日時

目的地

所在地

2012年11月16日

吉峰坂(福平峠/565m)

芦見峠(約530m)

 

永平寺町吉峰/福井市所谷町

勝山市鹿谷町北西俣/福井市皿谷町

 行動日程

【吉峰坂】大仏林道吉峰入口11:55〜(車による移動)〜12:30吉峰坂峠

【芦見峠】芦見峠入口13:35〜13:40二番目の堰堤13:40〜14:00芦見峠14:05〜14:15加賀幹線157号鉄塔14:35〜14:50巡視路途中14:50〜加賀幹線157号鉄塔〜15:05芦見峠15:05〜15:25芦見峠入口

 参考資料

Web情報:国土地理院/基準点成果等閲覧サービス(三角点情報)

文献   :

 これまでの山行記録

 2010.12.2(芦見峠/経ヶ岳)

地理院地図によるルートマップ

Webサービス by Yahoo! JAPAN

注:この地図はおおよそのルートをトレースしたもので、正確ではありませんので、参考程度にとどめてください。この地図の歩行ルート表示は下から3番目の縮尺で作成したため、他の縮尺の地図では歩行ルートと地図にずれが生じる場合があります。地図上の赤線が今回歩いたルートです。

≪注:赤枠で囲った写真にマウスポインターを当てると、ルート表示や説明が現れます。≫ 

11月に入って北陸地方は連日の雨。この日だけは晴れだとの予報だったので、出かけることにした。とりあえず、永平寺町(旧上志比村)吉峰から大仏林道を車で上がって行って、吉峰坂の峠に行くことにした。大仏林道の案内板にはこの峠を福平峠と表示しているが、林道が出来てから付けられた名前である可能性が高い。福井市(旧美山町)芦見地区所谷でこの峠の名称を聞いたところ、吉峰坂との回答が返ってきたので、このサイトではその名称を使用したい。また、この峠のことを吉峰のほうでは芦見峠(坂)と呼んでいると思われる(上志比村誌か何かにもそう書いてあったような気がしたが記憶は確かではない)が、勝山市鹿谷町北西俣と福井市皿谷町を結ぶ峠にも芦見峠の名称が使われているので、混同しないよう吉峰坂の名称を使うことにする。

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吉峰坂を望む(@永平寺町藤巻)

吉峰に入って行く道の途中から吉峰坂峠の一本杉が良く見えた。手前に見えるのは中部縦貫自動車道。地表の空気が冷えていたのか日光が当たった田んぼから湯気が上がっていた。

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大仏林道入口

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猿坂はここか

吉峰集落の前で左折する道が大仏林道(森林基幹道大仏線)だ。昔の峠道は集落内を抜け、吉峰寺の参道入口の横を通り、峠までまっすぐ登って行ったようだ。現在、その道は途中で歩けなくなっているので、大仏林道を上がって行くことになる。大仏林道のどこかで、先日行った猿坂の峠道が交差しているはずなので、注意しながら車を走らせたが、その痕跡は発見できなかった。

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ふれあいの広場案内板(拡大

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同左駐車場

車で15分ほどで、大きな駐車場のあるところに着いた。ここには「生活環境保全林整備事業」と言う案内板があった。この辺りから吉峰坂の峠までちょっとした森林公園になっている。遊歩道があり、昔一度峠まで歩いたことがある。この辺りはふれあいの広場と呼ばれている。

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(保田)経ヶ岳と猿坂

ふれあいの広場から大仏林道を更に登っていくと、(保田)経ヶ岳と猿坂が良く見えた。ここから見ると経ヶ岳から猿坂に降りて行く稜線がかなり急であることが解かる。先日この稜線を歩いたときにかなり苦労したのもうなづける。猿坂から逆のほうの稜線を見ると、葉が落ちた木々が透けて見えており、薮が薄そうなので、この後吉峰坂峠からその稜線に取り付いてみる気になった。

 

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吉峰坂峠(福平峠)

