日時

目的地

所在地

2013年2月26日

蛇ヶ岳(418m)

鬼ヶ岳(532.6m)

越前町八田

越前市大虫町

 行動日程

≪蛇ヶ岳≫登山口11:40〜11:45大虫滝11:45〜12:07峠(山の鞍部)12:07〜12:10大師道道しるべ12:10〜12:25蛇ヶ岳手前のピーク12:25〜12:40蛇ヶ池12:40〜12:45弘法大師道12:45〜13:00蛇ヶ岳(奥の院)13:05〜13:20弘法大師堂13:35〜14:10登山口

≪鬼ヶ岳≫登山口(ゲート)14:15〜15:05山頂15:40〜16:15登山口(ゲート)

 参考資料

Web情報:国土地理院/基準点成果等閲覧サービス(三角点情報)

文献   :

 これまでの山行記録

 

地理院地図によるルートマップ

Webサービス by Yahoo! JAPAN

注:この地図はおおよそのルートをトレースしたもので、正確ではありませんので、参考程度にとどめてください。この地図の歩行ルート表示は下から3番目の縮尺で作成したため、他の縮尺の地図では歩行ルートと地図にずれが生じる場合があります。地図上の赤線が今回歩いたルートです。

≪注:赤枠で囲った写真にマウスポインターを当てると、ルート表示や説明が現れます。≫ 

昨日まで雪がぱらつく愚図ついた天気が続いていたが、今日は快晴の青空が広がったので、山に登る。行き先は先日(2月1日)、鬼ヶ岳に登った時に行きそびれた蛇ヶ岳。鬼ヶ岳には鬼の伝説があるように、蛇ヶ岳にも蛇にまつわる伝説が残っているのでご紹介します。

    むかし、八田の西にそびえる蛇ケ岳の絶頂のみそろが池に大蛇が住んでいた。時々百姓に害をするので、地頭の清水出羽守が、義挙心の厚い親右衛門という青年に、退治するように命じた。彼はすぐに武生の宮川平右エ門という鍛冶屋に左右両鎌を打たせ、これをもって大蛇退治に出かけた。

    すると池の中から美しいおと姫が、お盆に黄金を盛って現れて命乞いをした。「そんなものはいらぬ、本身を現せ。」と呼ばれると、ただちに恐ろしい大蛇に変わり、親右衛門を一のみにしようと、赤い大きな口を開けた。勇敢な彼は、鎌を両手に大蛇の口めがけてつき、切りまくって、ついに退治することができた。

    このとき、河内川は、大蛇の血のためまっ赤になって流れたという。親右衛門はその功によって、同地方の豪族稲井田弥三兵衛から青田八反歩をもらって賞された。その後、大蛇の亡念は、幾代もたたったそうである。この山の大蛇を退治してからのち、安政三年(1856)ころ松原九右エ門という信心家が、四国西国八十八ケ所を巡り、その砂を持ち帰って、この山頂を清め、小宇(しょうう)を建てて弘法大師と八十八体の仏像を祀った。(宮崎村の伝説より)

P2260001.jpg

鬼ヶ岳(@越前市街)

登山口に向かう途中、越前市街を走っていると鬼ヶ岳が大きく見えた。鬼ヶ岳は500mほどの小さな山だが意外に大きく見える。越前市街からはどこからでもこの山が望めるようだから、越前市に住む人にとってこの山は一番親しみのもてる山なのだろう。いつ行っても、この山にはたくさんの人が登っているが、その人気の理由が解ったような気がする。

P2260004.jpg

大虫滝遊園地

P2260006.jpg

無名峠

この日は先に蛇ヶ岳に登り、鬼ヶ岳に廻ることにし、登山口の大虫滝遊園地にやって来た。隣の鬼ヶ岳の登山口にはたくさんの車があったが、こちらには誰もいない。大虫遊園地の一番奥に車を停めて歩きだす。すぐに大虫滝が右手に見えてくる。滝を横目に林道をまっすぐ進んで行くと、少し視界が開けるが、道はここから左に進んでいる(この辺りの詳しいルートについては2月1日の山行記録をご覧ください)。福井県立図書館がオンラインで公開している『福井県管内全図(大正6年発行)』によると、旧い峠道はこの辺りを直進しているので、林道を外れ、道跡らしいところを歩いてみたが、峠道らしいものは解らなかった。林道に戻り、道なりに進んで行くと、山の鞍部に登って行くようになる。ここには昔は峠道があり、旧宮崎村(現越前町)八田に抜けることが出来たがその峠名は不詳。

