時計をみてもまだ7時半。問題の陣痛はというと、

痛いような、そうでないような・・・(オイオイ)

大事をとって、病院に電話。

看護婦さんは、「10分間隔になったら来て。」と云う。

こっちはあわてているのに、なんてのん気なんだろう。(ホエー)  

・・・とはいうものの、あんまり痛くなくなってしまった・・(汗)

どうしよう、マズイよー。

結局なにがなんだかわからないまま10時半。

先走って喜ぶ周囲の目。

実は痛くないような・・とは言えず、病院へ。  

出産入院の準備はとっくにできている。

個室の部屋で、ダンナと父、母とリラックス。

おまえ本当に痛いのかとあやしまれながらも、天ぷら弁当をたいらげる。

が、確実にその時へと進んでいた。(ホッ。)

のん気な本人の気持ちとは関係なく、お産は、着実に始まっておったそーな。  

・・・午後になって、腰が痛い。

痛みとそうでない時のメリハリが、はっきり分かれていった。(そんなもんなくていいのにー・・)

ダンナが心配そうに腰をさすってくれる。

ありがたいんだけれど本心は、おまえにはこの苦しみが一生わかるまい・・・

いやわかってたまるか、とまで卑屈になる自分に、いやな気がした。(やな女ー?)  

「案ずるよりも生むが易し」

覚えているのは、ダンナの優しく、でもたよりない顔と

私の母のこの言葉でこんなもんなんだなーと実感したことかな。  

ようやく、夜の8時15分に生まれた我が子を見ても、

やっぱり サルみたいだし、あーやっと終わった・・

あれーお腹がへこんだぞーくらいで、

待合室のダンナと母が言うほど感動していない自分(?)に、少し不思議だったかな。

でも子供はかわいいんだよ。

1988年10月10日(快晴)のことでした、マル











新生児期のエピソード



そして、赤ちゃん期(新生児期)のエピソード。  

初めての赤ちゃんに戸惑う私。

両方の実家にとって初孫ということもあり、赤ちゃんは大人気・・

実家に一ヶ月くらいお世話になったんだけど、まぁそれは天国でした。  

その頃はまだ布オムツが主流で、(紙オムツが高かった)

それに新生児って びっくりするくらい何度も おしっこするのよー!!

これが紙オムツだったら、なんてもったいない!!と思うんだろうけど

実家の母がせっせと、毎日お洗濯してくれるもんだから・・・(笑)

お気楽どころか、本当にわがまま放題し放題ってかんじ。  

そーんなあまーい一カ月が過ぎ・・・

帰ってきましたよ。我が家に赤ちゃん連れて。

それからが戦争の始まりでしたねぇ。

毎日のオムツの洗濯。

出ない母乳。

お風呂も大騒ぎ。

夜になると泣き出すこと。

眠りたいけど眠れない・・

粉ミルクの買出しも結構困難で・・(けっこう重いのよね)  

思えば夜通し寝ずに赤ちゃんを抱っこしててくれた実家のばぁばに感謝。

それで、自分たちの洗濯と、食事の支度もでしょ。

いやになっちゃった。

それに妊婦のころっておなかがデカくて、おしゃれもろくにできなかったでしょ。

おしゃれしてどこか出かけたいにも、オチビが・・・

なぁーんて甘いようだけど、それがその時の 「ホ・ン・ネ」かな。

毎日仕事に出かけて行くダンナが、やけにうらやましく思えたりしてね。  

そりゃー卑屈になって、あたったりもしましたよー。ダンナにも子供にも。

なんで大変なのは私ばっかり!!って。

今でこそこうして落ち着いて?いられるけど

そのころは気持ち的にもまったく余裕がなくって

虐待ってよく聞くけど、わからなくもなかった・・ような気もするし

多少は あったのかも・・(怖)  

