日時

目的地

所在地

2012年8月13日

ホノケ山(736.8m)

菅谷峠(571m)

南越前町菅谷

南越前町菅谷/奥野々

 行動日程

≪往路≫ホノケ山第2登山口10:15〜10:35瓜生野分岐10:35〜10:45切り通し説明板10:55〜11:15反射板巡視路分岐11:15〜11:30佐々布光林坊墓跡11:30〜11:35菅谷峠11:55〜12:20展望台ベンチ12:20〜12:25ホノケ山山頂

≪復路≫ホノケ山山頂13:10〜14:20ホノケ山第2登山口

 参考資料

Web情報:国土地理院/基準点成果等閲覧サービス(三角点情報)

      :電子国土ポータル

文献   :

 過去の山行記録

 

地理院地図によるルートマップ

Webサービス by Yahoo! JAPAN

注:この地図はおおよそのルートをトレースしたもので、正確ではありませんので、参考程度にお使い下さい。なお、この地図の登山ルート表示は原則的に下から3番目の縮尺に合わせているため、他の縮尺ではルートと地図にずれが生じる場合があります。地図上の赤線が今回歩いたルートです。青線はこの地図に載っていない、第2登山口までの林道を表示しています。

≪注:赤枠で囲った写真にマウスポインターを当てると、ルート表示や説明が現れます。≫

お盆休みで、来客があり、山に行きたいというので、出掛けることにした。天気予報を見ると傘マークが並んでいるが、13日(月)の午前中から夕方頃にかけては曇り、晴れとの予想が出ており、その狭い時間帯を狙って山に行くことにした。これだけ天気が悪いと、白山周辺は無理だ。当初、近場の富士写ヶ岳に行くつもりだったが、当日の早朝に雨が降った。近場の富士写ヶ岳もかなり雨が降っただろうから、急遽予定を変更。比較的雨が少なそうだった武生方面の山に行くことにした。場所を登山道が整備されたホノケ山に決める。

この山は山自体というより、登山ルートの途中にある掘れた古道が見どころだ。この深く掘れた道はそんじょそこらの山道とは違い、格段に規模が大きいので、昔の北陸道ではなかったかと考えられている。この道は若狭脇往来・塩の道・古北陸道とも言われ、近代に至るまで重要な道だったようだ。しかし、このルートに北陸道が通っていたという確たる資料がないので、『幻の北陸道』と呼ばれている。北陸道といえば木の芽峠を越える道を思い浮かべるが、その道が使われ出したのは平安時代初期からだと言われている。それ以前は今庄宿から鹿蒜川を遡り、山中峠を越え、元比田に至るルートが使われていた。しかし、更にその前には、菅谷峠を越え、山中峠の北のほうを通って、元比田に至るこの『幻の北陸道』ルートが使われていたと推測されている。

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第2登山口分岐

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第2登山口

久々に高速に乗ることにした。丸岡インターから乗り、今庄インターで降りる。いつもは一般道で来るが、高速だとあっという間だ。国道365号線を武生のほうに少し戻り、国道305号線に入る。この山に来るのは10年ぶりくらいなので、曲がるところで迷うかと思ったが、国道脇に大きなホノケ山登山口の案内板があったので、迷うことはなかった。奥野々集落を過ぎしばらく行くと、ホノケ山第2登山口の案内板が現れるので、分岐を右のほうに入って行く。林道は舗装されているが少し荒れている。しかし、ほんの5分ほどで登山口に着く。ここには4、5台は車が停められるスペースがある。天気が良くないので車は一台も停まっていない。先客はいないようだ。狙い通り、この辺りは雨が殆ど降らなかったようで、ここまで来るまでの車道は既に殆ど乾いていた。

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登山口の標識

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登山道

10時10分、登山開始。登山道に入っても濡れておらず、この山を選んだのは正解だったようだ。この登山口から登る道もいくらか掘れており、幻の北陸道のルートのひとつに考えられているが、規模は小さく、やはり瓜生野から上がってくる道が本道だったと私は推測している。

