日時

目的地

所在地

2012年10月22日

板垣坂(約420m)

池田坂(約490m)

大谷山(448.2m)

越前市中居町/池田町板垣

越前市市野々町/池田町山田

越前市中居町

 行動日程

【板垣坂】八ツ杉千年の森頂上展望台(駐車場)11:55〜12:03遊歩道終点12:03〜12:25板垣坂の峠12:40〜13:05八ツ杉千年の森頂上展望台(駐車場)

【池田坂】炭焼き工房(駐車場)13:25〜14:05池田坂の峠14:20〜(散策)〜15:05炭焼き工房(駐車場)

【大谷山】炭焼き工房(駐車場)15:05〜15:10森の家15:10〜15:15お地蔵さん15:15〜15:20丸山展望台登り口15:20〜15:25丸山展望台15:25〜15:35大谷山15:35〜(八ツ杉千年の森散策)〜16:05炭焼き工房(駐車場)

 参考資料

Web情報:国土地理院/基準点成果等閲覧サービス(三角点情報)

文献   :池田町史/池田町史編纂委員会、今庄町誌/今庄町誌編纂委員会

 これまでの山行記録

 

地理院地図によるルートマップ

Webサービス by Yahoo! JAPAN

注:この地図はおおよそのルートをトレースしたもので、正確ではありませんので、参考程度にとどめてください。この地図の歩行ルート表示は下から3番目の縮尺で作成したため、他の縮尺の地図では歩行ルートと地図にずれが生じる場合があります。地図上の赤線が今回歩いたルート。青線車による移動ルートを示しています(八ツ杉千年の森内の移動のみ記載)。なお、YAHOO!地図には越前市市野々から山田峠(仮称)の近くを越えて、池田町山田に至る道路が記載されていますが、そのような道路は存在していないようです。

≪注:赤枠で囲った写真にマウスポインターを当てると、ルート表示や説明が現れます。≫ 

 

注:山田峠(仮称)の名称が池田坂(水間越)であることが判明しましたので、本文中に山田峠(仮称)とあるのは池田坂(水間越)と読み替えてください。

板垣坂に行く。この近くには『八ツ杉千年の森』という森林公園もあるので、前々から一度行ってみたいと目を付けていた場所だ。昔は、国府が置かれた武生や鯖江からこの峠を越え池田に至るルートが幹線道路だった。更に池田から大野、美濃に至るルートがあり、この峠は重要な役割を担っていたようだ。八ツ杉千年の森内にあった『八ツ杉物語』という説明板によると、杉尾や粟田部に昔は何軒も炭問屋があって、池田で焼かれた炭がこの峠を通って牛車で運ばれたと言うから、昔はかなり立派な道が越えていたことになる。しかし、その峠越えの道も峠下にトンネルが掘られてから下火になっていった。トンネル(板垣隧道)が完成したのが昭和11年だと言うから、かなり早い。

今日はこの峠のほかに同じ尾根筋にある山田峠(仮称)にも行ってみるつもりだ。また、時間があればふもとにある八ツ杉千年の森を散策。近くにある大谷山にも足を伸ばしてみたい。

itagakizaka151.jpg

国道417号線と旧道分岐

itagakizaka149.jpg

同左にあったお地蔵さん

国道8号線から鯖江で国道417号線に入り、板垣坂に向かう。国道417号線はいまだに集落内を走る、昔ながらの狭く曲がりくねった道が使われているところが多い。走りづらいが、昔の街道の雰囲気を感じることが出来る。旧今立町の市街地を抜けると、山里の雰囲気が濃くなってくる。山にぶつかる少し手前に左に上って行く道がある。この道は林道奥谷線であり、峠に至る旧道かどうかはっきりしないが、昔はこの辺りから板垣坂に登って行ったようだ。その分岐にはお地蔵さんも祀られていた。なお、ちょうどそこは越前市別印町と南坂下町の堺となっている。昔峠の茶屋があったと言う八ツ杉という地は峠下の南坂下町ではなく、何故かひとつ手前の別印町の地籍となっている。