P2260009.jpg

峠から階段を登る

P2260010.jpg

大師道の道しるべ

峠から左の階段を登って行くのが蛇ヶ岳に至る道だ。階段を登りきると、大師道と書かれた道しるべがある。ここからは広い切り開きの尾根道を登って行くことになる。

P2260014.jpg

蛇ヶ池手前の鞍部

P2260015.jpg

同左

途中からつづら折れの道となり、そこを登りきると小さなピークに着く。前回来た時は時間がなく、ここで引き返したことろだ(ここまでの詳しいルートは2月1日の山行記録をご覧ください)。ここから一旦、山の鞍部に降りるが、ここにも峠があったと言ってもおかしくない場所だ。

P2260017.jpg

蛇ヶ池に至る登山道の様子

そこから、かなり急な坂道となる。この辺りの登山道もかなり広い切り開きが出来ており、歩きやすい。急な坂道には雪道ではっきりしないが階段も設けられているようだ。

 

P2260020.jpg

蛇ヶ池

急坂を登りきると、平坦な尾根道となり、そこを少し進むと、右に一段低くなった平坦地が見えてきた。雪で水面は見えていないが、これが蛇ヶ池だ。一番幅の広いところで、15mほどはあるだろうか。

P2260019.jpg

蛇ヶ池と祠

池のほとりには小さな祠があった。退治されたという大蛇が祀ってあるのだろう。

P2260021.jpg

蛇ヶ池の祠

P2260022.jpg

中部北陸自然歩道の標識

祠の横を通り、進んで行くと、中部北陸自然歩道の標識があった。標識に従い、弘法大師と書かれたほうに進んで行く。

P2260023.jpg

八田から登ってくる林道

P2260024.jpg

弘法大師堂がある広場

しばらく行くと、八田(関谷ダム)から上がってくる林道が正面に見えてくる。左側の一段高くなったところに、弘法大師堂がある。弘法大師堂の建物がある所はかなり広い広場となっている。

P2260025.jpg

蛇ヶ岳(奥の院)に至る道

P2260027.jpg

奥の院と書かれた道しるべ

大師堂の横に奥の院と書かれた道しるべがあり、そこから蛇ヶ岳(奥の院)に至る広い道が続いていた。道しるべは先ほどあった大師道と書かれたものと同じ造りだ。休憩は後にし、先に蛇ヶ岳に登ることにした。この辺りからかなり積雪が増えてきたがワカンを履くのが面倒くさいので、つぼ足のまま進む。途中、何度か雪を踏みぬき歩きづらくなって来たが、我慢してワカンなしで進む。

P2260030.jpg

登山道と蛇ヶ岳

P2260031.jpg

蛇ヶ岳直下の登り

登山道の両脇に並んでいる木は桜だそうだ。お花見の時期に来ればかなり良いかも。道は広く、また頂上直下に駐車スペースのようなものがあったから、ここまで車で上がって来れるのかもしれない。

P2260032.jpg

蛇ヶ岳山頂(奥の院)

駐車スペースから頂上まではすぐだった。雪が多く手間取ったが弘法大師堂から15分ほどで奥の院がある蛇ヶ岳頂上に着いた。この日は頂上まで1時間20分掛かったが、雪がなければ3,40分で登って来れるのではなかろうか。頂上には三つの祠が並んでいた。

P2260033.jpg

薬師如来・天満天神・大日如来の石碑

祠の横の石碑には、薬師如来・天満天神・大日如来と書かれてあったから、その三体の神仏が祀られているのだろう。

 

