
神奈川県藤沢市白旗神社公認ホームページ |
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| 白王山般若院荘厳寺(しょうごんじ) 本町4丁目-6-12 元暦(げんりゃく)元年(1184)に創建された。 元文(げんぶん)年間(1736〜1741)に火災にあい、延享(えんきょう)4年(1747)に白旗神社の隣に移転する。天明(てんめい)4年(1784)火災にあう。明治8年に神仏分離令により現在地に移転。 白旗神社の別当寺を勤めていたお寺で源義経の位牌があります。 |
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義経公首洗い井戸 本町公園 藤沢2丁目 国道467号、白旗交差点の東20メートル位の北側、本町白旗交番の横に入口があります。 義経の首は、文治(ぶんじ)5年(1189)6月13日、腰越で行われた首実検(くびじっけん)の後捨てられてしまっというのだが。 間もなく藤沢の川辺に金色の光を放つ亀が泥まみれになった首を背負って上って来た。人々が、驚いて騒ぎ立てていると見たことのない気品のある童子が「私は源義経です。不幸にして讒言(ざんげん)により身を奥州に逃れ、信じていた者からもあざむかれて、衣川の露と消えただけではなく首さえも打ち捨てられてしまい、怨恨(えんこん)やる方ない。願わくば私の首を葬り魂を安住させて下さい。」と言い終るとその童子は倒れ、あっという間に、金色の亀とともに消え去った。人々はおそれて、首を丁寧に井戸で洗い清め神社のそばへ葬って塚を築き、それまでの寒川比古命と共に義経も祭神として祀ったと伝えられている。 これは伝説なのだが、藤沢は鎌倉に隣接し西側から鎌倉入りする人々は必ず通過する。 義経や静御前(しずかごぜん)、阿仏尼(あぶつに)も藤沢のどこかの井戸で顔を洗ったり喉を潤したのだろう。 |
| 義経公首洗井戸のまわりには義経公之首塚の石碑と、九郎尊神と刻まれた石柱が立っている。 この石碑は首洗井戸の北40メートル位にあった義経の首塚(礼拝塚(らいはいづか))の場所に明治から昭和初期に建立されたのを現在地に移転してきたものです。 |
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弁慶塚の石碑 本町4丁目5 常光寺の裏側にあります。 済美館の向かって左側の路地を70メートル程入った所を左に曲がると左側に小さな公園があり、その奥の石段を昇るといくつかの庚申塔と共に立っています。 ここは弁慶を祀る八王子権現(別当荘厳寺)という白旗神社の末社がありました。 大正7年に常光寺に移管されました。 |