大仏林道を登り詰めたところが吉峰坂の峠だ。下から見えていたのはこの大杉だ。林道が出来たため、昔の峠の形は解からないが、一本杉は昔の位置から移動していないと思われるので、峠道は今林道があるところではなく、一本杉の横を越えていたのだろうと思う。

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壊れた案内板

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お地蔵さんと一本杉

林道がぶつかったところに以前は大仏林道の案内板があったが、今日行ってみたところ壊れており、案内板は見当たらなかった。昔あった案内板にはこの場所を福平峠とし、標高:565mだとの表示があった。峠にはお地蔵さんが鎮座していたが、雪囲いがしてあり、中は覗けなかった。峠道は、吉峰から谷筋を直線的に登ってきて、このお地蔵さんの辺りを越えて、所谷にまっすぐ降りていたようだ。両方の谷を覗き込んだが峠道の痕跡は見つけられなかった。麓の吉峰には曹洞宗開祖道元禅師が永平寺(大佛寺)に移る前に最初に道場を開いたという、吉峰寺がある。道元禅師は永平寺と吉峰寺を行き来し修行されたと言うことで、永平寺から吉峰寺に至る尾根道が祖跡コースとして保存されている。しかし、大佛寺が出来る前には、その尾根筋を逆に行った所にある禅師峰寺(大野市西大月)と吉峰寺を往来しながら修行し『正法眼蔵』を著したと言われており、そうなるとこの峠が使われた可能性もある。道元禅師がどのルートで禅師峰寺と吉峰寺を往来したのか良く解からないが、禅師峰寺は昔は平泉寺末で、その裏山辺り一帯は修行の場となっていたそうだし、この尾根筋には道元禅師が説法を行ったと言われる場所や大光寺跡、行人岩といった史跡が見られ、さながら霊山の趣があることから、尾根伝いに禅師峰寺まで行った可能性は大いにある。この尾根筋には芦見峠、矢戸坂などいくつかの峠がある。それらの峠について、今までは峠下にある村と村をつなぐ役割しか考えてこなかったが、修行の道とそれらの峠のつながりについても考察する必要がありそうだ。

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鷲ヶ岳、浄法寺山、大葉山、高平山、みつまた山を望む

峠に着くと、空は快晴で、気持ちの良いスカイブルーが広がっていた。峠からは浄法寺山からみつまた山に続く稜線が良く見渡せた。

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銀杏峰と部子山

反対側は逆行になるため、山が霞んだようになり良く見えなかったが、お地蔵さんのところからちょうど正面に銀杏峯と部子山が見えた。

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ログハウス

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遊歩道

峠の周辺はちょっとした公園のようになっているので、少し散策することにした。一本杉の前の舗装道路を上がって行くと、ログハウス風の建物がある。案内板を読むとこれは山小屋ではなく、簡易作業施設だと書いてあった。鍵が閉まっており中に入れなかった。この辺りはほおのき広場となっている。ここから(保田)経ヶ岳に続く尾根に取り付こうとしたが薮がひどく、入って行くのを敬遠した。替わりにログハウスから下に降りて行く遊歩道があったので、歩いてみる。この辺りの斜面を峠道が降りていたはずなので、捜してみたが見つからなかった。遊歩道は昔の峠道を無視して開発されたようだ。その遊歩道も最近は余り手入れされていないようで、草がひどく、ちょっと歩いただけで草の種がズボンにびっしりついた。峠に戻り、今度は皿谷に降りていく林道(林道皿谷線)を走り、その途中にある登り口から芦見峠に登ることにした。

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芦見峠入口

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最初は舗装路

林道皿谷線は全線舗装されているが、草が道の半分をふさいでいるところがあり、車の通行量は少ないようだ。車で林道を10分ほど降りていくと、道が大きくカーブしたところがある。ここが芦見峠の登り口だ。芦見峠には勝山市鹿谷のほうから登ったことがあるが、こちらから登るのは初めて。登り口の脇に路肩が広くなったところがあったので、車はそこに置かせてもらった。

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芦見峠を見上げる

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一番目の堰堤

芦見峠入口から上を見上げると、峠らしき鞍部が見えた。歩き始めは滑り止めのついたコンクリート道だったが、一番目の堰堤の前で道は大きくUターンし、更に登っていくと、荒れた土道の作業道となった。