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瓜生野分岐

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瓜生野から上がってくる道

登山口から20分ほどで瓜生野分岐に着いた。今書いたように瓜生野から上がってくる道はずっと1.5m〜2mほどの幅があり、古い北陸道だったのはこちらのほうだと思われる。一度そちらの道を歩いたことがあるがその時は倒木や草が多く、一般的な登山道ではなかったが、今日覗いて見た限りでは綺麗な道が続いており、最近はこちらの道も整備が行き届いているのかもしれない。

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掘れた道の様子

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登山道と古道が並行して走る

上記左側写真のように、瓜生野から上がってくる道のほうは1mほど掘れており、歴史の長さを感じる。奥野々(第2登山口)から上がって来る道のほうが高く、段差を降りるようになる。瓜生野からの道のほうが旧いのは明らかだ。そこからしばらく平坦な道を歩くが、そこにも登山道と並行して掘れた旧い道が走っているところがあった。

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切り通し説明板(拡大

登山口から30分ほどで、『切り通し』と書かれた案内板がある地点に着いた。ここまでも掘れたところがあったが、10mもあろうかと思われる深く掘れた道が始まるのはここからだ。風通しがよかったので、この案内板の近くで、しばらく休憩することにした。今日は雲が多いのでそれほど気温は上がっていないが、蒸し暑い。涼しい風が心地よかった。10分ほど休憩し歩き始める。ここからが圧巻の古道歩きだ。

 

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掘れた道(切り通し)の様子

 

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掘れた道(切り通し)の様子

説明板では深さ6mとなっているが、道の両壁が10mほどの高さもあろうかと思われる道をずっと歩くところがある。急坂では勾配を小さくするため、つづら折の道になっており、歩いていて疲れない。良く考えられた道だ。人馬が削ってこうなったと説明板にあったが、人馬の通行だけでこうなったとは考え難い。意識的にこのような道にしたように思える。

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反射板巡視路分岐

切り通し道を堪能しながら歩いていると、前に白い標識が現れた。標識は文字が消えており、全く読めない。ここに上がってきている道が第1登山道だと思っていたが、後で調べてみたらそれは勘違いで、ここに上がってきているのは北電の反射板巡視路だということが解かった。この道を少し降れば林道が上がって来ており、そこまで車でくれば反射板に一番近いからこの道が使われていたのだろうが、今は菅谷峠まで別の林道が出来たから、殆どこの道は使われていないと思われる。覗いてみた限りでは歩けないことはなさそうだが、そこから先の林道がどうなっているかは良く解からない。

 

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掘れた道(切り通し)の様子

『緑のダム(注:この辺りはブナの原生林となっており、ブナは水を多く湛えているため、そう呼ばれているようだ)』と書かれた看板からは更に切り通しの規模が大きくなり、右に左に登って行く圧巻のつづら折道となる。ブナ林の美しさと深く掘れたつづら折の道がこのルート最大の見どころだ。

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佐々布光林坊墓跡のピーク

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佐々布光林坊墓跡

切り通し道を登りきると小さなピーク(標高592m)に着く。ここは小さな広場となっており、その一郭に大きな石が置かれている。説明板によれば、佐々布香林坊の墓跡だそうだ。

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佐々布光林坊墓跡の説明板(拡大

このピークからは右のほうにも道がある。この道は反射板がある足谷山に至る道で、ホノケ山には左の道を行く。

 