そのころは、私の方が「赤ちゃん泣かないで症候群」とでも言えばいいんだろうか、

ちょっとでも泣くと、ビクッとしてしまい

あーどうしよう・・って感じで、あやしながらもミルクでもないし、オムツもぬれてないし

なんなのよー、もしかしてどっか具合でも悪いんじゃ・・

ってな始末。

多分ビクビク・ピリピリしているのが、赤ちゃんに通じていたんだと思う。

とにかく何かやろうとすると、泣くのだ。

いや、そんな気がしていた。

なんで、ママの邪魔ばかりするの?この子はー!とまで思った。  

でもさぁ きれい事じゃなくよく育児書とかにこうするべきだーみたいなのが書いてあるけど

すべてがすべてそうだとは限らないし、みんなに当てはまるともいえないよねぇ。

結局 赤ちゃんは泣くもんだって

気づいたのが遅かった。

ちょっとむずがってても、声をかけただけで泣き止むこともあるし、

オトナと同じ、泣きたい時だってあるんじゃないかと思う。しゃべれないんだもんね。

ずーっと気がすむまで

だっこしてあげられるときはしてやったらいい。

忙しかったら 多少は仕方ないから、目はかけつつ ことばくらいかけて

泣かしておく・・(泣き方にもよる)

こっちがいちいちピリピリするのが一番いけないみたい。

たまにばーちゃんや、近所の人がきてプレッシャーかけたりするのも

いけないんだろうけど。

そこんとこ うまく交わして。

ヨケーなこと言う人もいるんだよね。

「あんまり 泣かすとでべそになるよ」(ハイハイ デベソでけっこー)

「ほら 泣いてるよー おむつかミルクじゃない?」

(聞こえますって そうじゃなくても赤ん坊は泣くんじゃ)

「あら この子まだ・・・・できないの?」(個人差って知ってる?)

「おとなしくて 育てやすそうでいいわね。それにくらべてうちの・・・・は、・・・・」

(結局 身内の自慢!)  

そんなこんなで私なりの教訓を得たのは「人それぞれ」(今だから 言える)

育児の本にたよってもなんでもいいけど、なんでもケースバイケースだってこと。  

突発性発疹?なくったっていいじゃない

いつなるのかって、びくびくしたりするよりも

ならない子もいたり、なっても

気づかない親もいるかもよ?くらいの気持ちでいいんだなぁって

最近 思う。  

そんなこんなで、そのときはものすごーく神経質に育てていた赤ちゃんも

夜泣きに悩まされたりしながらもスクスクと大きくなり・・・  

生後3ヶ月くらいで首もすわり表情もゆたかになり

かわいいっていう実感もますます高まり、

ベビーカー(うば車)にのせて、近所にお買い物に行くのが日課となる。

いままでのストレスの分あちこちと出歩くのであった・・














第2子・・・次男坊じゃ。



オーメン知ってる?

6月6日に生まれ,頭に666の文字があるという・・(オカルトねー)

2番目の子の出産予定日がまさにそれで、

男の子だったら、まじ やばいー!と思っていた。(男って知ってたじゃん)  

第2子ということもあり、早めに入院。

その日は生まれず、(よかった。オーメンじゃなかった。)

次の日。このままでは、促進剤を使うことになるかも。

とかなんとかしているうちに、朝から生理痛のような、(気のせいのような感じもしたが、)

これは、陣痛?

うーん覚えてないなー。

こんな痛みだっけ?(あんた本当に経産婦?)  

考えてるとダンナが、ゆうちゃん(我が家のかわいい長男・・2歳)を

入院してる部屋につれてきた。

まだ生まれそうにないねー。と余裕ぶちかまして、ゆうちゃんをつれて

近くの公園へ。噴水で水遊びさせたり

色々したそうな。(後でわかったことだけど。)  

そんなこんなしてるうちに、やっぱりこれは?痛いかも。

にぶい痛みに気づき、トイレにいくと、おしるし。

きゃー、もしかしたら始まるの?というわけで、いらないみたいよー、促進剤。

看護婦さんもわたしも一安心。

それからのお産の進みったら早いこと早いこと、

陣痛室に入ったとたんにいきみは来るし、

そのうえ、分娩台に他の産婦サンが居たんだけど、

こっちのほうが早いから、あなたチェンジして!

