日時

目的地

所在地

2013年3月5日

国見岳越(約480m)

福井市中平町/同)国見町

 行動日程

中平集落の農道脇(駐車地点)12:00〜12:10小さな橋12:10〜13:10二枚田幹線林道13:10〜13:20峠推定地14:05〜14:35常森林道分岐14:40〜15:40中平集落の農道脇(駐車地点)15:45〜16:10林道(農道)終点16:10〜16:30中平集落の農道脇(駐車地点)

 参考資料

Web情報:国土地理院/基準点成果等閲覧サービス(三角点情報)蒲生街道七里とその周辺の峠道福井県管内全図(大正6年発行)

文献   :福井市の秘境国見嶽山麓

 これまでの山行記録

2011.2.4(柿谷峠)2009.12.25(蒲生街道七里)

地理院地図によるルートマップ

Webサービス by Yahoo! JAPAN

注:この地図はおおよそのルートをトレースしたもので、正確ではありませんので、参考程度にとどめてください。この地図の歩行ルート表示は下から3番目の縮尺で作成したため、他の縮尺の地図では歩行ルートと地図にずれが生じる場合があります。地図上の赤線が今回歩いたルート、緑の線は国見岳越の推定ルートです。

≪注:赤枠で囲った写真にマウスポインターを当てると、ルート表示や説明が現れます。≫ 

北の庄(現福井市中心部)から国見岳山塊を越えて日本海に出るコースはいくつかあった。古くは大芝山を越え上一光から大丹生に至る蒲生街道七里が主流だったそうで、福井の殿様もその道を越えたそうだ。『福井市の秘境 国見嶽山麓』という本には「福井城主が浦辺に出る唯一の道であり、途中にある真浄寺で休息された。その部屋が殿様の間として今に残っている。」と書かれてある。その後、乗り物の発達により、日本海に出るルートは比較的高低差のない殿下道に移って行った。国見岳越の道もその一つで、直線距離では北の庄と日本海を最短で結ぶルートだが、かなり険しいコースであり、あまり一般的ではなかったようだ。近年になってからは山関係の人間しか歩かなかったとの記述もある。その記述の通り、今回歩いてみて、昔の峠道の痕跡と思われるものはほとんど発見できなかった。その道が越えていた国見岳の稜線に、今は二枚田幹線林道が走っているので、何度かそこに行き、昔の峠の痕跡がないか調べたことがあるが、それらしきものは見当たらなかった。それで、今回はその峠の麓にある、中平集落から昔の峠道のルートを通って、国見岳越にアプローチすることにした。

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深谷町から西郷トンネルに向かう途中の道路脇にあった道しるべ

日野川に架かる明治橋を渡り、深谷町で右折し、西郷トンネルに向かう。すると、途中の道路脇に何やら古そうな道しるべがあるのが見えた。これまで何度もこの道を走っているが、ここにこんな道しるべがあるのは気付かなかった。深谷町と西郷トンネルの中間あたりだ。もう少し行くと右に入って行く林道が分岐している。その林道を登って行けば、西郷トンネルの上にある柿谷峠を越え、本郷地区(柿谷集落)に出ることが出来る。その林道と並行して、柿谷峠に登って行く旧道も残っている(柿谷峠行の記録はこちら)。この道しるべに書かれた本郷道とはその柿谷峠を越える道のことを指しているようだ。北の庄(現福井市)から今日行く国見岳越の道を使って日本海に出る場合も、ここを通ったと思われる。

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中平分岐

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中平集落

西郷トンネルを抜け、福井市本郷地区に入り、まっすぐ行くと、本郷地区を貫く道路(県道3号線)にぶつかるので、そこを左折。しばらく行くと、中平集落に至る道路が分岐している。そこを入って行くと、10分ほどで中平集落に着いた。中平集落は、本郷地区の最奥部といっていい場所にあるので、鬱蒼とした森に囲まれた狭いところかと思ったら、周りに田園風景が広がる、開けた場所だったので少々驚いた。確かに過疎化は進んでいるようだが、水田は荒れておらず、今でも耕作が行われているようだ。また、目の前には白山から、奥越、越美国境の山々が広がっており、一度はこういうところに住んでみたいと思わせるところだ。

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中平の田園風景

集落周辺には山を切り崩して作ったいわゆる棚田が広がっている。しかし、棚田というイメージからはほど遠く、一枚当たりの田んぼの面積はかなり広い。周辺の山という山は開墾され、かなり上のほうまで田んぼが並んでいた。住人の方に峠道のことを聞こうと思ったが、誰にもお会いできず、仕方なしに、それらしい場所から峠に取り付くことにした。

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峠道が越えている稜線(@中平)

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農道

ちょっと古い地形図には中平集落から尾根に上がって行く道が破線で記されていたから、その道が峠道だったのだろうと推測し、そのルートを歩くことにした。ただ、この日は地図を持たないで飛び出して来たので、記憶だけが頼りだ。中平集落から更に上に道が続いていたから、その道を進んで行くと、田園風景が広がるところに出た。農道は更に進んでいたが、途中に分岐があり、山の中に入って行く道があったので、農道脇に車を停めさせてもらって、その道を進んで行くことにした。

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林道(峠道跡か)

