Motorcycle racers






YZR500の進化を画像で見る事が出来ます
Evolution of the ”YAMAHA YZR500”


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ヤマハ発動機 2ストローク・4気筒マシンの進化

 

ヤマハ発動機が、当時のトップカテゴリーGP500に初めて挑戦したのは1973年。 4ストロークマシンが主流を占めるなか、2ストローク・並列4気筒マシンYZR00(OW20)を投入。 モノクロスサスペンションを装備した1974年にメーカーチャピオン、1975年には軽量・コンパクト設計のOW23でライダーチャンピオン(ジャコモ・アゴスチーニ)を獲得した。

そして1978年、画期的な可変排気バルブYPVSを装備したOW35Kでケニー・ロバーツがチャンピオンを獲得。 さらに1980年まで3連覇を達成し、ヤマハ並列4気筒マシンも絶頂期を迎えた。

しかし1981年、スズキの2ストローク・スクエア4気筒マシンに敗れ、ヤマハは新しい武器としてロータリーディスクバルブ吸気のV型4気筒エンジンを開発。 また車体についてもアルミ製フレームやモノクロスサスペンシッョンなどの改良を進め、1983年、それらを集大成したYZR500(OW70)を完成させた。

そしてロバーツが、ホンダV型3気筒マシンのフレディ・スペンサーと熾烈なバトルを展開。 惜しくもタイトル奪還はならなかったが、翌1984年、クランク室リードバルブ吸気を採用したOW76に乗るエディ・ローソンが自身初のチャンピオンを獲得した。

その後、クランク室リードバルブ吸気・V型4気筒エンジンとデルタボックスフレーム、シンク式モノクロスサスペンションは改良を重ねながら定着。 他社にも大きな影響を与えるGPマシンの新基準となった。



 

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WGP500・混戦の時代。〜そしてMotoGPへ〜

 

1980年代後半から'90年代序盤、ロードレース世界選手権WGP500ccクラスでは、ヤマハのマシンで3度、世界チャンピオンに輝いたエディ・ローソンやワイン・ガードナーを脅かす存在としてウェイン・レイニー、ケビン・シュワンツ、マイケル・ドゥーハンなど若手ライダーが次々に台頭、各社ワークスマシンもアルミフレームとV型4気筒エンジンがスタンダート化し、戦力はほとんど拮抗、史上まれにみる混戦の時代を迎えた。

そのなかでヤマハ発動機は、フレーム構造やエンジンの見直しに加え、走行データ収集やサスペンション制御に電子技術を応用、1レースごとにきめ細やかなセッティングで本来の性能を引き出すことが出来るよう配慮し、アドバンテージを握った。

1990年、ローソンに続いてケニー・ロバーツのもとで腕を磨いたウェイン・レイニーがその実力を発揮し、YZR500(OWC1)で初の世界チャンピオン獲得。 その後もレイニーは強力なライバル達との接戦をしのぎ、ケニー・ロバーツ以来の3連覇を達成した。

しかし、1993年ウェイン・レイニーがレース中のアクシデントで現役を退くと、ヤマハはタイトルを取り戻せないまま、新たな時代を迎える事になった。 4ストローク・990ccマシンによる最高峰レースMotoGPクラスの始まりである。

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OW20
( 1974年 )

1973年から世界GP500に参戦したヤマハ発動機初の500ccファクリーマシン。

TD-3の250cc・2気筒エンジンを2機繋ぎ合せる発想で500cc並列4気筒とし、ピストンリードバルブの採用、水冷化などによって優れた動力性能を実現。
車体にはクロームモリブレン鋼管ダブルクレードフレーム、前後ディスクブレーキを採用。
1973年の開幕戦フランスGPでデビューウィン(ヤーノ・サーリネン)を飾った。

下画像はモノクロスサスペンションを装備した1974年のOW20・後期モデル。

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1974 OW20

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OW23
( 1974〜75年 )