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作業道が続く

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二番目の堰堤

そこを歩いて行くと、二番目の堰堤が現れた。その右側に作業道らしきものが続いていたので、入って行こうとしたが、薮がひどく、他に道がないか捜す。

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峠道入口

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昔ながらの峠道となる

二番目の堰堤の前は草ボウボウの原っぱになっていたが薄い踏み跡があったので、そこを進んで行くと、山の斜面に例の黒いプラスチックのステップがあった。そこを上って行くとしっかりした峠道が付いていた。ここまで来る途中に鉄塔巡視路の標識は見当たらなかったものの、この峠道も巡視路として使われているようだ。急坂をひと登りすると、昔ながらの峠道となった。

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炭焼き窯(前部)

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同左内部

そこから、しばらく行くと左側に大きな穴があったので、覗き込んだら、炭焼き窯の跡だった。窯の前部に切れ込みのようなものがあったので、そこから炭を出し入れしたものと思われる。

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小さな滝

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陽だまりの気持ちの良い峠道

峠道は沢沿いを進んでいる。しばらく行くと、小さな滝が現れた。滝の横を廻りこむように登っていくと、今度は沢を渡渉し、反対側の岸を歩くようになる。ここからは気持ちの良い陽だまりの中の道となった。

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峠直前の峠道の様子

峠道は峠に近づくと沢から離れ、つづら折れの道となったが、この道は巡視路が出来た時に改修された道で、昔の峠道はもっと直線的に登って行ったようだ。昔の峠道のルートについては後で解説する。

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芦見峠(芦見側)

 

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芦見峠(北西俣側)

 

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峠のお地蔵さん

峠は前回来たときと変わらぬ静かな佇まいを見せていた。峠のお地蔵さんも同じ姿で迎えてくれた。

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峠から望む白山

ただ違っていたのは峠から見る白山の眺めである。これだけ素晴らしい白山の姿は滅多にお眼に掛かれるものではない。この峠を県内1の峠にランクインさせた値打ちがあることを再確認した。東京近辺には富士見坂と名付けられた坂がたくさんあるが、白山を望める峠道にその名前を付けたものを私は知らない。白山は昔は越白嶺(こしのしらね)と呼ばれた。この峠はそれにあやかって、白嶺見坂(しらねみざか)の別称を与えたいと思う。

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157号鉄塔へ続く尾根道(巡視路)

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同尾根道と157号鉄塔

これだけ白山の眺めが良いのだから、尾根筋を南のほうに行った所にある鉄塔(加賀幹線157号鉄塔)に行けばもっと眺めが良いだろうと、そこまで登ってみることにした。ここまでもうっすら積雪があったが、この尾根道には昨日降った雪が2、3cm残っていた。

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157号鉄塔

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同左

鉄塔からは快晴の青空に浮かび上がる白山が待ち構えていた。鉄塔の下は切り開きとなっており、さえぎるもののない展望を満喫できる。

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白山(@157号鉄塔)

 

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別山と法恩寺山(@157号鉄塔)

 

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経ヶ岳(1625m峰/@157号鉄塔)

 

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保田経ヶ岳(@157号鉄塔)

 

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白山方面の展望(@157号鉄塔)

雲ひとつない紺碧の空に浮かび上がる白山、それに続く山々の姿は最高だった。ここから見る白山は我々の脳裏に焼きついた白山の姿そのものだ。

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158号鉄塔に至る巡視路

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尾根筋の様子

この鉄塔から更に奥に巡視路が延びていたので行ってみた。尾根沿いにかなり奥まで道が続いていたが途中から谷に降りて行くようになったので、引き返した。巡視路は次の鉄塔(158号鉄塔)に続いているようだった。この尾根筋を更に進んで行けば勝山市鹿谷と福井市芦見地区を結ぶもうひとつの峠に行けるので、その尾根筋がどうなっているのか見てみるために、尾根まで出てみた。尾根筋に微かな窪みが見られたが道と呼べるものではなく、もしこの尾根を歩こうとしたら、薮漕ぎを覚悟しないといけない。しかし、薮はそれほど濃くないので、時期を選べばそれほど無理しなくても歩けるかもしれない。