P2260044.jpg

広場にあった看板

P2260046.jpg

弘法大師堂

大師堂に戻り、軒先を借りて休憩することにした。

P2260047.jpg

弘法大師堂の内部

頂弘法大師堂は施錠されておらず、内部を覗かせてもらうと、たくさんの石仏が並んでいた。地元の方がこまめに登ってこられるのか、内部は清潔に保たれていた。

P2260048.jpg

弘法大師堂に並ぶ石仏

冒頭に掲げた宮崎村の伝説には『松原何某という人が弘法大師と八十八体の仏像を祀った」と書いてあったが、ここにあった説明板では八十八体の仏像は後年、八田の有志により祀られたとの説明書きであった。

P2260041.jpg

弘法大師堂の謂われ(説明板拡大
帰りに途中にある峠を散策するつもりだったが、蛇ヶ岳に手間取ってしまったので、散策は諦め、そのまま鬼ヶ岳に廻ることにした。

 

P2260057.jpg

大師道の道しるべから左に降りて行く道が

P2260052.jpg

左に降りて行く尾根道

大師道の道しるべのところまで戻ってくると、前回は気付かなかったが、左に降りて行く道があるのを発見した。時間がないが少し降りてみることにする。しばらく降りて行くと、下に林道が見えてきた。この林道は八田から細い谷筋を通って上がってくる林道だ。ここにある道しるべは最初、大虫滝のほうから上がって来た時の道しるべだと思ったが、弘法大師堂は八田のものであることから、八田からこの道を登って来た時の道しるべのようだ。しかし、この林道が出来るまでは八田から直線的に登ってくる旧い峠道を使ってここまでやって来たのだろうと思う。大師堂の道しるべは昭和28年の建立となっていた。その頃まだこの峠道が歩けたかどうかは解らない。今は先ほどご紹介したように、八田(関谷ダム)から車で弘法大師堂まで登って来れる林道がある。

P2260054.jpg

林道

P2260060.jpg

峠付近の様子

福井県管内全図(大正6年発行)』を見ると、この道の対岸の斜面に旧い峠道が通っていたことになっているので、良く見てみたが道のようなものは全く確認できなかった。

P2260063.jpg

鬼ヶ岳登山口
蛇ヶ岳から鬼ヶ岳登山口に廻ると、まだ何台か駐車してある車があった。

 

P2260062.jpg

蛇ヶ岳(@鬼ヶ岳登山口)

鬼ヶ岳登山口からはいま登って来た蛇ヶ岳がよく見えた。

P2260071.jpg

白山連峰(@鬼ヶ岳山頂)

今回はほとんど休憩を取らず登ったので、かなり良いタイムが出ただろうと時計を見たが、前回と変わらず50分ほどだった。前回より雪が固く締まり、滑りやすく、一歩一歩足を踏ん張りながらの登山だったので、こんなものか。軽アイゼンが欲しいくらいだった。

P2260073.jpg

日野山(@鬼ヶ岳山頂)

この日は快晴。白山連峰を含め、遠くの山々が見渡せた。帰りは後ろからタイツ姿の元気のいいおばちゃんに追われ、抜かれるのもしゃくだったのでかなり飛ばしたら、35分ほどで降りてきた。

P2260084.jpg

大虫神社

P2260091.jpg

石神の湧水

帰りにまだ少し時間があったので、大虫神社に寄ってみた。神社はそれほど大きくはないが、最近建てなおされたばかりのようで、かなりきれいだった。裏には石神の湧水と書かれた名水があった。この辺ではかなり有名なようで、水をタンクに詰めている方が何人かおられた。

P2260090.jpg

大虫神社宮橋

大虫神社の橋が有名だそうなので、廻ってみる。大虫神社宮橋(神橋)は一九一八(大正七)年に完成。「大虫神社の眼鏡橋」といわれるアーチ型の石橋で、県内でこの形態は珍しいそうだ。勿谷石製かと思ったら、地元で産出された石材で造られているそうだ。大正時代に作られた数少ない石造アーチ橋の遺構として、平成13年に国登録有形文化財に指定されている。

 

Back ホームへ