初の500cc専用開発、カセットミッション採用

'74のベルギーGPで投入し、
翌'75年のグランプリを戦ったヤマハ初の500cc専用設計マシン。

500cc挑戦3年目にして初の年間タイトルを獲得した。



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OW35
( 1977年 )

ボアストローク変更の新エンジンを搭載

吸気方式をピストンリードバルブから、ピストンバルブ方式に変更。

ボア・ストロークを56×50.6へ変更し、パワージェット付きキャブレターも採用された。













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OW35K
( 1977〜1978年 )

YPVSを採用したケニーのV1達成モデル

YPVS(ヤマハ・パワーバルブ・システム)を装備したモデル。

’78年にはケニー・ロバーツが自身初の世界タイトルを獲得。V3への第一歩を踏み出した。


1978 OW35K #1 Kenny Roberts

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OW45
( 1979年 )

ピストンバルブ並列4気筒の代表マシン

排気ポートの周辺部のみをミクロン単位で切除する、ホーニングリリーフ工法を施し信頼性をアップ。

80年発売の市販ロードレーサーTZ500のベース車となった。













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OW48
( 1980年 )

アルミフレームを初採用

角型アルミフレームの採用は、ボディーの大幅な軽量化を促進した。

この年ロバーツは全8戦中このOW48で5戦を戦い、3年連続チャンピオンに輝いた。













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( 1980年 )

両外側後方排気の
並列4気筒

'80年の第4戦オランダGPから投入された
このモデルは、前年型のスチールフレームに
後方排気エンジンを
搭載し、出力アップを
図っていた。












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OW53
( 1981年 )

並列4気筒最終モデル

'80年登場のOW53は、前年に登場した両側後方排気の後継モデル。

また並列4気筒エンジン搭載の最終モデルでもあった。














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OW54
( 1981年 )

スクエア4・ロータリーディスクバルブ搭載

ヤマハ初のスクエア4エンジンをアルミ製フレームに搭載したモデル。

バリー・シーンにYZR500での初優勝をもたらしたバリーファン思い出の一台。














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OW60
( 1981年 )

2代目スクエア4、グレーム・クロスビーがランク2位

重量的にハンデのあったOW54から6kgの軽量化が図られた。

開幕戦ではK・ロバーツ、B・シーンがワンツーを飾り、G・クロスビーが年間ランク2位を得た。













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OW61
( 1982年 )

500ccGPマシン初のV型4気筒

2ストGP500で初めてV4エンジンを搭載したマシン。デルタボックスフレームの萌芽を示すフレーム構成が特徴だった。

後の500ccマシンの方向性を決めた1台。













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OW70
( 1983年 )

デルタボックスフレームが登場

初のアルミ製デルタボックスフレーム採用マシン。フロント17インチ設計も初めてだった。

ケニーVSスペンサーの歴史的な死闘を演出した。


1983 YAMAHA YZR500(OW70) Kenny Roberts ケニー・ロバーツ

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OW76
( 1984年 )

ローソンが初タイトルを獲得

従来型のロータリーディスクバルブ吸気から、クランク室リードバルブ吸気方式へ変更。

新エースのエディー・ローソンが、全4勝を上げて、初タイトルを獲得した。


1984 OW76 #1 Tadahiko Taira 平忠彦

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( 1985〜86年 )

平選手が全日本でV3を達成

全面新設計のV4を採用。ローソンが2年ぶり2度目の世界チャンピオンを獲得した一方で、全日本では平忠彦選手が3年連続タイトルを獲得した。

1985 OW81 #1 Eddie Lawson エディー・ローソン

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1985 OW81 #1 Tadahiko Taira 平忠彦

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1986 OW81 #1 Eddie Lawson エディー・ローソン

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OW86
( 1987年 )

4度目のメーカータイトル獲得に貢献

騒音規制の新レギュレーションに対応し、テールパイプ部を延長するなどの排気系の変更を行なった。

日本GPでは雨の鈴鹿でランディー・マモラが独走の優勝。


1987 0W86 #1 Eddie Lawson エディー・ローソン

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OW98
( 1988年 )