itagakizaka005.jpg

峠下の南坂下集落

itagakizaka006.jpg

白山神社

旧道分岐を過ぎると南坂下集落が見えてくる。街道沿いに家が整然と並んだ様子から、昔の街道筋の名残が伝わってくる。集落が途切れた辺りに白山神社があった。この前で左折し、山の中に入って行く道も先ほどの林道奥谷線につながっているから、昔はここから峠に登って行ったのかもしれない。しかし、林道奥谷線は山裾を巻く道であり、それが旧道だったとしても、もっと時代を遡ればここから直線的に峠に登っていった道があったと考えたほうが自然だ。今国道417線は白山神社からまっすぐ進んでいるが昔もそのルートに道があった可能性も捨てきれない。ただし、今の国道は山にぶつかると右の大きく曲がり、大谷山の下辺りの鳥越トンネルを抜け、大谷山の南麓を通って板垣トンネルに至るルートが使われている。このルートが出来たのは昭和になってからだと言う。

itagakizaka145.jpg

板垣トンネル(越前市側口)

itagakizaka144.jpg

八ツ杉千年の森案内板(拡大

国道を通り、板垣トンネルに来る。ちょうどトンネルの上辺りが峠だ。トンネルの少し手前に左に上がって行く道がある。そこを入って行けば八ツ杉千年の森に着く。そこの入口には『八ツ杉山 自然公園』と刻まれた石碑や公園の案内板に混じって、お地蔵さんが祀られた祠もあった。冒頭でご紹介した『八ツ杉物語』の説明板もここにあった。その説明板を読むと昔はこの辺りに茶屋があったようだ。

itagakizaka013.jpg

自然公園の石碑とお地蔵さんが入った祠

itagakizaka130.jpg

お地蔵さん

祠の中には三体の石仏が祀られていたが、この石仏が峠のお地蔵さんだったのかどうかは良く解からない。風化具合やその造りから想像すると、三体の石仏は年代が違っていそうだ。

itagakizaka024.jpg

案内板の右手の道を入って行く

itagakizaka025.jpg

すぐに薮で進めなくなる

案内板から右に入って行く道が峠に至る旧道だった可能性が高いので、その道を歩いてみたが、途中からひどい薮で進めなかったので、旧道を歩くのは諦め、公園内の頂上展望台から尾根伝いに峠に行くことにした。

itagakizaka065.jpg

頂上展望台

itagakizaka066.jpg

同駐車場

八ツ杉千年の森に来るのは初めてだったので、少し迷ったが、管理棟の横を通って、更に上にあがって行く道があったので、そこを車で上って行くと目的の尾根筋に出た。そこは展望台となっており、駐車場もある。どっしり構えた部子山が正面に横たわっていた。また、この日は視界がよく、白山や冠山なども見渡すことが出来た。

itagakizaka019.jpg

部子山(@頂上展望台)

 

itagakizaka020.jpg

白山連峰(@頂上展望台)

 

itagakizaka077.jpg

越美国境の山々(左:磯倉山、中央:若丸山、右:冠山@頂上展望台)

右のほうに木々の間から越美国境の山々が見える。すぐに烏帽子の形をした冠山は特定できたが、その他の山が解からない。左隅のピラミダルな山は最初、能郷白山だと思ったが帰ってから調べたら、能郷白山の隣の磯倉山(1541m)が正しいようだ。残念ながら、能郷白山は葉っぱに隠れて見えない。中央の丸っこい山が若丸山だと思うが、もし間違えていたらご一報いただければ幸いです。

itagakizaka018.jpg

自然観察ハウス

itagakizaka028.jpg

遊歩道

地図を見ると、その展望台から峠があると思われる地点まで500m余りなので、楽勝だと思われた。最初は公園の遊歩道があったが、途中からはかなりひどい薮道となった。

itagakizaka029.jpg

薮漕ぎとなる

itagakizaka030.jpg

1番目の鞍部

しかし、尾根筋の薮はそれほど密ではなく、また所々に踏み跡があった。なお、往きには尾根筋を忠実になぞったが帰りに尾根の東(越前市)側にずっと踏み跡が続いているのを発見した。その踏み跡を見つければ比較的簡単に行けたようだ。薮漕ぎをして5分ほど進むと山の鞍部が現れた。そこも峠のようになっていたので、周囲を捜したが掘れた峠道は見つからなかったので、そのまま尾根筋を進むことにした。