と、そのひとをひきずりおろすハメに・・・  

2回ほどいきんだところでお先に出産してしまった。

ごめんね。せっかち(?)な分娩で。(性格?)

病院内も大慌てで、看護婦さんもあっちこっちいったり来たり・・たいへんそうでした。

・・・・それから、自分の入院している部屋に戻り、眠っていると

ゆうちゃんとダンナが帰ってきた。「ねー いつごろになりそうなの?」だって。

ゆうちゃんも早く赤ちゃんを見たいという。

あんたらさー。手前の新生児室を見てないのー?

いただろー! おまえの弟の さるがー。

・・・・1991年6月7日(晴れ)











だんご3兄弟の末っ子は・・・恐るべし♪3男坊☆(笑)



1994年9月の3日(出産前日)に鹿○の某焼肉店へ。

多分 家族4人では、最後の外食だね・なんて

(そんなナーバスに考えるほどのコト?)スタミナつけた次の日のことでした。

夕方、これは陣痛かなぁ・・ (本当にあんたは、経産婦か?)

という感じもしたけど、 なんせ前回のことがあるから 大事をとって病院へ。

大きな荷物をもって、タクシーで ひとり向かう・・

(たくましくなったもんだ。) とはいうものの、

なんだか痛いんだか痛くないんだか よくわからんのじゃ。

陣痛測定器をつけてたもう。

おーすげー。文明の利器だーなんて感動してる場合か・・

ぜんぜん動かないよー。(針が。) 機械まで馬鹿にしてるよー。(まで?)

てなわけで、今日は無理みたいね、 と周囲もあきらめムード。

わたしは陣痛室にひとり取り残され、 物思いにふけっていた。

どんなかんじだったっけ・・・。

過去2度の出産の体験を思い起こしていた。

それにしても、何回経験しても、 この産婦人科の診察台って慣れないなー。(慣れるのも・・・)

ほんと、まな板の上のコイって感じじゃん。 なーんて、いつまでたっても  お気楽な性格で。

そんなことを考えながら、うとうとしてしまった。

・・・・・どれくらい眠ったんだろう。 にぶい痛み・・あれ?わたし何してるんだっけ・・ そーだった。

ふとわれに返ると、陣痛だー!思い出した。

こらえる痛み・・?あれあれ?

けっこう痛いみたい。点滴をうつ手に力がはいる。

必死でこらえると、点滴のチューブに血が、 逆流していくのがみえた。

やば。看護婦さんを呼ぶ。

あら?けっこう あなた痛くない?

痛いんだってば。わかってよ。

私もかなりのん気だけどさ。(あなたもよ)

先生も、 「このぶんだと、今日中にお産になるね。」 だって。

そんなこんなで、お産は進み、 いきみのこない中、無理していきんで、 無事出産。(微弱陣痛ともいう。)

実際 生まれるときのことって、結構自分が 必死すぎて、余裕なんてないから、 おぼえているようでないんだよね。

でも三回目の出産は過去二回と 大きく違っていたのは、生まれたてのサルが すごくかわいくみえたことかな。

なんでって、聞かれても わからないんだけど。

妙に愛しいっていうか、 3人目も男の子で 実際主人は、うんざりってかんじだったんだけど

わたしは、なんでもよかった(というと、語弊がある?)

というか、とりあえず、五体満足でいてくれればいいよ。  

それに、必死で、いきんでいるときは、 わたしも苦しいけど この子も苦しいんだから、はやく出してあげなきゃ!