右2本出しマフラー、左右非対称リアアーム

エンジン下でクロスしたエキパイを2本とも右後方に出すレイアウトを採用。

同時に右側を大きく湾曲させた左右非対称リアアームを装備した


1988 OW98 #3 Eddie Lawson エディー・ローソン

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OWA8
( 1989年 )

データ記憶装置を投入

全走行行程でのマシン状態をセンシングするデータレコーディングを本格投入。

全日本では藤原儀彦選手がこのマシンを駆ってV3を達成した。













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OWC1
( 1990年 )

レイニーを世界チャンピオンに導く

ウェイン・レイニーが通算7勝を挙げ、初のタイトルを獲得したマシン。

後にヤマハが欧州コンストラクターにエンジンを販売、車体データの公開を実施した際のベース車両となる。













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OWD3
( 1991年 )

通算7度目のメーカータイトル

新たに電子制御のリアサスペンション(CES)を採用。W・レイニーが6勝を飾り、2度目の世界タイトルを獲得した。

ヤマハは通算7度目のメーカータイトルを獲得。













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( 1992年 )

レイニーがV3を達成

155PSから160PSにパワーアップ。W・レイニーが3勝を挙げて、キング・ケニーに並ぶ3年連続3度目の世界チャンピオンを獲得した。

1992 YAMAHA YZR500 OWE0
#1 Wayne Rainey ウェイン・レイニー

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1992 YAMAHA YZR500 OWE0 #1 Wayne Rainey ウェイン・レイニー

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OWF2
( 1993年 )

アルミ押出し材フレームの採用。

アルミ製メインフレームに押出し材による目の字断面タイプを採用。

ヤマハにとって通算8度目となるメーカータイトル獲得に貢献した。


1993 OWF2 #1 Wayne Rainey










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OWF9
( 1994〜95年 )

エアボックス加圧で吸気効率ボアアッ

シーズンを通してルカ・カダローラが駆り、ランキング2位を獲得。

95年仕様は走行風圧をエアボックス加圧に活用し、吸気効率を高める設計が施された。


1995 YZR500 (OWF9) Norick Abe

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OWJ1
( 1996年 )

パウダーピストン採用モデル

耐熱強度に優れるパウダーメタル鍛造ピストンの採用、シートレール部を廃した新フレームも特徴だった。

阿部典史選手が日本GPで初優勝を飾る。


1996 YZR500 (OWJ1) Norick Abe 阿部典史

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24_owho OWHO
( 1997年 )

Vバンク角75度、ドライブ軸位置変更

エアボックス容量確保のために、Vバンク角を75度に変更。OWJ1と平行開発されたが、結果的に実戦投入が前後して開発コードと出場年度が逆転した。

1997 YZR500 (OWHO) Norifumi Abe










25_owk1 OWK1
( 1998〜99年 )
無鉛仕様で各コースの最高速を更新

規制変更に伴い無鉛ガソリン仕様となったモデルだが、各コースの最高速記録を次々に更新した。熟成が進んだイギリスGPでサイモン・クラファーが初優勝を飾る。

1998 YZR500 (OWK1)













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OWK6
( 2000年 )

通算9度目のメーカータイトルに貢献

前年のOWK1の発展モデル。ギャリー・マッコイの3勝、マックス・ビアッジの2勝、阿部選手の1勝などで、7年ぶり通算9度目の500ccメーカータイトルを獲得した。













27_owl6 OWL6
( 2001年 )

ビアッジがランキング2位を獲得

車体ディメンションの見直しにより、瞬発力あるコーナー脱出特性を実現。各選手の乗り方に合わせ、ロングタイプとショートタイプのリアアームが投入された。

2001 YZR500 (OWL6) Max Biaggi










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( 2002年 )

YZR500の28代目・最終モデル

4ストマシンとの混走レギュレーションの中、ドイツGPでオリビエ・ジャックがポールを獲得。また阿部選手がランキング6位に入り、YZR500の高ポテンシャルを示した。

2002 YZR500 (OWL9) Shinya Nakano
2002 YZR500 (OWL9) Norick Abe











































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