itagakizaka031.jpg

2番目の鞍部

itagakizaka037.jpg

深く掘られた古道

小さなピークを越えしばらく進むと、また山の鞍部が現れた。先ほどのよりかなり深い。2.5万分の1地図にはこの尾根筋にふたつの鞍部しか記載されていないので、2番目の鞍部が峠に違いないと思ったが、そこにも掘れた峠はなかった。不審に思ったが、そのまま尾根道を進むしかなかった(なお、2.5万分の1地図にはふたつしか鞍部が記載されていなかったが、この辺りの殆どの山は植林が行われており、その際にこの尾根筋を越える林道(作業道)が造られたようだから、鞍部のひとつはその跡だったようだ)。少し大きなピークを越え、下り坂になった。かなり急勾配だ。その先にまた鞍部が見えてきた。最初は良く解からなかったが、鞍部の底の方に深く掘れた切れ込みがあるのが見えたので、ここに違いないと降りて行くと、紛れもなく深く掘れた古道が残る板垣坂の峠だった。

itagakizaka039.jpg

稜線を跨いで続く古道

ここの峠もU字に掘れた峠の跡が残っているのだが、これまで私が見たそれらの峠とは少し感じが違っていた。私がこれまで見たU(V)字の峠は稜線を一直線に横断しているものが殆どだったが、ここの峠は稜線を少し蛇行しながら越えている。特に峠と呼ばれる断点はなく、掘れた道がそのまま稜線を越えて続いていると言った恰好だ。それに、私がこれまで見たU字の峠は稜線が刀で切られたように両壁が一直線になっているものが殆どだったが、ここのは緩やかに降りてきた稜線が底の部分だけ更に急角度に削られた形をしていた。

 

itagakizaka042.jpg

板垣峠(池田町側を見る)

越前国の国府が置かれた府中(武生)と池田、大野、更には美濃を結ぶ幹線道路上にあった峠だけあり、それでも規模はかなり大きく、幅は多いところで4,5m、深さも4,5mほどは掘られている。

itagakizaka043.jpg

板垣峠(越前市側を見る)

この峠は池田町側のほうが低くなっており、越前市に少し登って行くようになっている。池田町側から歩くと、稜線の中心を通り過ぎ、越前市側に出た辺りが一番高くなっている。越前市側には掘れた道の跡は残っていないが、峠を出た右側の山肌に削られた跡が残っていたので、峠道は右側にトラバース気味に続いていたようだ。

itagakizaka050.jpg

池田町側に降りて行く古道

 

itagakizaka053.jpg

つづら折の道

池田町側には掘れた道がつづら折に降りていた。しばらく降りて行ったら、道が切れ落ちていたが、その下にも掘れた道があったから、うまくすれば下まで降りれるかもしれない。しかし、この日はそこまでとした。

itagakizaka045.jpg

峠の越前市側は急な坂

itagakizaka047.jpg

右の斜面を巻いて峠道が続いていた

峠の越前市側は急な崖で、掘れた道は見当たらないが、峠から出た右側の斜面に削られた跡があったから、そちらのほうにトラバース気味に道が延びていたものと思われる。

itagakizaka071.jpg

頂上広場から北に続く尾根道を進む

itagakizaka069.jpg

554mのピーク

この日の最大の目標は達成したので、同じ尾根筋を通って頂上広場に戻り、こんどは反対側の尾根筋を歩いてみることにする。こちら側の尾根もよく整備され、歩きやすい、途中いが栗が落ちていたので、中を確認してみたら、全て空っぽだった。坂を登りきると、アンテナ施設のような白い建物があり、そこが554mのピークだった。

itagakizaka070.jpg

P554mから先の尾根に遊歩道なし

そのピークから降りた鞍部にも峠がありそうだったが、道があるのはそこまでだったので、その鞍部に降りて行くのは止めにして次の目的である、山田峠(仮称)に行くことにした。

 

itagakizaka078.jpg

炭焼き小屋と倉庫

itagakizaka079.jpg

倉庫の脇から林道が始まる

山田峠については詳しく調べていないので名前も解からないし、そこに実際に峠があったと言う確たる資料も確認していないが、地図を見ると麓の両側の集落からその峠に向かって途中まで破線の道が延びているし、地形から見ても、九分九厘そこに峠があると確信することが出来た。そこは板垣坂に上っていく南坂下の集落がある谷のひとつ北にある水間川流域の村々と池田町山田集落を結んだ峠だったと思われる。水間川流域の地域には佐々木小次郎の生誕地だと言われるお寺があり、佐々木小次郎公園がある。また、権現山と言う山もある。武生は昔は府中と呼ばれ、越前国の国府が置かれたところで、歴史があり、またこの近辺では昔から漆器作りが盛んで、漆掻きや木地師がこの辺りの山々を歩き廻ったといわれているから、山ひとつへだてた村に行くための峠道が必ず存在してたと思われる。この峠に至る旧い道は消えてしまっているようなので、八ツ杉千年森内の炭焼き小屋の脇からその峠のほうに向かっている林道を歩くことにした。炭焼き小屋の近くに車を停めて、その林道に入って行く。