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峠直下の旧峠道

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同左

同じ道を通り、芦見峠に戻ってきた。峠から芦見のほうに少し降りたところから、谷のほうを眺めると、昔の道跡らしい窪みがあった。良く見るとそれは峠のほうに続いていたから、昔の峠道はそちらのほうを通っていたに違いない。今の道は巡視路を整備した時に付け替えられたものと思われる。

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旧峠道はこの奥に降りていた

巡視路を50mほど降りて行くと、木に赤いマークがしてあるところがある。巡視路はそこから沢沿いを離れ、つづら折に登って行くのだが、旧道はそこから沢沿いに少し進み、右のほうに曲がり、峠のほうに上がっていっていたようだ。

 

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西俣道と書かれた石柱とお地蔵さん

林道皿谷線の芦見峠入口に戻り、今度は車で林道を皿谷のほうに降りて行くことにした。芦見峠入口から500mほど降りていったら、林道脇にお地蔵さんが鎮座していた。

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お地蔵さん

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西俣道と書かれた石柱

お地蔵さんの隣には石柱の道しるべがあり、『右:西俣道』と書かれてあった。昔の峠道はこのお地蔵さんがあるところから谷筋をまっすぐ皿谷に降りていっていたようだ。石柱は鹿谷町北西俣の峠道入口にあったものと同じつくりで、石柱の横には北西俣にあったものと同じく大正13年と書かれてあった。この峠のことを鹿谷の人は芦見峠と言い、芦見の人は西俣峠と言ったのだろう。西俣という正式な地名はないようだが地図を見ると北西俣にあるバス停は西俣と表示されているから、昔はそう呼ばれていたのだろうと思う。

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峠道の芦見側入口

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芦見地区の様子

林道皿谷線を皿谷まで降りてきた。北西俣側の峠道には、先ほどあった様な道しるべがいくつかあったので、皿谷側にも他に道しるべがないか捜したが見つからなかった。ここは芦見川沿いの狭い谷間に並ぶ山村で、昔は芦見村といった。この辺りも過疎化が進んでいるようだが、昔ながらの山村の雰囲気を色濃く残しており、いつまでもこの景観をとどめておいて欲しいものだ。

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吉峰坂入口

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同左

皿谷の隣の所谷に廻ってみる。古い地図を見ると所谷から吉峰坂(福平峠)を越え、吉峰に降りて行く道がまっすぐ描かれている。その峠道を見たくなった。所谷集落に来ると、真ん中に谷川が流れており、それに沿って山に上がって行く道があったので、少し入ってみる。

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峠道は林道に替わっている

昔峠道だったところは林道になっていた。地元のおばあちゃんにこの峠道のことを聞いたら、昔は吉峰まで歩けたが30年も前に歩けなくなったと語っていた。林道も途中で終わっているそうだ。おばあちゃんはこの峠のことを吉峰坂と呼んでいたので、この峠を福平峠ではなく、吉峰坂と呼ぶことにした。おばあちゃんは昔この峠道を歩いたことがあるし、九十九廻坂を越えて大野のほうに行ったこともあると話していた。おばあちゃんは九十九廻坂を「くじゅうくめぐりざか」ではなく「くじゅうくまわりざか」と呼んでいたので、今後はそう呼ぶことにした。御年九十歳だそうであるがそうは見えなかった。話は良く解かるし、地図を差し出したら、眼鏡も掛けずに読めると言われたのには驚いた。耳も目も達者である。

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夕闇に浮かび上がる白山(@福井市内の国道八号線)

帰り道、福井市内の八号線を走っていたら、白山がぼおーっと浮かび上がっていた。夕方5時ごろだ。ただ白いだけでなく、蛍光塗料を塗ったように輝いているように見えた。今日は白山の素晴らしい展望を含め、多くの収穫があったので、満足して家路に就いた。

 

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