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堰堤

渓谷沿いの林道のような道を進んで行くと、下に堰堤が見えてきた。元の峠道は堰堤がある辺りを通っていたのかもしれないが、破線の道はここを通っている。

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林道終点

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小さな橋

何とか軽トラック一台なら通れそうな道を歩いて行くと、谷にぶつかり、そこで道は終わりになっていたので、手前にあった小さな橋を渡り、対岸の尾根筋を登って行くことにした。後で地図を確認したところ、破線の道もこの尾根辺りを通っている。

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尾根に取り付いたところ

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峠道があったと思われる尾根

橋を渡ると、斜面に道のような窪みがあったが、窪みは何段にもなっていた。このような窪みは植林された場所に良く見られる。この辺りにも杉が植林されていたから、その時のものだろうと思う。その一本が昔の峠道の可能性もなくはないが、荒れており、それ以上、進んで行けないので、尾根筋をまっすぐ登って行くことにした。地図でも峠道はこの尾根筋を登って行っている。最初しばらくは植林された杉林だったが、すぐに雑木林となった。斜面は急だし、薮が濃いので登って行くのに苦労する。地図によれば、峠道は途中からこの尾根筋を離れ、谷筋をトラバース気味に進んでいたようだ。その辺りに、一ヶ所だけ獣道のような薄い踏み跡があったが、殆ど掘れておらず、険しい斜面を進んでいたので、そこを進むのは止めて、そのまま尾根筋を登って行った。

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尾根の様子

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上に稜線が見えてくる

尾根は細尾根で、なおかつ急だ。我慢して進んで行くと、上に稜線らしきものが見えてきた。二枚田幹線林道のガードレールらしきものも見える。

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二枚田幹線林道

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ここに出てきた

稜線にたどり着くと、一段低くなったところに二枚田幹線林道が走っていた。段差が大きく、直接林道に降りられないので、廻り込んで林道に降り立つ。出てきたのは上記写真のところだ。もちろん、林道は冬季閉鎖中。除雪はされておらず、林道には3、40cmの雪が残っていた。道の対岸に掘れた道跡があったが、峠道はここより国見岳のほうに進んだところを越えていたようなので、その道跡は追わなかった。

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国見岳(風力発電のプロペラが見える)

出てきた場所から南西のほうに国見岳の風力発電のプロペラが見えたが、プロペラは廻っておらず、稼働していないようだ。


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林道を反対側に進んでみる

峠道はここから南のほうに行ったところを越えていたことになっているが、少し林道の北のほうも偵察してみることにした。今登って来た尾根のすぐ北には深い谷があり、そこを覗き込むと、掘れた跡があったが、それが道なのか渓谷なのかは判断できなかった。



 

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林道から中平集落を見降ろす

林道を南に進み、峠があったと思われる場所に行ってみることにした。ここまでワカンを履かないで来たが、林道は積雪が多く、ワカンを着ける。

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国見岳越が越えていたと思われるところ

林道を国見岳のほうに進むと、国見岳まで3kmの標識があった。ここから少し行ったところを国見岳越の道が越えていたと思われるが、はっきりとした峠や峠道の痕跡は見つけられなかった。


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国見側の谷筋

国見側に降りていたと思われる谷筋も覗いてみたが、道らしい痕跡はまったく見当たらない。



 

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常森林道分岐

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常森林道の標識

国見側には今は常森林道という林道が降りているので、その分岐まで行ってみたが、結局峠道の情報は何も得られなかった。

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福井平野方面の眺め

ここまで林道を歩いたが、林道脇には木が茂っており展望はよくなかったが、この分岐のあたりだけは広い切り開きとなっているので、見晴らしがよかった。来た時に上がって来た地点まで戻り、来た時に通った尾根を歩いて中平集落に戻る。

 

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富士写ヶ岳、火燈山、丈競山、浄法寺山が並ぶ(中平の農道途中)

中平集落に戻ったが、まだ少し時間があったので、田園地帯の中を通って、更に奥まで続いている農道を歩いてみることにした。水田はかなり上まで続いていたが、途中からは森の中の道となった。途中の渓流にはいくつか真新しい堰堤も出来ていた。道がよかったのはそこまでで、その先はかなり道が荒れて来たが、更に進んで行くと、沢にぶつかり、道はそこで終点となっていた。

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林道終点

この沢を詰めて行くと、ちょうど先ほど行った常森林道分岐あたりに出るようだ。

 

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中平に至る車道脇に顔を出していた旧道跡

帰りの車の中から注意してみていたら、中平から降りて行く車道脇の斜面に、旧道と思われる道跡が何ヶ所かあった。上記写真が一番はっきりしているが、ここから下に降りた川沿いにもそれらしい道跡があったのを確認出来た。

なお、今回は峠道の痕跡を殆ど発見できなかったが、福井県立図書館がオンラインで公開している『福井県管内全図(大正6年発行)』という地図を見たら、この国見岳越の道が生き生きと描かれてる。この地図は福井県管内を一枚の地図にまとめた大雑把なものなので、細かいところまでは解らないが、この地図には一昔前の地形図に破線で描かれている道よりもっと北側を通っている道が書かれてある。道は時代により変遷があり、ルートが変わった可能性もある。この地図に載っている道は私が今回歩いた尾根ルートにより近い所を通っている。尾根筋にはっきりした道跡はなかったが二枚田幹線林道に出てきたところの反対側に掘れた道のようなものがあったから、それがこの地図に描かれている道だったのかもしれない。また、他にも二枚田幹線林道と並行して、掘れた道の痕跡が少しあったから、雪が融けたら今度は二枚田幹線林道のほうからアプローチしてみたい。

 

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