itagakizaka082.jpg

草が林道を覆う

itagakizaka083.jpg

いくらか紅葉が始まっている

最初は草もなく、普通の林道だったが、途中から草がひどくなってきた。最近殆ど人が入っていない感じだ。林道脇の木々がいくらか色づいており、この辺でも紅葉が始まっている。

itagakizaka084.jpg

進むと共に林道は荒れてくる

itagakizaka090.jpg

ふもとの市野々集落

林道を更に進んで行くと、落石がひどくなり、車では入って行けない状況となる。この林道は廃道に近く、殆ど使われていないようだ。車が入って来れないので、草が伸び放題に伸びており、草を掻き分け進むようになる。それでも道の真ん中に薄い踏み跡が一本続いていた。獣道のようだ。下に水間川の流域の谷が見えた。昔はちゃんとした道があり、そこから峠まで上がって来れたのだろう。

itagakizaka092.jpg

林道脇に重機が現れる

itagakizaka093.jpg

植林作業の杭

峠があると思われる場所に近づくと、大きな重機が置いてあった。運転席の窓枠は完全に錆びており、使える代物ではない。ここに放置していったとしか思えない。そこからしばらく行くと、白い杭があり、「S57改良、S62改良、S62、H4、H7」と書かれてあった。林道を改修した時の記念の杭だろうか、それともこの辺りの植林林には定期的に手が入っているようだから、その記念だろうか。その辺りでは林道が稜線の近くに迫っており、林道から稜線まで10mもない状況になってきた。この辺りの稜線を峠が越えていたと思われた。

itagakizaka106.jpg

この林道脇の山肌に峠があった

その辺りから林道の奥を見ると、何か動くものがあった。最初、県内の山で良く見かけるニホンカモシカだろうと思ったが、枝分かれした立派な角が生えていた。ニホンカモシカはウシ科の動物だ。こんな立派な角が生えるのだろうかと不審に思ったので、帰って調べたところ、やはりニホンカモシカの角は15cmくらいにしかならず、また枝分かれしないということだから、ニホンジカだったようだ。林道に点々と足跡があったが、この鹿のものだったようだ。鹿はずっと私の前を歩いていたのだろう。私の存在に気が付いたのか振り帰り、じっと私のほうを見た。つぶらな瞳で愛嬌のある顔をしていた。しかし、私がちょっと声を挙げたばかりに逃げ去ってしまい。残念ながら、写真に撮ることは出来なかった。関東近辺の山ではどこでもニホンジカを見かけるが、福井の山でニホンジカを見たのは初めてのような気がする。

itagakizaka094.jpg

山田峠(仮称・越前市側から見る)

この辺りでは林道から山の稜線まで10mもなかった。鹿で驚いていたので気が付かなかったが、林道ののり面を見ると、稜線が人工的にU字に削られたところがあった。紛れもなく、峠だ。峠は林道から1mほど上がったところにあった。稜線は林道工事でいくらか削られているようだが、峠の形ははっきり残っていた。峠の窪みは稜線から3mほどか・・・。それほど大規模な峠ではないが、U字に削られた形がしっかり残っていた。小さな山村と山村をつなぐ峠としてはかなり立派だ。

なお、池田町史には「越前国名蹟考に『池田坂 この坂を越えて水間谷ヘ出づ、上り下り共に一里半ばかり』との記載があり、この坂を水間越ともいい、昔は可成り利用されたという」と書かれてあるから、この峠は峠下の村と村をつないだだけでなく、板垣坂や魚見坂と共に、府中(武生)、鯖江から池田に入るひとつのルートとしての役割を担っていたようだ。同町史には池田町は山に囲まれた町であり、どこに行くにも峠を越えないといけないとし、宝慶寺峠(普賢坂)、巣原峠(釜坂峠)、熊河峠、冠越、冠山峠、檜尾峠、宅良坂(長坂)、大坂越、魚見坂、板垣峠、池田坂(水間越)、清水谷峠(霞越)の12の峠を記載している。池田坂の名称は山田集落の隣に池田という集落があることから、そこから来ていると思われる。(2012.11.6加筆)

itagakizaka103.jpg

山田峠(仮称・池田町側から見る)