という思いだけで、乗り越えたような気がする。 (ひっひっふー )

この子たちのおかげで 私自身も成長させてもらえたような そんな思いです。

・・・・・・そんなサンタくん(三男だから・・じいじが命名) をみて、先生が 苦笑しながら、

「元気な男の子ですよ」といってるのに

「ありがとうございます。女の子ですか・・・」

と自分の願望をくりかえすうちのだんなに たけしくん、男だって。とじいちゃんも苦笑い・・    

 ↑

(重ーい現実を受け止めるのに かなり時間が必要)  

1994年9月4日(晴れ)











新生児期のエピソードその2





そろそろ赤ちゃんだった次男坊も オムツがとれ、洗濯もラクになるかなってときに また オチビさんの誕生。

(結局洗濯からは逃れられない・・)

またオムツが・・・ でも、もう時代は紙おむつへ!

そーじゃった そーじゃった!!

今度は最初から使ってしまいました・・ 今はねぇ、時間短縮。手間ひまかけないの!

それより スキンシップとかね、実のある時間に 費やせるしね。 (昔の人にいったらおこるかなぁ。)  



3人目ともなると、もうベテランで・・・といいたいところだが

違うのが私のいいところ(?)で

またまた  はじめから、やり直しみたいで (忘れちゃってるみたい)



すべてにおいて、あれーそーだっけーてな感じ。  

最初と違うのは、二人の兄ちゃんたちが お手伝い(?)してくれるところ。 (余計時間かかっちゃうこともあるけどね。)

うまくお兄ちゃん意識をおだてると・・ バッチグー!! なんだけど、逆にさかなでしちゃうこともしばしばで

まだまだ、育自が足りんなぁ。と反省。  

夜泣き??

夜泣きどころじゃないよ。

日中さんざん私につきあわされて あっちこっち出かけてたと思えば

家ではにいちゃん達がギャーギャー騒いでる中 昼寝もおちおちできやしない、 (したとしても ごく浅くね。)

そしたら必全的に 夜は眠いわけ。よく寝ること・・この子も私も。  



おんぶと抱っこ

一人目の子供のときは絶対しなかったおんぶも、 しましたねぇ、よしくんは。(もちろん ひろくんもね)

ラクですよー。 泣かないし、(別に泣いてもいいんだけど) 両手はあくし、なんせいたずらできない・・

(誤飲とかあぶないし・・)

それにねぇ冬はとにかくあったかい♪ 重くなってくると 肩がこったりはしますが。 いいぬくもりなんじゃないかなぁ。

これも赤ちゃんのころならではのことだからねぇ。 なーんか本当に 思い出。

(グレたら このページ読まそ・)  

 

大部屋でフィーバー!!



入院していたのは、かなり大きな部屋で 二番目のひろクンもここで産んだせいもあり

勝手知り尽くし・・・という感じ。

先生方も看護婦さんも チラホラ知った顔。で 私のよーな模範妊婦(もう産婦)がいると

やりにくいんだろーなぁ。(笑)  

部屋には、7人の妊産婦サンがいて 出産したばかりの人と これから生まれるヒトと半々くらい。だったかな。

毎日毎日一人また一人って感じで 産んで行く・・・(笑)

産む人ごとに、リラックスしていくんだろうね、 産むと、みんなと仲良しになって行く・・

お風呂じゃなくってシャワーだったけど みんなで一緒に行ったりして。

かえりに 売店でアイス買って帰ってみんなで食べたりねー。  

それは修学旅行気分でしたよー。 楽しかった。

おもろいのは 授乳の時間。

私なんて過去二人とも母乳なんて まったく足りなかったという現実があるもんだから

さっさとミルクをつくりのませて オムツもさっさとかえて 一丁あがり!!あとは看護婦さんたのむねって 感じでへやに戻る。

その間20分ってところかな。

他の新米ママさんは、意地でも 母乳ってかんじでいつまでも授乳室に いるんだけど

私は、授乳に行ったと思ったら すぐかえってくるので さすが、経験者!!なんていわれるのも なんだなぁ。

「手抜き」 してるだけでした。

(だめよー。私みたいなコトしちゃー)  

※自己流の教訓

「時間は大事につかう!!」(笑)