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菅谷峠

592mピークからは下り坂となり少し行くと、前方に広々とした林道が見えてくる。ここが菅谷(すげんたん)峠だ。残念ながら、林道が出来たため大きく削られ昔の姿をしのぶことは出来ない。なお、この下には今年2月に貫通したばかりのトンネルが通っている。供用は2014年からだそうで、菅谷峠で途切れていた国道305号線がこのトンネルにより、つながることになる。この峠を逆のほうに降りて行けば旧河野村(現南越前町)だ。いま通ってきた旧今庄町側からの道は尾根筋を通っているが、旧河野村から上がってくる道は急斜面の谷筋を上がって来ているので、柳田国男の『峠の表裏理論』に合致する峠だということになる。その理論からすれば、旧河野村のほうが表で、旧今庄町側が裏となり、河野村のほうから今庄町側に文化が流れたことになる。この理論から言っても、この峠は京から越前国に文化が流れ込む旧いルートだったと推測することが出来る。

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奥野々方面の見晴らし

ここからは見晴らしが良く、今登ってきた奥野々集落が良く見えた。

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日野山

しかし、遠くの山は霞んでおり、日野山がはっきり解かっただけだった。

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菅谷に降りて行く峠道入口の標識

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同峠道の様子

この峠を旧河野村のほうに降りて行ったところに菅谷村があったので、この峠名がついたと思われるが今菅谷村は廃村となっている。10年ほど前この道を歩いたときは途中で道が解からず引き返した記憶があるが、そこにあった標識では通行不可の不の字がペンキで消され、通行可となっていたので、その後整備しなおし、歩けるようになったのかもしれない。少しだけ降りていったところ、いい道が続いていた。

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ホノケ山案内板(拡大

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ホノケ山頂上に至る登山道

ここで20分休憩し、ホノケ山に向けて歩き出す。正面の階段を登って行くのがホノケ山頂上に至る登山道だ。最初から急登で、足に負担が掛かる。今まで歩いてきた古道が如何に足にやさしく、良く考えられているかが実感できる。 

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鍛冶屋炭床場跡(説明板拡大

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ブナ林の中の登山道

階段を登りきって少し行った左側に狭い切り開きがあり、『鍛冶屋炭床場跡』と書かれた説明板があった。鍛冶屋炭床場跡については説明板のとおり。この登山道もブナ林の中の気持ちのいい道だ。

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展望ベンチ

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ホノケ山山頂

20分ほどの急登をこなしたところにベンチがあり、展望がいい。ここからひと登りしたところで急登が終わり、なだらかな尾根道となる。10分ほどでホノケ山山頂に着いた。

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ホノケ山山頂の案内板と展望

ここにはこの周辺の地図が書かれた案内板があり、ここから白山、荒島岳、部子山などが見えることになっていたが、この日は遠くが霞んでおり、それらの山々を見ることは出来なかった。また、逆のほうには日本海が見えるはずだが霞んで全く解からなかった。かろうじて、南東の切り開きから、敦賀湾が見えたが写真にうまく写らなかったので割愛した。なお、ホノケとは珍しい名前だが、昔ここにのろし台があったので、「火の気」がなまってホノケとなったとの説がある。

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今庄方面の眺め

 

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二等三角点(点名:戸谷)

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今庄宿の文政の道しるべ

ここには二等三角点があり、点名:戸谷、標高:736.78m、所在地:河野村(現南越前町)大字菅谷91号字ホノケ山1番地となっている。帰りは同じ道を通り、第2登山口に戻った。近くにある『花はす温泉そまやま』で汗を流し帰路についた。途中、今庄宿に寄った。ここは北陸道(北国街道・北陸街道)の宿場町で、旧い商家の建物や町並みやが残されており、歴史が好きな人には喜んでもらえるだろうが、大阪から来た客人には雑多などこにでもある地方道にしか見えなかったようだ。旧い建物に混じって、今風の建物も街道沿いに並ぶと共に、現代風の生活感がにじみ出ているため、昔の街道沿いの雰囲気を感じるのは少し難しいようだ。通好みの街並みといえるが、観光地として見れば、残念ながら鯖街道で有名な熊川宿や木曽の馬籠宿には遠く及ばないようだ。今庄はそばが有名なので、手打ち蕎麦と書かれた店に飛び込んだ。おばあちゃんがひとりでやっているような小さな店だったが、思った以上にうまかった。客人も大満足したようだった。

 

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