この峠を訪れる人間は少ないようで、峠は深い笹に覆われていた。

itagakizaka100.jpg

池田町山田に降りて行く林道

笹を掻き分け反対側(池田町側)に行ってみると、すぐそこまで林道が上がってきていたから、池田町側からアプローチしたほうが楽だったかもしれない。そちら側の林道は今歩いてきた林道より、状況は良さそうだった。

itagakizaka116.jpg

峠のお地蔵さん

最初気が付かなかったが写真を撮っていたら、笹の下に白いものがあるのを発見。笹を掻き分けてみたら、そこには小振りながらも立派なお地蔵さんが鎮座していた。こんな人知れずある峠にお地蔵さんがあるなど考えも付かなかったから、嬉しい驚きだった。昨今、歩かれなくなった峠にあるお地蔵さんを麓に降ろす風潮が見られるが、やはり元の場所に置くべきだろう。そのほうが数段値打ちがある。こんな山深いところにある峠など忘れ去られてしまって、誰も来ないのだろうと思ったが、お地蔵さんの横に缶ビールのお供え物があった。

itagakizaka109.jpg

2003.03の刻印が入った缶ビール

缶ビールは封がされたままで、裏を見ると2003年3月の製造年月日が刻印されていた。越前市側からこの峠にアプローチするには今歩いてきた林道しかないと思われるから、ここまで登ってくる人は皆無だと思われる。反対側の池田町山田の住人の方か、それともこの辺りの植林は定期的に人の手が入っているようだから、林業関係の方が供えられたものかもしれない。

なお、YAHOO!地図には越前市市野々から山田峠(仮称)の近くを越えて、池田町山田に至る道路が記載されていますが、そのような道路は存在していないようです。YAHOO!地図にはときたま突拍子もない道が記載されているので注意が必要です。ただ、この尾根を越える県道を建設する計画はあるようですが、建設が始まる気配はないようです。

itagakizaka125.jpg

山小屋風の管理棟

itagakizaka124.jpg

森の家と書かれた建物入口

来た時に通った草深い林道を通って車に戻ったがまだ時間があったので、八ツ杉千年の森内を散策すると共に、近くの大谷山に登ることにした。

itagakizaka127.jpg

コテージ

itagakizaka133.jpg

大谷山に至る遊歩道

森の家と書かれた山小屋風の建物やコテージの横を通って、来た時にあったお地蔵さんの祠のところに行き、そこから更に西に進んだところに大谷山がある。そちらにも遊歩道があり、かなり急な階段を登ることになる。

itagakizaka136.jpg

展望台と書かれた東屋

itagakizaka137.jpg

遊歩道はここまで

そこを登りきると、展望台と書かれた東屋がある。このピークは丸山と呼ばれているようだ。展望台と書かれてあったが、周囲に木が生い茂り、展望はない。このピークのほうがこれから行く大谷山より、少しだけ標高が高い。遊歩道は展望台までで、ここからは正規の登山道はなく、途中から薮漕ぎとなる。薮漕ぎといってもちょっと草がひどいだけで、道はしっかり付いていた。

itagakizaka138.jpg

大谷山のもうひとつのピーク

itagakizaka139.jpg

三角点(点名:大田山)

尾根道を歩いて行くと前が開け、正面に少し高くなったところが見えたので、そこが頂上だと思ったが、足元を見たら、そこに三角点があった。この山は小さいながらも双耳峰となっているようで、三角点があるピークとは別にピークがあるようだ。もうひとつのピークのほうが標高が高そうだったがそこからは更に草がひどく、踏み跡もあいまいなので、もうひとつのピークは敬遠した。

itagakizaka141.jpg

三角点拡大

ここの三角点は三等で、点名:大田山、標高:448.16m、所在地:福井県越前市中居町89字上小日ノ出23番となっている。

これでこの日の目標の全てをクリアし、意気揚々車を置いたところに戻った。ただひとつ、554mのピークと581mのピークの間にある鞍部に峠がなかったかどうか確認できなかったのが心残りだったが、またの機会に譲ることにした。

  

Back ホームへ